一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年08月

第1297日 「性欲」 と 「仕事」 についての一考察(後編)

石崎君の激励会は続いているようです。


話題は相変わらず性欲について・・・。


「しかし、さすがは雑賀だよ。そういう話題をストレートに出してくる芸当は普通の人間にはできないよな」


「なんですか、神坂さん。それは、私が異常者だってことですか?」


「今頃気づいたのか!」
大累課長の強烈なツッコミです。


「若者たち、この会社の上司連中は酷い人ばかりだと思わない?」


「同感です!」
石崎君が元気に同意しました。


「やかましいわ、小僧! それでさ、その性欲の話題なんだけどな」


「まだ続けるんですか?」
藤倉君が迷惑そうにつぶやきました。


「あと少しな。ウチの社長は日ごろから家族経営ということを繰り返し言っているだろう。本当の家族なら、やはり部下のそうした問題も気にかけてあげる必要があるのかなと思ってさ」


「普通は立ち入らない領域ですけどね。たしかに親なら子供のそういう点は心配ですよね」
大累課長も真面目に答えています。


「俺は日ごろから男子諸君には、仕事も大事だが、彼女がいないならまず彼女を作れ、といい続けている。仕事だけだと行き詰るからな。やはり彼女との楽しいひと時は、仕事の息抜きという意味でも絶対に必要だろう」


「おっしゃるとおりです!」


「あれ? 雑賀は彼女いるんだけっけ?」


「いないんですよ。だから仕事より先に彼女探しを優先していたら、上司に真面目に仕事をしろって指導されたわけで・・・」


「ふざけるな、お前の場合は手抜きのレベルがハンパないんだよ!」
大累課長が半分本気で怒っています。


「そうか、ここにいる連中ってよく見ると、イケメンが全然いないな。あえて言えば、大累が一番そっちの部類に入るかな」


「よく言いますよ、自分のことを棚にあげて」
石崎君が怒っています。


「彼女ができれば自然に性行為にも至るわけで、むしろそれこそが健全なわけだ。彼女がいない雑賀とか善久は、そのうち痴漢でもしないかと心配になるわけよ」


「失礼な上司ですね、部下をどういう目で見ているんですか!」
今度は善久君が怒っています。


「まあ、ちょっと茶化して言ったけど、こういう話題を上司と部下の間でできるというのは、すごく大事なことかも知れないぞ。暴飲暴食なんかは、ストレートに注意できるけど、色恋沙汰は干渉しづらいからな。本来は、各自が自ら節制するべきものだしな」


「たしかに私たちは本当の家族に近づいているのかも知れませんね」
雑賀君が神妙な顔で言ったようです。


「むしろ家族でもそんな会話はしないぞ。俺は息子とそんな話したことないもんな。まあ、とにかく、雑賀と善久は早く彼女を探せ。石崎と願海はやり過ぎに注意だ!」


「勘弁してくださいよ」
願海君も怒っています。


「そういえば、藤倉。お前、彼女はいるのか?」


「いることはいますが・・・」


「何なに、なにか問題があるの?」
石崎君が興味深々のようです。


「年齢が神坂課長より上なんです」


「え、えーーーっ」


一同、びっくり仰天のようです。


「はい、この話題はこれにて終了!」


神坂課長は、そう宣言してトイレに行きました。


「石崎」


「はい、大累課長。なんでしょうか?」


「あのおっさんな、ああ見えても昔、大恋愛をして大失恋をしているんだよ。いつか、その話を聞かせてもらうと良いかもな。あ、でも俺が言ったって言うなよ。この件だけは、茶化して言うとマジギレされるからさ」



ひとりごと 

部下のプライベートに立ち入ることは、なかなか難しいことです。

一歩間違うと男性同士でもセクシャルハラスメントの対象となってしまいます。

しかし、本当の家族経営を考えるなら、ある程度のことは把握しておくべきなのかも知れません。

相手なりに、相手を尊重しながら進めるべき難しい問題ですね。


原文】
少壮の人、精固く閉ざして少しも漏らさざるも亦不可なり。神滞りて暢びず。度を過ぐれば則ち又自ら牀(そこな)う。故に節を得るを之れ難しと為す。飲食の度を過ぐる、人も亦或いは之を規す。淫欲の度を過ぐる、人の伺わざる所(か)、且つ言い難し。自ら規するに非ずして誰か規せん。〔『言志録』第164条〕


【意訳】
若い人が性欲を抑制し過ぎて、少しも漏らすことがないというのも問題である。精神が滞って健全に成長しなくなってしまう。度を超せばかえって自らの健康を害することにもなる。そういう意味でも、節度を守るということは難しいことである。暴飲暴食は人から指摘してもらうことも可能だが、性欲については人の伺い知れないところであり、また指摘もしづらいものである。自分自身で抑制して行く以外に方法はない。


【ビジネス的解釈】
性欲といえども抑制し過ぎることは問題も多い。無理に抑えることで健康を害すこともある。ただし性欲のような問題は、プライベートに関わることであり、かつストレートには指摘しづらいことでもあり、暴飲暴食を注意するような訳にはいかない。基本的には自ら節制するべき問題である。しかし、リーダーは自分の部下である若手社員に対しては時にこうしたことも指摘する必要もあろう。


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第1296日 「性欲」 と 「仕事」 についての一考察(前編)

会社始まって以来の大きなプロジェクトである医療情報システム構築の進捗会議を終えた営業部特販課の雑賀さんと営業2課の石崎君は、若手の善久君、願海君、藤倉君を誘って一緒に夕食をすることになったようです。


「まずは乾杯するか、お兄さん、生4つとウーロン茶ひとつ!」


「あ、私はお酒はダメなので、ウーロン茶2つにしてください」


「そうか、藤倉は下戸だったな」


「雑賀さん、本当にお酒を飲まないんですね」
石崎君が驚いています。


「そう宣言したじゃないか。もう酒は懲り懲りだよ」


「雑賀さん、僕たちを疑っているんですか? 少しくらい飲んだって、密告したりはしませんよ」


「石崎君、君は腹黒い男だねぇ。先輩を陥れようとしているのか?」


「だから、信頼してくださいよ。私はそんなちっぽけな男じゃないですよ」


「ザキ、その言い方、カミサマそっくりだな」
善久君がからかいます。


「ふ、ふざけるなよ! ゼンちゃんは何か勘違いをしているよね。俺はね、カミサマのことを上司として敬意を尽くしているだけだよ。人間的には尊敬できる人じゃないよ」


「そうかなぁ」
善久君はニヤニヤしています。


そこに飲み物が運ばれてきたので、5人は乾杯をして食事会がスタートしたようです。


「ところで若者諸君。君たちは健全な性行為をしているかい?」


「ぶーっ」
藤倉君がウーロン茶を噴き出しました。


「食事会が始まって最初の話題がそれですか?」
願海君が驚いています。


「だって、楽しい飲み会じゃないか。仕事の話なんかしても仕方がないだろう?」


「それはそうですけど、いきなり性行為って!」
善久君も呆れ顔です。


そのとき、


「やぁ、悪い、悪い。遅くなっちゃったな」


神坂課長と大累課長がやってきました。


「え、聞いてないですよ、神坂課長が来るなんて!」


「お前はダチョウ倶楽部か! そんなに俺が来るのが嫌か」


「そういうわけじゃないですけど・・・」


「お前のプロジェクトについては、最小限の口出しに留めて我慢しているんだからさ。せめて激励させろよ!」


「実はね、この食事会は、神坂さんと大累さんの奢りなんだよ」
雑賀さんが説明してくれました。


「そうなんですか、そういうことなら喜んで。あ、ゼンちゃん。さては知ってたな!」


「なんのこと?」


2人の課長も加わって、食事会はよりにぎやかになったようです。


「はぁ? 最初の話題が性欲かよ! まあ、お前らしいと言えばお前らしいが、いきなり凄い話題だな」


大累課長が雑賀さんにいつもの厳しいツッコミを入れます。


「やっぱり飲み会の席で一番盛り上がるのは女の話じゃないですか!」


「実は、性欲のコントロールというのは仕事の成果に直結するんだぞ」


「神坂課長、どういうことですか?」


「なんだ、善久。興味津々のようだな」


「おい、ゼンちゃん。彼女もいないのにそんなこと聞いてどうするんだよ!」


「うるさいな!」


「一般的にいって、ビジネスマンが本当に大きな仕事ができるようになるのは40歳以降だと言われている。気力も体力もある20代、30代のうちに時には無理をしてでも小さな成果を積み上げておかないと、40歳以降に世の中のお役に立つような仕事はできないんだ」


「それと性欲とどういう関係が?」


「あせるな、善久。人間も俺のように40代になると、まず体力が落ちてくる。多くのスポーツ選手が40代前半までに引退することからも、それはわかるよな」


「ええ」


「佐藤一斎先生はな、『体力が衰える40代以降も妄りに性欲を漏らしているようでは大きな仕事はできないし、人間的な成長も期待できない』と言っているんだ。つまり、それまでに精一杯遊んでおけということだな」


「そういうことですか? 私は『言志四録』は読んだことがないですけど、40代以降は特に慎め、という意味で、若いときも性欲は慎むべきものと言われているんじゃないですか?」
大累課長の鋭いツッコミです。


「えっ、そうなのかな? まあ、どっちにしてもだ。若いうちにたくさん恋をして、健全な性行為を営むことは必要なことだ」


「強引な締め方ですね」


まじめな願海君からのツッコミで、一同は大爆笑のようです。


(食事会は明日も続きます)


ひとりごと 

人間教育において性欲の問題は、決して小さなものではないはずです。

精液というのは、生命のエッセンスであるから、それを妄りに漏らすことは命を削ることになるのだ、と森信三先生は言います。

森信三先生は、この他にも性欲の問題について、多くの言葉を残しています。

性欲の問題についての考察は明日も続きます。


原文】
学者当に徳は歯(とし)と長じ、業は年を逐(お)いて広かるべし。四十以降の人、血気漸く衰う。最も宜しく牀弟(しょうし)を戒むべし。然らざれば神昏く気耗し、徳業遠きを致すこと能わず。独り戒むこと少(わか)きの時に在るのみならず。〔『言志録』第163条〕


【意訳】
本当に学問を修めている者の徳は年齢と共に進み、学業は年々広がっていく。四十を超えた人は、血気も衰えてくるので、寝室でのことを慎むべきである。そうでなければ精神も気力も衰えて、学徳の達成が覚束なくなる。寝室での慎みは若いときだけの問題ではない。


【ビジネス的解釈】
真摯に仕事に取り組むビジネスマンは年齢と共に仕事の成果も大きくなり、それにつれて人格も磨かれていく。しかし、人間は40歳頃を境に体に衰えが生じる。そこで重要なのが性欲のコントロールである。性欲を妄りにすると、精力も気力も消耗し、仕事の成果も人格も伸び悩むことになる。性欲をコントロールするという慎独の工夫は、なにも若いときだけの問題ではない。


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第1295日 「説得」 と 「納得」 についての一考察

営業部の佐藤部長と新美課長は自宅の最寄り駅が同じということもあり、今日は同じ電車に揺られて帰宅中のようです。


「今期も営業1課はなんとか計画を達成できそうだね」


「はい。すべてメンバーのお陰ですが、なにより清水さんが大きな商談を取ってくれたことが大きいです」


「マネジャーとしての最初の期にしっかり達成するなんて素晴らしいね」


「いえ、私はまだ何もできていません。西郷課長のマネジメントの恩恵を受けているだけです」


「ははは。新美君はいつも謙虚だね。神坂君ならそうは言わないだろうなぁ」


「あの人の場合は、キャラとして故意に極端な発言をしていることもありますから」


「そうだね。意外と自分のキャラを把握しているんだよな」


「私としてはまだまだ先輩の清水さんとの関係づくりがうまく出来ていないことを感じます」


「そういう人が部下にいるからこそ、リーダーは人間的に成長できるんだよ。焦ることはないさ」


「はい」


「大累君はずっと雑賀君に手を焼いてきたよね。ようやく最近になって、2人の関係がしっくりしてきたと思わないか?」


「はい、あの事故は大きな転機になったのでしょうね」


「転機というよりは、締めくくりとなったという感じかな。大累君は、事故の前から雑賀君を責める前に矢印を自分に向けることを意識してきた。雑賀君のプライベートにも関心をもって、家庭の事情を聴き出したりしていたからね」


「ああ、そうですか」


「実は、この私も部下に育てられたひとりなんだよ」


「神坂さんですか?」


「うん。彼ほど破天荒な人物には出会ったことがなかったからね。住んでいる世界の違う奴が入ってきたなと思ったよ」


「ははは。私が入社した頃でもまだまだハチャメチャな人でしたけど、新人の頃はもっと凄かったってよく聞きます」


「なにしろ教え諭そうなんて考えて説教をしたら、真っ赤になって食って掛かってくるんだよ。それも言ってることは筋がまったく通っていないんだ!」


「想像しただけで怖くなります」


「実は私もそんなに気が長い方じゃないからね。よく襟首をつかみ合って喧嘩もしたよ」


「佐藤部長がですか? 想像できないな」


「彼のことで悩んでいるうちに、体重が10kgも減ったんだ。それで、長谷川先生に相談したこともある」


「なにが具体的なアドバイスを頂いたんですか?」


「そこが長谷川先生の凄いところでね。具体的なアドバイスは何もなかった。ただ、ゆっくりうなずきながら話を聞いてくれただけ」


「そうか、そこで安易にアドバイスをしてしまってはいけないんですね」


「それを教えられた。その帰りにふと『言志四録』のことを思い出してね。実は、私が妻をなくして失意の底にいたときに、長谷川先生から読むことを薦められたのが『言志四録』なんだ」


「そうなんですか?」


「しばらく自宅のデスクの上に置きっ放しで読んでいなかったんだけど、自宅に帰ってから熟読してみた。その日は徹夜したことを覚えているよ」


「そのときに何かヒントを得たのですね」


「うん。新美君の手は今、つり革を握っているよね。でも、手に対してつり革を握れ、と意識して指示をした訳ではないよね?」


「もちろんです」


「人間が五感を働かせるときや、手足を動かすのは、すべて心が指示をしているはずだよね。でも、普段はそれを感じさせない。リーダーもそうあるべきなんじゃないかと思った。上手に彼のキャラクターを活かして、彼自身が自分で考え行動していると思わせて、実は私の存在がそこに影響を与えるような、そんなリーダーを目指そうと思ったんだ」


「それは究極のリーダーシップですね」


「そうかも知れないね。だからこそチャレンジしてみる価値があるんじゃないかと思う」


「はい」


「そうやって彼の行動や言動に冷静に対処していると、すごく教えられることが多かったんだ。自分のやり方が必ずしも正しいわけではないことを教えられたよ」


「矢印が自分に向いたのですね?」


「そうだね。多様性を受け入れるというのは、自分と違うタイプの人を容認するという意味ではなく、自分が間違っている可能性に気づくことなのかも知れない」


「部長、きょうは大変勉強になりました」


「いやいや、詰まらない昔ばなしをしてしまったね。では、お疲れ様」


2人は最寄り駅に到着して、東口と西口に分かれて帰途についたようです。
取り残された石崎君は、そんな独り言を言ったようです。


ひとりごと 

「説得」と「納得」という言葉は似て非なるものです。

小生が師事している永業塾の中村信仁塾長は、

「コミュニケーションとは、説得するのではなく、納得してもらうことだ」

と言います。

説得した人は、命令だからと渋々行動しますが、納得した人は自ら積極的に行動します。

結果が変わるのは当然ですね。

リーダーは、メンバーを説得するのではなく、納得してもらうことに努めるべきでしょう。


原文】
耳目手足は、都(すべ)て神帥(ひき)いて気従い、気導きて体動くを要す。〔『言志録』第162条〕


【意訳】
人間の耳や目といった器官や手足などは、みな精神が率いて、それに気が従う。次いでその気が導いて身体を動かすことを可能にするのである。


【ビジネス的解釈】
人間が五感を働かせたり手足を動かすのは、心の指示に従っているのである。しかし、普段はそれを実感していない。仕事においても、メンバーが動くのはリーダーの指示によるのであるが、メンバー自身は自分の意志で動いていると感じるようなマネジメントをすることが理想である。


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第1294日 「リーダーの心」 と 「組織の雰囲気」 についての一考察

石崎君が出社してきました。


「おはようございます!」


「ああ、おはよう」


「なんだかカミサマ、機嫌が悪そうだな」
石崎君が善久君に話しかけました。


「そりゃそうだよ。昨日のジャイアンツの試合の結果を知ってる? 8回に5点差をひっくり返されてそのまま負けちゃったからね」


「ああ、そういうこと。好きなチームの勝ち負けでそこまで一喜一憂できるのは、ある意味うらやましいよね」


「なにごとにもアツい男ってところかな」


「修造かよ!」


「おい、石崎!」


「うわっ、なんだよ。このタイミングで呼ばれると大体ロクなことないよな」


「行ってらっしゃい!」


石崎君は神坂課長のデスクにやってきました。


「はい、課長。なんでしょうか?」


「なんでしょうか、じゃないよ。お前、日報を3日分サボってるだろう」


「あ、そ、それは直帰が続いたもので・・・」


「言い訳か。本当に日報を書く時間が1分たりともなかったのか?」


「すみません。すぐに書きます」


「この際だから言っておくが、そもそも君の日報の記載内容はプアーだよ。善久や願海といった同期に比べても内容が薄いし、ただ淡々と事実だけが書かれているだろう」


「それではダメなんですか?」


「もちろん嘘を書くのはダメだが、出来事を書くだけでなく、それに対して君が何を感じたのか、あるいはお客様はどう反応したのか。そういうことを私は知りたいんだよ」


「はい」


「フィード・フォワードといってな。メンバーがどういう考え方で仕事をしようとしているのかを把握して、行動を起こす前にアドバイスをするというのが日報の正しい使い方だと思う。それには石崎が何を考えているかが知りたい」


「ますます日報を書くのが大変になるなぁ」


「ばかやろう! もしそれを大変だと思うとすれば、日ごろから何も考えずに行動している証拠だよ。日々反省して行動する営業マンなら、その考えをただ日報に書くだけのことだろう」


「なるほど」


「日報をただの報告書だと思うなよ。日報は行動の報告書であるとともに次の行動の計画書でもある。私は毎日の個人面談の代わりだと思って読んでいるんだ」


「課長、ありがとうございます。日報の大切さを理解しました。すぐに3日分の日報を書き上げます」


「すべての日報に考えを書かなくてもいいからな。せめて一日のうちで、自分が一番重要だと思う仕事については、考え方やお客様の反応を書いて欲しいな」


「はい」


「石崎」


「はい?」


「昨日、ジャイアンツが大逆転負けを喫したのは知ってるか?」


「いま、ゼンちゃんから聞きました」


「そのせいで俺の機嫌が悪いから、とばっちりで呼び出されたなんて思ってないよな?」


「ギクッ」


「音にする馬鹿があるか!」


「違うんですか?」


「組織の雰囲気はリーダーが作り上げるものだ。そのリーダーがそんなことで一喜一憂していたら、組織はまとまらなくなる。常にリーダーたるもの、心を快活にして明るく振舞わないとな」


「でもさっき、挨拶の返しに元気がなかった気がしたんですけど」


「ああ、すまない。実は昨日、タケさんと一杯やりにいって飲みすぎちゃってな。二日酔いで気持ち悪いんだよ」


「なんだ、そういうことですか。でも結局、課長の二日酔いで組織の雰囲気が悪くなってるような・・・」


「マジ? まだまだ修行が足りないな。あっ、やばい。吐きそう」


神坂課長はトイレに駆け込んでいきました。


「やっぱり、俺はとばっちりを受けたんじゃないの?」


取り残された石崎君は、そんな独り言を言ったようです。


ひとりごと 

組織はリーダーの器以上に大きくはならない。

これはプロ野球評論家の野村克也さんの言葉です。

良きにつけ悪しきにつけ、組織のムードを牛耳っているのはリーダーです。

プライベートで何があっても、それを引きずらずに、常に快活に振舞うのがリーダーの在り方なのでしょう。

心を磨く所以はこんなところにもあるようです。


原文】
胸憶虚明なれば、神光四発す。〔『言志録』第161条〕


【意訳】
心の中にわだかまりがなければ、精神が四方に光輝く。


【ビジネス的解釈】
リーダーの心が澄み切った状態にあれば、周囲を良い雰囲気で包み込むことができる。


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第1293日 「活敬」 と 「死敬」 についての一考察

「失礼します」


「おお、神坂か。なんだ、もしかしてもう本を読んだのか?」


「はい、昨日、喫茶店で一気に読み切りました。すごく勉強になりました」


今日の神坂課長は、A県立がんセンターの多田先生のところにお邪魔したようです。


「最近、読書のスピードも上がったな!」


「環境も大事ですよね。自宅のそばに個室のある喫茶店があるんです。そこで、じっくりコーヒーを飲みながら読みました」


「たしかに、何事においても環境づくりは重要だな。それで、早速ここに来たということは、何か言いたいことがあるんだろう」


「はい。あ、その前に、こんな素晴らしい本を送って頂いてありがとうございます」(詳細は第1292日をご参照ください)


「ははは。同じ失敗は繰り返さないようにしているな。お前の心の琴線に触れたのはどこだ?」


「中江藤樹先生の言葉です」


「ほぉ、なかなか良いところに目をつけたな。学問とは人の下になることを学ぶためにある、という件だな」


「ええ。私の場合、常に人の上に立つために勉強してきたような気がします。まあ、勉強といっても、実践中心で読書はほとんどして来なかったのですが」


「その言葉には俺も衝撃を受けたな。俺も昔は、先輩だろうが後輩だろうが俺より腕のある医者はいないと思っていた。周りに尊敬できる医者がいないとも思っていた。そんな時にこの本を渡されたんだ」


「もしかして、長谷川先生ですか?」


「そのとおり。医局のデスクに帰ったら、この本が置いてあった。その上に短いメッセージがあってな。『とにかく我慢して最後まで読むこと』って、独特の字で書いてあったよ。ほら、これ」


「え、今でもそれを取ってあるんですか?」


「嬉しかったからな。一匹狼みたいな俺をあの親爺だけは、いつも暖かく見守ってくれているんだなと実感したよ」


「(まるで佐藤部長と同じだな)」
神坂課長は心の中でつぶやきました。


「神坂、『敬』にも2種類あることを知ってるか?」


「そうなんですか?」


「『活敬』と『死敬』の2つだよ。常に明るく清清しい態度で人に接し、人の良い点をみて凄いなと思う。そんな態度が『活敬』だ。それに対して、なにかにビクビクしたり、ゴマをするような態度のことを『死敬』と言うんだ。そんな奴は早晩見限られるだろうけどな」


「なるほど、『死敬』か。素直に心から人を凄いと思えることが大事だということですね」


「中江藤樹先生は、愛と敬は切り離せない。愛のない敬も、敬のない愛も本当ではない、というようなことを言っているよ」


「愛敬 = 活敬、ということなんでしょうね。そういえば、この文章にもほっぺたを引っ叩かれたような印象を受けました。『ある人が神や目上の人に対してとる敬虔な態度が果たして本物であるかどうかは、その人が目下のものや動植物に対しても等しく敬虔な態度をとりうるかどうかによって判定される』」


「そうだな。その本に書いてあるが、立場的に上位にいるものが、必ずしもすべての知識・技能においても勝っているなんてことはないからな。まして、人間的に劣っているかといえば、そうでないことの方が多いかも知れない。下位者に自分の及ばない知識や能力、あるいは人間的な資質があることに気づけば、自ら謙虚になる。それこそが、上司が部下を敬する基本になるんだろう」


「はい。私は昨日、まさにそれを考えていました。私の課のメンバーと上司の顔をひとり一人思い出し、その人の素晴らしさを再認識して、感謝の気持ちを持ちました。みんな素晴らしいメンバーだということに、改めて気づきました」


「人間関係のたな卸しだな。俺も時々やるぞ。とても良いことだと思うな」


「ここに、『自己を捨てる心こそ、最もよく全体を生かし、全体を生かす心こそ、最もよく自己を生かすゆえんなのである』とあります。自己を捨てるというのは、私みたいに自己顕示欲の強い人間にはなかなか難しいことですね」


「まったくだ。自分を捨てて、他人に敬意を示すというのは、お前も俺も苦手なことだよな。まあ、人生はたった一回のマラソン競争だ、とも言う。お互いに鍛錬を積んでいこうぜ」


「はい。この本は、これからも私の人生のバイブルとして読み続けていきます」


ひとりごと 

昨日に続き、『青年の思索のために』を題材に、一斎先生の言葉とコラボレーションしてみました。

部下として日々を過ごす際、人の下に立つ修行だと思って行動するのとそうでないのとでは、精神的なストレスも全然違ってくるのかも知れません。

将来人に持ち上げてもらえる人材となれるように、若い人は自分を磨いてください。

また、企業トップでない限り、リーダーにも上司がいるはずです。

人生、考え方次第で、一生人に下る鍛錬ができるはずですね。



原文】
人は明快灑洛の処無かる可からず。若し徒爾(とじ)として畏 シ趄(しょ)するのみならば、只だ是れ死敬なり。甚事(なにごと)をか済(な)し得ん。〔『言志録』第160条〕


【意訳】
人は明快でさっぱりとしたところがなければならない。もしただ委縮して、ぐずぐずしたところがあれば、それは死んだ敬に過ぎない。そんなことでは何も成し得ることはできない。


【ビジネス的解釈】
仕事をする上ではいつも明るく清清しく見られる必要がある。ビクビクしたりぐずぐずしたところがあるなら、それは一見人を敬うように見えて、実は卑屈なだけの死んだ敬である。そのような態度や外見でビジネスがうまくいくわけがない!


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第1292日 「人に下ること」 と 「人の上に立つこと」 についての一考察

今日は休日です。


特に予定のない神坂課長は、自宅近くの喫茶店にやって来たようです。


「マスター、個室空いてる?」


「ああ、勇ちゃんか。空いてるよ、1番の部屋にどうぞ」


「ありがとう。いつもの深煎りのブレンドで!」


神坂課長は、個室に入ると、自宅から持って来た本を読みはじめたようです。


「ああ、これは凄い言葉だ!」


神坂課長の目は、本の中の一節に釘付けになったようです。


「『それ学は、人に下ることを学ぶものなり。人の父たることを学ばずして、子たることを学び、師たることを学ばずして弟子たることを学ぶ。よく人の子たるものはよく人の父となり、よく人の弟子たるものはよく人の師となる。自ら高ぶるにあらず、人より推して尊ぶなり』 そうか、人が勉強しなければいけない理由は、人の上に立つためではなくて、人の下に立つことを学ぶためなのか!


神坂課長が読んでいるのは、下村湖人著『青年の思索のために』という本です。


先日、A県立がんセンターの多田先生から自宅に郵送で送られてきた本のようです。


「俺は人の上に立つことばかり考えて来たのかも知れないな。部下として上司に逆らってばかりいたもんな。部下の時に正しい部下としての在り方を学んでこなかったから、今人の上に立つようになって苦労しているんだろうな」


深煎りのブレンドをすすりながら、神坂課長はひとりで深く考えをめぐらせているようです。


「そうか、最近ずっと『敬』について考えてきたけど、結局『敬』というのは、人に下ることそのものなんだな」


この言葉の解説部分に著者の下村湖人は、こう記載しているようです。


「『将来人の上に立つことを目あてにして、その手段として人の下に立つことを学んだのでは何の役にも立ちません。それでは決して人の下に立つ道は会得されないのであります。純一無雑になって喜んで人の指図を受け、心をむなしうして人に教えを乞い、一生をそれで終わっても悔いないだけのつつましさがあって、はじめてそれは会得されるのであります。そして、それでこそ自然に人に推され、人の上に立つだけの資格ができるのです。よく下るものはよく学び、よく学ぶものはよく進む。これが学問の法則でもあり、また処世の法則でもあります・・・』」


「俺に人の上に立つ資格はあるのだろうか? 俺は組織のコレステロールみたいなものだったんじゃないのか? 組織を流れる血液をドロドロにして、血流を悪くしてきたのは俺だったんじゃないのか?」


「佐藤部長は、そんな俺を見捨てることなく、いつも俺のよい所を伸ばそうとしてくれた。俺が言いたいことを言い放っても、いつも耳を傾けてくれた。俺はすばらしい上司の下で仕事をさせてもらっていたんだな」


「山田さんは、俺より年上なのに、俺が上司になる前からいつも俺を立ててくれた。それなのに俺は、俺の方が成績が良いのだから当然だと思っていた。俺は、なんてちっぽけな人間だったんだろう」


「本田君は、営業センスも抜群なのに、泥臭くて古めかしい俺のアドバイスを真摯に聞き入れてくれた。本当は、自分のやり方でやりたいこともあったはずなのに、俺のアドバイスを尊重してくれた。素晴らしい後輩だ」


「石崎は、生意気だけど、会社に貢献しようといつもあがいている。まだ2年目だぞ。俺が2年目のときに、会社に貢献しようなんてこれっぽっちも思ってなかった。そう考えたら、あいつの方がはるかに優秀じゃないか。少しぐらい生意気なのが何だっていうんだ。俺の2年目の頃の生意気さと比べたら可愛いものじゃないか」


「善久も、決して営業向きの性格ではないのに、なんとかして売上を伸ばそうといつも努力している。この前のクレーム対応は俺の期待をはるかに超える対応だったからな。あいつも確実に成長しているんだな」


「今年は入った梅田も面白い奴だ。2年目の二人がいるから、間違いなく成長するはずだ」


「そうか、俺は素晴らしい仲間と一緒に仕事ができているんだなぁ。たしか、大累が『今いるメンバーがベストメンバー』だと言ってたな。たしかに、みんな尊敬できる人たちばかりじゃないか。これまで本当に敬意が足りてなかったな。敬意が足りないと聡明でなくなるし、それどころか愚かになる、と一斎先生も言ってたな」


「そんなすごいメンバーが周りを固めてくれているんだから、あとは組織の血液をサラサラにして、血流を改善させるだけだな。血液をサラサラにする特効薬は、俺が全メンバーに対して敬意をもち、それをしっかりと表わしていくことだろうな」


神坂課長は、営業2課のメンバーを一人ひとり思い浮かべながら、尊敬の念を新たにしたようです。


ひとりごと 

本ストーリーの中に出てくる『青年の思索のために』の中江藤樹先生の言葉を目にしたとき、小生は大きな衝撃を受けました。

自分は真逆の目的のために、勉強していることに気づかされたからです。

以来、この言葉は小生にとって座右の銘のひとつとなりました。

ただし、この言葉を実際の藤樹先生の書籍の中に見い出すことが出来ておりません。

もし、出展をご存知の方は是非お知らせいただけないでしょうか。


原文】
敬を錯認(さくにん)して一物と做(な)し、胸中に放在すること勿れ。但だに聡明を生ぜざるのみならず、卻って聡明を窒(ふさ)がん。即ち是れ累(わざわい)なり。譬えば猶お肚中(とちゅう)に塊(かい)有るがごとし。気血之が為に渋滞して流れず、即ち是れ病なり。〔『言志録』第159条〕


【意訳】
敬を重視せずに単なる一物として、胸中に放任していはいけない。ただ聡明になれないだけでなく、愚かになってしまう。これは禍いといえるだろう。例えて言えば体内に大きな塊があって、血液の流れを滞らせている状態、すなわち病と同じだ。


【ビジネス的解釈】
人を敬う気持ちを疎かにすると、聡明になれないどころか愚かになってしまう。これは非常に危険なことだ。まるで血管内のコレステロールの塊が血流を塞ぐように、ビジネスの流れも滞ってしまう。


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第1291日 「敬」 と 「天」 についての一考察

S急便の中井さんが荷物を運んできました。


「毎度、今日は5個口です」


「あ、中井さん!」


「神坂さん、毎度ありがとうございます」


「その後も、例の若者たちとは順調なの?」


「お陰さまで。先月、ウチの営業所が初めて県内でトップの売上になって表彰されました!」


「マジで? 凄いじゃないですか?」


「俺、もうあいつらを尊敬しちゃいますよ。朝早くから夜遅くまで、本当に頑張ってくれています」


「おお、出たな!」


「えっ? 何が出たの?」


「あ、失礼しました。最近ずっと『敬』という言葉と格闘しているんですよ。やっぱり中井さんも部下を尊敬しているんだなぁ。それって言葉として伝えているんですか?」


「俺はカッコいい言葉は使えませんからね。そのままストレートに『お前ら尊敬する』って言ってますけど」


「私は恥ずかしながら、部下を尊敬するということの意味すら最近までわからなかったくらいでしてね。今は良いところ探しをしながら、敬の心を学んでいる最中なんです」


「俺だってつい最近まで、あいつらのことを尊敬するどころか、バカにしていましたからね」


「あ、神坂課長は今もそうです!」


「うるせぇ、くそガキ。じゃなかった、石崎君。そんなことはないよ」


「気持ち悪ぃ」


「てめぇ、ちょっと来い!」


「あ、時間だ。行ってきます!」


「なんだあいつは! 中井さん、あんな奴を尊敬しろというのは酷ですよね!」


「いや、上司をあれだけ茶化すことができる雰囲気を作っている神坂さんは凄いよ」


「ただ馬鹿にされているだけじゃないかな?」


「若い奴らの存在を認めて、家族の一員だと思って接するようになってから、あいつらの態度は明らかに変わりましたよ」


「やっぱり『愛敬』ですね。愛して敬する、これが大事なんだろうな」


「そうですね。こっちが敬意を持てば、必ず思いが伝わって、行動が変わりますよ」


「なるほどな」


「そういえば、西郷さんの有名な言葉に、『敬天愛人』ってあるじゃないですか」


「あ、それは聞いたことがあるな」


「天を敬い、人を愛す。天というのは、神様とかじゃなくて、宇宙の摂理を言うみたいですね。人間は宇宙の摂理の中で生かされている存在だから、常にそれに対してありがたいと思う気持ち、それが敬なんでしょうね」


「いやいや、中井さんどうしたの? なんか哲学者みたいになってきたじゃない」


「ほら、俺。彼女ができたじゃないですか? それからというもの、生きていられることがありがたくて仕方がないんですよ」


「ああ、交際は順調なんですね? 結婚は?」


「うん、来春までにはそうするつもりです」


「おー、それはおめでたいな。そうか、妻子があって、仕事があって、上司がいて、部下がいる。それは当たり前のことじゃないんですよね。その気持ち、忘れていたなぁ。中井さんのお陰で、『敬』への理解が一層深まりましたよ」


「俺が馬鹿なりに、こうして仕事ができていて、彼女ができたのは、佐藤さんと神坂さんのお陰でもありますからね。お二人は式にご招待しますから、絶対出席してくださいね!」


「それはもちろんですよ! 佐藤部長にも伝えておきますね」


「じゃあ、次に行かないと。毎度ありっ!」


ひとりごと 

「敬」とは、人に対して抱くものというよりは、宇宙の摂理に対して抱くものなのでしょうか?

一斎先生は、敬とは天の心が流入したものだと言っています。

つまり、天=宇宙の摂理と一体になることが「敬」だということでしょうか?

それを実感するのは、仕事で成功したときとか、昇格昇進したときよりも、いま生きていることや、すでに手にしているものをありがたく感じたときなのかも知れません。


原文】
己を修むるに敬を以てして、以て人を安んじ、以て百姓(ひゃくせい)を安んず。壱(いつ)に是れ天心の流注なり。〔『言志録』第158条〕


【意訳】
敬をもって自己を修養するならば、人を安心させ、さらに天下の人民をも安心させることができる。敬とは天の心が流れ注いだものなのだ。


【ビジネス的解釈】
リーダー自らが敬の心をもって自己を修養すれば、メンバーを気持ちよく働かせることができる。敬の心をもつことは、大自然の法則に則ることなのだ。


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第1290日 「敬」 と 「恥」 についての一考察

「いやー、今日は完敗だったな。それにしても今日の師匠はお見事でしたな」


「会長、ようやく良いところを見せることができてホッとしましたよ。これで念願のご馳走もできますからね」


今日の神坂課長は、相原会長とナイター競艇を楽しんだ後、会長の自宅近くの小料理屋さんに入ったようです。


「そういえば、会長はこんな私にもいつも敬意をもって接して頂いている気がします。部下や後輩に対して敬意を払える人は素晴らしいですよね」


「いきなりほめ殺し? 自分ではよくわからないけどな。ただね、部下や後輩だからって、人間的に自分より下かどうかはわからないでしょう? むしろ人間力の高い人はたくさんいるよね」


「そういう見方ができるから、会長は人の上に立てたんでしょうね。あっ、すみません。偉そうなことを言いました」


「ははは。そういうことに気づくようになっただけ、神坂君も成長しているよ」


「私の場合、スタートラインがめちゃめちゃ低いですから、成長したといっても、ようやく人並みに達したところかも知れません」


「そんなことはないよ。神坂君は元々人間力は高い人だよ」


「ありがとうございます」


「ところで、『敬』と対比されることばに『恥』ということばがあるよね。実は、敬の心があってはじめて恥の意味がわかると言われているんだよ」


「なんとなく、わかる気がします。人の優れた点にフォーカスできるから、自分の至らなさに気づけるということですかね?」


「おお、素晴らしい! 神坂君、以前の事故で頭を打ったわけではないよね?」


「いつの話ですか! そもそも頭をぶつけて頭が良くなることなんてないと思いますよ!」


「そりゃそうだね。ところで、敬の心を持つためにはどうすれば良いかわかる?」


「最近、それをずっと考えているんです。人の良いところを探すというのは効果があるなと思っています」


「そうだね。もっと簡単に言うとね、心を空っぽにすれば良いんだよ」


「心を空っぽ?」


「たとえば、おなか一杯のときに、どれだけ高級なステーキやお寿司を出されても食べられないよね。ところが、おなかがペコペコだったら、どんなものでも美味しく感じるでしょう」


「ああ、なるほど。心が空っぽだったら、人の良いところに目がいき易くなるんですね!」


「うん、そうだと思う。では、私はどうやって心を空っぽにしているかというと、目の前に居る人の今だけに目を向けるようにしているんだ」


「・・・」


「仮にその人が以前に自分に対して嫌がらせをしたことがある人だとしても、それを忘れて、今目の前で自分に何をしようとしているかだけを見るようにするんだね。そうすれば、その人の考えていることが純粋に見える気がするんだよ。過去のことを考えると、どうせこいつは嫌な奴だという既成概念で見てしまうじゃない?」


「そうか」


「逆もあるよね。以前に自分に対して良くしてくれた人だと、今回もきっと良いことをしてくれると思ってしまいがちでしょう。詐欺師はそういう心理につけ込むんだろうね。でも、心を空っぽにしていると純粋に今だけにフォーカスできるから、悪意に気づけるんじゃないかな?」


「会長! 凄い話ですね。私はそういう過去の出来事や他人の評判なんかを気にしすぎなのかも知れません。もっと自分の目を信頼すべきですね」


「うん。結局、そうやって心を空っぽにして、他人を敬する心をもっていると、とても心が晴れやかになるんだよ。そりゃそうだよね。他人の良いところばかりが目に入ってくるんだから」


「勉強になりました。会長はやっぱり凄い人です」


「ただのギャンブル好きな爺さんじゃないってことに気づいてくれた?」


「そ、そんなことは思っていないですよ。少ししか・・・」


「ははは」


「ああ、会長。せっかくのお造りが干乾びてしまう前にいただきましょう」


「今日は神坂君の奢りでいいんだよね。じゃあ、美味しいものをたくさんいただこうかな!」


「今日の授業料としては、安いものです!!」


ひとりごと 

よく「恥を知れ」と言われます。

しかし、「敬」の心を理解していない人は、恥を知ることはできないようです。

「敬」の心をもつには、心を空っぽにして人に接すると良い、と森信三先生は言います。

神坂課長の「敬」を学ぶ旅はまだ続きます。


原文】
敬すれば則ち心精明なり。〔『言志録』第157条〕


【意訳】
敬の心があれば、心は清らで穢れないものとなる。


【ビジネス的解釈】
常に人を敬い慎む心があれば、心は清らかで明るくなるものだ。


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第1289日 「敬意」 と 「聡明」 についての一考察

営業2課の本田さんが神坂課長のデスクに相談に来たようです。


「課長、Y社の中西さんがN共立病院の商談で一緒に組まないかと打診してきました」


「へぇ、何故なの?」


「おそらくT社さんがこの商談で病院との契約拡大を狙っていますので、そこを叩き潰そうということだと思います」


「なるほど、敵の敵は味方ってことか」


「はい。最近T社さんはこの地域での業績拡大を図って、かなり大胆な行動に打って出ていますので」


「そうだよな。我々としても全国的にも巨大なT社がこの地域に進出してくるのは好ましくないよな。それで、一緒に組むというのはどういうことなの?」


「Y社さんとウチでメーカーさんを押さえてしまおうという作戦のようです。たとえば内視鏡ならO社さんはウチが見積りを出して、Y社さんがF社さんの内視鏡の見積りを出す、といった感じで、ナンバー1・2のメーカーさんを押さえようということですね」


「なるほどな。しかし、会社の規模でいえば圧倒的にウチより大きなY社さんに飲み込まれてしまうリスクはないのかな? その中西さんという人は信頼できる人なの?」


「そこなんですよ。実は中途入社で1年前にY社さんに入社した人物で、私もまだよく把握できていないんです」


「それは怖いな。一緒に会ってみるか?」


後日、2人はアポイントを取ってY社さんに来たようです。


「しかし、いつ見てもデカイ社屋だなぁ」


「圧倒されますよね」


2人は応接室に通されたようです。


しばらくすると、営業本部長の橋本さんと担当の中西さんが入ってきました。


「ああ、神坂さんじゃないの。お久しぶりですね」


「橋本さん、長らくご無沙汰しており申し訳ありません」


名刺交換の後、4人は今回の商談に関するディスカッションを始めたようです。


「とにかく今ここでT社さんがこの地域に入ってくると、地元のディーラーは軒並み価格競争に巻き込まれてしまうでしょう。そうなると短期間に収益を大幅に落とすことになり、中には持ちこたえられない企業も出てくることになるでしょうね」
橋本本部長が神坂課長の顔を見ながら発言したようです。


「今回は、ある程度価格面でも対応をしないとT社を叩けないので、ウチも思い切った価格を出します。結局、客は安いところからしか買いませんからね」
これは中西さんの発言です。


「そんなこともないと思いますよ。もちろん価格は大きな判断基準ではあるでしょうが、それだけではないはずです。やはり、我々の日ごろのサービスも含めて買って頂いていると信じていますがね」


「神坂さん、そんなキレイごとじゃ、これからは生き残れませんよ! 価格を下げなければ土俵にも乗れない時代ですよ。ねぇ、本田君」


「・・・」
本田さんは無言のまま神坂課長を横目で見ました。


神坂課長はこぶしを強く握りしめていたようです。


結局、その後も喧々諤々と議論をしたようですが、結論は持ち越しとなりました。


「生き残れないのは、ウチじゃなくて御社かも知れませんよ」
玄関を出た後、Y社の社屋を振り返って神坂課長はこんな独り言をつぶやいたようです。


「えっ、何ですか、課長?」


「いや、なんでもない。今回の件は断ろう。橋本さんはまだしも、中西さんはまったく尊敬できる人物ではなかった。お客様を客と呼んだり、安くなければ買わないと言ったり、ビジネスの基本ができていない。それに口の利き方や態度の横柄さも鼻についた。我々は独自路線でいこう!」


「はい。異存はありません!」


「敬意を基準にビジネスを判断するということは、とても重要なことだね。俺たちはいつでも敬意をもって仕事をしていこうな!」


ひとりごと 

一箇の敬は、許多の聡明を生ず。

敬意を持つと人は賢くなるのだ、と一斎先生は言います。

自然に人を敬することができるようになると、自分に近づいてくる人が誠の敬意を持っているのか、打算的な虚偽の敬意なのかが分別できるようになるのでしょう。

敬意を持つと聡明になるというのは、非常にインパクトのある言葉ですね。


原文】
一箇の敬は、許多の聡明を生ず。周公曰く、汝其れ敬して、百辟(ひゃくへき)の亨(きょう)を識(し)り、亦其の不亨の有るを識れと。既に已に道破せり。〔『言志録』第156条〕


【意訳】
敬は、人を非常に聡明にする。孔子が敬愛した周公旦は、成王の育成役であったころ、成王に対して「あなたは人に対して慎みをもち、諸侯の貢物を受ける場合と受けてはいけない場合があることを理解してください。」と言った。これこそ聡明さの極みであると。


【ビジネス的解釈】
人に敬意を持つことは、その人を聡明にする。人を敬することは、自分に近づいてくる人の誠(本心)を見抜く力を与えてくれる。ビジネスパートナーと組む場合には、互いに敬愛できるかどうかを基準とすべきである。


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第1288日 「敬」 と 「妄」 についての一考察

19:00の営業部フロアです。


総務課の大竹課長が営業部2課の神坂課長のところにやってきました。


「神坂君、今晩付き合ってくれない? 『ちさと』に行こうよ」


「えーっ、昨日佐藤部長と行ったばかりですよ」


「そうなの? なんだよ、誘ってよ~! 誘わなかった罰として今日も付き合いなさい!」


「マジですか! そんな毎晩毎晩じゃ小遣いがいくらあっても足りないですよ」


「競馬で稼げばいいじゃない」


「その競馬の資金が底をついてきているんですよ!」


結局、ふたりは『季節の料理 ちさと』に居るようです。


「あら、神坂君。2日続けてご来店なんて、珍しいわね」


「違いますよ。タケさんに無理やり連れてこられたんですよ。これパワハラですよね?」


「神坂君はパワハラの加害者にはなっても、被害者にはならないタイプじゃない?」


「さすがママ。その通り! 神坂君が行きたそうだったから、誘ってあげたんじゃない」


「好きなこと言ってるよ、この親爺」


「はい、まずは乾杯! うほー、よく冷えてるね。最高!」


「やっぱりアンタが来たかっただけじゃないか!」


「まあまあ、お堅いことは言わないでさ。で、昨日はどんな話をしたの?」


「ああ、自分の中に誠を持つには、まず他人への敬意をもつことが先だ、といった話だったかな」


「ふーん、敬意ね」


「そういえば、タケさんは上司である西村さんを尊敬しているんですか。後輩である鈴木のことも尊敬できています?」


「ボスのことか? そりゃ、尊敬しているよ。この会社の営業部門を強化したのは佐藤さんだろうけど、ウチのボスが総務系の仕事をしっかりやって来たことも、我が社発展の肝だからね」


「なるほど。で、鈴木のことは?」


「彼は人を見る目が高いよね。俺は今でも鈴木君が神坂君と同期で、同じ大学出身だとは思えないもん」


「やかましいわ! むしろ大学時代の成績は、俺の方が良かったくらいですよ。目くそと鼻くその違いくらいですけど」


「食事中に汚いな。そういうとこだよね、君の品格の無さは」


「なんだよ。無理やり連れてこられた挙句に文句を言われるなら、俺は帰りますよ」


「ごめん、ごめん。でも、俺は神坂君のことも尊敬しているよ」


「本当ですかぁ? 俺のどんな点が尊敬に値するんですか?」


「そ、そりゃ、あの・・・」


「ないんかい!」


「真面目なことを言うけど、周囲に対する気の遣い方が素晴らしいなと思ってる。自分のグループだけじゃなく、新美君の昇格のときも、雑賀君の事故のときも、誰よりも親身になって対応するじゃないか。あれはなかなかできないよ」


「うーん、気持ちいい。もっと言って!」


「以上!」


「終わりかい! でも、そういうことなんですね?」


「何が?」


「人を尊敬するということは、相手の良いところや、自分には無いところを探せばいいんだな。そうすれば自然に尊敬の念が湧いてくるんでしょうね?」


「そうだと思うよ。ウチの会社の離職率が低いのは、トップから各マネジャーまでが、みんなお互いに敬意をもって仕事をしていることが大きいんじゃないかな。そういうのを見ている後輩たちも自然とお互いに尊敬するようになっていくんだろうね」


「社内トラブルの原因は、お互いが敬意を欠いているところにあるのかも知れませんね」


「そういえば、神坂君が入社したての頃って、しょっちゅう喧嘩してたよな」


「あれは若気の至りでして・・・」


「あの頃の君は、上司や先輩に対する敬意の欠片もなかっただろう?」


「そ、そんなことはないですけど。まあ、尊敬していたかと言われますと・・・」


「鈴木君が人事部に居たら絶対採用されていないよ。いや、むしろ普通の人事マンなら採用しないけど、鈴木君なら採用したかもな?」


「何をひとりでブツブツ言ってるんですか?」


「とにかく、敬意をもつことは大事だね。敬意があるから、矢印を自分に向けることができるんだよな」


「ああ、なるほど」


「はい、まだ郡上鮎も残っているんだけど、神坂君には昨日出しちゃったからな。今日は、アオリイカのお刺身でどうかしら? 大竹さんには鮎の塩焼きもお出ししますね」


「やっぱりママはお客さんのことをよく考えてくれているよな。とても参考になります。そして、尊敬します!」


「うん、昨日よりはわざとらしさが無くなったかな?」


ひとりごと 

人を尊敬するためには、まず自分自身が謙り、相手の長所に目を向ける必要があります。

どんな人でも長所と短所を持っています。

一斎先生は別の章で、相手の短所に目を向けると自分が優れているように思えてしまうが、それではまったくメリットがない、と断じています。

そして、お互いが尊敬し合う職場であれば、人間関係が簡単に崩れることもないでしょうし、離職者も出ないはずです。

職場で互いを褒めあう時間を創るべきですね。


原文】
敬は能く妄念を截断(せつだん)す。昔人(せきじん)云う、敬は百邪に勝つと。百邪の来る、必ず妄念有りて之が先導を為す。〔『言志録』第155条〕


【意訳】
敬があれば妄念を断ち切ることができる。昔の人は、敬は数多の邪念に打ち勝つものだと言っている。数多の邪念は、先にみだらな考えが生じた後、これに先導されて湧いてくるのだ。


【ビジネス的解釈】
人に対して敬意を持つようになると、詰まらない考えを断ち切ることができる。組織を円滑にマネジメントしていく上で、メンバー同士が互いに敬意を持って仕事をすることが大変重要である。離職者が多い職場、トラブルが絶えない職場には、お互いを敬愛する空気が皆無なのだ。


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