営業部の佐藤部長と神坂課長が、N赤十字病院に到着し、雑賀君の入院する病室を訪ねたようです。
病室には、すでに大累課長と雑賀君の母親が居るようです。
「佐藤部長、本当に申し訳ありません。私は自分が情けないです」
雑賀君は涙を流して謝罪しています。
「どれだけ後悔しても、やってしまったことを元に戻すことはできないんだよ」
「息子は、どうなるんでしょうか?」
隣に座っていた雑賀君のお母さんが心配そうに尋ねました。
「お母さん、今の時点ではまだ何とも言えません。判断は会社トップに委ねています」
「雑賀、お前は酒を飲むと大体問題を起すよな」
呆れながら神坂課長が優しく語りかけます。
「神坂さん、今度ばかりは酒を止めようと思いました。今更遅いかも知れませんが」
「遅くはないよ。今回はお前の単独事故で済んだんだ。誰かを傷つけるようなことはなかったんだからさ」
「そうだね。それだけは本当に良かったと思うよ。大切なお母さんをひとり残して交通刑務所に入るようなことになっていてもおかしくはないんだからね」
「はい、部長。本当にそう思います」
雑賀君の涙が止まりません。
「今回の件の責任は私にあります。部長、雑賀が処分されるなら、私も同等の処分をしてください」
大累課長の目にも涙が溜まっているようです。
「大累、お前・・・」
神坂課長は大累課長の覚悟をみて言葉が出ないようです。
「大累君の言うとおりだ。メンバーが起した問題の責任はすべて上司にある。つまり営業部の問題は、部長である私の責任だということだ」
「学(雑賀君の名前)、お前はこんな立派な人たちにどれだけ迷惑を掛けたと思ってるの。自分から辞表を出して男らしく責任を取りなさい!」
「そのつもりです!」
「ばかやろう!!」
神坂課長が怒鳴りながら、雑賀君の襟首をつかみました。
「今、お前が会社を辞めたら、更に会社に損失を与えることになるんだぞ。まだお前は全然会社に恩返しが出来ていないじゃないか! 会社を辞めるなんて、逃げるのと一緒だよ。お前がやるべきなのは、しっかりと仕事で会社に貢献することじゃないのか!!」
「神坂君、大きな声を出してはダメだよ」
「す、すみません、部長。なあ雑賀、部長も大累もどれだけお前を大切に思っているかが、身に沁みてわかっただろう? この二人にも何も恩返しをせずに逃げるつもりなのか!」
「ううっ」
とうとう堪えきれずに雑賀君は泣き出しました。
「佐藤部長は、もし雑賀が解雇になるなら、自分も辞めると言ったんだぞ。恐らくそこに居る大累も同じことを考えているんじゃないか」
「神坂君、なんでそれを知ってるんだ?」
「西村さんから教えてもらったんですよ。西村さんが心配して、『なんとかサトちゃんを止めてくれ』って私に頼んできたんです」
そのとき、佐藤部長の携帯電話が鳴りました。
「ちょっと、出てくる」
佐藤部長は携帯電話使用可能エリアに行って、電話を受けたようです。
病室はシーンと静まり返っています。
「ガチャ」
一同は一斉に佐藤部長の顔を注視しています。
「処分が決まったよ。謹慎一ヶ月、その期間の給与支給停止。そして、車両の修理費の一部を雑賀君の給与から毎月天引きする。それで決まりだ」
「あ、ありがとうございます!」
雑賀君とお母さんは同時に叫びました。
「おーっ、川井さんもやるじゃないか! あの人が雑賀をクビにするわけがないと思っていたんだよ」
神坂課長です。
会社の寛大な措置を聞いて、一同は皆涙を流しています、ただ一人を除いては・・・。
「神坂さんだけですよ、泣いていないの。相変わらず、素直じゃないですね」
「ばかやろう! 男はな、人前で泣くもんじゃねぇんだよ。だいたい最近の男は簡単に泣きすぎなんだよ! あー、安心したら急にトイレに行きたくなった。ちょっと失礼します」
「神坂君、トイレで泣くつもりだな」
「間違いないですね」
ようやく皆の顔に笑顔が戻りました。
ひとりごと
メンバーが起したトラブルを自分の責任だと捉える。
言葉にすれば簡単なことですが、実際にはなかなか難しいものです。
リーダーは自分に矢印を向け続けるべきだとは言うものの、なかなか腹に落とせないケースもあるでしょう。
そのときに、小生は『最善観』という言葉をいつも思い出します。
一切の出来事は絶対必然であり、そして最善である、という考え方です。
すべての出来事が今の自分にとってベストの出来事なのだ、そう思って、試練から逃げずに真正面からぶつかっていきましょう。
【原文】
諺に云わく、禍は下より起ると。余謂えらく、「是れ亡国の言なり。人主をして誤りて之を信ぜしむ可からず」と。凡そ禍は皆上よりして起る。其の下より出づる者と雖も、而も亦必ず致す所有り。成湯の誥に曰く、「爾、万方の罪有るは、予(われ)一人(じん)に在り」と。人主たる者は、正に此の言を監(かんが)みるべし。〔『言志録』第102条〕
【意訳】
昔からの言い伝えには、「禍は下から起きる」とある。私は思う、「これはすでに亡びた国の言葉であろう。君主に信じさせてはいけない」と。禍は皆上から起るものであり、下から起きたものがあれば、そこには必ずそうする理由があるものだ。殷の湯王のお告げに「あなたがたが罪を犯すのは、私ひとりの責任である」と。君主たる者は、是非ともこの言葉を拳拳服膺すべきである、と一斎先生は言います。
【ビジネス的解釈】