今日の神坂課長は、A県立がんセンターの消化器内科を訪ねたようです。
「なんだ、神坂。また昼飯をせびりにきたのか?」
「多田先生、そういう訳ではないのですが、お昼になるとなぜか先生の顔が目に浮かぶんですよね」
「それを『せびる』って言うんだ! まあ、いいか。あと30分、内視鏡の点検でもやって待っててくれ。今日はラーメンだぞ!」
「ありがとうございます」
二人は病院近くの人気ラーメン店に入ったようです。
「へぇー、ここのとんこつラーメンはあっさりしていますね」
「ここは鹿児島ラーメンの店でな。鹿児島のとんこつラーメンは、あっさりしたのが多いんだ。ただし、食べているうちにとんこつの旨みが口の中に広がるんだよ」
二人は黙々とラーメンをすすっています。
「あー、旨かった。先生、食後のコーヒーを飲みませんか? もちろん私の奢りで」
二人は喫茶店に移動したようです。
「お前の会社には、今年も新人が入社したのか?」
「はい、今年は3人です。今年も研修講師をやるように言われました」
「そうか。人を育てるときは、個性を大切にしろよ。まちがっても鋳型に嵌めるような教育はするなよ」
「私もそういうのは大嫌いですから大丈夫です」
「若い奴の教育で大事なのは、常にそいつのことを心に留めておくことだ。ただそれだけでいい。無理に育てようとすると碌なことはないぞ」
「それで育ちますか?」
「お前は草花を育てるときに、成長が遅くれている草があったら、茎を引っ張って成長を早めようとするか?」
「するわけないじゃないですか! そんなことしたって、草花は成長しませんよ」
「そのとおりだ。だが、草花だとわかっていることが、相手が人間になるとわからなくなる奴が多い」
「ああ、そういうことですか! 育てようという意識が強すぎると、草花を無理やり引っ張るようなことをしてしまうんですね?」
「気をつけろよ、神坂。常に若手のことを想い、成長を望め。ただし、無理に育てようとせず、やさしさと厳しさをバランスよく与えていくことだ」
「ありがとうございます! そうか、そういうことか! 深いなぁ」
「なんだよ!」
「それで、さっきラーメン屋に連れていってくれたんですね? あの鹿児島ラーメンと同じように、若い奴とはあっさりと付き合え。ただし、付き合うほどにありがたさを感じる上司になれ、というメッセージだったんですね?」
「そこまで考えてないよ! ただ、ラーメンが食いたかっただけだ!!」
ひとりごと
ここで一斎先生が引いているのは、孟子の言葉です。(孟子の言葉にご興味のある方は、第406日の項を御参照ください)
成長を願い、常に気にかけていれば、それが確実に相手に伝わるのだ、ということでしょう。
特に新人教育においては、まず個性教育を重視し、その人の強みを見つけてあげることに力を注ぐと良いかも知れません。
【原文】
忘るること勿れ。助けて長ずること勿れ。子を教うるにも亦此の意を存す可し。厳にして慈。是れも亦子を待つに用いて可なり。〔『言志後録』第160章〕
【意訳】
心から忘れ去ってはいけない。また無理に成長を助長してはいけない。子供の教育においてもこの意識を持っておくべきである。厳しさと慈しみを併せ持つ。これも子供の教育に用いるべきことであろう。
【ビジネス的解釈】
人材育成は、想いが大切である。つねに心に留めておくだけで、無理に手を出さないことだ。