一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2017年11月

第1022日 出典は明確に

【原文】
真を写して後に遺すは、我が外貌を伝うるなり。或いは似ざること有り。儘醜なるも儘美なるも、亦烏(いずく)んぞ害あらん。書を著わして後に貽(のこ)し、我が中心を伝うるなり。或いは当たらざること有れば、自ら誤り人を誤る。慎まざる可けんや。


【訳文】
写真を後日に残すのは、自分の外の姿を伝えるためである。あるいは時には自分の実際の姿に似ない写真もある。それが醜くあろうとも美しくあろうとも、そんなことはさまたげにならない。著書を後日に残すのは、自分の心(思想)を伝えるためである。もしも、書中の説く所に適当で無いことがあれば、自分を誤り、またそれを読む人をも誤らすことになる。著作に際しては、十分に慎まなければいけない。


【所感】
写真を残すことは、自分の容姿を伝えることが目的である。ときには実際の姿と似ていないこともあるだろう。それが醜かろうが美しかろうが、それほど害を与えるものではない。本を著して後世に残す行為は、自分の思想を伝えることである。もし不当な箇所があれば、自分だけでなく読者にも誤りを与えることになる。慎まなければならない、と一斎先生は言います。


この章句の重点が後半にあることは、言わずもがなでしょう。


写真を使った類推話法によって、比較が極めて明確です。


たとえば化粧や派手な衣装で外見を誤魔化して写真を撮ったところで、他人に大きな迷惑を与えることはありません。


ところが、写真に比べて著作の与える影響力は甚大です。


とくに、自分の専門領域に関する著作の場合は、読者に大きな影響力を与えます。


これは、本という媒体に限りません。


現代であれば、ブログやSNSなどで発信する情報も、自分の玄関の外に向けて発信されていることに気づくべきです。


そのとき、気をつけるべきは、事実と憶測を分けて書くことでしょう。


つねに、根拠(エビデンス)のある事実をベースにして、論を展開すべきです。


また、憶測の場合であっても、極力客観的なデータを引用しながら、論理的に組み立てるべきでしょう。


その際、私見や憶測であることを明記しておくべきです。


小生は古典の言葉を引用する際には、引用されたものではなく、極力原典に当たる意識を持っています。


少なくとも、出典が不明確な記事やページからの引用はしません。


ウィキペディアなどネット上の引用物から引用する場合、仮に引用したものが間違っていれば、それを引用することで、間違いを拡散してしまうことになりかねないからです。


著作は当然のこと、SNSによる情報配信やブログなどについても、閲覧者の誤解を招くことのない配慮が必要であり、それが情報発信者の責務なのではないでしょうか?

第1021日 何をもって名を残すのか?

【原文】
凡そ古器物・古書画・古兵器、皆伝えて今に存す。人は則ち世に百歳の人無し。撰著以て諸(これ)を後に遺すに如(し)くは莫し。此れ則ち死して死せざるなり。


【訳文】
だいたい古い諸道具、古い書画、古い兵器などは、総て今日まで伝えられて現存している。しかるに、人は百歳まで寿命を保つ人はいない。それで、書物を著作して後世に自分の思想などを残すことが最もよいことである。(これにまさるものはない)。こうすれば、その人は肉体が滅しても、その人の精神が永久に保たれて死なないことになるわけである。


【所感】
古い道具、古い書画、古い兵器などは、皆今に伝わっている。人間は百歳まで生きることはできない。そこで書物を書いたり編纂したりして後世に残すよりほかはない。これがすなわち肉体は死すとも精神は死なずということである、と一斎先生は言います。


食糧や医学の進歩によって、現代では、我国においても百歳以上の人口が6万5千人を超えているそうです。


一斎先生の当時からは、想像も出来なかった時代になったと言えるでしょう。


年齢はどうあれ、一斎先生のような学者であれば、著作を遺しておきたいと考えるのは当然でしょう。


ところが、面白いことに世界の4大聖人と言われるキリスト、釈迦、孔子、ソクラテスはいずれも著作(創作物)を遺していません。


孔子は、『詩経』を編纂し、『春秋』を書いたと言われますが、『春秋』は魯の歴史を記したものですので、創作物とは呼べないでしょう。


孔子自身も、自分の事を、


述べて作らず(古聖の道を伝えるだけで、自ら新説は立てない)


と評しています。


概して4大聖人には、有名になろうとか名を残そうという意識はまったくなかったのでしょう。


それが聖人の聖人たる所以なのかも知れません。


ところで、凡人も凡人なりに名を残したいと思うものです。


では、何をもって名を残すかといえば、昨日あったように自分自身の仕事で名を残すほかはないでしょう。


しかし、本当に組織のため、世の中のためになる仕事ができたなら、自分の名など忘れ去られても良いと思える度量を身につけたいものです。


他人からの承認を期待するのではなく、自己貢献感を大切にして生きることが、幸せを手に入れる重要な方法なのですから。

第1020日 立志は己のためならず

【原文】
人は百歳なる能わず。只だ当に志、不朽に在るべし。志、不朽に在れば、則ち業も不朽なり。業、不朽に在れば、則ち名も不朽なり。名、不朽なれば、則ち世世子孫も亦不朽なり。


【訳文】
人間はとても百歳までは長生きすることはできない。ただ志だけは永久に朽ちないようにしなければいけない。志が永久に朽ちないものであれば、その人のなした事業も永久に朽ちないものとなる。その事業が永久に朽ちないものであれば、その人の名も永久に朽ちることがない。その名が永久に朽ちないものであれば、代々の子孫も永久に朽ちることがない。


【所感】
人は百歳までは生きられない。ただ、志だけは朽ちることのないようにすべきである。志が朽ちることがなければ、自分が為した仕事も不朽のものとなる。仕事が不朽であれば、その名も朽ちることはない。名が不朽であれば、子子孫孫までも永久に不朽である、と一斎先生は言います。


子子孫孫までの繁栄の本は、今生きている己の志にある、という強烈なメッセージです。


多くの偉人が、立志の必要性を語り続けています。


それが成功の素であることも、多くの偉人が証明しています。


それにもかかわらず小生のような凡人は、一生の志を立て切れぬままに年老いていきます。


ここで、小生が衝撃を受けたのは、自分の志が立たず、よい仕事ができなければ、自分の名が残らないだけでは済まず、子孫にまで悪い影響を与える可能性があるという件です。


孔子は、


人知らずして慍みず、亦君子ならずや 


といい、


人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うるなり 


と言っています。


逆説的にみれば、十五歳で学問に志した孔子ですら、時には人に知られないことを怨んだのだと見ることもできます。


学問の主体を政治から教育へと移しながらも、決して学問から離れることがなかったからこそ、孔子は後世に名を残し、その子孫が今も現存しているのでしょう。


仕事を残せていない多くの人も、実は何をすべきかは明確に理解しているのではないでしょうか?


そこに一歩踏み込むことをしないのは、現状に甘んじ、大きな失敗をしたくないとか、傷つきたくないといった利己的な気持ちが勝っているからではないでしょうか?


まさに自問自答せざるを得ない箴言です。

第1019日 超保守も超革新もダメ

【原文】
百工は各々工夫を著(つ)けて以て其の事を成す。故に其の為す所、往往前人に超越する者有り。独り我が儒は、今人多く古人に及ばず。抑(そもそも)何ぞや。蓋し徒らに旧式に泥みて、自得する能わざるを以てのみ。能く百工に愧じざらんや。


【訳文】
いろいろな職の人々は、それぞれ工夫をして仕事をしている。それで、そのなす所のものが、時折り先輩よりも勝ったものを作ることがある。ただわが儒者だけが、今の者はたいてい古人に及ばないのは、一体どういうわけであろうか。思うに、ただ徒らに旧来の形式に拘泥して、聖賢の道を自ら会得することができないからなのだ。儒者たるものは、百工に恥ずかしくないだろうか。


【所感】
様々な職種の職人は仕事において工夫を加えている。それゆえに、その仕事は得てして先人の仕事を超える者が出てくる。ところがわが儒者といえば、今の儒者は多くが古人に及ばない。それはなぜだろうか? 私が思うには、徒に古い形式に拘りすぎて、自ら会得することができていないからであろう。職人と比較して恥ずかしく思わねばならない、と一斎先生は言います。


これは、一斎先生の若き同朋への激励の言葉でしょう。


どんな職種においても、後輩が先輩を追い越していくようでなければ、その仕事は衰退するのみです。


常に、フレッシュな発想で、新たなチャレンジを続けていくことこそ、若い人に課せられた使命なのです。


そのためには、まず我々のようなロートルが、保守的な思考を捨てて、大胆に若手に任せていくという決断が必要になります。


昔はこうだったと自慢話をするのではなく、これからこうなって欲しいというビジョンを語り、そのビジョン実現を後輩に托すのです。


たとえば、小生が務めているのは、医療機器商社です。


商社が担う大きな役割のひとつは物流ですが、すでにアマゾンが多くの業界の物流に食い込み、業態の破壊が進行しています。


町の本屋さんが消えているのは、その典型でしょう。


早晩、医療機器の物流も大手物流企業に握られることになるでしょう。


その中で、なにを柱に生き残りを図るのかを、将来を担う若い人にも真剣に考えてもらわねばなりません。


そのとき重要なことが、温故知新なのです。


そもそも自分の会社はなぜ生まれたのか、どのようなお客様に支えられて成長してきたのか、などをもう一度しっかりと振り返るべきです。


そして、そこから新しい進む道を見つけていくのです。


つまり、超保守もダメですが、超革新もダメだということです。


故(ふる)きを温(あたた)めて新しきを知る 


どの職種においても、もう一度、この発想からスタートすべきであることに変わりはないはずです。

第1018日 マニュアルに頼らない

【原文】
学生の経を治むるには、宜しく先ず経に熟して、而る後に諸を註に求むべし。今は皆註に熟して経に熟せず。是(ここ)を以て深意を得ず。関尹子(かんいんし)曰く、「弓を善くする者は、弓を師として羿(げい)を師とせず。舟を善くする者は、舟を師として、奡(ごう)を師とせず」と。此の言然り。


【訳文】
学生が経書(儒教の経典)に精通するには、最初経書の本文に習熟してから、意味の不明瞭な所は註釈によるがよい。今の学生は皆、註釈に習熟して経書の本文に習熟しようとはしない。これでは、経書の深い意味内容つかむことはできない。道家の書である『関尹子(かんいんし)』に、「弓の上手な人は、弓そのものを師として、弓の名人である羿(げい)を師としない。舟を操る人は、舟そのものを師として、舟を動かす大力の奡(ごう)を師としない」とある。この言葉は誠にもっともなことである。


【所感】
学問をする者が経書を修得するには、まず経書に習熟してから後に注釈に頼るべきである。今の時代は皆が注釈に習熟して経書に習熟しない。こういうことだから、経書の真意を得ることができないのである。『関尹子』には、「弓の名人は弓そのものを師とし、弓の達人である羿を師とはしない。また、舟を巧みに操る人は、舟を師とし、舟を動かす奡を師とはしない」と記述されている。この言葉はまったくその通りである、と一斎先生は言います。


羿(げい)とは、伝説上の弓の名人で、堯帝のときに十の太陽が出たので、そのうちの九つを射落としたといわれる人物です。


また、奡(ごう)は地上で大舟を自由に操作し動かしたと伝えられる伝説上の大力の舟の名手です。(ともに、『日本思想大系』より引用)


現代でいえば、マニュアルに頼り過ぎるな、という教えだと言えそうです。


小生もかつて、潤身読書会を開催し始めたころ、ある先輩から現代の注釈書だけでなく、できれば原典に当たることを意識した方がよいとのアドバイスを受け、目から鱗が落ちたことを思い出します。


戦前の本邦では、初等教育において『論語』の素読がおこなわれていたそうです。


素読とは、意味の解説をせずに、ただ声に出して繰り返して読むという教育スタイルです。


これは、一見すると『論語』をマスターする上では、極めて遠回りのように思えます。


しかし、幼少のときに刷り込まれた『論語』の言葉が、後になって実生活や仕事の場面で、見事に生きてくるのです。


現代においては、「とにかくやってみろ」という教育は通用しません。


そういう指示をすれば、必ず「なぜですか?」と理由を問われます。


まず、体験し、そこから何かを感じた上で、意味づけをするというのが本来の教育であり、啓発とはまさにそいうことを言うのです。


「啓発」という言葉の出典となった『論語』の章句をみておきます。


【原文】
子曰わく、憤せずんば啓せず。悱(ひ)せずんばせず。一隅を挙げて三隅を以て反(かえ)らざれば、則ち復(また)せざるなり。(『論語』述而第七)


【訳文】
先師が言われた。
「自分で理解に苦しみ歯がみする程にならなければ、解決の糸口をつけてやらない。言おうとして言えず口をゆがめる程でなければ、その手引きをしてやらない。一隅を示して三隅を自分で研究するようでなければ、繰り返して教えない」


孔子は、弟子が出口(答え)を求めて悶絶するほどでなければ、出口を与えることはしない、と言っています。


若い方は、近道を求めず、マニュアルを遠ざけ、まずは真正面から事に臨んでみましょう。


また、若い人を指導するリーダーは、マニュアルを与えず、自ら挑戦する若者を育成しましょう。
プロフィール

れみれみ