一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年11月

第1378日 「準備」 と 「成功」 についての一考察

神坂課長が新聞の朝刊を開いて、いつものように大きな声でひとりごとを言っているようです。

「おいおい、ゴーんさんが逮捕されちゃったよ。日産を立て直した頃は、経営のお手本みたいに囃し立てられたのになぁ」

「驕れる者久しからず、ですかね?」

いつものように、山田さんがひとりごとを引き取ってくれました。

「結局は、内部告発で容疑が浮上したみたいだからね。あれだけの人になると社内に敵も多いだろうから、悪いことをしたら確実にバレるんだろうな」

「すごい人だと思っていたからショックですね。そんなにお金が欲しいのですかね? あれだけの収入を得ているというのに、それでも不正をするなんて・・・」

「欲にはキリがないんだね。俺たちの様なしがないサラリーマンには関係のない世界だ」

「成功し続けるっていうのは、難しいことですねぇ」

「人間って弱いものだからね。あれだけの成功をしてもなお自分を律するというのは並大抵のことじゃないんだろうな。俺ならたぶん同じことやるような気がするもんな」

「大丈夫ですよ、なれないから!」
石崎君が横槍を入れたようです。

「お前に言われなくても分ってるよ! 人間は弱いというたとえ話をしただけだ。本を読まない奴は行間が読めないから困るよなぁ」

「ちぇっ、なんだよ。自分だって最近まで読書なんかしていなかったクセに!」

「おい、クソガキ。それより、例の件の準備はできているんだろうな?」

「大丈夫でーす」

「語尾を伸ばすな。いいか、準備で仕事は8割決まるんだぞ」

「分ってますけど、準備に時間を掛けすぎて出遅れてしまったら元も子もないじゃないですか!」

「うるせぇ、幸運は準備と機会が巡り合ったときに訪れる』というセネカの言葉を知らないのか?」

「知りませんよ。どうせ最近読んだ本に書いてあったんですよね」

「そ、そのとおりだ。(なんでわかったんだ?) いいか、石崎。これ以上は無理だというくらいの準備をしろ。そこまでやれば仮に結果が悪くても納得がいくはずだ。後で後悔をするような準備だけはするなよ

「そこまで準備をしてもうまく行かないことがあるんですか?」

「あるよ。だから8割決まる、と言ったんだ。でもな、準備もせずに偶然うまく行くことがあっても、そんなのは絶対に長続きはしないのさ。カルロス・ゴーンさんがそうだとは思わないけどな」


ひとりごと 

昨晩、衝撃のニュースが飛び込んできました。

仏ルノー・日産・三菱の会長を兼務するカルロス・ゴーン氏が金融商品取引法違反で逮捕されました。

見事な手腕で日産をV字回復させたときは、救世主のように言われたゴーン氏。

きっとそのときは綿密な準備をして、ビジネスを軌道に乗せたはずだと信じたいところです。


原文】
凡そ事を作(な)すには、当に人を尽くして天に聴(まか)すべし。人有り、平生放懶怠惰(ほうらんたいだ)なり。輒ち人力もて徒らに労すとも益無し。数は天来に諉(ゆだ)ぬと謂わば、則ち事必ず成らず。蓋し是の人、天之が魄(たましい)を奪いて然らしむ。畢竟亦数なり。人有り、平生敬慎勉力なり。乃ち人情は尽くさざる可からず。数は天定に俟つと謂わば、則ち事必ず成る。蓋し是の人、天之が衷(ちゅう)を誘(みちび)きて然らしむ。畢竟亦数なり。又人を尽くして而も事成らざるもの有り。是れ理成る可くして数未だ至らざる者なり。数至れば則ち成る。人を尽くさずして而も事偶(たまたま)成るあり。是れ理成る可からずして、数已に至る者なり。終には亦必ず敗るるを致さん。之を要するに皆数なり。成敗の其の身に於いてせずして其の子孫に於いてする者有り。亦数なり。〔『言志録』第244条〕

【意訳】
何か事をなすには、人事を尽くして天命を待つべきである。 ある人間はは平生だらしなくて怠け者であった。一所懸命に力を用いてもなんの益も無い。運は天にまかせるといっていては、何事も必ず不成功に終わる。思うに、このような人は、天がこの人から魂を奪い取って、このようにさせたのであり、これもまた運命である。別のある人は、平生とても慎み深く勤勉である。人としてなすべき道理は、どんな場合でも尽くさなくてはいけない。ただし運は天の定めに従うといっているので、何事も必ず成功する。思うに、このような人は、天がその人の心を誘いだしてこのようにさせたので、つまりこれも運命である。しかしながら、人事を尽くしても成功しない人もいる。この人は道理の上からいえば成功すべきであるが、まだ天運が来ていないからであって、天運が到来すれば成功するのである。これと反対に、人事を尽くさなくとも、たまたま成功することがある。これは道理の上からいえば成功しないはずであるが、運がそこに来たのであって、そんな人は、最後は必ず失敗するものだ。要するにみんな運命なのである。事の成敗がその人の代には表われないで、その人の子孫の代になってから、表われることもある。これも又運命である

【ビジネス的解釈】
何事も、自分にできるベストを尽くして、結果は時の運に委ねるしかない。しかし、準備をしなければ成功はおぼつかない。時に何の準備もしていない人間が成功することもあるが、そういう人間は長続きはしないものだ。


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第1377日 「天命」 と 「宿命」 についての一考察

今日の神坂課長は、「季節の料理 ちさと」で佐藤部長と食事を共にしているようです。

「大切な後輩を失ったんだってね。自分の身近な人の死は辛いね」

「はい、自分より年下の人間が死ぬというのは、やっぱりショックです」

「だからこそ、生きていられる今をどう生きるかが大切になるんだよね」

「そうですね。それにしても人間の力ってちっぽけですよね。自分の命すら自由にできないんですから」

「そうかも知れないね。でも、人生のすべてをコントロールできないわけではないよね?」

「え?」

「いつ自分が死ぬのかは誰にもわからない。でも、生きている時間をどう真剣に生きるかは、自分で決められるでしょう」

「ああ、確かにそうですね。後輩の死を経験して、自暴自棄になることもできるし、その死を自分の中で活かすこともできますね」

「うん。どちらを選ぶのも神坂君の自由意志に任せられているんだよ」

「もちろん、私は彼のことを忘れずに、自分にできることを精一杯やろうと思います」

「そうじゃないと、後輩が悲しむよね。運命には2つあると言われている。ひとつは自分ではまったくどうしようもないもの、それを天命と呼ぶ。もうひとつは、自分の力で変えることができるもの、それを宿命と呼ぶ。これは、中村天風先生が言っていることなんだけどね」

「そうか、その2つをごちゃまぜにして、なんでもかんでも運命だといって片付けるのは大間違いですね。自分にできること、自分にしかできない役割を全うして、天命を待ちます!」

「はーい、お二人さん。今日はスペシャルディナーをご用意しました。三陸産のキンキの塩焼きです。新鮮だから煮つけよりも塩焼きがおいしいと思いますよ。どうぞ、召し上がれ!」

「うわぁ、綺麗な魚だね。でも、ママ。俺たちこんな料理頼んでないよ」

「いいのよ、今日は神坂君を元気付けるために私が奢るわ」

「マジで? 店主さんに奢ってもらうなんて人生で初めてだ!」

「赤い宝石と呼ばれる高級魚だね。神坂君のお陰で、私までおこぼれにあずかれたよ。ありがとう」

「では、いただきます! うーん、美味い! うま・・・い」

「あれ? 神坂君、何で泣いてるの?」

「わからないけど、なんだか無性に泣けてきた。なんでなんだろう?」

「神坂君が泣いているのを初めて見たわ。神坂君の涙を見たら、なんだか私も泣けてきた」

「美味しいものを食べることができる。うれしくて泣くことができる。やっぱり、生きている
ってとても幸せなことだね」

「駄目だ、涙が止まらなくなった。ちょっとトイレ借ります」

その後しばらく、トイレの中から神坂課長の嗚咽が漏れていたようです。


ひとりごと 

生まれて、生きて、死ぬ。

人間にはこの3つしかありません。

そのうち、「生まれる」ことと「死ぬ」ことは自分ではどうしようもありません。

しかし、「生きる」ことだけはなんとでもなります。

これは、永業塾の中村信仁塾長のことばです。

生きることだけは、本人の意志にすべて任されているのです。

精一杯どう生きるか、それが人生に課せられた課題なのです。


原文】
世に君子有り、小人有り。其の迭(たが)いに相消長する者は数なり。数の然らざるを得ざる所以の者は即ち理なり。理には測る可きの理有り、測る可からざるの理有り。之を要するに皆一理なり。人は当に測る可きの理に安んじ、以て測る可からざるの理を俟つべし。是れ人道なり。即ち天理なり。〔『言志録』第244条〕

【意訳】
世の中には立派な人もいれば、そうでない人もいる。彼らが互いに名を成したり失墜したりするのは運命である。そのようになるのには道理がある。この道理には予測可能なものと、不可能のものがある。要は皆ひとつの道理であるには違いないのだ。人間は予測可能な道理に心を安心させて、予測不可能な道理の到来を待つべきである。これが人の道であり、すなわち天の道理なのだ

【ビジネス的解釈】
運命には2つある。自分の力で打ち砕けるものを宿命、自分の力ではどうしようもないものを天命という。生きている限り宿命と戦い、天命を待つという生き方が人間としての正しい生き方なのだ。


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第1376日 「運命」 と 「逆境」 についての一考察

神坂課長はコーヒーを買いに喫茶コーナーにやってきたようです。

「あれ、清水じゃないか。どうしたボーっと空なんか見つめて」

「なんだ、おっさんか」

「お前な、毎回毎回先輩を『おっさん』て呼ぶのなんとかならないのか? まあいいや、どうしたんだ?」

「ここでおっさんに愚痴を言ったところで、何も解決しませんけど、一応先輩の質問ですから答えないとダメですよね?」

「相変わらず嫌味な言い方だな。お前は本当に性格が悪いな」

「あんたに言われたくないですよ!」

「それで?」

「ああ、実は今期最大の売上を見込んでいたN赤十字病院の商談が流れちゃったんですよ」

「え、例の da Vinc(ダビンチ)の商談か!?」

「ええ、参りました。院長が変わったら、ウチには必要ないと言い出して、そのまま押し切られました。外科の先生も泌尿器の先生も怒り心頭に達してますがね」

「あそこの院長は循環器系だったな。いやー、それは痛いな」

「今期も楽勝だと思っていたのに、これで大変なことになりましたよ。最近、本田もかなり猛追してきてるし、今期は廣田も頑張ってますからね」

「トップセールス連続記録に赤信号か?」

「まだ、黄色信号です。替わりのネタがないわけじゃないですから」

「さすがだな。しかしさ、そういう風に思い通りにならないから人生は面白いんじゃないか?」

「はぁ? おっさん、いつからお釈迦様みたいなこと言うようになったんですか? ホントにカミサマになろうとしてるんじゃないでしょうね?」

「アホか! だって、考えてみろよ。人生すべて思い通りに進んだら、意外と面白くないぞ。真逆の結果が出れば、そこからどうやって這い上がろうかって考えるだろう。それが人を成長させるんだよ」

「なんか、おっさん、変わりましたね」

「俺も色々経験を積んできたからな。だいたい、俺の人生なんかほとんど思い通りに進んだことがないからさ」

「ははは。それでもへこたれずに生きているおっさんこそ流石だよ」

「とにかく、何があっても命ある限り生きなきゃいけないんだよ、人間は!」

「なんだか今日のおっさんの言葉には説得力があるな。ちょっと気が晴れましたよ。とにかく俺はまだまだトップの座は渡しませんから! はい、お礼」

清水さんが神坂課長の手のひらに何かを乗せて去っていきました。

「悪いな、遠慮なくいただくぜ!」

清水さんは振り返ることなく右手を挙げました。

神坂課長は手にした100円玉でコーヒーを購入したようです。


ひとりごと 

逆境の後にしか人生の花は咲きません。

どうせ思い通りにならない人生なら、その意外な結末を楽しんでしまいましょう。

人間である以上、必ずいつかはお迎えが来るのですから!


原文】
天定の数は、移動する能わず。故に人生往往其の期望する所に負(そむ)きて、其の期望せざる所に趨(おもむ)く。吾人試みに、過去の履歴を反顧して知る可し。〔『言志録』第243章〕

【意訳】
天が定めた運命は、人の力ではどうすることもできない。人生が時に期待し望む結果とは反対の方向へと進んでしまうのもそのためである。試みに自身の過去を振り返ってみればそれを知ることができるであろう

【ビジネス的解釈】
打ち手がすべて思い通りに運ぶことはない。過去の経験に照らしてみれば、望んだ結果と正反対の結果が出ることも多々あるだろう。それを憂う暇があるなら、その結果を素直に受け入れて次の打ち手を考えるしかない!


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第1375日 「死」 と 「活」 についての一考察

今日の神坂課長は、お兄さんのお墓参りに来たようです。

「アニキ、あんたの死も驚いたけど、今度の後輩の死も辛いよ」
そう言いながら、途中で買った花を手向け、線香に火をつけて、お祈りを捧げています。

「でも、すべての出来事に意味があるんだと思いたい。アニキの死からも何かを託された気がしたけど、今回もやっぱり菊川から何かを託された気がしてならないんだ」

「勇、すべてはお前の中で生きているんだ、俺もそうだし、菊川君もな」

「えっ?」

神坂課長にははっきりとお兄さんの言葉が聞こえた気がしました。

「だから目を瞑って心で会話をすれば、今みたいに会話もできるんだ」

「不思議だな」

「不思議なものか! 俺はお前の心の中ではまだ活きているんだぞ」

「そうなのか? だけど、アニキ。菊川は俺に何を託したんだろう?」

「多分、そんなに難しいことは託しちゃいないよ。俺と同じことを託したんじゃないか」

「アニキと同じこと?」

「そう。とにかく、格好悪くても、成功しなくてもいいから、毎日を大切に生きてくれ、ってことだよ」

「ただ生きればいいのか?」

「生きることは簡単なことじゃないさ。辛いこと、悲しいことの方が多いのが人生だ。それでも、命が尽きるまでは精一杯生きろよ、勇!」

「名古屋、名古屋です」

列車のアナウンスで神坂課長は夢から覚めたようです。

「なんだ、夢だったのか。夢にしては、なんだかハッキリ声が聞こえた気がしたな」

神坂課長は降車の準備を始めました。

「そういえば、一斎先生の言葉にも、『物事も生も死もすべて活きている、というのがあった気がするな。たしかに人の死も、その人を知っている人間の中では活かされているんだな」

「仕事もそうだぞ! 自分でやろうと決めた仕事も活きているんだ。それをさらに活かすか、止めてしまうかはお前にかかっているんだぞ!」

「あれ? やっぱりアニキの声が聞こえる気がするな。そうだな、明日からまたメンバーと一緒になって、世の中のために、このちっぽけな命を捧げていこう!」

神坂課長は、晴れやかな顔で駅のホームに降り立ちました。


ひとりごと 

今日、命の灯が消えてしまった人は、明日を生きたくても生きられません。

しかし、そんなことをまったく考えることなく朝を迎える人がいます。

いや、ほとんどの人がそうでしょう。

しかし、本当は朝を迎えたということは、途轍もない奇跡なのです。

朝、目覚めることができたなら、その日一日を大切に生き切りましょう!


原文】
物固より活なり。事も亦活なり。生固より活なり。死も亦活なり。〔『言志録』第242章〕

【意訳】
物は誕生した当初より活きている。事もまた活きている。そういう意味では生も活きており、死ですら活きているのだ

【ビジネス的解釈】
すべての事物は皆生きている。それを生かすも殺すも自分次第なのだ。


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第1374日 「誠」 と 「生」 についての一考察

今日の神坂課長は、大学時代の後輩の葬儀に駆けつけたようです。

「おお、新田君。なんとか告別式に間に合ったよ」

「神坂先輩、お久しぶりです。私はお通夜からずっと彼と一緒です」

「そうか。それにしても菊川はよく頑張ったな。ドクターの余命宣告の3倍生き抜いたんだから」

「はい。いい顔して眠ってますよ。神坂先輩もどうですか?」

「明夫の兄です。遠いところをありがとうございます。どうぞ、弟の姿を見てやってください」

「明夫君の大学時代の先輩の神坂です。このたびはご愁傷様です。それでは、ぜひ最後の挨拶をさせてください」

葬儀が始まり、出棺の前に、神坂課長も花を手向けています。

「よくがんばったな。俺はお前みたいに日々を真剣に生きてこなくてゴメンな。これからはお前のことを忘れずにしっかり生きるよ」

さすがに涙を抑えきれなくなった神坂課長は、嗚咽を押し殺しています。

その後、神坂課長と後輩の新田君は、収骨まで見届けて、空港に来たようです。

「俺は、涙で人を送りたくないと思っていてさ。今回も我慢して、笑顔で送ってやろうと思ったけど駄目だったよ」

「はい。私も昨日から散々泣いたのに、神坂先輩の涙を見たらまた泣いてしまいました。さっき、骨になったのを見届けたのに、まだ信じられません」

「3日前までは生きていたんだからな。それにしても若過ぎるな。まだ38歳だろう」

「はい。私のひとつ後輩ですから。それにしても、なんであんな良い奴が先に死ぬんですかね?」

「俺も詳しくわかっている訳ではないけど、すべての物が宇宙の摂理にしたがっているらしいんだ。人間一人ひとり、皆宇宙から誠を与えられている。菊川はその誠を精一杯発揮して生き抜いたように思う。俺は恥ずかしいよ」

「誠ですか?」

「生きるために、やれることは全部やったんだ。誠を尽くしたと言って良いだろうな。でも、俺たちは菊川の人生の中で重要な役割を果たせたんだと思う。少しだけ役に立ったのかもな。あとは、あいつから託されたものをしっかりと受け継いで、しっかり生きようぜ」

「何を託されたんですかね?」

「うん、それは俺にもわからない。でも、きっとなにかを託されたはずだ。あいつの笑顔を時々思い出しながら、日々を精一杯生きれば、その答えが分かる時が来るんじゃないか?」

「そうですね。そろそろ搭乗の時間です。今日は、久しぶりに神坂先輩と話ができて、一緒に菊川を見送ることができて良かったです。では、失礼します」

「ああ、気をつけて。あいつの一周忌は仲間を集めて盛大にやろうな!」

ひとりになった神坂課長は、ぼんやりと飛行機の明かりに目をやりながら、自分の誠について考えていたようです。


ひとりごと 

11月11日(日)14:14、小生の以前の勤務先で一緒に仕事をした後輩が亡くなりました。

享年43歳、若過ぎます。

今から1年9ヶ月前に余命半年の宣告を受け、そこから自分でオペしてくれる医師を探し、生きるためにできることを全部やり切って力尽きました。

すばらしい生への執念でした。

人生の価値は、その長さではなく、深さにあるといいます。

彼は、与えられた誠をすべて出し尽くしたのだと信じます。

あらためて、ご冥福をお祈り致します。


原文】
不定にして定まる、之を无妄(むぼう)と謂う。宇宙間唯だ此の活道理有りて充塞し、万物此れを得て以て其の性を成す。謂わゆる物ごとに无妄を与うるなり。〔『言志録』第241条〕

【意訳】
世の中のすべてのものは千変万化するが、それでいて妄動することはなく、一定の理で統一されている。これを『易』では「无妄(むぼう)」という。万物の間にはすべてこの活きた理が充ちて塞がっており、この活きた理を得て、その本性を発揮している。これが『易』でいうところの「物ごとに无妄を与う」というものだ

【人生論的解釈】
すべての物事には宇宙の摂理が働いている。そして、人間には誠が与えられている。宇宙の摂理に逆らうことなく、自分の誠を発揮すれば、意義ある人生を送ることができる。

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第1373日 「言葉」 と 「理解」 についての一考察

今日は営業部の課長会議が開かれているようです。

「しかし、毎度毎度思うけど、メンバーに仕事の意味を理解させるのは難しいよね」
神坂課長です。

「なぜ、その仕事が必要なのかを理解させようといろいろと話をしてみるのですが、半分も伝わっているかどうか怪しいものです」
これは大累課長。

「特に若い子には伝わらないですよね。世代間のギャップもあるのかもしれません」
新美課長も同意しています。

「言葉で伝えることには限界がある、と一斎先生も言っているよ」
佐藤部長が話を引き取ったようです。

「どんな風に言われているのですか?」
神坂課長が質問しました。

「元の言葉は『論語』のような経書を解説する際のポイントについて語っているんだけど、そのまま仕事に応用できる言葉だよ。まず、説明をする際にはなるべく簡単明瞭に、難しい言い方をしないように、と言っている」

「ああ、それを聞いて、井上ひさしさんの言葉を思い出しました むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに』という言葉です」

「新美、お前は博学だなぁ。たしかに、それは面白い言葉だ。でも、『やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく』ってところはどうすればいいんだろう」

「たとえ話をうまく活用すると良いかもしれませんね」

「おお、大累、それだな! 野球をやっている奴には野球で、サッカー少年にはサッカーで例えると伝わるよな」

「結局、大まかなところを理解させたら、あとは実践で学んでもらうようにするしかないんじゃないかな。神坂君自身が言葉で理解するより、実体験で学んできたタイプだものね」

「たしかにそうですね。上司の言うことを素直に聞くタイプではなかったですからね、昔の私は」

「ははは、あっさり認めるんですね。それから、一度にたくさんのことを伝えようとすることも良くないでしょうね」

「新美君の言うとおりだ。一回に何かひとつヒントを得てもらえれば良しとしないとね」

「なるほど。欲張りすぎはダメだということですね」
神坂課長がうなづいています。

「そして、もっとも宜しくないのが、お説教ということになりますかね?」

「新美、それはもちろんだが、もうひとつあるぞ。神坂スペシャルがな」

「大累、なんだよ神坂スペシャルって!」

「自慢話です!」


ひとりごと 

メンバーに仕事を依頼する際に、仕事の本質をどこまで理解させるべきかは悩むところです。

言葉だけのコミュニケーションには限界がある、と一斎先生は言います。

大まかな重要性と求めるアウトプットを説明したら、あとはある程度主体性に任せていくべきなのでしょう。

指導しているつもりが、いつの間にか独演会になってしまっているようでは、仕事の中身を理解させることは不可能ですね。(自分への反省です)


原文】
経を講ずるの法は、簡明なるを要して、煩悉(はんしつ)なるを要せず。平易なるを要して、艱奥(かんおう)なるを要せず。只だ須らく聴者をして大意の分暁するを得しむれば可なり。深意の処に至りては、則ち畢竟口舌の能く尽くす所に非ず。但だ或いは師弟の病を受くる処を察識して、間(まま)余意に及び、聖賢の口語に替りて一二箴砭(しんへん)し、其れをして頗る省悟する所有らしむるも亦儘好し。夫(か)の口舌を簸弄(はろう)し、縦横に弁博し、聴者をして頤(あご)を解き疲れを忘れしむるが若きは、則ち経を講ずる本意に非ず。〔『言志録』第240章〕

【意訳】
経書を講ずるときは、なるべく平易簡明にして、こと細かく解説したり、わざと難しくすべきではない。講義を聴く者が大意を理解できれば良いのだ。経書の真髄といえる部分については、結局いくら語っても語り尽くせるものではない。子弟が苦しんでいることを察して、時には余談も語り、聖賢の言葉に代えてひとつかふたつ戒めを与え、それで大いに悟るところがあればそれで良い。自由闊達に語り、聴く者が大笑いして疲れを忘れるといったような講義は、経書を講ずる上での本懐ではない

【ビジネス的解釈】
仕事の説明をするときは、簡単明瞭を心がけるべきで、大まかな概要を理解してもらえればよい。いずれにしても、仕事の真髄といえる部分は、言葉では伝わらない。メンバーの悩みを察して、たとえ話などを用いてヒントを与えることができればよい。自慢話やお説教は決して相手の心には響かない。


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第1372日 「読書」 と 「活学」 についての一考察

今日の神坂課長は、休日を利用していつもの喫茶店で個室を予約したようです。

「なるほど、一斎先生は読書の心がけをこんな風に捉えているのか」

神坂課長は、『言志録』を持ち込んでいるようです。

第一には、己の心で主体的に著者の志を汲み取る』。たしかに、読書は受身ではなく、主体的に読む必要があるよな。実践に生かせなければ意味がないからな」

「『第二には、経書などの書物に書かれていることのすべてを妄信しないなるほど、主体的に読むには著者の言うことを妄信するのは危険なんだよな。ただし、はじめから斜に構えて本を読みたくはないよな。素直な心でいったん受け入れて、その後で十分咀嚼して取捨選択すべきなんじゃないかな」

コーヒーと一緒に注文したパンケーキを頬張りながら、メモをしています。

「『第三には、古人である著者を知るため、その時代を考察し明らかにする』。そのためにも、著者がどんな背景でその言葉を生み出したのかを把握する必要はあるよな。時代背景というのは、読書をする上では意外と重要なファクターなんだろうなぁ」

神坂課長は、持参したもう1冊の本、『論語』に目をやりました。

「そういえば、『論語』を理解するときは、孔子がその言葉を発したシーンを想像するべきだ、とサイさんが言ってたな」

「孔子は、相手に合わせて言い方や中身をガラリと変えるからなぁ。たしかそういうのを『応病与薬』と言うんだったな。病気に合わせて薬を変えるイメージか」

読書会のノートを開いて、振り返りをしているようです。

「それにしても孔子はすごい人だよなぁ。相手に合わせて、瞬時に相手の心に最も響く言い方を見つけ出すことができるんだからな」

「それに比べて俺なんか、誰に対しても同じ言い方しかできないものな」

「しかし、この一斎先生の言葉によると、著者を知ることが大切だと言っているから、俺も孔子の伝記を読むと良いのかもしれないな」

「ああ、そういえばちさとママが言ってたな。ママがバイブルとして大切に読み込んでいる本には、人間が伝記を読む時期が三度あるって」

神坂課長は別のメモ帳を取り出しました。

「ママには内緒だけど、ママが言った名言は後で思い出してここにメモしているんだよね。あ、あった。まず最初が十二~十八歳くらいまで、二度目が三十五歳~四十歳前後となっている。まさに今の俺じゃないか。あと一回は、六十歳前後か」

残りのパンケーキを一口で食べ終え、神坂課長は立ち上がりました。

「そういえば、今まで伝記って読んだことがなかったな。よし、本屋に行って孔子ともう一人誰かの伝記を買ってみよう」

会計を終えた神坂課長は、喫茶店の扉を開けて外に出ました。

秋のすこし冷たい空気を感じながら、行きつけの書店まで歩いていくことにしたようです。

「そして、いつかは自分の伝記、自分史っていうのかな? それを書き上げてみようかな」


ひとりごと 

ビジネスマンが読書をする目的は、知識を増やすことではないはずです。

あたらしい知識や知見を得たら、それを仕事やマネジメントに活かなければ意味がありません。

あくまでも読書は目的ではなく手段です。

最終的にお客様のお役に立つことや、メンバーがやりがいを持って働ける環境を生むことができてこそ、本を活学できたと言えるのです。


【原文】
読書の法は、当に孟子の三言を師とすべし。曰く、意を以て志を逆(むか)う。尽(ことごと)くは書を信ぜず。曰く、人を知り世を論ずと。〔『言志録』第239章〕

【意訳】
読書をする時は、孟子が言った三つの箴言を参考にすべきであろう。つまり、第一には、己の心で主体的に著者の志を汲み取る。第二には、経書などの書物に書かれていることのすべてを妄信しない。第三には、古人である著者を知るため、その時代を考察し明らかにする、ということだ

【ビジネス的解釈】
ビジネスマンにとって読書は必須のものである。
ただし、以下の点に留意して読むべきだ。
第一、これまでの既成概念にとらわれず、著者の心に自分の心を重ね合わせるように読む。
第二、書かれた内容を妄信せず、広い視点をもって読む。
第三、著者の人となりや、その生きた時代を理解して読む。


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第1371日 「修正」 と 「敬意」 についての一考察

今日の神坂課長が佐藤部長の部屋を訪ねたようです。

「おはようございます。ちょっと確認したいことがあるのですが」

「ああ、神坂君。おはようございます。何かな?」

「実は、営業会議で使用しているフォーマットなのですが、これって川井さん(経営企画室長)が営業部長時代に作ったものですよね?」

「そうだね。もう10年以上前になるんじゃないかな」

「そうですよね。正直に言って、現在の営業活動とマッチしないところが多くあるように思います。ただ、先輩が作ったフォーマットを修正して良いものなのかどうかと悩んでいまして・・・」

「それは神坂君個人の意見?」

「いえ、大累も新美も同じ意見です。営業課長代表で私が伝えることにしました」

「それなら修正をかけて良いでしょう。現場を任されている現役課長が一番使いやすいものに変えていけば良いと思うよ」

「川井さんに確認をしなくても大丈夫ですかね?」

「まったく問題ないよ」

「そうですよね! 私もそう言ったのですが、大累と新美が後で叱られたくないとか小さいことを言い出したので、『じゃあ俺が聞いてくると言ってここに来たんです」

「ははは。それで安心したよ。勝手に何でも変えちゃうタイプの神坂君が、まさかそんなことを聞いてくるとは思ってもいなかったからね」

「部長、それは酷いなぁ。私だって自分なりに変えるべきか変えない方が良いかは考えて行動しているんですから!」

「これは失礼。でもそのとおりだよね。仕事のやり方や進め方は時代に合わせて変わっていくわけだから、修正をかけていくのは当然のことだね。ただし、過去のやり方のすべてを否定してやりたいようにやるというのは宜しくないよね。それでは先人への敬意に欠けることになる」

「なるほど」

「敬意を欠くと仕事はうまくいかない。常に感謝と素直さを失くさないことが大切だね」

「はい。10年前の私にはそのどちらもありませんでした。でも、佐藤部長のご指導のお陰で、今は少しだけ感謝と素直の芽が出始めたように感じています」

「しっかりと水分と養分を与えて、大きな花を咲かせようね!」


ひとりごと 

新任のマネジャーが、前任者のやり方を自分のやり方に変えてしまうという話をよく耳にします。

しかし、前任者のやり方に自分にはない良いものがないとは限りません。

いや、必ずあるはずです。

まずは、前任者のやり方をよく理解し、メンバーがどう考えているかをつかみながら、変えるべきは変え、そのまま使えるものは使うというスタンスをもつべきではないでしょうか?


原文】
先儒経解の謬誤(びゅうご)、訂正せざるを得ず。但だ須らく已むを得ざるに出づべし。異を好むの念有る容(べ)からず。〔『言志録』第238条〕

【意訳】
昔の儒者の経書解釈における誤りは、訂正しないわけにはいかない。ただし、なんでもかんでも異論を唱えるのではなく、やむをえない場合に限るべきである

【ビジネス的解釈】
先人の考え方ややり方も時代に合わせて変えていく必要はある。しかし、すべてを否定するような態度をとるようでは敬意を欠くことになるので、必要なものに限って修正をかけるべきであろう。


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第1370日 「義理」 と 「文理」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒にN市内の大手書店に居るようです。

二人は中国古典のコーナーに来たようです。

「最近この『超訳』っていうのが増えていますよね?」

「出版社からすれば売れれば良いのかも知れないけど、読む方は気をつけないといけないよね。『論語』の『超訳』といいながら、全然『論語』と関係ないことを書かれている本もあるからね」

『超訳』と付ければなんでも許されるという感じですかね」

「一斎先生は、経書に書かれた真理と文字の意味との両方を味わうべきだと言ってるよ」

「そうですよね。元々は漢字一文字一文字に深い意味を込めて書かれているわけですからね」

「『論語』のような経書を我々企業人が読むときは、たしかに文字の意味に囚われすぎてもいけないけれど、そこから離れすぎて自由に解釈し過ぎるのも気をつけるべきところかも知れないね」

二人は書店を出て、「季節の料理 ちさと」へ向かうようです。

「佐藤部長はどんな本を買ったのですか?」

「『「死」とは何か イェール大学で23年連続の人気講義』という本を買ったよ」

「また難しい本を買いましたね」

「しっかりと生きるためには、『死について深く理解しておくことが重要だ、と感じていたところにこの本が目に飛び込んできたんだ。神坂君は何を買ったの?」

「実は・・・。『弱さに一瞬で打ち勝つ無敵の言葉』です」

「ははは。さっきから話題の超訳本じゃないか」

「ええ、先ほどああいう話をしたせいか、今日は超訳の本ばかりが目に付きまして。それで、この本を手に
とってみたら、すごい言葉がたくさんあって心を打たれました」

「フランクリンは、アメリカの100ドル紙幣にも肖像画が載るようなすごい企業家だからね」

「お札の人なんですか! 知らなかったです」

「アメリカ建国の父と呼ばれた人だからね。それで、どんな言葉に心を打たれたの?」

「『傷つくものは、導くものだ』なんて良いですよね。リーダーはいつも孤独ですから」

「なるほどね。神坂君も人知れず傷ついていたんだね」

「こう見えて、意外と打たれ弱い男ですから。だから、この本のタイトルに惹かれんです」

「それでも『徳は孤ならず。必ず隣あり』だと信じて、先頭を歩き続けるしかないね!」

「『論語』ですね。私の大好きな言葉です」

「たとえ一人で孤独にものごとを始めても、正しい道を進むなら、必ず仲間が応援してくれる、という意味だけど、そこを『必ず隣あり』と表現したところが絶妙だよね」

「着きました。それでは、我々の大切なお隣さんであるちさとママの手料理をいただくとしますか!」


ひとりごと 

小生のようなビジネスマンが古典とどう付き合えばよいかを教えてくれる章句です。

大きな意味さえ捉えれば、ある程度は自由に解釈しても良いのでしょう。

しかし、言葉の意味を無視して好き勝手なことを書いて、それを超訳として世に出すのはいかがなものでしょうか?

と言いながら、意外と超訳本を購入してしまうもう一人の自分がいます。


原文】
経を窮むるには、必ず義理文理湊合(そうごう)する処有り。一に吾が識を以て之を断ず。斯(ここ)に得たりと為す。〔『言志録』第237条〕

【意訳】
経書を深く究めるには、常に正しい道理と文字の意味とが重なり合う所に着目すべきである。ここは自分の意識をその一点に集中するのである。そうすることで経書を活かすことが可能になる

【ビジネス的解釈】
古典を仕事に活かすならば、文字の解釈に囚われすぎでもいけないが、勝手気ままに解釈するのも宜しくない。文字を頼りに何をすべきかを見つけ出すことが必要なのだ。


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第1369日 「心」 と 「食物」 についての一考察

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生のところに居るようです。

「神坂、お前最近、本を読んでいる人間の顔になってきたな」

「多田先生、読書しているかどうかが顔に出るわけないじゃないですか!」

「相変わらず浅いな、お前は。読書をしている人間は読書をしている顔になるものなんだよ。これは読書をしている人間でないと分からないことだ。お前ももう少しするとその違いがわかるようになるさ」

「へぇ、今のところはまったく分かりません」

「森信三先生などは、本は手に取るだけでも功徳がある。まして、本を読めばその恩恵は絶大だと言っている」

「手に取るだけじゃ駄目でしょう」

「そんなことはないぞ。お前だって最近は本屋に行く機会が増えたんじゃないか?」

「あ、そういえば、最近は3日本屋に行かないと調子が悪くなります」

「そうだろう。そして本屋に行けば、いろいろな本を手に取るだろう」

「そうですね。そしてじっくり選んで、この本を買おうと決めたときには、なにか喜びみたいなものを感じます」

「その時点ではまだ読んでもいないのにな!」

「なるほど、手に取るだけでも違うものなのか」

「神坂、お前は腹が減ったら飯を食うだろう?」

「当たり前じゃないですか!」

「その割りに、以前のお前は、心が空いても何もしていなかったよな。つまり、心が餓死状態だったわけだ」

「『お前はもう死んでいる』みたいな言い方をしないでくださいよ」

「いや、ほぼ死んでたな」

「多田先生!」

「ところが、最近は心が減ったらちゃんと心を満たしているんだよな」

「ああ、3日本屋に行かないと調子がおかしくなるのは、心の飢餓状態に気づけるようになったということなんですか!」

「今頃気づいたのか!」

本は心の食物なんだ。神坂、お前は腹が減っている奴は顔を見ればすぐにわかるだろう?」

「そりゃ、一発でわかります」

「そのうちに、それと同じように心が減っている奴の顔がわかるようになるよ」

「なるほど。心を満たすために読書をする訳か。たしかに、頭で理解しようとしているときは、本はまったく面白くなかったのですが、過去の自分や今の出来事に照らして読むと、すごく面白く読めるんですよね」

「お前がそんなことを言うなんてなぁ。成長したな、神坂」

「先生、照れくさいですよ。なんか照れてたら腹が減ってきました」

「確かに腹を空かした奴の顔をしているな。鰻でも食うか?」

「待ってました!」


ひとりごと 

読書は心の食物である、と森信三先生は言います。

さらに、人間の生活とは、半分は読書に費やし、残りの半分は読書で得た内容を実践していくことだとまで言い切っています。

ところが最近は活字離れが甚だしくなってきました。

世の中に心を空かした人が溢れかえっているのです。

皆さんは心を空かした人の顔がわかりますか?


原文】
経を窮むるには、須らく此の心に考拠し、此の心に引証するを要すべし。如(も)し徒らに文字の上に就いて考拠引証して、輒(すなわ)ち経を窮むるの、此に止まると謂うは、則ち陋(ろう)なること甚だし。〔『言志録』第236条〕

【意訳】
経書を深く極め尽くすには、経書に書かれている内容を自分自身の心に基づいて考え、心を探って答えを出すようにすべきである。もしこれをせずに文字面に拘泥して、これで経書を極めたというようなことでは、見識が狭すぎるというものだ

【ビジネス的解釈】
文字面の意味だけを理解して本を読んだ積もりになっていては了見が狭すぎる。書かれている内容を自分の身に引き換えて、自分の経験に照らして読むことで、本に書かれた内容を初めて自分のものにできるのだ。


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