一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年09月

第1327日 「善言」 と 「実践」 についての一考察

「課長、この資料の数字、一桁間違っていませんか?」


営業2課の善久君が神坂課長のデスクに資料をもってやって来ました。


「え、そんなことはないだろう。あれっ、なんだこれ。これ俺が作った資料だっけ?」


「はい、神坂課長です」


「おかしいな。誰か数字をいじったんじゃないのか?」
と、言いながら顔をあげると、2課のメンバー皆さんがシラけた顔をしています。


「ははは。そんな顔をするなよ。そうだよ、私のミスです。皆さん、申し訳ない。善久、指摘してくれてありがとう」


「最初からそう言えば、恰好良いのになぁ」
石崎君が独り言を言ったようです。


「石崎さん、ご指摘のとおりです」
神坂課長が気持ち悪い笑顔で石崎君を見ています。


「やべぇ、聞こえてた!」


その日のお昼のことです。


神坂課長は大累課長とランチをとっているようです。


「そんなことがあってさ。素直に指摘を受け入れられない器の小ささを露呈してしまったよ」


「でも、最後は潔く認めたんだから、良いんじゃないですか」


「まあな。でもなんか後味が悪くてさ」


「そういえば、この前の読書会で、西郷さんがこんな話をしてくれました。孔子よりさらに昔の聖人に禹という人がいて、この人は人から善い言葉を聞くと心から感謝して深くお礼をしたそうです。そのしぐさはまったく自然だったそうです」


「なるほどな。でもさ、俺も善い話を聞いたときは素直に感謝できるんだけど・・・」


「その話には続きがあるんですよ。神坂さんも好きな子路の話です」


「おお、子路はいいね。あの愚直な真っ直ぐさは大好きだよ」


「その子路は、人から誤りを指摘されると喜んだそうですよ」


「そうなのか、凄いな。誤りを指摘されて、なんとか取り繕おうとしてしまった俺とは正反対だな。俺には子路ほどの真っ直ぐさはないということか。反省します!」


「しかし、その話にはまだ続きがあるんです。やはり孔子より前、先ほどの禹に帝位を継いだ舜という人は、相手が家来だろうと一般の庶民だろうと貧民であろうと、善いことをしていればすぐにそれを取り入れたんだそうです。とにかく庶民とともに善を行うことを最大の喜びとしていたらしいです」


「自分より身分の低い人の意見を素直に聞いて、それをすぐに実践するというのは、なかなか出来ることじゃないよな」


「そうですよね。雑賀は結構、全うなことも言うじゃないですか。だけど、あいつに言われると素直に受け取れない自分が居るんですよ」


「お前も俺と同じでかなりの小者だな」


「じゃあ、お二人のことをこれからコモノ・ブラザーズと呼んでもいいですか?」


「雑賀! お前、いつからそこに居たんだよ!」


「お二人より前から座っていましたよ。ほら、もう食べ終わっていますから」


「雑賀、お前は性格が悪いな。盗み聞きをしてたのか?」


「神坂さん、盗み聞きとは酷い言い方じゃないですか?」


「そうですよ、コモノ・ブラザーズのお二人は声がデカイから全部聞こえてくるんですよ」


「い、石崎! お前もそこに居たのか?」


「はい。雑賀さんと一緒に」


「俺たちがコモノ・ブラザーズなら、お前らはコソドロ・ブラザーズだな!」


ひとりごと 

人の諫言を素直に聞くということは、小生のような小人にはなかなか難しいことです。

それどころか聖人舜は積極的に部下や庶民の善行を取り入れたといいます。

リーダーとしては、メンバーの善い事例を素直に取り入れるくらいの度量が必要なのでしょう。

そう考えると、小生はまだまだ修養が足りません。


原文】
禹は善言を聞けば則ち拝す。中心感悦して、自然に能く此の如し。拝の字最も善く状(あらわ)せり。猶お膝の覚えずして屈すと言うが如し。〔『言志録』第194条〕


【意訳】
夏王朝を開いた聖人の禹は、善い言葉を聞くと、その人に深くお礼をしたという。真心から悦び感謝して、自然とそうした行為に至ったのであろう。「拝」という字はそのことをよく表現している。膝が自然と折れるというものである。


【ビジネス的解釈】
人から善い言葉を聞いたり、戒めの言葉を受けたときは、その人に対して深く感謝すべきである。自然と人に感謝できる人物になることは容易ではない。


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第1326日 「コミュニケーション」 と 「矢印の向き」 についての一考察

神坂課長が悩んでいます。


「どうして彼らは利益というものを重視しないのかなぁ。いくら売上をあげても利益が出なければ会社は成り立たないのに。まだまだ俺の伝え方に問題があるんだろうなぁ」


営業2課の上半期は、残念ながら売上・利益ともに計画未達成となる見通しで、特に利益計画の達成率が売上計画の達成率を下回っていて深刻な状況のようです。


「医療コンサルの登場や薬価引き下げの影響で、各医療機関は少しでも安く買い叩こうという思いがあるのはわかるけど、そこをどう食い止めるかが勝負なんだよな。それをいくら伝えても、『競合他社が下げてくるから下げざるを得ないといって安易に価格を下げてしまう。これ以上粗利率が下がったら、会社としてもいろいろ深刻な問題が出てくるだろうなぁ」


神坂課長は思い悩んで、佐藤部長の部屋の扉をノックしています。


「はい、どうぞ」


「部長、お忙しいところすみません」


「神坂君か、どうしたんだい?」


神坂課長は先ほどの悩みを佐藤部長に伝えました。


「たしかに粗利率の低下は大きな課題だね。もちろん当社だけではなく、医療商社全般の課題ではあるけどね」


「はい、そこを口をすっぱくして言い続けているのですが、じりじりと下がっていく状況を止められません。伝え方に問題があるんですかね?」


「伝わらないのは相手が悪い、とするのではなく、自分の伝え方に問題があると矢印を自分に向けることはとても大切なことだよ」


「はい、それは若い頃、佐藤部長に散々叩き込まれましたから!」


「そうだったね。若い頃の神坂君はなにかあればすべて周囲が悪いという物の考え方をしていたね。その成長が改めて感慨深いなぁ」


「お恥ずかしい話です」


「神坂君の伝え方もどんどん進化しているから伝え方だけの問題ではないと思うけどね。一斎先生はこう言っているよ」


「はい、その一斎先生のアドバイスを期待してこの部屋に来たんです」


「ははは。私のアドバイスじゃなくて?」


「おっと、これは失礼しました。佐藤部長の解説が加わった一斎先生のアドバイスが聞きたい、というのが正確なところです」


「よろしい(笑)。一斎先生はね、『まず道理の通った言葉を使いなさい』と言っている。今は時代が変って、上司の言う事は絶対だ、なんて考えているメンバーは居ないだろうからね」


「そうですね。たしかに昔は絶対だった気がするなぁ。といいながら上司とよく衝突していましたけど・・・」


「神坂君は今の若者以上に理不尽を許さなかったね。それで一斎先生の言葉に戻るけどいい?」


「あ、失礼しました」


「ただし、『いくら道理が通っていても、それを伝えるリーダーが怒りを感じていたり、メンバーを強制しようと思っていたら思いは伝わらないと言っている。それに加えて、『なにか裏がありそうだと感じさせたり、リーダーの利己のために言っているなと感じさせてしまったときも伝わらない』と言っている」


「なるほど。そう言われてみると、私の中に説得してやろうという思いがあったのは事実です
ね」


「そういう点をよく振り返って反省し、自分の伝え方が拙いのだと考えて、伝え方を変えていくしか方法はないだろう。伝わるまで何度でも言い方を変えて伝え続ける必要があると思うよ」


「はい。利益を重視しろという言葉に間違いはないと信じていますので」


「そうだね。神坂君は若い頃からしっかりと利益を出して会社に貢献するという姿勢は一貫しているよね。それはとても素晴らしいことだよ」


「ありがとうございます。やっぱりここに来て良かったです。もう一度、先ほどの一斎先生の言葉をよく味わって、自分の伝え方を工夫してみます」


「お役に立ててよかったよ」


「では、失礼します」


「神坂君は凄い勢いで成長しているな。彼の成長を支えているのは、あの素直さなんだろうな」


佐藤部長は神坂課長の背中を見ながら、そんなことを考えていたようです。


ひとりごと 

コミュニケーンの基本は、こちらがどういうつもりであったかではなく、相手にどう伝わったかで決まります。

「そういうつもりはなかった」と後悔したところで、そう伝わってしまったならこちら側の問題なのです。

相手の理解力に合わせて、自分の伝え方を工夫する以外にコミュニケーションをよくする方法はありません。

また、相手はこちらの腹のうちを読もうとします。

一斎先生が指摘しているような4つの思いが隠れていると、相手はそれを見透かしてしまいます。

誠実さをもって、自分が確信していることを、シンプルにわかりやすく伝えることを工夫しましょう。


原文】
理到るの言は、人服せざるを得ず。然も其の言、激する所有れば則ち服せず。強うる所あれば則ち服せず。挟(さしはさ)む所有れば則ち服せず。便する所有れば則ち服せず。凡そ理到って人服せざれば、君子は必ず自ら反りみる。我れ先ず服して、而る後に人之に服す。〔『言志録』第193条〕


【意訳】
道理の通った言葉には、人は受け入れざるを得ないものがある。しかし、その言葉に激しいものがあれば、人は受け入れない。強制的な響きがあれば、受け入れない。裏に含むことがあれば、受け入れない。己の便利を計ろうとすれば、受け入れない。道理が通っていても人が受け入れないとすれば、君子は必ず自らを反省する。まず自らが自分自身を正しくしてこそ、人はその人の言葉に従うものである。


【ビジネス的解釈】
上司から部下へ、営業から顧客へなどコミュニケーションをとる際には、筋の通った言葉を使うべきである。しかし、そこに怒りや強制の意を伴ったり、あるいは裏があるなと感じさせたり、利己的なものを感じさせることがあれば、思いは伝わらない。リーダーは必ず矢印を自分に向けて反省し、まず自分がしっかりと腹に落としてから人に伝える必要がある。


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第1325日 「心」 と 「ギャンブル」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」にいるようです。


「今期は力及ばずで申し訳ありませんでした。下期はもう一度メンバーと一緒にやるべきことを明確にして取り組みますよ」


「そうだね。何が未達の原因なのか、それがハッキリすれば問題の半分は解決したようなものだからね」


「はい」


「部長、仕事にやりがいをもって臨めるというのは幸せなことなんですね」


「お、どうした? 突然しみじみとそんなことを言うなんて」


「いや、実は私の高校時代の友人がリストラされたそうなんです。決して仕事のできない奴ではないんですよ。そいつの勤務先が傾いて、大手企業の傘下に入ったそうなんですが、それから半年後に課長以上はバッサリ切られたそうです」


「他人事ではないな」


「まだ41歳ですからね。これから一番お金が掛かるときにリストラされると辛いですよね。彼にも家族がありますから」


「40代前半ならいくらでも仕事はあるよ。友人として励ましてやって欲しいな」


「はい。彼は元来明るい奴なので、きっと立ち直ってくれると信じています」


「人生は思い通りにはいかないものだね。でも、最悪だと思った道の先に新しい希望が見つかることも多いのが人生だよ」


「そうですね。とにかく立ち止まるということが一番いけないのかも知れませんね」


「そうだね。『成功の反対は失敗ではない、何もしないことだ』と言われるようにね」


「幸い私は、今は楽しくやりがいを持って仕事ができているので、それは幸せなことなんだと改めて思いました」


「これも一斎先生の言葉だけど、人間の心というのはなにかに心を燃やしていないと萎んでしまうだけでなく、悪いことをしてでも燃え上がろうとするものだ、と言うんだ。だから、何もしないくらいなら、芸事や賭け事でもいいから心を燃やした方が良いと孔子も言ってるんだよね」


「まさかのギャンブル容認ですか!」


「積極的にやれという意味ではないけど、心を燃やすものがないなら、賭け事でもいいからやった方が悪事に手を染めるよりは良いということだろうけどね」


「孔子って人は、かなり柔軟な発想の持ち主だったんですね」


「すごく魅力的な人物だよ。西郷さんのところで『論語』も読んでいるんだよね?」


「はい、毎回ではないですが、勉強させてもらっています。ただ、ギャンブルの方は最近まったくダメでして、無駄なお金を垂れ流しています」


神坂君は仕事に対しても熱い心を燃やしているから、ギャンブルで身を持ち崩すことはないでしょう。最近は勝ててないの」


「さっぱりです。そろそろギャンブルからは足を洗おうかなと思いはするのですが・・・」


「相原会長が悲しむよ」


「それもやめられない言い訳のひとつです。(笑)」


「会長は神坂君が大好きみたいだからね。これからも適度にお相手してあげてね」


「もちろんです。いつも勉強させてもらっていますからね」


「はーい、お待たせしました。外も秋の空気になってきて、さんまの美味しい季節になりましたね」
ちさとママがお料理を運んできました。


「おお、秋刀魚の塩焼きか。最高!」


「神坂君は、仕事にギャンブルにお酒と心を燃やすものが多いよね」


「そのお陰で懐はツンドラ地帯です」


ひとりごと 

人間たるもの、仕事に心を燃やせるのが一番良いことでしょう。

しかし、不遇なときもあります。

そんなとき孔子は、なにもしないで腐っているよりは、芸事や賭け事をした方がマシだと言い切ります。

そんな孔子の柔軟性こそが孔子の魅力であり、『論語』を読む楽しみでもあります。


原文】
心は猶お火のごとく、物に著(つ)きて体を為す。善に著かざれば、則ち不善に著く。故に芸に遊ぶの訓は、特(ただ)に諸を善に導くのみならず、而も又不善を防ぐ所以なり。博奕の已むにも賢(まさ)るも亦此を以てなり。〔『言志録』第192条〕


【意訳】
人の心はまるで火が物に燃え移るようにしてその存在を知らしめる。心が善につかなければ、不善につくようになる。よって、『論語』述而篇にある「芸に遊ぶ」という教訓は、ただ善に導くというだけでなく、不善から遠ざけることにもなるのだ。同じく『論語』の陽貨篇にある「博奕の已むに賢る」という教訓も同様のことを教えているのだ。


【ビジネス的解釈】
人間の心というものは常に活性化させておく必要がある。善いことを心がけて実践していないと悪いことに心が動いてしまう。孔子が、何もしないくらいなら、芸事に心を燃やしたり、ギャンブルをしている方がまだマシだ、と言っているのはこのことを意味する。したがって、ビジネスマンであるなら、仕事に心を尽くすのがなによりも心を活性化させることになる。


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第1324日 「やり方」 と 「在り方」 についての一考察

定時後、営業2課の石崎君と善久君が居室で雑談中のようです。


「ゼンちゃん、その後も事故の相手のところにお見舞いに言ってるの?」


「毎日、顔を出しているよ。それしか僕にできる誠意の示し方がわからないからさ」


「偉いな。俺ならそこまではできないな。でもさ、とかなんとか言いながら、本当はあの娘にホレちゃったんじゃないの?」


「ば、馬鹿なことを言うなよ。僕は事故の加害者で彼女は被害者だよ。そんな気持ちを持ったらバチが当るよ」


「そうか、ゼンちゃんはその気なしか。でもあの娘はめっちゃ可愛いよね。俺、アプローチしてみようかな?」


「ザキ、ふざけるなよ。会社の信用問題になるだろう」


「なんでだよ! 真面目に付き合えば問題ないだろう。ゼンちゃんが俺達の恋のキューピッドになるんだぜ」


「絶対にやめろよな!」


「ゼンちゃん・・・。お前、やっぱりホレてるな」


「か、可愛いなとは思ってるよ。でも、今はそういうことを言うときじゃないだろう」


「うん。素直でよろしい。それなら応援してやる!」


「なんでそんなに上からなんだよ! 付き合えるわけなだろう!」


「それにしても、骨折じゃなくて良かったな」


「いや、骨折ではないけど、膝関節の脱臼だからね。しっかり固定しておかないと癖になるかも知れないんだって。心配だよ」


その翌日。


「おい、善久。被害者の子の状態はどうだ?」


「はい、神坂課長。明日退院できるそうです。当分は松葉杖での生活になりますので、自宅で1週間程度は療養するそうです」


「やっぱり若い子の回復力は凄いな。ところで、善久。お前、その子にホレてるんだって?」


2課のメンバー全員がニヤニヤしています。


「そ、そんなことないですよ! ザキ、お前もうしゃべったのか!」


「お先に失礼しまーす」


「逃げるな!!」


「善久、日本で二番目に口の軽い男に話をしたお前が悪いな」


「二番目ですか?」


「そう、圧倒的な差で日本一は俺だから」


「それ自慢することじゃないですよ!」


「善久、人に聞かれたくなかったら、しゃべらないことだな。人に知られたくないと思ったら、目立った行動はしない方がいい」


「でも、私は彼女にホレたからお見舞いをしているわけではないですよ。本当に申し訳ないと思っていて、どうしていいかわからないから毎日頭を下げに通っているだけです」


「相手の子や親御さんもよくウザがらないな」


「はい。毎日来なくて良いと言いながら、行ったら行ったでお話をしてくれます」


「お前の人柄だな。しかし、たとえ言葉を発しなくても、行動で隠せていると思っても、心の中は相手に伝わるからな。お前の好きだという気持ちはできれば捨てた方がいいな。可愛そうだが・・・」


「はい。自宅に戻ったら毎日通うわけにはいきませんし、少し間を空けてお見舞いに行くようにします。その間に、心の中を整理します」


「切ない恋だな。でもまあ、お前から告白するわけにはいかないだろうな」


「はい。正直に言って、違う形で会いたかったです」


「すくなくともお前の誠意は間違いなく相手に伝わっている。そろそろ顔を出すのは控えた方がいい」


「そうですね」
善久君はどこか寂しそうです。


「仕事でもそうだぞ。いくら『やり方』を学んでも、『在り方』が正しくなければお客様の心を動かすことはできない。だから、技術や知識だけでなく、心を磨く必要があるんだ」


「はい」


「なんて、偉そうなことを言ってるが、これは俺自身に言い聞かせているんだよ、実は。まあ、そんなに寂しい顔をするな。まず怪我の程度が酷くなくて、被害者が退院できたことを喜ぼう。今日は飯を奢ってやるから付き合え」


「『季節の料理 ちさと』に行きたいです!」


「おお、お前は行ったことがなかったか。じゃあ、そうしよう。でも、ママにはホレるなよ!」


ひとりごと 

自分の心の内を隠すのは容易なことではありません。

言葉で言わなくても、態度や表情に表れます。

行動を慎んでも、ふとした仕草に本心が表れます。

だからこそ、心を磨く必要があるのです。

心が技術を超えない限り、技術は生かされません!


原文】
枚乗(ばいじょう)曰く、「人の聞く無きを欲せば、言う勿きに若(し)くは莫(な)く、人の知る無きを欲することは、為すこと勿きに若くは莫し」と。薛文清(せつぶんせい)以て名言と為す。余は則ち以て未(いまだ)しと為す。凡そ事は当に其の心の何如を問うべし。心苟くも物有れば、己言わずと雖も、人将に之を聞かんとす。人聞かずと雖も、鬼神将に之を闞(うかが)わんとす。〔『言志録』第191条〕


【意訳】
前漢の人である枚乗が「人に聞かれたくないと望むなら、自ら言わないにこしたことはない。人に知られたくないと望むなら、自ら行わないにこしたことはない。」と言った。明代の儒者である薛文清(せつぶんせい)が、このことばは名言だとしている。だが私は、まだ不十分だと思っている。およそ物事は、それをなす人の心の在り様が問題なのだ。かりにも心に一物を持っていれば、言葉を発せずとも、それは人の耳に届いたも同然である。また人の耳に入らなくとも、鬼神がこれを窺い知ることとなろう。


【ビジネス的解釈】
人に聞かれたくないと望むなら、自ら言わないにこしたことはない。人に知られたくないと望むなら、自ら行わないにこしたことはない。しかし、仮に隠したところで心の在り方というものは表に出てくるものだ。だからこそ、ビジネスにおいては、「やり方」よりも「在り方」が重要なのだ。


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第1323日 「驕」 と 「欲」 についての一考察

「神坂さん、ちょっといいですか?」


営業1課の清水さんが神坂課長に声を掛けたようです。


「おお、相談事か、めずらしいな」


2人は喫茶コーナーへ移動したようです。


「実は、私についている新人の志路のことなんですけどね」


「ああ、あの野球少年か」


「あいつのギラギラ感はハンパないですよ。早く出世したくて仕方がないみたいなんですよ」


「今時めずらしい若者じゃないか」


「そういう見方もできますけどね。神坂さんも俺も若い頃にあまり出世したいと思って仕事をして来なかったですよね」


「そうだけど、トップセールスになりたいって思いは持ってたじゃないか。それと同じじゃないのか?」


「トップセールスになれば、会社に大きな貢献ができるじゃないですか!」


「2番じゃ貢献できないのか?」


蓮舫みたいなこと言わないでくださいよ」


「なつかしいな。『2番じゃ駄目ですか』ってやつか」


「出世というのは目的にするものじゃないですよね。自分のやりたいことを実現するための手段じゃないですか」


「それはそうだな。しかしな、仕事に対する欲がない奴を鼓舞して働かせるより、欲がある奴を抑えながら働かせる方が確実に結果は出るぜ」


そこにタイミングよく志路君がやってきました。


「おお、志路君。ちょうど良かった」


「神坂課長、おはようございます」


「志路君は早く出世したいんだって?」


「はい」


「なんでそんなに急ぐ必要があるの?」


「実は私の母はLGBTなんです」


「な、なんだそれ?」


「神坂さん、知らないんですか! レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの総称です。簡単に言うと、自分の体と心の性別が不一致の人のことですよ」
清水さんが解説してくれました。


「ああ、そういうことか。志路君、朝からいきなり過激なカミングアウトだな」


「私にとってはそれほど特別なことではないです。母は一度結婚して私を産んだのですが、すぐに離婚して、その後数年はひとりで私を育ててくれました。それから同姓のパートナーと仲良くなって、いまは一緒に住んでいるんです」


「すごい話だな」


「母はLGBTの人が結婚できる社会を実現する運動をしています。だから、早く出世してお金を稼いで、もっと大々的にその活動ができるように支援してあげたいんです」


「そういうことか。志路、なんで俺にその話をしてくれなかったんだよ」


「だって、清水さんは一度も理由を聞いてくれなかったじゃないですか」


「そ、それは・・・」


「志路君は野球をやってきたんだよね。その頃、監督になりたいと思っていたのかい?」


「まさか! 選手として活躍したいと思っていました」


「そうだよね。でもさ、出世するってことは監督やコーチになるってことでもあるんだよ」


「ああ」


「まずはプレーヤーとして活躍して、それからコーチ、監督になっていくのがステップだよな。まずは、プレーヤーとして一流になることを目指してみないか?」


「そうすればお金も稼げますか?」


「それはそうさ。ウチの会社はボーナスは実績連動だからね。でもね、本当に活躍しているプロ野球選手がどういう考え方でプレーをしているかを学んだ方がいいぞ」


「どういうことですか」


「超一流の選手というのは、自分のためではなく、チームのため、ファンのために良いプレーをしようと心がけているものだよ。営業の世界も一緒なんだ。しっかりお客様のお役に立って、会社に貢献してくれよ!」


「はい。神坂課長ありがとうございます。では、失礼します!」
志路君が元気に立ち去ると、清水さんが尊敬の眼差しで神坂課長に話しかけました。


「神坂さん、いつの間にそういうスタイルを身につけたんですか!」


「仕事の年輪だと言いたいところだけど、本当のところは佐藤部長と何人かのお客様のお陰だな」


「驚きました!」


「清水、若い奴にはある程度自由に働かせていいんじゃないか。一度、調子に乗って失敗すれば、驕ることのおろかさに気づけるし、欲望のままに仕事をすれば、それでは売上が伸び悩むことに気づく。そうすれば、驕ることを抑え、欲望をコントロールできるようになるんじゃないか。まさに、この俺が失敗を積み重ねながらここまで来たようにさ」


「驕りや欲望をゼロにしようとは思わない方がいいということですね。たしかに、そうですね。それこそ私も驕りに驕って失敗を重ねてきましたからね」


「お互い似た者同士だが、志路もどうやら俺達の仲間入り確実だな!」


「間違いないですね!」


ひとりごと 

無欲になる必要ない、私欲に勝る公欲を持て。

これが小生が儒学から学んだ大きな教訓のひとつです。

若い人に失敗をさせろと口では言いながら、実際には行動する前に制限してしまうリーダーが多いのではないでしょうか?

人間とは失敗からしか学べない生き物のような気がします。


原文】
此の軀殻を同じゅうすれば、則ち此の情を同じゅうす。聖賢も亦人と同じきのみ。故に其の訓に曰く、敖(ごう)は長ず可からず、欲は従(ほしいまま)にす可からずと。敖欲も亦是れ情種なり。何ぞ必ずしも之を断滅せん。只だ是れ長ず可からず、従にす可からざるのみ。大学の敖惰も、人往々にして之を疑う。吾は然りと謂わず。〔『言志録』第190条〕


【意訳】
同じ身体をもつ人間は、その感情も同じようなものである。聖人賢者においても同じである。だからこそ『礼記』には、「驕る心を増幅させてはいけない、欲望をなすがままにしてはいけない」とあるのだ。驕る心も欲望も感情のひとつである。これを仏教徒が言うように完全に無くす必要などない。ただ増幅させず、なすがままにしないことが大切なのだ。『大学』に書かれている驕りや怠惰に関する記載に疑いをもつ者もいるようだが、私にはなんの疑いもありはしない。


【ビジネス的解釈】
人間の肉体や感情に大きな差異はない。儒学では、驕りや欲望を完全に無くす必要なく、自制できればよいとしている。ビジネスにおいてはなおのこと無欲では成功しない。驕る気持ちを抑え、世の中のためになる仕事をすることを心がけることが肝要だ。


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第1322日 「言語」 と 「飲食」 についての一考察

神坂課長が特販課の雑賀さんを呼び出して食事をしているようです。


「どうだ、変らずにおとなしくやってるんだろうな?」


「さすがにあれだけの事故を起して会社に迷惑をかけておいて、ケロッと忘れてしまうほど私も馬鹿じゃないですよ」


「そりゃそうだな。聞いた俺が馬鹿だった! しかし、あれだけ酒が好きなお前がスパッと酒をやめられるとは思わなかったな」


「もちろん今でも飲みたくなりますよ。でも、その度に母の涙を思い出して我慢しています」


「それは一番の抑止剤だな。俺もその点だけはお前を見習わないとな」


「その点だけって、他にも良いところがあるでしょう。しっかり良いところ探しをしてくださいよ」


「お前の良いところを探すのは、今からジャイアンツが逆転優勝するくらい難しいな」


「もうジャイアンツの逆転優勝の可能性はゼロじゃないですか!」


「あ、そうか。じゃあ、お前の良いところもゼロだな」


「ひどいなこのおっさん!」


「ははは。雑賀、口には2つの機能があるんだ」


「はい? どういうことですか?」


「一つは今言った飲食だよ。飲食を慎まないと体を壊すことになるだろう。しかし、それだけじゃないんだ。もう一つの機能として言葉を発するという大事な機能がある。それを慎まないと禍が自身に降りかかるんだぞ」


「経験者は語る、ですか?」


「そのとおり! しかし、お前もその危険性を充分に秘めているぜ」


「なんとなく自覚しています」


「なんとなくかよ! 大累が泣くぞ」


「最近は泣かせてないですよ!」


「それはよかった。この前教えてもらった『論語』の言葉なんだけどな。『白い珠に傷があるなら磨けば良いことだが、出してしまった言葉は取り返しがつかない』という言葉があるんだ。つまり、欠点は修正可能であるが、言葉によって傷つけた人の心は修復のしようがない、ということだな」


「へぇ、神坂さん、結構勉強しているんですね」


「ちょっと遅いかもしれないけどな。それでも勉強しないよりはした方がいいだろう」


「そうですね。確かに言葉は一度言ってしまったら撤回しても、心の傷までは元通りにはできないのかもしれないなぁ」


「昨年だったかな、高校の同窓会があってさ。20年振りくらいに再会するクラスメートもいたんだけどな。その中のある女子がさ、俺の言葉の暴力のせいで男性不信になったから、大学では女子大を選んだって言われたよ」


「そこまでいくと、もう犯罪スレスレですよ!」


「なんでだよ! ただな、俺にはまったく自覚がなかったんだよ。申し訳ないことをしたなと思ったよ」


「その人の心には磨いても決して癒えない傷が残ったんですね」


「そういう言い方するなよ。また落ち込むじゃないか! でもな、その子はその後無事に結婚をして3人のお子さんを授かったそうなんだ。それがなんと全員男子らしいんだよ。男4人に囲まれて暮らしているんだってさ。見事なオチだろう!」


「あまり笑えませんけどね」


「だから、お前も言葉には気をつけろよ」


「ご忠告、ありがとうございます。今の話を聞いて、言葉の恐ろしさを知りました。それにしても、なんで神坂課長もウーロン茶なんですか?」


「酒が大好きなお前の前で、俺だけ飲めないだろう」


「神坂さんってそういうところはやさしいですよね」


「ほら、俺の良いところはすぐに見つかるだろう!」


「良くないところはその何倍もありますけどね」


「おーい、兄ちゃん。生ビールとバーボンのロックを持ってきて!」


「俺は飲みませんよ!」


「わかってるよ。生を一気飲みして、その後バーボンを飲むんだよ!」


ひとりごと 

「口は禍の元」と言われますが、実は病の元でもあることを、一斎先生のこの言葉は教えてくれます。

言葉を慎み、飲食を慎むことが、健全で健康な生活を送るためにもっとも重要なことなのでしょう。

言葉と飲食をつかさどるのが口という器官です。

口を慎め、という言葉には2つの意味があったのでしょうね?

ちなみに、物語の中で神坂とクラスメートとの会話は、小生の実話です・・・。


原文】
人は最も当に口を慎むべし。口の職は二用を兼ぬ。言語を出し、飲食を納(い)るる是なり。言語を慎まざれば、以て禍を速(まね)くに足り、飲食を慎まざれば、以て病を致すに至る。諺に云う、禍は口より出て、病は口より入る。〔『言志録』第189条〕


【意訳】
人たる者まず口を慎むべきである。口は二つの役割を兼ねている。言葉を発することと、飲食物を摂取することがそれである。言葉を慎まなければ、禍を招くことになり、飲食を節制しなければ、病気になってしまう。諺にも「禍は口より出て、病は口より入る」とあるのは、このことだ。


【ビジネス的解釈】
仕事は健全な精神と健康な肉体があってこそ首尾よく進めることができる。その上で口という器官が果たす役割は重要である。ひとつは言葉を発しコミュニケーションをとる機能であり、もうひとつは食物を摂取する機能である。言葉を慎まなければ人間関係において余計な禍を呼ぶことになるし、飲食を節制しなければ病の素となる。


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第1321日 「狂」 と 「言」 についての一考察

「もしもし、え? マジか、どこで? それで、相手は大丈夫なのか?」


「石崎、誰からの電話だ?」


「神坂課長、善久が事故を起こしたようです」


「おいおい、本当かよ。ちょっと電話を変わってくれ。もしもし、状況を説明してくれ」


「あ、神坂課長ですか? すみません、期末の忙しいときに」


「そんなことはいいよ。それより事故の状況を説明してくれよ」


「はい。そんなにスピードは出していなかったのですが、急に前の車が止まったので」


「おかまを掘ったのか?」


「いえ、それでハンドルを切って、おかまは掘っていませんが・・・」


「善久、落着け。何を言ってるのかさっぱりわからないぞ」


「す、すみません。追突を避けようとしてハンドルを切ったら、電柱にぶつかりまして」


「なんだ、単独事故か?」


「いえ、けがの程度は酷くはなさそうです」


「はあ? けが人がいるのか? どういうことだよ、まったく状況が理解できないぞ。善久、落着け。警察は呼んだのか?」


「あ、誰かが呼んだようで、さっきパトカーが来ました」


「それで、何故けが人がいるんだよ?」


「ハンドルを切ったときに、横に原付がいたのに気づかなくて、バイクを巻き込んでしまいました」


「それでけがの程度はどうなんだ?」


「意識はありますが、足を骨折しているようです」


「お前、さっきけがの程度は酷くないって言わなかったか? 骨折って、結構酷いけがじゃないか!」


「石崎君、善久君はかなり動揺しているみたいだね」
山田さんが石崎君に話しかけています。


「はい、泣きそうな声でした。『どうしよう、どうしよう』ってそればかり言ってました」


「現場に行った方がよさそうだね。神坂課長、私が現場に向かいます」


「ああ、山田さん。申し訳ない。お願いしていいですか?」


「はい。ちょっと善久君が心配ですので」


「かなりパニック状態にあるみたいだよ。言っていることが支離滅裂で、聴くたびに答えが変わるような状況だからね。とても通常の精神状態にはないな、あいつ」


「課長、私も山田さんと一緒に行きます」


「そうだな、同期のお前がいた方が安心するかもな。頼む」


「はい、山田さん、行きましょう」


二人は事故現場に向かったようです。


「善久、深呼吸をしろ。いいか、俺は別に怒っているわけじゃないぞ。とにかく正確に状況が知りたいんだ」


「すみません。けがをしたのは私と同じくらいの年齢の女性で、右足が痛いと言って泣いています。とんでもないことをしてしまいました」


「救急車はまだなのか?」


「音が聞こえていますので、もうすぐ来ると思います。事故の検証が終わったら、すぐに病院に行ってきます」


「病院には俺も同行するから、まずはしっかりと警察に状況を説明するんだ。今、山田さんと石崎がそっちへ向かった。たぶん20分くらいで着くはずだ。落ちついて、正直に話をするんだぞ」


「はい。うう」


「善久、泣く奴があるか。やってしまったことは仕方がない。これからできる最善のことをしよう。じゃあ、一旦電話は切るぞ。しっかり説明するんだよ」


「はい。課長、ありがとうございます」
神坂課長は受話器を置きました。


「善久君、かなりのパニック状態のようだね」
いつの間にか佐藤部長がそばに立っていました。


「もう支離滅裂で、気が狂ったのかと思うくらい甲高い声を出していました。ちょっと心配です」


「神坂君はまず、総務部の西村さんとタケさんに事故の報告をしてくれるかい」


「はい、これからすぐ説明してきます」


「けが人への謝罪は会社としてしっかりと対応しよう。命に別状は無さそうなのは不幸中の幸いだけど、骨折となると後遺症などは心配だね」


「はい。若い女の子みたいです。骨折の程度が酷くなければ良いのですが・・・」


ひとりごと 

うつ病を病むほどでなくても、精神的にパニックになると、自分で自分の言葉をコントロールできなくなるようです。

自分でも驚くようなことを口走ってしまうこともあります。

そういう状態にある人と会話する際は、まず精神を安定させることが先決です。

メンバーがそういう状態にある時こそ、リーダーは優しく寄り添うように話を聴くことが求められます。

かつて小生は、それができずにメンバーを追い込んでしまいました。

今更ながらに反省します。


原文】
狂を病む人は、言語序無し。則ち言語に序無き者は、其の病狂を去るや遠からず。〔『言志録』第188条〕


【意訳】
気が狂っている人は、言葉に順序がない。つまり言葉に順序が無い人は、気が狂っていると見られても仕方がない。


【ビジネス的解釈】
精神的にパニックに陥っている人は言葉が支離滅裂になる。逆に言えば、言葉が支離滅裂な人は通常の精神状態にはないということである。(そういう状態にある人と接するときは、まず精神的に安定させることを優先すべきである)


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第1320日 「寝言」 と 「鍛錬」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理ちさと」で晩餐をしているようです。


「最近、寝言が酷いってカミさんに言われたんですよ。寝ていても仕事のことが頭から離れないのねって笑われているんですけど、起きてみるとどんな夢を見ていたのかを覚えていないんですよね」


「実は、寝言に関しては一斎先生が面白いことを言っているよ」


「教えてください」


「寝言を言うようでは、為すべきことを成そうとする想いが足りない証拠だ、と厳しいことを言っているんだ」


「仕事熱心だから寝言を言うわけではない、ということですね?」


「そのようだね。常に心を尽くそうと心がけている人は、寝ているときですら慎独を保てるんだということだろうね」


「それは厳しいなぁ。せめて寝ているときくらい、気を抜きたいですよ!」


「ははは。神坂君らしくていいね」


「起きているときは全力で生きて見せますから、せめて寝ているときは死んだように眠りたいです!」


「私はそこまでは求めないから、どうぞ泥のように眠ってください」


「私は布団に入って電気を消す瞬間が一番幸せかもしれません」


「ははは。寝ることは大切なことだからね。ところで、さっきの一斎先生の言葉は『孟子』という中国古典の言葉を引用しているんだ。孟子は、『心を尽くすことと『心を存すということを分けて考えていてね」


「心を存すというのは聞いたことがない言葉ですね」


「そうだろうね。孟子は、『心を尽くす』ことが十分にできない人が、心を尽くそうと意識し努力することを『心を存する』と言っている。そして、『心を存する』努力を続けていると、いつしか心を尽くせるようになる、としているんだ」


「『心を尽くす前段階に『心を存する』ことがあるということなんですね?」


「そう。そして寝言を言うような人は、その心を存することすら出来てない人だとしているんだ」


「そういう意味では、私は今心を存する鍛錬をしているところでしょうね」


「私も同じだよ」


そのとき、ちさとママが料理を持ってきました。


「神坂君は玉ねぎが嫌いだったよね? おいしい淡路島産の玉ねぎが入ったから、オニオンスライスにしてみたの。ポン酢をかけて食べると美味しいんだけどな」


「おお、ママ。玉ねぎは厳しいなぁ。あの独特のジャリっとした歯ざわりが大の苦手なんだよ」


「でも、この淡路島産の玉ねぎは、日本一美味しいと言われているのよ」


「参ったなぁ。ポン酢をたっぷりかけて食べてみます」


「どう?」


「うん、美味しい。シャキシャキで玉ねぎ独特の歯ざわりがないね。これならモリモリいける!」


「苦手な食材を食べるのも、ひとつの鍛錬かも知れないね」


「はい。意外と食わず嫌いということもありますからね。何事も挑戦してみることが大切ですね」


「そうそう。今日、家に帰ったら寝言を言わないように、まずは心を尽くそうと思うところか始めてみよう!」


ひとりごと 

寝言をこんな風に捉えるというのは新鮮ですね。

寝言とは心のゆるみなのだ、とはあまりにも厳しい気もしますが、儒学者の心得としてはこうあるべきという理想なのでしょう。

寝言は別として、常に心を尽くそうと思い続ける、まずはそこから始めてみます。


原文】
昏睡して囈語(げいご)を発するは、心の存せざるを見るに足る。〔『言志録』第187条〕


【意訳】
ぐっすり眠り込んで、寝言を言うようでは、常に全力を尽そうという心を失っていることが露呈してしまう。


【ビジネス的解釈】
常に自分の為すべきことを成そうとしている人は、寝ている時でも気を許さないので、寝言を言うようなことはない。


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第1319日 「言葉」 と 「行動」 についての一考察

「神坂くーん」


「あっ、相原会長。お疲れ様です」


「期末の追い込みご苦労様です。ちょっと疲れた顔をしているね。気分転換にどう?」


「ナイター(競艇)ですか?」


「うん。今日はノー残業デーだしね。しっかり勝って美味しいものを食べさせてあげるからさ」


今日も神坂課長は、少しでも売上を上乗せするために、最後までメンバーと一緒に走り回っていたようです。


「そうですね。夜になったらジタバタしても仕方ないですからね」


二人はG競艇場へやって来たようです。


「おー、ちょうど9Rが終わったところみたいだね。今からでも3レース楽しめるよ」


「めっきり秋っぽくなった夜風に乗って、ほのかにガソリンの匂いが漂う競艇場は、やっぱり良いですね」


「ほお、神坂君、詩人だね」


10、11Rは二人ともハズレたようで、これから最終の第12Rがスタートのようです。


「よし行け、池田! そうだ、よおーっし」


「おお、神坂君3番のアタマを買ってるの?」


「はい、3-1流しです。このまま3着が6番だと50倍以上つきます!」


「さすが、師匠。お見事です!」


結局、神坂課長は3連単を的中して、65倍の払い戻しを受け取ったようです。


「会長、今日はステーキハウスでも良いですか?」


「もちろん! 僕は今でも肉は大好きだよ」


二人は競艇場から車で10分ほど走ったところにあるステーキハウスに入ったようです。


「会長、今日は私の奢りでいいですね。私はサーロインの300gをミディアムレアで!」


「じゃあ、僕は、ヘレの200gをレアでお願いしようかな」
しばらくして注文した料理が運ばれてきたようです。


「うーん、やっぱりステーキは旨いですね」


「柔らかくて美味しいお肉だね。ところで神坂君。昨日、久し振りに大累君とやり合ったらしいね」


「えっ、ご存知だったんですか?」


「そういう情報はすぐに入ってくるからね。さすがに昔と違って殴り合いにはならなかったと聞いて安心したよ」


「さすがに殴り合いまではいきません。でも、どうしても言い過ぎてしまうんですよね」


「言い過ぎだとは思ってるんだね?」


「はい。口は禍の素だと昔から言われているのに、それがどうしても抑えられないんですよね」


「僕も若いころは、言葉でよく失敗したな」


「えっ、会長がですか?」


「今でこそ気も長くなったけど、若いころは短気だったからね。神坂君みたいに、カッとして手が出ることはなかったけど、よく暴言を吐いて揉めたよ」


「意外ですね。それで、何か暴言を吐かなくする秘訣でも見つけられたんですか?」


「秘訣はないけどね。結局、言葉を慎むとその後の行動は自然と慎み深くなるものだよね。だから、言葉を慎むことを意識した」


「言葉を慎むって、具体的には何をやったんですか?」


「とにかく、自分と他人は違うんだということを自分に言い聞かせたよ。自分の意見が正しいとは限らない。相手の言葉にも深い意味が隠れているかも知れない。そんなことを考えるようにしたら、不思議と相手の良い面が今まで以上によく見えるようになったんだ」


「なるほど。私の場合は、一旦暴言を吐いた後に後悔するんですよね。そういえば、カッときたら6秒待つと良いって山田さんが言ってたな」


「よし、じゃあ明日からは社内に6秒ルールを徹底しよう。何かムカッとくるようなことを言われてキレそうになっている人をみたら、『はい、いまから6秒数えてからキレてください』と伝えるというルールね」


「ははは、たしかにそれをされたらキレなくなりそうです」


「言葉というのは釘みたいなものだからね。釘って一度打ち付けてしまったら、たとえ引き抜いても釘穴が残るでしょう。同じように、言葉も相手の心に突き刺さるから、後で言葉を撤回しても心の傷はすぐには癒えないんだよね」


「そうかぁ、私はこれまでどれだけ多くの人の心に釘を打ち込んで来たんでしょうか? すごく申し訳なく思えてきました」


「行動を慎みたかったら、まずは言葉に気をつけることから始めるのが一番だよ。これは僕の経験で実証済だからね」


「会長、ありがとうございました。冗談抜きで明日から6秒ルールを徹底します!」


「多分9割は神坂君に適用されそうな気がするけどね!」


「ははは。それは否定できません」


ひとりごと 

言葉を慎む、これは小生一生のテーマであり難題です。

それにしても本章の一斎先生の言葉は箴言です。

なぜ、言葉を慎むのかといえば、それがすべての行動の引き金となっているからであり、慎み深い行動を心掛けるなら、まずは言葉を慎むところからスタートすべきだ、ということを教えてくれます。

そもそも言葉より行動を重視するのが儒学の根本です。

口で示すのではなく、行動で示すリーダーを目指しましょう!


原文】
言を慎む処、即ち行ないを慎む処なり。〔『言志録』第186条〕


【意訳】
口を慎むことが、行動を慎むことになる。


【ビジネス的解釈】
まず口を慎むことが、行動を自制するためにも重要なことだ。


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第1318日 「間」 と 「クロージング」 についての一考察

9月の半期決算に向けて、各営業マンは最後の追い込みに入っているようです。


今日の神坂課長は、善久君に同行しています。


「院長先生、現品を使われた印象はいかがでしたか?」


「善久さんの言っていたとおり、さすがに最新の内視鏡は綺麗だね」


「はい、この商品はつい最近発売されたばかりで、普及機でありながらNBI(*)が搭載されていてお買い得です。今ならキャンペーンで価格も安くしています」


「うん」


「それに大腸スコープも挿入性がかなり高くなっていますので、患者様の苦痛低減にもなると思うんです」


「・・・」


「どうでしょうか? ご注文はいだけませんか?」


「うーん。少し考えたいな。来週の同じ時間にもう一度来てくれる?」


「ありがとうございます。では、そのときに良いお返事がいただけることを楽しみにしています」


二人はクリニックを出て、車に乗り込んだようです。


「善久は今の商談をどう捉えたんだ?」


「はい、課長。デモは高評価でしたし、いまお持ちの機械も古いので、注文をもらえると思います」


「そうかなぁ?」


「えっ? 何か問題がありましたか?」


「ちょっと考えたいから来週来いと言われただろう? もしかすると来週になって顔を出したら、『何の件だっけ?』ってなるかも知れないぞ」


「そんなことはないですよ!」


「後でゆっくり考えたいという返事はな、実は『今考えることはやめる』ということを決めたに過ぎないんだよ。だから本当に考えてもらえるかどうかは怪しいものだぜ」


「そうでしょうか?」


「善久、今日はクロージングだったんだよな?」


「はい、そのつもりでした」


「じゃあ、今日の営業活動は不成功だな」


「え、そうですか?」


「クロージングというのは、お客様から買うか買わないかのはっきりとした返事をもらうことだ。注文をもらえるに越したことはないが、白黒はっきりさせることが大事なんだ。そういう意味では今日は先延ばしされてしまったんだから、不成功だよな?」


「はい、そういう意味ではそうですね・・・」


「なぜそうなったと思う?」


「神坂課長はその理由がわかるんですか?」


「わかるよ。善久がしゃべり過ぎたんだよ。お前がずっと話をしているから、院長先生はゆっくり考えることができなかったんじゃないか。だから、後で考えることを決めて、今日は終了にされてしまった訳さ」


「私は話し過ぎましたか?」


「約7割はお前が話をしていたな。院長は3割くらいじゃないか。本来は逆であるべきだよ。お客様にもっと話してもらわないとな」


「なるほど・・・」


「これは佐藤部長から教えてもらったんだけどね。善久も間の大切さを知る必要があるな。お前の商談には間がまったくないんだよ。お客様に間を与えることで、雑音が無くなるから、お客さまは深く考えることができるんだ」


「間、ですか?」


「どうしても営業マンは沈黙を怖がるんだよな。しゃべり過ぎている時というのは、自分の内に秘めたパワーを無駄遣いしている状態なんだよ。内に秘めたパワーを上手に活用しないと、お前の想いはお客様に伝わらないよ。間を与えるということは、お前の内に秘めたパワーを活用する大事な時間なんだ」


「ありがとうございます。間なんて、まったく意識したことがなかったです。次回は間を意識して、確実に注文をもらってきます!」


「頼むぞ。俺も佐藤部長から間の大切さを教わってから、格段に受注率が高くなったからな。間の大切さについては、実体験として確信しているよ。来週の今頃はお前の笑顔が見れそうだな!」


*NBI:Narrow Band Imaging(狭帯域光観察)。オリンパス社の内視鏡に搭載された診断補助機能。通常の組織とがん病変との境界をより際立たせる画像解析手法。


ひとりごと 

今日紹介した「間」の大切さについては、小生の営業活動のバイブル『営業の魔法』(中村信仁著、エイチエス)に掲載されています。

また、その他ここで神坂が語っている内容は、小生が毎月参加している永業塾で何度もくりかえし教えられてきたものです。

小生もこの本によってはじめて「間」の大切さを知りました。(それまでは意識すらしたことがありませんでした)

そして、それ以降は勤務先の研修でも常に伝えてきました。

先日、その研修を受けた社員さんが早速試してみたところ、これまでは絶対にその日に注文をくれることがなかったお客様が、その場で即決して注文をくれたと嬉しそうに報告してくれました。

ぜひ、お試しください!!


原文】
饒舌の時、自ら気の暴するを覚ゆ。暴すれば斯に餒(う)う。安んぞ能く人を動かさんや。〔『言志録』第185条〕


【意訳】
饒舌になる時というのは、己の心の気が暴走している状態である。暴走すれば気を減じてしまう。そんなことでどうして人を動かすことができるだろうか。


【ビジネス的解釈】
自ら喋り過ぎる時というのは、自分の気を抑えきれていない状態である。これでは自分の気を無駄に消耗しているに過ぎない。それでは想いは相手に伝わらない。


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