一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2016年03月

第413日

【原文】
唐代の三患は、外寇と為し、藩鎮と為し、宦官と為す。人主も知らざるに非ざれども、然も終に此を以て斃る。宰輔(さいほ)の其の人に非ざりしを以てなり。鑑む可きの至なり。


【訳文】
中国唐朝の三つの患は、外国の侵入と節度使の跋扈と宦者の専横とである。人君はこれを知らなかったのではないが、遂にこれらによって滅亡してしまった。このようになったのは、人君を輔佐する宰相がその人を得ていなかったがためである。これを範としてよく戒めなければならない。


【所感】
中国の唐王朝の三つの患いは、外国の侵攻、節度使、宦官である。君主もこれを知らなかったわけではないが、結局はこれらが原因となって滅亡してしまった。宰相に人物を得ることができなかったことがその要因といえよう。悪しきお手本としてよく照らし観るべきである、と一斎先生は言います。


節度使(藩鎮)とは、唐の時代の辺境警備の軍人を指します。
彼らは中央政府の目がよく行き届かないことをよいことに、本来納めるべき税金を間引きするなど横暴を極め、独自に力をつけ、次第に反乱などを起こすようになっていきます。


また宦官はご存知かと思いますが、去勢された官吏を指します。
次第に重用されるようになり、権力を持っていきます。


これに外国からの侵攻を加えた3つの弊害が唐王朝を滅ぼすことになったと一斎先生は仰っています。


そして更にその原因を深堀りすれば、結局は宰相に適格な人物を配置できなかったことに尽きると解釈されています。


昨日ご紹介したように、理想は才徳兼備の君子者を適用したいところですが、それが適わないならば、徳が才に勝る人を配置すべきところ、実際には才が徳に勝った人あるいは才徳共に不足の人物が登用されたということになるでしょう。


昨日は、リーダー自身が徳を磨くことの重要さを述べました。


今日は、リーダーが信頼して任せることができる人物を参謀として置くことの大切さを学びたいと思います。


よく人材育成のテキストなどに、四つの人材が掲示されているのを見かけます。


将来性も高く、実績も高い人    → 人財

将来性は高いが、実績はまだ低い人 → 人材

将来性は低いが、実績は高い人   → 人在

将来性も低く、実績も低い人    → 人罪


参謀として登用する人物が将来性も実績も高い「人財」であれば理想的ですが、せめて今は実績は高くなくとも将来性の高い「人材」を登用するという意識をもつことも必要なのかも知れませんね。

第412日

【原文】
君子にして不才無能なる者之れ有り。猶お以て社稷を鎮む可し。小人にして多才多芸なる者之れ有り。秖(た)だ以て人の国を乱るに足る。


【訳文】
徳の高い君子で、才能の無い人がいる。そんな人でも国家を安定さすことができる。品性の下劣な人でも才芸に勝った人がいる。そのような人はただ国を乱すだけで、何の役にも立たない。


【所感】
君子と呼ばれる人でも才能も能力も無い人もいる。それでも国家を安定させることができる。小人と呼ばれる人でも才能も能力も高い人がいる。こういう人は国を乱す元になる、と一斎先生は言います。


ここは非常に重要な教えが含まれています。


一国やあるいは一企業を安定的に維持できるのは、リーダーの才ではなく、徳であるという、いわゆる徳治主義の教えが隠れていると見てよいでしょう。


これに関しては、伊與田覺先生が下記のように述べられております。


人間には「徳」と「才」の両方が大切でありますが、才よりも徳の優れた人を君子といい徳よりも才のほうが優れている人を小人というのです。 また、自分よりも他人を大切にする人を君子といい、自分を中心に動く人を小人といいます。さらに、徳も才も両方ともに優れておりながら、なお徳のほうが才よりも優れている人は「大人」「人物」という。「賢」というのもこれにあたります。同じく徳も才も優れているけれど、才のほうが徳よりもなお優れている人を「人才(人材)」というのです。逆に才も徳も少ないけれども、徳のほうがちょっと優れている人を「賢」に対して「愚」というんです。(『己を修め人を治める道』致知出版社より)


人の上に立つ人は、「徳」が「才」よりも優れた人でなければ勤まらないということですね。


「徳」より「才」が優れた人の例としては、ホリエモンこと堀江貴文さんがその典型のように思われます。


折角、ライブドアをあれだけの大きな企業へと成長させながら、失脚を余儀なくさせられてしまったのは、まさに言葉のとおり「不徳の致すところ」だったのではないでしょうか。


『大学』の有名な言葉に、


徳は本なり 財は末なり


とあります。


徳を磨けば、財産は後からついてくる、という意味に理解して良いでしょう。


兎にも角にも、人の上に立つ人は、今からでも遅くないので徳を磨くことですね。


勿論これは小生への戒めであります。

第411日

【原文】
余、史を読むに、歴代開国の人主は、閒気(かんき)の英傑に非ざるは無し。其の孫謀を貽(のこ)すも亦多し。守成の君に至りては、初政に得て晩節に失う者有り。尤も惜しむ可し。蓋し其の初政に得れば、固と庸器に非ず。但だ輔弼の大臣其の人を得ざれば、則ち往往其の蠱(こ)する所と為り、好みに投じ欲に中(あた)って、以て一時の寵を固くす。是(ここ)において人主も亦自ら其の過を知らず、意満ち志懈(おこた)り、以て復た虞(おそ)る可き無しと為し、終に以て国是を謬(あやま)る。是の故に虞・夏・商・周は、必ず左輔(さほ)・右弼(うひつ)・前疑・後丞(こうじょう)を置き、以て君徳を全うす。其の慮たるや深し。


【訳文】
自分は歴史の書を読んでみたが、代々国を開いた人君は、世を隔てて特殊な気運によって現われた英雄豪傑でない者はいない。なおその中には、子孫のために将来の謀(はかりごと)を残している者も少なくはない。創業の跡を承け継いでいく守成の人君になると、治世の当初には善い政治をして民心を得たが、晩年になって失敗する者があるが、最も残念なことである。思うに、治国の初めに善政を施いて民心を得れば、元来凡才ではない。ただ人君を輔佐する大臣が良くなければ、まま禍を受けることになる。良くない大臣は、人君の好みに乗じたり、その欲求する所に合わせたりして、一時の寵愛を独り占めにする。このようになると、人君もまた自分の過失に気がつかず、満足して怠り、心配は何もないと考えて、遂に国家の大計を誤ってしまうのである。それ故に、古代の帝舜や夏・殷・周三代の名君達は、必ず人君の左右や前後に輔佐の者を置いて、君徳を全うしたのである。その思慮は実に深かった。


【所感】
私が史書を読む限り、歴代の国を創業した君主は特殊な機運によって世をへだてて登場した英傑でない者はいないようである。その中には子孫のために謀を講じておく者も少なくない。守成の君主にいたっては、治世の初めには良い政治を行うも晩節を汚す者がある。非常に残念なことである。思うに最初に善き政治を行ったのであれば本来は凡庸な君主ではなかったはずである。ただ臣下に人物を得なかったために、そうした臣下が群がって、好みや欲に迎合して、一時の寵愛を勝ち取るのである。こうなると君主も自らの過失に気づかず、情意は満ちても志がゆるんで、恐れるべきことを恐れず、終には国家の大計を誤ることになるのだ。だからこそ、帝舜や夏・殷・周三代の名君は必ず左輔・右弼・前疑・後丞といった輔弼を配置して君主の得を全うしたのだ。その配慮は実に深いものがある、と一斎先生は言います。


歴史に起こることは、企業においても擬似的に起こっているとみて良いものです。


企業の創業者は、一台で企業を立ち上げるのですから、やはり凡人ではないでしょう。中には後継ぎのために後継者に帝王学を学ばせるなどの手を打つ人もいるようです。


後継者とくにジュニアと呼ばれるような経営者になると、そこには凡愚な人も現れます。


ところが当初はしっかりと親の意志を継いで立派に経営を行っていたのに、軌道に乗って安心すると経営を誤るというケースはままあるものです。


そのときに大きな要因となるのが、いわゆる腹心の参謀でしょう。


帝王学の教科書と言われる中国古典のひとつ『貞観政要』にもこうあります。


【原文】
政を為すの要は、惟(た)だ人を得るに在り。用うることその才に非ざれば、必ず治を致し難し。


【訳文】
政治の要諦は、人を得るかどうかにかかっている。その職にふさわしくない人間を登用すれば、必ず政治に混乱を招く。(守屋洋先生訳)


もうひとつ『貞観政要』から引用しておきます。


【原文】
君の明らかなる所以の者は、兼聴すればなり。その暗き所以の者は、偏信すればなり。


【訳文】
明君の明君たるゆえんは、広く臣下の意見に耳を傾けることである。また、暗君の暗君たるゆえんは、お気に入りの臣下のことばだけしか信じないことである。


会社(あるいは国)を生かすも殺すもすべてリーダーの人選力とその登用に懸かっていると言っても過言ではないでしょう。

第410日

【原文】
吾人学を為すには、只だ喫緊に実際ならんことを要す。終日学問・思弁し、終日戒慎・恐懼するは、便(すなわ)ち是れ見在(げんざい)篤く行なうの工夫なり。学は此の外無きのみ。若し見在を去卻(きょきゃく)し、另(べつ)に之を悠渺冥漠(ゆうびょうめいばく)に覔(もと)めば、則ち吾が儒の学に非ず。


【訳文】
われらが学問するには、肝要なことに対して実際に活用することが大切である。一日中学問して思い弁え、一日中戒め慎んでいくのは、現在のわが身を真面目に行なっていくための工夫である。それで、学問はこの外には無いのである。現在の大切なことを忘れて、これと無縁なとりとめもない事に精を出すようなことをすれば、それはわが儒家のなす学問の仕方ではない。


【所感】
私たち儒者が学問をするのは、切実に厳しく実際の生活に活かすことにある。一日中学び問い、思い弁まえ、また一日中戒め慎み、懼れるのは、現在実地で篤く行なうための工夫なのだ。学問とはこれ以外にはない。もし現在実地を捨てて、ぼんやりとした彼方、すなわちまだ来ない未来に求めるようでは、吾ら儒者の学問とはいえない、と一斎先生は言います。


儒教とはあくまでも実践の学問であることを宣言した章です。


ここでも一斎先生が朱子学者でありながら、陽明学の要素を柔軟に取り込んでいることが理解できます。


この章句は、『中庸』の以下の言葉が下敷きになっています。


【原文】
博(ひろ)く之を学び、審らかに之を問い、慎んで之を思い、明らかに之を弁じ、篤く之を行う。(第二十章)


【訳文】
学ばざれば物の道理を知ることができぬ、故に必ず博く学んで遺(のこ)る方なく知らねばならぬ。学んで理解し得ざることは、これを問わねばならぬ。故に審らかに説いて惑いを解かねばならぬ。学問してこれを知りこれを理解しても、自ら思索しなければ親切でない、故に慎んでこれを思えば心に自得するであろう。しかして自得したるものはその公私・義利・是非・真妄(しんぼう)を毫釐の間において明らかに弁別しなければならぬ。かくて善を択ぶ上は、これを実際日用の間に施し、篤くこれを実行して失わぬようにする。(宇野哲人先生訳)


【原文】
道は須臾(しゅゆ)も離る可からざるなり。離る可きは道に非ざるなり。是の故に君子のその賭(み)ざる所を戒戒し、その聞かざる所を恐懼す。(第一章)


【訳文】
道は天性の自然に率(したが)うものである。しかして天下性なき物は無いので、万物みな道を具有せざるはなく、道は天地に塞がり古今に亘りて在らざるなく、しばらくもこれを離るることはできぬものである。もしかりそめにも離るることができるものならばそれは道とはいえず、又性に率うものともいうことができぬ。故に君子は常に慎み畏れて修養を心がけ、目に見る所があるを待って後はじめて戒め慎まず、その未だ見ざるの時に在りて戒め慎み、道に聞くところあるを待って後はじめて恐れ懼れず、その未だ聞かざるの時において恐れ懼れ、寸時も天性の自然を失わざることをつとめる。(宇野哲人先生訳)


南宋の学者である程子は、上述の五者(博学・審問・慎思・明弁・篤行)はそのひとつを廃しても学ではないのだ、と仰っています。


また中江藤樹先生も、藤樹書院に掲げた藤樹規にこの言葉を引用しています。


儒者に限らずとも、日々学問・思弁・戒慎・恐懼して、日常に活かしていくことは大切ですね。


かつて、易経研究科の竹村亞希子先生に


学とは丸受けに受け入れること、問とは自分のものになるまで何度も咀嚼すること


と教えて頂きました。


今直面している現在の生活に活かしてこそ学問である、ということをもう一度心得ておきましょう。

第409日

【原文】
人は患難憂懼(ゆうく)に遭う時、当に自ら反(かえ)して従前受くる所の福幸を把(と)りて、以て之を乗除し、其の平数を商出すべし。可なり。


【訳文】
人は、心配ごとに遭った場合には、自分みずから反省して、前に得た幸福を乗除(掛けて割る)すれば、平数、すなわち幸福でもない艱難でもないもとの状態となるであろう。これでよい。


【所感】
人は艱難辛苦に遭遇したときは、その時こそ自ら顧みて過去に受けた幸福を思い、それをもって乗除すなわち相殺して、平数つまり安定した精神状態を取り戻すべきである。これでよかろう、と一斎先生は言います。


昨日の乗除に関する具体的なお教えです。


これは小生も常日頃意識していることですが、


人生トータルプラマイゼロ


なのでしょう。


辛い出来事にあったとき、過去に良いことがたくさんあったことでプラマイゼロだと認識すべきですし、過去に幸福な出来事がないならば、間違いなくこの後に幸福な出来事が待っているのだと楽しみにすれば良いということでしょう。


「逆もまた真なり」だとすれば、幸福の最中にある時は、過去の辛い出来事を思い出して、あるいはこの後に控えているであろう辛苦を想定して驕ることのないようにすべきだとも言えるでしょう。


そう考えてみると、一斎先生の仰っている「乗除する」ということは、人生すべての出来事を相殺して考えることだと定義できそうですね。


実は小生はこの4日間ほど微熱と関節痛に悩まされております。


インフルエンザの検査は陰性でしたが、これだけ長く微熱が続くという経験は初めてのことです。


ここのところ無理を承知で、平日は遅くまで仕事をし、週末は読書会などのイベントに飛び回って体を酷使してきましたので、その相殺だと理解してよさそうです。


そしてそれよりも、今後同様の無理をするともっと大変なことになるぞ、という戒めであると理解しておくことがより大切な気がします。


いまは体を休めることが相殺であり乗除なのだと心得、静養に充てます。

第408日

【原文】
乗除は一理。福幸は乗数なり。患難は除数なり。之を平数に帰すれば、則ち福幸無く患難無し。故に乗除は只だ是れ屈伸消長の迹(あと)のみ。


【訳文】
掛け算と割り算は一つの道理がある。幸福というものは掛け算のようなものであり、艱難辛苦というものは割り算のようなものである。掛けて割ったり、割って掛けたりして、もとの数(平数)にすれば、幸福もなく苦難もない。それで、掛け算や割り算というものは、人間の栄枯盛衰の迹のようなものである。


【所感】
掛け算と割り算は同じひとつの道理で貫かれている。幸福は掛け算であり、艱難は割り算だといえよう。掛けたもの割ったり、割ったものを掛けたりして、元の数に戻せば、幸福も艱難もない。よって、掛け算や割り算というのは伸びたり屈したりした痕跡にすぎないのだ、と一斎先生は言います。


人生楽ありゃ苦もあるさ、ということでしょうか。


人生は良いときもあれば、悪いときもある。良いときは掛け算のように視界が開け、悪いときは割り算のように堕ちていく。


過去に何度も掲載をしておりますが、中国古典の『荀子』のことばを思い出します。


【原文】
君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり。


【訳文】
君子の学問とは、立身出世のためにするのではない。窮するときも苦しまず、幸福なときも驕らず、物事には始めがあれば終わりがあることを知って、どんなときも平静な心で対処できる人間となるために学ぶのだ。


あるいはビジネス書の分野で名著として読み続けられている『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』にはこんなことが書かれています。


企業家は失敗についての忘れっぽさと、飽くことを知らない新しい冒険への欲求を天から授かっている。成功しても、得意になれるのは五分間、失敗すれば、せいぜい一秒しか歎いているひまはない。


調子に乗らず、落ち込まず、ただ淡々と目の前の仕事に己を尽くしていく。


これが人生最良の生き方であり、それを実践するために学びはあるのだということですね。

第407日

【原文】
子を易(か)えて教うるは、固より然り。余謂(おも)えらく「三つの択ぶ可き有り、師択ぶ可し、友択ぶ可し、地択ぶ可し」と。


【訳文】
『孟子』にも、昔は子を取りかえて教育したとあるが、誠に良いことである。自分は三つの選ぶべきことがあると思う。それは「よい先生を選べ、よい友を選べ、よい土地を選べ」である。


【所感】
子を取り替えて教育することは当然良いことである。さらに私は思うのだが、選択すべき三つのものがある。師匠と友人と土地である、と一斎先生は言います。


この章の前半部分も『孟子』からの引用です。
やや長文ですが、そのまま記載しておきます。


【原文】
公孫丑曰わく、君子の子を教えざるは何ぞや、と。
孟子曰わく、勢行なわれざるなり。教うるは必ず正を以てす。正を以てして行わざれば、之に継ぐに怒を以てす。之に継ぐに怒を以てせば、則ち反って夷(そこな)う。夫子我に教うるに正を以てするも、夫子未だ正に出でざるなり、と。則ち是れ父子相夷(そこな)うなり。父子相夷うは則ち悪し。古は子を易(か)えて之を教え、父子の間は善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち不祥これより大なるは莫、と。(離婁章句上)


【訳文】
公孫丑が言った。
「君子は自分の子を自ら教えないのはなぜでしょうか」
孟子、
「それができない事情があるのだ。教育は必ず道理を正さねばならぬ。道理を正して効果がないと怒って子を責めるようになる。怒って責めると感情を傷つける。(すると子はこう言うだろう)『父は自分に正しい道理を教えてくれた。しかし父のすることは、まだ正しい道理から発していない。』これでは父子相互の間の恩愛の情を傷つける。父子の情を傷つけることは好ましくない。昔は、人々は互いに子供を交換して教え、父子の間で互いに善をするよう責め合うことはなかった。父子で互いに善を責め合うと、父子の愛情は離れてしまう。愛情が離れてしまうのは、もっとも好ましくないことだ」(湯浅・日原・加地先生共同訳)


今の時代に子を取り替えて教育するというのは難しいことです。


しかし、社員さんの教育という観点で読めば、これは大切な教えとなります。


若い時になるべく複数の職場を体験させ、複数の上司、お客様と接する機会を与えることは非常に良いことではないでしょうか?


況してや後継者であるならば、是非ともそうすべきでしょう。


次に選択すべきことを見ていきますが、師匠と友人というのは異論のないところですよね。


特に師を持つことの大切さは、小生も痛感しているところです。


耳に痛い忠言をいただいても丸受けできる尊敬すべき師匠が居てくれたら、その人は大きく道を踏み外すことはないでしょう。


また、切磋琢磨して互いに刺激し合える友を持つことも幸せなことです。


さて、最後の土地とは何を意味するのでしょうか?


各国の国民に国民性があるように、地域ごとにもその土地特有の風土があり、良い風土の土地からは立派なひとがたくさん生まれているということだと小生は解釈しました。


例えば、長州(山口県)や薩摩(鹿児島県)からは過去から現在に至るまで立派な人物が多数輩出されていますね。


論語にもこんな章があります。


【原文】
子、子賤を謂う、君子なるかな、若(かくのごと)き人、魯に君子者無くんば、斯れ焉(いずく)にか斯(これ)を取らん。(公冶長第五)


【訳文】
先師が子賤を批評して言われた。
「こういう人が本当の君子だねぇ。魯に成徳の立派な人物がいなかったならば、どうしてこのような立派な人物となり得たであろうか」(伊與田覺先生訳)



つまり孔子は、魯という国(孔子の故郷)には立派な人が代々輩出されてきたからこそ、子賤のような名宰相が生まれたのだ、と仰っているのです。


ビジネスに置き換えるならば、どんな会社に出向させるか、あるいはどの職場に配属させるかで、その人の成長度合いが変わってくるとも読めそうです。


後継者あるいは子弟の育成においては、師と友と地の三つを適切に選ぶ可し。


やや超訳気味ですが、そのように本性を理解しておきたいと思います。

第406日

【原文】
忘るること勿れ。助けて長ずること勿れ。子を教うるにも亦此の意を存す可し。厳にして慈。是れも亦子を待つに用いて可なり。


【訳文】
孟子は、浩然の気(天地間にみちている元気)を養う方法として、「常に心に止めて忘れてはならない。といって、無理に早く浩然の気を養おう(助けて成長させよう)とすることはいけない」といった。子供の躾教育においても、このような心持をもって対処しなければならない。厳格であると共に慈愛の情があるということは、これまた子供をしつけるうえで良いことである。


【所感】
心から忘れ去ってはいけない。また無理に成長を助長してはいけない。子供の教育においてもこの意識を持っておくべきである。厳しさと慈しみを併せ持つ。これも子供の教育に用いるべきことであろう、と一斎先生は言います。


『孟子』からの引用です。


かなりの長文となるため、訳文だけを掲載しておきます。


公孫丑、「先生の申される浩然の気とは?」
孟子、「言葉で明白に説明することはむずかしいが、一種のエネルギーで、最も偉大であり、最も剛強であり、正義によって培養され、邪悪によって傷害されることなく、天地の間に充満している。このエネルギーは道義と配合して存在し、(人間は生まれながらにこの気を授けられているが)もしこれが欠乏すると、活力が無くなる。このエネルギーは、正義によって常に累積的に生産され、突発的な正義の行為によって取得できるものではない。もし、われわれの行為に心に愧ずべき点があれば、このエネルギーの力はにぶる。故に私は、告子は義を理解していないと言うのだ。彼は義を心外の物としているからだ。人は必ず心に義を養うことを忘れてはならぬが、むりに生長させようとしてはならぬ。かの宋人のまねをしてはいけない。宋の国に、稲の苗の成育の遅いのを心配して一株ずつ抜き出したものがいる。疲れきって帰り、家人に言った。『今日は疲れた。俺は苗の生長を助けてやった。』その子が走っていって見たら苗は枯れていた。その実、天下の人で苗の生長を助けないものはすくない。苗の生長に努力することは無益だとして、放棄しているものは、除草もしない怠け者であるし、生長を助ける者は、苗を抜く者だ。苗の生長を助けることは、ただ無益であるばかりでなく、反って害がある」


子供を立派に育て上げるためには、常に子供の事を心に留めておくこと、ただし無理に手助けをして矯正するようなことは慎むべきだと一斎先生は仰っています。


上述の引用のように草木の成長に例えての教育の心構えですが、これは勿論、子育てに限らず、社員さんの教育にもそのまま適用できます。


放任はいけない。常に表情や行動を気にかけておくべきである。
その上で、魚を与えるのではなく漁(魚の釣り方)を教える(『老子』第393日参照)という意識をもって社員さんを導いていくことが重要だ、と一斎先生は仰っているのでしょう。


これに関して、小生は現在勤務先の全営業社員さん(約80名)の日報を毎日読んでいます。日報からは社員さんの行動や心理までもが垣間見えてきます。


なお小生の直轄の社員さんは約40名で、これらのメンバーについては毎週営業所を訪問しながら表情を確認し、言葉を交わして状況把握に努めております。(『言志四録』を読むようになって自らの行動変革の必要性を痛感し、具体的な行動へと落とし込みました。)


ところで、小生のマネジメントにおける最大の課題が、まさに「助けて長ずる勿れ」です。


どうしても無理やり自分が正しいと思う答え?に社員さんを強制的に導いてしまう傾向があります。


社員さんの育成のためには、遠回りのように思えても、孔子のように応病与薬で、一人ひとりに適した指導を徹底していかなければなりません。


もう一度軸を正して頂きました。


日々古典に触れることの最大のメリットは「軸を正すことにあり」ですね。

第405日

【原文】
子を教うるには、愛に溺れて以て縦(じゅう)を致す勿れ。善を責めて以て恩を賊(そこな)う勿れ。


【訳文】
子供を教育するには、盲目的にかわいがって、わがままにさせてはいけない。また、善行をしなさいと子供に強いることによって、親子の情愛を損うことがあってはいけない。


【所感】
子供を教育する際には、溺愛して放任してはならない。また善い行いを強要して親子の恩愛の情を損なうようなことがあってもいけない、と一斎先生は言います。


これは大変シンプルかつ有用な子弟教育の教えですね。


この章の後半部は、『孟子』離婁章句下篇にある、


善を責むるは朋友の道なり。父子善を責むるは恩を賊ふの大なるものなり。


を参考にしていることは間違いないでしょう。


ここで興味深いのは、朋友(共に学ぶ友人)の間では、互いに善を行うことを良しとしている点です。


友人同士では善を勧めてもよいが、親子の間ではやめておいた方がよい、と一斎先生は仰っています。


これについて安岡正篤先生は、以下のように仰っています。


父と子の関係は微妙で、師弟や朋友の間と違って骨肉、すなわち血を分けた間柄であり、より多く自然的関係であるから、情愛・恩愛が本領であって、理性による批判とか抑制である正とか善とかを建前にすべきではないからである。(『孟子』より)


親子の間では、溺愛もいけないが、さりとてあまりに為すべきことを強要してしまうのも宜しくない。


ここら辺に親子間の微妙な真情を読み取らねばいけません。

第404日

【原文】
生生にして病無きは、物の性なり。其の病を受くる必ず療すべきの薬有り。即ち生生の道なり。然も生物また変有り。偶(たまたま)薬す可からざるの病有り。医の罪に非ず。譬えば猶お百穀の生生せざる無きも、而も時に稗(ひえ)有りて食う可からざるがごとし。農の罪に非ず。


【訳文】
生き生きした元気で、病の無いのが物の本性(本来の性質)である。それが病気になった時には必ず治療すべき薬がある。これが、すなわち生生の道である。しかし生物に変ったことがあって、薬で治療できない病気もある。これは医者の罪ではないのである。譬えてみると、種々様々な穀物が、生生として発育しないものはないが、時折り稗があって、食べられないようなものである。これは農家の人々の罪ではないのである。


【所感】
生き生きとして病気に罹らないということが物の本来の性質である。病気になったときは必ずそれを治療する薬がある。これが生々の道である。たまに薬では治療できない病に罹ることがあるが、これは医者の責任ではない。例えて言えば、様々な穀物で生き生きと生育しない物はないが、それでも時々稗のように食べることができないものがあるようなもので、これは農家の責任ではない、と一斎先生は言います。


人間は本来、天の摂理に順じて生きておれば病気にはならないものだが、もし病気になったとすればそこには必ず原因がある、と一斎先生は仰っているのでしょうか。


現代における成人病と呼ばれる疾病は、まさに日頃の食生活や運動不足に起因しており、バランスのとれた食生活と適度な運動を行えば、そのリスクはかなり減じることができます。


現在日本において女性の死因の一位となっている大腸がんは、かつては日本人にはほとんど見られず、日本人には罹患しない病気であると言われていました。


しかし食の欧米化に伴い、猛烈な勢いで大腸がんは増加しており、国内では毎年 45,000人が大腸がんで命を落としています。


薬は対処療法であり、根本治療ではありません。


未病、つまり病気になる前に手を打つことが根本の薬であって、それが医療費の大幅削減にもつながります。


小生は最近はまったく運動をしておらず、体重が右肩上がりで上昇中です。


それではいかんぞと一斎先生に叱られてしまいました。


さて、この章でわからないのは、薬では治療できない病もあって、それは医者としてもどうしようもない、という箇所です。


バランスよく食事を摂取し、運動を行っていても病になることはあるが、それは天命として受け容れる他はないということでしょうか。


あるいは医学はどうしても後追いであって、すべてを現代医学で解明することはできないということでしょうか。


小生はこれ以上の読み込みはできませんでした。


これについては、有識者のご意見を賜れれば幸いです。
プロフィール

れみれみ