一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年01月

第1440日 「全体」 と 「細部」 についての一考察

「すみません! 寝坊しました!!」
新人の梅田君が慌てて駆け込んできました。

「梅田、元気で正直なのは良いが、社会人が寝坊というのは情けないな」
神坂課長が自分のデスクの前に梅田君を呼んでお説教のようです。

「なぜ寝坊したんだ?」

「はい。昨日、目覚まし時計をかけ忘れました」

「目覚ましのかけ忘れが寝坊の原因か?」

「はい」

「本当にそうか?」

「はい。目覚まし時計さえ鳴ってくれれば遅れなかったと思います」

「そうかな? もし電車が遅れていたらどうだ?」

「そ、それは不可抗力ですから・・・」

「それで、同じ過ちを繰り返さないためには何をすると良いと思う?」

「いまスマホのアプリを使っているんですけど、目覚まし時計を1つ買って2台体制にします!」

「ふーん。梅田、昨日は何時に寝たんだ?」

「昨日ですか? だいたい3時くらいです」

「梅田の寝坊の根本原因はそれではないか? 前の日に早く寝れば、目覚ましは2つ要らないと思うんだけどな」

「・・・」

「もうひとつ指摘するとすれば、家を出る時間の設定がそもそもギリギリなんじゃないか? 仮に電車が少しぐらい遅れていても充分間に合う時間に起床時間を設定しておけば、いろいろとリカバーできることは多いぞ」

「そうかもしれません・・・」

「梅田、これからはなるべく問題を大きく捉えるクセをつけてくれると俺は嬉しいな。根本の原因というのは、見えている現象の中にはない場合が多いんだ。まず一歩引いて全体を把握してから、細かい課題をつぶしていくような営業人になって欲しいな」

「はい! そうします!」

「それに、俺が知っている仕事のできる人で時間にルーズな人や遅刻をするような人はひとりも居ないよ」

「課長、俺はデキる男になりたいんです。だから、もう絶対に寝坊しません!!」

「なんだよ、結局最後の言葉が一番心に響いたわけか? まあ、いいや。頼むぞ!!」


ひとりごと
 
木を見て森を見ず、とは昔からよく言われることです。

しかし、いざ自分のこととなると、意外と森を見ようとせずに、すぐに木を見てしまいます。

つまり、枝葉末節にこだわって根本のところに目を向けないのです。

物事を見るときには、鳥の目・虫の目・魚の目という3つの視点をもつと良いといわれます。

まずは鳥の目で全体を俯瞰し、ついで虫の目で複眼的に物事を見つめ、魚の目をもって決断し実行する。

常に意識しておきたいですね。


【原文】
将に事を処せんとせば、当に先ず略(ほぼ)其の大体如何を視て、而る後に漸漸以て精密の処に至るべくんば可なり。〔『言志後録』第62章〕

【意訳】
物事を処理しようとする際には、まず全体の概略(アウトライン)を把握した後、少しずつ細部を処理することを心がけるのが良い

【ビジネス的解釈】
仕事(や問題)を処理する際は、いきなり細部から手をつけるのではなく、まず仕事(問題)の全体を把握し、いつまでにどのレベルまで仕上げるかを明確にしておくべきである。


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第1439日 「深看」 と 「軽看」 についての一考察

善久君の担当施設での商談について、石崎君が相談に乗っているようです。

「でもさ、ゼンちゃん。その金額はちょっと下げ過ぎじゃないの?」

「まあ、ザキの言うこともわかるけど、もし価格で下回れなければ、結局売り上げはゼロになってしまうからさぁ」

「事務長さんは、相手の見積額は教えてくれないの?」

「うん、あの人は駆け引き上手だからね。絶対に教えてくれないよ」

「そうか。ゼンちゃんは、その金額で勝てるとみてるの?」

「昨日の提示額で、まだかなりY社の方が安いと言われたから自信はないけど、吹っ掛けられている気もするし・・・」

そこに神坂課長がやって来ました。

「お、若手の作戦会議か? どこの商談だ?」

「Ⅰ中央病院の商談です。Y社とバチバチの競合中で、この前の出し値ではまだウチがかなり高いと言われました」

「ああ、あそこの香川事務長は相当なタヌキ親爺だからな。若い善久が相手なら相当吹っ掛けてきていると思うぞ」

「やっぱりそうですよね。な、ゼンちゃん。やはり下げ過ぎじゃない?」

「そうかなぁ」

「商売というのはシンプルに考えた方がいい。お客さんの心を読むときもあまり考え過ぎないことだ」

「そうは言いますが、負けてしまったら営業2課に迷惑をかけることになりますから・・・」

「善久、価格なんてものはな、最後に決まるものだ。これまでお前があの施設にどんな対応をしてきたか、それが価格という形で評価されるんだよ。お前は、あの施設にはあまりお役に立ててないと思うのか?」

「いえ、緊急対応なんかもかなりフレキシブルにやってきましたし、内科の高橋部長先生からは信頼されていると思います」

「それなら、お前がこの価格で負けるなら仕方がないという金額で提示しろ。相手の出し値に引っ張られるな。これまでやってきたことに自信を持て!」

「でも、もし負けたら、他に商談が・・・」

「それがお前の本音だろう。だからこそ、日頃からたくさんの商談案件を持っておくことが大事なんだよ。単純に自分の活動の対価を請求できないのは、自分の案件が少ないことに気づいているからだよな?」

「・・・」

「とにかくお前がこの価格以下にはしたくないという金額で俺のところに持ってこい。そうしたら黙ってハンコを押してやるから」

「わかりました。ありがとうございます」

「なるほど。何ごともシンプルに考えるべきなのか。でも、そのためには日頃から手を抜かずに仕事をしておかないといけないんだな」
石崎君はひとりでそんなことを考えていたようです。


ひとりごと
 
考え過ぎはよくない、シンプルに考えよ、と一斎先生は言います。

しかし、そう言い切れるのは、常に一斎先生が試行錯誤を繰り返しているからでしょう。

この章句を早合点して、深く考える必要はないという取り方をすれば、それこそ大きな失敗を招くことになるはずです。


原文】
人情・事変・或いは深看を做して之を処すれば、卻(かえ)って失当の者有り。大抵軽看して区処すれば、肯綮(こうけい)に中(あた)る者少なからず。〔『言志後録』第61章〕

【意訳】
人の心情や出来事については、あまり深く考え過ぎるとかえってうまくいかないものである。むしろ軽く捉えて対処した方が、物事の要所をつかめることがあるものだ

【ビジネス的解釈】
他人の心情や出来事に対して、あまり深読みをすべきではない。シンプルに考え、即行動することが重要である。


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第1438日 「未発の中」 と 「已発の和」 についての一考察

「神坂課長! やってしまいました!」

石崎君が血相を変えて居室に飛び込んできました。

「なんだ、少年。落ちつき給え」

「落ちついてなんかいられないですよ! 長原先生を怒らせてしまいました!」

「マジか!! お前、あの先生だけは怒らせるなと言っただろう。あの人が怒りだしたら、そこらへんのチンピラより質が悪いんだぜ。一体、何をしでかしたんだよ?」

「はい。デモの日程を間違えていました。先生は今日のつもりで、患者さんに麻酔をかけた状態で、私に電話してきたんです。『おい、いつになったら内視鏡を持ってくるんだ!』って」

「で、お前は今日だと思っていないから、当然準備もしていないわけか?」

「はい。慌ててクリニックに行ったんですけど、もう大変でした。胸ぐらをつかまれて、ここでは言えないくらいの暴言を吐かれました」

「デモの予定は今日で間違いなかったのか?」

「それがですね。わたしの手帳では2月19日になっているんです。でも、長原先生は1月19日だと言われます。言った言わないの世界になってしまったので、私のミスだと思うしかありません」

「そうだな。今日のところは患者さんには帰ってもらったんだろう。まずは、長原院長にしっかりお詫びを入れて、その後で患者さんのところにも謝罪に行かないといけないな」

「ご同行お願いできますか?」

「こういう時のために上司は存在するんだ、当たり前だろう。とにかくこういう緊急事態のときは、なるべく心を冷静に保って、『敬の心で対応するしかない

「『敬の心』ですか?」

「とにかく謙虚に慎み深く対応するんだ。『いいえ』とか『違います』とか、相手を否定するような言葉は厳禁だぞ」

「はい」

「石崎、こういう緊急事態になるのは、無事のときに『誠の心』で仕事をしていないからじゃないか?」

「『誠の心』で?」

「そう。まず自分自身に正直に仕事する。自分に嘘をつくような奴は他人にも嘘をつくからな。誰もみていないときにこそ、正しいことをやるという意識が大切なんだ」

「はぁ」

「まあ、今は説教をするときじゃないな。さて、そろそろ俺のところに電話が掛かってくる頃だ。出発の準備をしておけよ」

「神坂課長〜! 長原クリニックの院長先生からお電話です!」

「ほら来た!」


ひとりごと
 
「未発の中」と「已発の和(か)」という言葉は、ともに『中庸』という古典にある言葉です。

未発の中:感情が発動する前の落ちついた状態

已発の和:感情が発動した後、それが度を過ぎていない状態

とでも理解すればよいのでしょうか?

やはり大事なのは、感情が発動する前です。

しっかりと心をコントロールして、安易に喜怒哀楽を発動させないことですね。


原文】
天に先だちて天違(たが)わざるは、廓然として太公なり。未発の中なり、誠なり。天に後れて天の時を奉ずるは、物来りて順応するなり、已発の和なり、敬なり。凡そ事無きの時は、当に先天の本体を存すべく、事有るの時は、当に後天の工夫を著(つ)くべし。先天・後天、其の理を要(もと)むれば、則ち二に非ず。学者宜しく思を致すべき所なり。〔『言志後録』第59章〕

【意訳】
天理に先んじて行動してしかも天理に違わないのは、心が晴れ晴れとして公平であるということである。それは『中庸』にある「未発の中」であり、誠である。天理に則り、天理に準じて行動するのは、すべての物と順応して行くことであり、それは『中庸』にある「已発の和」であり、敬である。無事の時は、天の本質である誠を以て事に当り、有事には敬をもって対処すべきである。その理は同じであり、誠と敬は二つに分けられるものではないからである。学問をする者はここに思いを致さなければならない

【ビジネス的解釈】
無事のとき(大きな問題が発生していない時)は、常に誠の心を大切にせよ。有事の際は、特に敬の心を大切にして、謙虚に慎みをもって対応すると良い。


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第1437日 「退歩」 と 「進歩」 についての一考察

今日の神坂課長は大累課長とランチ中のようです。

「サッカー日本代表、勝ちましたね。メンバーを10人入れ替えて勝ったのは大きいですよね」

「前回の反省を活かしたな。前回は同じメンバーで4戦連続で戦った結果、最後はスタミナ切れで力尽きた感じだったからね」

「ただ、やっぱりカウンターへの対応は課題ですね。最初の失点もそうでしたし、その後も何度か危ない場面がありましたから」

「いわゆる瞬発力という面で日本人はやや劣っているのかね。一瞬で置いていかれるというケースが多いよな」

「ここからは負けたら終わりですから、しっかり修正して欲しいですね」

「そうだな。ただ、最後のコーナーキックの場面では、だいぶディフェンス陣を残してカウンターに備えていたよな」

「ああ、そうでしたね。あの場面は1点リードしていたので、攻撃力は落ちるのを覚悟で守りを強化したのでしょうね」

「どうしても攻めているときというのは、みんな前のめりになるからな。どこかで退くことを想定しておくべきなんだろう」

「たしかに、そうですね。でも、それってサッカーに限りませんね。我々営業部門も前のめりで営業をしてしまうと、敵の逆襲への対応が遅れるというリスクはある気がします」

「なるほどな。サッカーを仕事に結び付けて考えるなんて、大累もなかなかだな」

「あれ? 珍しく褒めてくれるんですね」

「俺の今年の行動指針は『謙虚と素直だからな。言われてみれば、お前も俺も、どちらかと言えば『イケイケドンドン』タイプだからな。気がつくと守備を忘れて攻めているなんてことは多いかもな」

「残念ながら否定できません」

「ただそういう意味では、ウチには強力なセンターバックがいるから安心だな」

「佐藤部長ですか?」

「うん。扇の要とはああいう人のことを言うんだろう。しかし、いつまでも佐藤部長にばかり守備を任せておくのは考えものだな。俺たちも成長しないと」

「かつての神坂さんは、自分さえゴールを決められればチームは負けてもいい、というスタンスでしたもんね」

「よく言うよ。お前だって、俺よりゴールの数が多いか少ないかしか興味がなかったくせに!」

「そんな私たちが課長ですから、この会社は大丈夫なのかと心配になりますね」

「自分で言うな! でも、そう思われないように、しっかりマネジメントも頑張ろう。俺たちはそろそろフォワードは後輩に譲って、守りを意識したチームワークづくりに励まないとな!」


ひとりごと
 
『退歩を学べ』(佼成出版社)という本があります。

これはロボット博士の森正弘さんの著書です。

この本の中で、著者は、「退歩なくして真の進歩はあり得ない」と言っています。

常に、一歩下がる余裕をもっていると、仕事も人生もうまく行くのかも知れませんね。


原文】
進歩中に退歩を忘れず、故に躓かず。臨の繇(ちゅう)に曰く、「元(おお)いに亨る貞(ただ)しきに利(よ)ろし。八月に至りて凶有り」〔『言志後録』第59章〕

【意訳】
人は好調のときにも、退くことを忘れなければ躓くことはない。『易経』の臨の卦に「元いに亨る貞しきに利ろし。八月に至りて凶有り」とあるのは、それを意味しているのだ

【ビジネス的解釈】
常に退歩を想定してビジネスを進めるべきである。引き際を誤ると、大きな損失を蒙ることになる。

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第1436日 「外見」 と 「内面」 についての一考察(その2)

神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」にいるようです。(昨日の続きです)

「はい、お待たせしました。今日は今が旬のあんこうでおもてなしを致します」

「おー、いいね。あんこう最高!」

「まずは、あん肝の酒蒸しとあんこうの唐揚です」

「いただきます。うーん、これは旨い、旨過ぎる!」

「意外と唐揚もおいしいんだね?」
佐藤部長も舌鼓を打っています。

「皮も一緒に揚げているから、コラーゲンもたっぷりです。まあ、お二人にはあまり関係ないかも知れないけど、女性は喜ぶのよ」
ちさとママは別のお客さんの対応で厨房に戻りました。

「先ほどの話ですけど、考えてみると、世の中の本物といわれる人物は、みんな謙虚で思いやりのある人が多いですよね」

「うん。内面が充実している人は、あえて外面を飾る必要がないからね」

「大声をあげてメンバーを押さえつけるような人間は、実は自分の内面が充実していないことに自分自身で気付いているのでしょうね。まさに少し前までの私がそうだったわけですが・・・」

『太上(たいじょう)は下(しも)これあるを知るのみを目指したいね」

「『老子』ですね。ただ上に居るだけで、下が自然に治まる。私から見たら佐藤部長は、そういう存在ですよ」

「いやいやそれは褒め過ぎだよ。まだまだそんなに内面が充実しているとは思っていないよ」

「そういう謙虚さもやっぱり尊敬します」

「なんだか今日はいやに褒めるじゃない」

「謙虚と素直が今年の行動指針ですから」

「はい、お待たせ。メインはもちろんあんこう鍋です。あん肝を煮汁に溶いて濃厚なスープに仕上げています。あんこう鍋には根菜が合うから、ごぼう、だいこん、にんじんをたっぷり入れてあります」

「うわぁ、やっぱりあんこう鍋は冬の定番だなぁ。肝が溶け込んだスープが最高! あんこうって見た目はグロテスクだけど、内面は充実してるよなぁ。俺もあんこうを目指そう!」


ひとりごと
 
『易経』に関連する章句が続きます。

この章では、身体を乾坤の卦から説き起こし、身体と天地と相通ずる有様を易の各種卦の解釈から説明している、と徳永岫雲斎翁は解説しています。

詳しくは、易の六十四卦をご欄頂き、卦象を見比べながらご理解頂ければ幸いです。


原文】
面背は又各おの三段に分つ。乾の三陽位、前に在り。初を震(しん)と為し、中を坎(かん)と為し、上を艮(こん)と為す。坤の三陰位、後に在り。初を巽(そん)とし、中を離と為し、上を兌(だ)と為す。其の陽の顔面に在る者は、之を背上・身柱に収め、陰と相代れば、則ち前兌・後艮を成して、面冷かに背暖なり。胸陽之を背中・脊髄に収めて、陰と相代れば、則ち前離・後坎を為して、胸は虚にして背は実なり。腹陽之を背下・腰上に収めて、陰と相代れば、則ち前巽・後震を成して、腹は柔らかにして気を蓄え、腰は剛くして精を聚(あつ)む。前の三陽皆後の三陰と相代れば、則ち函(かん)して前坤・後乾を成し、心神は泰然として呼吸は天地と通ず。余は艮背の工夫より之を得たり。〔『言志後録』第57章〕


【意訳】
面冷背暖、胸虚背実、腹柔蓄気・腰剛聚精を良しとし、前坤・後乾の状態となれば心神泰然である。(この章も訳が掲載されておりませんので小生のつたない解釈を掲載します)

【ビジネス的解釈】
他者と接する部分は、常に虚をもって自分の心を空にして接し、見えない部分を充実させるように努めれば、心身ともに宇宙の摂理に適い、ビジネスにおいても成果をあげることができる。


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第1435日 「外見」 と 「内面」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と一緒に「季節の料理 ちさと」に来ているようです。

「ママ、いつもおいしい料理をありがとうね。今日も楽しみにしてますよ」

「あら、神坂君。どうしたの急に。いつもの神坂君じゃないわね?」

「やっぱり何事も謙虚に、そして自分の行動を慎むことを心掛けようと思ってね!」

「素敵じゃない! 問題は続けることよ」

「継続は力なりですからね!」

「私の人生のバイブルには、『敬とは自分を空っぽにすることだ』と書いてあるの。いま目の前に、泥水で満たされたバケツがあると想像してみて。もしそこにきれいなお水を入れたいと思ったらどうすればいいと思う?」

「泥水を捨てるしかないでしょう」

「正解! 人間の心もそれと同じだよね。自分の経験や思考習慣に囚われると、謙虚にはなれないでしょう? まずはそういうものを一旦捨てて、心を空っぽにしないとね」

「なるほどな。さすがはちさとママだな。しかも俺の今までの考え方や経験を泥水に例えるあたりは絶妙だよ」

「別に神坂君だから泥水に例えた訳じゃないわよ。(笑)」

「ははは。そういえば、佐藤一斎先生もそういうことを言っているね。『易経』にある地天泰の卦を例に挙げて、外見より内面を充実させることが大事だ。そうすれば、詰まらない人間は去り、立派な人たちが集まってくるとね

「なるほど。謙虚に振舞いながら、内面をしっかりしておけば、良い仲間が集まるのか」

「外面が謙虚で、しかも内面が定まっていない人は、ただの優柔不断な人だからね。そういう人には、詰まらない人間がたかってくるものだよね」

「お二人と一緒にいると本当に勉強になります。さて、ママ。実はのどもカラカラ、お腹も空っぽにしてきたので、そろそろ美味しい料理と旨い酒で胃袋も心も満たしたいんだけど」

「承知しました!」


ひとりごと
 
『易経』に関連した章句が続きます。

地天泰という卦は、内卦(下三本の卦)はすべて陽、外卦(上三本の卦)はすべて陰となっています。

一斎先生は人間もこうあるべきだとおっしゃっているようです。

外面を飾ったり、できる人間を装う努力をするくらいなら、外見はたとえ馬鹿に見えても、内面を充実させよということでしょうか?


原文】
人の一身は上下を持て陰陽に分かてば、上体を陽と為し、下体を陰と為す。上陽を下体に降し、下陰を上体に升(のぼ)せば、則ち上は虚にして下は実、函(かん)にして地天泰(たい)を成す。又前後を以て陰陽を分かてば、前面を陽と為し、後背を陰と為す。前陽を後背に収め、後陰を前面に移せば、則ち前は虚にして後は実、亦函して地天泰をを成す。〔『言志後録』第56章〕

【意訳】
人間の身体を上下で分ければ上半身が陽で下半身が陰となり、前後で分ければ前身が陽となり、後背が陰となる。そこで上下でいえば、陽を下に、陰を上にし、また前後でいえば、陽を後ろに、陰を前にするように心がければ、それは『易経』の地天泰の卦と同じで安定することになる。(本章は、小生がテキストとしている久須本先生と川上先生の本では訳が省略されていますので、非常につたない訳となっていますことをお許しください)

【ビジネス的解釈】
常に他人に見える部分は虚を保ち、内面を充実させることを心がければ、つまらない人間は去り、真の仲間となるべき人が集まってくるようになる。

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第1434日 「技芸」 と 「易理」 についての一考察

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と研修会に参加し、そのまま居酒屋さんに直行したようです。

「サイさんの影響で、『易』を勉強し始めたのですが、あれはなかなか面白いですね。といっても、そんなに深く理解しているわけではないですけどね」

「へぇ、最近どうしちゃったの? いよいよ来るのかなぁ?」

「なにがですか?」

「東海大地震だよ」

「不吉なこと言わないでくださいよ。というか、俺が勉強すると何で地震が起きるんですか!」

「冗談だよ、冗談。それで、どんな本を読んでいるの?」

「とりあえずは薦めてもらった竹村亞希子先生の『リーダーの易経』という本です。龍の話がすごく面白いです」

「僕も以前にかじったことがあるよ。差し詰め神坂君は今、躍龍(機を観る力を養う段階)といったところかな?」

「年齢的にはその辺に居ないと駄目なのでしょうけど、スタートが遅いですからね。せいぜい乾惕(けんてき:プロとしての技を磨く段階)じゃないですかね?」

「謙虚でいいね。少し前なら自分で飛龍(勢いのある華やかな時代)だと言ってたんじゃない?」

「そうかもしれませんね。易というのは物事の移り変わりの機をとらえる学問のようなのですが、基本原則が三つあるらしいんです」

「教えてよ」

「はい。まずは『変易』といって、すべての物は変化するという考え方です。2つ目は『不易』で、変化には必ず一定の不変の法則性があるということ。3つ目は『易簡』で、その変化の法則性を我々人間が理解さえすれば、世の中の出来事も理解しやすくなる、ということだそうです」

「世の中の成功者という人たちは、そういうことを理解しているんだろうね」

「そう感じます。『易』を学んでそれを実践している人もあれば、天性の感覚でそれをやっている人もあるのかも知れませんが、いずれにしてもその3つの原則から外れていないんでしょうね」

「なるほどな。酒の味も年々進化して旨い酒が登場してくる。つまり酒は変化しているんだろう。しかし、酒で失敗する人は、今も昔も変わらずに存在する。それがわかっているなら、酒を控えて、健康に留意できる、という訳か!」

「ちょっと違う気もしますが、酒を控えて健康に留意するという法則を導きだしたのなら善しとしますか。じゃ、そろそろお開きにして、締めのラーメンといきますか!」

「その誘惑も不変だけど、断れないのも不変だなぁ」


ひとりごと
 
『易経』を学ぶには、まず龍の話(乾為天の卦)を学ぶと良いと言われます。

それを学ぶのに最適なのは竹村亞希子先生の本でしょう。

お薦めは、『リーダーの易経』(角川SSC新書)ですが、どうやら絶版となっているようです。

もし、古書店で見つけたら迷わずゲットしてください!


原文】
余は固と無芸無能なり。然れども人の芸術有るを厭わず。之を諦観(たいかん)する毎に、但だ其の理の易理に非ざる無きを見る。〔『言志後録』第56章〕

【意訳】
私はもともと芸も無く能力も無い人間である。しかし人に技芸があることを厭わない。その技芸の背奥にあるものをよく観察してみると、そこに易の三義に適合しないものはないことがわかる

【ビジネス的解釈】
技能や芸事に達者な人(仕事で結果を出す人)をよく観察すると、易の三つの側面に逆らうことなく、努力をしていることがわかる。


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第1433日 「べき論」 と 「結果」 についての一考察

今日の神坂課長は、年始の挨拶周りを終え、帰社する車中にいるようです。

ハンドルは神坂課長が握り、助手席には営業部の佐藤部長が座っています。

「部長、先ほどちょっと気になったのですが、手帳の最初のページに何か言葉を書きこんでいますよね?」

「ああ、あれね。あれは『言志四録』の中の言葉でね。佐藤一斎先生が常に願い続けた6つの項目なんだ。私は毎年、それを手帳の最初のページに書き込むことにしている」

「どんな内容なのですか?」

「簡単に言うと、志を常に忘れず、行動は規律正しく、品格は高く、知識は幅広く、専門分野を極め、思考は実効性を尊ぶ。といった感じかな」

「一斎先生はそうありたいと願っていたのですか?」

「うん。『言志後録』の最初の方の言葉だから、おそらくは50代後半、還暦手前の一斎先生の願いだね」

「その年齢の頃の一斎先生なら、もう相当の人格者であり、知識も豊富だったはずですよね?」

「その頃はすでに、今の東大に当る昌平坂学問所の教授のような立場だったからね。それでも、まだ自分を高めようとしたその志に感動して、ずっとこの言葉を手帳の冒頭に書いて来たんだ」

「すごいですね。いや、一斎先生もですけど、部長もですよ」

「私はただ書き写しているだけだよ」

「部長だって、私なんかに比べればはるかに人格者で知識も造詣も深いのに、まだまだ高めようとしている。ますます背中が遠ざかっていくなぁ」

「ははは、これは恐縮です。この前、中村教授とも話をしたように、儒学は『べき論』が多い。しかし、だからこそ、常に頭の片隅や目に付くところにおいて置く必要があると思っている」

「なるほど」

「できたかできないかにあまり拘らなくてもいい。ただ、常に目指すものをもつことが大事だということだね」

「私も何か自分を律する言葉を探してみます」

「できれば10年間変えなくても済むような言葉が良いと思うよ」

「私の40代を貫く志を言葉にするわけですね。なんかワクワクしてきましたよ!」


ひとりごと
 
実はこの章に出てくる6項目を小生も手帳に書き込んでいます。

べき論は、べき論だからこそ意識することが大切です。

結果的に出来たか、出来なかったかは別の問題です。

そもそも立志とは、べき論を持つことなのですから。


【原文】
志気は鋭(えい)ならんことを欲し、操履(そうり)は端(たん)ならんことを欲し、品望は高ならんことを欲し、識量は豁(かつ)ならんことを欲し、造詣は深ならんことを欲し、見解は実ならんことを欲す。〔『言志後録』第55章〕

【意訳】
物事に取り組む気持ちは鋭く、行いは端正であり、品性や人望は高く、見識や度量は広く、学問や技芸の造詣は深いものであり、考察や知見は実あるものでありたい

【ビジネス的解釈】
人の上に立つ者は、志気欲鋭、操履欲端、品望欲高、識量欲豁、造詣欲深、見解欲実の6つを強く願わずにはいられない


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第1432日 「ないもの」 と 「あるもの」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長、ちさとママと3人で、「季節の料理 ちさと」の近くにあるお寺の護摩行に参加しているようです。

「ここの御本尊は不動明王様なんだ。不動明王というのは、炎の世界に住んでいて、人間の煩悩や欲望を焼き尽くしてくれると言われているんだよ」

「それで、こうやって護摩を焚くのですね?」

「私は煩悩の塊みたいな人間だから、毎年こうして煩悩を焼き尽くしてもらって一年をスタートさせるのよ」

「えー、ママにも煩悩なんてあるの?」

「誰だってあるわよ。ねぇ、佐藤さん?」

「そうだね。私も煩悩と欲望と日々戦っているよ。でも、こうして供物が焼き尽くされていくと、自分の心も洗われるような気がするよね」

「なんか、ちょっと安心しました(笑)」

3人はお寺を出たあと、行列のできているお蕎麦屋さんに入ったようです。

「なんか体中から煤のにおいがしますね」

「煩悩が焼き尽くされた証拠よ」

3人は、お店で一番人気の特製鴨南蛮を注文したようです。

「おー、これは旨いですね。あっという間に食べ終わってしまいました」

「相変わらず食べるのが早いねぇ、神坂君は」

「営業マンですから。しかし、先ほどの炎もあれだけ燃え盛っていても、直ぐに消えてしまうし、こうやって美味しいものも食べれば、あっという間になくなってしまう。形あるものはすべて消えてなくなるんですね

「だからこそ、形あるうちに感謝しないとね」

「そうよ、私が作ったお料理もちゃんと感謝してから食べてね!」

「無くなって初めて気づくのが人間ということかぁ。そうやって考えると感謝すべきなのに感謝していないものがたくさんありますね

「私はいつもお客様に感謝することを忘れないようにしているの。そっとお料理に私の感謝の気持ちを込めているのよ」

「なるほどね。俺の場合は、お客様は当然だけど、やっぱり上司や同僚、同じ課のメンバーへの感謝を忘れてはいけないなぁ」

「ところで神坂君、会社の神棚にはちゃんとお祈りしているかい?」

「えっ、神棚なんてありましたっけ?」

「おいおい、まずはそこからだな!」


ひとりごと
 
我々は、今自分が手にしている物や、家族や仲間、そして自分の命もすべて有限であることを忘れて過ごしているのではないでしょうか?

ないものねだりをする前に、今あるものに感謝することから始めましょう!


【原文】
火は滅し、水は涸れ、人は死す。皆迹(せき)なり。〔『言志後録』第54章〕

【意訳】
火はいつかは消え、水もいつかは涸れ、人もいつかは死ぬ。これらはすべて大自然の摂理の痕跡である

【ビジネス的解釈】
すべて形のあるものは、いつかは消えてなくなる。この大自然の摂理を忘れてはならない

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第1431日 「見えないもの」 と 「報恩感謝」 についての一考察

神坂課長のデスクに相原会長がやって来ました。

「神坂君、明けましておめでとう。今年もいろいろと御指導をお願いしますね」

「会長、本年もよろしくお願いします。御指導って言っても、ギャンブルのことですよね?」

「それだけじゃないよ。神坂君には私が失くしてしまったバイタリティがあるからね。会うたびにパワーを注入してもらっているんだよ」

「それは光栄です。私にはそんなにバイタリティがあるのでしょうか? 目に見えないものは、他人と比べられないので分らないですよね?」

「人間って、目に見えるものだけしか見ないよね。本当は目に見えないものこそ大切なのにね」

「どういうことですか?」

「たとえば、魚は水が無ければ生きられないのに、普段は水の有り難さをわかっていないよね?」

「ああ、そういう意味では、人間だって空気の有り難さを忘れていますね」

「そう。神坂君は御両親がいなければ、この世に生まれてきていないんだよ。御両親を大切にしているかい?」

「確かにそうですね。年末には帰省して、顔を見せましたが、普段は親の有り難味も忘れてい
ますね」

「他人から受けた恩というのは、目に見えないものだから、しっかりと意識をしておかないとすぐに忘れてしまうんだよね」

「ご縁もそうですね。つながったご縁も目に見えているわけではないから、しっかりと繋ぎとめておかないといけません」

「僕は常々、こう思っているんだ。そういう見えない縁や恩を大切にしていると、他人の心の中も見透せるようになるんじゃないかってね」

「ああ、それはそのまま営業につながる訳ですね。お客様の心の中もやはり見えませんからね」

「そのとおり! 若い人たちにこういう話をするとお説教臭くなるけど、研修の中でうまく話して欲しいな」

「おお、それはなかなかハードルの高いお話ですが、チャレンジしてみます」

「よろしくお願いしますね。さて、今月はいつ行こうか?」

「ちょうど今月は、G競艇場でG1レースがナイターで開催されます。24日が優勝戦ですから、その日にどうですか?」

「おお、楽しみだ! そちらもよろしくね!」


ひとりごと
 
私たちは日頃、どうしても目に映るものにしか意識を働かせません。

それが、昨日のような他人との比較などの悩みを生むのです。

むしろ一斎先生が言われるように、見えないものを見る意識を持つことはとても重要なのではないでしょうか?

他人の愛も思いやりも、ご縁もご恩もすべては目に見えないけれど、とても大切なものですから。


【原文】
鱗介の族は、水を以て虚と為す。水の実たるを知らず。〔『言志後録』第53章〕

【意訳】
魚介類は、水の中で棲息していながら水の存在に気づいていない。水がなければ生きていけないということを理解していないのだ

【所感】
今目の前にある物事を当たり前だと思ってはいけない。常に報恩感謝の念を忘れないことだ。


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