一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年04月

第1539日 「厳しさ」 と 「やさしさ」 についての一考察

今日の神坂課長は、A県立がんセンターの消化器内科を訪ねたようです。

「なんだ、神坂。また昼飯をせびりにきたのか?」

「多田先生、そういう訳ではないのですが、お昼になるとなぜか先生の顔が目に浮かぶんですよね」

「それを『せびるって言うんだ! まあ、いいか。あと30分、内視鏡の点検でもやって待っててくれ。今日はラーメンだぞ!」

「ありがとうございます」

二人は病院近くの人気ラーメン店に入ったようです。

「へぇー、ここのとんこつラーメンはあっさりしていますね」

「ここは鹿児島ラーメンの店でな。鹿児島のとんこつラーメンは、あっさりしたのが多いんだ。ただし、食べているうちにとんこつの旨みが口の中に広がるんだよ」

二人は黙々とラーメンをすすっています。

「あー、旨かった。先生、食後のコーヒーを飲みませんか? もちろん私の奢りで」

二人は喫茶店に移動したようです。

「お前の会社には、今年も新人が入社したのか?」

「はい、今年は3人です。今年も研修講師をやるように言われました」

「そうか。人を育てるときは、個性を大切にしろよ。まちがっても鋳型に嵌めるような教育はするなよ」

「私もそういうのは大嫌いですから大丈夫です」

「若い奴の教育で大事なのは、常にそいつのことを心に留めておくことだ。ただそれだけでいい。無理に育てようとすると碌なことはないぞ」

「それで育ちますか?」

「お前は草花を育てるときに、成長が遅くれている草があったら、茎を引っ張って成長を早めようとするか?」

「するわけないじゃないですか! そんなことしたって、草花は成長しませんよ」

「そのとおりだ。だが、草花だとわかっていることが、相手が人間になるとわからなくなる奴が多い」

「ああ、そういうことですか! 育てようという意識が強すぎると、草花を無理やり引っ張るようなことをしてしまうんですね?」

「気をつけろよ、神坂。常に若手のことを想い、成長を望め。ただし、無理に育てようとせず、やさしさと厳しさをバランスよく与えていくことだ」

「ありがとうございます! そうか、そういうことか! 深いなぁ」

「なんだよ!」

「それで、さっきラーメン屋に連れていってくれたんですね? あの鹿児島ラーメンと同じように、若い奴とはあっさりと付き合え。ただし、付き合うほどにありがたさを感じる上司になれ、というメッセージだったんですね?」

「そこまで考えてないよ! ただ、ラーメンが食いたかっただけだ!!」


ひとりごと

ここで一斎先生が引いているのは、孟子の言葉です。(孟子の言葉にご興味のある方は、第406日の項を御参照ください)

成長を願い、常に気にかけていれば、それが確実に相手に伝わるのだ、ということでしょう。

特に新人教育においては、まず個性教育を重視し、その人の強みを見つけてあげることに力を注ぐと良いかも知れません。


【原文】
忘るること勿れ。助けて長ずること勿れ。子を教うるにも亦此の意を存す可し。厳にして慈。是れも亦子を待つに用いて可なり。〔『言志後録』第160章〕

【意訳】
心から忘れ去ってはいけない。また無理に成長を助長してはいけない。子供の教育においてもこの意識を持っておくべきである。厳しさと慈しみを併せ持つ。これも子供の教育に用いるべきことであろう

【ビジネス的解釈】
人材育成は、想いが大切である。つねに心に留めておくだけで、無理に手を出さないことだ。


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第1538日 「愛情」 と 「教育」 についての一考察

神坂課長はゴールデンウィークの前夜、「季節の料理 ちさと」へ顔を出したようです。

「あら、神坂君。今日はひとりなの?」

「うん。佐藤部長は出張だからね。休み中はママの顔が見れないから、最後に会いに来た」

「うれしいこと言ってくれるわね。神坂君の会社は10連休なの?」

「いや、ウチは30日と2日は出社日だよ。でもまあ、どちらかは休みましょうという感じなので、俺は30日は休むけどね」

「そうか。ウチは30日と2日、3日はお店を開けるつもり」

「あ、そうなの? じゃあ2日も来るかな」

「ぜひ、お願いします。ところで、神坂家は家族でどこかにお出かけしないの?」

「カミさんはパートがあるし、息子たちは部活があるからね。息子のテニスの試合でも観戦しようかな」

「神坂君は野球をやってたのよね? テニスは教えられるの?」

「いや、ド素人。この前も試合に負けて落ち込んでいるのに、なんと声をかけるか悩んだよ」

「息子さんにも厳しくしてきたんでしょ?」

「ガキの頃はね。甘やかして人様に迷惑をかけるような人間にはしたくなかったしね。って、俺が言うのもなんだけどさ」

「ほんとだ。佐藤さんをあれ程悩ませたのは誰だったっけ?」

「それを言われると何も言えません・・・。ただ、厳しくし過ぎたせいで、親をリスペクトする気持ちもなさそうだなぁ」

「子育ては大変ね。甘やかしすぎてもダメだし、厳しくし過ぎてもダメだもんね」

「部下指導も同じだけどね。最近、いろいろと本を読んで、子供の主体性を育てないといけないんだと気づいたんだけど、もう遅いかもな」

「なにごとも始めるのに遅いということはないよ。親子は深い愛情でつながっているはずだもん」

「そうかな。まあ、テニスを通して、少しそんなことを話してみるかな」

「あっ、ゴメンね! まだ、ビールも出してなかったね」

「そういえばそうだ。ママ、喉が渇いたよ。生と適当なつまみをお願いします」

「さっき、タラの芽のてんぷらを作ったの。それでいい?」

「おー、最高じゃん!!」


ひとりごと

子供を育てるにしても、部下育成にしても、甘やかすことと厳しくすることのバランスはとても難しいですね。

最近はすぐに〇〇ハラスメントだと言われてしまうので、教育がより難しくなっている気がします。

しかし、想いを込めて教育をすれば、心と心が通じ合うはずです。

子供は親子ですから当然ですが、部下の社員さんであっても、心から家族だと思って接するなら、必ず想いは届くと信じましょう!


【原文】
子を教うるには、愛に溺れて以て縦(じゅう)を致す勿れ。善を責めて以て恩を賊(そこな)う勿れ。〔『言志後録』第159章〕

【意訳】
子供を教育する際には、溺愛して放任してはならない。また善い行いを強要して親子の恩愛の情を損なうようなことがあってもいけない

【ビジネス的解釈】
部下の教育については、自分の好むメンバーを甘やかすようなことは避けるべきだ。また、仕事を強制して上下の関係を悪化させることも避けるべきである。


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第1537日 「自分の課題」 と 「他人の課題」 についての一考察

今日の神坂課長は、読書会で知り合った同年代の宮本さんと飲んでいるようです。

「神坂さん、私は私なりに仕事で力を尽くしているつもりなのですが、どうも社長のウケがよくないんです。自分の仕事が正当に評価されないのは悔しいですね」

「そうなんですか。でも、宮本さんは社長に評価されるために仕事をしているわけではないですよね?」

「えっ? まあ、たしかにそうですが、やはり評価されたいという思いは強いですよ」

「なるほど。実は私はあまりそういう意識がないんです。だって、評価って他人が下すものじゃないですか。それはある意味で自分ではどうしようもないことですよ」

「うーん」

「よく言うじゃないですか。『馬を無理やり水辺まで連れて行くことができても、水を飲ませることはできないって」

「ああ、聞いたことはありますねぇ・・・」

「褒めてもらえないからといって、腐ってしまったら、ますます評価は下がりますよ。褒めてくれないなら、逆に宮本さんが社長さんをどんどん褒めたら良いじゃないですか!」

「『求めるならまず与えよ』ですか。神坂さんは超ポジティブですね」

「いや、ポジティブなのではなく、ただノー天気なだけですけどね。(笑)」

「たしかに、自分がやっていることは会社にとって役に立っていると思います。評価の有無でその価値が決まるわけではないですもんね!」

「そうそう、そのとおり!」

「神坂さんと飲むと元気になれるなぁ」

「よく言われます。(笑) でも、手を抜かずにやり続ければ、きっといつかは報われますよ。なんていったって、これからは人生100年時代ですよ。俺たちはまだやっと折り返し地点にたどり着いたんです」

「自分のできることに精一杯取り組むしかないですね。その後は天命に任せなさいということかなぁ」

「そうです! そしてお天道様は決して我々に冷たい仕打ちはしないはずですよ!!」

「ありがとう! 元気が出てきた」


ひとりごと

アドラー心理学では、自分が関知できない事柄を「他人の課題」と呼び、自分の課題と他人の課題は分離して考える必要があるとしています。

他人の評価はまさに他人の課題です。

自分にできることは、自分の信じる道を歩き続けることだけです。

人事を尽して天命を待ちましょう!


【原文】
生生にして病無きは、物の性なり。其の病を受くる必ず療すべきの薬有り。即ち生生の道なり。然も生物また変有り。偶(たまたま)薬す可からざるの病有り。医の罪に非ず。譬えば猶お百穀の生生せざる無きも、而も時に稗(ひえ)有りて食う可からざるがごとし。農の罪に非ず。〔『言志後録』第158章〕

【訳文】
生き生きとして病気に罹らないということが物の本来の性質である。病気になったときは必ずそれを治療する薬がある。これが生々の道である。たまに薬では治療できない病に罹ることがあるが、これは医者の責任ではない。例えて言えば、様々な穀物で生き生きと生育しない物はないが、それでも時々稗のように食べることができないものがあるようなもので、これは農家の責任ではない

【所感】
ほとんどの病は治療可能であるが、時には不治の病もあるように、世の中には自分の力で解決できることとできないことがある。解決できることに力を尽くし、あとは天命を待つしかない。


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第1536日 「地位」 と 「器」 についての一考察

J医療器械の平社長と川井経営企画室長が社長室にいるようです。

「川井、この前も話したように、息子にはあと5年、別の会社で働いてもらうことにした。O社さんには事情を説明して円満退社となり、H県のM社さんでお世話になることになったよ」

「そうですか。M社さんなら相当揉まれますね」

「もしかしたら、逃げ出してくるかもな」

「社長と同じで、諦めの悪い青年ですから、大丈夫でしょう」

「ははは。言ってくれるな! しかし、本当に逃げて帰ってくるようなら考えないといけないな」

「別の人間に社長を任せるということですか?」

「ああ、そうだ。ウチには幸い優秀な人材がいるからな」

「神坂、大累、新美の3課長ですね?」

「もちろんその3人もそうだが、人事の鈴木も優秀だぞ」

「たしかに彼はクレバーですね。私がドキッとするような視点でモノを見ています」

「できることなら息子に継がせたいが、会社を潰すわけにはいかない。ウチの社員は皆、家族だと思っているからな。彼らを路頭に迷わせるわけにはいかないんだ」

「はい」

「そこで万が一に備えて、その4人には帝王学の研修を受けさせようと思っている」

「それは素晴らしいですね。どこの研修を受講させるのですか?」

「T出版社で毎月一回、名だたる経営者が講義をしてくれる研修があるんだ。年間300万円と非常に高額だが、思い切って受けさせようと思っている」

「ひとり300万円ですか?!」

「そうだ。これはかなりの投資だよ。今年は神坂と鈴木を受講させる。来年は大累と新美だ」

「社長、私も息子さんが二代目となってくれることを心から願います。しかし、そうなったとしても、今回の投資は決して無駄にはなりませんよ!」

「俺もそう信じているから決断した。彼らに話を降ろした後は、お前からも背中を押してくれないか」

「もちろんです。ただ、社長」

「なんだ」

「ひとつだけ気になることがあるのですが・・・」

「佐藤のことか? 心配するな、あいつの存在が営業部にとってどれだけ大きいかは理解しているつもりだ」

「そうですか、それなら安心しました」


ひとりごと

支那の古典によれば、堯帝は舜帝に皇位を禅譲し、舜帝は禹に皇位を禅譲しています。

禹も皇位を息子ではない人間に禅譲したかったようですが、禹の死後、取り巻きが禹の息子に皇位を継がせてしまいます。

その結果、夏王朝はその後は世襲の形で皇位が引き継がれることとなります。

やがて暴君桀王が出て民意を失い、殷の湯王に討たれて夏王朝は滅びます。

必ずしも禅譲が善くて、世襲がいけないということではありませんが、器でない人間をトップにつけないようにすることだけは心しておくべきです。


【原文】
邦俗にて養子後を承(う)くるは、已むを得ざるに出づと雖も、道においても太だ妨げず。堯は舜を以て婿と為し、後に天下を以て之に与う。祭法に曰く、「有虞氏は顓頊(せんぎょく)を祖として堯を宗とす」と。則ち全然養子後を承くると相類す。蓋し亦天なり。〔『言志後録』第157章〕

【意訳】
我が国の慣習として、養子が家を継ぐということは、やむを得ないことであるが、これは道を行う上でも大きな妨げとはならない。堯帝は舜を婿として迎え、後に天下を禅譲した。『礼記』祭法篇には、「有虞氏すなわち舜の一族は顓頊を遠祖とし、堯帝を始祖とする」とある。養子が後を継承することと相似している。これもまた天の定めというものであろう

【ビジネス的解釈】
事業を継承する上で、血縁者を第一候補とするのは構わないが、よく能力を見極めて、禅譲も視野に入れておくべきだ。


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第1535日 「冠婚葬祭」 と 「喜怒哀楽」 についての一考察

今日の神坂課長は、総務部の西村部長、大竹課長とランチ中のようです。

「なんだか最近、有名人が亡くなったというニュースが多くないですか?」

「内田裕也に萩原健一、そして今度は小出監督だもんね。たしかに訃報が多いね」
大竹課長です。

「お互い、死というものが身近になってきた証拠ですかね?」

「二人とも何を言ってるんだ。人生100年時代だぞ。人生はまだまだこれからじゃないか!」

「西村さん、さすがポジティブ! でも、毎日酒に飲まれていたら、100歳までは無理じゃないですか?」

「誰が、酒に飲まれてるんだ!」

「誰がって、西村さんに決まってるじゃないですか!」

「やかましいわ! 酒は、俺の親友みたいなもんだ。親友に裏切られるはずはない!」

「ここまでくると、ポジティブを超えて、ただのアル中楽天家って感じですね、タケさん」

「俺に振るなよ。いいじゃない。酒に飲まれてないって言ってるんだからさ」

「まあ、そういうことにしておきましょう。それにしても、自分の葬儀にはどんな人が集まるんだろうなぁ」

「それは今のうちにどれだけ人脈を構築できるかじゃないの。特に社外においてさ」

「そうですよね。なるべく多くの人に哀しんでもらいたいなぁ」

「神坂君、昼から湿っぽい話はやめよう。その前に、君は二人の息子さんの結婚式というおめでたい場を楽しむことができるじゃないか」

「あいつら、結婚するのかなぁ。相手の家がどんな家かによっては、お付き合いも面倒ですよね」

「地域や信仰によっては、整合が難しいこともあるからねぇ」

「まったく君たちはネガティブだな。そういうときのために酒があるんじゃないか!」

「結局、酒ですか!」

「だいたい、葬儀というものは、ご家族と参列者で送る人のありし日を偲び、哀しみを共有すればいいんだよ。結婚式では、若い二人の門出をただ手放しで喜べばいいだろう!」

「たしかに、西村さんの言うとおりだ。儀式において大事なのは参列者の心を合わせることなんでしょうね」

「大竹君、そのとおり! 俺なんか子供はすべて送り出し、親もあの世に送った。残りの人生は、愉しく生きるしかないじゃないか。そんな話をしてたら酒が飲みたくなってきたよ」

「結局、酒ですか!」


ひとりごと

冠婚葬祭には信仰する宗教や宗派によって、異なる点が多いのは事実でしょう。

しかし、大事なことは葬儀では哀しみ、婚礼では喜ぶことです。

華美過大にすることばかり意識して、大切な心の触れ合いを疎かにしてはいけませんね。


【原文】
邦俗の葬祭は、都(すべ)て浮屠(ふと)を用い、冠婚は勢笠(せいりゅう)両家に依遵(えじゅん)す。吾が輩に在りては、則ち自ら当に儒礼を用うべし。漢土の古礼は今行なう可からず。須らく時宜を斟酌して、別に一家の儀注を創(はじ)むべし。喪祭は余嘗て哀敬編を著わし、冠礼にも亦小著有り。務めて簡切明白にして、人をして行ない易からしむるを要するのみ。独り婚礼は則ち事両家に渉り、勢い意の如きを得ず。当に漸と別とを以て要と為すべし。〔『言志後録』第156章〕

【意訳】
我が国の葬式や祭礼はみな仏教式で行い、冠婚については伊勢・小笠原両家の礼法に依拠して行われる。吾ら儒者らは儒教の礼式を用いるべきで、中国の古い礼式では行うべきではない。すべて時勢にかなっているかを測りながら、別に一家の礼式を創設すべきである。葬祭について私は過去に「哀敬編」を書き、冠礼(成人の儀式)についても小著がある。なるべく簡潔明瞭で、人が行い易いことが肝要である。ただ婚礼だけは事が二つの家に関わることであるから、好き勝手なことはできない。事を急がずに別のものとして扱うべきである

【ビジネス的解釈】
冠婚葬祭については、華美であることを避け、簡素なしきたりで臨むべきで、葬儀では哀しみを、婚礼では喜びを共有する場作りが必要である。


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