営業2課新卒社員の梅田君がベテラン営業マンの山田さんと同行しているようです。
1件目の訪問を終えて車に戻ると、さっそく梅田君が質問をしたようです。
「今の河合先生と山田さんの会話はほとんど理解できませんでした。まだまだ勉強が足りませんね」
「ははは。今は医療機器というより、医療の将来について話をしたからね。わからないのは当然だよ」
「でも、それほど先のことを話していた訳ではないですよね。AIはわかるんですけど、ICTとかIoTとかの言葉が何なのか、まったく理解できませんでした」
「そうかぁ。それくらいの言葉は覚えておかないといけないかもね。IoTというのは Internet of Things のことで、一般には『モノのインターネット』と呼ばれるものでね。いろいろな物がインターネットでつながって、お互いを制御する仕組みのことを指すんだよ」
「なるほど」
梅田君は一所懸命にメモをとっています。
「ICTというのはね。Information and Communication Technology のことで、情報通信技術とか情報伝達技術と訳されているね。通信技術を活用したコミュニケーションを指す言葉なんだ」
「なるほど」
「まあ、どちらも同じような意味にはなるけど、要するにこれからの時代はすべてのモノがネットにつながって情報を送受信するようになる時代が来るということだね。当然、医療機器もその例外ではないと思うんだ」
「そうでしょうね」
「たとえば、内視鏡の洗滌装置はRFIDというもので、どの洗滌装置でどの内視鏡を洗滌したかの記録が残るような仕組みになっているよね」
「ああ、たしかにそうでした!」
「あれもIoTだよね。そしてその洗滌履歴を一括で管理する仕組みも売られているよね。あれがICTになるんだよ」
「すごくわかりやすいです。ありがとうございます。僕は全然勉強が足りないな。もっと知識をつけないと、いつまで経っても売れる営業マンになれませんね?」
「梅田君、知識だけでは売れる営業マンにはなれないよ」
「え、なぜですか?」
「医療の知識や営業の技術を覚える努力をすることはとても重要だし、絶対に鍛錬しなければ駄目だよ。でもね、営業という仕事は人と人とのつながりの中で商売をさせてもらう仕事だよね?」
「はい」
「そこには人間同士の心のふれあいがある。その心のふれあいが、最終的にお客様がその営業マンを選ぶ判断基準になるんだ」
「そうか。たしかにこの前、ちょっと良い時計が欲しくて、家電量販店に行ったんです。そこで対応してくれた販売員の人は、すごく知識があって、接客技術も高い人だったと思うんですけど、僕が聞いていないことまでペラペラ話すので、だんだん嫌になってきて、結局そのお店で時計を買うのをやめてしまいました」
「そうそう、そういうことだよ。お客様のお役に立ちたいと考えるのか、自分の知識をひけらかしたいと思うのか。それで結果は変わってしまうでしょ?」
「はい」
「知識や技術は横糸みたいなもので、心を磨くことは縦糸のようなものなのかな。編み物でも、横にだけ編んでいたらだめで、縦にも編んでいくからマフラーやセーターが出来上がるんだよね」
「おお、類推話法ですね!」
「え?」
「神坂課長から教えてもらった営業のテクニックです。例え話を使えって言われました。さすがは山田さんですね」
「ははは。あらためてそう言われると照れちゃうな。でも、この話もカッコいいことを言って、梅田君に凄いと思われようなんて思って使ったら、効果が半減してしまうだろうね。私は、梅田君に心を磨くことを知って欲しいと純粋に思っていたから、伝わったんじゃないかな」
「なるほど。めっちゃ伝わりました!」
「営業という仕事には、広がりと奥行きが必要なんだろうね。知識や技術で広がりをもち、心を磨いて奥行きをつくるんだろうな」
「心を磨くには、やはり読書ですか?」
「うん、読書は良いだろうね。でも、読書も横糸なのかもしれないよ。読書をしたら、自分自身で自分の仕事や生活に置き換えて、『考える』ということをしないとね」
「『考える』ことが奥行きになるんですね!」
「梅田君は理解が早いね。将来が楽しみだな」
「はい、一流の営業マンになってみせます!!」
ひとりごと
永業塾塾長 中村信仁さんの言葉に、
心が技術を超えない限り、技術は生かされない。
とあります。
この言葉ほど、営業の真理を語りつくしている言葉はないのではないでしょうか?
どうしても若いうちは、知識やテクニックを学ぶことに偏りがちです。
しかし、若いうちに心を磨くことを学ばないと、後々大きな失敗をすることになり兼ねません。
小生のように・・・。
【原文】
博聞強記は聡明の横(おう)なり。精義入神は聡明の竪(じゅ)なり。〔『言志録』第144条〕
【意訳】
人の意見を幅広く聞き強く心に記憶することは、聡明さの広がり(横幅)であって、精密に道義を研究し神妙な領域に到達することは、聡明さの奥行である。
【ビジネス的解釈】
スキル(知識と技術)を磨くと共に、マインド(心)を磨くことを忘れてはいけない。