一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年07月

第1621日 「女性」 と 「四十歳」 についての一考察

今日の神坂課長は、夫婦水入らずでうなぎを食べに出かけたようです。

「あれ、菜穂。お前、すっぴんで出てきたのか?」

「失礼ね、これでも簡単にお化粧してますけど!」

「あ、そうなの。ごめん」

「なによ、老けたとでも言いたいの?」

「おいおい、そんなにムキになるなよ。すっぴんでも可愛いなと思っただけだよ」

「わー、嘘くさい! よくそんな科白が堂々と言えるわね!」

「お前さぁ、もう少し可愛い女性を目指した方がいいぜ。そのままババアになったら、どれだけ嫌味に磨きがかかるか末恐ろしいわ」

「イサこそ、昔はもっと『可愛い』とか言ってくれたじゃない」

「だから今言ったじゃん!」

「今のは口から出まかせというか、変なこと聞いちゃったから誤魔化そうとしたというか、心からじゃないわよね?」

「心から言ってるのになぁ。あ、そうそう、佐藤一斎先生という昔の偉い学者さんが言ってるんだぞ。女性の四十歳というのは、その後の人生を左右する大事なときだって

「へぇー、そうなの。なんで?」

「そのくらいの年齢になると、人生経験を積んで上手に人付き合いができるようになる半面、姑もいなくなって気を使う必要もなくなるから、お化粧もしなくなったり、嫉妬深くなったりするからだ、と言ってる」

「化粧はしてるって言ってるじゃない! それに嫉妬するほどモテる亭主でもないしね」

「ちっ、それは否定できないけどさ。まあ、お互いに慎ましくしようよ」

「あのね、ひとつだけ言っておきたいことがあるんだけど!」

「なに?」

「あたしはまだ35歳なんですけど!!」

「え、まだそんなに若かったっけ?」

「おい、イサム! その目ん玉引っこ抜くぞ!」

「あ、ほら、ひつまぶしが運ばれてきたよ。さあ、せっかくの夫婦水入らずの休日だ。楽しく食事しようではないか!」

「お前の奢りでな!」


ひとりごと

たしかに四十歳という年齢は女性にとって、いろいろな意味で人生の曲がり角ではないでしょうか?

他人から「おばさん」と呼ばれるのも、だいたいそのくらいの年齢からですし・・・。

これ以上書くと泥沼にはまりそうなので、これくらいにしておきます。


【原文】
婦人の齢四十も、亦一生変化の時候と為す。三十前後猶お羞を含み、且つ多く舅姑(しゅうこ)の上に在る有り。四十に至る比(ころ)、鉛華(えんか)漸く褪せ、頗る能く人事を料理す。因って或いは賢婦の称を得るも、多く此の時候に在り。然も又其の漸く含羞(がんしゅう)を忘れ脩飾する所無きを以て、則ち或いは機智を挟(さしはさ)み、淫妬(いんと)を縦(ほしいまま)にし、大いに婦徳を失うも、亦多く此の時候に在り。其の一成一敗の関すること、猶お男子五十の時候のごとし。預(あらかじ)め之が防を為すを知らざる可けんや。〔『言志後録』第242章〕

【意訳】
女性の四十歳という年齢も、一生のうちで変化のある時期である。三十歳前後はまだ羞じらいがあり、舅と姑も健在であることが多い。四十歳になる頃には、おしろいをつけることもなくなり、とても上手に人付き合いができるようになる。そこで賢婦人だと言われるようになるのも、この年齢の頃であろう。しかし一方で、羞恥心を忘れ化粧をすることもなくなって、賢しらを用いたり、嫉妬心を抱くなどして、大いに婦人としての徳を失うのも四十歳頃のことである。あるいは上手くいき、あるいは失敗するというのも、男性の五十歳頃と同様である。あらかじめ防ぐ手立てを知らなければならない

【一日一斎物語的解釈】
女性にとっては四十歳という年齢は、その後の人生を決める大切な年齢である。大いに用心して、慎み深く行動しなければならない。


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第1620日 「五十代」 と 「晩節」 についての一考察

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生、佐藤部長と3人で割烹に居るようです。

「長谷川先生、先日、佐藤とも話したのですが、五十代というのは人生においてとても大切な時期ですよね? 先生の五十歳ごろはどんな状況だったのか、教えていただいてもよろしいですか?」

「私の五十代ねぇ。私は教授になったのは53歳のときなんだよ。それまでに手がけてきた仕事が成果を出し始めた頃でもあるから、すごく充実していたよ」

「当時は53歳で教授になるというのは、お早い方でしたもんね?」

「そうだねぇ。今では40代前半の教授も増えてきたけどね」

「天命を知ったのもその頃ですか?」

「天命か? うーん、どうだろうなぁ。医学の道を進むと決めたのは10代のときだったけど、大腸疾患の領域で仕事をしたいと思ったのは30代になってからだったかな?」

「大腸疾患の研究が、長谷川先生の天命ですか?」

「そう思いたいな」

「やっぱり先生は偉人です! 30代で天命を知ってしまったのですから! ねぇ、部長」

「長谷川先生は、我々凡人とは違うからね」

「ははは、二人揃ってこんな爺さんをおだてて、ここの勘定を支払わせようとでも思ってるのかな?」

「と、とんでもないです!!」

「実は、50代は多くの失敗を経験した時期でもあったんだ」

「え、長谷川先生が失敗?」

「うん、私は部下には厳しく接して来たからね。成果を出せない部下は容赦なく叱ってきたんだけど、教授になってからはそれが酷くなったのかも知れない」

「その失敗のお話を聞かせてもらってもよろしいですか?」

「ある若い医師をうつ病にしてしまったんだ。とても有能な子だったけど、ちょっと手を抜くクセがあってね。それが許せなくて、かなり追い込んでしまったんだな」

「その先生はどうなったのですか?」

「医局を辞めてしまった。それから地元にもどって小さな村の診療所で働いていると聞いてい
る。その後、会ったことはないんだけどね」

「そうだったんですか」

「五十代というのは、経験を積んで良い仕事ができる年齢でもある反面、調子に乗って失敗をする危険性も高くなってくる年齢と言えるんじゃないかな。即断即決できるからこそ、なにごとも慎重に対処すべきなんだろうね」

「長谷川先生、ありがとうございました。ちょうど五十代の部長にとって大変有意義なお話を聞けたということで、ここは佐藤がしっかり奢りますから御遠慮せずにお食事なさってください」

「えーっ?」 


ひとりごと

小生もいま52歳です。

まさに五十代の入り口にたどり着いた今、自分の至らなさから晩節を汚しかねない状況下にあります。

慎みを忘れず、感謝の気持ちをもって、日々を過ごしていく所存です。


【原文】
齢五十の比(ころ)、閲歴日久しく、練磨已に多し。聖人に在りては知命と為し、常人に於いても、亦政治の事に従う時候と為す。然も世態習熟し、驕慢を生じ易きを以て、則ち其の晩節を失うも、亦此の時候に在り。慎まざる可けんや。余は文政辛巳(しんし)を以て、美濃の鉈尾(なたお)に往きて、七世・八世の祖の故墟(こきょ)を訪(と)い、京師に抵(いた)りて、五世・六世の祖の墳墓を展し、帰途東濃の巌邑(いわむら)に過(よ)ぎりて、女兄に謁(えっ)す。時に齢適(まさ)に五十。因て、益々自警を加え、今年に至りて犬馬の齢六十有六なり。疾病無く事故無く首領を保全せり。蓋し誘衷(ゆうちゅう)の然らしむるならん。一に何ぞ幸なるや。〔『言志後録』第241章〕

【意訳】
年齢が五十歳になる頃には、多くのことを経験して積み重ね、かなりのことに習熟してくるものである。聖人(孔子)においては天命を知る頃であり、通常の人でも政治に従事する時期であろう。しかも世間ずれをなしたり、驕りの心が生じて晩節を失うのもこの時期においてであろう。大いに慎まなければならない。私は文政四年に美濃の鉈尾(今の岐阜県美濃市)に赴き七代、八代の先祖の昔の館址を訪れ、京都に出て五代、六代の墓を参り、その帰途に東濃の巌邑(現岐阜県恵那市岩村町)に寄って姉に会った。それがちょうど五十歳の頃であった。それから益々自警して今年六十六歳となった。病気もなく事故にも遭わず一命を全うしてきた。これは天がまごころをもって自分をよい方向に導いてくれたお陰であろう。なんと幸せなことであろうか

【一日一斎物語的解釈】
五十歳になる頃は、経験を積んで大きな仕事ができる時期である半面、驕りや勘違いによって晩節を汚すきっかけとなる時期でもある。細心の注意を払って、仕事や人付き合いに臨む必要があるのだ。


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第1619日 「観」 と 「察」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長と夕食を共にしているようです。

「一斎先生によるとね、私のように五十を過ぎた人間は、『察の領域に入らなければいけないと言われているのだ」

「『察の領域ですか?」

「そう。天命を知り、それを楽しむ領域に入っていなければならないということらしいんだ」

「部長は天命を知り得たのですか?」

「いやいや、そう簡単なことじゃないよ。まあ、私は医療機器販売の世界で生きてきたわけだから、感覚的には医療の進歩に携わり、地域医療の発展に貢献していくということだろうとは思うんだけど、まだ腹に落ち切っていないんだよね」

「私もさっぱりわかりません」

「神坂君の年齢は、一斎先生によれば、『観』のときだと言っている。じっくりと深く道理を見極める時期だということかな」

「道理を見極める、ですか? なかなか難しいことですね」

「いずれにしても、我々医療機器屋は、医療機器の提供という手段を通して、実現したいものを実現させるしかないんだろうけどね」

「医療機器の販売は目的ではないということですね?」

「そう。我々の仕事は医療機器を売ることではない。最適で安全な医療機器の提供を通じて、地域医療に貢献していくことが目的だ。ただし」

「ただし?」

「そこからは、各自がそれぞれの実現すべき志を持たなければいけないんだと思う。神坂君と私では、志が違ってよいということだね」

「志は違わなければいけないのですか?」

「ははは。そんなことはないだろうけど、やはり十人十色で、それぞれの強みを生かした形で自己実現を図
るべきじゃないのかな?」

「難しい話ですが、いまはとにかく古典を学び、それを泥臭く実践に活用して気づきを得て、それをまた次の学びや実践に活かしていくということを繰り返していこうと考えています」

「すばらしいことだよ。私も同じくだ。天命が見えてくるまで、愚直に学びと実践を繰り返していくしかないね」


ひとりごと

『論語』の解説書によると、視と観と察とは、「みる」という行為ではありますが、視から観、観から察に行くほど、深く掘り下げいくその深さに違いがあるとされています。

「視」と「観」は、物の外面をみること、「察」とは内面をみることだとも解説されています。

なにを「みる」のかといえば、「視」は人の行動や言動をみる。

「観」はその人のこれまでの経歴(来し方)をみる。

「察」とはその人の志をみる、ということのようです。

年齢を重ねるにつれて、言葉や表情から相手の心の内をみる力をつけていかねばならない、ということでしょう。


【原文】
余自ら視・観・察を飜転(ほんてん)して、姑(しばら)く一生に配せんに、三十已下(いか)は視の時候に似たり。三十より五十に至るまでは、観の時候に似たり。五十より七十に至るまでは、察の時候に似たり。察の時候は当に知命・楽天に達すべし。而して余の齢今六十六にして、猶お未だ深く理路に入る能わず。而るを況や知命・楽天に於いてをや。余齢幾ばくも無し。自ら励まざる容(べ)からず。〔『言志後録』第240章〕

【意訳】
『論語』為政第二篇に「其の以(為)す所を視、其の由る所を観、其の安んずる所を察す」とあるが、これを拡大解釈して人の一生にあてはめてみると、三十歳以下は「視」の時期にあたるのではないか。三十歳から五十歳までは「観」の時期、五十歳から七十歳までは「察」の時期にあたるであろう。「察」の時期には知命・楽天に達していなければならない。私は六十六歳になるが、いまだに道の深遠に達せずにいる。ましてや知命・楽天などは届くべくもない。残りの人生も長くはない、自ら励まざるを得ない

【一日一斎物語的解釈】
『論語』為政第二篇の「視・観・察」を人の人生に当てはめるならば、三十歳までは「視」のとき、三十〜五十歳までは「観」のとき、五十〜七十歳までは「察」のときと言えよう。そう考えてみれば、七十歳までには、自分の天命を知り、天命を楽しむ境地に達していなければならないことになる。残された人生を考えれば、一刻の猶予もない。


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第1618日 「愛読書」 と 「流行本」 についての一考察

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生のもとを訪ねているようです。

「神坂、お前益々本を読む人の顔になってきたな。だが、若干老けたか?」

「え、マジですか? まだ41歳ですよ」

「本に読まれているんだろうな」

「どういうことですか?」

「読書というのは数多くすれば良いというものではないからな。片っ端から読んだところで、1年も経てばほとんどその内容なんか覚えていないものだ。神坂、去年読んだ本の内容を覚えているか?」

「た、たしかにそうですね。何を読んだかすら一瞬思い出せません」

「もちろん今までのお前は本を読まなさ過ぎだった。しかし、今は焦って次から次へと手を出していないか?」

「そのとおりです。次々に読みたい本が出てくるんです」

「もちろん目を通しておくだけで良い本もある。たとえば売れ筋の本なんかは、参考程度に読むのもいいだろう。だが、本当の自分の血肉になるような本をじっくり選ぶべきだぞ。そして、その本は何度も何度も熟読するんだよ」

「それって、何冊くらい選べばいいのでしょうか?」

「それは個人の能力にもよるからな。しかし、多くても30冊程度で良いんじゃないか?」

「そんなに少なくていいのですか? この前、『全釈漢文大系』を買いましたが、あれだけで30巻以上あ
りました!」

「その中から大事なもの、たとえば『論語』や『老子』、『孫子』あたりを愛読書に加えればいいだろう。後は目を通して重要なところだけ抜粋しておけばいい」

「なるほど」

「神坂、お前は何のために読書をしているんだ?」

「それは、やはり仕事に活かすためですが、自分の血肉になるような本も選ぶことを意識し始めたところです」

「おお、それはいいな。人間力を高める本を読むことが一番だ。人間力さえ高くなれば、ビジネスなんて何をやっても成功するだろう」

「そうなんですか?」

「そりゃそうさ。人間力の高い人のところに人間は集まってくるんだからな」

「多田先生、ありがとうございます。一生の愛読書選びも始めてみます!」


ひとりごと

本好きの皆さんも次から次へと本を買ってしまい、読まずに積んでおくだけの積読になっていませんか?

売れ筋の本にも目を通すことに意味はあるはずです。

しかし、古典と呼ばれるような長く読み続けられている本を読むことを意識すべきでしょう。

自分の血となり肉となるような書を厳選し、常に手元において愛読する。

そんな習慣を身につけましょう。


【原文】
余は弱冠前後、鋭意書を読み、目、千古を空しゅうせんと欲す。中年を過ぐるに及び、一旦悔悟し、痛く外馳(がいち)を戒め、務めて内省に従えり。然る後に自ら稍得る所有りて、此の学に負(そむ)かざるを覚ゆ。今は則ち老ゆ。少壮読む所の書、過半は遺忘(いぼう)し、茫として夢中の事の如し。稍留りて胸臆(きょうおく)に在るも、亦落落として片段を成さず。益々半生力を無用に費ししを悔ゆ。今にして之を思う、「書は妄に読む可からず、必ず択び且つ熟する所有りて可なり。只だ要は終身受用足らんことを要す」と。後生、我が悔を蹈むこと勿れ。〔『言志後録』第239章〕

【意訳】
私は二十歳前後の頃、一心不乱に書物を読み、千年の昔のことまで極め尽くしたいと思っていた。中年を過ぎる頃、一度そのことを後悔して、心を外物にはしらせることを戒め、務めて心の内を省みるようにした。その後やや自得するところがあり、儒学に反しないことを悟った。今は年老いて、若い頃に読んだ本のことも大半は忘れ去り、ぼんやりとして夢のようである。胸の内に記憶していることも、まばらで断片的である。益々この半生を無駄に過ごしてきたことを悔いている。今になって思うことがある。「読書は妄りに読むべきものではなく、よく選択をして熟読玩味すべきである。ただ要点は、本で学んだことを一生活用することである」と。後に続く人達は、私の後悔を繰り返さないで欲しい

【一日一斎物語的解釈】
読書はみだりに数を読めばよいというものではない。むしろ良書を厳選し、それを熟読することが望ましい。その目的は、自分自身の人間力を高めることに置くべきである。


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第1617日 「愛用品」 と 「断捨離」 についての一考察

今日の神坂課長は、相原会長と夏競馬に参戦のようです。

「あれ、会長のその万年筆、かなりの年季ものですね」

「ああ、これ? 実は私の父が愛用していたものなの。僕が二十歳のときに父からもらったから、僕だけでも五十年以上使っていることになるね」

「五十年! 凄いですね。いまだに現役なんですね?」

「すごく書きやすいよ。だから競馬の予想の時でもコレ!」

「競馬の予想は赤ペンの方が雰囲気でませんか? もし競馬場で落としたらどうするんですか?」

「大丈夫、常に肌身離さず持っているから、身体を離れればすぐに気づくから。神坂君は、永年愛用しているものはないの?」

「愛用品ですか・・・。どちらかというと新しいモノ好きですからねぇ。ああ、そうだ。冬に来ているステンカラーのコートだけは、新人のときから着用しています」

「おー、すばらしい! 今の時代はまだ使えるのに、モノを買い替えてしまう人が多いよね。もったいないなぁと思ってしまうよ」

「そう言われると私は反省するしかないです。昨日もカミさんと自家用車を6年乗っているからそろそろ買い替えようか、なんて話をしていました」

「たとえば神坂君が車が大好きだというなら、それでも良いんだろうけどね」

「いや、走ればなんでもOKなタイプです。ちなみに走行距離も8万キロくらいです」

「ははは。それならもう少し乗ってあげてもいいかもね?」

「たしかにモノを大切にするという気持ちを持つことも大事ですね。昨日、本田君に昔からのお得意先は大切にしろ、なんて話をしておきながら、自分もモノに関しては簡単に廃棄していたかもなぁ」

「まあ、なんでも捨てるなということでもないけどね。僕は本を棄てられなくてね。妻からは読まない本は捨てろ、って言われ続けている」

「わかります。私はCDです。もう2,000枚くらいあって、なかにはまったく聞いていないCDも多いのですが、やはり捨てられません」

「意外と男ってそういうところあるよね」

「でも、一方で『女房と畳は新しい方が良いなんてことも言います」

「いやいや、最近は女性の方が強いから、『亭主とお札は新しい方が良い』なんて言葉ができるかもよ!」


ひとりごと

小生も五十年以上生きてきましたが、考えてみると生涯の愛用品はみつかりません。

その割に、本とCDは捨てられず、小生の部屋は倉庫のように本とCDが堆く積まれています。

使えるモノは使う、使わないモノは捨てる。

5Sと断捨離は永遠の課題です。


【原文】
余が左右に聘用(へいよう)の几硯(きけん)諸具、率(おおむ)ね皆五十年前得る所たり。物旧ければ、則ち屏棄(へいき)するに忍びず。因て念(おも)う、「晏子の一狐裘(こきゅう)三十年なるも、亦恐らくは必ずしも倹嗇(けんしょく)に在らざらん」と。〔『言志後録』第238章〕

【意訳】
私が自分の左右において愛用している机や硯その他の道具は、だいたい五十年前に入手したものである。物は古くなると愛着が沸いて棄てることが忍びなくなるものである。そこで思うのだが、「晏平仲が一枚の狐の毛皮を三十年身につけていたというのも、恐らくはそうした理由であって、単にけちだということではないだろう」と

【一日一斎物語的解釈】
モノを長く愛用することは、吝嗇(けち)とは違う。今の時代こそ、なんでも新しくするのではなく、末永く愛用するモノを持ちたいものだ。


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第1616日 「いまあるもの」 と 「先人の努力」 についての一考察

営業2課の本田さんが、売上の少ない顧客を整理したいという提案を持ってきたようです。

「本田君、本当にそれで良いと思う?」

「え? 神坂課長、ダメですか?」

「ダメという訳じゃないけど、古くからのお得意先は大事にすべきだと思うんだよな」

「しかしリストアップしたクリニックさんは、年間売上が50万円に満たないんですよ! 中にはシリンジ1個を急いで持ってこいという所もあります。儲からないだけでなく、工数も取られるんです」

「本田君の言いたいことはよく解るし、ビジネスという観点からみたら間違いじゃないのかも知れない。でも、たとえばこの中本クリニックさんなんて、大先生の時代から取り引きさせてもらっているよね。たしか、当社創業時の最初のお客様のうちのひとつだよ」

「え、そうなんですか?」

「そうか、そういうことも伝えていないもんな。それは我々マネージャーの責任だね。当社を育ててくれた古くからのお客様を簡単には切れないじゃないか?」

「たしかにそうですね・・・」

『井戸を掘った人を忘れてはいけない』という言葉があるのを知ってるかな? ある村では水を汲むのに毎日川まで数キロの道のりを桶を担いでいかなければならなかったらしいんだ。雨の日も風の日もね。それを見かねたある青年が井戸を掘るんだよ。そんなところから水が出るはずがないと皆に馬鹿にされても、彼は井戸を掘り続ける。そして遂に水脈を掘り当てて井戸を作るんだ」

「すごい意志の持ち主ですね」

「そう。だから当然、村人から感謝されるんだね。これで遠くまで水を汲みにいかなくて良くなったわけだから」

「はい」

「ところがそれから数十年経つと、こんなことを言う村人が増えてくるんだ。『なぜこんな中途半端なところに井戸を掘ったんだ。もっと近くに掘ってくれれば良かったのに』ってね。たしかに井戸は村から少し離れたところに作られていたんだ。村人はそこまで水を汲みに行くのが面倒だと思うようになってしまったんだね」

「ひどい話ですね。昔の苦労に比べればどれだけ楽になったのか、それを忘れてしまってはいけませんよね?」

「そのとおり! これが『井戸を掘った人を忘れてはいけない』という話だよ」

「そうか! 中本クリニックさんは我々にとっては井戸を掘ってくれた人に当るんですね!」

「そうじゃないかな? ただ、村人がそう思うようになったのは村の長(おさ)や長老たちがそれを伝えてこなかったことも原因のひとつだよね。今回の件でいえば、俺たちマネージャーの責任なわけだ」

「神坂課長、わかりました。再度、リストの見直しをしたいので、当社の歴史を詳しく教えてください」

「本田君、ありがとう。それなら俺より佐藤部長の方が詳しいから、部長にお願いしてみるよ!」


ひとりごと

この「井戸を掘った人を忘れない」というエピソードは、小生の師から教えていただいた話です。

はじめて聞いたとき、とても感動し、そして多くのことに応用できる話だなと思いました。

人はどうしてもすこしでも楽な方法を選びたがります。

しかし、「いまあるもの」も多くの先人たちの血のにじむような努力の結果生まれたものばかりのはずです。

井戸を掘った人を忘れない人でありたいですね。


【原文】
聖賢の故旧を遺(わす)れざるは、是れ美徳なり。即ち人情なり。余が家の小園、他の雑卉(ざつき)無く、唯だ石榴(せきりゅう)・紫薇(しび)・木犀の三樹有るのみ。然も此の樹植えて四十年の外に在り。朝昏相対して、主人と偕(とも)に老ゆ。夏秋の間、花頗る観る可く、以て心目を娯(たの)しましむるに足る。是れ老友なり。余が性は草木に於いて嗜好較(やや)澹(あわ)し。然も此の三樹は眷愛(けんあい)すること特に厚し。凡そ交(まじわり)の旧き者は、畢竟忘るる能わず。是れ人情なり。故旧遺れざるは、情此れと一般なり。〔『言志後録』第237章〕

【意訳】
『論語』に「故舊遺れざれば則ち民偸(うす)からず」とあるが、これは美徳であり、人情ともいえる。我が家の庭には種々の草木はなく、石榴(ざくろ)・百日紅(さるすべり)・木犀の三種の樹木があるだけである。これらの樹木は植えてから四十年以上が経過している。朝夕鑑賞しつつ、主人とともに老いてきた。夏から秋にかけては美しい花が咲き誇り、目や心を楽しませてくれる。まさに老友といえよう。私は草木についてはあまり愛着がないが、この三本の樹木だけは特にかわいがってきたのだ。およそ旧知の人はいつまでも忘れることはできない。これが人情である。孔子が「故舊遺れざる」と言った気持ちは、これと同様であろう

【一日一斎物語的解釈】
古くからのお客様というのは旧友である。売上の多寡に目を奪われることなく、古くからの関係を大切にすべきである。


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第1615日 「孫子の兵法」 と 「経営戦略」 についての一考察

今日の神坂課長は、「孫子兵法家」と自らを称している著名なコンサルタント、永井海(かい)氏の経営者・経営幹部向けの講演会に来たようです。

「『孫子』という兵法書がなぜビジネスでも大いに利用されるのか? それは、『孫子』という書物の基本原理が『戦わずして勝つ』ことに置かれているからでしょう」

「今から2千五百年以上も前に書かれたとされる書物に、情報の重要性が明確に記載されているのは驚くべきことです」

「いかに敵を知るか、その度合いで勝敗は決します。しかし、孫子は言います。『敵を知ったところで己を知らなければ勝てない』と。いわゆる彼我分析の必要性を説いているわけです」

「そのうえで、敵より先に動き、戦(いくさ)という手段を講じる前に勝敗を決するように仕向けていくのが理想の戦い方だと書かれています」

「戦をすれば、多額の出費が生まれ、多くの尊い命が失われます。どれだけ聖戦だと言い張っても、人の命を奪うことに義はありません」

「孫子は、道・天・地・将・法の五つの条件をよく検討せよ、と言っています。道とはいわば義、大義です。自分のビジネスに人に誇れる大義はあるでしょうか?」

「天とは時の運です。時を味方につけるには、精一杯努力することです。目の前の仕事に全力を尽くすのです。地とは、地の利です。自分に有利な土俵で戦えているかを常に考えてビジネスをすべきです。相手の土俵で勝負をしたのでは、損失が大きくなるからです」

「将とは、リーダーです。経営者であり、経営幹部の方は敵よりも有能なのかどうか。そして法とは組織統制です。組織の風通しは良いか? 方針や戦略はしっかり末端まで届いているのか? 逆に下からの意見は採用される風土になっているのか?」

「この道・天・地・将・法の五つの条件について、競合他社と彼我分析を行ない、自社の強みと弱みを明確にし、強みをより活かせる戦い方を選択すべきです。弱みを補うような戦略を主体にしては絶対にいけません!」

「ビジネスにおいても、戦わずして勝つことはできないかを徹底的に探るべきなのです。そうすれば必ずブルー・オーシャンが見つかります。これまでどおりレッド・オーシャンで消耗戦をしながら互いの体力をすり減らす道を選ぶのか? それともブルー・オーシャンで独り勝ちを目指すのか? それは皆さん方経営者の選択と舵取りに懸かっているのではないでしょうか?」

講演が終わり、神坂課長は電車に乗っているようです。

「川井さんはなぜあの講演会に俺を送り込んだのかな? まあ、そんなことより、すごく勉強になったな。大累の先輩が兵法書を読めと言った理由がよくわかった。俺ももう少し勉強してみよう」


ひとりごと

上記に記載した講演会はもちろん架空の講演会であり、ここに記載したのは小生なりの『孫子』の解釈です。(その点は割り引いてご評価願います)

しかし実際に『孫子』をビジネスに応用しているコンサルタントは多く存在しますし、実際に多くの企業で採用されています。

戦わずして勝つという戦略は、まさにブルー・オーシャン戦略ですよね。


【原文】
先づ勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つは、是れ其の手を下すの処なり。必ず全きを以て天下に争うは、是れ其の著眼の処なり。之を校するに計を以てして、其の情を索(もと)むるは、是れ其の秘密の処なり。〔『言志後録』第236章〕

【訳文】
孫子の兵法において、「先ず敵に負けない様にしてから、敵に隙が生まれるのを待つ」としているのは、最初に着手すべきことである。「無傷のままで天下の争いに勝つ」としているのは、重要な着眼点である。「道・天・地・将・法の五つの条件をよく検討して、その場の実情を探る」としているのは、兵法の奥義である

【一日一斎物語的解釈】
『孫子』とは、戦わずして勝つことを目指す戦略書であり、ビジネスにも大いに活用できる。『孫子』の各章を参考にして、常に敵より先に動くことを意識して、市況や敵の兵力、リーダーのキャラクターなどのデータを収集・分析して戦略を立案するとよい。


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第1614日 「偽書」 と 「真理」 についての一考察

今日の神坂課長は大累課長に誘われてランチに出かけたようです。

「実は最近、『呉子』という兵法書を読み始めましてね」

「おお、知ってる。俺が買った『全釈漢文大系』にも『孫子・呉子』として収録されてるよ。しかし、なんでまた兵法書を読み出したんだ?」

「大学の大先輩に勧められましてね。競合他社と戦うために、兵法書で競合戦略を磨けと言われたんです」

「へぇ、凄い先輩がいるんだな」

「神坂さん、『武経七書(ぶけいしちしょ)』って知ってますか?」

「なんだそれ?」

「中国の七大兵法書をそう呼ぶらしいです。『孫子』・『呉子』・『六韜』・『三略』とあと3つは忘れましたけど、その七つだそうです」

「へぇ、お前もいつの間にか勉強しているな。追い越されないように気をつけないとな」

「俺の方こそ、神坂さんが急に走り出したから、急いで追いかけている感じですよ」

「ははは。まさに切磋琢磨ってやつだな」

「ところが、その武経七書』のうち、『孫子』と『呉子』以外のものは偽書なんだそうです」

「あれ? でも、『六韜』ってたしか家康が愛読したという本だったよな?」

「よく知ってますね。ちなみに藤原鎌足も愛読したそうです」

「じゃあ、昔の偉人は偽書を愛読していたということか?」

『六韜』・『三略』ともに、歴史上の偉人である太公望の著作だとされているのですが、それは事実ではないようです」

「家康はそれを知ってて読んでいたのかな?」

「当時は太公望の作だと信じていたかも知れませんね。ただ、そうした日本史上の偉大な武人
が愛読するくらいですから、内容は確かなんでしょうね」

「おそらく、それなりの兵法家が書いたものなんだろう。要するに偽書であっても、学ぶことはできるということだな」

「もし偽者でかつ中身が無ければ、歴史の中でとっくに淘汰されているでしょうからね」

「千年近くも生き残って来たわけだから、太公望の作かどうかは別としても、本物の書物だということだな」

「本物の書を読んで、少しでも本物の人物になることを目指しましょう」

「お、おぉ。そ、そうだな・・・」


ひとりごと

『武経七書』とは、上記の4つの書に 尉繚子』・『司馬法』・『李衛公問対』を合わせた7つの兵法書を指し、宋代に確立されたようです

一斎先生がご指摘のように、『孫子』と『呉子』以外は偽書とされていますが、それでも千年近く兵法書として読み継がれてきていることを考えれば、これはもうれっきとした本物と呼べるのではないでしょうか?

誰が書いたかよりも、何が書かれているかを重視するというのは、ある意味で中国らしいと言えなくもありません。

しかし、我々日本人もこうした現実主義を学ぶ必要があるのではないでしょうか?


宋代に武経七書の名を創(はじ)む。孫・呉を除く外、都(すべ)て偽贋(ぎがん)に属す。但だ其の言の取る可きは、必ずしも真贋を問わずして可なるのみ。近世、愈・戚諸著の如きも、亦実得有り。〔『言志後録』第235日〕

【意訳】
宋の時代に「武経七書」が固まった。実際には、『孫子』と『呉子』以外のものは偽書の類に属すものである。ただしそれらの中で有益な言葉があれば、その書の真贋を問わずに採用して実践すべきである。明代の愈大猷(ゆたいゆう)や戚継光(せきけいこう)らの書物についても、実際に有益な点があるものだ

【一日一斎物語的解釈】
偽書といわれる古典であっても、千年のときを生き延びて来たものにはそれなりの真実がある。書を読む際には、誰が書いたかよりも、何が書かれているかを重視すべきである。


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第1613日 「本物」 と 「人生」 についての一考察

「人生なんて、どうせ思い通りになるもんじゃない。真剣に生きようが、適当に生きようが、どうせなるようにしかならないんだろうな」

シンガーソングライターの笠谷俊彦は、マネージャーの和田に居酒屋で愚痴をこぼしていた。

「たしかにこうやったら確実に成功するなんてやり方はないだろうな。ただ、真面目に生きた方が人生の最後には満足感を得られるんじゃないのか?」

「この前、ふちさん(作詞家)に言われたんだよ。売れる歌を作るんじゃなくて、聞く人に生きる勇気を与えるような歌を作れって。でも、まだ迷いがあるんだよな。それで結局、売れなかったら、音楽をやめなきゃいけないときが来るんじゃなかって不安になるんだ」

「笠谷、自分の人生がどうなるかなんて誰にもわからないさ。だがな、仮に新しいことに挑戦して失敗したとしても、なにもせずにいるよりは生きた証が残せるじゃないか!」

「生きた証か」

「『成功の反対は失敗ではない、何もしないことだ』という言葉がある。まず行動してから考えることじゃないのか?」

「そうだな。ふちさんが今、アルバム自体がひとつの物語となるようなコンセプトアルバムのための詩を書いてくれている。そこに俺なりの思いを込めた曲をつける。今はそのことに全力を尽くせばいいということだね?」

「俺はそう思う。流行に乗った曲で売れたとしても、それは長くは続かない。いわゆる一発屋というのは、時流に乗っただけで、実力が伴わなかったアーチストなんだろう」

「実力があれば、一発で終わらないということか?」

「まあ、もちろん運という要素も大きいだろう。ただ、真剣に生きない人間に幸運は舞い込まないと信じたい。笠谷、本物の曲を作ろう。10年どころか50年後に聴いても、人の心を打つような本物の曲をな」

「和田さん、やってみるよ。真剣に生きて、真剣に曲作りに挑戦してみるよ」

「はい、お待たせしました。今が旬のイサキのお造りです。正真正銘本物のイサキですよ!」

「ママ、イサキにも偽者があるの?」


ひとりごと

自分の人生がどう転ぶかは、誰にもわかりません。

禍福終始に必ず出会い、喜び、傷つきながら生きていくしかありません。

しかし、こうして古典を学び続けて見えてくるのは、今目の前にある道を精一杯進むしかないということです。

そして、もし分岐点にさしかかったら、あえて茨の道を選ぶべきだということも教えてくれます。

そのためにも、禍福終始を知って惑わない心をつくり、本物を見極める力を養う必要があるのです。


【原文】
陰陽の変化、人をして其の端倪(たんげい)を識らざらしむ。荘周之を詭弔(きてい)と謂う。孫子の詭道即ち是なり。〔『言志後録』第234章〕

【意訳】
陰陽の変化は、人には本末終始が計り知れないということを知らしめる。荘周(荘子)は『荘子』斉物論の中で「弔詭(てきき)」、つまりたとえようもなく不可思議なことだとしている。孫子が「兵は詭道なり」としているのもこのことである

【一日一斎物語的解釈】
物事の本末や終始を的確に捉えることは難しいことである。しかし、物事には必ず本と末があり、始めと終わりがある。それを知るための努力を怠るべきではない。


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第1612日 「兵法書」 と 「競合戦略」 についての一考察

営業部特販課の大累課長は、大学時代の先輩である軽部さんの自宅を訪ねているようです。

「軽部先輩、ご無沙汰をお許しください」

「そんなことは気にするな。こうして年に1回でも訪ねてくれるだけで俺は嬉しいよ」

「恐縮です」

「お前も課長になったんだよな? しっかりとメンバーのマネジメントはできているのか?」

「胸を張って『しっかりやっています』とは言い切れません。試行錯誤の連続です」

「いいじゃないか。人は失敗からしか学べないものだからな。お前のいる業界も大変なんだろう?」

「はい。競合との価格の叩き合いで年々粗利率は低下しています。おまけに物流については、いつアマゾンあたりが介入してくるかもわかりません。なんとか価格の叩き合いという世界から脱却したいのですが・・・」

「お前、以前に『論語』を学んでいると言ってたよな?」

「はい、先輩の読書会に参加しているレベルですが」

「それなら兵法書も読むといいかもしれないな。一般的に有名なのは『孫子の兵法』あたりか」

「兵法書ですか?」

「中国の古い兵法書というのはよく出来ていて、現代の戦争においても戦略立案の参考とされている。それだけではなく、ビジネスにも広く応用されているんだ」

「そうなんですか。『孫子』というのは聞いたことはありますが・・・」

「古くは、徳川家康が愛読したという『六韜(りくとう)』なんていう書もある。『孫子』などは、あのビル・ゲイツも愛読しているとして有名だよ」

「マイクロソフトのビル・ゲイツですか?」

「そう。兵法書を読んでいる経営者は多いぞ。お前もマネージャーになったんだから、競合戦略を練る上でも読んだらいい。私のおススメは『呉子』という兵法書だ」

「書店で売っていますか?」

「『孫子』の解説本はかなりあるから書店でも見つかるだろう。ただ、『呉子』はどうかな? やっぱりアマゾンじゃないか?」

「アマゾンは便利ですもんね。いつ敵になるかわかりませんが、あそことは上手にお付き合いしたいです」


ひとりごと

『論語』や『大学』などのいわゆる経書とならんで、古来読み継がれている古典に兵法書があります。

『孫子』を筆頭に、中国古典には武経七書と呼ばれる七大兵法書があります。

それ以外にも、『三十六計』なども面白い本です。

兵法書を読むと、中国の対外戦略がよく見えてきます。

ビジネスマンだけでなく、政治家の皆さんにもぜひ中国の兵法書を読んでもらいたいですね。


【原文】
兵書も亦宜しく一渉(いっしょう)すべし。孫・呉固より佳なり。孫子の筆録は兵法と亜(つ)ぐ。但だ書を著わすに意有るのみ。呉子は較(やや)著実なり。昔人も亦云えり。〔『言志後録』第233章〕

【意訳】
兵法書も一通り通読すべきものである。『孫子』・『呉子』はもちろん良い物である。孫子の文章はそれ以前の兵法書(『六韜三略よりは一段劣るもので、ただ書を著すこと自体を意識している節がある。呉子はそれよりは着実で実際的と言えよう。昔の人も同じようなことを言っている

【一日一斎物語的解釈】
中国古典を読む際は、『論語』などの経典だけでなく、兵法書を読むのも良い。『孫子』などは今でもビジネスに応用されている。ビジネスを経済戦争と捉えるならば、兵法書から学ぶことは多い。


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