【原文】
養老の侍人は宜しく老婦錬熟の者を用うべし。少年女子、多くは事を解せず。〔『言志耋録』第310条〕
【訳文】
老人が安楽に過ごせるように側にいて世話をする人は、年とった女性であって、物事によくなれた者を使うがよい。若い女の子は、たいてい物事がわかっていないので、老人の世話はできない。
【所感】
老人の養生に付き添う人には、ベテランで物事に熟練した女性を当てるべきである。若い女の子は、臨機応変に物事に対処できない、と一斎先生は言います。
今日の神坂課長は、相原会長に呼ばれて会長室に居るようです。
「中座さん、アレ取ってきて」
「はい、どうぞ」
会長秘書の中座さんは、N新聞朝刊を持ってきました。
「ありがとう。あ、アレもお願い」
「はい、これですよね」
中座さん、すかさず老眼鏡を手渡します。
「お、そうそう、コレコレ。あ、そうだ。アレはもう手配できたかな」
「はい、新幹線の切符は、昨日申請書を総務に回しておきました」
「中座さん! 会長は『アレ』とか『コレ』しか言ってないのに、なんで会話が成立するの?」
「ふふふ、もう会長とは10年以上仕事をさせてもらっていますからね」
「神坂君、阿吽の呼吸ってやつだよ」
「凄いなぁ。秘書の鏡ですね」
「お褒め頂き、光栄ですわ」
「神坂君、アレ飲むよね?」
「はい?」
「会長、すぐに淹れてきますね」
「あ、コーヒーですか?」
「『アレ』といったらコーヒーだろう!」
「いやいや、会長。さっきから全部『アレ』なので、私には違いが理解できませんよ」
「君とももう10年の付き合いなのに、寂しいなぁ」
「・・・」
「はい、お待たせしました。会長はキリマンジャロに角砂糖2つ入り、神坂さんはストロングブレンドのブラックでお持ちしました」
「えーっ、豆の種類まで変えるんですか?」
「中座さんはね、お越しいただいたお客様の好みをすべて把握しているんだよ。もちろん社員さんの好みもね」
「恐れ入りました・・・」
「もう私は今年で60歳になるんですよ。だから、会長にもう引退したいと伝えたんですけどね・・・」
「冗談じゃないよ。私もあと1~2年で引退するつもりだから、それまではお世話してくれないと困るんだよ」
「若くて可愛い子もいるじゃないですか。私みたいなお婆さんと一緒にいてもねぇ」
「だけど、たぶん若い女の子たちには、会長の言葉は外国語か暗号にしか聞えないでしょうね」
「相変わらず失礼な奴だな! でも、その通りでね。『アレ』で気づいてもらえないとストレスがどんどん溜まるんだよ」
「ストレスは養生には一番の大敵ですからね」
「そうだよ。この前、中座さんが体調を崩して3日休んだときなんか、イライラ、イライラしてね。それを若い子に気づかれないようにしてたら、熱が出て、結局私も3日休んだからね」
「ははは。中座さん、末永く会長のお世話をよろしくお願いします」
その後、神坂課長は居室に戻って、佐藤部長と話をしているようです。
「というわけで、ウチにはスーパー秘書が居ることを知りましたよ」
「それは会社の宝だね。まさに人財だ」
「お客様の好みを把握するところなんかは、営業としても参考になりました」
「一斎先生もこう言ってるよ。『老人の面倒を見るにはベテランで熟練の女性が良い。若い女の子だと、なにかにつけてコミュニケーションが難しい』ってね」
「あの熟練の技術や知識を次の若い子にしっかりと受け継いでもらわないといけませんね」
「うん、中座さんに限らず、当社のベテラン社員さんの技術や知識をしっかりと後輩に引き継ぐことは、当社にとっての大きな課題だね」
ひとりごと
2015年における日本人の平均年齢は46歳だそうです。(国立社会保障・人口問題研究所による推計)
インド27歳、ブラジル30.7歳、中国36.7歳、アメリカ37.6歳などと比較しても、かなり高齢であることがわかります。
日本人の平均年齢は、2036年には50歳を超えると予測されています。
この事実は、年金や介護など様々な課題を内包しています。
企業においても、技術や知識のあるベテラン社員さんの後を継ぐ人材が育成されていないという問題があります。
この背景には、バブル崩壊後の不景気を受けて各社が採用を縮小したために、社員さんの年齢のバランスが崩れてしまったということがあるようです。
定年を引き上げつつ、若手社員さんを採用し、社内年齢のバランスを取ることを意識すべきときが来ています。