一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年07月

第1266日 「平時」 と 「有事」 についての一考察

今日は営業部の佐藤部長、神坂課長、大累課長、新美課長の4名が「季節の料理 ちさと」で食事をしているようです。


「どうだ、新美。そろそろリーダー業にも慣れてきたんじゃないか?」


「まだ4ヶ月目ですよ、そんな簡単なものではないですよ」


「たしか、神坂さんは、リーダーになって3日目くらいに、『俺のリーダーシップも板についてきた』とか言ってましたよね」


「大累君、謙虚で知られたこの私がそんな不遜なことを言うはずがないだろう!」


「あら、神坂君。私もあなたがリーダーになって5日目くらいに、『俺は天性のリーダーだ』なんて言ってたのを覚えているわよ」


「ちさとママ、勘弁してくださいよ!」


「ははは」
一同大爆笑です。


「ところで、神坂さんは日頃からどんなリーダー像を理想としているのですか?」


「新美君、よくぞ聞いてくれた。リーダーというのは、いわば、同じ舟に乗り込んだ仲間を無事に目的地に送り届ける船頭みたいなものだと思っているんだ」


「なるほど」


「ところが、航海というものはいつも順風満帆な時ばかりではないよな。時には大時化に襲われるときだってあるだろう。俺は、そういうピンチのときにこそ冷静に対処して、メンバーをひとつにまとめることができる、そんなリーダーを理想に描いているんだよ」


「きゃー、カミサマ。格好いい!」


「ゴン」


「痛ぇ」


「たしかに想定外のトラブルが発生した時にジタバタするようなリーダーだと、メンバーはがっかりするでしょうね」


「仮に心の中は動揺しまくっていたとしても、顔は笑顔を失くさず、明るくメンバーを励ますようなリーダーでいたいよな」


「なるほど、たしかに格好いいですね。佐藤部長はどんなリーダーでありたいとお考えですか?」


「私はね。平常のときこそ、想定外の事態に対する備えを怠らないようにしておきたいと思っているよ。平時の時から有事に備えて各メンバーに明確な役割を与えておけば、いざという時には、リーダーが特別な指示をしなくても、メンバー各自が自分でやるべきことを淡々と処理してくれるはずだよね。私はそんなチームづくりが理想かな」


「神坂さん、これは完全に一本取られましたね」
大累課長です。


「たしかに! これは参りました。さすがは佐藤部長です」


「ということを佐藤一斎先生が言っているんだ」


「な、なんだぁ。そういうことですか。(笑) でも、実際に佐藤部長はそういうリーダーシップを意識しているんですよね?」


「『言四録』を読んで感銘を受けたからね。でも、できているかどうかは怪しいものだよ」


「準備で仕事は8割決まる。私は新卒社員さんたちに偉そうにそんな話をしておきながら、自分はまだまだ準備の意味を理解していなかったことを思い知りましたよ」


「野球の世界でも、名手と呼ばれる選手はファインプレーがないと言いますよね。名手は、最初から最善の守備位置についているから、他の野手なら捕球できないような打球でも、何事もなかったかのようにキャッチするんですよね」
新美課長です。


「さすがは大の竜ファンだ。その例えはわかりやすいな」


「その点、神坂さんはわざと派手に転んでファインプレーに見せるタイプですよね?」


「うっ、ムカつくけど、その通りかも知れない」


「ははは」


愉しい宴はその後も続いたようです。


ひとりごと 

真のリーダーとされる人は、たしかに派手なパフォーマンスをしないものかも知れません。

しかし派手なパフォーマンスは目立ちますので、そうしたパフォーマンスの得意なリーダーの方が世間の注目を浴びるものです。

小生などはその典型で、全国のリーダーが集まる会議などでは、なるべく人の意表を突く発言をして目立とうということばかり考えていたものです。

リーダーはでんと構えているだけで、メンバーが各自の意志で期待通りに動く、そんな組織を作り上げましょう!


原文】
賢者は歾(ぼっ)するに臨みて、理の当に然るべきを見て以て分と為す。死を畏るるを恥じて死に安んずるを希(こいねが)う。故に神気乱れず。又遺訓有りて、以て聴くを聳(そびや)かすに足る。而して其の聖人に及ばざるも、亦此に在り。聖人平生の言動、一として訓に非ざるは無く、而して歾するに臨み、未だ必ずしも遺訓と為さず。死生を視ること、真に昼夜の如く、念を著くる所無し。〔『言志録』第133条〕


【意訳】
賢人は臨終に際して、その死を道理の上で当然のこととして受け入れるので、死を畏れず、安らかに死ぬことを望むものである。このために心を取り乱すこともない。また遺訓によってそれを聴くものの心をゆさぶる。しかしこれこそが聖人に及ばない点であるとも言えるのだ。なぜなら聖人の平生の言動はすべて人の教えとなるものであるから、必ずしも遺訓を遺さないのである。死生を昼夜の如く見ているため、心を惑わすこともないのだ。


【ビジネス的解釈】
賢人と呼ばれる人は、何事につけ心を平静に保ち、死をも恐れることなく、立派な遺言を残すものだ。しかし、聖人と呼ばれる立派な人は、普段から人を教え諭す言動を行っているため、あえて遺言のようなものを残すことはない。それはあたかも死と生とを夜と昼に見立てて、自然に移り行くものとして理解しているかのようだ。同様に、仕事においても、危急の際に心を惑わすことなく、言葉で人を導くリーダーは有能と言える。しかし、日頃から常に有事に備えて言葉で教え諭すリーダーの下では、危急のときにもメンバーは各々が最適な行動を取るようになる。それが理想のリーダー像である。


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第1265日 「技術」 と 「心」 についての一考察

営業1課の願海君が新美課長のデスクにやってきました。


「課長、例の幕田記念病院の大口商談ですが、F社さんのシステムに敗戦しました」


「えっ、そうなの? あれは今期の売上に見込んでいたよね?」


「はい、私の中では一番大きな商談でした。本当に申し訳ありません」


「もう今からではどうしようもないのかい?」


「はい、既に納入業者のY社さんと契約書を交わしたそうです」


「そうか、とても残念だね。敗戦の要因は?」


「一番大きいのは価格です。当社が提示したO社さんのシステムより200万円近く安かったと聞いています。しかし、結局は価格の勝負に持ち込まれてしまった私の営業力の問題が大きいと考えています」


「なるほどな。この商談の敗戦はとても残念だし、全社計画達成に向けても大きな痛手だよ。しかし、起きてしまったことはもう元には戻せないからね。この一件が願海君の営業マン人生の糧となってくれれば良しとしないとな」


「はい・・・」


「ははは。かなり落胆しているようだね。願海君は、今回の商談でやるだけのことはやり尽くしたとは思っていないんだね?」


「はい、もっとやれることはあったと思います」


「さっき、営業力の問題だと言ったよね。もっと具体的に掘り起こしてみよう。願海君の営業活動のどこに課題が見えたんだ?」


「性能面でみたとき、O社さんのシステムはF社さんのシステムよりいくつかの点で勝れています。私なりにそこを現場の先生方に強く訴えたつもりだったのですが、最終的には院長の幕田先生に性能的に大差はないと判断されてしまいました」


「なるほどね。願海君は機能価値ばかりを伝えて、使用価値を伝えきれていなかったんだね?」


「使用価値ですか?」


「そう。機能価値というのはカタログに記載されているようなことだよね。これをいくら訴えても、ドクターに実際に使用している場面を想像させるようなトークをしないと単なる売込みに聞こえてしまうんだ」


「なるほど」


「たとえば、その機能はドクターもしくは患者様にどんなメリット、つまり価値を提供できるのかを伝えていく必要がある」


「はい」


「かつてアップル社が iPod を売り出すとき、最初に付けられたキャッチフレーズは『5ギガ、185グラム』というものだったそうだ。あきらかに機能面のみを訴えたキャッチだよね。それを聞いたスティーブ・ジョブズは烈火のごとく怒って、それでは何も伝わらないと言った。そして出てきたキャッチが『ポケットに1,000曲』だったんだ」


「おお!」


「それまでは、外出する際にはCDとかMDを何枚か選んで持ち出すしかなかった。それでもせいぜい100曲を持ち出せる程度だよね。ところが、iPod があれば1,000曲を簡単に持ち出すことができる。『ポケットに1,000曲』というキャッチは、そんな実使用の場面を顧客に自由に想像させる素晴らしいキャッチだと思わないか?」


「たしかにそうですね。何か大きなヒントをもらった気がします」


「願海君はまだ2年目だから、たくさん失敗を経験しながら、そういう技術をどんどん磨いて欲しい。ただね、技術だけでは売れないというのもまた事実なんだ。技術を磨きながら、営業マンとしての心を磨いて欲しいな」


「心を磨くんですか?」


「技術を磨けば、自信がつく。自信がつけば、一歩を踏み出せるようになる。自信がない営業マンはお客様のところに行っても、肝心な商売をすることを怖がるんだよ。嫌われるんじゃないかってね。しかし、技術のある営業マンは自信に満ち溢れているから、堂々と商売の話ができる。最終的に最悪の結果、つまり敗戦となったときでも、技術のある営業マンは納得して更なる技術の修得が必要だと前向きに受けとることができる。ところが、技術がなく自信のない営業マンは、それで心が折れてしまう。やはり商売は難しいと考えてしまい、益々お客様と商売の話ができなくなる」


「はい。よくわかります」


「しかし、技術だけで心を磨かないとお客様の信頼を得られない。信頼を得られないから、商売がどうしても価格や機能の優劣で決まってしまう。そういう敗戦がなかなか減らないんだね」


「はい」


「心を磨いて、心からお客様のお役に立ちたいと願うようになれば、お客様の信頼を得ることができる。そうなると、少々の価格差はお客様にとってどうでも良いことになる。なぜなら、お客様は機械を買うことより、願海君のファンである事の方が大事なことになるからね」


「私のファンですか?」


「そう。営業マンはファンを増やさないとな。ファンを増やすには人間力を高める必要がある。それが心を磨くということだよ」


「営業の世界は奥が深いですね」


「そのとおり。営業の世界への入り口は万人に開かれているけれど、究めようと思えば思うほど、その奥の深さを思い知ることになるんだよ」


「それでも究めてみたいです」


「少なくとも心の修養を積んだ営業マンは、どんな出来事が目の前に起こっても一喜一憂することなく、淡々と受け容れることができるようになる。私もまだまだその粋には達していないから、心を磨き続けているんだ」


「新美課長、私は落ち込んでいる場合じゃないことがよくわかりました。心も技術も供に磨き続けます!」


ひとりごと 

小生が毎月参加して心に軸を正している永業塾。

その塾長である中村信仁さんが常々言われているのが、「心が技術を超えない限り、技術は生かされない」という言葉です。

まずは技術を磨かなければいけません。

しかし、技術だけでは売り続けることはできません。

心の修養こそが、売れ続ける営業人であるために欠かせない要件なのです。


原文】
聖人は死に安んじ、賢人は死を分とし、常人は死を畏る。〔『言志録』第132条〕


【意訳】
聖人は安らかに何の不安も不満もなく死を迎え、賢人は天命として死を受け容れるが、凡人は死に対する恐怖心を拭い去れない。


【ビジネス的解釈】
心の修養を積んだビジネスマンは最悪の結果についても心を惑わすことなく淡々と受け容れる。技術を磨いたビジネスマンは、最悪の結果を止む得ないこととして受け容れる。心も技術も磨いていない凡人は最悪の結果を畏れて行動できない。


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第1264日 「上位者」 と 「下位者」 についての一考察

今度は営業1課の新人である志路君が神坂課長のところにやってきたようです。


「おお、志路か。どうした?」


「研修の講師である神坂課長にお話を聞いて欲しいことがあります」


「わかった。今はちょっと手が離せないから、明日の夜一緒に飯を食わないか?」


「はい、ありがとうございます。よろしくお願いします」


翌日の夜、神坂課長は「季節の料理 ちさと」を予約したようです。


「ママ、今日はとびきり若いのを連れてきたよ。旨い魚を出してやってくれる? なるべくリーズナブルにね!」


「あら、はじめまして。私は岩村ちさと、この店の店主です」


「あ、はじめまして、こんばんは。志路航(わたる)です。よろしくお願いします」


「すごく礼儀正しいわね。きっとスポーツは野球かラグビーね?」


「はい、ずっと野球をやって来ました」


「ははは。ママ、サッカーをやってる子は礼儀正しくないってこと? それはスポーツに対する偏見だよ」


「そこまでは言ってないわよ。じゃあ、今日は特別に美味しい料理をお出しするわね」


「さて、相談事を聞こうか?」


「はい、清水さんのことです」


「だろうな」


「え、わかりますか?」


「だって、清水と君はよく似たところがあるからな。相当ぶつかり合うだろうと思ってたよ」


「はい。先輩ですから、なるべく指示に従おうとは思っているのですが、私はなぜその仕事をするのかを知った上で仕事がしたいんです。でも、清水さんは『今は黙って言われたことにベストを尽くせ』と言って、仕事の意味を詳しく教えてくれないんです」


「清水からすれば、面倒くさい後輩って感じだな」


「はい、ストレートにそう言われました」


「ははは。多分俺が清水でも同じことを言ったかもな」


「私は、相手が先輩だというだけでなんでも言うことを聞かなければいけない、というのはおかしいと思うんです」


「お前、よくその性格でずっと野球なんてやってこれたな?」


「野球に関しては学生でしたから、理不尽なことでも我慢してきました。でも、今は社会人になったんです。社会人になったらそういうのは卒業だと決めていました」


志路君、君は相当面倒くさいぞ」


「では、社会人といえども、やはり先輩の言いなりになるべきなのでしょうか?」


「そんなことはないさ。先輩だって上司だって間違えるときはあるし、理不尽になるときもあるものだ。そういう時は自分の意見をぶつけるべきだと思うよ。ただな」


「はい・・・」


「君は清水を尊敬しているかい? 敬意をもって発言をしているかい?」


「それは・・・」


「もちろん、人間の本質に上下なんてないはずだ。たとえ先輩や上司だからといって、人間的に優れているかどうかは別の話だよな。少なくとも持って生まれた徳性なんてものはそう変わらないだろう」


「はい」


「しかしな。相手は先輩だ。平社長はウチの社員は皆家族だと言ったよな。ということは、清水はお前の兄のようなものだ。だから弟として兄に接するようにすべきだと思うぞ」


「・・・」


「お前はまだ若いから、こんなことを言ってもわからないだろうけど、生きるってことは楽なことじゃない。働くってことも大変なことだ。清水はお前よりも一回り以上も長く生きているし、10年以上長く働いているんだ。それは凄いことなんだよ」


「神坂課長、大事なことにようやく気づきました。私は確かに先輩だって同じ人間じゃないか、自分より少し先に生れてきただけじゃないかと考えていました。清水さんもいろいろと苦労されて、エース社員になられたんですよね。これからはそのことをよく考えて、もっと敬意をもってお話をします」


「完全には腹に落ち切らないだろうけど、そう意識してみてよ。さて、そろそろいいかな? ママ!」


「準備OKよ!」


「よし、志路。場所を移動するぞ」


「はい?」


ふたりはカウンター席から奥の座敷に移動するようです。


「あれっ、清水さん!」


「おお、志路。お先にいただいているぜ」


「俺が呼んだんだ。昨日、清水にも同じような話をした上でな」


志路、俺はお前に対してちょっと偉そうにし過ぎていた。どうせ後輩なんて何もわからないんだから、言うことを聞けばいいんだって思ってた。昨日、神坂さんにこっぴどくやられたよ。(笑)」


「清水さん、私こそ、生意気で面倒くさくてすみませんでした。清水さんが凄い人だとわかっているつもりでしたが、まだまだ全然わかっていませんでした。これからもよろしくお願いします」


「はい、それでは、宴会をスタートしよう!」


「夏といえばやっぱり鰻でしょう。今日はちさと特製ひつまぶしをご用意しました。志路君は若いからたくさん食べれるでしょう?」


「もちろんです。ちさとママ、神坂課長、清水さん、ありがとうございます!」


ひとりごと 

小生の愛読書『修身教授録』には、以下のようなことばが掲載されています。 

上位者に対する心得の根本を一言で申しますと、「すべて上位者に対しては、その人物の価値いかんにかかわらず、ただその位置が自分より上だという故で、相手の地位相応の敬意を払わなければならぬ」ということでしょう。すなわちこの場合大事な点は、相手の人物がその真価とか実力の点で、自分より上に立つだけの値打ちがあろうがあるまいが、そういうことのいかんにかかわらず、とにかく相手の地位にふさわしいだけの敬意を払うように-ということです

この言葉は小生に、以下のことを教えてくれました。

1.地位の上下と人としての価値はまったく別物であること。
2.下位者は、上位者に対する地位相応の敬意を払うべきこと。
3.上位者は、下位者から人間としても尊敬される人物を目指さねばならないこと。


原文】
茫茫たる宇宙、此の道只だ是れ一貫す。人より之を視れば、中国有り夷狄(いてき)有り。天より之を視れば、中国無く、夷狄無し。中国に秉彜(へいい)の性有り。夷狄にも亦秉彜の性有り。中国に惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。夷狄にも亦惻隠・羞悪・辞譲・是非の情有り。中国に父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。夷狄にも亦父子・君臣・夫婦・長幼・朋友の倫有り。天い寧(いずく)んぞ其の間に厚薄愛憎有らんや。此の道の只だ是れ一貫なる所以なり。但だ漢土の古聖人の此の道を発揮する者、独り先にして又独り精なり。故に其の言語文字、以て人心を興起するに足る。而れども其の実、則ち道は人心に在りて、言語文字の能く尽くす所に非ず。若し道は独り漢土の文字に在りと謂わば、則ち試(こころみ)に之を思え。六合(りくごう)の内、同文の域、凡そ幾ばくか有る。而も猶お治乱有り。其の余の横文の俗も、亦能く其の性を性として、足らざる所無く、其の倫を倫として、具(そな)ざる所無し。以て其の生を養い、以て其の死を送る。然らば則ち道豈に独り漢土の文字のみに在らんや。天果たして厚薄愛憎の殊なる有りと云わんや。〔『言志録』第131条〕


【意訳】
広大な宇宙には一貫した道が通っている。人間側から見れば、支那があり、また野蛮人の国もあるが、天からみればそんな区別はない。支那にも野蛮国にも道徳を守る習慣がある。支那にも野蛮国にも四端があり、五倫がある。天はそれらへ等しく愛情を注ぐ。天の道が一貫している証拠である。ただ、支那の古人がこの道を説くことが、他より早く、また詳しいだけのことである。このため支那の言葉や文字は人の心を奮い立たせる。しかしその道は人の心に在るのであって、言葉や文字にあるわけではない。それが支那にしかないというなら、以下のことを想像してみよ。世界中に支那と同じ言葉を使う国はいくつもあるだろうが、それでも乱れた国がある。また横文字の国であっても道徳性を身に着け、五倫を具えており、それによって生を全うし、死を迎えている。そう考えれば、天の道は支那にだけあるのではない。道は世界中に在り、天はまったく差別をしていないのだ。


【ビジネス的解釈】
人の徳性には生まれつきの差別などない。生まれた国や家柄によって差があるわけでもない。天はすべての人間に平等である。ビジネスにおいても同様である。役職や地位によって人間の徳性に優劣があるわけではない。そのことをよく理解して人の上に立つ者はマネジメントをするべきであり、下位にいる者は上位者への敬意を忘れずに行動するべきである。


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第1263日 「急迫」 と 「寧耐 」についての一考察

飲酒事故の謹慎期間を終えて、雑賀さんが出社したようです。


朝礼の冒頭で平社長から説示があるようです。


「今回のようなことはあってはならないことです。雑賀君の処分には本当に悩みました。もし、人様を傷つけていたなら解雇処分にせざるを得なかったのかも知れません」


雑賀さんは神妙な面持ちで下を向いています。


「しかし、私は皆さんを家族の一員だと思っています。家族であれば、事故を起したからといって縁を切るでしょうか? どんなことがあってもサポートしていくのが家族です。だから、私は雑賀君の再起に期待したいのです」


「社員は家族か」
神坂課長がつぶやきました。


平社長の話が終り、司会の川井経営企画室長が雑賀さんに挨拶を促したようです。


「皆さん、このたびはご迷惑をお掛けしまして、本当に申し訳ありませんでした。自分のしたことがどれだけの人に迷惑をかけたのかを思うと、本当に情けない気持ちで一杯です」


大累課長は目を瞑って聞いています。


「ご存知のように、私はお酒を飲んでは失敗を繰り返してきました。今回の件で私はお酒をやめることを決めました。平社長はじめ経営幹部の皆様の温かいご配慮で、私はもう一度チャンスをいただきました。これから精一杯、一生をかけて会社のために力を尽くしていく所存です。皆様と一緒に働くことをどうかお許しください。私はこの会社が大好きです!」


「雑賀、立派だな。涙を流さずに話しきったところに好感をもったよ」
神坂課長が大累課長に話しかけています。


「俺は泣きそうなのを必死に堪えていました」


「ははは。お前はすぐ泣くからな」


佐藤部長が前に立ちました。


「雑賀君には復職にあたり、石崎君が取ってきてくれた大きなプロジェクトに参加してもらいます。このプロジェクトは今まで当社が請負ったことのない医療情報システム導入に関するものです。それには、当社一のIT通である雑賀君の力が必要です」


「再スタートを切るには良い仕事だね。彼ならではの力が生かせそうじゃない」
大竹課長が大累課長にささやきました。


「とにかく、家族の一員である雑賀君が戻ってきてくれたんだ。みんな、温かく迎えてあげてくれよ!」
川井室長が朝礼を締めました。


その後、雑賀君のデスク周りには多くの人だかりができています。


「とにかく1ヶ月も仕事に穴を開けてしまったので、これからは今までの2倍働きます!」


「今までの2倍? お前は今まで人の半分しか働いていなかったんだから、2倍じゃ足りねぇよ。4倍はやってもらわないと!」


「大累、厳しいね。俺はそんな鬼みたいなことは言えないなぁ」


「そうでしょうね、あなたはカミサマですから」


「なんだと、このやろう!」


「ははは。久し振りに神坂さんと大累さんの掛け合い漫才を聞けました。ああ、なんか良いなぁ。やっぱりこの雰囲気、最高です」


「別に漫才をしてるわけじゃないぞ。ただな、雑賀。あんまり焦るなよ。慌てて取り戻そうとして、身体を壊したりしたら、お前のお母さんを泣かせることになるからな」


「はい、神坂さん。ありがとうございます」


「きっと佐藤一斎先生も、お前にメッセージがあるはずだ。ね、佐藤部長」


「おー、無茶振りだな。そうだなぁ。一斎先生はこんなことを言っているね。『急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す』とね」


「そうだぞ、雑賀」


「どういう意味なんですか、神坂さん?」


「そ、それは・・・。部長、よろしくお願いします」


「ははは。あんまり急ぐとかえって失敗するから、じっくりと逆風に耐えながら仕事を進めなさい、という意味だよ」


「そういうことだ、雑賀。当然、逆風は強いぞ。耐えられるか?」


「はい、何があっても耐えてみせます!」


「それにしても、カミサマは調子が良すぎませんか?」
石崎君が山田さんに話しかけました。


「そう思う? 私には神坂課長が一所懸命に明るい雰囲気を作ろうとしてくれているように見えるけどな」


「あ、そうなのか!」


「さすがはカミサマだな」
本田さんが石崎君にささやきました。


ひとりごと 

人間は失敗をするとそれを取り戻そうと焦ります。

その焦りがなお一層の失敗を招いてしまうということはよくあることです。

辛い時、ピンチの時こそ、粘り強く耐え抜く覚悟を持たなければならないのかも知れません。


原文】
急迫は事を敗(やぶ)り、寧耐(ねいたい)は事を成す。〔『言志録』第130条〕


【意訳】
事を成すことを焦れば失敗するし、じっくりと耐え忍んで実行すれば成功する。


【ビジネス的解釈】
仕事は急ぎすぎれば失敗する。じっくりと逆風に耐えてこそ成就するものだ。


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第1262日 「雨の日」 と 「晴れの日」 についての一考察

営業2課新人の梅田君が深刻な表情で神坂課長のデスクにやってきたようです。


「神坂課長、ちょっとよろしいですか?」


「おいおい、どうした。なんか表情が冴えないじゃないか」


「はい、いろいろと悩みがありまして・・・」


「よし、話を聞こうじゃないか。喫茶コーナーへ行こう」


ふたりは喫茶コーナーへ移動したようです。


「はい、これで梅田の飲みたいものを買えよ。俺はアイスコーヒーのブラックだな」


「ありがとうございます」


梅田君もアイスコーヒーを買って、ふたりで口をつけています。


「さて、どうした?」


「はい。毎日先輩に同行しているのですが、分からないことが多すぎて、全然力になれないんです。それが悔しくて、悔しくて」


「(なんだ、そんなことか。こいつ辞めるとか言い出すんじゃないかと心配しちゃったよ)」
神坂課長は心の中でつぶやきました。


「よし、わかった。じゃあ梅田、8月末までに英語を完璧に覚えてもらって、9月からは俺との会話は英語以外禁止にしよう」


「えー、そ、それは無理ですよ。1ヶ月で英語を覚えろなんて無茶ですよ!」


「そうかなぁ。4ヶ月で営業の仕事をすべて覚えるのとそれほど違わないと思うけどな」


「・・・」


「なあ、梅田。焦る気持ちは分かるが、たかが半年くらいで営業の仕事をすべて理解しようと思うなよ。それは、今言ったように、1ヶ月で英語をマスターすることと同じくらい不可能な話なんだよ」


「そうかも知れませんが・・・」


「雨の日に絶対に濡れない方法は何だと思う?」


「え、それは・・・。傘をさすことですか?」


「傘をさしたって少しは濡れてしまうだろう。正解は外に出ないことだよ」


「なんだ。そういうことですか」


「物事にはすべてタイミングというものがあるからな。何かを欲しいと思って慌てて動いても、タイミングが合わなければ手には入らないんだよ。それよりも今の自分にできることをコツコツ積み重ねていけば、いつか必ず手に入るはずだ」


「はい・・・」


「雨の日には雨の日にできることを、晴れた日には晴れた日にできることをやるべきなんだ」


「そうですね。この前、課長が研修で話してくれた準備をするしかないんですね」


「そうだよ。明日の仕事を事前に聞いて準備する。しかし、それでも同行すると、やっぱり分からないことが出てくるから、それは帰ってきて調べる。調べ終わったら、また明日の準備をする。その繰り返しだよ」


「ちょっと焦り過ぎていました」


「メンバーの力になりたいと思ってくれたことは、すごく嬉しかったよ。俺の新人のときにそんなことは思わなかったもんな。君は凄いね。将来は有望だよ。だからこそ、焦らないでじっくりと育って欲しいな」


「ありがとうございます。モヤモヤが吹き飛びました!」


「ちなみにさ。今の会話の中で俺が2つ例え話をしただろう?」


「えーと、英語の話と雨の話ですか?」


「そう。それはね、類推話法という営業のテクニックのひとつを使ったんだよ。何かを伝えたい時、ストレートに伝えるよりも、例え話で伝えた方が、相手の心のスクリーンに映像が残って理解しやすいんだよ。人は例え話が大好きだからね」


「たしかに、英語の話はすっと腹に落ちました」


「なんだよ、ということは、雨の話は・・・」


「イマイチでした」


「そうなんだよ。類推話法は上手に使えば効果絶大なんだが、下手な例えをするとかえって混乱を招くから気をつけた方がいいぞ」


「課長はそれをわからせるために、わかりにくい例え話を使ったんですか? 凄いですね」


「そ、そりゃそうだよ。何事も実践だからな」


「(絶対嘘だな)」
梅田君はそう確信したようです。


ひとりごと 

急いては事を仕損じる、とは昔からの格言です。

しかし、ただこの言葉は、ただ何もせずにじっとしていろ、という意味ではありませんね。

今目の前の自分にできることを淡々と処理しながら、志は捨てずに時が熟するのを待つ。

それを教えてくれています。

一斎先生のこの言葉も同じ主旨に理解して良いでしょう。


原文】
需は雨天なり。待てば則ち霽(は)る。待たざれば則ち恬濡(てんじゅ)す。〔『言志録』第129条〕


【意訳】
需という字は雨天を表す。雨天であれば待てば晴れる。しかし待たなければずぶ濡れになってしまう


【所感】
需要の需(もとめる)という字は雨天を表している。つまり、何かを必要とするときも慌てて動けばずぶ濡れになるが、時を得て動けば晴天となるように、求めるものを得ることができるのだ。


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れみれみ