今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生を訪れたようです。
「神坂君、今年度の販売計画は達成できそうかな?」
「はい、一進一退の攻防を繰り返していますが、なんとか届きそうな見込みです」
「ほぉ、それは素晴らしい!」
「ただ、巷には情報が溢れすぎていて、かえって判断に迷ってしまうことが多いです」
「現代の人が一週間で得る情報量は、18世紀の人が一生かかって得る情報量に匹敵するといわれているからね」
「ええ! 情報量ってそんなに違うんですか?」
「うん。だから現代はいかに情報を取捨選択するかがとても重要だよね。そのためには『艮背(ごんはい)の工夫』が必要だと儒者の先生は言っているんだ」
「『艮背の工夫』ですか?」
「人間の身体の前面には目や耳や鼻や口があって、そこから多くの情報が入ってくるよね。だから、意識を身体の前面においていると惑わされやすい」
「ああ、なるほど」
「だから、意識を身体の背面におくと良いと言うんだ」
「身体の背面に意識をおく? なんだか難しいですね」
「明確に意識という物体があるわけではないから、あくまでも感覚としてそうするということだよね」
「前面にある目や耳から入ってくる情報をフィルターにかけて、必要な情報を背中に届けるイメージでしょうか?」
「おお、そうそう。理解が早いね」
「恐縮です。長谷川先生に褒められると、めちゃくちゃうれしいです」
「普段生活をしているときから、意識を背面におく工夫をしておくと、いざというときに冷静で客観的な判断ができるものだよ」
「先生にはそういう経験がおありなんですか?」
「うん。処置の最中に、助手の先生があやまって血管を傷つけてしまって大量出血した際に、すごく冷静に対処ができたのは、そういう心掛けのお陰だと思っているよ」
「目や耳から入った情報に瞬間的に反応するのではなく、ひと呼吸おくということから始めると良さそうですね」
「いいね。そこでフィルターにかけて背面にある意識で客観的な判断を下す。そんな感じかな」
「すごく難しい話ですが、なんとなく感覚的にわかった気もします。これから試していきます。先生、いつもありがとうございます!」
ひとりごと
情報過多の現代において、いかに有用な情報をタイムリーにキャッチするかでビジネスの成否が左右されるということはよくあることです。
そのためには、情報ルートを広く持ちつつも、不要な情報をそぎ落とす工夫も必要です。
一斎先生が言う「艮背の工夫」は、最終的に判断を下すリーダーにとってはとても重要な考え方かも知れません。
【原文】
艮背(ごんはい)の工夫は、神(しん)其の室を守る。即ち敬なり。即ち仁なり。起居食息、放過す可からず。空に懸け影を捕うるの心学に非ず。〔『言志後録』第120章〕
【意訳】
内奥に精神を統一する修養法である「艮背の工夫」を行うと、精神が集中し安定する。これが即ち敬であり、また仁である。起居するとき、食事のとき、休息のときのいずれであっても心を放縦してはいけない。空中に物を懸けたり、影を捕らえるように捉えどころのない心の学問ではないのだ。
【所感】
人間の身体の前面には目耳鼻口と外部と接触する器官が多く存在するため、心が乱されやすい。意識を背面にもっていくことで、精神が安定する。緊急時に冷静な判断をするためにも、平生から意識を背面におく工夫をしておくと良い。