一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年04月

第1174日 「春夏」 と 「秋冬」 についての一考察

金曜日の夕方、珍しいお客さんがオフィスを訪れました。


「おお、サイさん。どうしたの?」
佐藤部長が真っ先に気づいたようです。


「ご無沙汰しております、と言うほど時間は経ってないですかね。皆さん、お元気ですか?」
3月に定年退職をした西郷課長のようです。


「えーっと、どちら様でしたっけ?」


「酷いなぁ、神坂君。まだ、退職してから1ヶ月しか経っていないのにさぁ」


「ははは、失礼しました。で、今日はどうされたんですか?」


「ちょっと近くまで来たので、甘いものを食べたい時間だろうから差し入れをお持ちしました」


「やったぁ、ありがとうございます!」


「石崎、お前の分まであるかどうかわからないぞ」


「大丈夫です。最悪、課長の分があれば、課長はダイエット中ですから、私が変わりに食べてあげますから」


「クソガキが」


「えっ、何か言いましたか?」


「石崎君、大丈夫だよ。皆さんの分はちゃんとあるから。この近くにある人気の洋菓子屋さんのケーキだからおいしいと思うよ」


「西郷課長、あそこのケーキは最高ですよ。ただ、お高いんですよね。ありがとうございまーす」


「ところで、佐藤部長。新美君は外出中ですか?」


「ああ今、1課のミーティング中じゃないかな。おお、ちょうど終ったみたいだ。新美君!」


「あ、西郷課長!」


「おいおい、もう私は課長じゃないよ」


西郷元課長と新美課長はふたりで喫茶コーナーへ行ったようです。


「どうだい、課長の仕事は、少しは慣れたかな?」


「ええ、皆さんに助けていただいてなんとかこなしています」


「悩んでいることはないの?」


「それは、たくさんあります。たとえば、課長になる前と同じ発言をしているつもりでも、メンバーの受け取り方は全然違うので、とまどっているのもそのひとつです」


「ほお、たとえばどんなこと?」


「はい、私はアドバイスのつもりで言ったことが、命令だと受けとられてしまうんです」


「そういうものだよ。だからこそ、今のその気持ちをずっと忘れずにいればいいんだよ」


「どういうことですか?」


「人は地位が上ったり富や栄誉を得ると、気づかないうちに心が驕ってしまい、大切な志までしぼませてしまうんだ。いつの間にか、アドバイスではなく指示ばかりになって、まるで自分の分身を作ろうとしているかのようになってしまう。まあ、新美君にはその心配はないとは思うけど」


「いや、そんなことはありません。今のアドバイスを肝に銘じておきます」


「そう、これもあくまでアドバイスだからね。取捨選択は新美君の判断でやってくれよ」


「はい、もちろんです。それと、もうひとつ気になっているのが廣田君なんです」


「まだスランプから脱出できないのか?」


「はい、彼は性格が優しすぎる上に完璧主義なところがあるので、彼がこの商品は絶対に良い商品だと思えないと、お客さまに本気になって提案できないようなんです」


「誰にとっても100点満点の商品などないんだけどな」


「ええ、最近はよく二人で面談もしているんですが、そこが腹に落ちないようです」


「彼の場合は今の新美君とは逆で、同期の本田君に差をつけられていて、立場は同じ主任でも、名声や報酬の面では苦しいときだよね。しかし、そういう時にこそ志は磨かれるんだよ」


「なるほど。最近は、売上や商品の話ばかりしていましたので、志について彼と話をしてみます」


「もう私は新美君の上司じゃないから、君に任せるよ」


二人はオフィスに戻ったようです。


「では皆さん、そろそろ帰ります。お忙しいところお邪魔しました」


「西郷課長、ケーキ最高でした! また寄ってくださいね」


「石崎、今の発言は完全にお土産狙いだろ! サイさん、今日はゆっくり話せなかったですが、またゆっくり話を聴かせてください」


「神坂君、ありがとう。そう言ってくれるとうれしいよ。佐藤部長、またお邪魔させてもらいます」


「もちろんです。時々顔を出して、ウチの若い連中の背中を押してもらえると助かります」


ひとりごと

この言葉は小生には強烈に突き刺さります。

小生が前勤務先で課長に昇格したときは、まさに怖いものなし、天下を取ったような気分でいました。

当然、自分の意見が絶対だと信じて、メンバーには指示をするだけで、自ら考えることをさせていませんでした。

その結果、どうなったかは推して知るべしです。

しかし、人間は生きている限りリベンジするチャンスを与えられているはずです。

転落したら、志を磨いて、再び這い上がれば良いのです。


原文】
富貴は譬えば則ち春夏なり。人の心をして蕩せしむ。貧賤は譬えば則ち秋冬なり。人の心をして粛ならしむ。故に人富貴に於いては即ち其の志を溺らし、貧賤に於いては則ち其の志を堅くす。


【訳】
財産が豊富で、地位も高い位置にあるときは、調子に乗って淫らな生活をし、志を保ち続けることは難しい。逆に貧乏で地位の低いときには、かえって人は気持ちを引き締め、志を強く認識するようになる



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第1173日 「好き」 と 「嫌い」 についての一考察

今日は喫茶コーナーで、営業部の佐藤部長と特販課の大累課長が談笑しているようです。


「この前、例の件(雑賀さんの教育に関すること)で神坂君からいろいろアドバイスをもらったらしいね」(詳細は、第1170日・1171日をご参照ください)


「えっ、なんでご存知なんですか?」


「ちさとママから聞いたよ」


「ああ、なるほど。目から鱗が落ちるとは、ああいうことを言うのですね。正直に言って、神坂さんからあんな的確なアドバイスをもらえるとは思っていませんでした」


「ははは。神坂君は今、マネジメントが面白くて仕方がないみたいだね」


「元々、セールスとしては凄い人でしたから、いつも背中を追いかけて、追いつけずにいました。でも、マネジャーとしてなら追い抜けるかも知れないなんて思っていたんですが・・・」


「さらに差がついちゃった?」


「はい。今は背中が見えなくなるほど遠くに行ってしまいました。でも、尊敬の念を新たにしました」


「ちさとママも驚いていたよ。あれが以前の神坂君と同じ人物だとは思えないってね。(笑)」


「神坂さんからいろいろとアドバイスをもらったんですが、とにかくメンバーに好き嫌いの感情を持つなと言われたんです」


「なるほどね。『好き嫌いの感情を持つと、人を正しく観ることができなくなる』と一斎先生も言っているよ」


「そうなんですね。でも、本当にそのとおりですね。あれから、雑賀と真正面から向き合ってみたんです」


「素晴らしいじゃないか」


「朝、手にしていた本について聞いてみたら、すごく嬉しそうに話をしてくれたんですよ」


「ほお」


「それでお恥ずかしいことなんですが、その日の夜、あいつと初めて差しで飲んだんです」


「そうか、一度もなかったんだね」


「ええ。あいつ、色々と話をしてくれました。あいつは若い時にお父さんが亡くなって、母親と二人でずっと暮らしてきたらしいんです」


「そうだったな。たしか最近はお母さんの体調もよろしくないんじゃないか?」


「ああ、部長はご存知だったんですね。私は、全然知りませんでした。あいつが突然休んだり、定時後にさっさと帰るときは、すべて母親の体調が悪いときだったんです」


「そうだったのか。素直に言ってくれれば良いのにな」


「そう言いました。そしたら、あいつとしては、仕事よりも母親を優先している自分が恥ずかしかったんだそうです」


「何も恥ずかしいことはないのになぁ」


「ええ。でも、確かにウチの会社は、神坂さんにしても、新美にしても、清水や本田にしても、みんな仕事第一みたいなキャラクターが多いじゃないですか」


「そうかもしれないな」


「それが恥ずかしくて、つい斜に構えた態度をとってしまっていたらしいんです。そのうちに、私があまり相手にしなくなってしまったので、あいつにはそれがすごく悲しかったそうです」


「彼には社内に相談できる人がいないのかな?」


「同期入社の子はすぐに辞めてしまったので、そういう人は居ないみたいですね。あいつ、神坂さんと私の関係をすごく羨ましく思っていたんだそうです」


「私からみても君達の関係は微笑ましいもんね」


「ありがとうございます。それで、あいつは私とそういう関係になりたかった、って言うんです。あ、すみません」
大累課長は堪えきれず涙を拭ったようです。


「だから大累君には特にああいう言い方をしていたんだね」


「はい、それなのに私はそれを理解せずに、本気で腹を立てていました。そのうちに、あいつが嫌いになっていたんです」


「それは、彼の言い方にも問題が多かったからやむを得ない面もあるよ」


「だから、私はあいつに言いました。『お前は、今までどおりのお前でいい。これからは俺が絶妙なリアクションで返すから』って」


「素晴らしいことじゃないか」


「そうしたら、あいつもこう言ったんです。『いえ、私も態度の悪さや言い過ぎた面がたくさんあったことには気づいていました。私も気をつけますので・・・』」
大累課長がまた涙を拭いました。


「『これからは私の相談に乗ってください』って」


佐藤部長ももらい泣きをしているようです。


「部長。考えてみれば神坂さんは、私の失礼な言葉にも上手に対応をしてくれていたんですよね。それなのに私は自分と同じようなことをしている雑賀の気持ちをまったく理解できていなかったんです」


「いいじゃないか。それに気づいて、雑賀君としっかり話ができたんだから」


「そうですね。やっぱりあの人は私にとって本当に神様なのかも知れないですね」


ひとりごと

反抗的な態度をとる社員さんにも、必ず何か理由があります。

小生がマネジャーに成り立ての頃は、この物語の大累課長のように、まずは相手を力づくで押さえ込もうと試み、それができないと教育を放棄するという駄目上司でした。

しかし、問題児と呼ばれる人は大概、家庭環境や育った環境に影響を受けているようです。

A・アドラー博士はこう言っています。

「同じ環境に育っても、人は自分の意思で、違う未来を選択できるのだ」

こちらが心を開いて辛抱強く話を聞く姿勢をとり続ければ、きっと違う未来を選択してくれる日がくるはずです。

楽天的だと言われようと、そういうスタンスでメンバーに接するリーダーでありたいものです。


原文】
愛悪(あいお)の念頭、最も藻鑑(そうかん)を累(わずら)わす。〔『言志録』第40条〕


【訳】
人と接する時は好悪の感情を交えてはいけない。
好悪の感情が入れば、人を客観的に正しく見ることができなくなる



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第1172日 「第一印象」 と 「笑顔」 についての一考察

今日も神坂課長は、2018年度の新卒社員さん達に研修をしているようです。


「起立! 礼!」
梅田君が号令をかけました。


「よろしくお願いします」


「やっぱりいいね。研修の最初と最後はしっかりと挨拶をして終ろうな。気持ちが引き締まるでしょう」


「はい」
4人の返事が若々しく響きます。


「ただねぇ・・・。今、皆さんが起立したときに、椅子をしまった人がひとりも居なかったんだよね」


「・・・」


「それから、立ち上がって礼をするときには、スーツのボタンを留めて、正しい立ち姿で挨拶をして欲しいな。ただし、スーツの一番下のボタンは留めないのが基本なので、3つボタンのスーツなら上2つ、2つボタンなら上のボタンだけを留めればいいんだ。そして、着席するときには、さりげなくボタンを外すこと」


「全然知らなかったです」
湯浅君が関心しています。


「それから、これは今はあまり守られていないんだけど、スーツのフラップは室内ではポケットの中にしまい、屋外では外に出すのが正しいマナーなんだよ」


「フラップって、このポケットの蓋みたいなものですか?」


「志路君、そのとおり。フラップとはまさにポケットの蓋なので、屋外でポケットに埃が入ることを防ぐために付いているんだよ。だから、フォーマルなスーツにはフラップはないだろう?」


「たしかにそうですね」
藤倉君も関心しています。


「君たちは、これから営業マンとしてたくさんのお客さまと接することになる。その時に一番大事なのは、どんな第一印象を与えるかだ」


4人はみなフラップをポケットの中にしまっています。


「お客さまは自分の施設を担当する人がどんな人なのかを第一印象で判断するものなんだ。第一印象で無礼な印象や不潔な印象を与えてしまうと、それを払拭するのは大変だぞ」


「はい」


「髪をボサボサに伸ばしたり、靴が汚れていたりといった基本中の基本は当然のこととして、今指摘したボタンやフラップについては、お客さまでも知らない人もいるだろう。しかし、だからこそ、知っているお客さまから見れば、『おお梅田君はマナーをしっかり理解しているなと思ってもらえるんだ」


「ワクワクしてきたな」
梅田君のひとりごとです。


「さて、湯浅君」


「は、はい」


「もちろん身だしなみを整え、マナーを守ることはとても重要ですが、場合によってはそれよりも重要なものがあるんだけど、何かわかるかな?」


「何だろうな? あ、元気ですか?」


「そうだね、それも重要だ。君達新人さんが先輩社員に唯一勝てるものがある。それが若さだ。若さの象徴は元気さにあるからね。明るく元気に挨拶ができることは大切なことだよね」


「はい」


「ただ時々、馬鹿みたいにデカイ声で入ってくる営業マンがいるけど、あれは駄目だ。その空間に合わせた適切なボリュームというのがある。それを身につけないと、ただのうるさい営業マンだと思われてしまう」


「あ、俺それ気をつけないとな」
志路君です。


「志路君は、スポーツは何かやっていたのかい?」


「大学では野球部でした」


「なるほどな。野球のグランドなら、どれだけ大きな声を出しても、大きすぎるということはないからね。しかし、室内は違うぞ」


「はい」


さて、元気さ以外で大事なことがあるとすれば何でしょう? みんな、藤倉君を見て気づくことはないかな?」


「ああ、笑顔ですね!」


「梅田君、正解! 営業マンにとって、笑顔に勝る武器はないんだ。皆さんは、明るく元気に笑顔でお客さまの前に立って欲しい。藤倉君は研修の間ずっとニコニコしているよね。そして話を聞きながら、うなずいたり、メモをとったりしている。私にはとても良い第一印象を与えたよ」


「うれしいです!」


「今日は第一印象について話をしました。皆さんに勘違いをして欲しくないのは、テクニックでお客さまの第一印象を操作することはできないということです。作り笑いが見抜けないほど、お客さまの目は節穴ではないからね」


「・・・」


「心から、『お客さまに会えて嬉しいお客様のお役に立ちたいと思えるように・・・」


「しっかり準備をするのですね」


「おお、湯浅君。乗ってきたね!」


「はい!」


「声がデカイ! 空間をよく認識しような」


一同、大爆笑です。


「それでは今日はここまでにしましょう」


「起立! 礼!」


4人は立ち上がると、すぐにボタンを留めました。


「ありがとうございました!」


ひとりごと

たしかに、第一印象というのは意外と相手を正しく見通しているのかもしれません。

とくに、言葉ではなく外見から入ってくる印象は正直なものです。

そういう意味でも、正しい所作や身だしなみは、新人のうちにマスターしておきたいところです

外部研修なども活用して、よい第一印象を与える社員さんづくりを進めましょう。


原文】
人の賢否は、初めて見る時に於いて之を相するに、多く謬(あやま)らず。〔『言志録』第39条〕


【訳】
人が賢いか否かは、最初に視た時の印象というものが、大概は正しいものだ。




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第1171日 「北風」 と 「太陽」 についての一考察(後編)

第1170日のつづき


部下である雑賀さんの指導に悩む大累課長が、神坂課長を飲みに誘って相談をしています。


「まあ、順を追って話そうか。信頼口座というのは、その人を認めてあげることで貯金が積みあがっていくんだ。逆に叱責したり注意を与えると貯金が引き出される仕組みだ」


「なるほど」


「仮に叱責するにしても、相手の信頼口座に信頼残高が残っているうちは、相手は素直にその叱責を受け入れるだろう」


「そうか! 雑賀の信頼口座の中の大累名義の残高はもう赤字状態なんですね」


「多分な。それでも叱責をすればどうなると思う?」


「信頼負債の状態ですから、まともに取り合わないでしょうね」


「今の大累と雑賀の関係は、そういうことだよね」


「なるほど。それで、どうしたら信頼残高は増やせるんですか?」


「正直に言って、誰にでも当てはまる正解はないと思う。相手によって信頼残高を増やす手法はすべて違うんじゃないかな」


「そうでしょうね」


「基本的には、褒めること、認めることで残高は積みあがり、叱ったり責めたりすれば残高は減る。最悪なのは無視するような行為だろうな。あれは不当たりみたいなもんで、一発で残高マイナスだよ」


「ああ、最近、故意に雑賀を視界から外していたかも知れません。そうだよなぁ、上司に無視されたら辛いだろうな」


「ただし、難しいのはな。褒めるというのは結果の承認なんだよ。なにか良い結果が出ていないと褒められないんだ。ところが、雑賀は今伸び悩んでいるから、あまり良い結果が出ていないよな。そうなると褒めることができず、叱責ばかりになりやすい」


「たしかに、その通りです」


「そこで大事なのが、『ねぎらう』という行為だ」


「ねぎらう?」


「そう、ねぎらいとはプロセスの承認だ。どんな社員さんでも、まったく頑張っていない奴はいないはずだ。そのがんばりを認めてあげるんだよ」


「具体的にはどうすれば良いんですか?」


「たとえば、雑賀は意外と読書家じゃないか。毎朝、出社する時に、いつも本を手にしているからな。その本について聞いてみて、『良い本を読んでいるな』とか『それは面白そうだな、俺も読んでみようかな』といった言葉をかければいいんじゃないか」


「そういうことから始めればいいのか」


「結果は関係ないから、ねぎらうことは意外と簡単なんだよ。それなのにそれをやらないマネジャーは多いよな。といいながら、ちょっと前までの俺は、ねぎらいの『ね』の字も知らなかったけどな」


「ははは、常に叱りっ放しでしたね」


「お恥ずかしい限りです。まあ、それは置いておいて。たとえば、そんな風にねぎらうことでコミュニケーションをとりながら、相手の言葉や表情をしっかりと観察するんだよ」


「言葉と表情ですか?」


「人の内面が素直に表れるのはこの2つだよ。日頃からコミュニケーションをとっていれば、言葉と表情の微妙な違いが読み取れるようになるもんだ」


「そういえば、神坂さんはメンバーの出社時と帰社時に必ず声をかけていますよね?」


「それで彼らの心の中を俺なりに読み取っているんだよ」


「全然知らなかったです・・・」


「でもな、一番大事なことは、好き嫌いの感情を捨てることだよ。自分の部下に対しては、別に好きにならなくてもいいが、嫌いになってはいけない」


「最近、雑賀のことを嫌いになりかかっていました」


「それは駄目だよ。そして、彼らに興味をもつことだ。興味をもてば、いろいろと聞きたいことが出てくるし、そこからものの考え方なんかも見えてくる。自然にねぎらいの言葉が溢れてくるんだよ」


「神坂さん!」


「ど、どうしたんだよ急に」


「これまでの数々の無礼な発言、すべてお詫びします! これから師匠と呼ばせてください」


「嫌だね」


「えっ、なぜですか?」


「俺は今までのお前がいい。お前は俺をおちょくって、俺もお前を殴る。これが最高に心地良い関係だからさ」


「そ、そうですか・・・。殴られるこっちは心地良くないですけどね」


「あ、そりゃそうか」


「ははは。神坂さん、ここの御代だけでは感謝をし尽くせないので、もう1件付き合ってもらえませんか?」


「マジで! いいねぇ。喜んでお供します!」


ふたりはご機嫌で「小料理屋ちさと」を後にしました。


「神坂君、いつのまにか頼もしいマネジャーになったな」
ちさとママは、後片付けをしながら、ひとりでつぶやきました。


ひとりごと

よく部下育成をしているリーダーから「誉めようにも誉めることがないんです」という言葉を聞きます。

誉めるためには良い結果が必要です。

しかし、無理に誉めなくても、「ねぎらい」をうまく活用すれば、信頼残高を増やすことは可能です。

ぜひ、ねぎらいのポイントはプロセスに注目することです。ぜひ、ねぎらいを上手に取り入れてみましょう。

小生の友人に「ねぎらい伝道師」と呼ばれる兼重日奈子さんという方がいます。

兼重さんの著書『幸せな売り場のつくり方』は、小生にねぎらいの大切さを教えてくれた名著です。

ぜひ、こちらもご一読ください。



原文】
心の形(あら)わるる所は、尤も言と色とに在り。言を察して色を観れば、賢不肖、人廋(かく)す能わず。〔『言志録』第38条〕


【訳】
心の内面が最も外面に現われるのは、言葉と顔色である。人のいう言葉をよく推察して、その人の顔色をみると、その人がかしこいか愚かであるかはすぐにわかるものだ。人はそれを隠すことはできない。


福娘童話集の朗読ページより
http://hukumusume.com/douwa/koe/aesop/09/18a.html

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第1170日 「北風」 と 「太陽」 についての一考察(前編)

「神坂さん、もう限界です! やはり雑賀は私の手には負えません!」


「おお、遂にギブアップ宣言か?」


今日は、特販課の大累課長が神坂課長を飲みに誘ったようです。


「あいつは仕事もロクにできないくせに、言い訳や屁理屈だけは当社一のスキルを持ってますよね」


「たしかになぁ。彼は屁理屈のデパートみたいな奴だからな」


「私も私なりにはいろいろとトライはしたんですよ。実は・・・」


「なんだよ」


「以前に佐藤部長に相談したら、もし本当にギブアップなら、雑賀を神坂さんの下に配属すると言われたんです。正直に言って、それは悔しかったので、それからも出来る限りの手は尽くしたつもりなんです」


「おいおい、俺の知らないところで勝手にそういう話をされてたの? 俺は石崎と善久で手一杯な上に、新人君も5月には配属になるから、ご勘弁被りたいなぁ」


「でも、本当に万策尽きた感があるので、いっそのこと神坂さんに相談しようと思って今日はお誘いしたんですよ」


「それで、当然今日はご馳走してくれるんだよな?」


「それは神坂さんのお話次第です」


「マジで! それはプレッシャーだな」


「仕事でプレッシャーを感じないくせに、そういうところでは感じるんですね」


「ゴン」


「痛っ、また暴力だ!」


「はいはい、もう二人はいい大人なんだから、いつまでも子供の兄弟喧嘩みたいなことしないの!」


「ちさとママ、こいつは後輩のくせにまったく先輩を尊敬しないんだよ!」


「尊敬しているから相談してるんじゃないの? ねっ、大累君」


「そうなんですよ。それをわかってくれないんですよ、神坂さんは」


「まあ、せっかくビールも来たし、まずは乾杯しよう!」


「それにしても、雑賀みたいな奴の心を入れ替えることなんてできるんですかね?」


「できるわけないじゃん」


「えっ?」


「他人の心を入れ替えることなんて、誰にもできないよ。自分の子供だって、それは無理だぜ」


「じゃあ、どうすればいいんですか?」


「ぶん殴って、脅してでも言う事を聞かせろ! っていうのが、数年前の俺だった」


「たしかに! あ、殴るのはなしですよ!」


「しかし、恐怖政治には限界がある。所詮、北風は太陽には勝てないんだってことを遅まきながら学んだよ。大累、お前は北風のように無理やり旅人のコートを吹き飛ばそうとしていないか?」


「・・・」


「どんなに北風が風の勢いを増しても、旅人は飛ばされないようにコートを深く着込むだけだよな。だけど、太陽が暖かい陽射しを浴びせれば、旅人は自らコートを脱ぐんだよ」


「なるほど」


「雑賀の心の信頼口座には、大累の信頼貯金はどれくらいあるんだ?」


「はい?」


「人は、自分を認めてくれていないと思っている人の話しはまともに聴かないものじゃないかな?」


「・・・」


「まずは雑賀の心の信頼口座に大累名義の貯金を積み上げることが先じゃないのか?」


「どうしたら信頼貯金ができるのかなぁ?」


「そのためにはな・・・」


「はい」


「聞きたいか?」


「当たり前じゃないですか!」


「よし、わかった。この時点で今日の晩飯代をご馳走することを約束するなら教えてやる」


「せ、せこい! でも、見事に神坂マジックに嵌ったかも? わかりましたよ、全てご馳走します!」


第1171日に続く


ひとりごと

いわゆる問題社員さんというのはどこの職場にも居るものです。

マネジャーの皆さんは日々頭を悩ませながら、なんとか一人前のビジネスマンになってもらおうと悪戦苦闘しているのではないでしょうか?

しかし、無理に他人を変えることはできません!

もし、北風政策を執っているのであれば、大至急、太陽政策に切り替えましょう!


原文】
能く人を容るる者にして、而る後以て人を責む可し。人も亦其の責を受く。人を容るること能わざる者は、人を責むること能わず。人も亦其の責を受けず。〔『言志録』第37条〕


【訳】
人を受け容れる度量のある人だけが、人の欠点を責めたり咎めたりする資格を有している。叱責された人も、そういう人の叱責であれば素直に受け容れるものだ。また、人を受け容れる度量のない人は、人の欠点を責め咎める資格はない。叱責された人も、そういう人の叱責はまともに聞き入れないものだ。



福娘童話集の朗読ページより

http://hukumusume.com/douwa/koe/aesop/09/18a.html


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第1169日 「誰が言うか」 と 「何を言うか」 についての一考察

今日は2年生トリオの石崎君、善久君、願海君が仕事を終えて、飲み会をしているようです。


「最近、俺が今一番困ってるのはさ、カミサマと本田さんのアドバイスが微妙に違って、どっちに従えばいいのか迷うところなんだよね」


「それは分かるなぁ。僕も新美課長と清水さんのアドバイスが真逆だったりして悩むことがあるよ」


「あの二人は、キャラも真逆だから大変だねぇ。でも、カミサマと本田さんならそんなに違わないんじゃないか?」


「善久、そうでもないよ。この前、ノー残業デーの日に、カミサマから『お客さまに迷惑がかからないなら、途中でもなんでも仕事を切り上げてさっさと帰れ』って言われてさ」


「カミサマが言いそうなことだ」


「それで、俺もデートの予定があったから、サクッと帰ろうとして片付けてたらさ。本田さんが、『お前、仕事はキリの良いところまでやってから帰った方がいいぞ』って言うんだよ。それで帰りづらくなって、結局そのまま残業をして、仕事を終わらせて帰ったんだ」


「それは難しいな。そのまま本田さんも仕事をしていたんだろう?」


「そうそう、だから帰るに帰れなくなった。そういう時は、どっちに従えば良いんだろうな?」


「カミサマは上司なんだから、上司の指示に従えば角が立たないんじゃないか?」


「だけど、俺は本田さんにいろいろ教えてもらってるからなぁ。そう簡単に割り切れないよ」


「そうだなぁ、『誰が言うかより何を言うかを大切にしろ』なんて言うしな」


「願海はそういうときはどう対応しているんだよ」


「うん、すごく難しいと思うんだけど・・・」


「何だよ、何か言いにくいことでもあるのか?」


「いや、二人の話はどちらに合わせるかとか、どうやったら角が立たないかとか、すべて判断基準が相手本位になっている気がしたんだよね」


「どういうことだよ」


「結局、自分自身の判断の軸が確立していないから迷うんじゃないかな」


「判断の軸?」


「つまりさ、残業に関していえば、神坂課長は『お客さまに迷惑をかけるかどうかという判断基準を持っているんだよね。本田さんは、『仕事はキリのいいところまでやり切る』という基準で動いているんだろう」


「そうだな」


「それに対して、石崎はどんな軸を持つかじゃないかな。神坂課長もしくは本田さんと同じ軸を持つのか、まったくそれとは別の軸を持つのか」


「なるほどな」


「まずは先輩の意見だし、しっかりと聴いて受け留めるべきだとは思うよ。でも、従うかどうかは自分が決めればいいんじゃないか?」


「お前、本当に俺達の同期か? 年齢を誤魔化してない?」


「なんでだよ!」


「じゃあ、願海はあの真逆の二人のアドバイスに対してしっかりとジャッジしているのか?」


「うん、少なくとも自分の軸を大切にはしているよ。まあ、清水さんのアドバイスに従わないと、後で結構厳しい罵声を浴びるけどな」


「お前は、心が強いな。俺なら、毎回清水さんに従うわ、少なくとも表向きは」


「情けないけど、それについては善久に全面的に同意するわ。清水さんを怒らすと怖いからなぁ」


「そうでもないよ。罵声を浴びせた後は意外とカラッとしてるから」


「善久、俺たちは近い将来、きっと願海の部下になる日がくるな」


「たしかに!」


ひとりごと

ビジネスの世界に限りませんが、人は誰しも判断に迷うときがあります。

そのとき、他人からもらうアドバイスで目が覚めたり、眼からうろこが落ちることが多々あります。

ただし、複数の方からアドバイスをもらうと、中には真逆のアドバイスをもらって悩んでしまうことがあるものです。

その時の判断基準を、誰に従うか、どちらの言葉が正しいのかといった形で、自分の外に置いてしまうと迷いから抜け出せなくなります。

まずは経験を頼りに自分の中にぶれない軸を置くべきです。

その上で、アドバイスをくれる人というのは、自分のためを思ってアドバイスをくれているのですから、すべてをありがたく受け留めて、その上で自分の軸に照らして取捨選択すれば良いのではないでしょうか。

しっかりと感謝の意を表せば、採用しなかったとしても大きな問題にはならないはずです。


原文】
人の言は須らく容れて之を択ぶべし。拒む可からず。又惑う可からず。〔『言志録』第36条〕


【訳】
他人の言葉には個人的な好き嫌いの感情を心にしまい込み、すべて一旦は最後まで耳を傾けるべきである。そのうえで自分自身の軸を判断基準として取捨選択すればよい。気に入らない人だからと最初から意見を拒んではいけない。また軸がブレて他人の意見に迷いを生じるのもよろしくない。



人材紹介会社 LIBER さんのHPより

https://www.liber.co.jp/psychology/column026.html

column026

第1168日 「信頼」 と 「裏切り」 についての一考察

営業2課の石崎君が落ち込みながら帰社したようです。


「どうした、石崎。元気がないじゃないか」


「神坂課長、ショックです。見込んでいた川崎クリニックさんの商談を失注しました」


「本当か! あそこはAランクで読んでいた案件だったよな」


「はい、間違いなくいけると思っていました。もう、私は人を信じられなくなりそうです」


「大袈裟なやつだな。で、どういう顛末だったんだ」


「はい。今日はクロージングするつもりで夜診終りにお伺いしたんです。それで面会するなり、院長先生から『あ、あの件はF社に決めたよ』って言われたんです。一瞬、頭が真っ白になりましたが、なぜF社に決めたのかの理由を聞いてみました」


「それは大したもんだよ。若い営業マンだと敗戦理由を聞かずに帰ってくるケースも多いからな」


ちょうどそのとき、本田さんも居室に戻ってきて、会話に参加したようです。


「本田さん、ありがとうございます。実は、私が見積りを出した後にF社が来て、ウチの見積りから50万円引くからその場で注文をくれと言われたんだそうです。あまりにも価格が魅力的だったから注文を出したそうです」


「F社の得意なやり口だな」


「課長、川崎先生は、『価格も想定内だし、君のことも気に入ったから注文しようかな』なんて言ってたんです。お客様の心理がよくわからなくなりましたよ」


「気持ちはわかるよ。私も同じような経験は数多くしてきたからな。よく、『お客さまを疑ってかかれ』というようなことを言ってる人もいるけど、私はそれには反対だよ」


「私もそう思います。今回、石崎が提示した金額は、あの機器の製品価値から判断してもギリギリの金額です。あそこから50万円下げるなんて、適正な価格で買っていただいた他のお客様に失礼に当たりますからね」


「私は素直にお客さまの言葉を信じたいな。川崎先生は本当に石崎から買うつもりだったんだと思う」


「でも課長、結果的にはF社に負けてしまったじゃないですか」


「そこだよ。敢えて今後の石崎の課題を探せば、価格的な落としどころが見えていなかったことと、F社のやり方を知って先手を打てなかったことかもしれないな」


「そうですね・・・」


「私は、『とにかく安くしろ』というお客さまとはお付き合いしないことにしているんだ。製品の価値を理解してくれてさえいれば、そんな言葉は出てこないと信じている。逆に言えば、そう言われたら製品の価値を正しくお伝えできていないんだと考えるようにしているんだ」


「私も課長の背中を見てきたから、まったく同じスタンスで営業をしているよ」と本田さん。


「石崎、失敗をしたり競合負けした時には、反省はしても落ち込まないのが俺のモットーだ。世の中には、落ち込むだけで反省しない奴が多いからな。落ち込まずにしっかり反省をしろよ!」


「課長、今晩くらいは落ち込ませてやってもいいんじゃないですか?」


「そうか、元気出ないか、石崎!」


「さすがに今は無理ですよ」


「ああ、そう。これから○屋さんにうなぎを食べに行くから、連れてってやろうかと思ったけど、今回はやめておくな」


「か、課長。元気です、元気です! 腹が減ってたら凹むこともできないですから、喜んでお付き合いしますよ」


「ばかやろう。うなぎを食ったら凹まずに反省しろ!」


ひとりごと

営業をしていると、『とにかく安ければ買うよ』という言葉にぶつかります。

あるいは、『価格で他社に下をくぐられました』という敗戦理由もよく耳にします。 

お客さまの言葉を真摯に受け取って、最善を尽くすことは重要なことですが、価格のみが判断基準になっているようなお客さまは要注意です。

こういうお客さまの場合、仮に要望に応えたとしても、競合他社がさらに安い金額を提示すれば、簡単にそちらに流れてしまうものです。

さらに、「類は友を呼ぶ」で、同じようなお客さまばかりが集まってきます。

まずは、矢印を自分に向けて、価格以外の価値を提供できないかを考えるべきですが、あくまでも価格のみというお客さまは、かえって遠ざけた方が良いでしょう。


原文】
物を容るるは美徳なり。然れども亦明暗有り。〔『言志録』第35条〕


【訳】
広い心をもって人を受け容れていく姿勢は大切である。しかしその場合、善と悪をよく弁別する必要がある。



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第1167日 「準備」 と 「成長」 についての一考察

今日の神坂課長は、新卒社員さん4名をランチに誘ったようです。


「では、午前の研修はここまでにしましょう。ちょっと早いけど、近くにおいしい定食屋さんがあるからみんなで行こう」


「神坂くーん」


「ああ、相原会長。どうしました?」


「あれ、もう研修終わっちゃったの? なんだ、神坂君がどんな無茶を言ってるか聞いてやろうと思って来たのに」


「か、会長! 新卒社員さんの前で人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。彼らは会長と違って純粋ですから、そういう話も信じちゃうじゃないですか! そうだ、ちょうどいいタイミングです。これからランチに行くので、会長もご一緒してもらえませんか」


「おお、いいね、いいね。行こう!」


6人は会社近くの定食屋さんに入ったようです。


「まだ12時前なのに、すごい人だね。座れてよかったよ」


「ここは大人気店ですからね。12時超えてから来たら30分以上は待つことになりますよ」


しばらくして、6人分の本日の定食が運ばれてきました。
今日はかきあげ丼定食のようです。


「うわぁ、旨いですねぇ」


「いいね、梅田君。そういう反応をしてくれると、連れてきた甲斐があるよ」


「みんな初々しくていいねぇ。神坂君にもこういう時があったのかなぁ」


「当たり前じゃないですか! 誰だって最初はこうですよ」


「記憶にございません」


「とうとうボケてきたのかな、このお爺さん」


「ぶっ。神坂課長、会長に向かってそんなことを言っても良いんですか?」
藤倉君が驚いて吹き出しました。


「神坂君は新人のときから口の効き方をしらない青年だったよ。でもこう見えても、礼儀正しいところもあるんだよ」


「お二人は仲がよろしいですね」


「君は湯浅君だったかな。そう、会社では私が神坂君の上司だけど、プライベートでは神坂君は、私の競馬と競艇の師匠なんだよ」


「会長、そういう情報はマイナスイメージの上塗りなんですけど」


「でもね、神坂君は新人時代から積極的だったな。先輩から言われたことは何でもまず実行していたよね。若いうちはどんどん失敗しろって言ったら、本当に毎日とんでもない失敗をしてきたもんな」


「毎日は大袈裟ですよ」


「ただ、神坂君は二度と同じ失敗はしないんだ。それが不思議で彼の日報を読んでみて驚いたよ。神坂君は常にしっかりと準備をしているんだよ」


「それでも失敗してしまうものなのですか?」


「君は、志路(しろ)君だったかな。そう、所詮は社会人一年生だ。準備のレベルがやはり先輩とは違うからね、抜けはあるものだよ。でもねそうやって自分なりのベストを尽くしているから、失敗したときにすぐに軌道修正ができるんだ


「同じ失敗を繰り返す人というのは、準備不足の人だということですね」


「おお、君はなかなか優秀だな。でも、頭で理解しただけでわかった気になっては駄目だよ。実行してこそ物事は理解できるものだからね」


「はい」
志路君は真面目にメモをとっています。


「そんな神坂君だからこそ、3年目でトップセールスになれたんだろうな」


「凄いですね! 神坂課長は、3年目でトップになったんですか?」
梅田君が驚いています。


神坂君の凄いところは、新人の頃から、万全の準備をして即実行するという積極性をずっと維持していることだよ。ベテランになると、仕事に慣れてくるから、次第に準備が疎かになるものなんだが、神坂君は違う。君達の研修だって、適当に話しているように見えるかも知れないけど、かなり準備していると思うよ」


「適当に話してませんから!」


「佐藤君から君達の研修を任された日から1週間は、夜のお誘いを全部断っていたからね」


「もう、その辺にしてください。けつの穴がムズムズしてきました。でも、相原会長も凄い人だぞ。もう80歳だっていうのに、こうやって新卒の君達と積極的に交流して、名前もしっかり覚えてしまうんだからな」


「おい、私はまだ73歳だぞ」


「あれ、そうでしたっけ?」


「わざとらしいな。でも、そのとおりでさ、老人になったらついつい楽な方を選んでしまうようになるから、少しでも若い人と話をして、若い人のパワーを分けてもらうようにしているんだよ


「今日のお二人のお話は、会社に入ってから今日までで一番勉強になりました」


「おいおい、梅田君。じゃあ、私の研修は?」


「あっ」


「まあ、いいや。会長、私の競馬の講師料はここの御代で結構ですので、よろしくお願いします」


「そうくるだろうと思ったよ」


「はい、ではみなさんご一緒に、せえの!」


「ご馳走様でした!!」


ひとりごと 

若い社員さんには、失敗を恐れず積極的に行動して欲しいものですね。

しかし、準備もせずに無計画に行動させていては、失敗した場合でも、その要因を正しく分析できません。

行動する前に、しっかりと考えさせることだけは習慣づけていきたいところです。

また、ベテランになると、今度は慣れから準備を疎かにする傾向もあります。

若い社員さんはベテラン社員さんのように、ベテランは若手社員さんのように、考えて行動する習慣をもたせたいところです。


原文】
少年の時は当(まさ)に老成の工夫を著(あらわ)すべし。老成の時は当に少年の志気を存すべし。〔『言志録』第34条〕


【訳】
血気にはやる若者時代は、慎重さが必要なため、あたかも老人のように万全を期する。老年を迎えたら、心まで老いないように、若者の気概を持つようにすべきである



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第1166日 「夢」 と 「志」 についての一考察(後編)

(第1165日の続きです。)


神坂課長が4名の新卒社員さんに研修をしています。


「梅田君はどうかな? この会社で何を実現したい?」


「そうですね、やはりトップセールスになりたいです」


「なるほどね。藤倉君は?」


「はい、私もやはり会社のエースになりたいです」


「おお、ふたりは良きライバルになりそうだね」


「さて、湯浅君は?」


「そんなこと急に聞かれてもですね・・・。皆さんのお邪魔にならないようになりたいです」


「おいおい、夢が邪魔者にならないことでは、ちょっと淋しすぎないか?」


一同、爆笑しています。


「お、お時間をください」


「まあ、そうだな。今まで考えたこともなかったかも知れないからな。これから毎週1回、皆さんに話をするように言われているから、来週までに各自もう一度じっくり考えてきてよ」


「はい」


会社というのはね、皆さんの夢を実現する舞台なんだ。最初は自分本位の夢でもいいから、なるべく大きな夢を持って欲しい」


「なるべく大きな夢か」
梅田君の目が輝いています。


「でもね、いつかはその夢が志へと変わるときがくるはずなんだ。だってさ、もし入社して十数年も経っている私が『お金持ちになりたい』とか『社長になりたい』とか言ってたら、君達だってがっかりするし、『この会社大丈夫か?って思うだろう」


「たしかに・・・」
藤倉君がうなづいています。


「最初は、夢 = For me でいいから、仕事をしていくうちに、それが少しずつ 志 = For you に変わっていけばいいんじゃないかな」


4人の若者は真剣に聞き入っています。


「志が立っている営業マンは強いぞ。少々の試練にぶつかっても簡単にギブアップしないし、判断基準がブレていないから、詰まらない誘惑に引っかかることもないんだ。ところが、志が立っていないと、すぐに凹んだり、自分にこの仕事は向いていないんじゃないかと考えたりするんだよ。そして最悪の場合は、会社を辞めてしまうことになる」


「そんなものなのか?」
志路君がメモをしながらつぶやいています。


「志のある営業マンは、まるでスパッと斬れる刀みたいな鋭さがあるから、周囲も一目置くようになるんだ。湯浅君、いつでも斬れる刀であるためには、何が必要だと思う?」


「あ、それならわかります。毎日しっかり刀を磨くことですか?」


「おお、大正解! つまり準備をしっかりすることだよね。我々にとってはそれが読書なんだろうな」


「読書かぁ、苦手だなぁ」
湯浅君がつぶやきました。


「いや、実はね。偉そうに話をしているこの私も読書は大の苦手でさ。つい最近までロクに本も読んでこなかったんだよ。課長になって、後ろに座っている佐藤部長にご指導いただいて、最近ようやく読書の大切さに気づいたんだ」


「よかった」
湯浅君が安心したようです。


「いま私は、若い頃から本を読んでこなかったことを心から後悔しているんだよ。だからこそ、みんなには少しずつでも良いから読書を続けて欲しいと思っています。さて、そろそろ時間ですね。何か質問はありますか?」


「はい」


「梅田君、なんでしょう?」


「神坂さんの志を教えてください」


「ははは、ストレートに来たね。志というものは、あんまり人に話すものではないと思うんだけどさ。聞きたいということなのでお伝えしましょう」


「お願いします!」


「私の志は、『がんで死ぬ人をゼロにすること』です。もちろん私はドクターではないので、直接患者様に接するわけにはいきません。しかし、最新の医療機器の提供を通して医療機関のお手伝いをすることで、間接的に志を達成できると信じています。もちろん、我々の商圏である東海エリアにおいての話だけどね」


「カッコいいっすね」


「そうかな、ありがとう。梅田君も、カッコいい志を持ってくれよな!」


ひとりごと 

昨日今日と、小生が新卒社員さん向けに最初に話をする内容を再現してみました。(ちょっと格好良すぎる点はご勘弁願います)

ちょうど、いま新卒社員さんが入社して研修を行っている時期ではないでしょうか? 

この内容にそったパワーポイントの資料もありますので、ご関心のある方はコメント欄に資料入手希望の旨をご記入ください。

また、直接研修の講師をやって欲しいということであれば、喜んでやらせていただきますので、その旨をご記入ください。

皆様のご参考となれば幸いです。


【原文】
志有るの士は利刃(りじん)の如し。百邪辟易す。志無きの人は鈍刀の如し。童蒙も侮翫(ぶがん)す。〔『言志録』第33条〕


【訳】
志が立っている人は、まるでよく切れる刀のように、多くの邪悪なものを退ける。一方、志のまだ立っていない人は、あたかも切れない刀のようで、子供たちにさえ馬鹿にされてしまう。


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第1165日 「夢」 と 「志」 についての一考察(前編)

神坂課長が佐藤部長に呼ばれたようです。


「えっ、私が講師をやるんですか?」


「うん、神坂君に営業マンとしての心得を熱く語って欲しいんだ」


「他に適任がいるような気がしますけど・・・」


「私は神坂君が適任だと思っているから、指名したんだよ。好きなようにやっていいからさ」


「は、はい・・・」


それから数日後、会議室では、2018年度の新卒社員さん4名に対して、神坂課長が話をしているようです。


「皆さんは、自分のことをプロの営業マンだと思っていますか?」


「・・・」


「では、梅田君。プロとアマチュアの違いは何かな?」


「はい。プロは仕事に責任を持っている人で、アマチュアは責任がもてない人でしょうか?」


「なるほどね。間違ってはいないけど、もっとシンプルに言ってしまえば、その仕事で収入を得ている人はプロ、そうでない人はアマということじゃないかな。たとえばプロ野球の世界なら、入団した瞬間からプロ野球選手として認識されるよね。君達だって同じだよ」


新人さん達は目を輝かせて話を聞いています。


「では、その中で一流のプロとはどんな人だろう? 我々の世界でいえば、一流の営業マンとはどんな人のことだろうか? 藤倉君、わかるかな?」


「はい、お客さまから信頼される人でしょうか?」


「なるほど、良い答えだね。では、志路(しろ)君はどう思う?」


「はい、やっぱりやる気のある奴じゃないでしょうか?」


「ははは、『奴』という言葉はやめような」


「あっ、すいません」


「『すいません』ではなくて、『すみません』だろう


「す、すみません」


「これはあくまで私の答えですから、正解かどうかはわかりませんが、私は、一流の営業マンとは常に結果を出し続ける人だと思っています。つまり毎期毎期コンスタントに計画を達成できる営業マンです」


新人君たちは、懸命にメモを取っています。


「さあ、では、そんな一流の営業マンになるためには、何が必要だと思う? 湯浅君、どう?」


「え、あ、あのー、わかりません!」


「ははは、潔い青年だな。それはね、営業マンとしての志を立てることなんだ」


新人君たちはポカンとしています。


「自分は営業マンとして、この会社でこれをやるんだ!という志が決まっていればね、資料をコピーしたり、トイレの掃除をすることからも学ぶことができるんだよ」


「・・・」


「そして、それよりも勉強になるのは、やはり本を読むこと。読書ほど自分の心に栄養を与えてくれるものはないよ。でもね、志が立っていなければ、読書をしても身につかないんだ」


「す、すみません。でも、自分はまだ志なんてありません」


「梅田君、正直でいいね。そりゃそうだよね。私だって皆さんと同じ新人のときには、志なんてなかったもんな」


「よかった。安心しました。僕だけ志がないのかと思いました」


「湯浅君、君は面白いね。あ、それからね、『自分』とか『僕』は社会人になったら使わないこと。『私』を使うようにな」


「はい」


「ただね、志はまだでも、まずはこの会社でこうなりたいっていう夢を描いて欲しいんだ」


神坂課長はホワイトボードになにか書き込んでいます。


夢 = For me 「(私が)○○になりたい」「(私が)○○したい」

志 = For you 「誰かのために○○になりたい」「誰かのために○○したい」


「まずは、会社の中で実現したい夢をひとつ考えて欲しい。志路君はどんな夢を描いたかな?」


「はい、私は社長になりたいです」


「おお、いいね。そういうのでいいんだよ。みんなも考えてごらん」


第1166日へつづく。


ひとりごと 

実は、この研修内容は、小生が新卒社員さん向けに最初に話をする内容を再現したものです。

プロとしての意識、そして夢を持つことの大切さを伝えようと試行錯誤しながら続けきた研修です。

あすも引き続き研修の中身をお楽しみください。


【原文】
緊(きび)しく此の志を立てて以て之を求めば、薪を搬(はこ)び水を運ぶと雖も、亦是れ学の在る所なり。況や書を読み理を窮むるをや。志の立たざれば、終日読書に従事するも、亦唯だ是れ閑事のみ。故に学を為すは志を立つるより尚(とうと)きは莫し。〔『言志録』第32条〕


【訳】
志を強く心に抱いて、それを追求しようと心掛けるならば、たとえ薪や水を運ぶような仕事であっても、そこから何かを学ぶことができる。まして読書したり物事の道理を究明するならば、それ以上の学びを得ることができるのは当然である。しかし、志が立っていなければ、一日中読書をしたとしても、無駄なことである。つまり、学問をするには(仕事をすることも同じ)、まず何よりも志を立てること(立志)が大切なのだ。



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れみれみ