一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年07月

第1266日 「平時」 と 「有事」 についての一考察

今日は営業部の佐藤部長、神坂課長、大累課長、新美課長の4名が「季節の料理 ちさと」で食事をしているようです。


「どうだ、新美。そろそろリーダー業にも慣れてきたんじゃないか?」


「まだ4ヶ月目ですよ、そんな簡単なものではないですよ」


「たしか、神坂さんは、リーダーになって3日目くらいに、『俺のリーダーシップも板についてきた』とか言ってましたよね」


「大累君、謙虚で知られたこの私がそんな不遜なことを言うはずがないだろう!」


「あら、神坂君。私もあなたがリーダーになって5日目くらいに、『俺は天性のリーダーだ』なんて言ってたのを覚えているわよ」


「ちさとママ、勘弁してくださいよ!」


「ははは」
一同大爆笑です。


「ところで、神坂さんは日頃からどんなリーダー像を理想としているのですか?」


「新美君、よくぞ聞いてくれた。リーダーというのは、いわば、同じ舟に乗り込んだ仲間を無事に目的地に送り届ける船頭みたいなものだと思っているんだ」


「なるほど」


「ところが、航海というものはいつも順風満帆な時ばかりではないよな。時には大時化に襲われるときだってあるだろう。俺は、そういうピンチのときにこそ冷静に対処して、メンバーをひとつにまとめることができる、そんなリーダーを理想に描いているんだよ」


「きゃー、カミサマ。格好いい!」


「ゴン」


「痛ぇ」


「たしかに想定外のトラブルが発生した時にジタバタするようなリーダーだと、メンバーはがっかりするでしょうね」


「仮に心の中は動揺しまくっていたとしても、顔は笑顔を失くさず、明るくメンバーを励ますようなリーダーでいたいよな」


「なるほど、たしかに格好いいですね。佐藤部長はどんなリーダーでありたいとお考えですか?」


「私はね。平常のときこそ、想定外の事態に対する備えを怠らないようにしておきたいと思っているよ。平時の時から有事に備えて各メンバーに明確な役割を与えておけば、いざという時には、リーダーが特別な指示をしなくても、メンバー各自が自分でやるべきことを淡々と処理してくれるはずだよね。私はそんなチームづくりが理想かな」


「神坂さん、これは完全に一本取られましたね」
大累課長です。


「たしかに! これは参りました。さすがは佐藤部長です」


「ということを佐藤一斎先生が言っているんだ」


「な、なんだぁ。そういうことですか。(笑) でも、実際に佐藤部長はそういうリーダーシップを意識しているんですよね?」


「『言四録』を読んで感銘を受けたからね。でも、できているかどうかは怪しいものだよ」


「準備で仕事は8割決まる。私は新卒社員さんたちに偉そうにそんな話をしておきながら、自分はまだまだ準備の意味を理解していなかったことを思い知りましたよ」


「野球の世界でも、名手と呼ばれる選手はファインプレーがないと言いますよね。名手は、最初から最善の守備位置についているから、他の野手なら捕球できないような打球でも、何事もなかったかのようにキャッチするんですよね」
新美課長です。


「さすがは大の竜ファンだ。その例えはわかりやすいな」


「その点、神坂さんはわざと派手に転んでファインプレーに見せるタイプですよね?」


「うっ、ムカつくけど、その通りかも知れない」


「ははは」


愉しい宴はその後も続いたようです。


ひとりごと 

真のリーダーとされる人は、たしかに派手なパフォーマンスをしないものかも知れません。

しかし派手なパフォーマンスは目立ちますので、そうしたパフォーマンスの得意なリーダーの方が世間の注目を浴びるものです。

小生などはその典型で、全国のリーダーが集まる会議などでは、なるべく人の意表を突く発言をして目立とうということばかり考えていたものです。

リーダーはでんと構えているだけで、メンバーが各自の意志で期待通りに動く、そんな組織を作り上げましょう!


原文】
賢者は歾(ぼっ)するに臨みて、理の当に然るべきを見て以て分と為す。死を畏るるを恥じて死に安んずるを希(こいねが)う。故に神気乱れず。又遺訓有りて、以て聴くを聳(そびや)かすに足る。而して其の聖人に及ばざるも、亦此に在り。聖人平生の言動、一として訓に非ざるは無く、而して歾するに臨み、未だ必ずしも遺訓と為さず。死生を視ること、真に昼夜の如く、念を著くる所無し。〔『言志録』第133条〕


【意訳】
賢人は臨終に際して、その死を道理の上で当然のこととして受け入れるので、死を畏れず、安らかに死ぬことを望むものである。このために心を取り乱すこともない。また遺訓によってそれを聴くものの心をゆさぶる。しかしこれこそが聖人に及ばない点であるとも言えるのだ。なぜなら聖人の平生の言動はすべて人の教えとなるものであるから、必ずしも遺訓を遺さないのである。死生を昼夜の如く見ているため、心を惑わすこともないのだ。


【ビジネス的解釈】
賢人と呼ばれる人は、何事につけ心を平静に保ち、死をも恐れることなく、立派な遺言を残すものだ。しかし、聖人と呼ばれる立派な人は、普段から人を教え諭す言動を行っているため、あえて遺言のようなものを残すことはない。それはあたかも死と生とを夜と昼に見立てて、自然に移り行くものとして理解しているかのようだ。同様に、仕事においても、危急の際に心を惑わすことなく、言葉で人を導くリーダーは有能と言える。しかし、日頃から常に有事に備えて言葉で教え諭すリーダーの下では、危急のときにもメンバーは各々が最適な行動を取るようになる。それが理想のリーダー像である。


kyuujo_ukiwa_tasukeru

第1265日 「技術」 と 「心」 についての一考察

営業1課の願海君が新美課長のデスクにやってきました。


「課長、例の幕田記念病院の大口商談ですが、F社さんのシステムに敗戦しました」


「えっ、そうなの? あれは今期の売上に見込んでいたよね?」


「はい、私の中では一番大きな商談でした。本当に申し訳ありません」


「もう今からではどうしようもないのかい?」


「はい、既に納入業者のY社さんと契約書を交わしたそうです」


「そうか、とても残念だね。敗戦の要因は?」


「一番大きいのは価格です。当社が提示したO社さんのシステムより200万円近く安かったと聞いています。しかし、結局は価格の勝負に持ち込まれてしまった私の営業力の問題が大きいと考えています」


「なるほどな。この商談の敗戦はとても残念だし、全社計画達成に向けても大きな痛手だよ。しかし、起きてしまったことはもう元には戻せないからね。この一件が願海君の営業マン人生の糧となってくれれば良しとしないとな」


「はい・・・」


「ははは。かなり落胆しているようだね。願海君は、今回の商談でやるだけのことはやり尽くしたとは思っていないんだね?」


「はい、もっとやれることはあったと思います」


「さっき、営業力の問題だと言ったよね。もっと具体的に掘り起こしてみよう。願海君の営業活動のどこに課題が見えたんだ?」


「性能面でみたとき、O社さんのシステムはF社さんのシステムよりいくつかの点で勝れています。私なりにそこを現場の先生方に強く訴えたつもりだったのですが、最終的には院長の幕田先生に性能的に大差はないと判断されてしまいました」


「なるほどね。願海君は機能価値ばかりを伝えて、使用価値を伝えきれていなかったんだね?」


「使用価値ですか?」


「そう。機能価値というのはカタログに記載されているようなことだよね。これをいくら訴えても、ドクターに実際に使用している場面を想像させるようなトークをしないと単なる売込みに聞こえてしまうんだ」


「なるほど」


「たとえば、その機能はドクターもしくは患者様にどんなメリット、つまり価値を提供できるのかを伝えていく必要がある」


「はい」


「かつてアップル社が iPod を売り出すとき、最初に付けられたキャッチフレーズは『5ギガ、185グラム』というものだったそうだ。あきらかに機能面のみを訴えたキャッチだよね。それを聞いたスティーブ・ジョブズは烈火のごとく怒って、それでは何も伝わらないと言った。そして出てきたキャッチが『ポケットに1,000曲』だったんだ」


「おお!」


「それまでは、外出する際にはCDとかMDを何枚か選んで持ち出すしかなかった。それでもせいぜい100曲を持ち出せる程度だよね。ところが、iPod があれば1,000曲を簡単に持ち出すことができる。『ポケットに1,000曲』というキャッチは、そんな実使用の場面を顧客に自由に想像させる素晴らしいキャッチだと思わないか?」


「たしかにそうですね。何か大きなヒントをもらった気がします」


「願海君はまだ2年目だから、たくさん失敗を経験しながら、そういう技術をどんどん磨いて欲しい。ただね、技術だけでは売れないというのもまた事実なんだ。技術を磨きながら、営業マンとしての心を磨いて欲しいな」


「心を磨くんですか?」


「技術を磨けば、自信がつく。自信がつけば、一歩を踏み出せるようになる。自信がない営業マンはお客様のところに行っても、肝心な商売をすることを怖がるんだよ。嫌われるんじゃないかってね。しかし、技術のある営業マンは自信に満ち溢れているから、堂々と商売の話ができる。最終的に最悪の結果、つまり敗戦となったときでも、技術のある営業マンは納得して更なる技術の修得が必要だと前向きに受けとることができる。ところが、技術がなく自信のない営業マンは、それで心が折れてしまう。やはり商売は難しいと考えてしまい、益々お客様と商売の話ができなくなる」


「はい。よくわかります」


「しかし、技術だけで心を磨かないとお客様の信頼を得られない。信頼を得られないから、商売がどうしても価格や機能の優劣で決まってしまう。そういう敗戦がなかなか減らないんだね」


「はい」


「心を磨いて、心からお客様のお役に立ちたいと願うようになれば、お客様の信頼を得ることができる。そうなると、少々の価格差はお客様にとってどうでも良いことになる。なぜなら、お客様は機械を買うことより、願海君のファンである事の方が大事なことになるからね」


「私のファンですか?」


「そう。営業マンはファンを増やさないとな。ファンを増やすには人間力を高める必要がある。それが心を磨くということだよ」


「営業の世界は奥が深いですね」


「そのとおり。営業の世界への入り口は万人に開かれているけれど、究めようと思えば思うほど、その奥の深さを思い知ることになるんだよ」


「それでも究めてみたいです」


「少なくとも心の修養を積んだ営業マンは、どんな出来事が目の前に起こっても一喜一憂することなく、淡々と受け容れることができるようになる。私もまだまだその粋には達していないから、心を磨き続けているんだ」


「新美課長、私は落ち込んでいる場合じゃないことがよくわかりました。心も技術も供に磨き続けます!」


ひとりごと 

小生が毎月参加して心に軸を正している永業塾。

その塾長である中村信仁さんが常々言われているのが、「心が技術を超えない限り、技術は生かされない」という言葉です。

まずは技術を磨かなければいけません。

しかし、技術だけでは売り続けることはできません。

心の修養こそが、売れ続ける営業人であるために欠かせない要件なのです。


原文】
聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る。〔『言志録』第132条〕


【意訳】
聖人は安らかに何の不安も不満もなく死を迎え、賢人は天命として死を受け容れるが、凡人は死に対する恐怖心を拭い去れない。


【ビジネス的解釈】
心の修養を積んだビジネスマンは最悪の結果についても心を惑わすことなく淡々と受け容れる。技術を磨いたビジネスマンは、最悪の結果を止む得ないこととして受け容れる。心も技術も磨いていない凡人は最悪の結果を畏れて行動できない。


walkman

第1264日 「上位者」 と 「下位者」 についての一考察

今度は営業1課の新人である志路君が神坂課長のところにやってきたようです。


「おお、志路か。どうした?」


「研修の講師である神坂課長にお話を聞いて欲しいことがあります」


「わかった。今はちょっと手が離せないから、明日の夜一緒に飯を食わないか?」


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


翌日の夜、神坂課長は「季節の料理 ちさと」を予約したようです。


「ママ、今日はとびきり若いのを連れてきたよ。旨い魚を出してやってくれる? なるべくリーズナブルにね!」


「あら、はじめまして。私は岩村ちさと、この店の店主です」


「あ、はじめまして、こんばんは。志路航(わたる)です。よろしくお願いします」


「すごく礼儀正しいわね。きっとスポーツは野球かラグビーね?」


「はい、ずっと野球をやって来ました」


「ははは。ママ、サッカーをやってる子は礼儀正しくないってこと? それはスポーツに対する偏見だよ」


「そこまでは言ってないわよ。じゃあ、今日は特別に美味しい料理をお出しするわね」


「さて、相談事を聞こうか?」


「はい、清水さんのことです」


「だろうな」


「え、わかりますか?」


「だって、清水と君はよく似たところがあるからな。相当ぶつかり合うだろうと思ってたよ」


「はい。先輩ですから、なるべく指示に従おうとは思っているのですが、私はなぜその仕事をするのかを知った上で仕事がしたいんです。でも、清水さんは『今は黙って言われたことにベストを尽くせ』と言って、仕事の意味を詳しく教えてくれないんです」


「清水からすれば、面倒くさい後輩って感じだな」


「はい、ストレートにそう言われました」


「ははは。多分俺が清水でも同じことを言ったかもな」


「私は、相手が先輩だというだけでなんでも言うことを聞かなければいけない、というのはおかしいと思うんです」


「お前、よくその性格でずっと野球なんてやってこれたな?」


「野球に関しては学生でしたから、理不尽なことでも我慢してきました。でも、今は社会人になったんです。社会人になったらそういうのは卒業だと決めていました」


志路君、君は相当面倒くさいぞ」


「では、社会人といえども、やはり先輩の言いなりになるべきなのでしょうか?」


「そんなことはないさ。先輩だって上司だって間違えるときはあるし、理不尽になるときもあるものだ。そういう時は自分の意見をぶつけるべきだと思うよ。ただな」


「はい・・・」


「君は清水を尊敬しているかい? 敬意をもって発言をしているかい?」


「それは・・・」


「もちろん、人間の本質に上下なんてないはずだ。たとえ先輩や上司だからといって、人間的に優れているかどうかは別の話だよな。少なくとも持って生まれた徳性なんてものはそう変わらないだろう」


「はい」


「しかしな。相手は先輩だ。平社長はウチの社員は皆家族だと言ったよな。ということは、清水はお前の兄のようなものだ。だから弟として兄に接するようにすべきだと思うぞ」


「・・・」


「お前はまだ若いから、こんなことを言ってもわからないだろうけど、生きるってことは楽なことじゃない。働くってことも大変なことだ。清水はお前よりも一回り以上も長く生きているし、10年以上長く働いているんだ。それは凄いことなんだよ」


「神坂課長、大事なことにようやく気づきました。私は確かに先輩だって同じ人間じゃないか、自分より少し先に生れてきただけじゃないかと考えていました。清水さんもいろいろと苦労されて、エース社員になられたんですよね。これからはそのことをよく考えて、もっと敬意をもってお話をします」


「完全には腹に落ち切らないだろうけど、そう意識してみてよ。さて、そろそろいいかな? ママ!」


「準備OKよ!」


「よし、志路。場所を移動するぞ」


「はい?」


ふたりはカウンター席から奥の座敷に移動するようです。


「あれっ、清水さん!」


「おお、志路。お先にいただいているぜ」


「俺が呼んだんだ。昨日、清水にも同じような話をした上でな」


志路、俺はお前に対してちょっと偉そうにし過ぎていた。どうせ後輩なんて何もわからないんだから、言うことを聞けばいいんだって思ってた。昨日、神坂さんにこっぴどくやられたよ。(笑)」


「清水さん、私こそ、生意気で面倒くさくてすみませんでした。清水さんが凄い人だとわかっているつもりでしたが、まだまだ全然わかっていませんでした。これからもよろしくお願いします」


「はい、それでは、宴会をスタートしよう!」


「夏といえばやっぱり鰻でしょう。今日はちさと特製ひつまぶしをご用意しました。志路君は若いからたくさん食べれるでしょう?」


「もちろんです。ちさとママ、神坂課長、清水さん、ありがとうございます!」


ひとりごと 

小生の愛読書『修身教授録』には、以下のようなことばが掲載されています。 

上位者に対する心得の根本を一言で申しますと、「すべて上位者に対しては、その人物の価値いかんにかかわらず、ただその位置が自分より上だという故で、相手の地位相応の敬意を払わなければならぬ」ということでしょう。すなわちこの場合大事な点は、相手の人物がその真価とか実力の点で、自分より上に立つだけの値打ちがあろうがあるまいが、そういうことのいかんにかかわらず、とにかく相手の地位にふさわしいだけの敬意を払うように-ということです

この言葉は小生に、以下のことを教えてくれました。

1.地位の上下と人としての価値はまったく別物であること。
2.下位者は、上位者に対する地位相応の敬意を払うべきこと。
3.上位者は、下位者から人間としても尊敬される人物を目指さねばならないこと。


原文】
茫茫たる宇宙、此の道只だ是れ一貫す。人より之を視れば、中国有り夷狄(いてき)有り。天より之を視れば、中国無く、夷狄無し。中国に秉彜(へいい)の性有り。夷狄にも亦秉彜の性有り。中国に惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。夷狄にも亦惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。中国に父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。夷狄にも亦父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。天い寧(いずく)んぞ其の間に厚薄愛憎有らんや。此の道の只だ是れ一貫なる所以なり。但だ漢土の古聖人の此の道を発揮する者、独り先にして又独り精なり。故に其の言語文字、以て人心を興起するに足る。而れども其の実、則ち道は人心に在りて、言語文字の能く尽くす所に非ず。若し道は独り漢土の文字に在りと謂わば、則ち試(こころみ)に之を思え。六合(りくごう)の内、同文の域、凡そ幾ばくか有る。而も猶お治乱有り。其の余の横文の俗も、亦能く其の性を性として、足らざる所無く、其の倫を倫として、具(そな)ざる所無し。以て其の生を養い、以て其の死を送る。然らば則ち道豈に独り漢土の文字のみに在らんや。天果たして厚薄愛憎の殊なる有りと云わんや。〔『言志録』第131条〕


【意訳】
広大な宇宙には一貫した道が通っている。人間側から見れば、支那があり、また野蛮人の国もあるが、天からみればそんな区別はない。支那にも野蛮国にも道徳を守る習慣がある。支那にも野蛮国にも四端があり、五倫がある。天はそれらへ等しく愛情を注ぐ。天の道が一貫している証拠である。ただ、支那の古人がこの道を説くことが、他より早く、また詳しいだけのことである。このため支那の言葉や文字は人の心を奮い立たせる。しかしその道は人の心に在るのであって、言葉や文字にあるわけではない。それが支那にしかないというなら、以下のことを想像してみよ。世界中に支那と同じ言葉を使う国はいくつもあるだろうが、それでも乱れた国がある。また横文字の国であっても道徳性を身に着け、五倫を具えており、それによって生を全うし、死を迎えている。そう考えれば、天の道は支那にだけあるのではない。道は世界中に在り、天はまったく差別をしていないのだ。


【ビジネス的解釈】
人の徳性には生まれつきの差別などない。生まれた国や家柄によって差があるわけでもない。天はすべての人間に平等である。ビジネスにおいても同様である。役職や地位によって人間の徳性に優劣があるわけではない。そのことをよく理解して人の上に立つ者はマネジメントをするべきであり、下位にいる者は上位者への敬意を忘れずに行動するべきである。


food_hitsumabushi_set

第1263日 「急迫」 と 「寧耐 」についての一考察

飲酒事故の謹慎期間を終えて、雑賀さんが出社したようです。


朝礼の冒頭で平社長から説示があるようです。


「今回のようなことはあってはならないことです。雑賀君の処分には本当に悩みました。もし、人様を傷つけていたなら解雇処分にせざるを得なかったのかも知れません」


雑賀さんは神妙な面持ちで下を向いています。


「しかし、私は皆さんを家族の一員だと思っています。家族であれば、事故を起したからといって縁を切るでしょうか? どんなことがあってもサポートしていくのが家族です。だから、私は雑賀君の再起に期待したいのです」


「社員は家族か」
神坂課長がつぶやきました。


平社長の話が終り、司会の川井経営企画室長が雑賀さんに挨拶を促したようです。


「皆さん、このたびはご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした。自分のしたことがどれだけの人に迷惑をかけたのかを思うと、本当に情けない気持ちで一杯です」


大累課長は目を瞑って聞いています。


「ご存知のように、私はお酒を飲んでは失敗を繰り返してきました。今回の件で私はお酒をやめることを決めました。平社長はじめ経営幹部の皆様の温かいご配慮で、私はもう一度チャンスをいただきました。これから精一杯、一生をかけて会社のために力を尽くしていく所存です。皆様と一緒に働くことをどうかお許しください。私はこの会社が大好きです!」


「雑賀、立派だな。涙を流さずに話しきったところに好感をもったよ」
神坂課長が大累課長に話しかけています。


「俺は泣きそうなのを必死に堪えていました」


「ははは。お前はすぐ泣くからな」


佐藤部長が前に立ちました。


「雑賀君には復職にあたり、石崎君が取ってきてくれた大きなプロジェクトに参加してもらいます。このプロジェクトは今まで当社が請負ったことのない医療情報システム導入に関するものです。それには、当社一のIT通である雑賀君の力が必要です」


「再スタートを切るには良い仕事だね。彼ならではの力が生かせそうじゃない」
大竹課長が大累課長にささやきました。


「とにかく、家族の一員である雑賀君が戻ってきてくれたんだ。みんな、温かく迎えてあげてくれよ!」
川井室長が朝礼を締めました。


その後、雑賀君のデスク周りには多くの人だかりができています。


「とにかく1ヶ月も仕事に穴を開けてしまったので、これからは今までの2倍働きます!」


「今までの2倍? お前は今まで人の半分しか働いていなかったんだから、2倍じゃ足りねぇよ。4倍はやってもらわないと!」


「大累、厳しいね。俺はそんな鬼みたいなことは言えないなぁ」


「そうでしょうね、あなたはカミサマですから」


「なんだと、このやろう!」


「ははは。久し振りに神坂さんと大累さんの掛け合い漫才を聞けました。ああ、なんか良いなぁ。やっぱりこの雰囲気、最高です」


「別に漫才をしてるわけじゃないぞ。ただな、雑賀。あんまり焦るなよ。慌てて取り戻そうとして、身体を壊したりしたら、お前のお母さんを泣かせることになるからな」


「はい、神坂さん。ありがとうございます」


「きっと佐藤一斎先生も、お前にメッセージがあるはずだ。ね、佐藤部長」


「おー、無茶振りだな。そうだなぁ。一斎先生はこんなことを言っているね。『急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す』とね」


「そうだぞ、雑賀」


「どういう意味なんですか、神坂さん?」


「そ、それは・・・。部長、よろしくお願いします」


「ははは。あんまり急ぐとかえって失敗するから、じっくりと逆風に耐えながら仕事を進めなさい、という意味だよ」


「そういうことだ、雑賀。当然、逆風は強いぞ。耐えられるか?」


「はい、何があっても耐えてみせます!」


「それにしても、カミサマは調子が良すぎませんか?」
石崎君が山田さんに話しかけました。


「そう思う? 私には神坂課長が一所懸命に明るい雰囲気を作ろうとしてくれているように見えるけどな」


「あ、そうなのか!」


「さすがはカミサマだな」
本田さんが石崎君にささやきました。


ひとりごと 

人間は失敗をするとそれを取り戻そうと焦ります。

その焦りがなお一層の失敗を招いてしまうということはよくあることです。

辛い時、ピンチの時こそ、粘り強く耐え抜く覚悟を持たなければならないのかも知れません。


原文】
急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す。〔『言志録』第130条〕


【意訳】
事を成すことを焦れば失敗するし、じっくりと耐え忍んで実行すれば成功する。


【ビジネス的解釈】
仕事は急ぎすぎれば失敗する。じっくりと逆風に耐えてこそ成就するものだ。


fukusyoku_nayamu_man

第1262日 「雨の日」 と 「晴れの日」 についての一考察

営業2課新人の梅田君が深刻な表情で神坂課長のデスクにやってきたようです。


「神坂課長、ちょっとよろしいですか?」


「おいおい、どうした。なんか表情が冴えないじゃないか」


「はい、いろいろと悩みがありまして・・・」


「よし、話を聞こうじゃないか。喫茶コーナーへ行こう」


ふたりは喫茶コーナーへ移動したようです。


「はい、これで梅田の飲みたいものを買えよ。俺はアイスコーヒーのブラックだな」


「ありがとうございます」


梅田君もアイスコーヒーを買って、ふたりで口をつけています。


「さて、どうした?」


「はい。毎日先輩に同行しているのですが、分からないことが多すぎて、全然力になれないんです。それが悔しくて、悔しくて」


「(なんだ、そんなことか。こいつ辞めるとか言い出すんじゃないかと心配しちゃったよ)」
神坂課長は心の中でつぶやきました。


「よし、わかった。じゃあ梅田、8月末までに英語を完璧に覚えてもらって、9月からは俺との会話は英語以外禁止にしよう」


「えー、そ、それは無理ですよ。1ヶ月で英語を覚えろなんて無茶ですよ!」


「そうかなぁ。4ヶ月で営業の仕事をすべて覚えるのとそれほど違わないと思うけどな」


「・・・」


「なあ、梅田。焦る気持ちは分かるが、たかが半年くらいで営業の仕事をすべて理解しようと思うなよ。それは、今言ったように、1ヶ月で英語をマスターすることと同じくらい不可能な話なんだよ」


「そうかも知れませんが・・・」


「雨の日に絶対に濡れない方法は何だと思う?」


「え、それは・・・。傘をさすことですか?」


「傘をさしたって少しは濡れてしまうだろう。正解は外に出ないことだよ」


「なんだ。そういうことですか」


「物事にはすべてタイミングというものがあるからな。何かを欲しいと思って慌てて動いても、タイミングが合わなければ手には入らないんだよ。それよりも今の自分にできることをコツコツ積み重ねていけば、いつか必ず手に入るはずだ」


「はい・・・」


「雨の日には雨の日にできることを、晴れた日には晴れた日にできることをやるべきなんだ」


「そうですね。この前、課長が研修で話してくれた準備をするしかないんですね」


「そうだよ。明日の仕事を事前に聞いて準備する。しかし、それでも同行すると、やっぱり分からないことが出てくるから、それは帰ってきて調べる。調べ終わったら、また明日の準備をする。その繰り返しだよ」


「ちょっと焦り過ぎていました」


「メンバーの力になりたいと思ってくれたことは、すごく嬉しかったよ。俺の新人のときにそんなことは思わなかったもんな。君は凄いね。将来は有望だよ。だからこそ、焦らないでじっくりと育って欲しいな」


「ありがとうございます。モヤモヤが吹き飛びました!」


「ちなみにさ。今の会話の中で俺が2つ例え話をしただろう?」


「えーと、英語の話と雨の話ですか?」


「そう。それはね、類推話法という営業のテクニックのひとつを使ったんだよ。何かを伝えたい時、ストレートに伝えるよりも、例え話で伝えた方が、相手の心のスクリーンに映像が残って理解しやすいんだよ。人は例え話が大好きだからね」


「たしかに、英語の話はすっと腹に落ちました」


「なんだよ、ということは、雨の話は・・・」


「イマイチでした」


「そうなんだよ。類推話法は上手に使えば効果絶大なんだが、下手な例えをするとかえって混乱を招くから気をつけた方がいいぞ」


「課長はそれをわからせるために、わかりにくい例え話を使ったんですか? 凄いですね」


「そ、そりゃそうだよ。何事も実践だからな」


「(絶対嘘だな)」
梅田君はそう確信したようです。


ひとりごと 

急いては事を仕損じる、とは昔からの格言です。

しかし、ただこの言葉は、ただ何もせずにじっとしていろ、という意味ではありませんね。

今目の前の自分にできることを淡々と処理しながら、志は捨てずに時が熟するのを待つ。

それを教えてくれています。

一斎先生のこの言葉も同じ主旨に理解して良いでしょう。


原文】
需は雨天なり。待てば則ち霽(は)る。待たざれば則ち恬濡(てんじゅ)す。〔『言志録』第129条〕


【意訳】
需という字は雨天を表す。雨天であれば待てば晴れる。しかし待たなければずぶ濡れになってしまう


【所感】
需要の需(もとめる)という字は雨天を表している。つまり、何かを必要とするときも慌てて動けばずぶ濡れになるが、時を得て動けば晴天となるように、求めるものを得ることができるのだ。


travel_isogu

第1261日 「スランプ」 と 「解決策」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長の部屋に居るようです。


「最近、2年生の二人がスランプなんですよね」


「石崎君と善久君かい?」


「はい。石崎は最初の頃の勢いがなくなってきましたし、善久はマイナス思考に磨きがかかってきたようです」


「二人とも営業の怖さを知ったんだろうね」


「営業の怖さ?」


「モノが思うように売れないことや、そもそもお客様に会ってもらえない経験が積み重なると、どうしてもそうなりがちなものだよ」


「そういうものですかね? 私は全然そんなこと感じたことなかったなぁ」


「ははは。やっぱり神坂君は大物だねぇ」


「いや、ただの馬鹿なんだと思います。野球でいえば、ストレート一本でマウンドに立ち続けているようなものですかね?」


「そのストレートが通用するんだから、別に良いんじゃないの」


「どうなんでしょうか? まあ、時々ナックルボールみたいな魔球を投げることもありますけどね。(笑)」


「ただ、2年目の二人は神坂君と違ってストレート一本では厳しいのかも知れないね。このままの状態が続くことは、あまり宜しくないよ」


「自信を失ってしまうと取り戻すのは大変ですよね」


「一番怖いのは、その状態が続いて慢性化すると、そのことに慣れてしまって、売れないこと、お客様のお役に立てないことが当たり前だと思うようになってしまうことだよね」


「そんな状態で辞めていった奴も何人も見てきました」


「やはり何か成功体験を積ませるとか、自分がお客様のお役に立っていると実感できる場面を見せることが必要かも知れないね」


「成功体験かぁ」


「ちょっとナックルボールを使いましょうか?」


「え?」


「お客様にお願いしてサンキューレターを書いていただこうかと思いまして・・・」


「二人に同じようなタイミングでサンキューレターが届いたら、裏で神坂君が動いたことがバレてしまうんじゃないかな?」


「ああ、そうですね」


「長谷川先生に社内で講演をしてもらおうか?」


「おお、それは良いですね。どんな名目で講演をお願いしますか?」


「毎月一回、メーカーさんに勉強会をお願いしているよね。あの枠を使って、勉強会の形式で、『医師が求めるこれからのディーラーの在り方』というタイトルで講演してもらうのはどうだろう?」


「さすがは部長です。すごく良いですね。さりげなく我々の仕事の重要性やお客様にどれだけお役に立ってきたかを認識してもらえますね」


「うん。長谷川先生の話なら間違いなく彼らの心に響くはずだよ」


「もし可能なら、講演会の後、営業部全員で長谷川先生と食事をしながらディスカッションできたら素晴らしいですよね」


「いいね。そのことも含めて早速、長谷川先生にお願いに上がろうかね」


「きっと長谷川先生ならご快諾いただけますよ。なんか想像しただけで、どんな話をしていただけるのか私までワクワクしてきます」


「うん。ただ一ヶ月くらい先に設定しないと、ご迷惑になるだろうから、それまでは二人のモチベーションを切らさないように頼むよ」


「はい」


「もしもし、あ、長谷川名誉院長先生をお願いします。突然のお電話で恐縮ですが・・・」


「(もうこの問題は解決したも同然だな。課題に対する的確な対応策を提示するという意味では、まだまだ俺は佐藤部長にははるかに及ばないな)」


佐藤部長が電話をしている間、神坂課長はそんなことを考えていたようです。


ひとりごと 

営業の仕事をしていると何度も壁にぶつかります。

営業がわかり始めたときが一回目の壁やスランプになることが多いようです。

そういうときは、売上で成果をあげることを優先させるより、自分の仕事がどれだけお客様のお役に立っているかを理解してもらう方が重要なのではないでしょうか?


原文】
身恒に病む者は、其の痛みを覚えず。心恒に病む者も、亦其の痛みを覚えず。〔『言志録』第128条〕


【意訳】
恒に身を病んでいる人はその痛みを感じなくなってしまう。また恒に心を病んでいる人も、その心の痛みが麻痺してしまい、わからなくなってしまう。


【ビジネス的解釈】
恒に心身を病んでいる人は身体の痛みも心の痛みも感じなくなってしまう。それと同じように、仕事においても常にマイナス思考でうまく行かない状態が続くとそのことに慣れてしまい、向上心が失われてしまう。


sports_slump_baseball

第1260日 「準備」 と 「成果」 についての一考察

今日の神坂課長は、新卒社員さんの研修講師を務めているようです。


「準備で仕事は8割決まります。私は常々、この言葉を発して準備の大切さを社内のメンバーに語り続けています」


4人の新卒社員さんは、懸命にメモを取っています。


「湯浅君、君は人前で話をするときに緊張するタイプかな?」


「は、はい。めちゃめちゃ緊張します」


「そうか。実はね、何かをするときに緊張するというのは、それをうまくやれる自信がないからなんだよ。では、なぜ自信が持てないのかといえば、それは自分自身が手を抜いていることに気づいているからなんだ」


「なるほど」
梅田君が納得しています。


「手を抜くとはつまり、準備を怠ることだよね」


「そうかも知れないなぁ」
湯浅君も納得の表情です。


「自分自身が満足のいくレベルまで準備をして臨めば、異常に緊張して頭が真っ白になる、なんてことにはならないんだよ。たとえばプレゼンテーションをする場合に、パワーポイントのシートを精一杯作りこんで、満足のいくトークができそうだと思えば、緊張感よりワクワク感の方が増してきて、早く皆さんに聞いてもらいたいと思うようになるはずなんだ」


藤倉君の笑顔が一段と輝いています。


「いま皆さんは、先輩についてご施設を廻っているよね。ところで皆さんは、前日のうちに翌日同行する先輩に、明日の仕事の内容について事前確認をしているかな? 確認すれば予習することができるよね。そうすると先輩とお客様が何を話しているかを理解し易くなるでしょう。ところが、何も聞かずに同行すれば、知らない言葉がたくさん出てきて話の内容は理解できないまま、後で調べようとして言葉をメモする毎日になってしまう。志路君、どうだい?」


「はい、情けないですが、今までは前日に確認していませんでした。今日から実践します」


「うん、今はそれでいいよ。準備の大切さに気づけば、自然とそういう仕事のスタイルになるはずだからね。他の皆さんも是非今日から実践してくださいね」


「はい!」
4人の声が揃いました。


「これは後ろにいる佐藤部長から教えてもらったことなんだけどね。佐藤部長が敬愛する江戸時代の学者さんに佐藤一斎先生という方がいたんだ。その人はたくさんの名言を残しているんだけど、そのなかのひとつにね。『超一流の人は、意識をしなくても自然とすべての準備を整えられる。そこまではいかなくても、一流の人は意識して準備をするから大きなミスをしない。ところが凡人は準備を怠るからミスをし易い』という主旨の言葉があるんだよ」


「ああ、私は凡人だなぁ」


「ははは、湯浅君。そんなことはないさ。私が新人の頃もやっぱり準備を怠ってよく失敗したからね」


「本当ですか、よかったぁ」


「ははは」
皆が笑っています。


「まずは準備を意識して、ミスの少ない一流のビジネスマンを目指そうな」


「はい!」


「ところで、最初に伝えた言葉には、どれだけ準備をしても8割しか成功は見えないという捉え方もある。いわゆる想定外というやつだよね」


「どれだけ準備をしても想定外のことは起きるものなんですか?」
湯浅君が質問したようです。


「残念ながらね。だから準備で100点を狙っても仕方がない。80点主義でいくべきだね。ある程度自信のある準備ができたらなるべく早く実践しないとね。これを拙速優先主義というらしい」


「たしかに完璧を目指すと、準備に時間が掛かり過ぎますね」


「志路君、さすがだね。そもそも『完璧』というのは傷がまったくない璧という意味で、実際
にはあり得ないものを指す言葉だからね」


「そうだったんですか!」
藤倉君が驚いています。


「でも、想定外にぶち当たったらどうすればいいのでしょうか?」
湯浅君が心配そうに尋ねています。


「残念ながら、それに対する万能の答えはないんだ。状況はすべて違うものだからね。そのときは、お客様の気持ちを察して、現実から逃げずに、今自分にできることを精一杯やり尽くすしかないんだよ」


「そうなのかぁ」
湯浅君は不安そうです。


「とにかく、お客様のお役に立ちたいと強く念ずれば、必ず解決の糸口は見えてくる。そう信
じて真正面からぶつかって欲しいな」


「はい!」


「そろそろオブザーバーは必要ないかな?」
佐藤部長は後ろの席でそうつぶやいたようです。


ひとりごと 

昨日に続き「準備」の大切さについて物語をつくりました。

この研修の場面は、実際につい先日、小生が勤務先の新卒社員さん向けに実施した研修のひとコマです。

若い人たちが、常に準備を怠らず、適度な緊張感で仕事ができるビジネスマンに育ってもらえたら、それ以上に嬉しいことはありません。


原文】
聖人は強健にして病無き人の如く、賢人は摂生(せっせい)して病を慎む人の如く、常人は虚羸(きょるい)にして病多き人の如し。〔『言志録』第127条〕


【意訳】
聖人は身体が強く健康で病気のない人のようであり、賢人は努めて病気にならないように気をつけている人のようであり、普通の人は体が弱く病気がちな人のようである。


【ビジネス的解釈】
超一流のビジネスマンは、意識しなくとも禍の根源を生むような行動はしない。一流のビジネスマンは、常に意識をして禍が降りかかることのないように心がけている。三流のビジネスマンは、そうした意識がないために、容易に禍に巻き込まれてしまう。


sleep_saigai_mochidashi_bag

第1259日 「準備」 と 「感動」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に、元N大学医学部消化器内科教授で現N鉄道病院名誉院長の長谷川先生の御用達のフランス料理店に居るようです。


「神坂君、なんだか落ち着かない感じだけどどうしたの?」


「長谷川先生、私はあまりこういう場所に来ることがないので緊張します」


「ははは。ここは私が20年来使わせてもらっているお店だから、気楽に食事を楽しもう」


「ありがとうございます」


その後、全ての料理が見事なタイミングで運ばれ、3人は料理とワインに舌鼓を打ちながら楽しい時間を過したようです。


「お待たせしました。本日のメインです。鴨胸肉のローストになります。オレンジ風味のガストリックソースでお楽しみください」


「うわぁ、きれいなお肉ですね。鴨肉なんて鴨南蛮くらいしか食べたことがないです」


「長谷川先生、こちらのお料理は味だけでなく、見た目も楽しませてくれますね」


「佐藤さん、食事を味覚だけで楽しむのはもったいないよね。私は、嗅覚、視覚など五感をフル活用して楽しみたいと常々思っているんだよ。そういう意味ではここのお店は私のベストオブベストだね」


「食事を五感で楽しむんですか? そんなこと考えたこともなかったです」


「神坂君は味覚のみかい?」


「もしかすると、味覚すら怪しいところで、満腹にさえなれば良いという感じかも知れません」


「ははは。それはもったいないなぁ。まあ、せめて今日は五感を使って楽しんでくださいよ」


「はい、ありがとうございます」


「ここのお店のこだわりは素晴らしくてね。予約のお客さんしか受け付けていないんだけど、たとえ予約があっても満足のいく素材が入らなかったときはお店を開けないんだよ」


「えーっ、それでは大事なアポイントなんかには使えないですね」


「ところがね。このお店のことを知っているお客さんは、ぜひ食事をしたいと思っているから、お店が開かないと聞いても、がっかりするだけで、文句を言うお客さんはほとんどいないんじゃないかな」


「そこまで素材にこだわるんですね」


「それだけじゃないよ。お客さんの好みを完璧に把握して、主菜と副菜のバランスを考えてくれるし、火の入れ方や彩(いろどり)まで季節感を出しながらもお客さんの好みに合わせてくれるんだよ」


「ということは、オーダーはすべてお任せですか?」
佐藤部長です。


「そのとおり。だからこそ、今日はどんな料理が出るのかワクワクするんだよね」


「実は、最初から感じていたのですが、我々の好みもしっかり把握されているように感じたのですが?」


「さすがは佐藤さんだね。実は、事前にこの店にお邪魔して、オーナーに私のわかる範囲で二人の好みを伝えておいたんだ」


「本当ですか! 長谷川先生、私は感動して涙が出てきました」


「おいおい、涙はやめようよ。私はただ二人に喜んでもらえればそれで満足なんだからね」


「神坂君、今日はおいしい料理をいただくだけでなく、とても大切なことも教えていただいたね」


「はい。お客様に最大限の喜びを感じていただくために、好みを把握し、素材を厳選し、五感のすべてに訴える料理を準備する。このお店の料理に対する姿勢は、我々のビジネスにおいてもとても参考になります」


「簡単に顧客第一などという言葉を使ってしまうけど、真の顧客第一主義というのはここまでこだわりを持たなければ実現できるものではないんだね。でも、今日の学びはそれだけじゃないよね」


「はい、もうひとつ感動したことがあります。長谷川先生の私たちへのご配慮です。やっぱり涙が止まりません」


「神坂君、涙を流したら、せっかくの料理を視覚で楽しめなくなるよ」


ひとりごと 

仕事は準備で8割決まる。

これは小生が教育研修で言い続けている言葉であり、小生自身がこの信念をもって仕事をしています。

お客様に心から喜んでいただくためには、お客様の期待を超える価値を提供するしかありません。

それに対する感謝や感動の証が、お客様から支払われる代金なのです。


原文】
周官に食医有りて飲食を掌(つかさど)る。飲食は須らく視て常用の薬餌(やくじ)と為すべきのみ。「食(し)は精なるを厭わず。膾(かい)は細なるを厭わず」とは、則ち是れ製法謹厳の意思なり。「食の饐(い)して餲(あい)し、魚の餒(だい)して肉の敗るるは食わず、色の悪しきは食わず、臭の悪しきは食わず」とは、則ち是れ薬品精良の意思なり。「肉多しと雖も、食気に勝たしめず」とは、則ち是れ君臣佐使分量の意思なり。〔『言志録』第126条〕


【意訳】
『周官』という書物には、食医という飲食を司る役職についての記載がある。飲食はすべて常用の薬と視るべきである。「飯はどれだけ精白でもよく、肉の切り身はどれだけ細くてもよい」とは、食事を作るときには丁寧に注意深くせよという教えである。「飯の腐って味が変わってしまったものや、魚が腐って形が変わってしまったものは食べず。色の悪くなったもの、臭いの悪いものは食わず」とは、素材を精選せよとの教えである。「おかずとしのて肉が多くても、飯よりは多く食べない」とは、主食と副菜とのバランスについての教えである。


【ビジネス的解釈】
食事を作る際には、素材を精選し、主食と副菜のバランスを考慮した上で、丁寧かつ注意深く調理することが重要である。これと同じように、仕事においても、その仕事をする大義はどこにあるのかを明確にし、本業と副業のバランスを考慮した上で、慎重かつ丁寧に実行することが求められる。


job_chef_man

第1258日 「誠意」 と 「技術」 についての一考察

営業2課の神坂課長と本田さんは、N大学医学部附属病院消化器内科の中村教授と面会しているようです。
(事の経緯については、第1257日の物語をご参照ください)


「中村教授、このたびはご無理を申しまして申し訳ありません」


「まあ、困った時はお互い様だからね。神坂君の確固たる誠を感じたから、OKせざるを得なかったよ」


「誠ですか?」


「誠意というのか、純粋な心というのか、そういうものを感じたよ」


「私は馬鹿ですから、あれこれと策が浮かぶわけではないので、同じ機種がN大学さんにあるなら借りるしかないと思っただけなんですけど・・・」


「でも、それは患者様のことを考えたからこその行動なんでしょう?」


「はい。それはその通りです。ベッドで寝たままお待ちになっていると聞いたら、居ても立ってもいられなくなりました」


「それが真っ直ぐに伝わってきたよ。そんなときに、系列がどうこう言っていたら、医療人として恥ずかしいよね」


「課長の誠が中村教授の心を動かしたのですね?」


「本田さん、だったよね? そう、その通り。こんな言葉があるんだよ。『至誠にして動かざる者は、未だこれ有らざるなり』。これは、吉田松陰の言葉だと思われている人もいるようだけれど、本当は『孟子』のなかにある言葉なんだ」


「誠意をもって人に接すれば、相手は意気に感じて必ず動いてくれるものだ、という意味ですか?」


「おお、名訳だ! 本田さんはなかなか優秀だね」


「中村教授、私の頃はウチの会社は三流大学卒ばかりでしたが、最近はそこそこの大学卒も入ってくるようになりましたから」


「ははは、なるほどね。さて、今の言葉には意外と知られていない続きの言葉があるんだよ」


「ほぉ」


「『誠ならずして、未だ能く動かす者は有らざるなり』とね」


「ああ、それならわかります。誠意のない小手先のテクニックでは人は動かないよ、ということですね」


「神坂君、やるじゃないか。お見事だよ」


「中村教授に誉められると、心から喜びが湧き上がってきます」


「ははは。私は、長谷川先生と違って、誉めて育てるタイプだよ」


「そうだ本田君、君は早めに内視鏡室でスコープをお借りして、S市民病院に届けた方がいいぞ」


「はい、そうさせていただきます。中村教授、この度は本当にありがとうございます」


「良い上司をもった本田さんは幸せ者だね」


「はい、心からそう思います!」


「本田さんは急いで内視鏡室へ向かったようです。


「神坂君、君は背中でとても大事なことを後輩達に語りかけているね」


「はい? どういうことでしょうか?」


「どれだけ営業のテクニックを教えても売れる営業マンになれるとは限らない、ということを実践で伝えているよね。テクニックも大切だけど、それよりもお客様のお役に立ちたいという想いの方が大切だよね」


「はい、それは私の営業の在り方の根本にある考え方です」


「神坂君は、電話で『この借りは必ず返すと言ってくれていたよね?」


「はい、必ず何か形にしてお返しします」


「その必要はないよ」


「えっ、何故ですか?」


「もう既に返してもらったからさ」


「どういうことでしょうか?」


「今回の一件で、私は君から大切なことを教えられたんだ」


「・・・」


「さっきの営業の話は医療にも通じる話なんだ。医療技術を磨くことは大切だけど、その前に『患者様の命を救いたい、健康な生活を取り戻させてあげたい』という想いがなければ、本物の医療人にはなれないんだよ」


「なるほど」


「医療行為は常に成功を求められるけれど、時には救えない命もある。そんなとき、医師がどれだけ誠意を尽くしたかで、患者様のご家族の対応は明らかに違ってくるんだ」


「それは、そうかも知れませんね」


「私も学生に講義をしているからね。今日、神坂君から教えられたことを講義のなかに取り入れないとな」


「恐縮です!」


ひとりごと 

昨日のひとりごとに、「それは誰かのお役に立つことか? そこに私欲はないか?」と自問自答してみようと記載しました。それをよりシンプルに言い替えるならば、「そこに誠はあるか」となるでしょう。

かつて故安岡正篤先生は晩年、口癖のように「最近は誠がない」と嘆かれていたと聞きました。

誠があれば何でもできるわけではありませんが、少なくとも人を動かすことはできるのだと信じましょう。

逆に誠ではなく、損得勘定で人を動かせたとしても、それで動くような人はすぐに裏切る可能性があるということも覚えておきたいところです。


原文】
已む可からざるの勢いに動けば、則ち動いて括られず。枉(ま)ぐ可からざるの途(みち)を履めば、則ち履んで危うからず。〔『言志録』第125条〕
 

【意訳】
已むに已まれぬ思いで動けば、邪魔されることはない。曲げることのできない義を貫けば、実践しても危機に陥ることはない。


【ビジネス的解釈】
もうこれ以外に方法はないと信じて突き進めば、人を動かせないことはない。自分が正しいと信じることを貫けば、どんなに厳しい場面でも乗り越えることができる。


DSC_1201






























嵐酔さんのブログより
http://sumiransui.blog.fc2.com/blog-entry-1195.html

第1257日 「緊急事態」 と 「既成概念」 についての一考察

営業2課の本田さんが神坂課長のデスクにやってきました。


「課長、S市民病院の内視鏡室から電話で、スコープが故障して代替品がなくて困っているそうです」


「O社さんに代替品はないのか?」


「はい、備品センターの備品もすべて出払っているようです。処置用の特殊スコープですので、備品の数もそれほど多くないですから」


「患者さんがいるんだよな?」


「はい、今もベッドに寝ている状態のようです」


「それは困ったな。どうするかな?」


「ザキ、カミサマどうするんだろうな」


「ゼンちゃん、さすがのカミサマもどうしようもないだろう。備品センターにないんだからさ」


若手の二人がささやき会っているようです。


「同じ機種を持っている施設は限られるな」


「課長、他の施設から借りるつもりですか?」


「それしかないだろう。どこか知らないか?」


「N大学病院さんなら確実に持っていますが・・・」


「やはりそうだよな。よし、中村教授に相談してみよう」


「し、しかし、S市民病院さんはN大学の系列外の病院ですよ!」


「そんなことはわかっているよ。でも患者さんを待たせるわけにはいかないだろう」


神坂課長はすぐにN大学病院に電話をかけたようです。


「あ、消化器内科の秘書さんですか。私はJ医療器械の神坂と申します。大変恐縮ですが、急ぎの件がありまして、中村教授につないでいただけないでしょうか?」


「系列外の病院に機械を借りるなんて、普通じゃ考えられないよな。S市民病院はN市立大学の系列だからね」
石崎君がささやきます。


「N大学とN市立大学の関係は決して良くはないもんな」
善久君も驚いています。


「はい、ありがとうございます! このお礼はかならず致します」


「神坂課長、お借りできたのですか?」


「おお、本田君。中村教授が快諾してくれたよ。すぐにN大学に一緒に行こう。俺も直接教授にお礼をしたいからな」


「神坂課長」


「どうした、石崎?」


「系列外の病院さんから医療機器を借りるなんて、私の発想にはありませんでした。凄いです」


「ははは、それは誉めてくれているのか? いいか石崎、常識に捉われすぎるなよ。俺達はお客様のお困りごとを解決するために仕事をしているんだ」


「はい」


「お客様が困っていることを解決できる可能性が1%でもあるなら、自分勝手に無理だと考えずに、まずはやってみることだよ」


「課長は、中村教授から承諾をしてもらえる自信があったのですか?」


「自信なんかあるわけないだろう。正直にいって、うまくいくかいかないかなんて考えてもいなかったよ。とにかく頼めることは頼んでみようと思っただけだよ。じゃあ本田君、行こう」


「はい」


「かくすればかくなるものと知りながら 已むに已まれぬ大和魂、って感じだな」


「佐藤部長!」


「石崎君、神坂君の素晴らしいところはああいうところだね。彼は40歳になった今もまったく既成概念をつくらないよね」


「既成概念ですか?」


「自分で自分に壁をつくってしまうことだよ」


「ああ、なるほど。(やっぱりカミサマはすげぇな)」
石崎君はなんだか誇らしい気持ちで、神坂課長の背中を見送ったようです。


ひとりごと 

仕事を始める前にしっかりと事前調査をして成功の確率を高めることはとても大事なことです。

しかし、緊急事態が発生した場合、そうした時間がとれるとは限りません。

時には、やむにやまれぬ思いで「これしかない」と思ったことに突き進むことも必要になります。

そのときひとつだけ自問自答すべきことがあるとすれば、「それは誰かのお役に立つことか? そこに私欲はないか?」ということではないでしょうか?


原文】
雲烟は已むを得ざるに聚り、風雨は已むを得ざるに洩れ、雷霆(らいてい)は已むを得ざるに震う。斯に以て至誠の作用を観る可し。〔『言志録』第124条〕


【意訳】
雲や煙はやむを得ずして集まり、風雨もやむを得ずして吹き荒れ、雷もまたやむを得ずして鳴り響く。これを見てやむに已まれぬ人の誠の心の発露をしることができよう。


【ビジネス的解釈】
自然界における現象はすべてやむを得ずして起るものである。同じように人間も已むにやまれぬ想いをもって仕事に力を尽くすべきである。


kinkyu_tsuhou_souchi
プロフィール

れみれみ