一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2017年01月

第709日

【原文】
人を欺かざる者は、人も亦敢て欺かず。人を欺く者は、卻って人の欺く所と為る。


【訳文】
人をいつわらない者は、人もまた決していつわらない。人をいつわる者は、かえって、人にいつわられるものである。。


【所感】
他人を欺くことがない人は、他人から欺かれることもない。人を欺く人は、かえって他人から欺かれることになるのだ、と一斎先生は言います。


儒教の教えでは、自分自身に嘘をつかないことを忠、他人に嘘をつかないことを信と呼びます。


この忠信は、その後「誠」という言葉で代用されるようになっていきます。


晩年の安岡正篤先生はよく「近頃は誠がなくなった」と言って嘆かれていたそうです。


真の意味で他人に嘘をつかない人は、先ず何より自分に嘘をつかない人です。


それは言葉を変えれば、自分の中に確固たる軸が定まっているということでしょう。


この域に達した人には言葉に表せない雰囲気があります。


日頃から人に嘘をつくのが平気な人でも、こういう雰囲気のある人を前にしては、嘘をつき通せないのではないかと不安に思わせるのでしょう。


この章句の意味を、人に嘘をつかれたくないから人を偽ることをしない、という意味にとってはいけません。


所詮、他人は他人です。


自分自身の修養のために、自分の心に対しても、他人に対しても欺くことをしないという姿勢を貫くべきだ、と捉えておきましょう。

第708日

【原文】
武人は多く是れ胸次明快にして、文儒卻(かえ)って闇弱なり。禅僧或いは自得有りて、儒者自得無し。並びに愧(は)ず可し。


【訳文】
武士には、心中がわだかまりなく、さっぱりした気持ちの人が多い。ところが、学問に志す儒者達はかえって愚かで気が弱い。また禅宗の僧侶達には自ら悟得した所があるが、儒者には自ら悟り得た所がない。この二つを考えると、儒者は愧ずべきである。


【所感】
武士というものは概ね胸のうちは明快であるが、文人である儒者はかえってものに囚われて決断できないことがある。禅僧には悟ったところがあるが、儒者には悟ったところがない。どちらも恥ずかしいことだ、と一斎先生は言います。


この言葉は、共に儒学を学ぶ塾生や学者仲間達に対する一斎先生からの叱咤激励の言葉なのでしょう。


武士というものは、毎日今日が人生最後の一日であると考えて仕事に励んだと言われています。


禅宗の僧侶は、只管打坐(しかんだざ)、つまりただひたすら坐ることで、心の迷いを打ち払っていきます。


しかるに我が儒者たちは、日々経書を読んで学んでいるにも関わらず、いざという時に決断できず、迷ってしまうことが多いが、それではいけないのだと一斎先生は言いたかったのでしょう。


学問の目的を立身出世においているような人は、学べば学ぶほど頭でっかちになって、次第に行動力を欠いた人材へと変貌してしまうのかも知れません。


『老子』の言葉に、


学を絶たば、憂い無し


とあります。この言葉に対して、安岡正篤先生はこう解釈をされています。


「絶学」とは「学問を徹底的にやる」という意味であって、徹底的にやるとは超絶することである。つまり「学問を超絶したら、思い煩うことは無い」。この解釈にしたがって訓読すれば、「学を絶すれば、憂い無し」となる。(『安岡正篤 運命を思いどおりに変える言葉』イースト・プレス 池田光著・解説)


まさに一斎先生は共に学ぶ儒者たちが、学を絶していないことに怒りと悲しみを抱いて、この章句を発したのではないでしょうか。


現代の私たちも自分の持分である仕事を徹底的にやり抜き、その上で「仕事を絶する」境地になることができれば、一切の憂いから開放されるはずですね。

第707日

【原文】
脩禅の老弥(ろうみ)、樸実(ぼくじつ) の老農は、語往往にして人を起す。但だ渠(かれ)をして言わしめて、我れ之を聴けば可なり。必ずしも詰問せず。


【訳文】
禅道を修めた老僧や純朴な老農夫らの話は、時折り人を感動させることがある。ただ、彼らに言わせておいて、聞くだけでよい、あまり質問などせずにおく(質問などすれば、行きづまって困るか論議になるかであるから)。


【所感】
禅を修めた老僧や飾り気のない老農夫の話は、時に人を啓発するものがある。その場合、ただその人に話をしてもらい、それを聴くだけでよい。その話の内容を問いただすようなことはしない方が良い、と一斎先生は言います。


一芸を継続してきた老練の人のお話は、人の心を打ちます。


実際には、言葉がなくとも、笑顔だけで人をひきつけます。


ありがたいことに小生も最近はそうした方々に親しくお付き合いをしていただいております。


そんな老練な方のお話はただ聴くだけでよいのだ、と一斎先生は言います。


細やかな配慮を感じる言葉です。


小さな疑問など差し挟む必要などはなく、ただその言葉に至ったその方の人生を感じればよいのでしょう。


小生は昨日、勤務先が所属する団体の賀詞交換会に参加しました。


今年の特別講演は小泉純一郎元首相でした。


もちろん、小泉さん自身が老練であり、60分間の講演があっという間に思える程、聴衆の心をつかまえる見事な語りをされたのですが、今日はその講演の最後に小泉さんが紹介した一人の人物の名言を紹介します。


皆さんは、尾崎行雄という政治家をご存じでしょうか?


この人はなんと衆議院に連続25回当選(ちなみに小泉さんは12回)、衆議院在籍年数は60年という前人未到の記録を有する政治家なのです。


現在、国会議事堂の裏にはこの尾崎行雄さんの業績を称えた憲政記念館が建っています。


そこにご本人の揮毫された言葉が残されているそうです。


その言葉とは、


人生の本舞台は常に将来にあり


という言葉です。


90歳を超えても現役の議員だった尾崎さんは、いつまでも明日を目指して自分の力を高めていかねばならないと考えていたそうです。


凄い人ですよね。


人生を長く生き抜いてきた諸先輩の言葉を拝聴できることは無上の喜びと言えます。


だからこそ、ただ黙ってありがたく拝聴するという姿勢が、後輩である我々に求められる姿なのです。

第706日

【原文】
人に接すること衆多なる者は、生知・熟知を一視し、事を処する練熟なる者は、難事・易事を混看す。


【訳文】
大勢の人に接している人は、よく知らない人もよく知っている人も、同じように見るものである。また、物事に熟練している人は、難しい事も易しい事も、共に同じように見ている。


【所感】
多くの人と接している人は、ものごとをよく知っている人も宋でない人も同じようにひとりの人として視ている。また事物を処理することに熟練している人は、難しいことも容易なことも同様に捉えて決して手を抜かないものだ、と一斎先生は言います。


物知りかどうかで人への対応を変えること、事の難易度で取り組む姿勢を変えることはよろしくない、という教えだと理解してみました。


小生も長らく営業マネージャーという立場で、本当に数多くのお客様、お取引先担当者さん、自社の社員さんと接してきました。


そこから学んだことは、どのような人からも必ず何かを学ぶことができるということです。


特にパワハラ事件以降は、ここで一斎先生がご指摘しているような人の見方を心がけてきましたので、その思いは一層強くなりました。


かつて坂村真民さんの「鈍刀を磨く」という詩をご紹介しました。


鈍刀とは、切れない刀です。切れない刀を磨いていると、その刀自体は光らなくても、磨く本人が磨かれていくのだ、という詩です。(第33日をご参照ください)


つまり、自分から見たら仕事ができないと思われるメンバーであっても、彼と真剣に対峙することで、残念ながらその彼を成長させることができなかったとしても、自分自身はそこから必ず何かを教えてもらえるのだ、という意味に理解すると良いでしょう。


また、本章では仕事に取り組む姿勢についても貴重なアドバイスをしてくれています。


つまり物事の難易度を勝手に想定して、手抜きをしたり、あからさまな軽重をつけてはいけないということです。


こういうスタンスでいると一見容易に思える仕事で大きな躓きを経験することになります。


常に細心の注意を払い、準備を怠らずに仕事に臨むという姿勢が大切なのです。


シンプルな言い回しの中に、深い意味がこめられた名句です。

第705日

【原文】
艱難は能く人の心を堅(かと)うす。故に共に艱難を経し者は、交りを結ぶことも亦密にして、竟(つい)に相忘るること能わず。「糟糠(そうこう)の妻は堂を下さず」とは、亦此の類なり。


【訳文】
苦難(苦しみ)というものは、人の心をひきしめて堅固にするものである。それで、共に艱難辛苦を経てきた者は、交りを結ぶことも緊密であって、いつまでも互いに忘れることができない。「糟(かす)や糠(ぬか)のような粗末なものを食べて共に苦労をしてきた妻は、富貴な身分になってからは、堂から下へおろして働かせず大切にする。


【所感】
艱難辛苦は人の心を堅固なものにする。よって共に艱難を経験した者は、お互いの交流を深めることも緊密であって、決して忘れることはない。『後漢書』にある「糟糠の妻は堂より下さず」という言葉は、これを意味した言葉のひとつである、と一斎先生は言います。


人は流した涙の数だけ強くなれる、と言います。


まして、辛い時代を一緒に切り抜けた仲間であれば、その結びつきは非常に強固なものとなるでしょう。


小生も前職では転勤族だったために、広島、大宮、松山、大阪と4つの勤務地で仕事をしました。


なかでも四国では、当時高松と松山にあった拠点を松山に集結することが決まり、2つの拠点で6名だった営業人員を3名に減らされた上で、小生が四国の営業責任者を拝命しました。


小生自らも高知県を担当しながら、四県のお得意様や販売店様を訪問するという肉体的にも精神的にも大変厳しい時代を経験しました。


その後、中途採用の社員さんを採用しながら人員を整えていきましたが、その四国時代の仲間達は、今でも小生にとってはかけがえのない仲間達です。


彼らとは、ごく稀にしか会うことはありませんが、会えば昔話が絶えることがありません。


3年前、その大切な仲間のひとりが亡くなりました。


先日(1月14日~15日)、大雪にも関わらず東京、金沢そして名古屋から当時の仲間達が高松に集まり、その彼のお墓参りをし、お母様にもお会いしました。


その後は、高松に一泊して亡き友の想い出話をさかなに夜遅くまで盛り上がりました。


まさに、艱難辛苦を共にした仲間の心のつながりを感じたひと時でした。


さて、糟糠の妻は堂より下さずとは、『後漢書』に出てくる言葉で、後漢の光武帝が部下の宋弘に言った言葉だそうです。


【原文】
貧賎の知は忘るべからず、糟糠の妻は堂より下ろさず。


【訳文】
貧しい時代からの知人は忘れるな、貧しい時から連れ添った妻は表座敷から下ろさないほど大事にせねばならない。


小生も、パワハラ事件を起こした際、妻には相談もせずに会社を辞めました。


それでも、妻も二人の息子達も黙って許してくれ、出勤最終日の夜、帰宅すると三人からの手紙がありました。


その手紙は、小生にとっての最高の宝物です。


本章を読んで、あらためて妻と息子達に感謝すると共に、大切に守っていかねばならないと心に誓いました。

第704日

【原文】
薬物は甘(かん)の苦中より生ずる者多く効有り。人も亦艱苦を閲歴すれば、則ち思慮自ら濃(こま)やかにして、恰(あたか)も好く事を済(な)す。此と相似たり。


【訳文】
薬は甘味が苦味の中から出てくるものに、多く効能があるものである。人間もそれと同様に、艱難辛苦を経験すると、考えが自然と深く細やかになり、何事もよく成就する。これとよく似ている。


【所感】
薬は甘味が苦味の中から出てくるものに効果の高いものが多い。人間も艱難辛苦を経験すると、思慮深くなり、何事も上手に処理できるようになる。共に似ている、と一斎先生は言います。


『孟子』の有名な言葉があります。


【原文】
若し薬瞑眩(めいげん)せずんば厥(そ)の疾(やまい)瘳(い)えず。 (勝文公上首章)


【訳文】
薬は飲んでめまいがする位でないと、病気は治らない。(川口雅昭先生訳)


ここでの一斎先生のことばもそうですが、薬というのは強烈な苦味があったり、身体へのアタック性が強いものほど、実は効能も高いものだという意味です。


人生も同じであって、艱難辛苦を味わうからこそ、人の心の痛みや苦しみを本当に理解できるようになります。


いわゆる逆境の経験です。


この逆境は、その程度が大きければ大きいほど、それを乗り越えた時には心の優しさや安定を手に入れることができます。


逆境の後にしか幸せの花は咲きません。


あえて逆境に飛び込む必要はないかも知れませんが、逆境に遭遇してしまったならば、そこから逃げ出すのではなく、真正面からぶつかり、矢印を自分に向けるべきです。


そうすれば、いつかは逆境を乗り越え、幸せをつかむことができるはずです。

第703日

【原文】
天道は窮尽(きゅうじん)すること無し。故に義理も窮尽すること無し。義理は窮尽すること無し。故に此の学も窮尽すること無し。「堯舜の上、善尽くる無し」とは、此(これ)を謂うなり。


【訳文】
自然の道には窮まり尽きるということがなく無限である。それで、人のふみ行なう道にも窮まり尽きる所がない。人のふみ行なう道が窮まり尽き果てる所がないから、これを究明しようとする学問にも窮まり尽きる所がない。明代の大儒王陽明がいった「堯舜の上、善尽きること無し」(聖人堯・舜が善行をなしたが、善は無限である)とは、このことを言ったものである。


【所感】
天の道は極まることなく永遠に続いている。それ故に、人が実践すべき正しい道理もまた尽きることはあり得ない。そして、義理が尽きないということはすなわち、学問(儒学)も極め尽くすことなどできないものである。だからこそ学び続ける必要があるのだ。王陽明の言葉「堯舜の上、善尽くる無し」(伝説の皇帝堯と舜は善政を敷いたが、それでも善が極まり尽きることはなかった)もまた、こうしたことを言っているのだ、と一斎先生は言います。


人は天地の産物ですので、天の道が無窮であれば、人の道(正しい考え方と行い)もまた無窮なはずであり、人の道を手に入れるための学問もやはり無窮なのだ、と一斎先生は言っているのでしょう。


昨日の章句に、


講学は則ち当に足らざるを知るべし


とありました。


なぜ学問においては常に不足を思うのかといえば、義や善といった人間の徳性はここまで来ればOKというゴールがないからです。


つまり、学べば学ぶだけ徳を深めていくことができるのです。


小生は営業部門のマネジメントをしています。


そもそもパワハラ上司からのリスタートを切っていますので、もちろん現状の自分のマネジメントには満足などしていません。


不徳のマネジメントから有徳のマネジメントへと、自身のマネジメントスタイルの根本的な変換を図っている真っ只中に身をおいています。


まさに無窮のゴールを目指して走り続けているのです。


人間学を学び、それを実際の仕事やマネジメントで実践して、結果を評価し反省を加えて、また次の学びと実践につなげていく。


死ぬまで続く飽くなき探求がそこにあります。

第702日

【原文】
人各々分有り、当に足るを知るべし。但だ講学は則ち当に足らざるを知るべし。


【訳文】
人にはそれぞれ本分というものがあるから、その自分の本分に満足して貪らずに生活すべきである。ただ学問をする場合だけは、前進の一路を辿って満足しないことを知っておくべきである。


【所感】
人には各自、持って生れた分際があるので、常に現状を不足に思わないようにすべきである。ただし、学問においては常に不足を思い、向学の志を失ってはならない、と一斎先生は言います。


この章句は、小生が愛唱する章句ベスト5のひとつです。


人はある程度の年数を生き抜いてくると、自分の分際に限界があることに気づかされます。


たとえば50歳を迎えた小生が、これから残りの人生で孔子や佐藤一斎先生のレベルの教育者になることは不可能です。


人は皆、天からの封書をもって生れてくる、と森信三先生は言います。


その封書にはその人だけの唯一無二の使命が書かれているそうです。


他人と比較して自分の境遇を嘆いたところで何も変わりません。


それよりも今の自分が影響を及ぼせる範囲の中で、自分の精一杯を尽くすことです。


そうすれば、いつしか自然に、自分独自の封書を開封することができるはずです。


これは諦めではなく、真の使命に気づくということです。


ただし、若い人にはなかなか受け容れられないことかも知れません。


ところで、一斎先生は人生においては、自分の分際を知り、現状に不満を持つべきではないとしながら、学問においては決して満足してはいけないと指摘しています。


ここでいう学問とは、いわゆる時務学ではなく、人間学を指していると理解して良いでしょう。


自己を修養し、自分の中にある徳を掘り起こして磨き上げるためにも、人間学を学び続けなければいけません。


そして小生にとっての不朽のテキストこそ、この『言志四録』と『論語』なのです。

第701日

【原文】
爾(なんじ)の霊亀(れいき)を舎(す)て、我れを観て頤(おとがい)を朶(た)る。 霊亀は舎つ可からず。凡そ諸(これ)を外に顗(うかが)う者は、皆朶頤(だい)の観なり。


【訳文】
『易経』に「自分の持っている徳を捨てて、物欲しそうな状(さま)をするのは凶である」とある。自分の徳を捨ててはいけない。徳を他に求めるのは、下あごを垂れ動かして物を欲しがる状態を現わすものである。


【所感】
『易経』の山雷頤(さんらいい)の卦の初九爻に「爾(なんじ)の霊亀(れいき)を舎(す)て、我れを観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶なり」とある。霊亀は捨ててはいけない。自分の外部に物を求める者は、下顎をだらしなく垂らしているようなものだ、と一斎先生は言います。


出典である『易経』の内容自体が難解ですので、理解の難しい章です。


霊亀とは霊妙な徳をもった亀を指します。


亀は万年といわれるように、亀という生き物は決して食を貪らず、永く生きながらえることができます。


本来、人間にもこの霊亀のような徳が具わっているのに、それを発揮せずにだらしなく下顎を垂らして口を空けているような状態であることは、凶つまり非常によろしくない状態である、という意味でしょう。


儒教で繰り返し説かれるのは、人間は本来、徳を有して生れてくるということです。


だから、徳を身につけるという表現は不適切で、実際には自分の中にある徳を最大限に発揮できるようにすることが修養だとしています。


書物を読むなど、学問をする目的もそこにあるのであって、書物から何かを吸収するというよりも、書物の光に照らして自分の中にある徳を発見するために読書をするわけです。


くだらない無い物ねだりをするのではなく、自分の中にある霊亀の徳を磨き上げなさい、と一斎先生は言っているのでしょう。

第700日

【原文】
太寵(たいちょう)は是れ太辱(たいじょく)の霰(さん)にして、奇福は是れ奇禍の餌(じ)なり。事物は大抵七八分を以て極処と為す。


【訳文】
特別な寵愛を受けるということは、大きな恥辱を受ける前兆であるといえる。予期しない幸福を受けるということは、予期しない禍(災難)を引きおこす餌であるといえる。物事はおおよそ七、八分くらいの所が一番よい。


【所感】
身に過ぎた寵愛を受けることは、大いなる恥辱を受ける前兆であり、思いがけない幸福は、予期しない禍の要素となる。物事はなんでも七~八分目くらいがちょうど良いのだ、と一斎先生は言います。


陰陽二元論の考え方によれば、陽が極まれば陰となり、陰が極まれば陽となるとされます。


よって自分の身分には不相応な評価を得たようなときは、かえってその後の転落に気をつけなければいけない、ということになるわけです。


気をつけるとはもっと具体的に言えば、調子に乗らない、喜びすぎないということです。


孔子は、


不義にして富み且つ貴きは浮雲の如し


つまり、正しくない手段で富や地位を得たとしても、それは浮雲のようなもので、そこに固執するものではない 


と言っています。


不義ではないにしても、分を超えた富や名誉も同じことではないでしょうか。


なにごとも八分目くらいがちょうど良いのです。


人生も幸せを極めるのではなく、ちょっと足りない、もう少しあれが欲しい、あんな人になりたいと思っている程度がむしろ理想の状態なのです。


そう思っていれば、順境に際して調子に乗るようなこともなくなりますよね。


人生を賢く生きる智慧だといえる章句です。
プロフィール

れみれみ