一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2018年12月

第1419日 「入る」 と 「出ずる」 についての一考察

納会を終え、神坂課長は佐藤部長と最寄り駅まで歩いているようです。

「さっきの社長の言葉には、身が引き締まりました」(平社長の言葉については昨日参照)

「さすがは社長だよね。最後に見事に締めてくれたね」

「はい。でも、ふと思ったんですけど、ウチは最近、積極的に新卒社員さんを採用していますよね。それなのに売り上げが横這いでは会社として厳しくなりますよね」

「新卒社員さんの採用は先行投資だからね。とにかく営業部としては、利益を出すことを考えないとね」

「ただし、お客様の課題に対する最善の解決策を提案するという軸はブラさずにですよね?」

「そのとおり。それから、コスト削減も意識して、無駄をなくしていくことも必要だね」

「そうですよね。私が若い頃に安易に都心高速を使っていて、西村さんに叱られたことを思い出します」

「ははは。都心高速は高いからね。昔から、『入るを量りて出ずるを制する、という言葉があってね。とにかく収入に見合った支出を考えるのが基本だね」

「なるほど。売上が伸びないなら、支出を抑えるということか」

「ただし、抑えすぎてしまうと、自分で自分の首を絞めることになる。だから、社長は積極的に新卒社員さんへの先行投資をしているわけだ」

「そうですよね。メーカーさんは常に製品開発に予算を使い続けなければいけないように、我々商社は人に投資しなければいけないんですね」

「人と教育だろうね」

「よし、来年はコスト意識も強く持つことにします!」

「世界の歴史をたどって見ると、入るを量りて出ずるを制することができずに滅びた国がたくさんあるからね。もちろん、企業にも同じことが言える」

「それって、家庭にも言えますね。我が家の家計はかみさんに任せっぱなしですから、たまにはちゃんと話をしてみようかな?」

「うん、それも大事なことだね。会社をマネジメントする前に、我が家をしっかり整えないとね!」

「本当にそうですね。かみさんからは飲み代を抑えろって、しょっちゅう叱られています・・・」

「奥さんがしっかりしているから、神坂家は大丈夫そうだね。さて、駅に着いたよ。神坂君、今年もいろいろとお世話になったね。本当にありがとう!」

「こちらこそ、本当にお世話になりました。もっと教えて頂きたいことがあるので、来年もよろしくお願いします。では、失礼します」

2人は挨拶を交わして、別々のホームへと歩いていったようです。


ひとりごと 

本年も当ブログをご愛読いただきました皆様、ありがとうございました。

来年も迷いながら、悩みながら、三歩進んで二歩下がるような歩みで、当ブログを毎日アップしていく所存です。

来年も何卒よろしくお願いします。(ぜひ、ご意見・ご感想もいただけると幸いです)


原文】
(しょうせん)出でて明衰え、鈔銭盛んにして明亡ぶ。〔『言志後録』第41章〕

【意訳】
紙幣が出されてから明は衰えはじめ、その紙幣が乱発されるに及んで明はついに滅亡してしまった

【ビジネス的解釈】
財政の失敗は即企業衰退につながる。


money_fly_yen

第1418日 「変化」 と 「人材」 についての一考察

納会の締めとして、平(たいら)社長が前に立ったようです。

「皆さん、一年間お疲れさまでした。医療業界の環境は年々厳しくなっていく中で、当社はなんとかこうして無事年末を迎えることができました。これはひとえに皆さんの努力の賜物です。心から感謝します」

全社員から拍手が起こっています。

「あの『種の起源』を書いた生物学者ダーウィンの有名な言葉に、『最も強い生き物や最も賢い生き物が生き残るのではない。環境の変化に適応できる種だけが生き残るのだ』とあります」

「へぇ、そんな言葉があるのか」
神坂課長はすぐにメモをしています。

「当社も医療商社としては、最も強い会社でもなければ、最も賢い会社でもないでしょう。だからこそ、医療環境の変化を機敏にとらえて対応していく必要があります」
社員一同、今までの笑顔が消えて、真剣に聞き入っています。

「そのためには、そうした環境の変化を周囲より先に察知できる社員さんが必要です。当社は学歴で人を選んできませんでしたし、これからもその方針を変えるつもりはありません」

総務部の西村部長、人事課の鈴木課長が大きくうなずいています。

「ここにいる皆さんは、変化に対応できる人だと判断して採用されている人たちなのです。皆さんがその期待に応えてくれているうちは、当社はこの厳しい医療業界の中で生き残っていけると確信しています」

佐藤部長も深くうなづいています。

「もちろん、そのための教育にも力を入れていきます。しかし、新聞や本に書かれている変化の兆しではもう遅いのです。皆さん、変化の芽が出る瞬間はどこにあるかわかりますか?」

「お客様との対話の中ですか?」
神坂課長が答えました。

「そのとおり! さすがは神坂だ。変化の芽は顧客の課題の中にあります。ぜひ来年も、一件でも多くの顧客を訪問して、誰よりも早く変化の芽をつかまえてきてください」

「はい!」

「そして、遠慮なく上長に自分の意見や思いをぶつけてきて欲しい。皆さんはそれができる人材なのですから」

若手社員さんも、目を輝かせています。

「それでは、今年はこれですべての業務を終了しよう。皆さん、素晴らしい年を迎えてください」


ひとりごと 

企業は人なり、と言われます。

企業が生き残るためには、環境の変化に対応し続ける必要があります。

そのためには、環境の変化を先取りできるような人材を採用し、育てていくしかありません。

企業にとって、採用と教育こそ、生存のためのカギとなることを忘れてはいけません。


原文】
余明記(みんき)を読むに、其の季世に至りて、君相其の人に匪(あら)ず。宦官宮妾(かんがんきゅうしょう)事を用い、賂遺(ろい)公行し、兵馬衰弱し、国帑(こくど)は則ち空虚となり、政事は只だ是れ貨幣を料理するのみ。東林も党せざるを得ず、闖賊(ちんぞく)も蠢(しゅん)せざるを得ず。終に胡満(こまん)の釁(きん)に乗じ夏を簒(うば)うことを馴致す。嗟嗟(ああ)、後世戒むる所を知らざる可けんや。〔『言志後録』第40章〕

【意訳】
私が明の歴史書を読んだところでは、明の末期になって、皇帝や宰相に人物が輩出せず、宮中に宦官や女官がはびこり、賄賂が公然と行なわれ、軍隊も弱体化し、国庫も空となり、政治は貨幣を乱発して財政をやりくりするだけとなってしまった。やがて東林党が組織され、やくざ者がうごめくようになって、遂には満州族が中国内紛の隙に乗じて国を略奪することに無感覚となってしまった。後世の人はこれを教訓としなければならない

【ビジネス的解釈】
企業が崩壊する根本は人にある。重要な地位に有能な人材がいなくなると、依怙贔屓が生まれ、社内で正当な評価が行われなくなり、それが派閥を産み、次第に社員の目が外に向かなくなる。常に有能な人材の発掘と育成に力を注ぐべき理由はここにある。


speech_man

第1417日 「不慮の患」 と 「多事の擾」 についての一考察

仕事納めの打上げ会はまだ続いているようです。

石崎君と前後して、川井経営企画室長が神坂課長のところにやってきました。

「神坂君、一年間お疲れ様。あっという間の一年だったな」

「川井さん、齢を重ねると一年が過ぎるのがどんどん早くなるように感じますね」

「ははは、君は40歳になったばかりだろう。まだまだ人生これからだよ」

「はい。今年は業績面ではご迷惑をおかけしましたが、課長として少しは成長できた一年だったように思います」

「うん、確かにね。4月からは営業課長で一番の年配になったんだよな。実際に、よく組織をまとめてくれているし、2人の課長の相談役も兼ねてくれているようで心強いよ」

「ありがとうございます。なんだか、今日は褒められすぎて、けつの穴がむず痒いな」

「ははは。あとはそういう下品な言葉をやめることかな!」

「これが一番やっかいでしてね」

「たしかに今年は業績面では停滞したが、社内でそれほど大きなトラブルが発生しなかったのはよしとしないとな」

「雑賀の件くらいですかね。あれも最後は雨降って地固まるといった決着になりましたし」

「そうだね。何事も準備を怠らず、つねに慎重に進めていけば、大きなトラブルを避けることができる。そして、社員みんなが一致団結していれば、マネジメントで手を煩わすことも少なくなるんだ。来年も慎重かつ大胆に頼むよ!」

「はい。私の強みは大胆な行動をとれる勇気だと自己分析をしているのですが、それが無謀な賭けにならないように注意します」

「うん。性格上の長所と短所というのは裏表の関係だからな」

「なるほど、長所が過ぎれば短所に、短所を矯正できれば長所になるんですね」

「そういうことだ。来年は飛躍の一年にしようじゃないか。大きくジャンプする前にはいったん屈まなければいけない。今年は大ジャンプの前の屈伸の年だととらえよう!」

「川井さん、任せてください!!」


ひとりごと 

一斎先生が引用しているのは、帝王学のテキストとされる『書経』の一節です。

原文は以下のとおりです。

臣上(かみ)の爲にするには徳を爲(な)し、下の爲にするには民の爲にす。其れ難(かた)んじ其れ慎み、惟れ和し惟れ一(いつ)になれ。徳に常師無く、善を主とするを師と爲す。善に常主無く、克(よ)く一なるに協(かな)ふ。

訳文も掲載しておきます。

臣たるものは、上のためには徳を行なうようにし、下のためには人民のことを謀るようにするものです。だから、君主は任用を軽々しくせず、慎重にするようにし、互いに和合するようにし、均一であるようにしなければなりません。徳にはきまった師はなく、善を拠り処にするものを師とするのです。善にはきまった拠り処はなく、よく純一にかなうようにするだけです。(小野沢精一先生訳)

後半にある「徳に常師なし」という言葉もいいですよね。

常にそのときの最善を選ぶのが徳を高めることになる、ということでしょう。


原文】
其れ難じ其れ慎まば、国家に不慮の患(かん)無く、惟れ和し惟れ一なれば、朝廷に多事の擾(じょう)無し。〔『言志後録』第39章〕

【意訳】
平生から大事をとって軽率にせず、慎み深くしていれば、国家に思いがけない禍が生じることはなく、万民が和合し、一つになっておれば、朝廷が多事に患わされるようなことない

【ビジネス的解釈】
日頃から常に危機管理を徹底し慎み深くしていれば、ビジネス上のトラブルの大半は避けられる。チーム一丸となって仲良く仕事をすれば、会社の業績も順調に推移する。


ダウンロード (7)

第1416日 「一の字」 と 「積の字」 についての一考察

J医療器械も今日で仕事納めのようです。

挨拶周りから戻った社員全員で夕礼のあと、立食の打ち上げを行なっているようです。

「神坂課長、今年もいろいろとお世話になりました」
石崎君が挨拶に来たようです。

「おお、石崎。今年もご苦労様だったね。どうだ、今年は良い年だったか?」

「はい。仕事の面ではまだまだ貢献できていないと思いますが、課長のお陰で人間的に成長できたと思います」

「そう言ってくれると嬉しいよ。具体的にどんな点で成長したと実感しているんだ?」

「はい。課長から教えてもらった、『少しだけ損をする生き方 を実践するようになってから、小さなことにイライラしなくなりました。自己満足かも知れませんが、少しだけ世の中の役に立っている気がします」

「いいね。どんな善い行いもまずはそれをやろうと思う気持ちがあって初めて実践できるんだよな。そんな気づきを与えることができたなら、俺もうれしいよ」

「はい、あの時(第1354日)は衝撃を受けました。課長が、車を停める場所にまで細かい気を遣っていることを初めて知りましたから」

「意外だったか?」

「正直に言うと意外でした。でも、格好いいなと思いました」

「なんだよ、今日はやけに褒めるね。でもな、それを知った石崎がその後、少しだけ損をする生き方をしっかり実践し続けていることが素晴らしいことだと思う。善い行いをしても、一回きりでは意味がないからな。やはり継続して積み重ねていくことで、自分の徳が高まるはずだから

「はい。しっかり続けます」

「逆に、悪いこともつい出来心で一度やってしまうと、それをダラダラと続けてしまうことになる。悪いことはしないに限る。しかし、もしやってしまったなら、二度としないように強く心に誓うんだ!」

「なんか、凄く熱がこもった言い方ですね」

「ああ、俺は小さな悪事をたくさんしてきたからな。そして今になって後悔していることも多い。だから、石崎にはそうなって欲しくないんだ」

「はい。気をつけます! あ、課長。食べ物があっという間に減っていますよ。早く食べましょう!」

「お前は食え、俺は飲む!」


ひとりごと 

やるべきことはやり、やってはいけないことはやらない。

この行動原則こそ基本中の基本ですね。

そして、やるべきことは継続してこそ自分が磨かれます。

逆に、やってはいけないことをやってしまったら、その過ちを認め、継続しないことで自分を磨くことができます。

自分磨きとはそういうことの繰り返しの中にありそうです。


原文】
一の字、積の字、甚だ畏る可し。善悪の幾も初一念に在りて、善悪の熟するも、積累の後に在り。〔『言志後録』第38章〕

【意訳】
一と積という字は大いに畏れ慎むべきである。善悪の兆しは最初の一念にあり、善悪はその一念が積み重った後に定着するものだ

【ビジネス的解釈】
善行も悪行も最初に生じた思いを行動に移すことで始まる。そしてそれが積み重なると真の善悪となる。善行は重ね、悪行は重ねないようにするしかない。


nomikai_happy_business

第1415日 「大地」 と 「人間」 についての一考察

S急便の中井さんが、年末最後の荷物を届けにやってきました。

「毎度! あ、佐藤さん。今年も一年間お世話になりました!」

「ああ、中井君。こちらこそお世話になりました。来年もよろしくお願いしますね」

「こちらこそ、よろしくお願いします。あ、そうだ。ちょっと相談したいことがあるんですけど、時間ありますか?」

「いいよ」

二人は喫茶コーナーに移動したようです。

「実は、来年のチームのスローガンを作りたいんですけど、俺は学がないんで、ちょっとアドバイスが欲しいんです」

「私でよければ、喜んで」

「ありがとうございます。毎朝、確認をして、自分たちを律するようなシンプルなやつが良いんですよね。何か良い言葉はありませんか?」

「どういうことをメンバーに伝えたいの?」

「そうですね、お客様に対しても、仲間に対しても通用するようなことですかね。たとえば、『素直になろう』みたいな感じですかね」

「なるほどね。じゃあ、一斎先生の言葉を借りようか。一斎先生は、大地の徳は『敬・順・簡・厚』の四つだと言っている。ずっと大地から離れることなく生きていく以上、我々人間はこの四つの徳を守るべきだ、と言うんだ

「大地の徳ですか? その四つってどういう意味なんですか?」

敬というのは、つつしみ深くすること。順というのは、従順であること、つまり素直であることだね。簡というのは、おおらかであること。厚というのは、温厚であること」

中井さんはメモをしているようです。

「良いですね。じゃあ、こんな感じで朝みんなで唱和しようかな。『私たちは、大地の徳である 敬・順・簡・厚 を常に心掛け、チーム一丸となってお客様の課題解決に励みます』。どうでしょうか?」

「素晴らしいじゃない。ウチも何か考えようかな?」

「マジですか? 佐藤さんに褒められると俺は何より嬉しいんですよ。じゃあ、これでいきます!」

「きっと、凄い一年になるね!」

「ありがとうございます。じゃあ、佐藤さん。良いお年をお迎えください」

「うん。中井君も良いお年を!」


ひとりごと 

この物語の中では、中井さんに語ってもらいましたが、この四項目はどれも小生にとっては必要不可欠な徳目のようです。

来年の手帳に記載して、毎朝確認し、一日を始めます。


原文】
人は地に生まれて地に死す。畢竟地を離るる能わず。故に人は宜しく地の徳を執るべし。地の徳は敬なり。人宜しく敬すべし。地の徳は順なり。人宜しく順なるべし。地の徳は簡なり。人宜しく簡なるべし。地の徳は厚なり。人宜しく厚なるべし。〔『言志後録』第37章〕

【意訳】
人は地上で生まれ地上で死ぬ。最後まで地上を離れることはない。よって人間は地の四つの徳を身につけるべきである。四つの徳とは敬・順・簡・厚である。つまり人間は、よく慎み、よく従順であり、よくおおらかであり、よく温厚であるべきである

【ビジネス的解釈】
大地の徳は敬・順・簡・厚の四つである。人間は死ぬまで大地を離れることはできないのであるから、この四つの徳を守っていくことが、宇宙の摂理に則った生き方だといえる


takuhai_daibiki_card

第1414日 「若さ」 と 「心配事」 についての一考察

神坂課長がめずらしく落ち込んでいます。

「神坂さん、どうしたんですか? なんか元気がないじゃないですか? 有馬記念を取り損ねたんですか?」

「大累、お前は一言多いね。凹んでいる先輩をみたら、いつも世話になっているんだから、優しく声を掛けられないのかね?」

「一部賛同できかねる部分もありましたが、概ね仰るとおりです。で、どうしたんですか?」

「そのわざとらしい笑顔はかえって気持ち悪いな。実はさ、梅田が真剣な顔をして悩み事相談に来たんだよ。それで、話を聞いてみたら、自分は車の運転が苦手なんだけど、これで立派な営業マンになれるでしょうか、って聞くんだよ」

「可愛いですね」

「俺もつい爆笑しちゃってさ。『お前、もっと他に悩むことがあるだろう。医学知識のこととか、クレームの応対とかさ』って、頭ごなしに叱ったんだよ」

「いつものきつーい言い方でね!」

「そ、そうなんだな。そしたら、梅田はしょんぼりして席に戻っていってな。入れ替わりに山田さんが俺のところに来て、諭されちゃったんだ」

「仏の山さんですからね。で、なんて言われたんですか?」

「『課長、まだ梅田君は新人ですよ。もちろん投手の配球を読むことも学ばなければいけないでしょうけど、その前にスタジアムの雰囲気に慣れるように勇気付けてあげましょうよ』ってな」

「神坂さんの大好きな野球に例えてくれたんですね」

「そうなんだよね。考えてみれば俺も社会人になるときは、それほど酒が強くなかったから、うまく酒の付き合いができないと営業としては駄目なんじゃないかと真剣に考えていたもんな」

「今じゃただの飲兵衛ですけどね」

「やかましい野郎だ。俺たちは後輩を見るとつい今の自分と比較してしまうけど、それじゃ駄目なんだよな。自分がそいつと同じくらいの年齢のときはどうだったかを考えないとな

「なるほどね」

「そいつにとってはとても重要な問題かもしれないから、頭ごなしに否定するんじゃなくて、山田さんみたいに例え話なんかを使って、優しく諭してあげる必要があるんだろうな」

「たしかに、そうですね。俺もつい雑賀には頭ごなしに言っちゃいますから気をつけます」

「お互い初心を忘れないようにしような。ちなみに、言っておくが、有馬記念は当てたからな。3連複で49倍をヒットしたぞ」

「おー、珍しい。じゃあ、今晩奢ってくださいよ」

「行くか!」


ひとりごと 

人の上に立つリーダーにとっては大切な章句です。

若い社員さんの心配事は、ベテランの我々からみれば、小さなことに思えるものです。

しかし、我々自身もそういう小さな心配事を解決しながら成長してきたのです。

今の自分と比較するのではなく、若い頃の自分と比較してみれば、いまの若者の方がよほどしっかりしていることに気付かされます。


原文】
人は往往にして不緊要の事を将(もっ)て来り語る者有り。我れ輒(すなわ)ち傲惰(ごうだ)を生じ易し。太(はなは)だ不可なり。渠(かれ)は曾て未だ事を経ず、所以に閑事(かんじ)を認めて緊要事と做(な)す。我れ頬を緩め之を諭すは可なり。傲惰を以て之を待つは失徳なり。〔『言志後録』第36章〕

【意訳】
得てしてそれほど重要でないことを語る人がいると、私はその人を傲慢で馬鹿にしたような態度をとってしまうが、これは非常に良くないことである。その人はまだ経験が不足しているために、つまらぬ事を重要なことだと理解してしまっているのである。そういう人にはなごやかにたとえ話などを用いて諭してあげるべきである。傲慢な態度を取ることは、己の徳を失うことなのだ

【ビジネス的解釈】
部下や後輩の心配事を頭ごなしに否定したり、軽くみてはならない。なにごとも自分で乗り越え、理解させる必要があるのであるから、やさしくたとえ話などをうまく使って、腹に落ちるような話をするべきである。ここで傲慢な態度をとれば、信頼を得ることはできないのだ。


kaisya_soudan_man_man

第1413日 「人間」 と 「禽獣」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋で歓談中のようです。

「昨日、あるセミナーを受けてきたのですが、そのタイトルが『人と禽獣と異なる所以(ゆえん)』というタイトルだったんです」

「ほお、面白そうなテーマだね」

「講師の先生はかなりの毒舌で、現代の日本人のほとんどは人間の姿をした禽獣ばかりだ、と言っていました」

「過激だねぇ」

「まあ、面白かったですけどね。大事なのは『義』を実行できるかどうかだけだ、とのことでした」

「今の時代、『義』を大切にする人は少ないかもね。一方で安易に『正義を振りかざす人は多いね」

「そうですよね。『義』というのは本来、自分自身にとってやらねばならないことであって、それが他人にとっても同じ価値を持つかどうかはわかりませんからね。それなのに、自分の意見こそが正義だと思ってしまうということは危険なことですよね」

「自分が正しいと考えてしまうと、それと異なる意見をすべて否定してしまう。でも、世の中にはいろいろな価値観や考え方がある。そのどれか一つだけが正しいなどということはないんだよね」

「そうなると、正義を振りかざしている人もまた禽獣ということになりそうですね」

「そういえば、そんな人の姿をした禽獣が昔、私の部下にもいたっけなぁ」

「えっ、そうなんですか?」

「でも、今ではだいぶ人間らしくなってきたけどね!」

「なんで私の顔をジロジロ見ているんですか?」

「あの頃のことを思えば、隔世の感があるなぁ」

「も、もしかして、その人の姿をした禽獣って・・・」

「ひとりしかいないでしょ。まぁ、禽獣の姿をした禽獣だったかも知れないけどね」

「部長!!」


ひとりごと 

小生の周囲にも、安易に正義を振りかざす人がいます。

こういう人は自分と違う意見を一切受け付けません。

結果的に自分の人脈を狭め、思考を狭めてしまいます。

自分がそうなっていないか、振り返るためにも心に留めておくべき言葉ですね。


原文】
操(と)れば則ち存するは人なり。舎(す)つれば則ち亡ぶは禽獣なり。操舎は一刻にして、人禽判る。戒めざる可けんや。〔『言志後録』第35章〕

【意訳】
仁義の心をしっかりと守っているのが人間であり、仁義の心を捨てて亡くしてしまったのが禽獣である。取るか捨てるかは一瞬のことであって、それで人間と禽獣の区別がついてしまう。戒めないわけにはいかない

【ビジネス的解釈】
人間と禽獣との違いは、義(自分にとってやらなければならない道理)を守るか守らないかの違いである。そう考えると、人間の姿形をした禽獣が数多く存在しているのではないか?


shiisa_one

第1412日 「克己」 と 「瞬間」 についての一考察

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生のところに年末の御挨拶に伺ったようです。

「長谷川先生、今年も大変お世話になりました」

「こちらこそ、日々の診療が滞りなく行なえるのは医療機器ディーラーさんのお陰だよ。むしろ今年はあまり器械も買えなかったから苦労をかけたかもしれないね」

「いえいえ、たくさん消耗品を使っていただいていますので、苦労だなんて滅相もないです」

「それならいいけどね。神坂君にとって今年は人間的にも成長した一年だったね」

「長谷川先生にそう言っていただけると嬉しいです。ですが、まだまだです。来年も引き続き、私のテーマは『克己』です」

「ほぉ、己に克つか。『山中の賊を破るは易し。心中の賊を破るは難し』という言葉もあるからね」

「ああ、凄い言葉ですね。たしかに外にいる敵なら倒せる自信はありますが、自分の心の中にいる敵を倒すのはなかなか難しいです」

「ははは。今の言葉を聞いて瞬時にそういう受け答えができるようになったことが、大いなる成長じゃないの」

「ありがとうございます」

「ちょうど忘年会シーズンだし、いろいろと克己が試される時期だね!」

「そうなんですよ。二次会には行かないと決めたのに、昨日はそれを忘れて行ってしまって、帰宅してから大反省でした」

「ははは。そういう神坂君が好きだけどな、私は」

「いつまでも駄目人間のままでいるのはさすがに・・・。でも、克己の工夫って、結局そういう小さな約束事をひとつひとつ守っていくことなんでしょうね?

「その通りだよ。自分に課したルールは何があっても守る、という強い意志をもって、瞬間瞬間にやるべきこととやってはいけないことを仕分けしていくしかないんだよね

「瞬間にですか?」

「そう、考えれば考えるほど、自分に都合の良い理由を考えるのが私みたいな凡人の性だからね」

「長谷川先生でもそうなのですか? たしかに私の場合は、時間を置けば置くほど、自分の約束を破るための素晴らしい口実が浮かんできます」

「でしょう。お互い、来年も自分との約束に打ち克つ努力を続けましょう!」

「はい! 来年も御指導のほど宜しくお願い致します」


ひとりごと 

他人との約束を守る以上に難しいのが、自分との約束を守り続けることです。

己に克つとは、自分に課した約束を守ることだ、と言い換えることができるでしょう。

しかし、自分との約束は、誰も見ていないだけに簡単に破ることができます。

まさに心中の賊との戦いですね。


原文】
克己の工夫は、一呼吸の間に在り。〔『言志後録』第34章〕

【意訳】
己に勝つという克己の工夫は、悩まず一呼吸の間に即断即決実行すべきである

【ビジネス的解釈】
一瞬のうちに自分との約束を守る覚悟を決める。これが克己の工夫なのだ。


okotowari_shimasu_man

第1411日 「春風」 と 「秋霜」 についての一考察

今日の神坂課長は、相原会長と一緒に2018年の打ち納めでナイター競艇に来たようです。

「ここは3号艇の長島万記さんから買うかな。きれいな娘だよね。神坂君はどうするの?」

「私は最近復帰した滝川真由子ちゃんのファンなので、応援の意味で6号艇から買います」

結果はなんと6号艇の滝川選手が大外まくりで1着となり、3連単で2万円を超える大万舟券となったようです。

「や、やりましたよ、会長。こんな大穴をヒットしたのは久しぶりです! 200円しか買っていませんでしたが、それでも5万円以上の払い戻しです」

「さすがは師匠! やるときはやるねぇ」

二人はレース終了後、相原会長の自宅近くのお寿司屋さんに入り、いつもより豪華な刺身の盛り合わせをつつきながら、晩酌を始めたようです。

「神坂君、今年もお世話になったね。競馬や競艇に連れて行ってもらって、楽しい思いをたくさんさせてもらったよ」

「こちらこそ、いつも会長をひとり占めして、勉強させてもらっていますので、とても感謝しています。会長、ひとつお聞きしても良いですか?

「もちろんだよ。何でもいいよ」

「実は、会長が昔はとても厳しい方だったとお聞きしたんです。私にはとても想像できません。そんなに厳しかった方が、なぜ今のように優しくなれたのですか?」

「今までウチの社員さんには誰にも話したことがないんだけどね。実は、昔、僕の部下だった社員さんが自殺未遂を図ったんだ」

「えっ!」

「理由は僕の指導が厳しすぎたからだった。今でいうパワハラってやつだろうね」

「想像できません」

「幸いというか、その部下は一命は取り留めたんだけどね。手首を深く切ったせいで、指がすこし不自由になってしまったんだ」

「・・・」

「そのときに思ったんだ。自分の不用意な一言が他人の命を奪ったり、人生を変えてしまうかもしれない。自分にそんな権利があるだろうか? 自分の息子がもし同じ目に遭ったら、その上司を僕は許せるだろうか?ってね」

「言葉が出ないです」

「それからは自分の感情のままに言葉を発することを止めたんだ。そうは言っても、すぐにそうなった訳ではなくて、随分時間が掛かったけどね」

「そうだったんですか。嫌な過去を思い出させてしまって申し訳ありません」

「いやいや、良いんだよ。時々は思い出して自分を戒めないとね。『春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む』だったね」

「あ、それは私が一番好きな一斎先生の言葉です。真逆の人間ではありますが・・・」

「僕も真逆の人間だったけど、今少しはそれに近づくことができた。神坂君もきっとそういう人になれるよ」

「はい!」


ひとりごと 

『言志四録』全1154章の中で、小生が最も愛する言葉がこの章句です。

神坂課長と同じく、今は真逆の人間ではありますが、常にこの言葉を思い出し自分を戒めています。

いつか相原会長のようになれると信じて。


原文】
春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛(つつし)む。〔『言志後録』第33章〕

【意訳】
人に接するときは春風のように温かく接し、己に対しては秋の霜のような厳しさで鍛錬をするのだ

【ビジネス的解釈】
メンバーには春の風のように温かく接し、己には秋の霜のごとく厳しく律するリーダーたれ。


ojiisan

第1410日 「艱難辛苦」 と 「申申夭夭」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」で晩酌をしているようです。

「昨日、相原会長が私のところに来て、2018年の打ち納めをしようとお誘いを受けました」

「ゴルフ?」

「ははは、会長と私が打つといえば博打ですよ。競艇です」

「ああ、そうだったね」

「師走の忙しいときですが、当社の多大な貢献者ですから、私でよければお相手しますという感じです」

「会長は神坂君が大好きだからね」

「でも、いつも会長と御一緒すると教えられることが多いのは確かです。私もあの年齢になる頃には、会長のように朗らかでニコニコ笑って過ごせるようになりたいです。あれは天性の資質なのですかね?」

「いや、それは違うよ」

「え、そうなんですか?」

「会長の若い頃はむしろ神坂君のように周囲にも自分にも厳しい人だったらしい。かつて一緒に働いていたという方から聞いたんだ。後輩や部下はみんな怖くてまともに顔を見れなかったらしいよ」

「えー、全然想像できませんね。信じられないなぁ」

「そうだよね。でも、同じような話を複数の人から聞いたから間違いないんじゃないかな。もっとも、当社に来た頃にはすでに今と同じ仏様のような笑顔でみんなを包んでくれたけどね」

「相当な精神の鍛錬をされたということでしょうね?」

「かなりご苦労をされた方だからね」

「今度、競艇に行くときに詳しく聞かせてもらいます」

「私も興味があるから、ぜひ聞いてみてよ」

「今日はちょっと変わったワインが入ったから飲んでみませんか?」

「おお、ママ。俺は何が好きって、ワインほど好きなものはないんだよ」

「そのセリフ、もう聞き飽きたな。はい、佐藤さんもどうぞ」

「うわー、なにこのワイン。すごく甘いね。ジュースみたい」

「『シャトー・ギロー』といって、完熟果実だけでつくったフランスのボルドー産のワインなの。甘口ワインの最高峰って言われているのよ」

「やっぱり人間だけでなくて、ワインも熟すと甘くなるんだなぁ」


ひとりごと 

小生の周囲にも本当に朗らかで優しい人生の先輩がいらっしゃいます。

しかし、お話を伺うと、実際には想像を絶するようなご苦労をされたと異口同音に言われます。

『艱難汝を玉にすという言葉のとおり、逆境に耐え、精神を磨き続けると、人は真の朗らかさや優しさをもつに至るのでしょう。


原文】
申申夭夭(しんしんようよう)の気象は、収斂の熟する時、自ら能く是(かく)の如きか。〔『言志後録』第32章〕

【訳文】
のびのびして、にこやかな気分は、精神の修養が十分に習熟した時にこそ、自然にそのようになれるものだろうか。

【所感】
のびのびとにこやかに寛いだ気分というのは、精神が修養によって成熟してくると、自然と到達する境地なのであろう、と一斎先生は言います。


153229_1
プロフィール

れみれみ