一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年10月

第1358日 「徳目」 と 「中和」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長、大累課長、新美課長と4人で営業部メンバーの評価会議を開催しているようです。

4人は、昼食を終えて、午後の部に入る前に雑談をしているようです。

「最近の若い奴は、ちょっと厳しくするとポキっと心が折れるし、優しくするとつけ上がるし、本当に面倒くさいですよね」

「ははは。神坂君、最近の若い奴に限らないような気がするけどね」

「そうですよ、褒めるとすぐに雲の上まで突き抜けるくらいに調子に乗る人は私の目の前にもいますから」

「なんだよ、大累。一応聞いておくが、それは俺のことか?」

「他に誰がいるんですか!」

「人の話をよく聞けよ。まあ、百歩譲って俺が調子に乗りやすい男だとしてもだ、少なくとも心が折れることはなかったぞ」

「ああ、たしかにそうですね。神坂さんの心を折る後輩が現れるのを期待しています」

「折られる前に折ってやる!」

「神坂さん、それはあきらかに違うと思いますよ」
新美課長が呆れています。

「でもね、確かに神坂君の言うとおりで、何事も偏りが生じるとうまく行かないものだよね。人間は弱い生き物だから、優しくされるとどうしてもその人を頼ってしまう。だから上司は常に部下に対して思いやりと厳しさの両面を持っている必要があるよね」

「メンバーが何かミスをしたときにも、ミスそのものを責めるのではなく、なぜミスをしたかを一緒に考えて、上司として足りなかった点を詫びる必要もあるのでしょうね」

「新美の言うとおりだな。ミスを責めすぎると心が折れて、ある日突然『会社を辞めます』なんて言ってくる奴もいるだろうからなぁ」

「我々リーダーはなるべく裏方に徹して、メンバーに手柄を取らせてやるべきだとは思いますが、それも度が過ぎると勘違いをさせてしまいますからね。『全部俺ひとりでやったんだ』な
んて後輩に自慢したり・・・」

「ははは。大累、それは雑賀のことだろう。たしかにあいつはそういうタイプだな。ウチでいうと石崎なんかは要注意だ」

「なんでもかんでも白黒をはっきりさせようとするのも注意が必要ですね。一方が正しいとなれば、他方は間違っていることになります。善の反対は悪ですから、自分が善だなんて思い上がると周りとうまく行かなくなりますよね」

「新美、それは清水のことを想定しているんだろう? たしかにそうだよなぁ。安易に『正義』なんて言葉を使うのは気をつけるべきだな」

「いま、君たちが話してくれたのは、儒学でいう『仁・義・礼・智』という4つの徳目の行き過ぎた活用方法だね。どんな素晴らしい徳目であっても、やはり相手の立場や心境をよく理解して使わないと良くない結果になることもあるということだ」

「部長、そのとおりですね。しかし、なかなか難しいですよね。相手なりの最善を尽くすというのは」

「大累君、そうだよね。いくら自分では最善を尽くしたつもりでも、相手に響かなければ自己満足になってしまう。だからこそ、常に我々は人間学を学び続けて、相手なりの最善とは何かを求めていかなければならないんだろうね」

「相手なりの最善か。たしかに私は、自分が良かれと思うことを信じて突き進んできました。それが間違いだとは思いませんが、時には立ち止まって、自己満足に陥っていないかを反省する必要がありそうです」

「神坂君が上手にまとめてくれたね。さあ、では後半の評価に入ろうか」

「はい」


ひとりごと 

メンバーのためを思って指導したことが、こちらの意図とは違って伝わり反感を買うということはよくあることです。

小生などは、何度同じ失敗をしてきたことでしょう。

常に相手の現在の環境や心境を思いやり、最善のアドバイスを与えていくためには、まずリーダー自身に高い人間力が必要となります。

孔子が、『学ぶに如かず』と言ったのは、まさにこういうことなのでしょうね。


原文】
惻隠の心偏すれば、民或いは愛に溺れて身を殞(おと)す者有り。羞悪の心偏すれば、民或いは自ら溝瀆(こうとく)に経(くび)るる者有り。辞譲の心偏すれば、民或いは奔亡(ほんぼう)して風狂する者有り。是非の心偏すれば、民或いは兄弟墻に鬩(せめ)ぎ、父子相訴うる者有り。凡そ情の偏するは、四端と雖も、遂に不善に陥る。故に学んで以て中和を致し、過不及無きに帰す。之を復性の学と謂う。〔『言志録』第225条〕

【意訳】
他者に強く同情する心が度を過ぎれば、民は愛に溺れてかえって身をダメにする者もあろう。悪を憎む心が度を過ぎれば、民は溝の中で首をくくる者もあろう。譲ってへりくだる心が過ぎば、奔走して狂人のようになるものもあろう。正しいことと間違っていることを判断する心が過ぎると、兄弟で争ったり、親子の間で訴訟を起こしたりする者もあろう。すべてあまりにも偏った心の持ちようでは、孟子が提唱した四端の心といえども、最後にはよくない結果をもたらすものだ。だからこそ、学問をして常に中和を保ち、過不及のない状態であらねばならない。これを人間本来の本性に復帰する学問というのだ、

【ビジネス的解釈】
儒学で大切にすべき徳目である仁義礼智でさえ、それを極端に考えて活用すると、かえって良くない結果をもたらすこともある。なにごとも行き過ぎすることのない様に、また不足することもない様に、常に中和を保つことが重要である。社会人となっても勉強を続ける意味は、人間本来の心を取り戻すためにあるのだ。


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第1357日 「本物」 と 「贋物」 についての一考察

J医療器械では、中途社員を採用することが検討されているようです。

営業部員の採用となるため、今回は人事部の鈴木課長と一緒に営業部の神坂課長が面接官に指名されたようです。

「おい、鈴木。俺は面接官なんてやったことがないし、どうすれば良いんだ?」

「まあ、人事面接の基本というのはあるけど、お前は自分の動物的な勘を信じろ」

「この前も誰かに動物的な勘をもっていると言われたんだけどさ、俺は人間だからな」

「わかってるよ。誰もお前が狼だなんて思ってないよ」

「それも大体お前が言うように野獣に見られるからな。それにしても、たかだか30分間で人を見抜くのは簡単なことではないよな」

「ウチは零細企業だからな。優秀かどうかを採用基準にするのではなく、親孝行かどうか、家族や仲間を大切にしているか、すぐに諦めない負けん気を持っているか、そんなところを見ているんだ。ほら、これがウチの採用基準表だ」

「へぇ、こんなものを使っているのか。かなり大胆な採用基準だな」

「テストの結果やありきたりな質問では、学生の本質は見抜けないからな」

俺も営業としては、かなり多くのお客様と接してきて、人間関係の酸いも甘いも味わったという自負はあるからな。その辺りを意識して、ウチの会社に合った人材を見つけ出したいな」

「学生さん達もロープレなんかをやって、それなりに準備をしてくるし、結構カッコいいことも言うぞ。そういう言葉や外見に引っ張られないようにするのは意外と難しいものだよ」

「そうだろうな。最近の贋物はなかなか精巧だからな。しかし、俺は学生さんにはありのままを出して欲しいな。普段と違う自分を演出したところで、それをずっと会社で続けるのは自分がシンドイだろう」

「そのとおりだよ。だからウチの採用基準表は、なるべく学生さんの素を探り当てられるように工夫しているんだ。だけど、お前が学生のときの面接の態度は酷かったな。ありのままを出し過ぎるのもどうかと思うけどな」

「そんなに酷かったか? 俺は、とにかくこの丸裸の神坂勇を見てくれ、と思って面接に臨んでいたからな」

「さすがにウチの今の採用基準だと、あの頃のお前は不採用だな」

「そんなこと言うなよ。現にこうやって会社のお役に立つ人材にまで成長したぜ。俺みたいなダイヤの原石をどうやって見つけ出すかが、ウチみたいな零細企業においては重要なんじゃないのか?」

「よく自分のことをそこまで言えるな。さすがに今のウチは、あの頃と違って、第二の神坂を採用するほどギャンブルはできないな」

「じゃあ、俺の採用はギャンブルだったって言うのか?」

「西村部長もそう言ってただろう」

「よし、そういうことなら、俺以上に強烈なダイヤの原石を採用してやろう!」

「勘弁してくれよ。この採用基準に沿って粛々とやってくれればいいからさ」

「わかってるよ、冗談に決まってるだろう!」

「それはそうと、神坂。絶対に圧迫面接は禁止だからな。すぐに採用サイトにブラックだと書かれてしまうから」

「大丈夫だよ。優しいお兄さんを演じるから」

「そんな安いメッキは簡単に剥がれ落ちるだけだぞ!


ひとりごと 

採用において自社に合った人材に入社してもらうことは極めて重要です。

企業にもそれぞれの風土やカラーがあります。

特に中小企業においては、大企業と同じような採用活動をするのではなく、自社のカラーを明確にして、欲しい人材を一本釣りするくらいの覚悟が必要なのではないでしょうか?


原文】
匿情は慎密に似たり。柔媚は恭順に似たり。剛愎は自信に似たり。故に君子は似て非なる者を悪む。〔『言志録』第224条〕

【意訳】
感情をおし隠すという意味の匿情は慎み深くよく注意が行き届くという意味の慎密に似ている。柔らかで人に媚びるという意味の柔媚は恭しく従うという意味の恭順に似ている。頑固で人に従わないという意味の剛愎は、自信に似ている。それ故に『孟子』尽心章には、一見して似ていても実際には非なるものを憎むとあるのだ

【ビジネス的解釈】
世の中に似て非なるものは多い。ビジネスリーダーには、ホンモノを見抜く力をつけることが求められる。


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第1356日 「漸」 と 「恵」 についての一考察

「神坂課長、ちょっとお時間よろしいですか?」

「あー、山田さん、どうしたの?」

今日の神坂課長は、ベテランの山田さんに声を掛けられて、会議室に入ったようです。

「山田さんが相談なんて珍しいね」

「実は、新人の梅田君との距離感がうまくつかめなくて悩んでいます」

「ははは。山田さんと梅田は性格が真逆だからね。だからこそ大きな化学変化があると期待してタッグを組んでもらったんだけどな」

「化学反応にもいろいろありますよ。例えば爆発とか・・・」

「おっと、物騒なことは言わないでよ。どんなことが悩みの種なの?」

「彼は同期の志路君をライバル視しているようなんです。志路君の教育担当は清水さんですよね。清水さんはどんどん志路君に仕事を任せているらしいんです。私は慎重派ですから、様子をみながら仕事を与えているのですが、それが不満のようなんです」

「清水と志路はそれこそ毎日のように小噴火を繰り返しているからな。でも、山田さんには山田さんのやり方があるんだから、それを信じて貫けばいいと思うよ」

「それで良いのでしょうか・・・」

「俺が若い頃に佐藤部長から言われたことがある。たしか佐藤一斎先生の言葉だったと思うんだけど、マネジメントで大事なのは漸と恵だと教わったんだ」

漸と恵ですか?」

「漸というのは結果を急がず、少しずつ確実に物事を進めていくこと。恵というのは、物心ともに施しを与えていくことだと教えてもらった。つまり、自分のやり方を信じて焦らずにじっくりやることと、メンバーの気持ちを深く察して、その時々の環境や状況に最適な言葉を与えていくことを意識して、メンバーの心を少しずつ虜にしていくと良いってね」

「なるほど。梅田君が何を言ってきてもデンと構えていれば良いのですね?」

「そう。若い奴も先輩社員の心の動揺は敏感にキャッチするからね」

「もし志路君の方が、梅田君よりも良い成績をあげるような営業マンになったら申し訳ないなと思ってしまうんです」

どんな上司につこうと、自分を成長させることができるのは自分しかいないんだよ。良い先輩につけば素直に見習えば良いし、ダメな先輩についたら反面教師にして自分を磨けばいいんだから」

「さすがは神坂課長です。他人は変えることはできないんですよね?」

「そう。だから、清水とか志路のことは気にせずに、梅田のことだけを考えて、あいつにとってベストの選択肢を与えてあげてよ。そのときに、なぜその仕事を与えるのかを丁寧に説明してあげながらね!」

「私の課題は、課長のように気の利いた言葉が出てこないところなんでしょうね。課長は時々滅茶苦茶なことも言いますが、ここぞという時に発する言葉はいつも心を打ちます。凄いなぁと感心しています」

「そうなの? 心を打つ言葉を発している自覚もないけど、それ以上に滅茶苦茶なことを言っている自覚がないんですけど・・・」


ひとりごと 

『論語』の中で孔子もこう言っています。

「速やかに成果を挙げようと思うな、無理をして速く事を成し遂げようとすると、かえって目標には到達できない」(子路第十三篇)

大事なことほど、しっかり準備をして、ステップを踏んで達成すべきものなのでしょう。

そして、メンバーのことを真剣に考えて、最適なヒントを与えていくことで、メンバーは成長していくのでしょう。

マネジメントの秘訣は、漸と恵にあり。

拳拳服膺しておきたい言葉です。


原文】
漸は必ず事を成し、恵は必ず人を懐く。歴代の姦雄の如き、其の秘を窃む者有れば、一時亦能く志を遂ぐ。畏る可きの至り。〔『言志録』第223条〕

【意訳】
急がずに少しずつ事をなせば必ず成功するし、人に恵みを与えれば人は懐いてくる。歴史上の悪知恵に長けた英雄たちも、その秘訣をものにして一時的ではあるがその志を遂げている。恐るべきことである

【ビジネス的解釈】
人を動かすマネジメントの秘訣は、漸と恵である。漸とは、焦らずに時間をかけてしっかり準備をして仕事をすること。恵とは、物心ともに施しを当ることである。


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第1355日 「組織」 と 「自己実現」 についての一考察

今日の神坂課長は、就業後に喫茶コーナーで、新美課長の相談を受けているようです。

「神坂さん、ウチの営業1課は、神坂さんの2課に比べると最後のひと踏ん張りができなかった気がするんです」

「新美、それは前期の話か?」

「ええ、2課は最後の2週間で5千万円くらい上積みしたじゃないですか。1課はほぼプラスマイナスゼロでした。何かそこにマネジメントの違いを感じるんですよ」

「経験の差だよ。なんて偉そうなことを言いたいけど、それは正直に言うと、自分でもよくわからないな」

「そうですか。実は、佐藤部長が神坂さんに聞いてみろとアドバイスをくれたんです」

「えっ、ということは、俺のやり方になにか秘訣があると部長は見ているんだな」

「そうみたいですよ」

「ははは。せっかく部長がそう言ってくれているのに、本人が気づいていないんだからお笑い種だな」

「でも、神坂さんらしいです」

「お前、馬鹿にしているのか?」

「違いますよ! 意識しなくても自然とマネジメントが出来ているということじゃないですか。動物的な勘みたいなものですかね?」

「おい、それはやっぱり褒めてはいないと思うぞ」

「せっかくですから、この機会に分析してみましょうよ。期末の追い込みの時期には、いつもどんなことを意識しているんですか?」

「うーん、あらためてそう聞かれるとなぁ・・・。そうだな、メンバーに気持ちよく仕事をしてもらおうとは思ってる。だから、最後の2週間は特に自分が行きたい施設、取り組みたい仕事を優先させている

「具体的に教えてください」

「営業マンなら誰でも新規開拓が必要だろう。でも、飛び込み営業というのは、結構心が折れることが多いじゃないか。だから期末は、自分のお得意様、懇意にして頂いているお客様を徹底して訪問して来いと指示している。それが結果につながるのかどうかは分からないけどな」

「なるほど。メンバーがなにをやりたいかを察して、それをやらせているんですね」

「そうだね。ただウチのメンバーも若い奴が多いから、一年中そういう訳にはいかないよな。だから、せめてラストスパートの時は、そうさせてやろうと思ってな」

「神坂さんのそういう配慮は凄いですね。尊敬します」

「うん、素直でよろしい。あっ、それから俺のポリシーというか、ずっと大切に思っていることなんだけどな。メンバーのプライベートを出来る限り理解して、いまどんな環境でどんな心境なのかということは、常に把握するように意識している。そのためにしつこいくらい雑談はするな

「ああ、それは私がリーダーになるときにも神坂さんから言ってもらいましたね。最近、忘れがちでした。もう一度、その辺りからメンバーとの心の交流を始めます」

「お役に立てましたでしょうか?」

神坂課長はニヤニヤしながら自動販売機に目線を送っています。

「あっ、コーヒーでよろしいですか?」


ひとりごと 

故ピーター・F・ドラッカー教授は、以下のように言っています。

個人の価値観と組織の価値観で、両者にギャップがあるときは、個人の価値観を優先させよ。個人の価値観をないがしろにしていたら達成感は得られない。

組織のメンバーの価値観を知るためにも、日ごろから出来る範囲でプライベートまで含めた現状把握をしておくことが必要なのでしょう。


原文】
民の義に因りて以て之を激し、民の欲に因りて以て之に趨(おもむ)かしめば、則ち民其の生を忘れて其の死を致さん。是れ以て一戦す可し。〔『言志録』第222条〕

【意訳】
民が自分が正しいと信じていることを理解して、それを激励し、民が何を欲しているかを理解して背中を押すことができれば、民は命を惜しまずに全力を尽すであろう。戦わざるを得ない時はこのように人を使わねばならない

【ビジネス的解釈】
メンバーが大切にしていることを理解して励まし、メンバーの望んでいることを理解してその方向にマネジメントをすれば、メンバーは力を尽くして仕事を全うしてくれるものだ。リーダーは、特に緊急時に備えてこのことを理解しておくべきだ。


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第1354日 「私欲」と「公欲」についての一考察(その3)

「あっ、ラッキー! 手前が空いていた!」

営業2課の石崎君が社用車を病院玄関近くのスペースに停めました。

今日は、N通信病院の商談があり、病院ロビーで神坂課長と待ち合わせのようです。

「石崎、お待たせ。いやー、今日は風が強くて寒いなぁ」

「お疲れ様です。私は玄関近くが空いていたので、ほとんど風に吹かれずに院内に入れました」

「ふーん。石崎、それはラッキーだと思ったか?」

「え、はい。今日はツイてるなと思いました」

「ウチの社用車には社名が入っているよな。もしかしたら、お前の後ろを高熱を出した患者さんの家族の車が走っていたかもしれないぞ?」

「たぶん、後ろには車はいなかったはずです・・・」

「では、もしお前が熱を出したとして、病院で診察してもらおうとしんどい身体をおして運転をしてきたとしよう。病院に入ったら、目の前の車が同業の車で、そいつが玄関前の1台しかないスペースに車を停めてしまったとしたらどう思う?」

「それは・・・。『なんだよ、元気なんだからもっと遠くに停めてくれよ』って思います」

「そうだよな。俺たちは元気じゃないか。それに俺たちは病院にとってのお客様じゃないよな。むしろ俺たちのお客様が病院だろう」

「そうですね」

「石崎、これはお前を叱るつもりで言うんじゃないぞ。価値観の違いかも知れないから、お前に強要すべきことでもないかも知れない。ただな、俺は病院の駐車場では、なるべく遠くに車を停めることにしている。玄関前のスペースが空いているのを見ると、『おっ、よかった。ここに患者さんが停めてくれたら良いな』と思って通り過ぎるんだ」

「・・・」

「俺たちってさ、ちょっとだけ得することを考えてしまうだろう? 実は、俺もついついそういうことをしてしまうことが多いよ。そういう私欲を抑える練習のつもりで、普段から『少しだけ損をすること』を意識しているんだ」

「少しだけ損をする、ですか?」

「たとえば、賞味期限に近い方の清涼飲料を買ったり、一番上にある手垢のついた本を買ったりといったことだよ。大きな損をするのは覚悟がいるから、小さな損を積み重ねようと思っているんだ。そうすれば、その分だけ誰かが得をするだろう。それを誰かの役に立っていると思って自己満足するわけだ」

「課長、まだアポイントの時間まで10分あるので、車を停め直してきてもいいですか?」

「俺はそうしろと言っている訳ではないぞ」

「分かってます。でも、今のお話は本当に心に響いたので、車を玄関近くに停めた自分が恥ずかしくて、このままだと商談に集中できそうもないんです」

「おー、それは困るな。早く停めなおして来い!」

「はい!」

神坂課長は、急ぎ足で出て行く石崎君の背中を嬉しそうに見つめていたようです。


ひとりごと 

私欲と公欲のこと、すこし損をする生き方については、これまでに何度も書いてきました。

それはある意味で自分に言い聞かせる意味もあります。

小生も弱い人間ですので、気がづくと少し得をしようとする私欲に動かされてしまいがちです。

言い続けて、思い出して、やり続けるというサイクルを回して、習慣にしていくしかありません。


原文】
私欲は有る可からず。公欲は無かる可からず。公欲無ければ、則ち人を恕する能わず。私欲有れば、則ち物を仁する能わず。〔『言志録』第221条〕

【意訳】
私欲はあってはいけない。社会のためにという公的な欲(公欲)はなければならない。公欲がなければ、人におもいやりを施すことはできない。私欲があれば、仁を施すことはできない

【ビジネス的解釈】
私欲は持つべきではないが、公欲は持たねばならない。公欲を持てば世の中の役に立てるが、私欲があるとそれを拒む要因となる。


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第1353日 「楽しさ」 と 「働き方」 についての一考察

今日の神坂課長は同期の人事課鈴木課長とランチを共にしているようです。

「働き方改革=労働時間短縮というのは、間違った解釈なんだな?」

「突然どうした、神坂」

「この前、あるセミナーを受けたときに、講師の社労士さんが言っていたんだよ。『働き方改革に関して、労働時間の削減から手をつけている会社は迷路に入っている』ってな」

「たしかにそうかもな。大事なことは、労働生産性を高めることだもんな」

「おお、さすがは鈴木だな。講師も同じ事を言っていた!」

「一応、俺は人事担当だからな。むしろ、営業のお前がそんなことまで勉強していることに感心したよ」

「お前に褒められたのは初めてだな。でもな、今は営業の技術の研修なんか受けても面白くないんだよ。それより心の在り方を学ぶ研修が楽しく感じるようになってきた」

「ある意味お前はまだ真っ白なノートみたいなもんだからな。これからいくらでも埋めていける」

「それは、褒めてないよな? まあ、いいや。それでな、働き方改革で一番大事な一丁目一番地は何かわかるか?」

「同一労働・同一賃金だろ?」

「鈴木、お前はやっぱり凄い。尊敬する。だから食後のコーヒーを奢れ」

「まあ、ウチの場合は少人数の会社だし、その点は大丈夫じゃないかな」

「なんだよ、スルーかよ。そうだよな、それで俺が面白いなと思ったのは、働き方改革というのは、会社からすると『働かせ方改革』で、社員さんにとっては『働きがい改革』だという話だった。最近よく聞く、ワークライフバランスってやつをしっかり捉えなおす必要があるってな」

「安倍首相がこれからはもう昭和のモーレツ社員は要らないというような趣旨のことを言っているよな。お前は典型的な昭和の男だからな。気をつけないと部下から刺されるぞ」

「わかってるよ。だから、無理は言わないし、させていないよ。ただなぁ・・・」

「なんだ?」

「楽をすることと、楽しむことは違うと思うんだよ。漢字は同じ『楽』という字を使うんだけどな。楽しく仕事ができてこそ、幸せな人生を送ることができるんじゃないのかな?」

「その点は難しいな。幸せの定義は人それぞれ違うからな。ただ、人間はやっぱり仕事にやりがいや達成感を感じることができないと幸福感を味わえないだろうな」

「そうだろう。俺が若い頃は夜中まで働いて、その後飲みに行って、3時間くらいしか寝ないでまた会社に来るなんてことがよくあった。体力的には滅茶苦茶きつかったけど、なぜか毎日楽しかったんだよ」

「それをもっと限られた時間の中で、部下である社員さんに経験させていくことがお前に課せられた働き方改革の課題なんじゃないか?」

「なるほどな。労働生産性も大事だけど、『楽しさ生産性も大事だということだな。いかに効率的に仕事の楽しさを感じてもらえるか。これは労働生産性を高めるより難しいぜ!」

「マスター、食後のコーヒー2つ。こいつの奢りで」

「何でだよ!」

「お前の課題に気づかせてやったんだから、それくらい安いものだろう?」


ひとりごと 

働き方改革法案が可決され、いよいよ本格的に動き出します。

物語の中でも触れましたが、日本は世界水準からみると労働生産性が極めて低い国なのだそうです。

人口減少が避けられない未来である以上、効率的な働き方を模索しない限り、ますます日本の企業は疲弊していくということです。

しかし、効率を求めるときに、楽しさややりがいまで失って、機械のように働くことを提唱しているわけではありません。

いかに短い時間で「楽しく」仕事ができるかを模索していくことが、真の働き方改革につながるのではないでしょうか?


原文】
衆人の以て幸と為す者、君子或いは以て不幸と為し、君子の以て幸と為す者、衆人卻(かえ)って不幸と為す。〔『言志録』第220条〕

【意訳】
一般の人が幸せだと感じるものを、立派な人は不幸であると考え、立派な人が幸せに思うことを、一般の人はかえって不幸とみる

【ビジネス的解釈】
本当の幸せというものは、学んでいる人にしか理解できない。学び、気づき、実践を繰り返すことで、真の幸福に近づける。


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第1352日 「捨てる」 と 「手にする」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長と総務課の大竹課長と喫茶コーナーで雑談をしているようです。

「今月はちょっと飲み代にお金を掛けすぎました。そろそろゴルフクラブも新調したいし、家のパソコンも調子悪いし、いろいろと金が掛かりますよね。もう少し稼ぎの良い会社にでも移るかな」

「神坂君、さりげなくギャンブルを除外しているけど、一番の無駄はそこじゃないの?」

「ゲッ、タケさん、痛いところを突いてきましたな。たしかに競馬はGⅠシーズンが到来しましたし、競艇もSGがあるからなぁ。そこの出費も痛いです」

「なんか義務みたいに言ってるけど、それはやらなきゃ良いだけの話だからね!」

「わかっちゃいるけどやめられない! ってやつですよ」

「ははは。でもね、神坂君。ものがひとつ増えるとそれだけやる事も増えるし、その分いろいろと煩わしさも増えるものだよ」

「佐藤部長、どういうことですか?」

「たとえば、神坂君は係長から課長になってどんな変化があった?」

「そうですね。給料も少しは増えましたけど、それ以上にやる事は増えました」

「その分、悩みも増えたでしょう」

「はい。といっても、私は元来、そんなに悩まない性質なので、ストレスにはなっていませんが」

「神坂君がうらやましい~」

大竹課長が半分真面目にそう言っているようです。

「人間という生き物は、いつでも今手にしていないものを欲しがる傾向があるよね。神坂君、ゴルフクラブとパソコンが欲しいんだよね?」

「はい、当面欲しい物はそのふたつです」

「じゃあ、それを手に入れる代わりに、車を手放すことはできる?」

「それは無理です! 車がないとゴルフにも行けませんし・・・」

「そうでしょう。本当は何かを手に入れるときには、何かを手放さなければいけないんだよ。それなのに、今あるものは何も手放さずに、さらに何かを得ようとする人が多い」

「そうか、たしかにそれは贅沢であり、我儘でもありますね」

「大切なことは、今あるものを大切にすることだよ。もっと言うなら、今あるものに感謝すべきかも知れないね」

「今あるものに感謝か。ないものねだりをする前に、まず感謝なんですね」

「幸福感というのは、どれだけ物を持っているかでは決まらないよね。たくさんの物を持っていても、もっと欲しいと思っている人は、今を幸せだとは考えない。ところが、他人から見たら何も持っていないような人でも、いま手にしているもので満足している人は幸せを感じているんだよ」

「ギャンブルはやめられないから、これまで苦楽を共にしたゴルフクラブとパソコンには感謝をして、もうしばらく一緒に働いてもらいます。そう思ったら急に愛おしくなってきました!」

「神坂君のその単純さがうらやましい~」


ひとりごと 

国民教育者で哲学者の森信三先生は、こう言っています。

「バケツに汚い水を入れたままでは、決して新しい水は入らない。古い水を捨て去って、初めてそこに新たな水を満たすことができるのです」

安岡正篤先生も、以下のように言っています。

「『という字には、『かえりみると『はぶくの2つの意味がある。自ら反省するときには、行動を省みて、その後に必ず何かを省かなければいけない」

手に入れる前に捨てる、これが人生を生きる上での大事な基本なのかも知れません。


原文】
一物を多くすれば、斯に一事を多くし、一事を多くすれば、斯に一累を多くする。〔『言志録』第219条〕

【意訳】
物がひとつ増えれば、やる事もひとつ増える。やる事がひとつ増えれば、煩わしさもひとつ増える

【ビジネス的解釈】
物が増えればやる事も増え、煩わしさも増える。なにかを手に入れるためには、何かを手放す一増一減を意識する必要がある。  


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第1351日 「忍の一字」 と 「人生の試練」 についての一考察

「神坂君、それを石田梅岩先生は簡潔に言い表しているよ。『忍は忍なきに至ってよしとす』とね」

いい言葉ですね。我慢するのではなく何事にも自然体で対処できるという状態ですね」

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」に居るようです。

話題は昨日、大累課長と話した「忍耐」についてのようです。

「これは一斎先生が言っているんだけど、『忍』という字は、心の上に刃という字が乗っているでしょう」

神坂課長は手のひらに字を書いています。

「ああ、たしかにそうですね」

「心の上に刃を乗せた状態というのは尋常ではないよね。つまり普段から常に心に刃を隠しているような状態では、心が休まらないもんね?」

「そうですね。でも、私が我慢をしている時というのは、まさにそういう状態です」

「うん。だから『忍なきに至ってよし』なんだよね」

「さすがは佐藤部長だな。私もそういう話を大累にできると、もう少し尊敬してもらえるんですけどねぇ」

「ははは。大累君は神坂君を心から尊敬しているよ」

「そうですかねぇ。あいつほど私を馬鹿にしている後輩も居ないと思うんですけど」

「神坂君も大累君には特別に心を許しているところがあるよね。他の後輩があんなことを言ったら、君は何をするかわからないでしょう」

「勘弁してください。まあ、たしかに10年前の私ならそうかも知れませんが、今はそうでもないですよ。だいたい、クソガキ、あ、石崎のことですけど、あいつも相当なことを言ってきますからね」

「忍が忍でなくなりつつある過渡期だね」

「ああ、そうかも知れません」

「でもね。人生を変えるような大きな転機を迎えた時は、この忍の一字がとても大切になるはずだよ」

「どういうことですか?」

「男の厄年は42歳だよね。だいたいそのくらいの年齢のときに、人生最大の窮地が訪れるものなんだ。まあ、42~45歳くらいまでかな」

「もうすぐだなぁ。その時は、『忍』の一字を心に隠して過ごさなければいけないんですね?」

「だからこそ、それまでに心を鍛錬して、忍を忍なきにしておく必要があるんじゃないかな」

「なるほど」

「はーい、お二人様。締めのお料理です。神坂君、激辛料理は大好きだったよね?」

「ちさとママ。なに、激辛料理って?」

「広島風つけ麺です。このつけダレは、とっても辛いわよ。『忍』の一字で味わってね!」


ひとりごと 

小生も人生最大の試練が40代のときにやってきました。

そのとき、どれだけ「忍」の一字を発揮できたかと振り返ってみると疑問符がつきます。

しかし、考えてみれば人生は、大小こそあれ試練の連続です。

すぐそこに来ている次の試練のために、忍を忍なきに至るまで、心を鍛錬し続けます。


原文】
心上に刃(やいば)有るは忍なり。忍の字は好字面に非ず。但だ借りて喫緊寧耐(きっきんねいたい)と做(な)すは可なり。要するに亦道の至れる者に非ず。〔『言志録』第218条〕

【意訳】
忍という字は心の上に刃が乗っており、文字としては良い文字とは言えない。ただし、この字を借りて緊急時に耐え忍ぶという場合に使うのは良いであろう。つまり忍とは道の極まったものではないのだ

【ビジネス的解釈】
心に刃を隠すのが忍である。つまりこれは理想とする心の状態ではない。ただ、緊急時には必要なものとして捉えておくべきだ。

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第1350日 「忍耐」 と 「マネジメント」 についての一考察

今日の神坂課長は、自分のデスクのところで大累課長と雑談をしているようです。

「神坂さん、組織マネジメントで一番大切なのは『忍耐』らしいですね」

「そうかなぁ。それが一番だとは思わないけど」

「でも、雑賀なんて私に『忍耐』することを教えてくれたあり難い部下ですよ」

「大累、嫌味っぽいね、その言い方!」

「はくしょん」

「ほら、雑賀がくしゃみをしているぜ。噂をするとくしゃみをするって本当だったんだな」

「いや、あいつ昨日から風邪をひいてるみたいです」

「なあんだ。ところで、本当に『忍耐』が大事なのかねぇ?」

「昔、中国の張公芸という人は、九世帯が同居する大家族を養っていたそうです。その人に家族円満の秘訣を聞いたら、だまって『忍』の字を百回書いたそうです」

「へぇ。しかし、中国人の話というのは、大概大げさだからな」

「九世帯同居はあり得ないということですか?」

「いや、せいぜい『忍』の字を30回くらい書いた程度じゃないか?」

「そっちかい!」

「もちろん忍耐というのは大切なことだと思う。俺の若い頃は、そこが極端に欠けていたからな。でもな、忍耐って結局は我慢だろう。我慢し続けるとそれがストレスになって、禿げたり、デブになったりでいろいろ身体に負担が掛かるんじゃないか?」

「神坂さん、大きい声でハゲとか言うから、山田さんがこっちを見てますよ」

「あ、デブって言ったからか、雑賀がこっちを見ているな。ははは」

「ははは、じゃないですよ。その口の悪いのは我慢できないんですか?」

「え、俺って口が悪いか?」

「ダメだこりゃ。山田さんや雑賀は自分の身体的な問題をよく把握しているけど、このおっさんだけは自分の欠点がまったく見えていない」

「だって、初めて聞いたもん」

「子供か!」

「大事なことはまず自分の欠点や性格の癖に気づくことだろうな。その上で、最初は忍耐力で克服していくべきだろうけど、いつかはそこから脱却して、無理をしなくてもそういう欠点や癖が出なくなる状態を目指さないといけないんじゃないかな?」

「なるほど。たしかにそうですね。そういえば最近は、雑賀の不遜な態度もそれほど気にならなくなってきましたよ」

「俺はお前の不遜な態度がめっちゃ気になるけどな」

「本格的にダメだこりゃ。この人は、自分の欠点にはまったく気づいていないくせに、他人の欠点は気になるらしい。救いようがないなぁ」

「ゴン」

「そして暴力。訴えてやる!」


ひとりごと 

小生の大好きな言葉のひとつに、石田梅岩先生の『忍は忍なきに至ってよしとす』があります。

忍耐を忍耐だと言って我慢しているうちはまだダメだ。

忍耐が忍耐でなくなるレベルを目指さねばならない、という言葉です。

我慢をし続けると限界がきます。

限界が来る前に忍耐を忍耐でなくすような心のマネジメントが必要だということでしょう。


原文】
忍の字は、未だ病根を抜き去らず。謂わゆる克伐怨欲(こくばつえんよく)行われざる者なり。張公芸(ちょうこうげい)の百の忍字を書せしは、恐らく俗見ならん。〔『言志録』第217条〕

【意訳】
忍という字は、病根を完全に除去することではない。いわゆる勝ち気や自慢や怨みや欲望は、忍によって抑えられているに過ぎない張公芸が忍の字を百回書いたという故事は、たぶん事実ではないだろう

【所感】
忍耐は大切なことである。しかし、忍耐というのは感情が発露するのを押さえ込むだけである。石田梅岩の言うように『忍は忍なきに至ってよしとす』というレベルを目指したいものだ。


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第1349日 「孝行」 と 「仕事」 についての一考察

今日の神坂課長は、善久君の営業活動に同行しているようです。

商談を終えた後、帰りの車の中で、神坂課長がフィードバックをしています。

「善久、なぜ最後のところであと一押ししなかったんだ?」

「まだ、先生の心の中で葛藤があるように感じたので・・・」

「お前は、今提案している内視鏡が院長先生にとって課題解決のお手伝いにつながると思っていないのか?」

「いえ、絶対にお役に立てると確信しています。でも、決めるのは先生ですから・・・」

「善久はサッカーをやっていたんだよな?」

「はい」

「確かお前はミッドフィルダーだったよな。ゴールを決めるのはフォワードの仕事だが、そこに的確なパスを出してアシストをするのが、MFの仕事だろう」

「購入のアシストをしろってことですか?」

「お役に立てると確信しているなら、背中を押す一言でアシストするのさ」 

「・・・」 

「この前、お前はお父さんの誕生日にご両親に旅行をプレゼントしたんだろ? それは、見返りを求めずにお前を育ててくれたご両親に、少しでも喜んでもらいたいと思ったからじゃないか。それと同じ気持ちでお客様とも接してみろよ」

「親に対するのと同じ気持ちでお客様に接するのですか?」

「そう。患者様のことをあんなに考えて医療をしている先生なんだ。だからこそ、もっとお役に立てる器械を使って欲しいじゃないか!」

「課長、わかりました。明日、もう一度お邪魔して、親に伝えた言葉をアレンジして先生に話してみます!」

「いいね! あの先生の奥さんは、以前俺が担当していた病院に勤務していたからよく知ってるんだ。実は昨日、よろしくとメールを送ってあるんだよ」

「課長、ナイスアシストありがとうございます。もう1つ課長のご恩に応えるためにも、しっかりゴールを決めます!」


ひとりごと 

儒学においては、「忠」という徳目は、「自分の全力を尽くすこと」だとされます。

孔子の高弟だった曾子は、「孝」という徳目も、「自分より立場の上の人に対して全力を尽くしてぶつかる」という意味では同じだと言っています。

親孝行な人は、上司に敬意を持って接するだけでなく、仕事に対しても全力を尽くす人なのかもしれません。


原文】
君に事えて忠ならざるは、孝に非ざるなり。戦陣に勇無きは、孝に非ざるなり。曾子は孝子、其の言此の如し。彼の忠孝は両全ならずと謂う者は、世俗の見なり。〔『言志録』第216条〕

【意訳】
君主に仕えて忠義を尽せないのは、孝とは言えない。戦場で勇気を起さないことも、孝とは言えない。孔子の高弟である曾子はそう言っている。忠と孝を共に尽くすことはできないという人がいるが、世俗の意見に過ぎない

【ビジネス的解釈】
上司に仕えて忠義を尽せないのは、孝とは言えない。また、自分が任された仕事に対して勇気を発揮できないことも、孝とは言えない。忠と孝は別のものではない。どちらも自分の全力を尽くすという意味では同じ徳目なのだ。


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