一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年06月

第1600日 「先憂」 と 「後楽」 についての一考察

今日の神坂課長は、A県立がんセンターの多田先生を訪ねたようです。

「おお、神坂。ちょっと待ってろよ」

多田先生は、若手医師達に内視鏡処置のテクニックを教えているところのようです。

「やぁ、神坂。待たせて悪かったな。例の資料、持ってきてくれたか?」

「はい、カタログと見積りをお持ちしました」

「ありがとう」

「多田先生は、いつも惜しみなく技術を教えていらっしゃいますよね?」

「まあな。今の時代、俺の背中を見て覚えろなんて言ったって、誰も覚えやしないからな。俺が若手の頃は、自分で盗めなんて言われたけどな」

「ははは、それ、営業の世界も同じです」

「そうだろうな。今の若い奴らは教えてもらうことが当たり前だと思っているからな」

「でも、先生。せっかく先輩の背中をみて覚えた技術を教えるのは勿体ないと思いませんか?」

「まったく思わないな。俺は常に学び続けているからな。彼らに教えていたのは基本技術だ。俺はすでに応用編の最先端にトライし続けている。だから、まだまだあいつらに簡単に追いつかれるようなことはないさ」

「なるほど」

「神坂、後輩や部下から教えて欲しいと言われたら惜しみなく与えろ。教えることで学ぶこともあるからな。ただし、お前自身は教えて欲しいと思っても、簡単に先輩や上司に聴くなよ」

「なぜですか?」

「悩んで、もがいて、自分で考えるから人間は成長できるんだ。そんな貴重な機会を簡単に手放して、答えを求めていたら、そこで終わりだ!」

「たしかにそうですね。でも実は正直に言うと、ちょっと惜しいなと思いながら教えています」

「それは、お前と俺の人間の器の違いだな。お前は小物だからな」

「ちぇっ、今すぐ資料を持ってこいというから、一杯飲みに行くのをやめて持ってきたのに、酷い言われようだな」

「あ、そうだったな。それは悪かった。じゃあ、お詫びにこれから飲みに行くか?」

「待ってました! 先生、とびきりのお店を紹介してくださいね!」

「それはダメだ。実は今から俺の隠れ家に行こうと思っていたんだが、そこはお前には教えられないな。いつもの割烹に行こう」

「なんか、さっき言ってたことと違うような・・・。まぁ、いいか。あの割烹も私の身分からしたら高級割烹ですからね!」


ひとりごと

リーダーとして、部下や後輩から支援を求められたら惜しみなく手を貸すべきでしょう。

しかし、与えるのは良しとしても、求めるのは避けろ、と一斎先生は言います。

まずは自分でもがき、苦しみ、考える。

それが、後に自分の血となり肉となり、後輩の窮地を救う経験となるからでしょう。

まさに先憂後楽の境地ですね。


【原文】
人の物を我に乞うは厭う勿れ。我の物を人に乞うは厭う可し。〔『言志後録』第221章〕

【意訳】
人が自分に物の提供を求めてきたときは嫌がってはいけない。しかし自分が他人に物を乞うことは避けるべきである

【一日一斎物語的解釈】
自分の経験や知識は惜しみなく与えよ。しかし、他人に求めることはするな。


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第1599日 「名声」 と 「貢献」 についての一考察

ミュージシャンの笠谷俊彦は、新境地を開拓すべくもがき続けていた。

連日のように作詞家ふちすえあきのもとを訪ね、次のアルバムのコンセプトを練り上げている。

「ふちさん、俺はこの際、『笠谷俊彦』という名前を捨てて、違う名前でやり直した方がいいのかな?」

「笠谷、お前がメジャーレーベルでデビューし、ドラマの主題歌を歌ったのは事実だ。その名声を無理に捨てることはないだろう」

「でも、たとえば赤坂小町というアイドルグループは、バンド名を変えてメジャーになりましたよね。プリンセス・プリンセスという別のバンドとして」

「彼女たちは名前を変えたから売れたわけではないだろう」

「それはそうでしょうけど・・・」

「笠谷、売れたい気持ちはわかる。しかし、売れるために手段を選ばないというのはどうかと思うぞ。まずは、良い曲を歌うことを心がけるんだ」

「そうでしたね。やっぱり俺、売れたいんですよね。もう一度、大きなホールを埋め尽くしたオーディエンスの前でスポットライトを浴びたいんですよ」

「笠谷、売れる歌をつくりたいなら、俺は降りるぞ」

「え?」

「前にも言ったよな。俺は売れる歌が書きたいんじゃない。挫折した人の心に生きる勇気、再び立ち上がる力を与えたいんだ。お前の声をはじめて聴いたとき、お前の声なら俺の想いは伝わると直感したんだ」

「そ、そうだったんですか!」

「なぁ、笠谷。アルバム自体をコンセプトアルバムに仕立てよう。成功、挫折、どん底、そして再起という物語を一枚のアルバムで作り上げよう」

「ふちさん、本当にすみません。俺はすぐに心がブレるんです。すぐに俺の中の売れたい虫が動き出すんです。でも、今の話は心に沁みました」

「お前は歌い手ではなく、歌う語り部を目指せ。これから、お前のライブはミュージカルになるんだ。ただし、ステージにスクリーンはない。観客の心の中のスクリーンに客の数だけ別々の物語が映し出されるんだよ!」

「すごいですね! そんなライブをやれたら、ミュージシャンとして最高ですよ!」


ひとりごと

誰しも他人から認められたいという承認欲求を持っています。

しかし、承認されれば満足かというとそうではありません。

人の役に立ちたいという貢献欲求も満たされて、はじめて人は幸せを感じることができます。

そうであるなら、まずは人から認めてもらおうと思う前に、人のお役に立とうと決めて動き出すべきではないでしょうか?


【原文】
名は求む可からずと雖も、亦棄つ可からず。名を棄つれば斯に実を棄つ。故に悲類に交わりて以て名を壊(やぶ)る可からず。非分を犯して以て名を損す可からず。権豪(けんごう)に近づきて以て名を貶(おと)す可からず。貨財に黷(けが)されて以て名を汚(けが)す可からず。〔『言志後録』第220章〕

【意訳】
名誉というものは自ら求めるべきものではないが、さりとて敢えて棄てるべきものでもない。名誉を棄てれば実を棄てることになる。だから人の道に外れた人に近づいて名を台無しにしてはいけない。人の分際をこえた非道なことをして名を損じてはいけない。権力や財力のある人に近づいて名を貶めてはいけない。貨財を不正にむさぼって名を汚してはいけない

【所感】
地位や名声というものは求めるものでもなく、あえて捨てるものでもない。来るものは拒まず、去るものは追わずで、自分の力量以上のことをしたり、権力者に阿ったり、不正をしてまで求めるようなことだけは絶対に避けるべきである。


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第1598日 「心の安定」 と 「仕事の成果」 についての一考察

今日の神坂課長は部下の石崎君と同行しているようです。

「石崎、さっきお前、有田先生の前でムッとしただろう?」

「え、顔に出てました?」

「思いっきりな!」

「だって、あの先生の言うことは滅茶苦茶ですよね。『半額にしろ』はないですよ!」

「そりゃそうだが、顔に出すのはプロとしてはマズいな」

「課長は昔から顔に出さずに対応できたのですか?」

「石崎、俺ができたと思うか? むしろ、先生とつかみ合いの喧嘩をしたこともある男だぞ。そんなことは、自慢にはならないけどさ」

「ははは。安心しました。どうやって克服したのですか?」

「克服できてはいないと思うけど、商談やクレームの前には、事前準備としてシミュレーションをして色々なパターンを想定するようにしたな」

「そうか、たしかに予想外のことが起きると心が乱れますよね?」

「そうだよ。人間だから毎日色々なことがある。カミさんと喧嘩した日はむしゃくしゃするし、やる気の出ない日もある。二日酔いで吐きそうな日もあるし、風邪をひいて体調が最悪の日もある。こんな俺だが、そんなときでも、なるべくお客様の前では普段と変わらない自分でいようと努力はしてきたつもりだ」

「巨人が負けた次の日もですか?」

「おお、そうだ。特に大逆転でサヨナラ負けをした翌日なんて、巨人ファン以外の奴をみると殴りたくなるけどな。そこを我慢して心を鍛えてきたんだ」

「なかなか難しいですよね。私は彼女と喧嘩した次の日は、全然仕事をする気になれません」

「でもな、石崎。お前や俺が彼女と喧嘩しようが、体調が悪かろうが、巨人が大敗しようが、お客様には関係のないことじゃないか。プロならそんなときでも笑顔で接するべきだと思わないか?」

「たしかにその通りですね」

「たとえ本心は揺れ動いていても、お客様の前では心を安定させて接する。これがプロの営業人だよな!」

「はい、私も心を鍛えます!!」


ひとりごと

学問は、禍福終始を知って惑わないためにするものだ、とは荀子の言葉です。

とはいえ、凡人の小生は、小さなことにもすぐに心が反応してしまいます。

『書経』にも五事を正す、という教えがあり、近江聖人・中江藤樹先生はこの教えを大切にしました。

五事とは、貌・言・視・聴・思の五つです。

まず冒頭に貌があります。なるべく穏やかで温和な表情を心掛けよ、ということです。

心を鍛えないと、貌を正すことは難しいですね!


【原文】
「心躁なれば則ち動くこと妄、心蕩なれば則ち視ること浮(ふ)、心歉(けん)なれば則ち気餒(う)え、心忽なれば則ち貌(かたち)惰り、心傲なれば則ち色矜(ほこ)る」。昔人(せきじん)嘗て此の言有り。之を誦して覚えず惕然(てきぜん)たり。〔『言志後録』第219章〕

【意訳】
「心が騒げば動きも乱れる、心にしまりがないと見ることも落ちつきを失い、心が充実していないと気がおとろえ、心がおろそかであると表情もしまらず、心が傲慢であると顔色にも驕りがみえてしまう」昔の人はかつてこう言った。これを暗誦して思わず恐れ慎まざるを得ない

【一日一斎物語的解釈】
なるべく心を平静に保つことが、物事を首尾よく運ぶための秘訣である。人と接するときは、喜怒哀楽を表に出さない努力をすべきだ。


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第1597日 「学び」 と 「仕事」 のバランスについての一考察

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんが開催している『論語』を読む会に参加しているようです。

今日は、『論語』子張第十九篇にある、『子夏曰わく、仕えて優なれば則ち學ぶ。學びて優なれば則ち仕う』について考えてみましょう」

「よろしくお願いします」

「意味は、テキストにあるように、『子夏が言った。仕えて余力があれば学ぶ。学んで余力ができれば仕えるのがよい』となります」

「サイさん、仕えるというのは、現代で言えば仕事に就くということで良いのですか?」

「神坂君、そうだね。ここは仕官するという意味だけど、まあ政治に限る必要はないでしょう」

「『学んで余力があれば仕事をするというのでは、私たちは生きていけないですよね。ここはどう読みますか?」
参加者の松本さんです。

「松本さんのおっしゃるとおりです。私はこの言葉をこう捉えています。今の時代は学校で時務学は教えますが、人間学は教えません。しかし、世の中に出てから本当に必要なのは人間学です。だから、人間学をしっかり学んでから社会に出るべきだ、と読み替えています」

「なるほど。しかし、学校ではようやく道徳が復活したくらいですから、なかなか難しいですね」

「そのとおりです。しかし、すでに社会人となってしまった我々にとっては、『仕えて余力があ
れば学ぶ』という方がより難しいでしょうね?

「サイさん、なぜですか?」

「社会人になると仕事に忙殺されて、学ぶことをやめてしまいがちじゃないかな?」

「たしかにそうですね。そして40歳を超えたくらいで、必要性に迫られて付け焼刃のような学びを始める。まさにそれが今の私です・・・」

「ははは。学び始めるのに遅すぎるということはないよ。でも、やはり早いに越したことはないよね」

「たしかに今の学校教育は、一番大切な学問が教えられていないのでしょうね?」

「そう思う。かつての日本は、寺子屋などでそうした学問を中心に学童教育を行っていた。だから、利他の心をもった思いやりのある人が育ったんだね」

「学校教育の改革を願ってばかりいても、何も変わりませんから、せめて会社の中でこうしたことを教えていくというのが、今我々に出来ることでしょうね?」

「神坂君、ぜひ実践してください!」


ひとりごと

働き方改革関連法案が次々と施行されていく中で、これからは時間が余り始めます。

その時間を学びに当てるのか、遊びに使うのか、その選択は各自に委ねられています。

つまり、働き方の目的が問われる時代がやってきたのです。


【原文】
「学んで優なれば則ち仕うる」は做し易し。「仕えて優なれば則ち学ぶ」は做し難し。〔『言志後録』第218章〕

【意訳】
学んで余力があれば仕官する、というのは実行し易いが、仕官して余力があれば学ぶ、というのは実行し難いことである

【一日一斎物語的解釈】
学校教育において、人間学を学ぶことができない現代においては、人間学を学ぶための時間を創るか創らないかは、各自に委ねられている。学ばねばならない。

                               
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第1596日 「心のゆとり」 と 「求心力」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と共に、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生の御自宅を訪ねているようです。

「長谷川先生、週末はおひとりで過ごされることが多いのですか?」
神坂課長が尋ねたようです。

「男やもねだからねぇ。以前は息子夫婦が心配してよく来てくれたんだけどね」

「最近は来られないんですか?」

「うん。この年になると何かと気忙しくなるみたいでね。息子にいろいろと小言を言ってしまうんだ。それが嫌なんだろうね。最近は寄り付かなくなってしまったよ。盆と正月だけは孫の顔を見せに来てくれるけどね」

「長谷川先生が小言を言われるなんて、想像できないです」

「そう言ってもらえるとうれしいな。60歳を超えてからは、なるべく心に余裕をもって人に接することを意識してきたからね。ね、佐藤さん?」

「ははは。そうですね、以前の長谷川先生は部下の先生方にはとても厳しかったですからね」

「そうそう。今でもたまに私に相談に来てくれる先生方もいるんだけど、そういう先生方には、あまり細かいことは指摘せず、気持ちにゆとりをもって接しようと意識しているの」

「そうなんですか! そのお話は何度聞いても信じられないです。私には、長谷川先生は仏様の顔にしか見えませんから」

「神坂君、こんなところでそんなお世辞を言ったって、コーヒーのお替りくらいしか出せないよ。(笑)」

「お世辞だなんて! 心からそう思っています」

「ありがとう。年とともに心に締りをつけるのが難しくなるから、常にそのことを意識しておく必要があるようだよ。森信三先生は、こんなことを言っている。『人は退職後の生き方こそ、その人の真価だといってよい、退職後は在職中の三倍ないし五倍の緊張をもって晩年の人生と取り組まねばならぬ。』とね」

「そうなんですね。いまのままだと定年後は毎日家にいてゴロゴロしているだけになりそうです。先生をお手本にさせて頂いて、退職後に真価を発揮できるような生き方をします!」

「うん、そのためには今が大事だからね!!」


ひとりごと

心にゆとりがないと、自分のペースを相手に押し付けてしまいがちです。

人それぞれ、歩むペースは違います。

それを受け入れて、本当に大切なことだけを指摘するというスタンスでいないと、メンバーから距離を置かれてしまうことになります。

これは小生の実体験からの言葉ですから、なかなか説得力があるのではないでしょうか?


【原文】
人は老境に至れば、体漸く懶散(らんさん)にして、気太だ急促(きゅうそく)なり。往往人の厭う所と為る。余此を視て鑑(かん)と為し、齢六十を踰えて後、尤も功を着け、気の従容を失わざるを要す。然れども未だ能わざるなり。〔『言志後録』第217章〕

【意訳】
は老境に至ると、身体に緊張感がなくなって、気持ちは気忙しくなる。そのためときに人から嫌われることになってしまう。私はこれを鑑として、六十歳を越えた後はいよいよ修養を心がけ、気持ちをゆったりとするように意識しているが、いまだ十分とはいえない

【一日一斎物語的解釈】
年齢とともに、自分では気づかないうちに気忙しくなるものだ。他人から距離を置かれないためにも、心を磨き、常に心に余裕をもって人と接することを意識するとよい。


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第1595日 「能力」 と 「活用」 についての一考察

今日の神坂課長は、評価会議を終えて、大累課長と夕食を共にしているようです。

「俺は最近つくづぐ思うんだけどな。ウチの会社は良い奴ばっかりだよな」

「ははは。ちょっと前は逆のことを言ってましたよね。『ウチの会社はクズばっかりだ』ってね」

「え、そうだっけ? それいつごろ?」

「4~5年くらい前じゃないですか?」

「じゃあ、それほどメンバーは入れ替わっていないよな。ということは、俺の見方が変わったってことかな?」

「そうですよ、きっと。人間的に成長したから、他人の良い所が見れるようになったんですよ」

「なるほどな。俺も少しは成長しているのかぁ」

「あの傍若無人な人がよくぞここまで。うれしくて泣けてきます」

「やかましいわ! そういうお前だって変わったじゃないか。最近は、社内でドンパチやっていないしな」

「それはそうですよ、そのドンパチの相手は大概、お隣に座っていらっしゃるカミサマだったんですから!」

「ゴン」

「痛っ。なにしやがるんだ!」

「って、なってたわけか? お互い成長したんだな」

「それを確認するために、簡単に人を殴るのやめてもらえません?」

「たしかに、今はウチのメンバーのそれぞれの長所が見えるようになった。それぞれにもちろん短所もあるけど、会社の役に立てるだけの長所をみんな持っているよな」

「その能力を活かすも殺すも、上司である我々次第なわけですね」

「そういうことになるな。しかし、そう考えると、お前とか俺みたいなやんちゃな野郎を上手に育て上げた佐藤部長はやっぱりすごい人だということになるな」

「本当ですね。でも、佐藤部長が言ってましたよ。自分はどちらかといえば企画屋で、俺たちは実働部隊だと。いくら企画屋が立派なシナリオを書いても、実働部隊がその通りに動いてくれなかったら成果は出ない。だから我々に感謝をしているって」

「そうやって人の美点を見れる上司の背中を見てきたから、俺たちも少しずつ変わってきたんだな。背中を見せるのは大事だぞ、大累!」

「そうですね。でも、神坂さんは裸は見せない方がいいですよ。背中にタトゥーがあるのがバレますから!」

「ゴン」

「痛っ」

「刺青なんてねぇわ!!」


ひとりごと

「人各おの能有り。器使す可からざる無し」という言葉も、蓋し名言ですね。

小生がマネージャーに成り立ての頃は、すべてのメンバーを自分が勝手につくりあげた理想の型にはめ込もうとしてもがき、メンバーを苦しめていたように思います。

それぞれの個性を活かし、長所を見出して活躍してもらう。

それがリーダーの真の役割なのです。

お若いリーダー諸氏はぜひそのことを念頭において、日々のマネジメントにお励みください。


【原文】
人各おの能有り。器使(きし)す可からざる無し。一技一芸は皆至理を寓す。詞章筆札(ししょうひつさつ)の如きも亦是れ芸なり。蓋し器使中の一のみ。〔『言志後録』第216章〕

【意訳】
人にはそれぞれ異なった能力がある。その長所をうまく活用すべきである。どのような技芸にもまっとうな道理が存している。詩や文章を書くことも芸のひとつであって、活用すべき技芸のひとつにすぎない

【所感】
人は誰しも世の中の役に立つ長所をもって生まれてくる。その長所を見出し、長所を活かす仕事をさせて成果をあげるのが上司の役割である。


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第1594日 「完璧」 と 「不完全」 についての一考察

J医療器械では、前期の評価会議が行われているようです。

参加者は、西村総務部長、大竹総務課長、鈴木人事課長、佐藤営業部長に神坂・大累・新美の営業部の3人の課長のようです。

「清水君は成績はずば抜けているが、やはり行動評価の面では協調性等に問題があるよね。S評価までは与えられないかな?」
西村部長です。

「今期はだいぶ変わってきたんじゃないのか、新美?」

「はい、神坂さんの言うとおりで、今期はチーム全体のことを考えて行動してくれました。それにあれだけの成果を上げながら、残業時間は社内で最も少ないのも評価すべきだと思います」

「サトちゃんはどう思う?」

「そうですね。成績は文句のつけようがありません。行動評価については、西村さんがご指摘の点が彼の課題ではありますが、決して組織の和を乱しているわけではありません。完璧な人にしかS評価を与えられないとするなら、S評価を取れる人はいなくなるでしょう。ここはS評価で問題ないと思います」

「異論のある方はいますか?」
司会の鈴木課長です。

「いらっしゃらないようなので、清水君はS評価とします。新美君、ぜひ清水君には協調性の課題をしっかり伝えて更なる改善を図るように指示してください」

「はい、承知しました」

評価会議後、営業部の3課長が喫茶コーナーで談笑しています。

「神坂さん、清水さんの件、フォローしていただいてありがとうございます」
新美課長が切り出しました。

「そもそもウチの会社に完璧な人間なんかいるはずないんだから、細かい点は目をつむる必要があるからね。なぁ、大累」

「そうですね。ある程度は清濁併せ呑むという意識が必要でしょうね。道徳的な観点からみて問題があるようなメンバーは減点対象となるでしょうけど」

「雑賀は相変わらず遅刻が目立つもんな」

「そうなんですよ、残業時間も社内一ですしね」

「そもそも俺も以前は時間ギリギリで出社していたから、少しでも電車が遅れると遅刻するような人間だったからなぁ。偉そうなことはいえないけど、佐藤部長が言ったように、組織の和を乱すような行動は改善させないといけないよな」

「そこは引き続き指導していきます」

「完璧な人というのは、目指すべきではあっても、実際には存在しないからな。ひとつずつ自分の課題を改善していくしかないよな」


ひとりごと

自分自身が完璧でないことには気づいているのに、部下や後輩に完璧を求めてしまう

そんな経験がありませんか?

もし、部下や後輩を大きく育てたいなら、小さなことには目をつむり、失敗を容認し、チャレンジさせるしかありません。

そのときの規準は、倫理的・道徳的な逸脱行為があるかないかだ、と一斎先生は教えてくれます。


【原文】
人の賢不肖を論ずる、必ずしも細行を問わず。必ず須らく倫理大節の上に就きて、其の得失如何を観るべし。然らざれば則ち世に全人無けん。〔『言志後録』第215章〕

【意訳】
人が賢いか否かを論ずるときは、必ずしも細部の行動を問題にすべきではない。必ず総合的に倫理道徳の根本に照らして、その行動の得失を観察すべきである。世の中に完全な人はいないのであるから、そうするしかないのだ

【一日一斎物語的解釈】
人を評価する際は、あまり小さな点には目をつむり、倫理的・道徳的な観点から判断することを基本とすべきだ。完璧な人間を求めていては、組織を強くすることはできない。


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第1593日 「家族」 と 「小動物」 についての一考察

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と「季節の料理 ちさと」で一杯やっているようです。

「うちのマンションでは、本当はダメなんですけど、最近、カミさんが手乗り文鳥を飼い始めたんです」

「息子たちが言うことを聞かなくなったし、旦那はほとんど家にいないしで、寂しくなったんじゃないの?」

「たぶんそうだと思います。まあ、亭主に関しては、元気で留守がいいと思っているでしょうけど」

「うちはおかあちゃんとラブラブだからね。今でも一緒にお風呂に入るくらいだから」

「それ、前にも聞きましたけど、気持ち悪いから二度と言わないでください。酒が一気にまずくなります」

「そこまで嫌がる? 最高の夫婦愛の話だよ」

「夫婦愛はすばらしいなとは思いますけど、風呂は入らないでしょう、いい年して!」

「年は関係ないよ! それで、奥さんは文鳥が来てからどうなの?」

「まるで自分の子供のように可愛がっていますよ。息子たちも動物好きなので、たまに手に乗せて可愛がってます」

「おお、いいじゃない。なかなか仕事は思い通りにいくものではないから、男は気持ちが殺伐としがちだけどさ。たまには心を落ち着けて家族と接してみると、すごく心がやすらぐものだよ。まるで、カミさんや子供たちの言葉が美しい音楽のように聴こえてくるでしょう」

「風呂の話から一転して、突然詩人になりましたね、タケさん」

「俺はもともと詩人だよ。常に俺の頭には歌が溢れているからね」

「駄目だ、このおっさん。完全に酔っ払ってるな。まあ、たしかに家族の存在に救われることはありますよね。この前、目の前を歩いている親子が手をつないでいるのをみて、そういえば俺も数年前までは息子と手をつないで歩いていたな。もう、奴らと手をつなぐことはないだろうな、と寂しくなりました」

「大丈夫、次はお孫さんと手をつなげるときが来るからさ」

「なるほど、あいつら結婚するのかな?」

「日本の将来のためにも結婚してもらわないとね。そのためには、神坂君!」

「な、なんですか?」

「奥さんと一緒にお風呂に入るところを息子さん達に見せて、『夫婦っていいなと思わせないと!」

「だから、その話はやめろって言ってるだろ!!」


ひとりごと

小生の家でも最近、手乗り文鳥を買い始めました

なんとなく子供がひとり増えたような感じで、家の中の雰囲気がやわらいだ印象があります。

実家では、母が猫を4匹飼っていて、まるで自分の子供のように接していますが、それが元気の源になっているようです

もともと動物があまり好きではない小生ですが、女性の母性本能を癒すためには、小動物の存在は重要なのだとあらためて感じました。


【原文】
平心に之を聴けば、婦人孺子の語も亦天籟なり。〔『言志後録』第214章〕

【意訳】
心を落ち着けて聴いてみれば、婦人や子供の話もまた天地自然の道のはたらきを示す絶妙なメロディのようである。

【一日一斎物語的解釈】
仕事に追われて心が殺伐としているときこそ、時には心を落ちつけて家族と接してみるとよい。家族の存在に救われることに気づくはずだ。


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第1592日 「AI」 と 「人材」 についての一考察

大手医療器械メーカーO社のマーケティング部門長である重森正則は悩んでいた。

競合するF社の販売戦略に後手を踏むことが増えており、徐々にシェアを奪われつつあるからだ。

そんなとき、同期で教育研修部門長の雨森(あめのもり)隆が声をかけた。

「シゲ、現場を回ってみたらどうだ?」

「現場? 各地区のドクターなら技術連絡会にお呼びして意見を聞いているぜ」

「そうじゃないよ。現場の営業マンに意見を聴いてみたらどうだと言っているんだよ」

「アメ、現場の営業マンに聞いたって、ロクな意見が出てこないのは目に見えているさ」

「そうかなぁ? じゃあ、各地区の販売店の人に聴くのはどうだ?」

「ディーラーさんは、もっとひどいだろう。とにかく『他社に負けない製品を作れ』というか、『価格を安くしろ』というかのどっちかだよ」

「そう決めつけるもんでもないぜ。この前、販売店研修のプログラムを改訂するための意見聴取でN市のJ医療器械に行ったんだよ」

「ああ、あそこには神坂さんがいるな。あの人は面白い人だけど、正直、マーケティングで参考になるようなことは言ってくれないだろう?」

「神坂さんは、そうかもな。俺もあの人は大好きで、意外と教育についてはいろいろ面白い意見を言ってくれる人だから訪問したんだけどな。あそこに佐藤さんという営業部長がいるんだ」

「その人には会ったことがないな」

「俺も初めて会ったんだけど、なかなか鋭い人だったぞ。AIが既存の仕事を奪っていく中で、これからの人材に必要なのは、創造性とおもてなしの心とマネジメント力だと言っていた」

「へぇ、面白いな。その3つはAIが代替できない能力だということか?」

「そうなんだよ。一番印象に残ったのは、お客様や仲間におもてなしの心を発揮するためには、共感力を磨くしかないという話だった」

「なるほど」

「みな、共感と同情を同じものだと思っているが、それは違う。同情とは上から目線で相手を可哀そうだと思う心だ。だから同情されると人は嫌な気持ちになる。共感というのは、相手の心に自分の心をそっくり移植するイメージだ。もっといえば、相手の姿が自分の姿にみえるような心になることなんだそうだ」

「そんな深い話をされるのか?」

「現場でたたき上げた人の意見というのは馬鹿にできないぞ。俺は大いに刺激を受けて、共感力を磨くプログラムを開発するという大きなヒントを得て大満足で帰ってきたからな」

「そうか、俺も少し現場のベテラン営業マンや販売店のマネージャーさんに会ってみるかな」

「J医療器械さんに行くときは泊まりの予定にしておいた方がいいぞ。神坂さんに飲みに連れていかれるからな!」


ひとりごと

AI時代に活躍する人材はどういう人材なのかについて、田坂広志さんの『能力を磨く』(日本実業出版社)は大いに参考になります

ここに記載した内容も、その本からの引用です。

田坂さんは、AIが代替できない能力として、「クリエイティビティ」・「ホスピタリティ」・「マネジメント」の3つを挙げています。

さらに、その3つの能力を磨くにはどうすべきかについても沢山のヒントが書かれています。

ご一読をお薦めします。


【原文】
文儒は一概に武人俗吏を蔑視す。太(はなは)だ錯(あやま)りなり。老練の人の話頭は、往往予を起す。〔『言志後録』第213章〕

【意訳】
一般に学者と呼ばれる人は、武士や官吏を軽視するところがある。これは大いに誤りである。何事にも熟達した人の話は、往々にして自分を啓発するものである

【一日一斎物語的解釈】
本部スタッフは、現場の人間を低くみる傾向があるが、それはよろしくない。現場でたたき上げた人の話には、大いに啓発されるところがあるはずだ。


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第1591日 「ベテラン」 と 「仕事の本質」 についての一考察

「神坂くーん! 今度の競艇はいつだっけ?」

「か、会長! 仕事中に大きな声で競艇の話をしないでくださいよ~。みんなこっちを見てるじゃないですか!」

「あ、ごめん。少し耳が遠くなってきたからか、声が大きくなりがちでね」

「そういう問題じゃない気がしますけど・・・。競艇はあさってですよ」

「(ひそひそ声で)そうだったね」

「今頃、声を潜めても遅いです!」

「ああ、そういえば昨日、犬飼先生のところに行ってきたよ。先日、梅田君が怒らせちゃったんだろう」

「はい。よく御存知で」

「犬飼先生から電話があってね。『相原さんに文句を言ったらスッキリしたから来なくていいと言われたんだけど、そういう訳にはいかないよね」

「さすがです」

「神坂君、これからの時代は高学歴の人が活躍できるとは限らない時代になってきたようだね」

「どういうことですか?」

「犬飼先生が話していたんだ。これからの医者は知識と技術だけでは生きていけないって。たとえば、診断について言えば、かなりの部分をAIがやってくれる時代が来るし、オペにしたって、ロボット技術が進化すれば、いつかはすべてロボットがやってくれる時代が来るかも知れないそうだよ」

「なるほど、あり得ない話ではないですね」

「これからは益々、医者に人間力が求められる時代になると断言していた。人間力というのは、対人折衝の能力とか直観や智慧を駆使して人の心をつかむ能力のことらしい。リーダーシップもそこに含まれるようだね」

「そうなると高学歴は関係なくなる、ということですか?」

「うん、そうらしい。患者様や仲間のスタッフの気持ちに寄り添うことができる医者が選ばれていく時代になるそうだよ」

それは営業も同じですね。これからの時代は益々、知識と技術だけでは売れない時代になります。まあ、私は昔から知識も技術もないまま営業をしてきましたけど。(笑)」

「学歴もないもんね!」

「それはお互い様です! しかし、ベテランドクターとベテラン営業マンの会話は薀蓄がありますね。すごく勉強になります」

「老人といわず、ベテランというところに神坂君の配慮を感じるな。さすがだよ」


ひとりごと

小生の勤務先には、内視鏡を黎明期から売り続けてきた伝説の会長がいます

時々、小生のところにもやって来て話をしてくれるのですが、今の時代でも参考になるお話が沢山あります。

どれだけ時代を経ても、営業という職業の根底に流れる本質は変わらないということを教えていただける貴重な存在です。


【原文】
老人の話は、苟(かりそめ)に聞く可からず。必ず之を記して可なり。薬方を聞くも亦必ず箚記(さっき)す。人を益すること少なからず。〔『言志後録』第212章〕

【意訳】
老人の話は、いい加減な気持ちで聞いてはならない。必ず記録しておくべきである。薬の処方を聞く場合もまた必ずその都度書き残しておくべきである。ともに後で何かの役に立つことがあるはずである

【一日一斎物語的解釈】
ベテラン社員の話には真摯に耳を傾け、時代を超えた仕事の本質を捉えて記録しておくとよい。


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