一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年05月

第1195日 「長所」 と 「学び」 についての一考察

営業1課に配属された湯浅君の教育担当は廣田さんです。


湯浅君が退社した後、廣田さんは新美課長のところにやってきたようです。


「新美課長、少しよろしいですか?」


「どうしたの?」


「実は湯浅君のことで相談したいことがありまして・・・」


「さっそく何か問題でもあるのかい?」


二人は応接室に入っていきました。


「昨日、湯浅君をどう育てていこうかと思って、彼と面談をしたんです」


「とても良いことだね」


「ただですね、何を質問してもまともに答えが返ってこないんですよ」


「ははは。でも、別に無視されているという訳ではないんだろう?」


「も、もちろんです。多分彼なりに一所懸命に答えようとはしているのでしょうが、とにかく言葉が出てこないんです」


「なるほどね」


「話せないというのは営業にとっては致命傷ではないでしょうか?」


「そんなことはないだろう。営業にとって話すことは大事なスキルではあるけれど、それがすべてではないよね」


「はい、聴く力や観察力、人間力など他にも重要なスキルはあります。私もどちらかといえば口数の多い方ではないですが、湯浅君ほど言葉が出ないということはなかったように思うんです」


「湯浅君には営業は無理だということ?」


「いえ、そこまで言うつもりはないのですが、どう育てていくべきか方向がまったく見えなくて・・・」


「実は、その点は私も心配でね。人事の鈴木課長に相談をしたんだ。そうしたら、上手に話せないことは覚悟の上で、彼を採用したというんだよ」


「え、どういうことですか?」


「彼の長所はどこだと思う?」


「湯浅君の長所ですか? そうですねぇ・・・。笑顔かなぁ?」


「そう。鈴木課長は彼の愛らしい笑顔に賭けたと言っていた。あんな笑顔が出る彼の家庭はきっと温かい家庭なんだろうと思う。ご両親のことは聞いてみたかい?」


「いえ、家庭のことを聞くのはどうなのかとも思いまして・・・」


「無理強いは駄目だけど、彼を育てるヒントがありそうな気がするんだよね」


「なるほど」


「人間ってさ、自分の得意なことや好きなことを聞かれると、嬉々として話をするものじゃないかな。将来のことや仕事のことを話すことも大事だけど、まずは彼の心の扉を開ける必要があるように思うなぁ」


「そうかも知れません。私は、仕事のことや彼がやりたいことは何かと一方的に質問をしていて、彼に楽しく話をさせるという意識が欠けていました」


「長所に目を向けて、その人が好きなことや得意なことを話してもらえば、実は話を聴く方もそこから得るものは小さくないと思うんだ」


「おっしゃるとおりです」


「実はね、湯浅君と志路君のどちらを君と清水さんに任せるかでは相当悩んだんだ。志路君は向こうっ気が強いから、清水さんとだと衝突するかなとも思ったけど、湯浅君をつけたら潰されちゃう可能性もあるなと思ったしね」


「ははは、その可能性は否定できませんね。あ、これは清水さんには内緒ですよ」


「ははは、私だってそれは言えないよ。ただ、最終的に湯浅君を廣田君に任せようと決めたのは、そういうネガティブな考え方からではなかったんだ」


「どういうことですか?」


「性格的にも近いものがある湯浅君を育てることで、廣田君自身が何か現状を抜け出すヒントを見つけられるんじゃないか、と考えたのがその理由だよ」


「課長・・・」


「人を育てることは大変だし、何よりも重大な責任がある。でも、そこから学ぶこともとても大きいんだ。湯浅君と一緒に成長してくれないか」


「ありがとうございます。もっと彼に寄り添って、一緒に成長するという意識でやってみます!」


ひとりごと

長所と短所については、森信三先生が素晴らしいお言葉を残されています。

長くなりますが、ここで引用させていただきます。

そもそも人間の長所と短所とを並べますと、これは共に相殺してしまって、つまりお互いに帳消しになって、結局プラスマイナスゼロになるわけです。そしてその場合、もし欠点の方が強ければ、マイナスが残るのはもちろんのこと、仮に長所の方が強い場合でも、結局は相殺となって、残ったプラスは微々たるものにすぎないでしょう。

ですからわれわれが、相手から自分の心の養分を真に吸収しようとする場合には、かような傍観的では、ほとんど何も得られるものではないのです。すべて真に自分の身につけるには、一時は相手の長所に没入して、全力を挙げてこれを吸収するのでなければ、できないことです。

つまり、人の長所と短所は合算するのではなく、主に長所だけを見てそこから学ぶべきだということです。


【原文】
凡そ人と語るには、須らく渠(かれ)をして其の長ずる所を説かしむべし。我れに於いて益有り。〔『言志録』第62条〕


【訳】
人と語り合う場合には、相手に長所を語ってもらうべきである。そうすれば、そこから学ぶこともできるのだ。


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第1194日 「芸」 と 「道」 についての一考察

神坂課長が出社すると、早々に佐藤部長から声がかかりました。


「神坂君、長谷川先生が雑誌に取り上げられているよ」


「本当ですか?」


「ほら」


「『致知』? なんか難しそうな雑誌ですね」


「神坂君、この『致知』は素晴らしい雑誌だよ。君も購読した方がいいよ」


「こんな雑誌、全然知りませんでした。さて、どこに載っているのかな。あ、ありました! あれ対談相手は原辰徳元巨人軍監督じゃないですか! 凄いなぁ、長谷川先生」


「長谷川先生は、それほど野球には詳しくないはずだし、原さんだって、医療には精通していないはずなのに、二人の会話は見事に噛み合って素晴らしい内容になっているよ」


「佐藤部長、この記事はじっくり読みたいので自分で購入します」


「実は、『致知』は書店では販売されていないんだよ」


「え、そうなんですか?」


「定期購読でしか入手できないんだ。まあ、いいよ。貸してあげるからゆっくり読んでごらん」


「ありがとうございます。では、お借りします」


翌朝です。


「佐藤部長、例の記事を読みました。この対談は、原前監督が長谷川先生の本を読んで是非お会いしたいというところから実現したらしいですね。やぁ、感動しました」


「一流の人というのは、自分の専門とする芸を通して共通の高みにたどり着くんだろうね」


「本当ですね。特にお二人が人を育てることについて語っている箇所は、私のマネジメントや人材育成にも参考になることばかりでした」


「しっかり練習しない人に、ただ『練習しろ』と言っても効果はない。なぜ練習をしないのか、どうしたら自主的に練習をするようになるかを考えて、一人ひとりに個別の処方箋を出さなければならない、と書いてあったね」


「内視鏡手技も野球の技術も根本は同じなんですね」


「『何故やらないのか?』と問い詰めるのも逆効果だと書いてあったよね」


「はい。私の場合はそれが口癖になっていますから、大いに反省しました。反省の『省の字は、かえりみるという意味だけでなく、はぶくという意味もあるという話は感動しました」


「私も心を打たれたよ」


「まず、①なぜできないかを省みて要因分析をさせたら、②次はそこから見えてきた無駄や間違ったやり方をはぶく、つまり捨てる。そして、③これから新たに何をやるのかを明確にさせる。これが真の反省だ、という長谷川先生の言葉は心に響きました」


「あくまでも、失敗の要因分析をするのは、次に活かすためであって、その人を責めるためではない、という話も納得させられたよ」


「原前監督も同じステップで選手を育成したとありましたね。一流の人というのは、棲む世界は違っても、すべてのことに共通する真理をつかんでいるので、共に語り合えるものなのでしょうね」


「宇宙の摂理というものだろうね。たしか二宮尊徳翁が言ってたと思うんだけど、仏教や儒教や神道というのは、登山の入り口が違うだけで目指す頂上は同じだ、という言葉があった。宗教だけでなく、技芸の世界も同じなのかも知れないね」


「はい。そういう意味では私たちは幸せですよね。そんな当代一流の人物である長谷川先生のお話をお聞きしたり、時には一緒にお酒を飲んだり、旅をすることができるんですから」


「まったくその通りだね。こんな有り難いことはないよね」


「そういえば、『致知』のほかの記事も読んでみたんですが、参考になる記事ばかりでしたので、さっそく定期購読を申し込みました」


「さすがは、神坂君。感即動だね」


「はい。ただ、最近いろいろと出費が増えてきまして、飲み代が減る一方なのは残念なんですが・・・」


「それこそ身体にも良いことじゃないか!」


「そうかも知れません。とにかく私も一流の営業人となれるように、メンバーと一緒に切磋琢磨して成長していきます!」


ひとりごと

この物語に出てくる『致知』の記事はフィクションですが、『致知』の記事には今回のように、まったく別の世界で成功した人同士の対談がしばしば掲載されています。

そうした記事を読んでいると、たどり着いた共通の真理をベースに、言葉ではなく、心で会話をされているように感じることがあります。

ひとつのことを30年究めれば道にたどり着くと言われます。

それぞれの技芸を磨き続けましょう!


原文】
一芸の士は、皆語る可し。〔『言志録』第61条〕


【訳】
一芸に秀でた人は、皆相通じる共通の思考があるので、共に語り合うことができるものだ。


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第1193日 「読書」 と 「志」 についての一考察

今日も神坂課長は、お昼時にAがんセンターの多田先生を訪問して、いつものように昼食をご馳走になっているようです。


「神坂、ちゃんと読書は続けてるのか?」


「はい、月に3~4冊くらいのペースですが続いています」


「ほぉ、お前にしては続いてる方だな」


「マネジメントに真剣に取り組むとどうしても勉強しない訳にはいかないんですよ」


「お前がマネジメントなんて言葉を口にするようになったんだな」


「私もマネジャーになって3年が経ちました。ようやく人を育てる面白さがわかり始めたんです」


「そのうちに人を育てる難しさも痛感するぞ」


「そうかも知れませんね。とにかく先生もご承知のように、私は三流大学出身で学がありませんので、今更ではありますが、勉強せざるを得ないんです」


「どんな本を読んでいるんだ?」


「最近は中国古典をビジネス風に解釈している本が多いです」


「守屋洋あたりの本か?」


「さすが、多田先生ですね。その通りです」


「なあ、神坂。本を読むことは大事なことだ。本を読むことで、自分では体験できないことを疑似体験できる」


「はい」


「だがな、本だけに頼ったら駄目だぞ。本で読んで、いいなと思ったら、とにかく実践するんだ」


「実践ですか?」


「本を読んだだけで分かった気になってはいけない。頭で理解しただけでは実際には半分も理解していないだろう。いろいろと経験を積んでこそ、本に書かれていることが本当に腹に落ちるんだよ」


「そんなものですかね?」


「それから時には、思いきって本を遠ざけることも必要かも知れないぞ」


「本を遠ざける?」


「まず自分の志をしっかりと立てるには、外からインプットすることよりも、自分の心に問いかけることの方が重要なんだ」


「自分の心に問いかける・・・」


「神坂、お前はマネジメントを通して何がやりたいんだ?」


「多田先生のような医師のお手伝いを通して、この地域に住んでいる方々を幸せにする、そのための仲間を増やしたいんです!」


「おお、いつの間にそんな立派な志を立てたんだ」


「多田先生のお陰です」


「俺の?」


「はい。以前、私が先生から出入り禁止だと言われた一件がありましたよね。あの夜、ディーラーの存在意義を先生から叩き込まれました。思えば、あの時から漠然とそういう思いを抱き始めたんだと思います」


「懐かしいな。3年くらい前だったかな?」


「はい」


「神坂、今聞いたお前の志は立派なものだ。それを絶対に忘れることなく、いつも若い奴に語り続けろ。本で読んだことを伝えるよりも、お前の心の声を伝えた方が若者の心に響くはずだ」


「多田先生、ありがとうございます!」


「お前、なんで泣いてるんだよ」


「40を越えて、涙腺が弱くなってきたみたいです」


「馬鹿野郎、男が簡単に泣くもんじゃないぞ! それからな、今日の話は読書をするなってことじゃないからな。読書も続けろよ、ほら」


「な、何ですかこれは?」


「今度会ったら渡そうと思っていた本だよ。俺が以前に読んで参考になった本だ」


「多田先生、ありがとうございます! 今日のお昼代は、私に支払わせてください」


「そうだな、たまにはそれもいいかもな。ご馳走様!」


ひとりごと

本で読んだことをわかったつもりで伝えてみると、相手にまったく伝わらないことがあります。

小生は、度々そんな経験をしてきました。

本で読んだことを自分の実体験と照らし合わせ、自分の言葉で語れるようになったとき、初めて想いは伝わるのでしょう。


原文】
古人は経を読みて以て其の心を養い、経を離れて以て其の志を弁ず。則ち独り経を読むを学と為すのみならず、経を離るるも亦是れ学なり。〔『言志録』第60条〕


【訳】
昔の人は、経典を読んで精神を修養するのみならず、経典を離れて実地の生活において己の志の実現を図ったのだ。ただ経典を読むだけが学問ではなく、経典を離れた実際の生活の中にこそ真の学問があるのだ。


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第1192日 「艱難」 と 「人間力」 についての一考察

神坂家の長男、礼君(4月から高校1年生)が肩を落として帰宅したようです。


「どうした、礼。なんか元気がないじゃないか」


「なんでもないよ」


「なんでもない顔はしていないな。今日は珍しく父さんもこんなに早く帰ってるんだ。これも縁だと思って話してみろよ」


礼君は、神坂課長に促されてリビングのテーブルに腰掛けたようです。


「俺、レギュラーになれなかった」


「テニスか?」


「うん」


「中学時代はチームのエースだったからな。ショックだろうけど、いろいろなところから上手い子が集まってくるんだから、高校一年生でレギュラーになるのは難しいんじゃないのか?」


「それはそうだけど、一年でもレギュラーになった奴もいるんだよ」


「悔しいか?」


「当たり前じゃん。馬鹿なこと聞かないでよ!」


「父さんは良かったと思うな」


「なんでだよ!」


「お前はきっと俺の血を受け継いでいるからさ、一年生でレギュラーになったら、絶対調子に乗るだろう」


「父さんと一緒にするなよ!」


「お前は中学のときは、すぐにレギュラーになったから、補欠メンバーの気持ちなんて考えたことはないんじゃないか?」


「・・・」


「きっと補欠の子達も今のお前のように悔しい気持ちを持って、それでも必死に球拾いをしたり、ラインを引いたりしてきたんじゃないかな」


「そういえば、同じ中学のテニス部から一緒に今の高校に行ってる小川は、いつもニコニコして一番率先して球拾いをやってた。あいつは二年までは補欠だったけど、三年でレギュラーになったよ」


「小川君も今の高校ではレギュラーになれなかったのか?」


「うん。そりゃ、あいつよりは俺の方が上手いからさ」


「で、小川君は何て言ってるんだ?」


「ニコニコしながら、絶対一緒にレギュラーになろうぜって言ってた」


「ほらな。小川君の方が人間的に大人になってるじゃないか。辛い経験をした分、心が磨かれて優しい人になったんだよ」


「元々、いい奴だけどな」


「礼、お前、テニスをやめようかなと思ってるだろう」


「え?」


「やっぱりな。お前はまだ16歳だ。これから長い人生で辛いことや悲しいことはたくさんあるはずだ。でも、それを経験することで、立派な人になれるんだ。だから、逃げては駄目だ。逃げてもな、神様は同じ宿題を出し続けるんだぞ」


「同じ宿題?」


「そうだ。たとえば、テニス部をやめてサッカー部に入ったとしても、同じようにレギュラーになれないという経験をする可能性が高いってことだよ」


「父さんもそういう経験があるの?」


「もう40年も生きてきたからな。たくさんあるぞ。正直に言って逃げたこともある。でも、逃げた時はかならず悪い方向に行ってしまったな」


「俺は、テニスが大好きだからやめないよ。でも、もっと上手くなってレギュラーになりたい!」


「その気持ちは大事だよ。一番になりたいと思う奴にしか一番になるチャンスは与えられないからな」


「父さん、俺が上手くなるために協力してくれる?」


「いいけど、俺はテニスはやったことがないからなぁ」


「違うよ、父さんとテニスなんかしたら下手になるだけだよ」


「酷いこというな、これでも運動神経は悪くないんだぞ。で、どんな協力をすれば良いんだよ」


「テニススクールに通わせてよ。土日で部活がないときに大人と一緒に打ち合いたいんだ」


神坂課長は、そばにいた妻の菜穂さんの顔を見ました。


「わかった。父さんが飲みに行く回数を減らせばなんとかなるから、スクールに通って、来年には必ずレギュラーになれよ!」


「サンキュー!」


神坂課長は複雑な心境で笑顔を浮かべていたようです。


ひとりごと

艱難汝を玉にす。

昨日に引き続き、辛い体験を乗り越えてこそ、人間が磨かれるという話です。

スポーツの世界では、勝者の影に必ず敗者が居ます。

敗者の気持ちは、敗者を経験した者にしかわからないでしょう。

スポーツの世界でも、ビジネスの世界でも、困難や苦労を乗り越えてこそ真の成功者になれるのではないでしょうか

逆境の後にしか人生の花は咲かないのです。


原文】
凡そ遭う所の患難変故、屈辱讒謗、仏逆の事は、皆天の吾が才を老せしむる所以にして、砥礪切磋(しれいせっさ)の地に非ざるは莫し。君子は当に之に処する所以を慮るべし。徒に之を免れんと欲するは不可なり。〔『言志録』第59条〕


【訳】
いわゆる艱難辛苦に遭うことは、辛いことではあるが、これは天が吾々自身を磨くためにあえて課されたものである(と考えるべきである)。だからこそ逃げずに敢えてその試練に立ち向かうことを考えねばならない。


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第1191日 「人の苦」 と 「竹の節」 についての一考察



同期入社の本田さんと廣田さんが仕事の後、ふたりで食事をしているようです。


「本田、ひとつのことがうまく行かなくなると、すべての歯車が狂い始めるもんだな」


「そうかもな。俺も少し前は家のことで問題が重なってきつかったよ」


「落ち着いたのか?」


「ああ、なんとかな。廣田・・・」


「なんだよ?」


「お前、絶対に辞めるなよ。いや、辞めないでくれよ。俺はお前と切磋琢磨していきたいんだからな」


「何言ってるんだよ。もう、お前の方がはるかに成績も優秀だし、会社にとって重要な人材になってるじゃないか」


「もちろんたくさんの人とのご縁でここまでやって来れたとは思ってる。でもな、今の俺があるのは、廣田のお陰だと思ってるんだ」


「ははは。俺は何もしていないよ」


「俺は入社して2年目に本気で会社を辞めようと思った。営業なんて俺には向いていないって心の底から思ってた」


「そういえば、そんなこと言ってたな」


「そのとき涙を流して俺を留めたのはお前だぞ。『たかが2年くらいで営業がわかったなんて言うな!』って本気で俺を叱ってくれたじゃないか」


「本田、ごめん。実は俺、一度辞表を出したんだ。恥ずかしいけど、2年目のお前が言ってたことを今は俺が痛感しているんだ」(廣田さんの辞表の件は第1154日参照)


「辞表の件は聞いたよ。なんで俺に相談してくれないんだって、悲しくなったよ」


「ごめん。なんかお前が遠くに行ってしまったように感じてさ。いつのまにかお前に対して劣等感を感じていたんだろうな」


「俺にとって最高のライバルはお前だからな。それはこれからもずっと変わらない。お前と一緒にこの会社を良い会社にしていきたいんだ!」


「ありがとう。石崎君からお前が俺を最高のライバルだって言ってくれたことを聞いたよ。俺、それを聞いて、石崎君の前で泣いちゃったよ」


「あいつ、余計なこと言いやがって!」


「感動したんだって言ってた。石崎君も俺と一緒に泣いてくれたよ」


「あいつは口は悪いけど、心の綺麗な奴だからな。なんだかんだ言っても、あいつはカミサマが大好きだから。だんだん似てきたんじゃないか」


「神坂さん、変わったな」


「うん、いつの間にか良い上司になってきた」


「ははは。前から良い上司じゃないか」


「そうだな。俺さ、この前、講演会で良い話を聴いたんだ。竹には節があるだろう?」


「うん、あるね」


「竹の節というの、竹が高く伸びるためにあるんだそうだ」


「・・・」


「竹って細いのにかなり高く成長するだろう。あんなに細い竹が風雪に耐えて簡単には折れないのは、節があるからなんだって」


「本田、何が言いたいんだ?」


「いま、お前が苦しんでいるのは節を作っているからだと思うんだ。ここを乗り越えると今までの経験が節となって、お前という竹はまたぐんぐん伸びていくはずだよ」


「そういうことか」


「俺はもちろんお前の本当の辛さを理解できているとは思わない。でも、今のお前の苦悩が、お前の人生にとって何よりも大切なものを与えてくれるんじゃないかな。読書なんかじゃ絶対に得られない貴重な学びをさ」


「本田、ありがとう。佐藤部長からも自分に合った営業の型を見つけなさいと言われてさ、いろいろと本を読み漁っていたんだ。でも、たしかに本から学ぶことも大切だけど、これまでの出来事を振り返ってみることが必要かも知れないな」


「そうだよ。営業の悩みは、お客さまが解決してくれるはずだよ」


「そうか。もっとお客さまと話をしてみるかな」


「廣田、頼む。これからも俺と一緒に営業人として成長していこうぜ。俺をひとりにしないでくれよな」


「なんだよ、それ。俺はお前の彼女じゃないぜ。でも、ありがとう。この会社は良い会社だよ。佐藤部長、新美課長、石崎君と様々な世代の人が俺を心配してくれる。そして、何よりもお前という最高の同期が居てくれる。簡単には辞められないよ」


「その言葉、絶対に忘れるなよ!!」


ひとりごと

辛い体験こそが自分の人生の糧となる。

誰しもそれを聞いて反論する人はいないでしょう。

しかし、いざ自分の身に災いが降りかかると、最善観で捉えることは難しいものですよね。

つい矢印を他人に向けて、自分を正当化したくなります。

小生も数々の試練を経験してきました。(実は今も試練の只中にいます)

すべての出来事は、絶対必然即絶対最善。

今一度、心に刻みたい言葉です。


原文】
山獄に登り、川海を渉り、数十百里を走る。時有りてか露宿して寝(い)ねず。時有りてか饑うれども食わず、寒けれども衣(き)ず。此れは是れ多少実際の学問なり。夫(か)の徒爾(とじ)に明窓浄几(めいそうじょうき)、香を焚き書を読むが若きは、恐らくは力を得る処少なからん。〔『言志録』第58条〕


【訳】
山岳に登り、川を渡り、海に出たり、数十kmの距離を走る。あるいは衣食住に事欠くようなときもある。そうした経験こそが活学と呼べるものであり、ただきれいな机に座って、良い香りに包まれて読書をするだけでは、実力などつくものではない。


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第1190日 「植物」 と 「人材」 についての一考察

ゴールデンウィークが明けて、営業1課には2名の新卒社員さんが配属されました。


喫茶コーナーでは、人事課の鈴木課長と営業1課の新美課長が談笑中のようです。


「新美、新たに2名が加わって、ますますマネジメントは大変なんじゃないかい?」


「鈴木さん、本当に大変です。諸先輩のアドバイスを頂きながらやってはいますが、ここに来てまた2人加わったので、どこから手をつけて良いのか、毎日悩み続ける日々です」


「相変わらず生真面目すぎるな、新美は。特に新人君たちは、個性を殺さないように育てて欲しいな」


「二人ともなかなか個性的な若者ですよね」


「ウチのような中小企業は、大企業と同じ採用活動をしても意味がないからな。俺は、将来性に目を向けて、学歴や上辺の言葉に惑わされないような採用活動を意識しているんだよ」


「そうなんですね」


「志路君は筋が一本通っているし、湯浅君は誰からも好かれる愛らしいキャラクターだろう?」


「ええ。志路君はギラギラした目をしていますね。きっと神坂さんの新人の頃はあんな感じだったんじゃないかなと思いました」


「神坂の新人の頃か? いや、あいつは営業がやりたくてウチに来た訳じゃないからな」


「そうなんですか?」


「三流大学出身で文科系とくれば、営業しかないって感じで、一番初めに内定をくれたウチに就職を決めたと言ってた気がする」


「ははは。神坂さんらしいですね。でも、どうみても根っからの営業マンですけどね」


「確かにな」


「湯浅君はちょっと心配です。彼は話すことが苦手だと言っていました」


「もちろん、話すことだけが営業として重要な資質だというなら、湯浅君は採用しなかっただろう。だけどな、口下手でもセールスを極めている営業マンを俺はたくさん知っているよ。お前だって、どちらかといえば、話をするのが苦手な方じゃなかったか」


「はい、言われてみればおっしゃるとおりです。私自身、新人の頃は、いつ辞めようかと、そんなことばかり考えていました」


「ははは。新美は植物を育てたことはあるか?」


「植物ですか? 子供の頃に朝顔とかひまわりを育てた記憶がありますが・・・」


「なんでもいいからもう一度育ててみろよ」


「植物をですか?」


「そう。新人を育てたいと思うなら、種を蒔いて芽を出させるところから始めてみるといい。植物を育てると多くの事を学べるぞ。水をやらねば育たないが、やりすぎても駄目だ。それに、やさしい言葉をかけながら育てるのとそうでないのとでは、成長のスピードに差が出るんだよ」


「話しかけると応えてくれるということですか?」


「不思議なんだけど、それは間違いないよ」


「不思議ですね。でも確かに、どのタイミングで水や肥料を与えるかというのは、新卒社員さんでいえば、アドバイスを与えるタイミングを測ることに似ているかも知れませんね」


「さすがは新美だな。どうだ、やってみろよ」


「はい、早速今日の帰りに種を買いに行ってみます。そういえば、佐藤部長が、誰だったかな、学者さんの言葉を教えてくれたのですが、それも菊と大根づくりの違いについての言葉でした」(第1183日参照)


「ああ、それなら細井平洲の言葉だよ。あの言葉は、まさに個性を大切にして、個性を活かすように育てることを教えてくれているよな」


「はい、感動しました」


「考えてもみろよ。お前も、神坂も、俺もみんな新人の頃はデキの悪い大根だったと思わないか?」


「大根だったかどうかも怪しいものです」


「ははは。そうかもな。今回採用した4人はすべてキャラが違うんだ。敢えてそういう採用をしたからな。ただ、将来性は十分にある子を採用したという自負はある。ぜひ、しっかり育ててくれないか」


「はい、責任をもってお預かりします。ところで、神坂さんと大累さんにも植物を育てる話はされたんですか?」


「え? ああ、あの二人にももちろん話をしたよ」


「で、どう言ってました」


「二人とも同じ答えだったよ」


「興味大です!」


「『面倒くさいな』だってさ」


「・・・」


ひとりごと

皆様の会社や職場にも新卒社員さんが配属されているのではないでしょうか?

彼らのご両親から大切なお子さんをお預かりすることになるわけですから、なんとしてでも一人前の社会人になってもらわなければなりません。

まずはマネジャーがそれを心に誓うことが先決です。

そして、自分自身が新人だった頃と比較しながら育成すべきです。

そうすれば、今の子供たちの方がはるかに優秀なことに気づかされるはずです。


原文】
草木を培植して、以て元気機緘(きかん)の妙を観る。何事か学に非ざらん。〔『言志録』第57条〕


【訳】
草木を育て、その生生過程を観ることで、人材育成に関して学ぶことは多い。


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第1189日 「お酒」 と 「博打」 についての一考察

「なんだよ、ジュールポレールって。こんな馬、絶対買えないなぁ」


「ひひひ、私は当たりましたよ、師匠」


「相原会長、本当ですか? 馬券を見せてください。えっ、3連単ですか! なんでこんな馬を頭から買えるんですか?」


今日は中央競馬が開催されており、相原会長と神坂課長は、場外馬券売場でレースを観戦しているようです。


「だって、師匠が昨年の同じレースの3着馬だって教えてくれたじゃない」


「それにしても凄いなぁ。もう恥ずかしいから、『師匠って呼ぶのやめてもらえませんか」


「おお、636倍か、500円買ってるから、30万円以上儲かった!」


「では、会長。今回も反省会は会長の奢りということで・・・」


「はい、よろこんで!」


ふたりは相原会長の自宅そばまで戻ってきて、近所のお寿司屋さんに入ったようです。


「すみません。今日もご馳走になります」


「師匠、授業料ですからご遠慮なく」


「会長、もう『師匠はやめましょうよ。ところで先日、ウチの若手がお酒に酔って新卒社員さんに絡んで大変だったんですよ。会長は、お酒とどんな風にお付き合いしてきたんですか?」


「お酒については偉そうなことは言えないよ。若い頃はよく泥酔して、公園のベンチで夜を明かしたり、二日酔いで仕事にならなかったなんてのもしょっちゅうあったからね」


「ははは、それを聴いて安心しました」


「ただ、一度大きな失敗をしてね。重要な商談がある日に、二日酔いで寝坊した上に、商談中に気分が悪くなって何度も退席して、結果的に失注してしまったことがあったんだ」


「それは駄目ですね」


「そうなんだ。その時にお酒の怖さを知ったよ。上司からはよく、『仕事に影響するような飲み方だけはするなと言われていたのに、結局そういうことをやってしまったからね。お酒を飲み過ぎると、知らないうちにだらしなくなって会社に迷惑を掛けることになるんだよね」


「たしかにそうですよね。TOKIOの山口君みたいに、女性問題に発展する可能性もありますからね」


「そう。お酒を飲むとつい気が大きくなって、散財することにもなるし、セクハラ事件を起こしてしまう可能性は否定できないよね」


「お酒は勤勉さと倹約精神をも麻痺させてしまうということか」


「それ以降もお酒をやめることはできなかったから、酒量の上限を決めて、それ以上は絶対に飲まないことに決めたんだ」


「なるほど。私も二次会には行かないという自分のルールを作りました」


「自分との約束事だね。自分との約束は、破ったところで誰も気づかない。だからこそ、それを守ることが一番難しいんだけど、実践することで自己を鍛錬できるんだ」


「自分との約束事か。勉強になります」


「でも、今は新たな約束事を決めないといけない状況に陥っているんだ」


「え、何ですか、それは?」


「ギャンブルだよ。掛け金の上限を決めないと、身を滅ぼしかねないからね。実は今日は30万円儲けたけど、昨日は20万円も使ってるんだ」


「会長、早急に上限を設定すべきです!」


「はい、師匠!!」


とりごと

飲む・打つ・買う。

この3つは、人生を狂わせる三代要因と言えるでしょう。

小生は、馬券(競馬)・舟券(競艇)を毎週買っています。

ギャンブル暦は、もう30年近くなりますので、今さら身を持ち崩すこともないでしょうが、やはり気をつけなければいけませんね。


原文】
勤の反を惰と為し、倹の反を奢と為す。余思うに、酒能く人をして惰を生ぜしめ、又人をして奢を長ぜしむ。勤倹以て家を興す可しとすれば、則ち惰奢以て家を亡すに足る。蓋し酒之が媒(なかだち)を為すなり。〔『言志録』第56条〕


【訳】
勤勉と怠惰、倹約と奢侈はそれぞれ相反するものであるが、酒を飲む習慣が怠惰と奢侈を生む元となることがある。勤勉・倹約が家を繁栄させるとすれば、怠惰・奢侈は家を没落させる原因となる。酒を飲むことが家を没落させる仲介役となることがあるので気をつけねばならない。



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第1188日 「お酒」 と 「失敗」 についての一考察

週が明けた月曜日、営業部の佐藤部長、神坂課長、大累課長の3人はランチに出かけたようです。


「それにしても先週の新人歓迎会での雑賀の泥酔ぶりは酷かったなぁ」
神坂課長が呆れ顔で切り出しました。


「あいつの酒癖の悪さは営業部一ですね」
上司である大累課長がため息をついています。


「ははは。でも積極的に新人と交流しようとした意欲は誉めてあげてもいいんじゃないか」


「佐藤部長はつねに美点に目を向けているのが凄いですよね」


「そんなことはないよ。実際に、新人君たちにとって一番印象に残った先輩は雑賀君だろうからね」


「それは間違いないですね」
3人は爆笑しています。


「まあ、大きい声じゃ言えませんけど、私も若い頃は酒で結構失敗しましたからね」


「神坂さんは、お酒を飲むと忘れ物が酷いんですよ。カバンをお店に忘れてくるのなんてほぼ毎回でしたよね」


「カバンだけじゃないぞ。上着を忘れたり、ネクタイを失くしたり。あるときは、息子の誕生日プレゼントを忘れて帰ったこともあったな」


「子供さんの誕生日くらい早く帰りましょうよ!」


「いや、翌日が誕生日だったんだ。その時は妻から、『取って帰るまで家に入れないと言われてさ。タクシーを使ってお店に取りに戻ったよ」


「そこまで行くと笑えないな」


「ええ、おまけに妻からは、『その往復のタクシー代は小遣いで処理しろと言われました」


「ま、当然でしょうけどね」


「今思い出したけど、翌日二日酔いのまま出社したら、顔半分しか髭を剃ってないことに気づいたこともあった」


「そこまでいくと酒の問題じゃなくて、若年性アルツハイマーじゃないかと心配になりますね」


「やかましいわ! だけど、大累だって、若い頃は酒を飲んでは喧嘩してなかったか?」


「酔ってたくせに覚えてるんですね」


「だいたい、出入り禁止になるのは、いつもお前の暴動が原因だったからな。忘れ物くらいじゃ出禁にはならないからさ」


「暴動は言いすぎですよ。まあ、お互い、若気の至りということで・・・」


「ははは。そういう失敗談も若い人にどんどん話してあげた方がいいよ」


「そ、そうですか。見下されるんじゃないですかねぇ?」


「今の君達がそうだったら軽蔑されるかも知れないけど、今は改善されているんだろう?」


「ま、まあ、一応は・・・」と神坂課長。


「た、多分、大丈夫です」と大累課長。


「ははは、なんだか怪しいな。一斎先生はお酒の効用には二つあると言っている。一つは、お神酒として神様をお迎えするため。もう一つは、老人の元気づけのため。若者や壮年の人には病気を引きおこすだけだから慎むべきだ、と言っているよ」


「それは酒飲みには厳しい言葉ですね」


「時代も違うから、その言葉をそのまま適用できないかも知れないけど、二人の話を聞いていると一斎先生の言うとおりだと思ってしまうね」


「たしかに・・・」


「そうか!」


「な、なんだよ、大累。突然でかい声を出してさ」


「神坂さんにとって、お酒はお神酒なんですね。カミサマだけに。でも、その割には全然ご利益がないなぁ」


「ゴン!」


「うっ」


とりごと

酒は飲んでも飲まれるな、と言われますね。

小生はまったくの下戸なので、お酒で失敗する心配はないのですが、逆にお酒を飲んで楽しく盛り上がれないのは残念です。

この物語にあげた失敗談は、小生の周りで実際にあった出来事ばかりです。

お酒を飲まれる方は気をつけましょうね。


原文】
酒の用には二有り。鬼神は気有りて形無し。故に気の精なる者を以て之を聚(あつ)む。老人は気衰(おとろ)う。故に亦気の精なる者を以て之を養う。少壮気盛なる人の若(ごと)きは、秖(ただ)、以て病を致すに足るのみ。〔『言志録』第55条〕


【訳】
酒の効用は二点ある。一つはいわゆるお神酒として、気だけで形のない神様をお迎えするためである。二つ目は気の衰えた老人を元気づけるためである。若者が飲めばかえって病を引き起こすだけであるからよく慎むべきだ。


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第1187日 「微」 と 「過」 についての一考察

いよいよ営業部に4人の新人さん達が配属になりました。


営業1課には、志路 航(しろ わたる)君、湯浅 悟(ゆあさ さとる)君、営業2課には、梅田 秀(うめだ しゅう)君、特販課には藤倉 巧(ふじくら たくみ)君がそれぞれ配属となったようです。


週末の今日は、さっそく営業部合同で新人歓迎会が開催されているようです。


「なんだよ、お前は酒も飲めないのかよ。そんなんじゃ営業は勤まらないぞ!」
雑賀君が泥酔して、藤倉君にからんでいるようです。


「そんなこと言われましても、飲めないものは飲めないです」


「つべこべ言わずに、一気に飲み干せ!」


「雑賀さん、私が藤倉の代りに一気飲みさせていただきます」


「お、面白いじゃないか? 名前は?」


「梅田秀です」


「おお、じゃあ梅ちゃん。一気に行ってみよう!」


梅田君は一気にジョッキを空けました。


「いいぞ、梅ちゃん! 営業はそれじゃないとな」


「おい、雑賀! お前、いきなり新人にからむな!」


「大累課長、別にからんでませんよ。ただ、営業の心得を教えているだけです」


「何が営業の心得だよ。ろれつが回ってねぇだろう」


「雑賀さん、本当に酒が飲めないと営業が勤まらないのですか?」


「なんだと? お前は誰だ」


「志路航といいます。営業とお酒は関係ないと思うのですが」


「ばかやろう! お客さまと腹を割って話すには酒が必需品だ。そんなこともわからねぇのか」


「そうでしょうか?」


「なんだと!」


「志路、やめろよ。雑賀さんは酔っ払ってるんだからさ」
藤倉君が慌てて間に入りました。


「だって、藤倉。おかしいと思わないか?」


「まあまあ、皆さん。落ち着いてください。飲み会は楽しくやりましょう。なんなら私が全部脱ぎましょうか? 今日は飲み会だから、勝負パンツ履いてきたんです」


湯浅、お前何言ってるの? 意味がわからないよ」


「湯浅君というのか、お前は面白い奴だな、気に入ったよ」


「雑賀!」


「なんですか、神坂課長」


「佐藤部長がお呼びだ。新人の4人も一緒にな」


「おっ、連帯責任でお前らも叱られるぞ」
雑賀君は嬉しそうです。


「それはおかしいよな」
志路君は不満のようです。


5人は佐藤部長の前に座りました。


「雑賀君、酒は百薬の長と言われるように、少し飲めば身体にも良いものだし、気分転換にもなる」


「はい」


「今の君は間違いなく酩酊しているよ。いいかい、病気によく効く薬ほど身体へのアタック性も強いんだ。薬だって服用を誤れば命を落とす危険だってある」


「・・・」


「君は煙草も吸うよな。酒も飲んで煙草も吸えば、肝臓だけでなく、咽頭がんや食道がんのリスクも高くなるんだ。医療関係者として、そのくらいの知識は持っているだろう」


「はい」


「志路君、君が疑問に思ったとおり、酒が飲めるかどうかは営業とは関係ないよ。もちろん、お酒が好きなお客さまもいるから、飲めるに超したことはないけどね」


「そうですよね」


「実は、営業もそれと同じだ。本屋さんに行くと、営業のテクニック本が溢れている。あれも劇薬と同じで、使い方を誤ると大きな損失を会社に与えることもあるんだ」


「そうなんですか・・・」


「神坂課長が研修をしてくれているだろう。あの研修では売り方は一切教えていないよね。常に、心の在り方を教えてくれているんだ。正しい心の在り方を学んでこそ、テクニックが活かされるということを覚えておいて欲しい。今はまだ難しいだろうけどね」


「はい」


「では、雑賀君。この後も楽しく優しく盛り上がろうじゃないか!」


ひとりごと

いよいよ新卒社員さんが職場に配属されました。

今日は4人のキャラが少しだけわかってもらえるようなストーリーにしました。

これから新たに加わった4人がどんな風に物語りに絡んでいくのか?

それは小生にもわかりません。


原文】
酒は穀気の精なり。微(すこ)しく飲めば以て生を養う可し。過飲して狂酗(きょうく)に至るは、是れ薬に因って病を発するなり。人葠(にんじん)・附子(ぶす)、巴豆(はず)、大黄(だいおう)の類の如きも、多く之を服すれば、必ず瞑眩(めいげん)を致す。酒を飲んで発狂するも亦猶此(かく)のごとし。〔『言志録』第54条〕


【訳】
酒は適量飲めば、むしろ生を養うが、度を超えると取り乱すことになる。生薬もこれと同じであって、多量に服用すればかえって病気になってしまう。体に良いからといって適量を超えて摂取することは慎まねばならない。



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第1186日 「人のふれあい」 と 「心のぬくもり」 についての一考察

今日はGW最終日です。
営業部の佐藤部長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生を誘って史跡めぐりをしているようです。


まず金華山に上って岐阜城からの絶景を眺めた後、ふたりはそこから程近い正法寺という寺院に来たようです。


「ここには通称『岐阜大仏』と呼ばれる仏像があるんだよ」


「金華山からこんな近い場所に大仏さんがいるなんて初めて知りました」


「日本三大仏のひとつとされている大仏でね。なかなか味のある仏像で私は大好きなんだよ」


「奈良の東大寺と鎌倉の高徳院の大仏とこの正法寺が三大仏ということですか?」


「うん。もっとも、三番目というのは一定していなくて、日本中で三大仏の三番目をうたう大仏はたくさんあるようだけどね」


二人は受付の女性に拝観料を払って中に入ったようです。


「おお、予想してた以上に大きいですね」


「高さおよそ13.7m。この大仏は日本最大の乾漆仏らしい」


乾漆仏ですか?」


「竹材で仏像の形をつくり、そこに良質の粘土を塗り固めて土台をつくったら、そこに美濃和紙に書いた経典を貼りつけ、最後に漆を塗り、金箔を貼って仕上げるという工程で作られているようだね」


「表情が、奈良や鎌倉の大仏とはかなりイメージが違いますね」


「すごく温かみを感じるでしょう。我々に微笑みかけてくれているようだよね」


「ゆっくり拝見したくなりますね」


「ここに椅子があるから、しばらく座って大仏さんと語り合うとしようか」


その後二人は、近くにある伊奈波神社を参拝して帰途についたようです。


「先生、晩御飯はどうされますか?」


「もし、佐藤さんが良いならお付き合いをお願いしたいね」


「ありがとうございます。では、先生のご自宅近くのお寿司屋さんに入りましょう」


「いらっしゃい! あ、長谷川先生、まいど!」


「親父さん、ご無沙汰してたね。いつものコースを二人分頼むよ」


「合点承知。奥の座敷が空いてますからどうぞ」


二人はビールで乾杯し、刺し身の盛り合わせをつついています。


「この歳になるとね、人恋しさが増すというのかな、人との触れ合いがとても有り難く感じるんだよ。今日は、誘ってくれてありがとう」


「こちらこそ私の知らない東海の史跡を教えていただけるので、いつも先生との旅は楽しみなんです」


「子供が孫を連れてきてくれるのが一番の薬みたいなものだけど、離れて暮らしているから、盆と正月くらいしか会えないんだよね。かといって一人で出掛けるというのも億劫でね。こうして誘ってもらって人の多いところへ出掛けられるのは本当に有り難いんだよ」


「私も楽しませて頂いているのに、そう言って頂けると、先生への恩返しができたようで嬉しいです」


「ははは、佐藤さんから恩返しされるようなことは何もしていないよ。そういえば『礼記』という古典に、『人間も八十を超えると、人との触れ合いからしか温もりを得られない』とあるんだ。今日は心がとても温まったよ。仮に女房が生きていたとしても、老夫婦二人ではどうしても気が滅入ってしまうだろうしね」


「私でよければいつでもお声がけください。まだまだ先生から隠れた名所をご案内いただきたいですからね」


その後、二人は昔話に花を咲かせて、20時過ぎには店を出たようです。


ひとりごと

小生も社外の交流で、多くの人生の先輩方と交流をもつ機会を得ています。

小生と25も年齢の離れた先輩と一緒に学んだり、お酒を飲む機会を得ることができるのは、小生にとってとても有り難いことです。

しかし、この章を読んで、もし私との時間で先輩方が温もりを感じていただけているのかも知れないと思いました。

もしそうであるなら、それは小生にとって何よりも嬉しいことです。


原文】
家翁、今年齢八十有六。側(かたわら)に人多き時は、神気自ら能く壮実なれども、人少なき時は、神気頓(とみ)に衰脱す。余思う、子孫男女は同体一気なれば、其の頼んで以て安んずる所の者固よりなり。但だ此れのみならず、老人は気乏しく、人の気を得て以て之を助く。蓋し一時気体調和して、温補薬味を服するが如く一般なり。此れ其の人多きを愛して、人少なきを愛せざる所以なり。因(よ)りて悟る。王制に「八十、人に非ざれば煖(だん)ならず」とは、蓋し人の気を以て之を煖(あたた)むるを謂いて、膚嫗(ふう)の謂に非ざるを。(癸酉臈月小寒節の後五日録す)〔『言志録』第53条〕


【訳】
自分の父(佐藤信由)を見ていると、周囲に人が多勢いるときは元気であるが、そうでないときは気が抜けたようになる。だから老人が子孫男女が集まることを求めるのは当然であるし、またそこから生きる活力を得るのであろう。これはまるで湯たんぽで体を温めたり、薬を飲むのと同じようなものである。老人が周囲に人が多勢いることを好んで、そうでないことを避けるのはこういう理由である。『礼記』王制篇にある「人は八十歳になれば、人でなければ体が煖まらない」という言葉の意味は、こういうことを指しており、老人は周囲に人がいることで元気を得るのであって、寄り添う老婆がおれば良いということではないということだと理解した、と一斎先生は言います。



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