一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年05月

第1205日 「楽」 と 「礼」 についての一考察

今日は、総務部の西村部長、営業部の佐藤部長、神坂課長の3人で寺社めぐりをしているようです。


ハンドルを握るのはもちろん神坂課長です。


「なんだい神坂君、この変な音楽は?」


「西村さん、これはソニックスというバンドのアルバムです」


「全然知らないな」


「そうだと思います。そんなに売れた訳でもないですしね。ただ、ガレージロックというジャンルが好きな連中にとっては神みたいな存在なんです」


「ガレージロック?」


「まあ、簡単に言えば、ビートルズに影響を受けて世界中に雨後の筍のように誕生した無名バンドの音楽です」


「じゃあ、日本でいえばグループサウンズみたいなものか?」


「ああ、そうですね。タイガースとかスパイダースとかあの辺と同じです」


「それにしても、ちょっとやかましいな。松山千春とか中島みゆきはないの?」


「あ、千春ならありますから、曲を替えましょう。ところで、佐藤部長は普段音楽を聞かれるんですか?」


「私はジャズが好きでね。自宅にいるときはずっとジャズのレコードをかけているよ」


「CDじゃなくて、レコードですか?」


「そう。私の若かりし頃は、まだCDの出始めで、ジャズなんかはLPしかなかったからね。もちろん、大好きなアルバムはCDで買い直しもしているけどね」


「私も NO MUSIC NO LIFE ですから、音楽がないと生きていけないですね」


「今は音楽というと趣味の世界になっているけど、それこそ孔子の時代は、音楽は政治を進める上で欠かせないものだったんだよね、さとちゃん」


「そうですね。かつては祭政一致で、祭りが政治上非常に重要な役割をもっていました。祭りでは音楽は必要不可欠ですから、場面場面で演奏する音楽もしっかり決まっていたようです」


「そうだね。当時の音楽というのは今のように大衆のものではなかったんだよね」


「ええ。孔子は礼の大家ですが、音楽にも精通していたようです。そして、音楽が低俗化していくことをとても嘆いていたようです」


「その低俗な音楽の末裔が、神坂君が聞いているような音楽だな」


「西村さん、結局そこに落としますか?」


「特に音楽というのは、溌剌とした気持ちを外に発散させる働きがありますよね。それに対して礼は厳かな所作によって内面まで厳粛にさせる。だから、一斎先生は、『喜びあふれる陽気を厳かな心で包み込むような人が理想の人物だ』と言っています」


「なるほどね。度を越えた喜びの表現は、たしかに周囲を不快にすることがあるよね」


「それに、哀しみの表現も度を越えると周囲をシラケさせますよね」


「そういえば、例の悪質なタックルをしたN大の学生は、涙を流すことなく淡々と自分の非を認めて反省し謝罪していた。あの会見によって、我々の彼に対するイメージは180度変わったよね」


「たしかにそうですね」


「神坂君、わかっただろう。やかましい音楽ばかりじゃなくて、たまにはクラシックでも聞いて心を整えたらどうだ?」


「はい、そのうちに。さて、そろそろ広隆寺に到着しますよ」


「広隆寺の宝冠弥勒は日本一美しい仏像だと思うんだ。久し振りのご対面だよ、緊張するな。その前に、もう一杯飲んでおこう」


「西村さん、それ4杯目ですよね? 酔っ払って仏像の前で泣き崩れたりしないでくださいよ」


「そんなことするわけないだろう。俺は酒で心を整えているんだから!」


ひとりごと 

音楽の重要性については、もう一度考えてみる必要があるのかも知れません。

この時代に社歌を斉唱する会社がどれくらいあるのでしょうか?

むしろ社歌をもたない企業も多いのかも知れません。

時代遅れ、時代にそぐわないと失笑されそうですが、組織の団結のために音楽を活用すべきではないでしょうか?

小生が主催する読書会の歌も誰かに作ってもらおうかな?


原文】
人をして懽欣鼓舞(かんきんこぶ)して外に暢発(ちょうはつ)せしむる者は楽なり。人をして静粛収斂(せいしゅくしゅうれん)して内に固守せしむる者は礼なり。人をして懽欣鼓舞の意を静粛収斂の中に寓せしむる者は、礼楽合一の妙なり。〔『言志録』第72条〕


【訳】
人の外面を溌剌とさせるものが音楽であり、人の内面を荘厳にするものが礼である。溌剌とした気持ちを荘厳さで包み込める人というのは、まさに礼と楽とが見事に調和された理想の人物である。


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第1204日 「謙虚に叱られること」 と 「謙虚に叱ること」 についての一考察

「おい、雑賀。ちょっとお茶しないか?」


「はい、神坂課長。課長の奢りならいいですよ」


「声を掛けたのは俺だ、当然だろう」


「さすがです!」


神坂課長は、特販課の雑賀君を誘って喫茶コーナーに来たようです。


「突然、どうしたんですか?」


「最近、大累との関係はどうなのかなと思ってさ」


「はい。大累課長は毎朝私に日報のことでアドバイスをしてくれますし、帰社したときも必ず声を掛けてもらえます」


「うれしいか?」


「はい。仲間に入れたなと感じます」


「ばかやろう。最初からお前は俺達の仲間じゃないか」


「でも、以前の大累さんは、私のことが嫌いなんじゃないかなと思うくらい冷たかったので。あ、もちろん私の態度に問題があったことには気づいていますけど」


「お前たちはお互いに意固地だからな。って、俺も人のことは言えないけどさ」


「素直にならないといけないなとは思っています」


「大累の指導を素直に受け留めていないのか?」


「まだ、すべてに従っているかというと・・・」


「そりゃ、上司だって間違えることはあるから、100%従う必要はないんだぞ。ただ、大累が言っていることが正しいなと思ったら素直に従うべきだと思うよ」


「はい」


「大類は口は悪いが、営業マンとしては優秀な奴だ。それに、俺よりもよっぽど勉強しているしな。あいつの言っていることはそれほど間違ってはいないと思うぞ」


「はい、結構痛いところを突かれます」


「ははは。とにかく上司の言葉は一旦丸受けするべきだと思う。いや、俺も最近になってそれが身に沁みるんだ。佐藤部長は俺のことを思って指導をしてくれるし、大類だって同じだよ。雑賀のことをいつも気にかけているからな」


「私も最近はそれを感じて有難く感じています」


「だったら、まずお前が謙虚で素直になってみろよ。そうすれば大累だってより一層お前を気に掛けてくれるぞ。人に矢印を向けて、相手が変わらないのがいけないと騒いだところで、状況は何も変わらないだろう。自分がまず先に動けば、それによって相手の態度も変わるもんだよ」


「はい、心掛けてみます」


それから3日後の喫茶コーナーです。


「神坂さん、雑賀に何か話しました?」


「え、なんで? 特に何も話してないよ」


「そうですか。なんか、あいつ急に素直に私の言うことを聞くようになったんですよ。なんか気持ち悪くて。てっきりカミサマの入れ知恵かと思ったんですけどね」


「お前さ、せっかくメンバーが態度を改めようとしているのに、『気持ち悪い』はないだろう」


「それはそうですね」


「あいつが謙虚な姿勢できたなら、なおのことお前自身も謙虚に、あいつのことを思って指導しなければいけないんじゃないか?」


「誠を失くさずに、ですね」


「あ、そういえば!」


「な、なんですか?」


「お前、さっき俺のこと『カミサマ』って言いやがったよな?」


「えっ、今このタイミングでそこに突っ込みますか?」


「ゴン」


「痛てぇ! げんこつの時間差攻撃かよ。こんなの防御のしようがないですよ!」


「お前の暴言のクイック攻撃には、げんこつ時間差しか太刀打ちできないからな!」


ひとりごと 

今になって思うことですが、小生は上司の叱責を素直に受け入れる度量を持っていませんでした。

そんな自分が上司となってメンバーを叱る際に、自分の思いは通じるはずだと自分勝手に考えて、厳しく叱責していたことを恥ずかしく思い出します。

まずは、自分が部下であるうちに謙虚に上司の指導を受け入れる度量を身につけてこそ、将来上司となったときに、自らも謙虚な姿勢でメンバーに対して接する指導ができるのでしょう。


原文】
諌(いさめ)を聞く者は、固より須らく虚懐なるべし。諌を進むる者も、亦須らく虚懐なるべし。〔『言志録』第71条〕


【訳】
人の忠告を聞くときは、心を空っぽにし、丸受けするべきである。また人に忠告をする場合も見返りを求めない純粋な心で忠告すべきである。



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第1203日 「誠意」 と 「諫言」 についての一考察

今日は、営業部の神坂課長、大累課長、新美課長の3人が喫茶コーナーで談笑しているようです。


「大累どうだ、最近は雑賀とはうまくやっているのか?」


「まあ、以前に比べればだいぶマシにはなりましたが、ああいう奴ですからねぇ・・・」


「雑賀君が私の下にいたら、どういう風にマネジメントしていくのかと思うとゾッとします」


「なんだよ、新美。自分じゃなくて良かったみたいな言い方するなよ。でも、俺は清水が下にいる方が面倒だな」


「お前ら、ここは社内だからね。そういうネガティブトークは禁止だぞ!」


「よく言いますよ。話を振ってきたのは神坂さんじゃないですか!」


「あれ、そうだっけ?」


「勘弁してくださいよ。ただ、雑賀について言えば、以前は10指導したら10反論してきましたが、いまでは2つか3つは従うようになりましたけどね」


「おお、大きな進歩じゃないか。たまには二人で飲みに行ったりしているのか?」


「ええ、あれからは月に1回くらいは行くようにしています」


「そうなんですか。私も清水さんとそういう機会を創った方がいいかなぁ」


「まあ、酒は必須条件じゃないけどな。特に清水は飲めないだろう」


「ああ、そうでした。でも、各メンバーとは二人で話せる機会をいろいろと模索してみます」


「それはそうした方がいいと思うよ。神坂さんはこう見えても、社内の誰よりも社員さん一人ひとりとコミュニケーションをとっているからね」


「『こう見えても』って、お前にはどう見えてるんだよ」


「尊敬の念を込めて言っているんですよ」


「伝わらないんだよな、お前の言い方は。コミュニケーションというのは、相手がどう受け取るかがすべてであって、こちらがどういうつもりであったかなんて意味をなさないんだぞ」


「勉強になりまーす」


「ちっ。でもな、特に部下と接する場合はそうだと思うんだけど、言葉をいくら綺麗に飾っても、そこに心が籠もっていなければ伝わらないからな。それは意識しておくべきだと思うよ」


「たしかにそうですね。特に部下を叱らなければならないような場面では、そこに怒りとか嫌悪感といった個人的な感情が入ると絶対伝わらないですよね」


「経験者は語る、だな。雑賀への思いの変化があったからこそ、10のうち2つは伝わるようになったんだろうからな」


「なるほど。大累さん、雑賀君へのアプローチ方法をかなり変えたんですか?」


「朝一番と営業から戻ったときは、必ず声を掛けているよ。特に朝は前日の日報のフィードフォワードを必ずやっているよ」


「フィードフォワードですか?」


「日報の記載内容に関して、事前に「次はこうした方が良い」といったアドバイスをすることだよ」


「それは大事だな。フィードバックだと、どうしても後手後手になるもんな。俺も明日から実践してみよう」


「私も真似させていただきます」


「どうぞどうぞ。良いことはどんどん取り入れた方がいいですよ」


「偉そうだねぇ。まあ、そのとおりだけど。結局はさ、メンバーに対して自分の指示を徹底させたいなら、『誠』を失くさないことだよな」


「誠というのは、自分との約束を守ることでしたね」


「うん。誠意を込めるというのは、まず自分自身が自分を律して、誰も知らない、誰も見ていない自分との約束を守るということなんだろうな」


「メンバーはしっかりそういう部分を観察しているんでしょうね」


「そりゃそうだよ。大累だって、俺のことをかなり観察しているじゃないか」


「愛を感じるでしょ?」


「揚げ足取りのチャンスを伺っているようにしか見えないけど、あれは愛だったの?」


「愛 don't know」


「それ、愛と I を掛けたの? お前に必要なのは笑いのセンスだな」


ひとりごと 

メンバー(部下)を叱る場合、それまでにいかに信頼貯蓄をしておくかが大事だという話を以前に書きました。

お互いの信頼関係を築いた後でなければ、叱責は伝わりません。

もしそこに個人的な感情が混入していれば、伝わらないどころか、メンバーは『自分は嫌われている』とか『あの言い方は許せない』といった反感を生んでしまうことすらあります。

神坂課長が言っているように、誠意をもって指導するとは、まずリーダー自身が自分の約束事をしっかり守り続けていくことがスタートなのかも知れません。


原文】
凡そ人を諌めんと欲するは、唯だ一団の誠意、言に溢るる有るのみ。苟くも一忿疾の心を挟まば、諌めは決して入らず。〔『言志録』第70条〕


【訳】
他人に忠告をしようと思うなら、ただ純粋に相手を思う気持ちを言葉に込めて伝えることである。もし怒りや憎しみの心があるならば、その言葉は決して相手には響かないであろう。


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第1202日 「治」 と 「欺」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒にN大学医学部消化器内科の中村教授を定期訪問しているようです。


「神坂君、最近顔が変わってきたね」


「そうですか?」


「すごく理知的な顔になってきたよ」


「そ、それはちょっと恥ずかしいです。少なくとも私に知性はないと思います」


「ははは。自分を卑下しすぎるのはよくないよ。なあ、佐藤さん」


「はい。最近、神坂君は読書をしたり、マネジメントで後輩の相談に乗ったりしていますので、自然とそれが表情に出てきたのかも知れませんね」


「そのとおり。人は一生をかけて自分の面、つまり顔を作っていく、とも言われるからね」


「やはり、本を読むと本を読んでいる人の顔になりますよね」


「あ、ありがとうございます。しかし、お二人から誉められると、慣れていないせいか居心地が悪いです」


「ははは。そういう面白いコメント力は失って欲しくないけどね。ところで、マネジメントは知れば知るほど難しいだろう?」


「はい。ただ、今は面白い方が勝っています」


「神坂君は元々ポジティブだもんなぁ」


「ありがとうございます。マネジャーになりたての頃は、自分のやり方がベストだと信じ切っていたので、メンバーを自分の分身にしようとしていたのですが、今は各自の個性を活かすことを考えるようになりました」


「素晴らしいね。実は、優秀な人ほど自分のやり方を部下に押し付けてしまう。できる人ができない人の気持ちを察することは難しいんだ。できる人の多くは、自分がなぜできるのかを理解していないことが多い。だから、それを言葉で伝えようとしてもうまく伝えることができないんだよね」


「そうなんですね。私は失敗ばかりしてきた営業マンですから、自分を優秀だとは思っていませんが、自分とタイプの違うメンバーの考え方を理解するのは難しいと感じます」


「結局はね、人をマネジメントしようと思ったら、まず自分自身をしっかりとマネジメントしないといけないんだよ。メンバーは上司のことを見ていないようで、実はしっかりと見ているからね」


「そうかも知れません。ウチの2年目の石崎なんて、よく私のことを観察していますからね」


「いま中村先生がおっしゃったことと同じ事を佐藤一斎先生も言っていますね。それに加えて『自分に嘘をつくことと他人に嘘をつくことは同じことだ』とも言っています」


「なるほどね。結局、自分との約束を守れない人でないと、他人との約束は守れない、ということだろうね」


「ああ、すごく腹落ちします。ちょうど今、N大のアメフト部の問題が連日ニュースになっていますが、あの監督は自分自身をマネジメントできていないから、学生を守ってあげられないんでしょうね」


「あの人には、同じ大学の指導者として非常に憤りを感じるね。特にN大の学生さん達が可愛そうで仕方がないよ」


「あの記者会見での司会者の態度も酷かったですね」


「あの人こそ、現役学生やそのご両親の気持ちがまったくわかっていないね。N大学の危機管理の仕組みは崩壊しているか、初めから機能していなかったかのいずれかだろうなぁ」


「先日、会社の上司から『誠』という言葉の定義は、自分との約束を守ることだ、と教えてもらったんです。N大の上層部の人たちには、『誠がまったく欠如しているんじゃないでしょうか」


「そうだね。人の上に立つ人は、なによりも『誠』を大切にしなければいけないんだろうね。神坂君、君に『誠はあるかい?」


「いえ、まだまだ利己的なところが多分にありますから、人が見ていないところではついつい自分に甘くなってしまいます」


「私も同じだよ」


「中村教授もですか?」


「そう。だから私の面作りはまだまだ途上だし、完成までには時間が掛かるだろうな。お互い、死ぬまでには立派な面が完成するように精進しょうじゃないか!」


ひとりごと 

自らを治めることができない人は、人をマネジメントできない。

自分との約束が守れない人は、他人との約束も簡単に反故にする。

だからこそ、人の上に立つ人は、常に自分を律する修養を積まなければいけないのでしょう。

自分に甘く、他人に厳しい小生にとって、とても厳しい指摘です。

しかし、それができない限り、他人から見たときに、「あの人の表情は穏やかでいいね」と言われるような、面貌を作り上げることはできないのでしょう。


原文】
己を治むると人を治むると、只だ是れ一套事のみ。自ら欺くと人を欺くと、亦只だ是れ一套事のみ。〔『言志録』第69条〕


【訳】
自分の身を治めることは他人を治めることに通じ、自分の心に背くことは他人を欺くことと同じ事である。


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第1201日 「感情」 と 「欲望」 についての一考察

今日の神坂課長は、「小料理屋ちさと」で佐藤部長と差しで飲んでいるようです。


「部長と二人でお酒を呑むのも久し振りですね」


「そうだね。最近、神坂君の付き合いが悪いからかな?」


「それを言わないでください。最近、いろいろと出費がかさむので、たしかに自制気味なんですよ」


「ごめん、ごめん。冗談だよ。最近は、神坂君に相談する社員さんが増えてきたから、夜も忙しくなったんじゃないかな。以前なら私のところに来ていたような相談が、今では神坂君のところに行くようになったよね」


「不思議なものですよね。今までだって、リーダーとして必死にメンバーを引っ張ってきたつもりだったのに、部長の教えに学んだり読書をするようになったら、途端にそういう相談が増えてくるなんて」


「やはり学ぶということは大切なことなんだね」


「はい。それにしても、心を磨くというのは大変なことですね。私は短気ですから、すぐにイラっとしてしまいます。感情を表に出さないようにすることは、私にとってはかなりのストレスなんですよ。本当は毎晩飲み歩きたいくらいです」


「ははは。無理をして感情を抑える必要はないんじゃないかな」


「そうですか? でも、佐藤部長が声を荒げている姿は見たことがないですよ」


「私は元々叱るのが苦手なタイプだからね。むしろビシッと厳しく叱れる神坂君を羨ましく思うこともあるよ」


「お互いに無い物ねだりということですかね?」


「そうかもね。ところで神坂君、孔子という人はどんな人だと思う?」


「孔子ですか? 私は『論語』はあまり読んだことがないので、詳しくは分かりませんが、きっといつも冷静で何事にも動じないような人じゃないかと想像します」


「ところがね、孔子という人はすごく感情を露にするんだよ。後継者の顔回という弟子が死んだときなんて、周囲が驚くほど号泣しているんだよ」


「それは意外ですね」


「『論語』を読んでいるとね。そういう孔子の人間味にどんどん惹かれていくんだ。やはり、無感情で完璧な人間より、感情豊かで不完全な人のほうに人間味を感じてしまうものだよね」


「そうですね。それを聞いただけで『論語』を読んでみたくなりました」


「サイさん(西郷元課長)が『論語』の読書会をやっているから出てみたら?」


「ええ、一度お邪魔してみようかと思っていました」


「それから、欲望も同じでね。我々凡人が無欲を目指しても、それは不可能だと思うんだ」


「そうかもしれませんが、やはり無欲を目指すべきだと思っていました」


「人間である限り欲は生れてしまう。特に利己的な私欲は放っておけば必ず芽生えてくる。その私欲を無くそうとするのではなく、大きくならないように抑えればいいんじゃないかな」


「がん細胞の増殖を抑えるようなイメージですかね(笑)」


「ははは。さすがは神坂君だ、喩えが絶妙だね。さて、では感情や欲望をどうやって抑えていくかということだけど、一斎先生はそこに『礼を用いればよいと言っている」


『礼ですか?」


「礼というのは、社会的な規範といった意味なんだけど、平たく言えば、どこまでやったらやり過ぎかを理解することと言っても良いんじゃないかな」


「限界点を知るということですか?」


「そうだね。怒りがこみ上げると、ついつい相手を傷つける言葉を発してしまったり、言わなくても良いことを言ってしまったりするでしょう」


「まさにそれが私の欠点であり、いまの課題です!」


「ははは。それは神坂君が限界点つまり『礼を理解していないからかも知れないよ。さて、その欠点をなくすために一番簡単な方法は何だと思う?」


「さあ、何でしょうか・・・」


「何も言わないことだよ」


「え、でもそれではマネジメントはできませんよね?」


「そう。やはり言葉を使った指導は必要だよね。人間というのは面白い生き物で、限界点ギリギリの言葉でないと心を動かされないんだよ。それなのに限界点を越えると傷ついたり怨んだりするから困りものだ」


「なるほど」


「しかも、限界点というのは人それぞれで違うから、日頃から親しく接することで、その限界点を見極めておく必要がある」


「やはり、人の心を動かすということは、むずかしいですね」


「そうだね。つまり、どこまでやるべきか、どこからがやり過ぎかを定めた暗黙のルールが『礼』なんだろうと私は理解しているんだ」


「だから、礼を知れば、感情や欲望を適切に制御できるということなんですね」


「あくまで私の私見だけどね」


「いやー、勉強になりました。これ以上、お酒を飲むと忘れちゃいそうだ。ママ、ウーロン茶!」


「神坂君、すごいじゃない。お酒の制御はしっかりできるようになったのね、良い子だ」


「ちさとママ、いつもそうやって俺を子供扱いするのやめてもらえないかなぁ」


ひとりごと 

感情と欲望のコントロール、これは人間一生の課題ではないでしょうか。

しかし、ここで一斎先生が言うように、感情や欲望を無理にゼロにしようと思わないことが重要だと感じます。

人間は不完全なものと自己容認した上で、少しずつ鍛錬を積み、理想の姿に近づけば良いのではないでしょうか。

それも三歩進んで二歩下ったり、時には三歩進んで四歩下ることも許してあげながら・・・。


原文】
情に循(したが)って情を制し、欲を達して欲を遏(とど)む。是れ礼の妙用なり。〔『言志録』第68条〕


【訳】
感情や欲望は、ある程度満たされたところで抑えなければならない。これが礼の上手な用い方である。


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