一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年08月

第1297日 「性欲」 と 「仕事」 についての一考察(後編)

石崎君の激励会は続いているようです。


話題は相変わらず性欲について・・・。


「しかし、さすがは雑賀だよ。そういう話題をストレートに出してくる芸当は普通の人間にはできないよな」


「なんですか、神坂さん。それは、私が異常者だってことですか?」


「今頃気づいたのか!」
大累課長の強烈なツッコミです。


「若者たち、この会社の上司連中は酷い人ばかりだと思わない?」


「同感です!」
石崎君が元気に同意しました。


「やかましいわ、小僧! それでさ、その性欲の話題なんだけどな」


「まだ続けるんですか?」
藤倉君が迷惑そうにつぶやきました。


「あと少しな。ウチの社長は日ごろから家族経営ということを繰り返し言っているだろう。本当の家族なら、やはり部下のそうした問題も気にかけてあげる必要があるのかなと思ってさ」


「普通は立ち入らない領域ですけどね。たしかに親なら子供のそういう点は心配ですよね」
大累課長も真面目に答えています。


「俺は日ごろから男子諸君には、仕事も大事だが、彼女がいないならまず彼女を作れ、といい続けている。仕事だけだと行き詰るからな。やはり彼女との楽しいひと時は、仕事の息抜きという意味でも絶対に必要だろう」


「おっしゃるとおりです!」


「あれ? 雑賀は彼女いるんだけっけ?」


「いないんですよ。だから仕事より先に彼女探しを優先していたら、上司に真面目に仕事をしろって指導されたわけで・・・」


「ふざけるな、お前の場合は手抜きのレベルがハンパないんだよ!」
大累課長が半分本気で怒っています。


「そうか、ここにいる連中ってよく見ると、イケメンが全然いないな。あえて言えば、大累が一番そっちの部類に入るかな」


「よく言いますよ、自分のことを棚にあげて」
石崎君が怒っています。


「彼女ができれば自然に性行為にも至るわけで、むしろそれこそが健全なわけだ。彼女がいない雑賀とか善久は、そのうち痴漢でもしないかと心配になるわけよ」


「失礼な上司ですね、部下をどういう目で見ているんですか!」
今度は善久君が怒っています。


「まあ、ちょっと茶化して言ったけど、こういう話題を上司と部下の間でできるというのは、すごく大事なことかも知れないぞ。暴飲暴食なんかは、ストレートに注意できるけど、色恋沙汰は干渉しづらいからな。本来は、各自が自ら節制するべきものだしな」


「たしかに私たちは本当の家族に近づいているのかも知れませんね」
雑賀君が神妙な顔で言ったようです。


「むしろ家族でもそんな会話はしないぞ。俺は息子とそんな話したことないもんな。まあ、とにかく、雑賀と善久は早く彼女を探せ。石崎と願海はやり過ぎに注意だ!」


「勘弁してくださいよ」
願海君も怒っています。


「そういえば、藤倉。お前、彼女はいるのか?」


「いることはいますが・・・」


「何なに、なにか問題があるの?」
石崎君が興味深々のようです。


「年齢が神坂課長より上なんです」


「え、えーーーっ」


一同、びっくり仰天のようです。


「はい、この話題はこれにて終了!」


神坂課長は、そう宣言してトイレに行きました。


「石崎」


「はい、大累課長。なんでしょうか?」


「あのおっさんな、ああ見えても昔、大恋愛をして大失恋をしているんだよ。いつか、その話を聞かせてもらうと良いかもな。あ、でも俺が言ったって言うなよ。この件だけは、茶化して言うとマジギレされるからさ」



ひとりごと 

部下のプライベートに立ち入ることは、なかなか難しいことです。

一歩間違うと男性同士でもセクシャルハラスメントの対象となってしまいます。

しかし、本当の家族経営を考えるなら、ある程度のことは把握しておくべきなのかも知れません。

相手なりに、相手を尊重しながら進めるべき難しい問題ですね。


原文】
少壮の人、精固く閉ざして少しも漏らさざるも亦不可なり。神滞りて暢びず。度を過ぐれば則ち又自ら牀(そこな)う。故に節を得るを之れ難しと為す。飲食の度を過ぐる、人も亦或いは之を規す。淫欲の度を過ぐる、人の伺わざる所(か)、且つ言い難し。自ら規するに非ずして誰か規せん。〔『言志録』第164条〕


【意訳】
若い人が性欲を抑制し過ぎて、少しも漏らすことがないというのも問題である。精神が滞って健全に成長しなくなってしまう。度を超せばかえって自らの健康を害することにもなる。そういう意味でも、節度を守るということは難しいことである。暴飲暴食は人から指摘してもらうことも可能だが、性欲については人の伺い知れないところであり、また指摘もしづらいものである。自分自身で抑制して行く以外に方法はない。


【ビジネス的解釈】
性欲といえども抑制し過ぎることは問題も多い。無理に抑えることで健康を害すこともある。ただし性欲のような問題は、プライベートに関わることであり、かつストレートには指摘しづらいことでもあり、暴飲暴食を注意するような訳にはいかない。基本的には自ら節制するべき問題である。しかし、リーダーは自分の部下である若手社員に対しては時にこうしたことも指摘する必要もあろう。


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第1296日 「性欲」 と 「仕事」 についての一考察(前編)

会社始まって以来の大きなプロジェクトである医療情報システム構築の進捗会議を終えた営業部特販課の雑賀さんと営業2課の石崎君は、若手の善久君、願海君、藤倉君を誘って一緒に夕食をすることになったようです。


「まずは乾杯するか、お兄さん、生4つとウーロン茶ひとつ!」


「あ、私はお酒はダメなので、ウーロン茶2つにしてください」


「そうか、藤倉は下戸だったな」


「雑賀さん、本当にお酒を飲まないんですね」
石崎君が驚いています。


「そう宣言したじゃないか。もう酒は懲り懲りだよ」


「雑賀さん、僕たちを疑っているんですか? 少しくらい飲んだって、密告したりはしませんよ」


「石崎君、君は腹黒い男だねぇ。先輩を陥れようとしているのか?」


「だから、信頼してくださいよ。私はそんなちっぽけな男じゃないですよ」


「ザキ、その言い方、カミサマそっくりだな」
善久君がからかいます。


「ふ、ふざけるなよ! ゼンちゃんは何か勘違いをしているよね。俺はね、カミサマのことを上司として敬意を尽くしているだけだよ。人間的には尊敬できる人じゃないよ」


「そうかなぁ」
善久君はニヤニヤしています。


そこに飲み物が運ばれてきたので、5人は乾杯をして食事会がスタートしたようです。


「ところで若者諸君。君たちは健全な性行為をしているかい?」


「ぶーっ」
藤倉君がウーロン茶を噴き出しました。


「食事会が始まって最初の話題がそれですか?」
願海君が驚いています。


「だって、楽しい飲み会じゃないか。仕事の話なんかしても仕方がないだろう?」


「それはそうですけど、いきなり性行為って!」
善久君も呆れ顔です。


そのとき、


「やぁ、悪い、悪い。遅くなっちゃったな」


神坂課長と大累課長がやってきました。


「え、聞いてないですよ、神坂課長が来るなんて!」


「お前はダチョウ倶楽部か! そんなに俺が来るのが嫌か」


「そういうわけじゃないですけど・・・」


「お前のプロジェクトについては、最小限の口出しに留めて我慢しているんだからさ。せめて激励させろよ!」


「実はね、この食事会は、神坂さんと大累さんの奢りなんだよ」
雑賀さんが説明してくれました。


「そうなんですか、そういうことなら喜んで。あ、ゼンちゃん。さては知ってたな!」


「なんのこと?」


2人の課長も加わって、食事会はよりにぎやかになったようです。


「はぁ? 最初の話題が性欲かよ! まあ、お前らしいと言えばお前らしいが、いきなり凄い話題だな」


大累課長が雑賀さんにいつもの厳しいツッコミを入れます。


「やっぱり飲み会の席で一番盛り上がるのは女の話じゃないですか!」


「実は、性欲のコントロールというのは仕事の成果に直結するんだぞ」


「神坂課長、どういうことですか?」


「なんだ、善久。興味津々のようだな」


「おい、ゼンちゃん。彼女もいないのにそんなこと聞いてどうするんだよ!」


「うるさいな!」


「一般的にいって、ビジネスマンが本当に大きな仕事ができるようになるのは40歳以降だと言われている。気力も体力もある20代、30代のうちに時には無理をしてでも小さな成果を積み上げておかないと、40歳以降に世の中のお役に立つような仕事はできないんだ」


「それと性欲とどういう関係が?」


「あせるな、善久。人間も俺のように40代になると、まず体力が落ちてくる。多くのスポーツ選手が40代前半までに引退することからも、それはわかるよな」


「ええ」


「佐藤一斎先生はな、『体力が衰える40代以降も妄りに性欲を漏らしているようでは大きな仕事はできないし、人間的な成長も期待できない』と言っているんだ。つまり、それまでに精一杯遊んでおけということだな」


「そういうことですか? 私は『言志四録』は読んだことがないですけど、40代以降は特に慎め、という意味で、若いときも性欲は慎むべきものと言われているんじゃないですか?」
大累課長の鋭いツッコミです。


「えっ、そうなのかな? まあ、どっちにしてもだ。若いうちにたくさん恋をして、健全な性行為を営むことは必要なことだ」


「強引な締め方ですね」


まじめな願海君からのツッコミで、一同は大爆笑のようです。


(食事会は明日も続きます)


ひとりごと 

人間教育において性欲の問題は、決して小さなものではないはずです。

精液というのは、生命のエッセンスであるから、それを妄りに漏らすことは命を削ることになるのだ、と森信三先生は言います。

森信三先生は、この他にも性欲の問題について、多くの言葉を残しています。

性欲の問題についての考察は明日も続きます。


原文】
学者当に徳は歯(とし)と長じ、業は年を逐(お)いて広かるべし。四十以降の人、血気漸く衰う。最も宜しく牀弟(しょうし)を戒むべし。然らざれば神昏く気耗し、徳業遠きを致すこと能わず。独り戒むこと少(わか)きの時に在るのみならず。〔『言志録』第163条〕


【意訳】
本当に学問を修めている者の徳は年齢と共に進み、学業は年々広がっていく。四十を超えた人は、血気も衰えてくるので、寝室でのことを慎むべきである。そうでなければ精神も気力も衰えて、学徳の達成が覚束なくなる。寝室での慎みは若いときだけの問題ではない。


【ビジネス的解釈】
真摯に仕事に取り組むビジネスマンは年齢と共に仕事の成果も大きくなり、それにつれて人格も磨かれていく。しかし、人間は40歳頃を境に体に衰えが生じる。そこで重要なのが性欲のコントロールである。性欲を妄りにすると、精力も気力も消耗し、仕事の成果も人格も伸び悩むことになる。性欲をコントロールするという慎独の工夫は、なにも若いときだけの問題ではない。


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第1295日 「説得」 と 「納得」 についての一考察

営業部の佐藤部長と新美課長は自宅の最寄り駅が同じということもあり、今日は同じ電車に揺られて帰宅中のようです。


「今期も営業1課はなんとか計画を達成できそうだね」


「はい。すべてメンバーのお陰ですが、なにより清水さんが大きな商談を取ってくれたことが大きいです」


「マネジャーとしての最初の期にしっかり達成するなんて素晴らしいね」


「いえ、私はまだ何もできていません。西郷課長のマネジメントの恩恵を受けているだけです」


「ははは。新美君はいつも謙虚だね。神坂君ならそうは言わないだろうなぁ」


「あの人の場合は、キャラとして故意に極端な発言をしていることもありますから」


「そうだね。意外と自分のキャラを把握しているんだよな」


「私としてはまだまだ先輩の清水さんとの関係づくりがうまく出来ていないことを感じます」


「そういう人が部下にいるからこそ、リーダーは人間的に成長できるんだよ。焦ることはないさ」


「はい」


「大累君はずっと雑賀君に手を焼いてきたよね。ようやく最近になって、2人の関係がしっくりしてきたと思わないか?」


「はい、あの事故は大きな転機になったのでしょうね」


「転機というよりは、締めくくりとなったという感じかな。大累君は、事故の前から雑賀君を責める前に矢印を自分に向けることを意識してきた。雑賀君のプライベートにも関心をもって、家庭の事情を聴き出したりしていたからね」


「ああ、そうですか」


「実は、この私も部下に育てられたひとりなんだよ」


「神坂さんですか?」


「うん。彼ほど破天荒な人物には出会ったことがなかったからね。住んでいる世界の違う奴が入ってきたなと思ったよ」


「ははは。私が入社した頃でもまだまだハチャメチャな人でしたけど、新人の頃はもっと凄かったってよく聞きます」


「なにしろ教え諭そうなんて考えて説教をしたら、真っ赤になって食って掛かってくるんだよ。それも言ってることは筋がまったく通っていないんだ!」


「想像しただけで怖くなります」


「実は私もそんなに気が長い方じゃないからね。よく襟首をつかみ合って喧嘩もしたよ」


「佐藤部長がですか? 想像できないな」


「彼のことで悩んでいるうちに、体重が10kgも減ったんだ。それで、長谷川先生に相談したこともある」


「なにが具体的なアドバイスを頂いたんですか?」


「そこが長谷川先生の凄いところでね。具体的なアドバイスは何もなかった。ただ、ゆっくりうなずきながら話を聞いてくれただけ」


「そうか、そこで安易にアドバイスをしてしまってはいけないんですね」


「それを教えられた。その帰りにふと『言志四録』のことを思い出してね。実は、私が妻をなくして失意の底にいたときに、長谷川先生から読むことを薦められたのが『言志四録』なんだ」


「そうなんですか?」


「しばらく自宅のデスクの上に置きっ放しで読んでいなかったんだけど、自宅に帰ってから熟読してみた。その日は徹夜したことを覚えているよ」


「そのときに何かヒントを得たのですね」


「うん。新美君の手は今、つり革を握っているよね。でも、手に対してつり革を握れ、と意識して指示をした訳ではないよね?」


「もちろんです」


「人間が五感を働かせるときや、手足を動かすのは、すべて心が指示をしているはずだよね。でも、普段はそれを感じさせない。リーダーもそうあるべきなんじゃないかと思った。上手に彼のキャラクターを活かして、彼自身が自分で考え行動していると思わせて、実は私の存在がそこに影響を与えるような、そんなリーダーを目指そうと思ったんだ」


「それは究極のリーダーシップですね」


「そうかも知れないね。だからこそチャレンジしてみる価値があるんじゃないかと思う」


「はい」


「そうやって彼の行動や言動に冷静に対処していると、すごく教えられることが多かったんだ。自分のやり方が必ずしも正しいわけではないことを教えられたよ」


「矢印が自分に向いたのですね?」


「そうだね。多様性を受け入れるというのは、自分と違うタイプの人を容認するという意味ではなく、自分が間違っている可能性に気づくことなのかも知れない」


「部長、きょうは大変勉強になりました」


「いやいや、詰まらない昔ばなしをしてしまったね。では、お疲れ様」


2人は最寄り駅に到着して、東口と西口に分かれて帰途についたようです。
取り残された石崎君は、そんな独り言を言ったようです。


ひとりごと 

「説得」と「納得」という言葉は似て非なるものです。

小生が師事している永業塾の中村信仁塾長は、

「コミュニケーションとは、説得するのではなく、納得してもらうことだ」

と言います。

説得した人は、命令だからと渋々行動しますが、納得した人は自ら積極的に行動します。

結果が変わるのは当然ですね。

リーダーは、メンバーを説得するのではなく、納得してもらうことに努めるべきでしょう。


原文】
耳目手足は、都(すべ)て神帥(ひき)いて気従い、気導きて体動くを要す。〔『言志録』第162条〕


【意訳】
人間の耳や目といった器官や手足などは、みな精神が率いて、それに気が従う。次いでその気が導いて身体を動かすことを可能にするのである。


【ビジネス的解釈】
人間が五感を働かせたり手足を動かすのは、心の指示に従っているのである。しかし、普段はそれを実感していない。仕事においても、メンバーが動くのはリーダーの指示によるのであるが、メンバー自身は自分の意志で動いていると感じるようなマネジメントをすることが理想である。


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第1294日 「リーダーの心」 と 「組織の雰囲気」 についての一考察

石崎君が出社してきました。


「おはようございます!」


「ああ、おはよう」


「なんだかカミサマ、機嫌が悪そうだな」
石崎君が善久君に話しかけました。


「そりゃそうだよ。昨日のジャイアンツの試合の結果を知ってる? 8回に5点差をひっくり返されてそのまま負けちゃったからね」


「ああ、そういうこと。好きなチームの勝ち負けでそこまで一喜一憂できるのは、ある意味うらやましいよね」


「なにごとにもアツい男ってところかな」


「修造かよ!」


「おい、石崎!」


「うわっ、なんだよ。このタイミングで呼ばれると大体ロクなことないよな」


「行ってらっしゃい!」


石崎君は神坂課長のデスクにやってきました。


「はい、課長。なんでしょうか?」


「なんでしょうか、じゃないよ。お前、日報を3日分サボってるだろう」


「あ、そ、それは直帰が続いたもので・・・」


「言い訳か。本当に日報を書く時間が1分たりともなかったのか?」


「すみません。すぐに書きます」


「この際だから言っておくが、そもそも君の日報の記載内容はプアーだよ。善久や願海といった同期に比べても内容が薄いし、ただ淡々と事実だけが書かれているだろう」


「それではダメなんですか?」


「もちろん嘘を書くのはダメだが、出来事を書くだけでなく、それに対して君が何を感じたのか、あるいはお客様はどう反応したのか。そういうことを私は知りたいんだよ」


「はい」


「フィード・フォワードといってな。メンバーがどういう考え方で仕事をしようとしているのかを把握して、行動を起こす前にアドバイスをするというのが日報の正しい使い方だと思う。それには石崎が何を考えているかが知りたい」


「ますます日報を書くのが大変になるなぁ」


「ばかやろう! もしそれを大変だと思うとすれば、日ごろから何も考えずに行動している証拠だよ。日々反省して行動する営業マンなら、その考えをただ日報に書くだけのことだろう」


「なるほど」


「日報をただの報告書だと思うなよ。日報は行動の報告書であるとともに次の行動の計画書でもある。私は毎日の個人面談の代わりだと思って読んでいるんだ」


「課長、ありがとうございます。日報の大切さを理解しました。すぐに3日分の日報を書き上げます」


「すべての日報に考えを書かなくてもいいからな。せめて一日のうちで、自分が一番重要だと思う仕事については、考え方やお客様の反応を書いて欲しいな」


「はい」


「石崎」


「はい?」


「昨日、ジャイアンツが大逆転負けを喫したのは知ってるか?」


「いま、ゼンちゃんから聞きました」


「そのせいで俺の機嫌が悪いから、とばっちりで呼び出されたなんて思ってないよな?」


「ギクッ」


「音にする馬鹿があるか!」


「違うんですか?」


「組織の雰囲気はリーダーが作り上げるものだ。そのリーダーがそんなことで一喜一憂していたら、組織はまとまらなくなる。常にリーダーたるもの、心を快活にして明るく振舞わないとな」


「でもさっき、挨拶の返しに元気がなかった気がしたんですけど」


「ああ、すまない。実は昨日、タケさんと一杯やりにいって飲みすぎちゃってな。二日酔いで気持ち悪いんだよ」


「なんだ、そういうことですか。でも結局、課長の二日酔いで組織の雰囲気が悪くなってるような・・・」


「マジ? まだまだ修行が足りないな。あっ、やばい。吐きそう」


神坂課長はトイレに駆け込んでいきました。


「やっぱり、俺はとばっちりを受けたんじゃないの?」


取り残された石崎君は、そんな独り言を言ったようです。


ひとりごと 

組織はリーダーの器以上に大きくはならない。

これはプロ野球評論家の野村克也さんの言葉です。

良きにつけ悪しきにつけ、組織のムードを牛耳っているのはリーダーです。

プライベートで何があっても、それを引きずらずに、常に快活に振舞うのがリーダーの在り方なのでしょう。

心を磨く所以はこんなところにもあるようです。


原文】
胸憶虚明なれば、神光四発す。〔『言志録』第161条〕


【意訳】
心の中にわだかまりがなければ、精神が四方に光輝く。


【ビジネス的解釈】
リーダーの心が澄み切った状態にあれば、周囲を良い雰囲気で包み込むことができる。


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第1293日 「活敬」 と 「死敬」 についての一考察

「失礼します」


「おお、神坂か。なんだ、もしかしてもう本を読んだのか?」


「はい、昨日、喫茶店で一気に読み切りました。すごく勉強になりました」


今日の神坂課長は、A県立がんセンターの多田先生のところにお邪魔したようです。


「最近、読書のスピードも上がったな!」


「環境も大事ですよね。自宅のそばに個室のある喫茶店があるんです。そこで、じっくりコーヒーを飲みながら読みました」


「たしかに、何事においても環境づくりは重要だな。それで、早速ここに来たということは、何か言いたいことがあるんだろう」


「はい。あ、その前に、こんな素晴らしい本を送って頂いてありがとうございます」(詳細は第1292日をご参照ください)


「ははは。同じ失敗は繰り返さないようにしているな。お前の心の琴線に触れたのはどこだ?」


「中江藤樹先生の言葉です」


「ほぉ、なかなか良いところに目をつけたな。学問とは人の下になることを学ぶためにある、という件だな」


「ええ。私の場合、常に人の上に立つために勉強してきたような気がします。まあ、勉強といっても、実践中心で読書はほとんどして来なかったのですが」


「その言葉には俺も衝撃を受けたな。俺も昔は、先輩だろうが後輩だろうが俺より腕のある医者はいないと思っていた。周りに尊敬できる医者がいないとも思っていた。そんな時にこの本を渡されたんだ」


「もしかして、長谷川先生ですか?」


「そのとおり。医局のデスクに帰ったら、この本が置いてあった。その上に短いメッセージがあってな。『とにかく我慢して最後まで読むこと』って、独特の字で書いてあったよ。ほら、これ」


「え、今でもそれを取ってあるんですか?」


「嬉しかったからな。一匹狼みたいな俺をあの親爺だけは、いつも暖かく見守ってくれているんだなと実感したよ」


「(まるで佐藤部長と同じだな)」
神坂課長は心の中でつぶやきました。


「神坂、『敬』にも2種類あることを知ってるか?」


「そうなんですか?」


「『活敬』と『死敬』の2つだよ。常に明るく清清しい態度で人に接し、人の良い点をみて凄いなと思う。そんな態度が『活敬』だ。それに対して、なにかにビクビクしたり、ゴマをするような態度のことを『死敬』と言うんだ。そんな奴は早晩見限られるだろうけどな」


「なるほど、『死敬』か。素直に心から人を凄いと思えることが大事だということですね」


「中江藤樹先生は、愛と敬は切り離せない。愛のない敬も、敬のない愛も本当ではない、というようなことを言っているよ」


「愛敬 = 活敬、ということなんでしょうね。そういえば、この文章にもほっぺたを引っ叩かれたような印象を受けました。『ある人が神や目上の人に対してとる敬虔な態度が果たして本物であるかどうかは、その人が目下のものや動植物に対しても等しく敬虔な態度をとりうるかどうかによって判定される』」


「そうだな。その本に書いてあるが、立場的に上位にいるものが、必ずしもすべての知識・技能においても勝っているなんてことはないからな。まして、人間的に劣っているかといえば、そうでないことの方が多いかも知れない。下位者に自分の及ばない知識や能力、あるいは人間的な資質があることに気づけば、自ら謙虚になる。それこそが、上司が部下を敬する基本になるんだろう」


「はい。私は昨日、まさにそれを考えていました。私の課のメンバーと上司の顔をひとり一人思い出し、その人の素晴らしさを再認識して、感謝の気持ちを持ちました。みんな素晴らしいメンバーだということに、改めて気づきました」


「人間関係のたな卸しだな。俺も時々やるぞ。とても良いことだと思うな」


「ここに、『自己を捨てる心こそ、最もよく全体を生かし、全体を生かす心こそ、最もよく自己を生かすゆえんなのである』とあります。自己を捨てるというのは、私みたいに自己顕示欲の強い人間にはなかなか難しいことですね」


「まったくだ。自分を捨てて、他人に敬意を示すというのは、お前も俺も苦手なことだよな。まあ、人生はたった一回のマラソン競争だ、とも言う。お互いに鍛錬を積んでいこうぜ」


「はい。この本は、これからも私の人生のバイブルとして読み続けていきます」


ひとりごと 

昨日に続き、『青年の思索のために』を題材に、一斎先生の言葉とコラボレーションしてみました。

部下として日々を過ごす際、人の下に立つ修行だと思って行動するのとそうでないのとでは、精神的なストレスも全然違ってくるのかも知れません。

将来人に持ち上げてもらえる人材となれるように、若い人は自分を磨いてください。

また、企業トップでない限り、リーダーにも上司がいるはずです。

人生、考え方次第で、一生人に下る鍛錬ができるはずですね。



原文】
人は明快灑洛の処無かる可からず。若し徒爾(とじ)として畏 シ趄(しょ)するのみならば、只だ是れ死敬なり。甚事(なにごと)をか済(な)し得ん。〔『言志録』第160条〕


【意訳】
人は明快でさっぱりとしたところがなければならない。もしただ委縮して、ぐずぐずしたところがあれば、それは死んだ敬に過ぎない。そんなことでは何も成し得ることはできない。


【ビジネス的解釈】
仕事をする上ではいつも明るく清清しく見られる必要がある。ビクビクしたりぐずぐずしたところがあるなら、それは一見人を敬うように見えて、実は卑屈なだけの死んだ敬である。そのような態度や外見でビジネスがうまくいくわけがない!


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