【原文】
「心静にして方(まさ)に能く白日を知り、眼(まなこ)明らかにして始めて青天を識るを会(え)す」とは、此れ程伯(ていはく)氏の句なり。青天白日は常に我れに在り。宜しく之を坐右に掲げ以て警戒とすべし。
【訳文】
「心が静かな場合には太陽の恩恵を知ることができ、眼が明らかな場合には、青く澄み渡った天空の広大無辺なるを知ることができる」とは、宋儒程明道の句である。この青天白日(本具の本心・仏性)は常に自己の中に存在するもので、己外に存在するものではない。この句を座右に掲げて自戒とするのがよい。
【所感】
「心静にして方に能く白日を知り、眼明らかにして始めて青天を識るを会す」とは、程明道の言葉である。青天白日は常に自分の中に存在している。これを座右の言葉とし、戒めの言葉とすべきだ、と一斎先生は言います。
この程明道の言葉の出典は不詳なようです。
程明道は弟の程伊川と共に、ニ程子と呼ばれた北宋時代の儒者で、朱熹よりも前に活躍しています。
青天白日とは、まるで青空にある輝く太陽のように、清廉潔白で、やましいことのないことを表す言葉です。
出典は韓愈(かんゆ)の『崔群与書(さいぐんにあたえるのしょ)』にあるようです。
程明道が言わんとしたことは、どんなことなのでしょうか?
心を穏やかに保てば、いつも心に太陽を抱くことができ、心の太陽を欲得で曇らせることがなければ、本来の空の青さ、つまり物事の道理を感じ取ることができる
と小生は理解しています。
と小生は理解しています。
つまり、
いつも心に太陽を
というメッセージなのではないでしょうか。
本章においても、良知を致すことの大切さを別の比喩を使って解説しているのだと思われます。
ちなみに小生が住んでいるのは名古屋市天白区ですが、この天白と、晴天白日とはまったく関係がないようです。