一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年01月

第1074日 「五感」 と 「洗心」 についての一考察

【原文】
色の清き者は観る可く、声の清き者は聴く可く、水の清き者は漱(くちすす)ぐ可く、風の清き者は当たる可く、味の清き者は嗜む可く、臭(におい)の清き者は嗅ぐ可し。凡そ清き者は皆以て吾が心を洗うに足る。〔『言志耋録』第282条〕


【訳文】
色の清らかなものは観るのによいし、声の清らかなものは聴くのによいし、水の清らかなものは口をゆすぐのによいし、風の清らかなものは吹かれるのによいし、味の清らかなものは好むによいし、香りの清らかなものは嗅ぐのによい。このように、総て清らかなものは、われわれの心を洗い清めるに足る。


【所感】
清らかな色彩を鑑賞し、清らかな音を聴き、清らかな水を飲んで口を潤し、清らかな風に触れて、清らかな食事を楽しみ、清らかな香りを嗅ぐのは、とても良いことである。すべて清らかなものを五感で感じると心が洗われる思いがするものだ、と一斎先生は言います。


今から15年以上前のことです。

当時、小生、四国松山で営業所長をしていました。

ある日新聞で、愛媛県美術館に唐招提寺の鑑真和上の仏像が展示されていることを知りました。

この鑑真像は、唐招提寺では毎年6月の数日間しか開陳されない貴重な秘仏なのです。

そこで、営業所のメンバー数人を誘って鑑真像を拝観しました。

すぐ目の前で観る鑑真像の姿に、小生はまったく動けなくなったことを思い出します。

まるで祈りを捧げているかのようで、この仏像は生きていると感じました。

後にも先にも美術品を観て、あれほどの衝撃を受けたことはありません。

業務時間内に仕事をサボって拝観したのですが、それはもう時効ということで。


営業2課の本田さん、今日は新人の石崎君を連れてオペラ鑑賞に来ているようです。


「本田さん、なんですか、これ。面白さがまったくわかりません」


「静かに! 黙って、目を瞑って、心で聴いてみろ」


「本田さん、いつからこんな趣味があったんですか?」


「いや、俺も初めて来た」


「えーっ、初めて? それで後輩連れてきます、普通?」


「いいじゃないか、俺の奢りなんだから」


「どうせ奢りなら、旨いものを食べさせてくださいよ!」


「じゃあ、この後うなぎはどうだ?」


「おっ、いいですね。仕方ない、うなぎのために我慢するか」


オペラ鑑賞を終えて、ふたりは老舗の鰻屋さんで、ひつまぶしを食べているようです。


「いやぁ、これは美味い!」


「ここのうなぎは、タレの味が絶妙で、くどくないんだよ。清らかな味とでも言うのかな」


「ひつまぶしに清らかな味があるかどうかは知りませんが、とにかく美味いです。時間を無駄にした甲斐がありました」


「お前、ストレートだね。神坂課長みたいだな」


「あのおっさんと一緒にするのは勘弁してくださいよ。
ところで本田さん、急にオペラとはどうしたんですか?」


「この前な、突然佐藤部長に美術館に連れて行かれてさ。そこで本物に触れることに目覚めたんだ」 


「本物ですか?」


「佐藤部長が、いつもの佐藤一斎先生の言葉として教えてくれたんだけど、『清らかなものを五感で感じると心が洗われる』というのがあるらしいんだ」


「清らかなものですか?」


「まあ、お前はまだストレスなんかまったく感じていないから、わからないだろうな」


「失礼ですね、私だってそれなりには・・・」


「無理に探さなくていいよ」


「ああ、それで、美術館では清らかなものを視覚で感じたから、今度はオペラを聴いて聴覚で感じ、最後にうなぎを食べて味覚で感じようと考えた、ということですね」


「まあ、そう単純なことでもないけどさ」


「そういえば、ラストシーンで本田さん、泣いてましたよね」


「泣いてねぇよ。男はそう簡単に人前で涙をみせるもんじゃないよ」


「それ、よく神坂課長が言ってるセリフじゃないですか!」


「おい、あのおっさんと一緒にするのだけは、勘弁してくれよ!!」



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第1073日 「本物」 と 「修養」 についての一考察

【原文】
古書画は皆古人精神の寓する所にして、書尤も心画たり。此(これ)に対すれば、人をして敬を起して追慕せしむ。宜しく時時之を展覧すべし。亦心を養うの一たり。〔『言志耋録』第281条〕


【訳文】
古い書や画は総て古人の精神が宿っているもので、特に書は精神をうつした画といえる。それで、これに向っていると、見ている人をして自然に尊敬の念を起させて、その人を追い慕うようにせしめる。時折り古人の書や画をひろげて見るがよい。そうすることも、精神修養の一助となる。


【所感】
古い書や絵画には、総じて昔の人の精神が宿っているものであるが、なかでも書にはもっとも心が描き出されているものだ。それを鑑賞していると、自然と尊敬の念が生じ、古人を慕う気持ちになる。時々そうした書画を鑑賞すべきである。それがまた、心を養うことになるのだ、と一斎先生は言います。


先日、小生が共同企画者として参加している「歴史好きが偉人を語る会」終了後、コーディネーターの中田さんが参加者を、愛知県岡崎市にある瀧山寺に連れていってくれました。

瀧山寺では、山田住職自らが境内をご案内してくださり、瀧山寺には愛知県で唯一の運慶作の仏像(通称:運慶仏)である、聖観音菩薩立像があることを知りました。

ただ、残念ながら、東京国立博物館で運慶展が開催されており、肝心の聖観音菩薩立像は上野に移動していために、直接観ることができませんでした。

ところが幸いなことに、その1週間後に東京に行く予定があったので、急遽予定を変更して、仕事終わりに国立博物館を訪れ、聖観音菩薩立像をじっくりと鑑賞できたのです。

お目当ての仏像を含め、圧倒的な数の運慶仏を目の前にして、小生は心を奪われました。

それ以来、小生は毎月一回、東海地方や関西地方の神社仏閣や仏像の鑑賞を続けています。


今日は、石崎君が運転する車の助手席に神坂課長が座っています。


石崎君が内視鏡システムを販売したSNクリニックさんに、上司同行でお礼に伺った帰りの車中のようです。


「最近、本田君が元気がないようにみえるんだけど、石崎君何か知ってる?」


「私から聞いたってことは言わないでくださいね。
実は最近、日々数字に追われることに疑問を感じ始めて、モチベーションが上がらないらしいんです」


「おいおい、それは深刻だな。
ここでエースに抜けられたら、営業2課だけの損失に留まらないぞ」


「そのときは、僕がいるじゃないですか」


「僕じゃないだろ、私だろ」


「・・・(ペロ)」


その翌日のできごとです。


「本田君、今日はノー残業デーだし、終業後にちょっと付き合ってくれないか?」


「佐藤部長、私はお酒はダメですよ」


「ははは、わかってるよ。そもそも私も下戸だよ」


「そうでしたね。(笑)」


本田さんが佐藤部長に連れて来られたのは、N市立美術館です。


「日々、営業の世界で世俗にまみれていると、どうしても心をすり減らしてしまうものだよね」


「え? は、はい」
本田さんは、まるで佐藤部長に心を見透かされているような気がしています。


「だからね、月に一度は本物に触れると良いよ」


「本物ですか?」


「そう、書画などの美術品、映画や演劇、あるいは寺院や仏像を鑑賞するのもいいかも知れないね」


「なるほど」


「この書は、私が敬愛する佐藤一斎先生の自筆の書なんだよ」


「ああ、あの佐藤一斎先生の自筆なんですか? すごいなぁ」


これは『霊亀』と書かれている書で、通常は東京国立博物館に所蔵されているんだけど、ちょうどN市立美術館に来ていると聞いたので、観に来たかったんだ。


「迫力のある文字ですね」


「そうだろう。一斎先生、七十四歳のときの書だよ。私は、こういう美術品を観ていると、心が落ち着き、魂の活力が戻ってくる気がするんだ」


「確かに、静かな空間で美術品を観ていると、心が潤うような気がします」


「実は、この『本物に触れる』というのは、私が師と仰ぐ人から教えられたことなんだけどね。私は時間があると、美術館や神社仏閣を訪れて英気を養っているんだよ」


「正直に言いますと、最近、このままこの仕事を続けていて良いのだろうか?なんて考えることがよくあるんです」


「私たちの仕事は、人々の健康と幸せを守るお手伝いをするという、とても大切な仕事だよね。自信をもって一生を捧げるに足る仕事だと、私は思っているよ」


「部長、ありがとうございます。ちょっと魂に活力が戻った気がします。そこで、ひとつ相談があるのですが?」


「なに?」


「今日はこのまま独りで美術品を鑑賞させてもらっても良いですか?」


「この後、食事をご馳走しようかと思ってたんだけどな」


「ありがとうございます。次回はぜひ、お願いします」


その後、佐藤部長は行きつけの小料理屋さんに行ったようです。


「それで、本田君の代りに私を呼んだということですか?」
隣に座っているのは神坂課長のようです。


「本田君の件を報告したかったからさ」


「部長、私は敗戦処理の投手じゃないんですから!」


「わかってるよ。君は大事な代打の切り札だ!」


「それ、喜んでいいんですかね?」


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第1072日 「売上」 と 「感謝」 についての一考察

【原文】
国の本は民に在り、人主之を知る。家の本は身に在り、人主或いは知らず。国の本の民に在るを知りて之を民に刻責し、家の本の身に在るを知らずして自ら奢侈を極む。故に益々之を民に責む。国の本既に殪(たお)れなば、其れ之を如何せん。察すること無かる可けんや。〔『言志耋録』第280条〕


【訳文】
「国家の本は民にある」ということは、人主は知っているが、「家の本は身にある」ということは人主が知らないことがある。国家の本が民にあることを知りながら、民をむごく責めたてたり、家の本が人主自身の身にあることを知らずに、自ら贅沢を極める。自ら贅沢をするから、ますます民に対し重税を課して責める。国家の本である人民が倒れてしまったら、どうしようもない。この点を人主は十分考えなくてはいけない。


【所感】
会社の根本は社員さんにあるということについては、トップは理解している。しかし、家の根本が自分の身に懸かっているということを理解していないトップは多い。会社の財産が社員さんであることを知りながら、社員さんを責め立てたり、家の根本は我が身にあることを知らずに、贅沢な生活をしている。そしてさらに贅沢を極めるために、益々社員さんを酷使する。会社の大本である社員さんが居なくなってしまったら、どうすることもできない。トップにあるものは、この点をよくよく察しなければならない、と一斎先生は言います。


・F・ケネディ 第35代アメリカ大統領が、尊敬する日本人として挙げたのが米沢藩主だった上杉鷹山公だという話は有名ですね。

その上杉鷹山公が息子の治広公に国を譲る際に贈ったのが、『伝国の辞』です。

その中に、こんな名言があります。

国家人民のために存在し行動するのが君主であって、君主のために存在し行動する国家人民ではない。

つまり、会社や社員さんのために存在するのがリーダーであり、リーダーのために会社や社員さんが存在するわけではない!ということです。


神坂課長、今日は会社からの指示で外部のマネジメント研修に参加しているようです。


「皆さんは、部下である社員さん一人ひとりに感謝をしていますか?


冒頭から、ここのところずっと神坂課長が自問自答しているテーマが突きつけられます。


「部下の社員さんは、皆さんの思い通りにはなりません。
会社は、社員さん一人ひとりの自己実現の場でしかないのです」


講師の先生は畳み掛けます。


「社員さんの夢の実現を手助けすることこそが、皆さんの重要な仕事のひとつなのです!」


「鈴木、ちょっと付き合ってくれないか?」


研修後、神坂課長は一緒に研修に参加していた人事課の鈴木課長を夕飯に誘ったようです。


「なんだ神坂、神妙な顔をして」


「お前は、部下の社員さんに感謝しているのか?」


「ははは、神坂らしくないな。
うーん、ストレートに感謝の気持ちを伝えているかと言われるとノーだな。」


「だよな」


「ただ、俺は人事の仕事をしているから特に思うのかも知れないが、会社は社員さんがあってこその会社だと思っている」


「それは、そうだろうけど・・・」


「せっかく縁あってウチの会社に入社してくれたんだから、ここで骨を埋めるつもりで頑張って欲しいなと思う」


「なあ、鈴木、同期のお前だからこんなこと言うんだけど、俺は営業は数字を上げてなんぼだと思ってる。ウチは商社で、モノを創ることはできないから、とにかく売上を上げないと会社として存続できないじゃないか」


「もちろんだよ」


「だからな、売上計画を達成できないような社員さんに感謝するなんて、俺には無理だよ!」


「それは逆なんじゃないか?
俺は、営業のことは畑違いでよくわからないが、お前のメンバーへの感謝が足りないから、売上が上がらないと理解することはできないのか?」


「そ、それは・・・」


「さっき、講師の先生が言ってたじゃないか。会社は社員さんの自己実現の場だって。
お前は、自分の評価を上げたいというだけの理由で、メンバーを厳しく追及しているんじゃないか? 彼らの幸せについて考えたことがあるか?」


「・・・」


「ごめん、言い過ぎたかも知れない。
去年、お前の部下だった後藤君が辞めただろう」


「ああ、後藤な。あいつはセンスが良かったんだけどな」


「このタイミングだから言うけど、後藤君が最後にこんなことを言ってたよ。
『私は神坂さんを営業マンとしては大尊敬しています。でも、人間としては尊敬できませんでした』ってな」


「それと俺の感謝の気持ちと何か関係があるのか?」


「すまん、よくわからない。ただ、何か関係があるような気がするんだ」


深夜に帰宅した神坂課長は、ベッドに入ってからもしばらく眠れなかったようです。


編集後記

さすがは同期といいましょうか、あそこまでストレートに神坂課長に意見を言えるのは鈴木課長しかいませんね。

実は、あの鈴木課長の言葉は、過去の小生へのメッセージでもあるのです。

いずれにしても、企業のトップも組織のリーダーも、社員さんや組織のメンバーが居てこそ存在できるのですから、常に感謝することを忘れてはいけませんね。

なお、原文の解釈に忠実なエピソードにはなっていないことをご容赦ください。

一日一斎ストーリー篇では、いわゆる断章取義(※)的な捉え方をしています。

※断章取義:書物や詩を引用するときなどに、その一部だけを取り出して自分の都合のいいように解釈すること。


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第1071日 「信頼」 と 「不信」 についての一考察

【原文】
美酒膏梁(こうりょう)は、誠に口腹一時の適に過ぎず。既に腸内に入れば、即ち速やかに化して糞溺(ふんにょう)と為るを以て快と為し、唯だ留滞して病を成すを懼るるのみ。何ぞ其の愛憎の忽ち変ずること然るか。人主の士女の愛憎に於けるも、亦此れに類す。


【訳文】
美酒美食は、口と腹の欲をほんの一時的に満足させるに過ぎない。既に腸の中に入ってしまえば、すぐと消化されて大便・小便となって排泄されることは誠に心地よい(愛)が、ただいつまでも腸の中に滞っていて病気となることを心配する(憎)。どうして愛憎の変化することが、このように早いのであろうか。人主(大名)の侍女に対する愛憎の念もまたこれに似ている。


【所感】
旨い酒や美味しい食事といった一時の快楽は、ほんのひと時のものである。一度、体内に取り込まれたならば、速やかに糞尿となって排出されることが悦びであって、いつまでも体内に留まって病気を引き起こすことを心配する。好悪の情は、なんと瞬時に変化するものであろうか。上司が部下の社員さんに対して抱く好悪の情もこれと同様であろう、と一斎先生は言います。


源頼朝の異母弟・源範頼(のりより)は、事細かに行動を報告し、常に指示を仰いで、頼朝への忠誠を示したと言われます。


それが逆に、頼朝の指示を守らず独断専行した源義経の横暴振りを際立たせました。(その後、頼朝と義経は対立し、義経が自刃したのは有名ですね)


しかし、それほど頼朝に忠実であった範頼でさえ、たったひと言の失言で頼朝の信頼を失い、結局暗殺されることになります。


リーダーは、常に孤独であり、人を心から信頼することがいかに難しいかを教えてくれる故事ですね。


社長と共に二人三脚で社業発展に尽力し、平(たいら)社長から絶大な信頼を得ていた川井専務が、突如取締役を解任され、経営企画室長に降格になるという辞令が発令されたようです。


当然、社内はこの噂で持ちきりです。


「人事の話、聞いた?」
この手の話が大好きな総務課の大竹課長が、営業2課の神坂課長とお茶を飲みながら雑談中です。


「驚きましたね。
株式会社TKと揶揄されるくらい蜜月の関係だった社長と川井さんが仲違えするなんてね」


「なんでも、例の大型物流プロジェクトに関連する重要案件を、社長の承認を得ずに、川井専務が独断で進めたらしいんだ」


「忠実に社長の指示を実行してきた川井さんにしては珍しいですね」


「詳しいことはわからないんだけど、川井専務としては、後で正式な報告を上げるつもりでいたらしいよ。ただ、その前に平社長がK社の社長から直接その話を聞いてしまい、『報告がないのはどういうことだ!』となったらしい。」


「なるほど」


「ただ、例のプロジェクトは川井専務じゃないと動かせないようで、立場は変わってもそのまま任せるらしいけどね」


「それにしてもタケさん、どこからそういう情報を仕入れるんですか? すごい情報収集力ですよね、営業やりませんか?」


「勘弁してよ、俺は頭を下げるのが大の苦手でね」


「まあそれは冗談ですが、ウチも急激に規模を拡大してきたから、社長も心配事が増えて、いろいろな点で疑心暗鬼になってるのかもしれませんね?」


「もしかしたら川井専務に会社を乗っ取られるんじゃないか?とでも思ったのかもしれないな?」


「しかし、10年かけて築いてきた信頼が、たったひとつの出来事で一瞬にして崩れてしまうというのは怖いことですね」


「信頼を失うのは一瞬、取り戻すのは一生、なんて格言もあるからね」


「私なんか、普段から言いたい事を相手構わず言い放ってますから、そういう心配はないかもなぁ」


「馬鹿言ってんじゃないよ。そういうこと言ってるから、いつまで経ってもメンバーと信頼関係を築けないんじゃないの?」


「タケさんこそ、言いたいこと言ってませんか?」


ふたりは大爆笑しています。


「そういえば昨日、ウチ(総務部)のボス(西村部長)が、おたくのボス(佐藤部長)とそんな話をしていたよ」


「どうせまた、一斎先生でしょ?」


「そう、その一斎先生が、『人間の好悪の情なんて一瞬にして変化するものだと言ってるから、上司に対しても、部下に対しても、常に細心の注意を払うべきだ、というようなことを言ってたな」


「信頼とは何なんだろう?」


神坂課長は、得意先に向う車の中で、平社長の気持ちと川井専務の気持ちの双方に思いを寄せ、上司である佐藤部長や、部下である2課のメンバーに対する自分自身の言動を再点検していたようです。


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第1070日 「長所」 と 「短所」 についての一考察

【原文】
治国の著眼の処は、好悪を達するに在り。


【訳文】
国を治める上で、目の著け所は、『大学』にある如く、人民の好む所はこれを好ましめ、悪(にく)む所はこれを忌み嫌うようにさせる。


【所感】
マネジメントの要諦は、社員さんの好むことを行わせ、好まないことは行わせないことにある、と一斎先生は言います。


好きこそものの上手なれ、と言われますが、


かつて小生と一緒に仕事をした人にこんな人がいました。


技術系の職場から営業職に異動になったSさんは、とにかく物覚えが悪く、一週間前に訪問したお客様の名前を忘れてしまうような状態。


これでは営業は無理だろう、となったのですが、このSさん、PCの知識は凄かった。


小生がPCのことでわからないことがあり、外出中のSさんに電話でヘルプを求めたところ、


「まず右から○番目の××をダブルクリックして、次に左から○番目の△△をクリックして・・・」 


と、まるで隣で画面を見ながら教えてくれているかのように、スラスラと説明するのです。


これは、記憶力が悪いのではなく、営業への苦手意識がそうさせていたんだなと気づかされました。


そのSさんは、その後システム部門に異動となり、今も大活躍を続けています。


さて、今日の神坂課長は?


営業2課では、ちょうど朝礼が行われているようです。


「石崎君、今日の行動予定を報告してください」
と司会の本田さん。


「はい、本日は、ABクリニックさん、G病院さんに飛び込みをかけます」


「施設データは把握しているの?」
と、神坂課長。


「ホームページは確認しましたが、参考になる情報はなかったので、とにかく行ってみます」


「ABクリニックさんなら、山田さんが以前に取引していたよね?」


「はい課長、私のときは大先生(父親)と取引をさせてもらっていたのですが、その後、若先生(息子)が戻ってからはY社の担当者ががっちり押さえ込んでいるので、入り込むのはかなり厳しいかも知れません」


「石崎君、せめてその程度の情報は、過去の先輩の日報を読んでしっかりと把握しておくようにな」


「すいません」


「すいませんじゃなくて、すみません!」


「すみません。(ペロ)」
石崎君、神坂課長にバレないように舌を出しています。


「佐藤部長、石崎君は鉄砲玉みたいな奴ですね。
それでも、意外と商談を拾ってくるのには驚かされますが」


「若いっていいね」


「彼と同期の善久(ぜんきゅう)君は、どちらかといえば慎重すぎて、一歩を踏み出せないところがあるんですよ。
ふたりを足して二で割ったら、ちょうどよい営業マンになるんですがね」


「若いうちはね、短所を是正するより、長所を伸ばすことを考えた方が伸びるものだよ」


「先に聞いちゃいますが、佐藤一斎先生はこういう時の対処方法をどう言ってるのですか?」


「好きなことを徹底的にさせて、嫌なことはしばらく置いておくと良いと言ってるね」


「なるほど、足して二で割ってしまうと、どちらの個性も消してしまう恐れがあるということか」


佐藤部長は、黙ってニコニコ笑っています。


「PDCAのサイクル(※)を回すという基本にこだわらずに、石崎君にはしばらくP(Plan:計画)なしで、いきなりD(Do:実行)から初めても良しとしてみましょうか?」


「実際に今、結果も出ているということは、C(Check:振り返り)とA(Action:改善策の実行)は出来ているということじゃないかな」


「とにかく、彼の行動力を伸ばしつつ、徐々に計画の大切さを学んでもらいます」


「神坂課長、ありがとう。ぜひ、そうして欲しいね」


「はい。考えてみれば、私の新人の頃なんか、石崎君以上の鉄砲玉だったかも知れませんからね」


「かも知れない?」


「いや、佐藤部長、そこは否定してくださいよ!」


※PDCAのサイクル:生産管理、品質管理手法のひとつ。
P(Plan=計画)、D(Do=実行)、C(Check=評価)、A(Action=改善)の4段階を何度も繰り返しながら、製品や業務を改善すること。


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第1069日 「強制」 と 「自発」 についての一考察

【原文】
教えて之を化するは、化及び難きなり。化して之を教うるは、教入り易きなり。


【訳文】
まず教え導いてから感化する(自分でやる気を起こさせる)ことはなかなか難しいが、感化してから教え導くことは容易である。


【所感】
社員さんを育成する際、まず指導をした後にやる気を起させるのは非常に難しいが、先に自発的に行動するスイッチを入れてから指導をすると容易に成長するものである、と一斎先生は言います。


馬を水辺に連れていくことはできても、水を飲ませることはできない、という有名なイギリスの諺がありますね。


逆に考えると、水が飲みたいと思えば、放っておいても馬は水辺に水を飲みにいくのです。


強制的に「何かをさせる」のではなく、自発的に「何かをしたい」と思わせることが大事なようです。


毎月定例の営業課長会議を終えたあと、喫茶コーナーで営業部の3人の課長が談笑しているようです。


「いまどき、まだたばこを吸ってる奴がいるんだねぇ」と神坂課長。


「IQOS(アイコス)を愛用している人に言われたくないですよ」と大累(おおるい)課長。


「神坂君、いっそのこと、たばこを辞めるという選択肢はなかったの?」


「西(さい)さん、これはストレス解消のひとつですから。
だいたい、この会社にいると次から次へとストレスが襲い掛かってきますからね」


「ははは。ストレスといえば大累君、雑賀(さいが)君のことでは、だいぶ悩んでいるみたいだね」
と西郷課長が本題を切り出します。


「いやあ、参ってます。
とにかくどうしたら彼の心にモチベーションの火を点すことができるのか?と悩み続ける日々ですよ」


「そんなもん、徹底的に追い込んで、やらざるを得ない状況をつくるしかないだろう」
神坂課長は相変わらずです。


「神坂君はそれができるのかも知れないけど、大累君はそういうタイプじゃないもんな」


「はい。でも、彼はどちらかといえば優秀な社員さんだと思うんですよ。
指示したことはきっちり処理しますからね。
ただ、新規顧客の開拓は苦手なようで、やらなくて良い理由を見事にプレゼンしてくるんです」


「プレゼンも上手なんだ? ははは」


「そういうときの彼のプレゼンの説得力には恐れ入りますよ。
思わず、納得しそうになります。(笑)」


「四番バッターではないということか?」


「えっ、神坂さん、何か言いました?」


「いや、なんでもない。独り言」


「僕らができることには限りがあるよね。
社員さんを変えようなんて思うのは、上司としての驕りなんだろう。
僕らにできるのは、社員さんが自ら変わろうと思うきっかけを与えることだけなんじゃないかな」と西郷課長。


「なるほど。
たしかに私は、雑賀君を変えようとして焦り過ぎていたかも知れません」
大累課長は深く頷いています。


「そういうものですかね?
自ら変わるのを待っていたら、売上なんか上がらないじゃないですか?」
神坂課長は納得していないようです。


「それまでは主力メンバーに頑張ってもらうんだ。
近い将来、戦力となって活躍してもらう選手に育てあげるんだ、という気持ちで、励まし使い続けるんだよ」


「西さんに一票!
ところで、雑賀君は『ありがとう』をもらった経験が少ないんじゃないの?」


いつの間にか、いつものように砂糖入りミルクなしのアイスコーヒーを片手に佐藤部長が輪に加わっていました。


「社員さんはお客様と一緒に成長していくものだよ。
モノを買ってもらう我々が『ありがとう』を言うのは当然だが、お客様のお役に立てていれば、必ずお客様からも『ありがとう』が返ってくるはずだよね」


「そうですね、雑賀君がお客様から『ありがとう』をいただける環境を整えてみます」


「大累君、ありがとう。ぜひ検討してみてください。
それからもうひとつ。上司である君達からの『ありがとう』も、社員さんにとって大きなモチベーションになることを考えてみるといいよ」


「はい」


「2課のメンバーに『ありがとう』なんて言ったことあったかな?」
神坂課長は、そんなことを考えながら外出したそうです。



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第1068日 「損得」 と 「善悪」 についての一考察

【原文】
凡そ大都を治る者は、宜しく其の土俗人気を知るを以て先と為すべし。之が民たる者は、必ず新尹(しんいん)の好悪を覗う。人をして覗わざらしめんと欲すれば、則ち倍々(ますます)之を覗う。故に当に人をして早く其の好悪を知らしむべし。卻って好し。何の好悪か之れ可と為す。孤寡(こか)を恤(あわれ)み、忠良を愛し、奢侈を禁じ、強梗(きょうこう)を折(くじ)く。是(これ)を可と為す。


【訳文】
だいたい大都会を治める者は、まずその土地の風俗習慣や人々の気質をよく知るのがよい。住民たちは必ず新任の長官の良否を知ろうとするものである。住民に知られまいとするならば、住民はますます知ろうとするものである。それで、住民に早く知らせるべきで、これが反ってよいのである。それなら、どういうのがよいのか。すなわち、孤児ややもめを憐んだり、忠実で善良な人を愛したり、贅沢な生活を禁じたり、強暴な者をこらしめたりすることなどが良いことである。


【所感】
大きな会社や組織をマネジメントする者は、そこに所属するメンバーの習慣や気質をしっかりと把握することをまず優先すべきである。メンバーは必ず新任マネジャーの良し悪しを確かめようとするものだ。それを見せまいとすれば、余計にそれを探ろうとするだろう。したがって、まず自分の価値観をしっかりとインプットすべきである。その方がかえって良い結果を生むのだ。では、どんな価値観が良いのか? 独身のベテラン社員さんを大切にし、上司に忠実で善良なメンバーを可愛がり、贅沢を斥け、力づくで反抗するようなメンバーには厳しく指導するといったことであろう。これらが良い価値観だと言えよう、と一斎先生は言います。


先日、闘将といわれた星野仙一さんが70歳の若さで亡くなりました。


その星野さんがかつてこんなことを言っていましたね。


「ドライバーを何本もゴルフバッグに入れてもゴルフはできない」と。


これは、かつて各チームの主砲クラスを金で呼び集めた読売ジャイアンツに対する、星野さんらしいシニカルな一撃でした。


「ウチの会社はどうなってるんだ!」
どうやら、神坂課長は昨日の会議の結果にまだ不服なようです。


今日は、大手取引先のO光学さんの名古屋支店長とのアポイントがあるようで、車を運転させながら、ぶつぶつと独り言を言ってるようです。 


「やあ、神坂さん、わざわざ呼び出してすまなかったね」 


「いえいえ、小林さん、フットワークの軽さが私の唯一の取り柄ですから」


「実はね、今度当社で新製品を導入することになったんだが、その販売方法やターゲットについて、神坂さんの意見もぜひ聞いてみたくてね」 


O光学さん久しぶりの大型新製品の導入について、ひとしきり議論をした後、神坂さん、我慢できずに昨日の件を切り出したようです。


「小林さん、どう思われます? 私は、納得がいかないんですよ」


「それは難しい問題ではありますね。
ただね、ウチのような会社だと、昇格の基準を売上だけにするわけにはいかない面もありますよ」


「なぜですか?」 


「当社の場合、営業マンは3~5年おきに転勤します。
だから、ひとりの営業マンがひとりのお客様を一生担当するということはできないでしょう。
そうなると、どうしても営業マンごとのスキルの差が生じるんです」


「それは、そうでしょうね」 


「営業のセンスやスキルというのは、ある程度までは高めることができても、すべての営業マンを神坂さんのようなスーパーセールスに育て上げることはできません」


「恐縮です」


「でもね、営業マインドを高めることならできるんです。
損得よりも善悪を考えるようなマネジャーが頭に立つとね」


「???」


「損得マネジャーは、メンバーの売上しかみていません。
しかし、善悪マネジャーは、組織の風土やメンバー各々のキャラクターをしっかりと把握した上で、各自にあった育成プランを立てることができます」


「・・・」


「5人のメンバーが五分の一ずつ役割を担う組織は理想ではあっても、現実的ではないでしょう?」


「それはそうですね」


「神坂さんのような四番打者もいれば、バントの上手な二番打者もいる。
そうしたメンバーの能力と個性をしっかりと把握した上で、『お客様の課題解決のお手伝いをする』という営業マインドだけは同じ強さで持たせることが重要なんです」


「なるほど」


「そのためには、メンバーのプライベートや家庭の事情まで、ある程度は把握していてくれないと困るんです。
ところが損得マネジャーは、それは自分の仕事ではないと切り捨てがちなんですよ」


会社へ戻るために車を走らせながら、神坂課長は深く思案をしていたようです。


まだ、腹には落ちないものの、何か自分に欠けているものが見えてきたように感じながら。


「小林支店長、ありがとうございました」


「いや、佐藤さん、ちょっとやり過ぎたかもしれないから、フォローはよろしくお願いしますよ!」


「お任せください」 
部長室で佐藤部長は、うれしそうに電話を切ったそうです。


編集後記 

神坂課長、今回は頭をガツンと鈍器で叩かれたような面持ちで帰社したようです。

なにかをつかんで成長してくれることを願います。

それにしても、佐藤部長とは何者なのでしょうか?

一斎先生と同じ佐藤姓ですが、一斎先生との関係は? 

第1067日 「昇格」と「徳」についての一考察

【原文】
親民の職は尤も宜しく恒有る者を択ぶべし。若し才有って徳無くんば、必ず醇俗(じゅんぞく)を敗らん。後に善有りと雖も、而も之を反すこと能わず。


【訳文】
人民に親しむ(人民を治める)職というものは、道を守って常に変わらぬ心を持っている人を選ぶがよい。もしも才能があっても人徳が具わっていなければ、必ず人情の厚いよい風俗を破ることになるであろう。こういう状態になっては、その後任に善い人物が来ても、もとの善美な風俗にもどすことは難しい。


【所感】
部下である社員さんをマネジメントするポジションには、常に道を守ってぶれない軸を持っている人間を登用すべきである。もしも、才能があっても徳のない者を当てれば、必ず人情味のある良い風俗を壊すことになるであろう。その後に立派な人間を用いても、そう簡単に組織は元にはもどらないものだ、と一斎先生は言います。


プロ野球の世界の格言に、名選手必ずしも名監督ならず、というのがありますが、

かつて世界のホームラン王、王貞治さんも読売巨人軍で監督として初めて指揮を執ったときには、大いに苦労しました。

しかし、さすがは王さん。

福岡ダイエー・ホークスの監督となったときには、選手との距離感をぐっと縮めて、ベンチでもいつもにこやかに、時には派手なガッツポーズまでするなど、監督としてのスタイルを180度転換して、名指揮官になりました。


さて、仏の西(ほとけのさい)さんと呼ばれた営業1課の西郷課長が3月で定年を迎えます。


そこで、今日は朝から後任の課長を誰にするかを決める会議が開かれているようです。


出席者は、営業部の佐藤部長、営業1課の西郷課長、2課の神坂課長、特販課の大累課長、総務部の西村部長、総務課の大竹課長、人事課の鈴木課長の7名。


いつものように口火を切るのは神坂課長です。


「営業成績を見れば、清水君が飛び抜けているじゃないですか! 社歴も長いし、年齢から見ても問題ないですよね、西さん?」


「まあ、そうですが・・・」
西郷課長は煮え切らない表情を浮かべています。


「なにか問題でもあるのですか?」と大竹課長。


「彼はたしかに営業1課のトップセールスですが、これまでに彼の下についた若手社員さんを次々に辞めさせていますね」と人事課の鈴木課長。


「しかし、やはり営業部は売り上げを上げてなんぼでしょう。それを言うなら私も何人か辞めさせてますしね」


「神坂君、それは自慢することじゃないだろう」


「いや、西村さん、別に自慢してるわけではないですが。。。すみません」


「西さんは誰を後任にしたいと考えているのですか?」


「西村部長、私は新美君を推したいと考えています」


「新美君ですって! 彼の成績を見てください。今年度は売上計画を達成できていないんですよ!」
神坂課長は呆れ顔です。


「成績だけをみればその通りです。しかし、彼にはウチの課のメンバーが皆一目置いているんです。若手の育成もしっかりとやってくれています」


「社歴も年齢も清水君よりは下ではないの?」


「西村部長、そうなんです。新美君は34歳、年齢も社歴も清水君よりひとつ下です」


「清水君のモチベーションは大丈夫かな?」と大累課長は心配顔です。


そのときです。
今までニコニコしながら討議を聞いていた佐藤部長がはじめて言葉を発しました。


「人の上に立つ者を選ぶときは、才能よりも徳のある人を選びなさいと一斎先生は言っているんだ。一度心がバラバラになった組織は、どんな立派な人でもそう簡単には元に戻せないと」


「またかよ」と神坂課長は心の中でつぶやきます。


「せっかく西さんが築いてきた人情味ある組織を壊すことには、私は反対だな。それにウチは成績連動の給与体系をとっているから、清水君には報酬でしっかり処遇すれば良いだろう」


この佐藤部長の言葉によって大勢が決しました。


決議の結果、6対1で新美さんの課長昇進が内定。


「本当にこれで良いのか?」
唯一反対した神坂課長は、憮然とした表情で会議室を後にしたそうです。


編集後記

昨日からリニューアルした「一日一斎」ですが、お陰様で多くの方から、「今までよりも腹落ちする」、「忘れにくくなる」などのコメントをいただき、概ね好評のようです。

どんな物語が展開されるのかは、実は小生にもわかりません。

ところで、神坂課長が今回の人事に納得がいかないようで、今後が心配です。


第1066日 「組織」 と 「敵」 についての一考察

【原文】
郡官たる者は、百姓(ひゃくせい)を視ること児孫の如く、父老を視ること兄弟の如く、鰥寡(かんか)を視ることなく家人の如く、傍隣の郡県を視ること族属婚友の如く、己は則ち勤倹を以て之を率い、耑(もっぱ)ら臥治(がじ)を以て旨と為せば可なり。


【訳文】
郡の長たる者は、郡の人民を子や孫のようにかわいがり、年老いた者を兄弟のように助け合い、独り者の男女を家族と同じように扱い、隣の郡県とは同族・親族・友人などのように仲よく交わり、自分は勤勉倹約を旨として郡民を統率し、もっぱら政治を簡略にして成果をあげることを趣旨とするがよい。


【所感】
組織のリーダーは、部下である社員さんに対しては子供や孫を育てるように接し、自分より目上の社員さんには兄弟のように接し、特にベテランかつ独身の社員さんに対しては家族のように労わり、隣の組織に対しては親族か友人のように接する。その上で、リーダー自身は自分が目立たないように心掛けてメンバーの背中を押し、マネジメントについては、なるべくシンプルにすることを心掛ける、と一斎先生は言います。


営業2課の神坂課長は、いつものように、先輩でありながら役職上は部下にあたる山田さんを厳しく叱責しています。


「山田さん、何度同じことを言えば理解してくれるんですか? いい加減にしてくださいよ!! 今月もこのままではね、また1課に売上で負けてしまうんですよ。3ヶ月連続ですよ!!」


人の良い山田さんは、ただ神妙に神坂課長の叱責に対して頭を下げています。


それを悲しい目で見ているのが、同じ2課の若手社員本田さんと1課の廣田さんです。


実は、廣田さんは今月見込んでいた大きな商談を失注してしまったのです。


廣田さんが、その件を同期の本田さんに相談していたところ、その話を聞いていた山田さんが自分の商談を廣田さんに回してあげたようです。


そのお陰で、廣田さんはなんとか今月の計画をクリアでき、営業1課も計画を達成しました。


しかし、売上を譲ってしまった山田さんだけは、計画を達成できませんでした。


でも、本田さんと新人の石崎君の頑張りで、営業2課の今月の目標はクリアしているようなのです。


さて、神坂課長の叱責はかれこれ30分以上続いています。


そんなとき、佐藤部長が部長室から出てきました。


「神坂君、山田君は君の部下かも知れないが、先輩だろう? 先輩社員さんには、弟が兄に接するようにするとよいと一斎先生は言っているよ。それに、2課の目標は達成してるんだろう?」 


「部長、それはそうですが、山田さんがもう少し頑張ってくれれば、1課に負けないで済んだんです。」


「1課も2課も同じ営業部だろう。隣の組織とは、親族や友人のように接するとよいと一斎先生は言っているよ。我々の敵は、同業のY社ではないのかな?」


「それはそうですが・・・」


「敵は社内にはいないよ。Y社に勝つために何をすべきか。マネジメントは、シンプルに・・・」


神坂課長は、佐藤部長の言葉を遮って言いました。


「と、一斎先生は言っているのですね?」


「そのとおり!」


いつも佐藤一斎先生の言葉を引き合いに出す佐藤部長の前で、神坂課長は不満な表情を露にして、しぶしぶ叱責をやめました。


佐藤部長は、山田さんの肩をポンと叩き、本田君と廣田君にウインクをして部長室に戻っていったそうです。



編集後記 

今回、小生が師事する方のアドバイスを頂戴して、今までとは違うパターンで「一日一斎」を書いてみました。

もちろん、まだまだ未完成であり、当面試行錯誤を続けます。

毎回とはいかないかも知れませんが、今後はストーリー仕立ての「一日一斎」をお届けします。

登場人物のキャラクターについては、おいおいご紹介していきますが、いつもガミガミ叱っているパワハラ課長の神坂さんに、小生が共感するのは言うまでもありません。

今後の神坂課長の成長に期待したいところです。


第1065日 管理職は社員さんの父母である

【原文】
凡そ郡官県令たる者は、民に父母たるの職なり。宜しく憫恤(びんじゅつ)を以て先と為し公平を以て要と為すべし。委曲詳細に至りては、則ち之を属吏に付して可なり。故に又属吏を精選するを以て先務と為す。


【訳文】
だいたい郡や県の長官である者は、民の父母ともいえる職分にある。それで、憐み恵む心を先にして公平無私であることが大切である。細々した事は、これを下役の者にまかせておいてよい。故にまた、その点からすると、下役の者をよく選ぶことは大切な務めとなる。


【所感】
総じて郡や県の長官である者は、民に対して父母のように接する職分にある。憐れみ恵むことを優先して公平に対処することが肝要である。細かい具体的な事項については、部下の官吏に任せてもよい。したがって、どういう部下を登用するかが重要な任務でもある、と一斎先生は言います。


企業においても、部長職くらいになりますと、若手社員さんは自分の息子や娘とさほど変わらない年齢となります。


しかし本章からは、リーダーの立場にある人は、年齢を忘れてすべての部下に対し、自分の子供を育てるようなつもりで接すべきだ、ということを教えられます。


小生もかつて社員さんの指導において、厳しく追い込み過ぎていました。


深く恥じ入ります。


その社員さんの親御さんからすれば、自分の息子が厳しく叱責されているシーンを見ることはなにより辛いことでしょう。


自分の子供だと思えば、ある程度は短所に目をつむり、長所を伸ばす指導ができるはずですね。


また、上位のマネジメント職にあるリーダーは、あまり細かいことに立ち入らず、下位職にあるマネジメントに権限を委譲することが重要であり、そこで重要なのが人材抜擢だと一斎先生は言います。


では、どういう人を登用すべきかですが、これについてはやはり西郷隆盛公の言葉に勝るものはないでしょう。


西郷さんは、こう言っています。


いかに会社にとって功績がある社員さんであても、その役職に適当でない人を管理職に登用することは大きな誤りである。管理職については人格者を選んで登用し、功績があった者にはそれを表彰して給与面等の処遇で応えるべきである。これが官吏職には徳のある人を配し、功績のあった人には金銭的処遇で報いるということの意味である。(小生意訳)


仁者、つまり人格者は自己主張をしませんので、目立ちません。


しかし、探せば組織の中に徳のある人は居るものです。


そういう人を登用するには、やはりリーダーもそれなりの人格者である必要がありますね。
プロフィール

れみれみ