一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2016年11月

第657日

【原文】
上官、事を我れに属(しょく)せば、我れは宜しく敬慎鄭重なるを要すべし。下吏、事を我れに請わば、我れは宜しく区処敏速なるを要すべし。但だ事は一端に非ざれば、則ち鄭重にして期を愆(あやま)り、敏速にして事を誤るも、亦之れ有る容(べ)し。須らく善く先ず其の軽重を慮り、以て事に従うを之れ要と為すべし。


【訳文】
上役の者が、仕事を自分に言いつけたならば、慎み深く丁寧にすることが肝要である。下役の者が、仕事を自分に頼んできたならば、素早く区切りをつけて処理することが必要である。ただ、仕事は単一ではないから、あまりに丁寧過ぎて期日におくれたり、またあまり敏速過ぎて事を仕損ずることもある。それで、まずよく仕事の度合いを十分に考えて、それから仕事に着手することが肝要である。


【所感】
上司が私に仕事を依頼してきた際には、私は深く慎んで丁寧な仕事をすることを心がける。また自分より役職が下の人に仕事を頼まれた際は、私は期限を決めて敏速に処理することを心がける。ただし仕事というのは一律のものではないので、慎重すぎて期限に遅れてしまったり、早く処理をし過ぎてミスをすることもあり得ることである。すべてにおいてまず仕事の重要性について熟慮した後仕事に着手することが必要であろう、と一斎先生は言います。


今日も一斎先生流仕事術のご紹介です。


仕事は常にスピードと丁寧さとのトレードオフの中でバランスをとらなければなりません。


過日紹介した私の営業所で掲げる「わたくしたちの行動指針」(作:寺田一清先生)の中に、


完璧遅滞より拙速優先に努めましょう。


とあります。


100点を取りにいくとベストタイミングを逃します。


かと言って、丁寧さを欠き、雑な仕事をすれば信頼を失います。


森信三先生も、寺田一清先生も80点主義を唱えておられます。


ところがこの80点を狙うというのも容易なことではありません。


何より自身の主観的な80点が、相手(仕事の発注先 or お客様 etc)の80点と合致しているとは限りません。


一斎先生のおっしゃる、まず仕事の軽重つまり重要性や緊急性について熟慮することの大切さはそこに理由があります。


よく研修などで若い社員さんにアドバイスするのは、勝手に判断するのではなく、まずお客様に直接聴いてごらん、ということです。


たとえば、


お客様:「急いでいるから早めに見積り持ってきてね 」 

営業マン:「わかりました」 


という会話で終わり、この営業さんが、たとえば今日は水曜日ですので、来週月曜日までに持って行けばよいだろうと勝手に判断したとします。


いざ、月曜日に見積りをお持ちしたら、お客様から、


「遅いよ、もう他社さんに発注したよ」


となってしまうかも知れません。


必ず、


お客様:「急いでいるから早めに見積り持ってきてね」 

営業マン:「わかりました、来週の月曜日までで間に合いますか?」

お客様:「もう少し早められない?」

営業マン:「はい、それでは金曜日にお持ちしますね」

お客様:「よろしくね」


と具体的に納期を確認するべきなのです。


仕事の重要性を測り、スピードと丁寧さのバランスをとる


ということは、職種を問わず、どんな職業においても最も大事な心がけではないでしょうか? 

第656日

【原文】
権貴の徳は、賢士に下るに在り。賢士の徳は、権貴に驕るに在り。


【訳文】
権力者や高貴な人の守るべき徳は、賢人に対して謙遜な態度をもって教えを受けるにある。賢人の守るべき徳は、権力者や高貴な人に対して畏怖するところ無く発言するにある。


【所感】
権力者や富裕者の有すべき徳は、賢人に対して謙虚な態度をとるところにある。一方、賢人の有すべき徳は、権力者や富裕者に対して阿らないところにある、と一斎先生は言います。


昨日、一昨日からの流れです。


富や地位を得ることは、徳を積むこととは次元が違うのだ、と一斎先生は何度も繰り返しています。


ところで、後半部分の言葉はやや過激ですね。


権力者や富裕層に対してペコペコ頭をさげるな!


ということでしょう。


恐らく一斎先生は、権力者や富裕層に媚びうる似非(えせ)学者を幾人もご自身の目で見てきたのではないでしょうか。


もしかしたら昌平黌(一斎先生がトップを努めた幕府の最高学府)の門下生たちにもそんな輩がいたのかも知れません。


「お前たちは何を学んでいるのだ。もっと堂々と人と相対せよ!!」


そんな気持ちになり、思わず本章を書き留めたくなった。


あくまでも小生の勝手な推測です。


これまでに何度も取り上げていますが、中江藤樹先生の言葉に、


それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり。


とあります。


本物の学者、真の学び人は、相手が誰であろうと常に敬意をもって接するものだ、と藤樹先生は仰っているのでしょう。


その点、小生などは真の似非学び人だったと述懐し、猛省せざるを得ません。。。

第655日

【原文】
心に勢利を忘れて、而る後に権貴(けんき)と与に語る可し。


【訳文】
心の中に、勢力や利益を得ようとする欲心を忘れ去ってはじめて、権力者や高貴な人と対等に話し合うことができる。


【所感】
心の中から権力や利得を得たいという気持ちを棄ててから、権力者や高貴な人と対等に語り合うべきだ、と一斎先生は言います。


昨日に続いて権力者や富裕者に阿(おもね)ってはいけないとの一斎先生のアドバイスです。


ちょうど今日読んだ本の中に、日本が中国の内政干渉(靖国問題など)に対して、対等な立場で反論ができないのは、常任理事国に入れてもらいたいというスケベ根性があるからだ、と書かれていました。


これが事実かどうかはわかりませんが、事実だとするなら、ここで一斎先生がご指摘のとおりではないでしょうか?


国際間の外交ですらそうなのですから、我々の日常においても同様のことは頻繁に起こっているわけです。


小生がなりわいとする営業という職業は、本来はお客様が抱えている課題を、我々が提供する商品や仕組みの提供を通じて、解決するお手伝いをすることにあります。


ところが数字に追われる営業マンはいつの間にか、商品を買ってもらうことが目的となってしまいます。


つまりお客様の課題を解決できる商品ではないものを、なんとか価格を下げて買ってもらおうとするのです。


本来、お客様と営業マンは対等の立場であるべきなのです。


それを忘れてしまうと、営業という仕事が卑屈な仕事に思えて、やりがいを失ってしまうのでしょう。


この商品を提供すれば必ずお客様の課題を解決できる、という自信が漲(みなぎ)ってれば、お客様はその商品を、いやその営業マンを択んでくれます。


何事も下心があっては成就しないということですね。

第654日

【原文】
「大人に説くには則ち藐(かろ)んぜよ。其の蘶蘶(ぎぎ)然たるを視ること勿れ」。視ること勿れとは心に在り。目は則ち熟視するも妨げず。


【訳文】
「高貴な人に対して自分の意見を述べる場合には、相手を軽く見てかかるがよい。先方の高貴な身分であることを気にするな(視るなかれ)」。これは孟子の言葉であるが、「視るなかれ」ということは心で視るなということであって、自分の目は先方をよく視てもかまわないというのである。


【所感】
『孟子』尽心下篇に「大人に説くには則ち藐(かろ)んぜよ。其の蘶蘶(ぎぎ)然たるを視ること勿れ」とある。この場合の視ること勿れというのは、心の持ち様を言っているであって、目は相手を凝視しても構わないのだ、と一斎先生は言います。


早速、『孟子』尽心下篇の該当部分をみてみます。


【原文】
孟子曰く、「大人に説くには則ち之を藐(かろ)んぜよ。其の蘶蘶(ぎぎ)然たるを視ること勿れ。堂の高さ數仞(すうじん)、榱題(しだい)數尺。我志を得るも爲さざるなり。食前方丈(しょくぜんほうじょう)、侍妾(じせん)數百人。我志を得るも爲さざるなり。般樂して酒を飲み、驅騁田獵(くていでんりょう)し、後車千乗(こうしゃせんじょう)。我志を得るも爲さざるなり。彼に在る者は、皆我が爲さざる所なり。我に在る者は、皆古(いにしえ)の制なり。吾何ぞ彼を畏れんや」


【訳文】
孟子のことば「尊貴の人に自分の意見を述べようとするときは、相手を軽くみてかかれ。その人の蘶蘶然として富貴な様子を眼中に置くな。彼らの富貴は、たとえば、宮殿の高さが数仞もあり、たる木の頭は数尺もあるだろうが、自分は志を得てやればやれるときでも、そんなまねはせぬ。また、ごちそうを前に一丈四方も並べ、侍女は数百人もいるだろうが、自分は志を得てもそんなまねはせぬ。また大いに楽しんで酒を飲み、車馬を走らせて狩猟を催し、あとには千台もの車を従える、とうようなことは、自分は志を得てもしようとせぬものだ。かの尊貴の人の下にあるものは、すべて自分はまねようと思わぬことであり、自分に有するものは、すべていにしえの聖人の定めた礼である。してみれば、自分の有するものは、彼の有するものよりも、はるかに貴重なものである。自分はなんで彼を恐れはばかることがあろうか」(宇野精一先生訳)


いかにも孟子らしい言葉であり、態度です。


要するに、自分が目指すものは富貴ではなく、古の聖人が求めたものであって、本当に徳が高いのは自分の方である、ということを述べているのでしょう。


一切の悩みは比較より生ずる


とは、森信三先生の至言ですが、比較しないで生きるということは、相当に心を磨かないとできないことです。


小生はかつてはそこそこ名の知れた企業に在籍していました。


そこでパワハラ問題を起した際、名の知れた会社から無名の会社へ籍を遷すことに、当初は悩みました。


しかし、その当時は既に本当の学びを始めていましたので、社外に多くの共に学ぶ友人が居ました。


彼らの多くは、起業していたり、あるいは小さな会社に居ても非常にプライドを持って仕事をしていました。


そんな彼らを知っていたからこそ、会社を変わる決意ができたのです。


今はその選択が正しかったと思えるようになりました。


人間の偉さはその人の知名度と比例するわけではない様に、会社の存在意義も会社の大小とは関係のないものです。


本当に大切なものは、人間であれば志、会社であれば理念です。


小生は、そんなことを挫折から学ぶことができました。

第653日

【原文】
事物に応酬するには、当に先ず其の事の軽重を見て而る後に之を処すべし。仮心(けしん)を以てすること勿れ。習心を以てすること勿れ。多端を厭(いと)いて以て笱且(こうしょ)なること勿れ。穿鑿(せんさく)に過ぎて以て繳住(きょうじゅう)すること勿れ。


【訳文】
物事を取扱う場合には、まずその物事の度合を見てから処理しなければいけない。好(い)い加減な気持でしてはいけない。習慣的な気持でしてはいけない。多忙を嫌って粗末にしてはいけない。余り調べ過ぎて引き止めておくことはいけない。


【所感】
ものごとを処理する場合には、まずその内容の重要性を把握した後に処理をすべきである。いい加減な心で対処してはならない。慣れ過ぎて軽くみて処理するのもよくない。手をつけるところが多いからと手を抜いてはいけない。細かいことにこだわり過ぎて、ひとつのことに深入りし過ぎることもよくない、と一斎先生は言います。


仕事を処する上での心がけについてのアドバイスです。


簡単にまとめてみますと、


① すぐに手をつけるのではなく、ことの重要性をよく見極める。
② いい加減な気持ちで仕事をしない。
③ 狎れた気持ちで仕事をしない。
④ 手抜きをしない。
⑤ 精密音痴にならず、常に全体像を把握する。


となるでしょう。


どんな仕事にも期限があります。(期限のない仕事は自慰行為です)


したがって完璧遅滞より拙速優先でなければいけません。


拙速の意味は、100点を狙うのではなく、80点を狙うということです。


②③④のような仕事をすれば、80点未満の仕事になります。


⑤を意識しないと、完璧遅滞となります。


そうならないためにも、①の仕事の重要度の把握こそが最も大切であるということでしょう。


せっかくここに拙速優先という言葉を出しましたので、小生が所長を務めている営業所で掲げている「わたくしたちの行動指針」を紹介しておきます。


わたくしたちの行動指針 

1.整理整頓かつ即今着手に努めましょう。
2.損得勘定より最善工夫に努めましょう。
3.完璧遅滞より拙速優先に努めましょう。
4.目標設定かつ技術向上に努めましょう。
5.諸縁に感謝、期待にそうよう努めましょう。


この行動指針は、小生がお世話になっている塚本惠昭さんのお力添えで、森信三先生の一番弟子である寺田一清先生に作成いただいたものです。


寺田先生直筆の行動指針を、営業所の入り口正面に額に入れて飾っております。(小生は毎朝、掃除の時間にこの額縁を磨いております)


仕事に迷ったとき、いつもこの指針に立ち返って行動できるようにと、毎朝、朝礼の冒頭に所員さん全員で唱和しております。



図1 



プロフィール

れみれみ