一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年05月

第1205日 「楽」 と 「礼」 についての一考察

今日は、総務部の西村部長、営業部の佐藤部長、神坂課長の3人で寺社めぐりをしているようです。


ハンドルを握るのはもちろん神坂課長です。


「なんだい神坂君、この変な音楽は?」


「西村さん、これはソニックスというバンドのアルバムです」


「全然知らないな」


「そうだと思います。そんなに売れた訳でもないですしね。ただ、ガレージロックというジャンルが好きな連中にとっては神みたいな存在なんです」


「ガレージロック?」


「まあ、簡単に言えば、ビートルズに影響を受けて世界中に雨後の筍のように誕生した無名バンドの音楽です」


「じゃあ、日本でいえばグループサウンズみたいなものか?」


「ああ、そうですね。タイガースとかスパイダースとかあの辺と同じです」


「それにしても、ちょっとやかましいな。松山千春とか中島みゆきはないの?」


「あ、千春ならありますから、曲を替えましょう。ところで、佐藤部長は普段音楽を聞かれるんですか?」


「私はジャズが好きでね。自宅にいるときはずっとジャズのレコードをかけているよ」


「CDじゃなくて、レコードですか?」


「そう。私の若かりし頃は、まだCDの出始めで、ジャズなんかはLPしかなかったからね。もちろん、大好きなアルバムはCDで買い直しもしているけどね」


「私も NO MUSIC NO LIFE ですから、音楽がないと生きていけないですね」


「今は音楽というと趣味の世界になっているけど、それこそ孔子の時代は、音楽は政治を進める上で欠かせないものだったんだよね、さとちゃん」


「そうですね。かつては祭政一致で、祭りが政治上非常に重要な役割をもっていました。祭りでは音楽は必要不可欠ですから、場面場面で演奏する音楽もしっかり決まっていたようです」


「そうだね。当時の音楽というのは今のように大衆のものではなかったんだよね」


「ええ。孔子は礼の大家ですが、音楽にも精通していたようです。そして、音楽が低俗化していくことをとても嘆いていたようです」


「その低俗な音楽の末裔が、神坂君が聞いているような音楽だな」


「西村さん、結局そこに落としますか?」


「特に音楽というのは、溌剌とした気持ちを外に発散させる働きがありますよね。それに対して礼は厳かな所作によって内面まで厳粛にさせる。だから、一斎先生は、『喜びあふれる陽気を厳かな心で包み込むような人が理想の人物だ』と言っています」


「なるほどね。度を越えた喜びの表現は、たしかに周囲を不快にすることがあるよね」


「それに、哀しみの表現も度を越えると周囲をシラケさせますよね」


「そういえば、例の悪質なタックルをしたN大の学生は、涙を流すことなく淡々と自分の非を認めて反省し謝罪していた。あの会見によって、我々の彼に対するイメージは180度変わったよね」


「たしかにそうですね」


「神坂君、わかっただろう。やかましい音楽ばかりじゃなくて、たまにはクラシックでも聞いて心を整えたらどうだ?」


「はい、そのうちに。さて、そろそろ広隆寺に到着しますよ」


「広隆寺の宝冠弥勒は日本一美しい仏像だと思うんだ。久し振りのご対面だよ、緊張するな。その前に、もう一杯飲んでおこう」


「西村さん、それ4杯目ですよね? 酔っ払って仏像の前で泣き崩れたりしないでくださいよ」


「そんなことするわけないだろう。俺は酒で心を整えているんだから!」


ひとりごと 

音楽の重要性については、もう一度考えてみる必要があるのかも知れません。

この時代に社歌を斉唱する会社がどれくらいあるのでしょうか?

むしろ社歌をもたない企業も多いのかも知れません。

時代遅れ、時代にそぐわないと失笑されそうですが、組織の団結のために音楽を活用すべきではないでしょうか?

小生が主催する読書会の歌も誰かに作ってもらおうかな?


原文】
人をして懽欣鼓舞(かんきんこぶ)して外に暢発(ちょうはつ)せしむる者は楽なり。人をして静粛収斂(せいしゅくしゅうれん)して内に固守せしむる者は礼なり。人をして懽欣鼓舞の意を静粛収斂の中に寓せしむる者は、礼楽合一の妙なり。〔『言志録』第72条〕


【訳】
人の外面を溌剌とさせるものが音楽であり、人の内面を荘厳にするものが礼である。溌剌とした気持ちを荘厳さで包み込める人というのは、まさに礼と楽とが見事に調和された理想の人物である。


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第1204日 「謙虚に叱られること」 と 「謙虚に叱ること」 についての一考察

「おい、雑賀。ちょっとお茶しないか?」


「はい、神坂課長。課長の奢りならいいですよ」


「声を掛けたのは俺だ、当然だろう」


「さすがです!」


神坂課長は、特販課の雑賀君を誘って喫茶コーナーに来たようです。


「突然、どうしたんですか?」


「最近、大累との関係はどうなのかなと思ってさ」


「はい。大累課長は毎朝私に日報のことでアドバイスをしてくれますし、帰社したときも必ず声を掛けてもらえます」


「うれしいか?」


「はい。仲間に入れたなと感じます」


「ばかやろう。最初からお前は俺達の仲間じゃないか」


「でも、以前の大累さんは、私のことが嫌いなんじゃないかなと思うくらい冷たかったので。あ、もちろん私の態度に問題があったことには気づいていますけど」


「お前たちはお互いに意固地だからな。って、俺も人のことは言えないけどさ」


「素直にならないといけないなとは思っています」


「大累の指導を素直に受け留めていないのか?」


「まだ、すべてに従っているかというと・・・」


「そりゃ、上司だって間違えることはあるから、100%従う必要はないんだぞ。ただ、大累が言っていることが正しいなと思ったら素直に従うべきだと思うよ」


「はい」


「大類は口は悪いが、営業マンとしては優秀な奴だ。それに、俺よりもよっぽど勉強しているしな。あいつの言っていることはそれほど間違ってはいないと思うぞ」


「はい、結構痛いところを突かれます」


「ははは。とにかく上司の言葉は一旦丸受けするべきだと思う。いや、俺も最近になってそれが身に沁みるんだ。佐藤部長は俺のことを思って指導をしてくれるし、大類だって同じだよ。雑賀のことをいつも気にかけているからな」


「私も最近はそれを感じて有難く感じています」


「だったら、まずお前が謙虚で素直になってみろよ。そうすれば大累だってより一層お前を気に掛けてくれるぞ。人に矢印を向けて、相手が変わらないのがいけないと騒いだところで、状況は何も変わらないだろう。自分がまず先に動けば、それによって相手の態度も変わるもんだよ」


「はい、心掛けてみます」


それから3日後の喫茶コーナーです。


「神坂さん、雑賀に何か話しました?」


「え、なんで? 特に何も話してないよ」


「そうですか。なんか、あいつ急に素直に私の言うことを聞くようになったんですよ。なんか気持ち悪くて。てっきりカミサマの入れ知恵かと思ったんですけどね」


「お前さ、せっかくメンバーが態度を改めようとしているのに、『気持ち悪い』はないだろう」


「それはそうですね」


「あいつが謙虚な姿勢できたなら、なおのことお前自身も謙虚に、あいつのことを思って指導しなければいけないんじゃないか?」


「誠を失くさずに、ですね」


「あ、そういえば!」


「な、なんですか?」


「お前、さっき俺のこと『カミサマ』って言いやがったよな?」


「えっ、今このタイミングでそこに突っ込みますか?」


「ゴン」


「痛てぇ! げんこつの時間差攻撃かよ。こんなの防御のしようがないですよ!」


「お前の暴言のクイック攻撃には、げんこつ時間差しか太刀打ちできないからな!」


ひとりごと 

今になって思うことですが、小生は上司の叱責を素直に受け入れる度量を持っていませんでした。

そんな自分が上司となってメンバーを叱る際に、自分の思いは通じるはずだと自分勝手に考えて、厳しく叱責していたことを恥ずかしく思い出します。

まずは、自分が部下であるうちに謙虚に上司の指導を受け入れる度量を身につけてこそ、将来上司となったときに、自らも謙虚な姿勢でメンバーに対して接する指導ができるのでしょう。


原文】
諌(いさめ)を聞く者は、固より須らく虚懐なるべし。諌を進むる者も、亦須らく虚懐なるべし。〔『言志録』第71条〕


【訳】
人の忠告を聞くときは、心を空っぽにし、丸受けするべきである。また人に忠告をする場合も見返りを求めない純粋な心で忠告すべきである。



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第1203日 「誠意」 と 「諫言」 についての一考察

今日は、営業部の神坂課長、大累課長、新美課長の3人が喫茶コーナーで談笑しているようです。


「大累どうだ、最近は雑賀とはうまくやっているのか?」


「まあ、以前に比べればだいぶマシにはなりましたが、ああいう奴ですからねぇ・・・」


「雑賀君が私の下にいたら、どういう風にマネジメントしていくのかと思うとゾッとします」


「なんだよ、新美。自分じゃなくて良かったみたいな言い方するなよ。でも、俺は清水が下にいる方が面倒だな」


「お前ら、ここは社内だからね。そういうネガティブトークは禁止だぞ!」


「よく言いますよ。話を振ってきたのは神坂さんじゃないですか!」


「あれ、そうだっけ?」


「勘弁してくださいよ。ただ、雑賀について言えば、以前は10指導したら10反論してきましたが、いまでは2つか3つは従うようになりましたけどね」


「おお、大きな進歩じゃないか。たまには二人で飲みに行ったりしているのか?」


「ええ、あれからは月に1回くらいは行くようにしています」


「そうなんですか。私も清水さんとそういう機会を創った方がいいかなぁ」


「まあ、酒は必須条件じゃないけどな。特に清水は飲めないだろう」


「ああ、そうでした。でも、各メンバーとは二人で話せる機会をいろいろと模索してみます」


「それはそうした方がいいと思うよ。神坂さんはこう見えても、社内の誰よりも社員さん一人ひとりとコミュニケーションをとっているからね」


「『こう見えても』って、お前にはどう見えてるんだよ」


「尊敬の念を込めて言っているんですよ」


「伝わらないんだよな、お前の言い方は。コミュニケーションというのは、相手がどう受け取るかがすべてであって、こちらがどういうつもりであったかなんて意味をなさないんだぞ」


「勉強になりまーす」


「ちっ。でもな、特に部下と接する場合はそうだと思うんだけど、言葉をいくら綺麗に飾っても、そこに心が籠もっていなければ伝わらないからな。それは意識しておくべきだと思うよ」


「たしかにそうですね。特に部下を叱らなければならないような場面では、そこに怒りとか嫌悪感といった個人的な感情が入ると絶対伝わらないですよね」


「経験者は語る、だな。雑賀への思いの変化があったからこそ、10のうち2つは伝わるようになったんだろうからな」


「なるほど。大累さん、雑賀君へのアプローチ方法をかなり変えたんですか?」


「朝一番と営業から戻ったときは、必ず声を掛けているよ。特に朝は前日の日報のフィードフォワードを必ずやっているよ」


「フィードフォワードですか?」


「日報の記載内容に関して、事前に「次はこうした方が良い」といったアドバイスをすることだよ」


「それは大事だな。フィードバックだと、どうしても後手後手になるもんな。俺も明日から実践してみよう」


「私も真似させていただきます」


「どうぞどうぞ。良いことはどんどん取り入れた方がいいですよ」


「偉そうだねぇ。まあ、そのとおりだけど。結局はさ、メンバーに対して自分の指示を徹底させたいなら、『誠』を失くさないことだよな」


「誠というのは、自分との約束を守ることでしたね」


「うん。誠意を込めるというのは、まず自分自身が自分を律して、誰も知らない、誰も見ていない自分との約束を守るということなんだろうな」


「メンバーはしっかりそういう部分を観察しているんでしょうね」


「そりゃそうだよ。大累だって、俺のことをかなり観察しているじゃないか」


「愛を感じるでしょ?」


「揚げ足取りのチャンスを伺っているようにしか見えないけど、あれは愛だったの?」


「愛 don't know」


「それ、愛と I を掛けたの? お前に必要なのは笑いのセンスだな」


ひとりごと 

メンバー(部下)を叱る場合、それまでにいかに信頼貯蓄をしておくかが大事だという話を以前に書きました。

お互いの信頼関係を築いた後でなければ、叱責は伝わりません。

もしそこに個人的な感情が混入していれば、伝わらないどころか、メンバーは『自分は嫌われている』とか『あの言い方は許せない』といった反感を生んでしまうことすらあります。

神坂課長が言っているように、誠意をもって指導するとは、まずリーダー自身が自分の約束事をしっかり守り続けていくことがスタートなのかも知れません。


原文】
凡そ人を諌めんと欲するは、唯だ一団の誠意、言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諌めは決して入らず。〔『言志録』第70条〕


【訳】
他人に忠告をしようと思うなら、ただ純粋に相手を思う気持ちを言葉に込めて伝えることである。もし怒りや憎しみの心があるならば、その言葉は決して相手には響かないであろう。


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第1202日 「治」 と 「欺」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒にN大学医学部消化器内科の中村教授を定期訪問しているようです。


「神坂君、最近顔が変わってきたね」


「そうですか?」


「すごく理知的な顔になってきたよ」


「そ、それはちょっと恥ずかしいです。少なくとも私に知性はないと思います」


「ははは。自分を卑下しすぎるのはよくないよ。なあ、佐藤さん」


「はい。最近、神坂君は読書をしたり、マネジメントで後輩の相談に乗ったりしていますので、自然とそれが表情に出てきたのかも知れませんね」


「そのとおり。人は一生をかけて自分の面、つまり顔を作っていく、とも言われるからね」


「やはり、本を読むと本を読んでいる人の顔になりますよね」


「あ、ありがとうございます。しかし、お二人から誉められると、慣れていないせいか居心地が悪いです」


「ははは。そういう面白いコメント力は失って欲しくないけどね。ところで、マネジメントは知れば知るほど難しいだろう?」


「はい。ただ、今は面白い方が勝っています」


「神坂君は元々ポジティブだもんなぁ」


「ありがとうございます。マネジャーになりたての頃は、自分のやり方がベストだと信じ切っていたので、メンバーを自分の分身にしようとしていたのですが、今は各自の個性を活かすことを考えるようになりました」


「素晴らしいね。実は、優秀な人ほど自分のやり方を部下に押し付けてしまう。できる人ができない人の気持ちを察することは難しいんだ。できる人の多くは、自分がなぜできるのかを理解していないことが多い。だから、それを言葉で伝えようとしてもうまく伝えることができないんだよね」


「そうなんですね。私は失敗ばかりしてきた営業マンですから、自分を優秀だとは思っていませんが、自分とタイプの違うメンバーの考え方を理解するのは難しいと感じます」


「結局はね、人をマネジメントしようと思ったら、まず自分自身をしっかりとマネジメントしないといけないんだよ。メンバーは上司のことを見ていないようで、実はしっかりと見ているからね」


「そうかも知れません。ウチの2年目の石崎なんて、よく私のことを観察していますからね」


「いま中村先生がおっしゃったことと同じ事を佐藤一斎先生も言っていますね。それに加えて『自分に嘘をつくことと他人に嘘をつくことは同じことだ』とも言っています」


「なるほどね。結局、自分との約束を守れない人でないと、他人との約束は守れない、ということだろうね」


「ああ、すごく腹落ちします。ちょうど今、N大のアメフト部の問題が連日ニュースになっていますが、あの監督は自分自身をマネジメントできていないから、学生を守ってあげられないんでしょうね」


「あの人には、同じ大学の指導者として非常に憤りを感じるね。特にN大の学生さん達が可愛そうで仕方がないよ」


「あの記者会見での司会者の態度も酷かったですね」


「あの人こそ、現役学生やそのご両親の気持ちがまったくわかっていないね。N大学の危機管理の仕組みは崩壊しているか、初めから機能していなかったかのいずれかだろうなぁ」


「先日、会社の上司から『誠』という言葉の定義は、自分との約束を守ることだ、と教えてもらったんです。N大の上層部の人たちには、『誠がまったく欠如しているんじゃないでしょうか」


「そうだね。人の上に立つ人は、なによりも『誠』を大切にしなければいけないんだろうね。神坂君、君に『誠はあるかい?」


「いえ、まだまだ利己的なところが多分にありますから、人が見ていないところではついつい自分に甘くなってしまいます」


「私も同じだよ」


「中村教授もですか?」


「そう。だから私の面作りはまだまだ途上だし、完成までには時間が掛かるだろうな。お互い、死ぬまでには立派な面が完成するように精進しょうじゃないか!」


ひとりごと 

自らを治めることができない人は、人をマネジメントできない。

自分との約束が守れない人は、他人との約束も簡単に反故にする。

だからこそ、人の上に立つ人は、常に自分を律する修養を積まなければいけないのでしょう。

自分に甘く、他人に厳しい小生にとって、とても厳しい指摘です。

しかし、それができない限り、他人から見たときに、「あの人の表情は穏やかでいいね」と言われるような、面貌を作り上げることはできないのでしょう。


原文】
己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事のみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事のみ。〔『言志録』第69条〕


【訳】
自分の身を治めることは他人を治めることに通じ、自分の心に背くことは他人を欺くことと同じ事である。


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第1201日 「感情」 と 「欲望」 についての一考察

今日の神坂課長は、「小料理屋ちさと」で佐藤部長と差しで飲んでいるようです。


「部長と二人でお酒を呑むのも久し振りですね」


「そうだね。最近、神坂君の付き合いが悪いからかな?」


「それを言わないでください。最近、いろいろと出費がかさむので、たしかに自制気味なんですよ」


「ごめん、ごめん。冗談だよ。最近は、神坂君に相談する社員さんが増えてきたから、夜も忙しくなったんじゃないかな。以前なら私のところに来ていたような相談が、今では神坂君のところに行くようになったよね」


「不思議なものですよね。今までだって、リーダーとして必死にメンバーを引っ張ってきたつもりだったのに、部長の教えに学んだり読書をするようになったら、途端にそういう相談が増えてくるなんて」


「やはり学ぶということは大切なことなんだね」


「はい。それにしても、心を磨くというのは大変なことですね。私は短気ですから、すぐにイラっとしてしまいます。感情を表に出さないようにすることは、私にとってはかなりのストレスなんですよ。本当は毎晩飲み歩きたいくらいです」


「ははは。無理をして感情を抑える必要はないんじゃないかな」


「そうですか? でも、佐藤部長が声を荒げている姿は見たことがないですよ」


「私は元々叱るのが苦手なタイプだからね。むしろビシッと厳しく叱れる神坂君を羨ましく思うこともあるよ」


「お互いに無い物ねだりということですかね?」


「そうかもね。ところで神坂君、孔子という人はどんな人だと思う?」


「孔子ですか? 私は『論語』はあまり読んだことがないので、詳しくは分かりませんが、きっといつも冷静で何事にも動じないような人じゃないかと想像します」


「ところがね、孔子という人はすごく感情を露にするんだよ。後継者の顔回という弟子が死んだときなんて、周囲が驚くほど号泣しているんだよ」


「それは意外ですね」


「『論語』を読んでいるとね。そういう孔子の人間味にどんどん惹かれていくんだ。やはり、無感情で完璧な人間より、感情豊かで不完全な人のほうに人間味を感じてしまうものだよね」


「そうですね。それを聞いただけで『論語』を読んでみたくなりました」


「サイさん(西郷元課長)が『論語』の読書会をやっているから出てみたら?」


「ええ、一度お邪魔してみようかと思っていました」


「それから、欲望も同じでね。我々凡人が無欲を目指しても、それは不可能だと思うんだ」


「そうかもしれませんが、やはり無欲を目指すべきだと思っていました」


「人間である限り欲は生れてしまう。特に利己的な私欲は放っておけば必ず芽生えてくる。その私欲を無くそうとするのではなく、大きくならないように抑えればいいんじゃないかな」


「がん細胞の増殖を抑えるようなイメージですかね(笑)」


「ははは。さすがは神坂君だ、喩えが絶妙だね。さて、では感情や欲望をどうやって抑えていくかということだけど、一斎先生はそこに『礼を用いればよいと言っている」


『礼ですか?」


「礼というのは、社会的な規範といった意味なんだけど、平たく言えば、どこまでやったらやり過ぎかを理解することと言っても良いんじゃないかな」


「限界点を知るということですか?」


「そうだね。怒りがこみ上げると、ついつい相手を傷つける言葉を発してしまったり、言わなくても良いことを言ってしまったりするでしょう」


「まさにそれが私の欠点であり、いまの課題です!」


「ははは。それは神坂君が限界点つまり『礼を理解していないからかも知れないよ。さて、その欠点をなくすために一番簡単な方法は何だと思う?」


「さあ、何でしょうか・・・」


「何も言わないことだよ」


「え、でもそれではマネジメントはできませんよね?」


「そう。やはり言葉を使った指導は必要だよね。人間というのは面白い生き物で、限界点ギリギリの言葉でないと心を動かされないんだよ。それなのに限界点を越えると傷ついたり怨んだりするから困りものだ」


「なるほど」


「しかも、限界点というのは人それぞれで違うから、日頃から親しく接することで、その限界点を見極めておく必要がある」


「やはり、人の心を動かすということは、むずかしいですね」


「そうだね。つまり、どこまでやるべきか、どこからがやり過ぎかを定めた暗黙のルールが『礼』なんだろうと私は理解しているんだ」


「だから、礼を知れば、感情や欲望を適切に制御できるということなんですね」


「あくまで私の私見だけどね」


「いやー、勉強になりました。これ以上、お酒を飲むと忘れちゃいそうだ。ママ、ウーロン茶!」


「神坂君、すごいじゃない。お酒の制御はしっかりできるようになったのね、良い子だ」


「ちさとママ、いつもそうやって俺を子供扱いするのやめてもらえないかなぁ」


ひとりごと 

感情と欲望のコントロール、これは人間一生の課題ではないでしょうか。

しかし、ここで一斎先生が言うように、感情や欲望を無理にゼロにしようと思わないことが重要だと感じます。

人間は不完全なものと自己容認した上で、少しずつ鍛錬を積み、理想の姿に近づけば良いのではないでしょうか。

それも三歩進んで二歩下ったり、時には三歩進んで四歩下ることも許してあげながら・・・。


原文】
情に循(したが)って情を制し、欲を達して欲を遏(とど)む。是れ礼の妙用なり。〔『言志録』第68条〕


【訳】
感情や欲望は、ある程度満たされたところで抑えなければならない。これが礼の上手な用い方である。


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第1200日 「利益」 と 「罪悪」 についての一考察

営業2課のミーティングが開催されているようです。


「おい、石崎。この商談の利益は20%もあるの? ぼったくりじゃないか?」


「失礼なこと言うなよ。この機械は、田中先生が曇らない内視鏡を探してくれ、というので、俺が自分で見つけてきたんだぜ。それで、実際にデモをしたら、田中先生も大喜びだったんだ。このくらいの価格でも問題ないよ」


「それにしてもさ、20%はちょっと心苦しくないか?」


「先生が喜んでくれているんだぜ。なんで引け目を感じる必要があるんだよ!」


二人の会話を聞いていた新人の梅田君が、教育担当の山田さんに質問しています。


「会社としては、どれくらいの利益を確保すべきなんですか?」


「梅田君、良い質問だね。会社としては最低ラインとして粗利で10%は確保したいところだけど、なかには5%くらいしか粗利のない商品もあるから、利益が取れるものはなるべく利益を取るべきだと思うよ」


「では、石崎さんと善久さんの二人では、石崎さんが正しいということですか?」


「どちらが正しいかは状況によるんだけど、大事なことは適正な利益を取ることだろうね」


「適正?」


「そう、お客さまにとってその金額なら支払ってもよいと納得してもらえる金額を頂戴すれば良いんだよ」


「・・・」


「そうだなぁ。梅田君はお酒が好きだよね?」


「はい。毎晩、飲んでます!」


「ははは。たとえばね、ビールの中ジョッキ一杯が100円だとしたら、お酒好きの梅田君には安い金額だよね。でもね、お酒の飲めない人から見たら、100円でも高いと思うはずでしょ?」


「たしかにそうですね」


「でも、相手が梅田君のようなお酒好きの人なら、200円でも満足してもらえるはずだよね。仮に原価が50円だったとすれば、売価は100円でも儲かるけど、200円ならもっと儲かるよね?」


「はい」


「だから、石崎君と善久君の議論というのは、ビールに例えれば、100円で売るべきか、200円で売るべきかという議論と同じなんじゃないかな」


「なるほど」


「つまりね。値段が問題なのではなく、提供する商品に対して、いかに高い満足感を持ってもらえるかが大事なんだ」


「お客さまの満足度が高ければ、会社はたくさんの利益をいただけるということですね」


「そのとおり。凄いね、梅田君。満足より感謝。感謝より感動してもらえれば、お客さまはより多くのお金を喜んでお支払いしてくれるんだよ」


「利益を取ることは悪いことではないんですね」


「むしろ適正な利益を頂かなければ、会社は潰れてしまうからね。ただし」


「はい、なんでしょうか?」


「利益を独り占めするような売り方は駄目だね。他社にはない独占商品だから、市場価格の2倍で売ってやろうというような発想はいけないよ。あくまでもお客さまの満足度や感謝の度合いに応じた金額を設定するべきだよね」


「これから何度もお付き合いをしていくお客さまなら尚更ですね」


「梅田君は優秀だなぁ。そのとおりだよ。だからね、お金を支払っていただけるお客様が『ありがとう』と言ってくれたなら、その商売は良い商売だったと言えるんじゃないかな」


「そうですね。私も、たくさんの『ありがとう』をいただける営業マンになります!」


「おい、善久! 俺たちは慈善奉仕団体じゃないんだぞ。安く売ることより、どうやったらお客さまに満足してもらえるかを考えろよ!」


「ほらね。神坂課長も同じことを言ってるでしょ」


「本当ですね。山田さん、勉強になりました。ありがとうございます」


「うん。梅田君から『ありがとう』を貰えたから、私の話は心に届いたと思ってよさそうだね!」


ひとりごと 

江戸時代に、商人の地位向上のために尽力した石田梅岩は、物を右から左に流すだけで荒稼ぎをしているのはよろしくないではないか、という問いかけに対し、

「商品の利益というのは、武士の俸禄(給料)と同じだ」

と答えています。

この石田梅岩の代表作『都鄙問答(とひもんどう)』を愛読書としていたのが、あの松下幸之助さんです。

松下さんもこう言っています。

「企業の使命は事業を通じて社会に貢献することであり、その報酬として社会から適正利益が与えられていると見るべきだ」

利益そのものは悪いものではなく、むしろ必要なものなのです。

ただし、利益を独り占めしたり、暴利を貪るような行為は不適切であることは言うまでもありません。


原文】
利は天下公共の物、何ぞ曾(かつ)て悪有らん。但だ自ら之を専にすれば、則ち怨(うらみ)を取るの道たるのみ。〔『言志録』第67条〕


【訳】
正しい手段を踏んで得た利益であれば、得ることになんの問題もない。ただしそれを独り占めにしようとすれば、他人から怨まれることは避けられない。


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第1199日 「小利」 と 「大事」 についての一考察

「とうとうイチローも現役を退く日が近いのかなぁ?」


「ああ、マリナーズがイチロー選手に会長付特別補佐のポストを打診して、彼はそれを受けたようですね」


今日の神坂課長は大累課長と共にN市内の大規模病院での商談を終え、二人は会社に戻る車中にいるようです。


「ただ、引退ではなく、あくまでも今年は試合に出ないという不思議な契約らしいけどな」


「イチロー選手といえば、国民栄誉賞を二度も辞退して話題になりましたよね?」


「そうだっけ? 二回辞退したというのは記憶にないな」


「一度目はメジャーリーグで日本人初のMVPを受賞した年で、二度目はシーズン最多安打を更新した年だったと思いますよ」


「すごい男だよね。お前、国民栄誉賞を打診されて断れるか?」


「そもそも国民栄誉賞を貰うことを想定したことがないですから、そんな質問をされても答えられませんよ」


「たしかにな。俺達には10回くらい生まれ変わっても縁がない話かもな」


「では、たとえば神坂さんが今、部長職を打診されたら受けますか?」


「いきなりリアルな質問に変わったな。俺はまだ課長になって3年だからね。営業部全体を引っ張っていく自信はないな。だけどさ、だからといって断ってしまえば、代わりに誰かが部長になることになるんだろう。結局、サラリーマンは受けるしか選択肢がないんじゃないか?」


「そうかも知れませんね。もし神坂さんが辞退して、話が私にまわってきたら、私は受けます」


「そうなると、お前が俺の上司か? それはキツいなぁ。上司の頭を叩くというのは見た目にも問題があるもんな」


「なんで、頭を叩く前提になってるんですか!」


「それはお前の口に聞け!」


「しかし、そうなると部下に対してパワハラで訴えることになるのかなぁ」


「なにをくだらないことを本気で考えてるんだよ!」


「お互い様ですよ!」


「たださぁ、そういう地位や名誉みたいな話だったら、断れなくもない気がするんだけど、俺達のような凡人は、もっと小さな目の前の利益になると、意外と心を動かされちゃうんじゃないだろうか?」


「それはありますね。この商談を取れば、今期は達成だと思うと、必要以上に値引きしたり、過剰なサービスを提案してしまったり・・・」


「営業マンの性だよな。この前も善久がある開業医さんで、あきらかにオーバースペックの機種を提案していたので、しっかり先生と話をして下位機種を提案しろって指示したんだけどさ」


「ありがちな話ですね」


「善久のやつ、『そうすると今月の自分のノルマが達成しないし、2課全体でもまた1課に負けちゃいますよ』、なんて言うんだよ」


「そこでビシッと、『それは違うぞ』って叱ったんですよね」


「心の中ではな・・・」


「心の中?」


「毎回1課に達成率で負け続けているからさ。それを言われると心が動いちゃったんだよ」


「え、それじゃ承認したんですか?」


「いや、いや。さすがに承認はしていないけど、一緒に同行して先生と正直に話をすることになった。明日、行ってくるよ」


「佐藤部長なら即座にNOでしょうね」


「多分な。でもな、平社長なら即GOだぜ」


「ああ、確かに」


「あくまでも選択権はお客さまにあるからな。正直に2機種の仕様と価格を伝えて、俺としてはあくまでも下位機種を推奨した上で、院長先生に判断してもらうよ」


「やっぱり私たちみたいな凡人は、目先の利益をどう我慢するかが大事になってきますね」


「『慎独』ってやつだな」


「しんどく?」


「ひとりを慎む、つまり誰も見てないときに自制心を持てるかってことだよ」


「なるほど。神坂さんから言葉を教えてもらう日が来るとは、不思議な気がしますね」


「最近は本を読んで俄か知識を詰め込んでるから、どこかでアウトプットしないとな。その相手としては、何にも知らないお前がちょうどいいんだよ」


「私は実験台ですか? その役割、辞退させていただきます!」


ひとりごと 

『論語』の中で、弟子の子夏が孔子に政治の要道を尋ねた際、孔子は、

「すみやかに成果を挙げようと思うな。目先の利益にとらわれるな」

と言った後、

「急ぎすぎると事は成就しないし、目先の利益に動かされると大きな仕事はできない」

と教えています。(『論語』子路第十三)

我々リーダーは、正しいことを着実に進めていく人材育成に努めなければいけません。


原文】
爵祿を辞するは易く、小利に動かされざるは難し。〔『言志録』第66条〕


【訳】
地位や名誉を得ることを断ることは容易かも知れないが、小さな儲け話に心を動かされないでいることは難しいことだ。


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第1198日 「才」 と 「位」 についての一考察

今日の神坂課長は、「小料理屋ちさと」で佐藤部長、大竹課長と3人でお酒を飲んでいるようです。


「自分の意見に対して、メンバーから批判されると、それが正しかったとしても、素直に聞き入れるのは難しいですよね」
神坂課長がビールを片手につぶやいています。


「それはそうだろうけど、正しいと思ったなら素直に受け入れないとね。それができるかどうかでリーダーの器が見えちゃうよね」


「タケさんのいうとおりだね。ただ、メンバーからの意見が正しいことだと判断できているだけでも、素晴らしいことだと思うよ」


「なるほど。確かにまずは相手の意見を正しく弁別できないことには、自分の行動や言葉を変えることはできないというわけか」


「そのとおり。せっかく素直に相手の是を認めるなら、そのまま行動や言動を改めた方が双方にとって有益だよね」


「そうか、メンバーの意見の方が正しいと思えているだけでも、成長なのかもしれないな?」


「神坂君、着実に成長してますなぁ。素晴らしい!」


「タケさんの言い方には、なんか素直に喜べないトゲを感じるんだよな」


「それは、ひねくれた見方だよ。相手の言葉を素直に受け取りましょう!」


「中国大陸での王朝の変遷を見ると、大概は暴君が出て、優秀な部下や親類の意見を無視するようになり、贅の限りを尽くした結果として、一身だけでなく、王朝そのものを失っているんだ」


「たしか殷の紂王は、酒池肉林と呼ばれる贅沢三昧の暮らしをしていたんですよね?」と大竹課長。


「しゅちにくりん?」


「酒で池をつくり、林の木から肉の塊を柱のようにぶら下げている状態。それくらい贅沢だったというたとえだよ」


「へぇ、タケさんも勉強していますね」


「それこそ中国の歴史上、人の上に立つ人間が反面教師として学ぶべきは、夏(か)の桀王と殷の紂王だと、昔から相場が決まっていたからね」


「そうなんですね。いくら近くに優秀なメンバーを配置したとしても、トップが彼らの意見を聴き入れなければ、まったく無意味だということですね」


「桀紂の二王は、聴き入れないどころか、場合によっては堅臣を殺してしまうこともあったからね」


「それでは、誰も意見を言わなくなりますね」


「そうだね。そうなると結局、周りに残るのはイエスマンばかりということになる。実際には紂王は有能な君主だったらしいんだけど、権力を握ると次第に暴君になってしまったようだね」


「神坂君も暴君のイメージがあるから、気をつけた方がいいかもよ~」


「わ、わかってますよ。そういえば、この前『報徳記』という本を読んだんですけど、二宮尊徳が大切にしていた教えのひとつに『分度』というのがありました」


「入るを量りて出ずるを制す。つまり自分の収入に応じた暮らしをするということだね」


「はい。さすがは部長です。結局、桀紂という二人の王様は、それができずに国を潰してしまったんですね」


「贅沢を求めだしたらキリがないからね。どうしてもいろいろなところに無理が出てくる。当然、堅臣や親類はそれをやめさせようとするけれど、一旦歯止めが利かなくなったトップは口封じに出ることになる。リーダーは権力や権限を持っているだけに、そうなると誰も止められなくなってしまうんだ」


「私の場合は贅沢は求めていませんが、メンバーの意見を素直に聞き入れられる度量を身につけます」


「それにしても、神坂君。『報徳記』を読んでいるなんて、どうしちゃったの?」


「実は、お客さまから、『自分が若い頃に読んで参考になった本だから読んでみろといってもらったんです」


「へぇ、実は俺も今、『ニノ』には興味があるのよ」


「タケさん! 『ニノ』って二宮尊徳のことですか? 嵐じゃないんですから。そういうこと言ってると天罰が下りますよ!」


「はい、皆さん。今日はちょうどさっき神坂君が話をしていた二宮尊徳さんの故郷、小田原からすごくおいしい金目鯛が入ったの。お刺身でどうぞ」


「おお、きれいだねぇ。では、さっそくいただきます。ひぇー、やわらかい! これはおいしいね」
大竹課長は大喜びです。


「今度、3人で小田原に『ニノ』を学びに行こうか? 酒も魚も旨い土地だから、もちろん宿泊つきでね」


「タケさん、いいねぇ」
佐藤部長も賛同しています。


「じゃあ、早いうちに企画しますか。現地に行って『ニノ』とか言ってたら、きっとタケさんに天罰が下るだろうから、それも楽しみだ!」


ひとりごと 

昨日も、才と徳を取り上げました。

才のある人は、徳を身につけていないとかえって危険だということでしょうか。

才がなければ人の上には立てないでしょう。

才があるからこそ人の上に立つのでしょうが、人の上に立った時に徳が備わっていなければ、その人は、物語で取り上げた夏の桀王や殷の紂王のように暴君と化してしまうのかも知れません。

傲慢なリーダーとなって、結局は我が身や組織を潰すことになる前に、しっかりと自己修養を積まなければいけません。(経験者は語る)


原文】
古今姦悪(かんあく)を為す小人は、皆才、人に過ぐ。商辛(しん)の若(ごと)きは、最も是れ非常の才子なり。微・箕・比干の諸賢にして且つ親有りと雖も、其の心を格(いた)す能わず。又其の位を易(か)うる能わず。終(つい)に以て其の身を斃して、而かも其の世を殄(た)つ。  是れ才の畏る可きなり。〔『言志録』第65条〕


【訳】
古今を通じて、悪行を為す小人物は、皆才能はすぐれていた。殷の紂王は最もすぐれた才能を悪に活かした代表といえる。微子や箕子や比干などの堅臣や親族でさえ、彼を改心させることはできず、結果として討ち亡ぼされ、さらにはその家も途絶えてしまった。才能の用い方の恐るべき事例である。



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第1197日 「才」 と 「徳」 についての一考察

今日は、営業1課の新美課長が、若い頃からずっと担当をしているK南病院消化器内科部長の長木先生を訪ねているようです。


「おお、いよいよ新人君が配属されたんだね」


「はい、湯浅悟です。よろしくお願いします」


「湯浅君か、君の笑顔は素敵だねぇ」


「ありがとうございます」


「長木先生、湯浅君は当分の間、別の担当者に同行させて勉強してもらいます。そして、先日お約束したように来年の4月からはこちらを担当させてもらいます」


「それまでにしっかり引き継ぎを済ませてくるんだぞ」


「はい」


「じゃあ、湯浅君。さっき説明した納品を済ませてきてくれるか?」


「はい、行ってきます」


「笑顔の綺麗な若者だね」


「はい、ウチの人事担当者はそれだけで採用したと言っていました」


「その価値はあるかもね」


「ただ、一対一で面接をすると、途端に何も話せなくなるんです」


「コミュニケーションが苦手だということかい?」


「ええ、自分から話をするのは得意ではないでしょうね。営業という仕事は、商品の価値を正しく伝えることが重要ですから、その点は心配をしています」


「新美君、才能というものは諸刃の剣だよ。上手に活用すれば大きな武器になるが、間違って活用すれば自分の身を殺すことすらあるものだ」


「たしかにそうかも知れませんね。ところで、『上手に』とか『間違って』というのは、具体的にどういう場合を意味するのでしょうか?」


「私欲のためか、公欲のためかの違いじゃないか」


「私欲と公欲ですか?」


「そう。自分が得をするからという視点で才能を使えば、結果は残念なものになる可能性が高い。しかし、お客さまのためとか患者様のためといった公欲に従って才能を活用すれば、素晴らしい武器になって、我が身を守ってくれるんじゃないだろうか」


「なるほど、そういうことですか」


「神坂なんて、話すという才能は高いんだろうけど、若い頃は自分の売上ばかりを考えていたから、よく失敗していたよ。一度、当時の部長先生から出入り禁止を言い渡されたこともあったな」


「実は、昨日も会議で社長に叱られていました」


「相変わらずだな。ただ、普段のあいつは、現場の我々のために一所懸命に仕事をしてくれていたからね。子供の入学式だというのに、トラブルがあったと聞いてすぐに飛んできたこともある。さすがにその時は、みんなですぐに帰させたよ」


「ははは。神坂さんらしいなぁ。でも、それはなかなか出来ないことですよね」


「そういう一面のあることを理解していたから、私も周りの看護師さんもみんなで部長にお願いをして、出入り禁止を解いてもらったんだけどね」


「神坂さんは愛されていたんですね」


「人は才能だけでは生きられない。才と徳のバランスが大事なんだよ。神坂はああ見えて、意外と徳も高いものを持っているんじゃないかな」


「才と徳・・・」


「湯浅君のあの笑顔はひと目で人を惹きつける何かがあるよね。そんなに心配しなくてもいいんじゃないか?」


「そうですね。彼にも『お客さま第一の考え方をしっかりと飢え付けていけば、立派な営業マンになってくれそうな気がしてきました」


「一年後が楽しみだな」


「はい、楽しみにしていてください」


ひとりごと 

才と徳については、以前にも紹介した伊與田覺先生の言葉が参考になります。

才も徳も高いが、徳が才に勝っている人 ー 大人、賢者

才も徳も高いが、才が徳に勝っている人 ー 人材

才も徳も低いが、徳が才に勝っている人 ー 愚者

才も徳も低いが、勝っている人は、命名すらされていません

才と徳を磨き続けなければいけない理由がここにあります。


原文】
才は猶お剣のごとし。善く之を用うれば、則ち以て身を衛(まも)るに足る。善く之を用いざれば、則ち以て身を殺すに足る。〔『言志録』第64条〕


【訳】
才能とはもろ刃の剣でもある。うまく活用すれば身を守るものともなり、活用を誤れば自分の身を危険に晒すことにもなる。


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第1196日 「為すべきこと」 と 「為さざるべきこと」 についての一考察

全社営業会議が終了して、営業部の課長以上のメンバーが談笑しています。


「神坂さん、社長にめちゃくちゃ怒られてましたね」
大累課長です。


「いやぁ、あんなにキレなくてもいいよなぁ」
平社長から厳しく叱責されて、さすがの神坂課長も少し凹み気味です。


「ははは。社長からすれば、神坂君の言葉が経営方針への批判に聞こえたんだろうな」


「佐藤部長、そういうことなんですかねぇ。それにしても強烈だったなぁ。あんまりしつこいから逆切れしそうになったよ」


「よくぞ思い留まってくれました。それやられると更に会議が長引きますから」


「なんだよ。そっちかよ。思い留まった忍耐力を評価してくれるのかと思った」


「神坂さん、普通は社長に対して逆切れする人は居ませんから」


「あ、なるほど」


「それにしても、何を意見するかというのは難しいですね。私は、神坂さんの言ったことは決して間違ってはいないように思うんですが」


「新美、ありがとう。そこは俺も譲れないところだよ。ただ、言い方とかタイミングはもう少し考えないといけなかったんだろうな」


「経営者は孤独だと言うよね。我々には知り得ないようなプレッシャーが社長の双肩にはのしかかっているんだろうね」


「部長の言うとおりなんでしょうね。それに、今まで強固なタッグを組んできた川井さんとの関係も未だギクシャクしてますからね」と神坂課長。


「余計に孤立感を感じているのか・・・」と大累課長。


「川井さんの発言も神坂さんの言葉を後押しするようなところがあったので、それも癪に障ったのかも知れませんね」と新美課長。


「まあ、相手が神坂さんなら相当厳しくやっても、後腐れがないというのもあったんでしょう」


大累、絶対それはあるよな。だけどさ、俺だって凹むときは凹むんだよ」


「ははは。一斎先生はこう言ってるよ。『自分の分に応じてやるべきことはやり、やってはいけないことはやらない。それが我が身を平穏に保つコツだ』ってね」


「おお、さすがは一斎先生だな。結局、私は言うべきでないことを言って、我が身を自ら窮地に追い込んでしまったのかも知れません」


「分というのは、分際ということですよね?」


「新美君、そうだね。立場や地位と置き換えてもいいだろうね」


「立場に応じて、何を行ない、何を言うかを正しく弁えることは、簡単なことじゃないですよね」


「新美の言うとおりだな。だけどね、神坂さんの場合は、やるべきことはやらずに、やらなくていいことをやりますからね」


「やかましいわ。俺はやるべきこともやらなくていいこともやる男だ!」


「それ自慢になってませんよ」


「やるべきことを逃げる奴よりはマシだろう。お前こそ、やるべきことは逃げて、やらなくていいことには首を突っ込むタイプじゃないか」


「失敬ですね。私はやるべきこともやらなくていいこともやらない男です」


「大累さん、それはダメじゃないですか?」


「あ、そうだな。前言撤回します!」


「ははは。自分の分に応じた意見を言うというのは、たしかに難しいことだよね。でも、どれだけ正しいことを言ったところで、それが伝わらなければ意味がない。会議の場というのは、正論を言えば済むという場ではなく、新たな行動を促す発言が求められる場だからね」


「なるほどな。私はいつの間にか正論を言う自分に酔っていたのかも知れませんね」


「そうだね、社長は特に『きれいごと』を嫌う人だからね」


このとき、佐藤部長がどこか淋しそうな表情をしたことを神坂課長は見逃しませんでした。


ひとりごと

自分の分を見極めるというのは最も難しいことのひとつです。

誰しも自分に対しては過大な評価をしてしまいがちです。

小生など、自分を過大に評価して失敗を繰り返してきました。

しかし、そうした経験から学んだことは、自分の分際を知るということは、決して淋しいことではないということです。

冷静に自分の立ち位置を把握することで、自分には今何が求められているのかが見えてきます。

正しく前向きに自分の分を知りましょう。


原文】
凡そ事吾が分の已むを得ざる者に於いては、当に之を為して避けざるべし。已むを得べくして已めずば、是れ則ち我れより事を生ぜん。〔『言志録』第63条〕


【訳】
自分の分に応じて為すべきは為し、為さざるべきは為さずという姿勢こそが、我が身を平穏に保つ秘訣である。


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