一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年05月

第1570日 「本物」 と 「偽者」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業2課の本田さんと同行中のようです。

「神坂課長、聞いてますか? K医科の細沼部長がパワハラで訴えられたらしいですよ」

「マジか、全然知らなかった?」

「あの人は、大手メーカーから引き抜かれた人で、鳴り物入りでK社に入社しましたからね。こんなに早くそんなことになるなんて、ビックリしましたよ」

「俺はああいう人は苦手なタイプだな。波長が合わない感じがしたよ」

「たしかに、ちょっと似たところもありますし・・・」

「おいおい、一緒にしないでよ。ああいうキレ者というのは、頭が良さそうに思うかもしれないけど、実はそうではないことが多いものだよ。自分でも頭が良いと思っていないから、かえって周囲に対して自分は利口だというオーラを出すんだ」

「そんなものですかね? 『業界を変える!』なんて言ってましたから、格好いいなぁと思ったんですけど」

「それも、俺は高い志を持っていますよというメッセージなんじゃないか。本物はそんなに高らかに自分の志を語りはしないよ」

「なるほど。なんだか最近の課長は達観していますね」

「そうじゃないよ。少しだけ本物と偽者の違いが分かってきただけじゃないかな」

「本物と偽者?」

「偽者は自分の弱点を覆い隠すために、いろいろと無駄な努力をする。本物は弱点も個性だと考えて、弱みにフォーカスせず、自分の強みをより伸ばそうとしている。その違いじゃないか?」

「課長、鋭いですね!」

「なんて言ってる俺も、結局は細沼さんを偽者だと断定することで、自分を上に見立てようとしているだけかも知れないな。あれっ、なにこの曲。すごく良いじゃない?」

神坂課長は、カーラジオから流れて来た曲に興味をもったようです。

「全然知らない曲ですね?」

「お聞きいただいた曲は、H県出身のシンガー、笠谷俊彦さんの『あなたが幸せになれないはずがない』でした」

「笠谷俊彦? 誰だ、それ?」


ひとりごと

自分に人間力がないことに気づいているから、権力と圧力でメンバーをマネジメントしてしまう。

まさに小生がそんなマネジャーでした。

本物は、自分の力を誇示しません。

徳がある人には、命令せずとも人は従うものなのです。

本物を目指しましょう!


【原文】
養望の人は高に似、苛察(かさつ)の人は明に似、円熟の人は達に似、軽佻(けいちょう)の人は敏に似、愞弱(たじゃく)の人は寛に似、拘泥の人は厚に似たり。皆以て非なり。〔『言志後録』第191章〕

【意訳】
名望を得ようとつとめる人は志が高いように見え、人を厳しく洞察する人は明敏であるように見え、技術に熟練している人は完成しているように見え、軽薄で浅はかな人は行動が敏捷に見え、気が弱い人は寛大に見え、ひとつのことに執着する人は篤実に見える。しかしこれらはすべて似て非なる者である

【ビジネス的解釈】
言動や行動だけで人を判断すると大きなミスを犯すことがある。本物を見抜く力をつけなければならない。


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第1569日 「小事」 と 「大事」 についての一考察

ミュージシャンの笠谷俊彦は、H県を中心に活動している、いわゆる「売れないシンガー」である。

かつては大きなレコード会社と契約をしていたが、アルバム数枚を出したのみで解雇され、現在はマイナーレーベルからコツコツとアルバムを出し続けている。

お酒の大好きな笠谷は、マネジャーの和田とふたりで酒を酌み交わしながらつい愚痴ってしまった。

「東京ドームとは言わないけど、もっと大きなステージで歌いたいよ。やっぱり俺には才能がないのかね? それとも運がないのか?」

「笠谷、デビュー曲が大ヒットしたような歌い手は、意外と長続きしないものだ。それはなぜだと思う?」

「なぜって、実力がないのに運だけでヒットしたからじゃないの?」

「それだけじゃないだろう。そういう歌い手は、勘違いするんだろうな。俺はビッグだって。そしてファンを大切にする気持ちを忘れてしまう」

「和田さん、何が言いたいの?」

「今日のライブハウスにも、30人以上の人が集まってくれたじゃないか。あの人たちは、お前の歌が大好きで、お前の歌を聴きたくてわざわざお金を払って来てくれたんじゃないのか?」

「それはそうだろうけど・・・」

「お前はやっと30歳を超えたところだ。まだまだ若い。いつまでも過去の栄光にすがっていないで、自分の足下を見つめる必要があるんじゃないか?」

「自分の足元・・・」

「お前は、ライブハウスで歌うときと、大きなホールで歌うときで、力の入れ具合を変えるのか? それでもプロか? ライブハウスで歌うことを卑下しているようでは、二度と大きな舞台には立てないぞ!」

「和田さん。そのとおりだよ、俺はやっと目が覚めたよ」

「もちろん、ライブハウスで歌うことに満足してはいけないぞ。俺はお前がそこで終わる器だとは思っていない。だから、こうしてマネジャーをやっているんだからな!」

「よし、和田さん、見ててくれ! ライブハウスに来てくれるファンの心を鷲づかみにし続けて、5年後には日本武道館のステージに立ってみせるよ!」


ひとりごと

目の前の仕事をしっかりと処理できなければ、その先にある大きな仕事にたどり着くことはできません。

それはわかっていても、苦境に立たされると心がすさんでしまいがちです。

そこでやる気をなくしてしまえば終わりです。

明日の自分は今の自分がつくるものだ、ということを認識して小事を疎かにしない生き方をします!


【原文】
事に大小有り。常に大事を斡旋する者は、小事に於いては則ち蔑如(べつじょ)たり。今人毎(つね)に小事を区処し、済(な)し得て後自ら喜び、人に向いて誇説(こせつ)す。是れ其の器の小なるを見る。又是の人従前未だ曾(かつ)て手を大事に下さざりしを見る。〔『言志後録』第190章〕

【意訳】
物事には大小がある。常に大事を処理する者は小事を低く見て捨て置く傾向がある。また小事をこまごまと処理し、それが完了すると喜んで人に向かって自慢をする人もいる。これはその人の器の小ささを示すものである。またこういう人はかつて一度も大事を処理したことがないものである

【ビジネス的解釈】
大きな仕事を扱うと小さな仕事を軽視しがちである。また小さな仕事を処理して自己満足しているようでは、大きな仕事はできない。小事の積み重ねが大事となることを忘れてはいけない。


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第1568日 「各自の個性」 と 「仕事の任せ方」 についての一考察

神坂課長は、「ビアガーデンでマネジメントについて語ろう!」というイベントに参加しているようです。(昨日からの続きです)

「話を聞く限り、神坂さんは立派なリーダーですよね?」

神坂課長の右隣に座っている土居さんが話しかけました。

左隣には堺さん、右隣には土居さんが座っているようです。

「え? そんな風に聞こえました。それはマズイですね。私はまだまだ三流マネジャーですよ」

「そうですか? 結構、勉強しているように感じましたけど」

「最近、これまでの分を取り返そうと勉強はしていますが、俄仕込みですから」

「神坂さん、ちょっと相談に乗ってください。なんでもかんでも仕事を抱え込む奴っているじゃないですか? そういう部下にはどういう風に接しますか?」

「私からみたら、今の時代にそんな人がいたら貴重な気がしますけどね。どちらかというと責任を取りたくないから単独で仕事をするのは嫌だ、みたいな輩の方が多くないですか?」

「ところがウチの会社にはそいうのが居ましてね。毎回、仕事を抱え込んだあげくに、もう駄目だとギブアップするのですが、そのときにはもう収拾不能な状態になっているのです」

「それはキツイですね。そこからリカバーするのは大変でしょうね」

「先週もメンバーみんなで休日出勤する羽目になりましたよ」

「それは勘弁して欲しいな。それなら、なるべく仕事をひとりに振らずに、チームでやらせたらどうですか?」

「仕事をいくつかの作業に分解して渡すイメージですかね?」

「そうですよ。最初は仕事の進捗にあまり影響を与えないような作業から渡して、徐々にチームに貢献する喜びを植えつけていけば、そのうちチームで仕事をする上で何が必要かを悟る気がします」

「なるほどなぁ。神坂さん、やっぱり凄いじゃないですか?」

「ははは。照れますね。こんなに褒められたのは久しぶりですよ。実は、今日みたいな暑い日はビアガーデンで飲みたいなと思って仲間を誘ったら全員から断られましてね。それで、仕方なくネットでビアガーデンを探していたら、このイベントの存在を知ったんです」

「マネジメントを語ることより、ビールが目的?」

「はい、その通り。では10杯目のおかわりをもらってきます!」


ひとりごと

孔子の門下に子路というお弟子さんがいます。

孔子から「人を兼ぬ」つまり、人の仕事をも奪ってしまうようなタイプだと言われていました。

一方、冉求という引っ込み思案のお弟子さんもいました。

この二人が「話を聞いてよいと思ったことは直ぐに実行すべきか?」と孔子に質問をします。

孔子は、子路に対しては、父や兄に相談してから進めなさい、と答えたのに対し、冉求に対しては、「すぐに実行しなさい」と答えます。

まるで軸がブレているかのようですが、実は、弟子のそれぞれの個性を活かして育成するという孔子の教育に関する軸からみれば、まったく齟齬をきたしていないのです。

その人に合わせた課題を設定するのも、リーダーの大切な任務です。


【原文】
人、或いは性迫切にして事を担当するを好む者有り。之を駆使するは卻って難し。迫切なる者は多くは執拗なり。全きを挙げて以て之に委ぬ可からず。宜しく半ばを割きて以て之に任ずべし。〔『言志後録』第189章〕

【意訳】
人にはせっかちでかつ自ら背負い込むことを好む人がいる。こういう人はかえって扱いづらい。せっかちな人は大概片意地をはるものである。こういう人にすべてを任せることはできない。半分ほどに分けて任せるのが良い

【ビジネス的解釈】
仕事を抱え込むタイプは、手遅れになってから仕事を手放す傾向がある。こういう人には仕事を半分くらい任せて様子をみるのがよい。


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第1567日 「節度」 と 「修身」 についての一考察

今日の神坂課長は、「ビアガーデンでマネジメントについて語ろう!」というイベントに参加しているようです。

「へぇ、神坂さんは医療器械を販売しているんですか? 病院周りって大変だって聞きますよ」

「堺さん、そうでもないですよ。薬の営業よりは現場に入りやすい分、営業もやりやすい環境にはありますから」

隣に座ったのは同年代の堺さんのようです。

「私の会社は印刷物全般を扱っているんですけどね。ネット通販の普及で価格破壊がおきていて、生き残るだけでも大変なんです」

「堺さんは、そこで営業をしているんですか?」

「はい、営業部でリーダーをしています。まぁ、部下は4人だけですけど」

「私も直属の部下は5人です。ところで、マネジメントではどんなことに悩んでいるのですか?」

「やっぱり社員さんの定着ですかね。いまの若い人は、優しくすればつけあがり、厳しくすれば辞めてしまう。いったいどういう対応をすれば良いのか分からず悩んでいるうちに胃に潰瘍ができました」

「あらあら、深刻ですね。私は結構言いたいことを言ってしまう方なので、いつも後で反省しています」

「ははは。でも、それで社員さんが辞めないというのは凄いなぁ。なにか秘訣があるんですか?」

「いやいや、特にないですよ。あー、でも部下の連中にも言いたいことを言わせているというのはありますね。だいたい今年2年目の若造なんて、私のことを『カミサマ』なんて呼んで馬鹿にしていますからね」

「それを許しているんだ、心が広いなぁ」

「許しているわけではないですが、聞きやしないんです」

「なんか御社の雰囲気の良さが伝わってくるなぁ。やっぱり一方通行は良くないですよね」

「そうかも知れませんね。あとは、何事もバランスじゃないですか? 寛大さも度を越せば放任になるし、しっかりと行動をみてあげることは大事だけど、細かすぎても駄目。かといって雑なのももちろん駄目ですよね。それにリーダーは決めるのが仕事だとは思いますが、それが独断になっても危険です」

「おっしゃるとおりですね。どんな立派な徳目も度を越せば良くない結果を生むわけだ」

「そうそう。お酒だって百薬の長だなんて言われますが、飲みすぎれば体を壊しますからね」

二人はふと冷静になって顔を見合わせました。

「まだ30分しか経ってないのに、お互いにこれで6杯目ですよね! でも、ビアガーデンに来た以上、なるべくコストパフォーマンスを上げたいからなぁ」

「同じくです!」


ひとりごと

伊達政宗五常訓にはこうあります。

仁に過ぎれば弱くなる。
義に過ぎれば固くなる。
礼に過ぎれば諂いとなる。
智に過ぎれば嘘をつく。
信に過ぎれば損をする。

どんな素晴らしい徳目も、度を超えてしまえば徳目でなくなるということでしょう。

マネジメントをする上でも大切にしたい言葉です。


【原文】
寛なれども縦ならず。明なれども察ならず。簡なれども麤(そ)ならず。果なれども暴ならず。此の四者を能くせば、以て政(まつりごと)に従う可し。〔『言志後録』第188章〕

【意訳】
寛大であるが放縦にはならない。明晰ではあるが深く探ることはしない。簡潔であるが粗略ではない。果断ではあるが暴力的ではない。この四点を身に修めることができれば、正しい政治が行え、人々は従うであろう

【ビジネス的解釈】
寛大、明晰、簡潔、果断であることは重要なことではあるが、それが過ぎると弊害となる。常にバランスを、と一斎先生は言います。


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第1566日 「平常心」 と 「人心把握」 についての一考察

今日の神坂課長は、読書会で知り合った松本さんと食事をしているようです。(松本さんについては、1213日、1516日をご覧ください)

「フミさんの周りにはいつも人が集まってきますよね。やっぱり徳のある人は違うなぁ」

「ノー。ゴッド、そんなことはないんだよ。私は元々は瞬間湯沸かし器だったんだから」

「えーっ、信じられません!」

「例のリーマンショックのときは、社長である私も随分動揺していたんだろうね。それが見事に社員さん達にも乗り移ってしまって、会社全体がバタバタしてしまったんだ」

「ほぉ」

「そのときに悟ったの。トップはどんなことがあっても動じてはいけないなって。心で泣いても顔には笑顔を絶やさないようにしようと決めたんだよ」

「すごいなぁ。そう決めてすぐにできるものですか?」

「とんでもない! 随分苦労したよ。そして、古典を読むことに道を求めたのさ」

「なるほどなぁ。やっぱり心穏やかな人の周りに人は集まるんだろうな。私みたいにすぐに感情的になる奴からはみんな逃げていきますよね」

「ノー。感情的になること自体が悪いわけではないと思うよ。私的な感情がいけないんじゃないかな。たとえば哀しんでいる社員さんがいたら、一緒に泣いてあげることはむしろ良いことだと思うもんね」

「そうですよね。自分の損得のために感情的になるのは良くないということですね。ただ、カッとなるというのはその部類ですね」

「オー、イエス! 私の若い頃はまさにそれだった。すぐに『馬鹿者!』って叫んでたからね」

「信じられないなぁ。物事に一喜一憂しない心を鍛えるには、やっぱり古典が良いですか?」

「うん。まぁ、年齢にもよるけどね。あまり若いときに読んでも経験に照らすことができないから、意外と腹に落ちないかも知れないね」

「フミさん、ありがとうございます。大変、勉強になりました。私もフミさんみたいな親爺を目指します!」

「サンキュー、ゴッド。でも、それほど大したジジイじゃないよ」

「いや、すごいジジイです! ところで、そろそろその『ゴッドはやめてもらえませんかね?」


ひとりごと

この章を読んで、これまでに何度か紹介してきた荀子の至言を思い出さずにはいられませんでした。

【原文】
君子の学は通ずるが為めに非ず。窮するとも困まず憂うるとも意の衰えず、禍福終始を知りて心の惑わざるが為めなり。

【訳文】
君子の学問とは、立身出世のためにするのではない。窮するときも苦しまず、幸福なときも驕らず、物事には始めがあれば終わりがあることを知って、どんなときも平静な心で対処できる人間となるために学ぶのだ。

真の学問とは、禍福終始に一喜一憂しない心を養うことである。そして、一喜一憂しない心が養われれば、人はおのずとついてくる。

学問をする意味をもう一度心に刻んでおきましょう!


【原文】
事を処するに平心易気なれば、人自ら服し、纔(わず)かに気に動けば、便ち服せず。〔『言志後録』第187章〕

【意訳】
物事を処理する際に、心が平静でゆったりとしていれば、人は自ら従うものである。ところが感情に負けて動いてしまうと、人は従わなくなる

【ビジネス的解釈】
いつも穏やかな人の周りには自然と人が集まってくるが、すぐに感情的になる人からは人は遠ざかるものだ。


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