一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年08月

第1652日 「格物」 と 「大自然の摂理」 についての一考察

今日の神坂課長は、長谷川先生のご自宅にお邪魔しているようです。

「長谷川先生、『大学』の八条目といわれる、格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下について教えていただきたいことがあるのですが」

「ほぉ、何だろう。僕に答えられるかな?」

「最初の格物というのがいまひとつ分からないのです。天下を安定させるには、まず国を治めよ。国を治めるにはまず自分自身の家庭を和合せよ。そのためには自分の身を修めよ、という後半の流れは理解しやすいのですが・・・」

「『格物』についてはいろいろな解釈があるからね。簡単にいえば、物事の道理を窮めること、ということになるんだけど、それだと不満なんだよね?」

「不満というわけではないですが、何か、分かったような分からないような感じになるんです」

「さすがは神坂君、正直でいいね」

「いやいや、ただ馬鹿なだけです」

「そんなことはないよ。最近の神坂君はよく勉強しているじゃない。さて、どう説明しようか。これは朱子の考え方なんだけど、物事にはすべて万物共通の道理があると考えるんだ。それを大自然の摂理と呼んでみようか

「はい」

「すべての物事は、大自然の摂理の一部だと考えるのではなく、大自然の摂理の全部を包含しているという考え方をするんだよ」

「むずかしいですね」

「たとえば、神坂君の身体はおよそ37兆個の細胞からできているんだ。しかし本をただせば、受精卵というたったひとつの細胞にたどりつく」

「はい」

「その受精卵が分裂と分化を繰り返しながら、ヒトの身体をつくっていく。つまり、神坂君の身体にある37兆個の細胞一つひとつに両親やご先祖の遺伝子が引き継がれていることになる。それと同じようなものだと考えたらどうだろう」

「なんとなくイメージできます」

「ありがとう。それで、格物というのは、そういう道理を見極めることだということだから、なぜそのものが存在するのかを理解すること、と考えてみてはどうかな? 私はそういう理解をしているんだ」

「なぜそれがそこにあるのかを理解すること、ということですね。少しクリアになった気がします」

「少し?」

「あ、でも、やっぱり少しです・・・」


ひとりごと

「格物」という言葉の意味を理解するのは、なかなか難しいですね。

小生もいまだにこれといった明確な定義にはたどりつけません。

しかし、そのものがなぜそこにあるのか、ということを窮めることだと理解しておけば大きく間違ってはいないのではないでしょうか?

格物ができると、致知、つまり知が拡充する。

知が拡充すると、自分に対して謙虚になれる。

謙虚になれば、正しい心で人に接することができる。

そうなってはじめて身を修めることが可能になるのだ。

いまは、このように理解しておきます。


【原文】
理を窮む、理固と理なり。之を窮むるも亦是れ理なり。

【意訳】
物の道理を窮める際、その理とは大自然の法則ともいえる理である。この理を極めるということもまた理である

【一日一斎物語的解釈】
物事の根底に流れる道理とは大自然の摂理そのものである。


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第1651日 「克己」 と 「復礼」 についての一考察

今日の神坂課長は、次男のテニスの試合を観戦しているようです。

3回戦まで進んだものの、準々決勝で敗れ、地区のベスト8という結果に終わったようです。

「楽(がく:息子の名)、残念だったが、まずはベスト8おめでとう」

「うれしくないよ。今回は優勝候補のひとりと言われていたんだよ」

「そうか、悔しいだろうな。ところで、今回の敗因は何だと思う?」

「相手は俺からみたら格下だったんだ。今まで3回戦って全勝してたしなぁ」

「それなのに今回は負けてしまった。なぜだろうな?」

「ちょっとなめてたと思う。次の相手は強敵で、これまで2勝3敗と負け越している奴だったから、体力を温存しようと思った」

「なるほど。しかし相手はベスト4をかけて本気でプレーしていた」

「うん、いつもより前に出てきたし、プレースタイルが違ってとまどった」

「どうやら楽は相手に負けたというよりも、自分に負けた感じだな」

「うん、そうかも知れない。どうしても優勝したかったから、余計なことを考え過ぎた。目の前の相手に集中できていなかったんだろうなぁ」

「そうだな。でもな、父さんは安心した」

「なんで負けて安心するんだよ!」

「お前は、試合が終わった後、ちゃんと大きな声で『ありがとうございました』と礼をして、相手と握手するときも笑顔で何かを話しかけていたよな」

「それは、負けは負けだからさ。『次も今の戦い方で頑張れば勝てるよ』って言ったんだ」

「それだよ。ちゃんと礼を守って、相手の健闘を称えたお前の姿をみて、父さんは次は勝てると確信したよ」

「そうかな?」

「今回の試合で、自分の欲に打ち勝って冷静な心で戦うべきこと、目の前の相手に集中することを学んだ。これは絶対に次に生きるさ」

「うん。それに父さんから礼の大切さも教えてもらった。次は勝つぜ。また観に来てくれよな!」


ひとりごと

古来、克己復礼と呼ばれる教訓です。

人生という道で迷ったとき、他人と比較するのではなく、理想の自分と比較して、己の欲望に克つ。

そして礼に復える。

『経書大綱 論語』の中で、小林一郎先生は、礼とは宜しきに適うことだと言っています。

その場で為すべきことをしっかりとやることが礼なのです。

克己復礼を忘れなければ、道は開けます!


【原文】
濁水も亦水なり。一たび澄めば則ち清水と為る。客気も亦気なり。一たび転ずれば、正気と為る。逐客(ちくかく)の工夫は、只だ是れ克己のみ。只だ是れ復礼のみ。〔『言志晩録』第17条〕

【意訳】
濁った水も水には変わりない。いったん澄めば清らかな水となる。物にはやる気持ちも気であることには変わりない。いったん転換すれば正しい気となる。客気を追い払う工夫とは、ただ己の私欲に打ち克つことである。また正しい礼に帰ることである

【一日一斎物語的解釈】
人間は生まれながらに善の心をもっている。その善の心を発揮するには、己の欲に勝ち、正しい礼儀作法を実践すればよい。


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第1650日 「損得」 と 「善悪」 についての一考察(その2)

今日の神坂課長は、営業2課の山田さんと同行中のようです。

「損得より善悪を優先すべきだとわかっていても、営業をしていると心がブレそうになることがあるよね?」

「ありますね。この商談が取れれば計画が達成できるかもしれないと思うと、ついオーバースペックのものをご紹介したくなります」

「山田さんでもそうなんだね。まあ、俺の場合は少し前までは、それのどこが悪いんだと思っていたんだけどさ。(笑)」

「神坂課長とは意見が違って、よく激論になりましたね」

「お恥ずかしい。あの頃は普段冷静な山田さんが、損得の話になるとなんでこんなにムキになるんだろうって不思議だったよ。今ならわかるけどね」

「私も若かったということです。お恥ずかしいです」

「日頃から意識していないと、すぐに善悪より損得優先になってしまうから気をつけないとね。そのためには、少し損をする生き方を心がけると良いらしいよ」

「どういうことですか?」

「人間、大きな損をすることにはためらいがあるけど、小さな損なら我慢できるよね。たとえば、賞味期限の古い方の牛乳を買うことや、手垢のついた一番上に平積みされている本を買うとか」

「ああ、意外とできないですよね。立ち読みした後、上から3冊目くらいの本を買ってしまいがちです」

「でしょ? だから俺はそれだけは意識しているんだ。他にも、駐車場では入り口からなるべく遠いスペースに車を停めることも意識しているよ」

「ああ、特に病院では患者様優先ですものね。でも、意外と業者さんでも平気で入り口付近に停めている人もいますね」

「そうなんだよ。まあ、人に強制するものじゃないから、いちいち文句は言わないけどね」

「たしかにそうですね。でも、良いことを教えてもらいました。私も今日から実践します」

「少し損をする生き方に慣れると、自然と善悪の判別もつくようになる気がするんだ。ちょうどそれを実践し始めた後くらいに儒学に関心をもったからね」

「善とは自分の為でなく世の中の為に何か良いことをすることですからね。すごく納得できますよ」

「さて、着いたね。山田さん、ということで、車は屋上階に停めようか?」

「そうします!」


ひとりごと

損得より善悪を優先する。

頭では理解できても、実践するとなると、意外と難しいものです。

そのためには、いきなり大きなことをするのではなく、小さなことをコツコツと積み上げていくと良いでしょう。

これまでにも何度か紹介している「少し損をする生き方」を実践すると、よい鍛錬になります。

ぜひ、実践してみてください!


【原文】
人は皆是非の窠中(かちゅう)に在りて日を送れり。然るに多くは是れ日間の瑣事にて、利害得失の数件に過ぎず。真の是非の如きは、則ち人の討(たず)ね出(いだ)し来る無し。学者須らく能く自ら覔(もと)むべし。〔『言志晩録』第16章〕

【意訳】
人は皆、善悪の穴の中にあって生活をしている。しかしこれらの多くは日々の些細なことであって、損か得かに関するものばかりである。本当の是非については、人々は求め得ようとしない。学問をする者はこの点についてしっかりと考えねばならないる。

【一日一斎物語的解釈】
損得と善悪は全く別物である。仕事においても生活においても、損得より善悪を優先することを意識すべきだ。


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第1649日 「儒学」 と 「理想」 についての一考察

営業部の佐藤部長は、元同僚の西郷さんと夕食を共にしているようです。

「佐藤部長、御無沙汰してすみませんでした。お誘い頂いてうれしかったです」

「ははは。サイさん、もう部長はやめてください。普通に佐藤さんで良いですよ」

「そうですね。でも、やはり佐藤さんを前にすると長年の習性で『部長』と呼びたくなります」

「習慣というものはそう簡単に抜けないものですね」

「まったくです」

「ところで、『論語』の読書会は盛況のようですね。神坂君から時々聞いています」

「はい、お陰様で。時々、神坂君や大累君も参加してくれています」

「すばらしいことですよね」

「ありがとうございます。ただ、私は『論語』を読むようになって、とても教えられることが多かったので、皆さんでその感動を共有したいと思ってはじめた読書会なんです。私が教えることは何もないんですけどね」

「でも、たくさんの解説本を読んで、その中から面白い解説を選び出してテキストを作っているんでしょ?」

「はい」

「そのテキストを読むだけでも、『論語』が多面的に理解できると神坂君はすごく感心していましたよ」

「彼は本当に純粋な男ですよね。彼が参加してくれるだけで、会の雰囲気が明るくなります」

「彼は成長しましたね。サイさんの読書会のお陰もあるでしょう」

「いやいや、佐藤さんのご指導の成果ですよ。それがなかったら、彼が読書会に参加することもなかったでしょうから」

「神坂君は、儒学の誨えを学ぶようになって見事に変わってきました。儒学というのは、やはり人を律するには最適な学問だということでしょうね」

「そう思います。もちろん、『べき論』的なところはありますから、すべてを実践しようと思うと窮屈に感じるところもあります。しかし、行動や考え方の理想として掲げて、自分の行動を律するという活用の仕方であれ
ば、人生を生きる上でとても大きな効果をもたらしてくれるはずです」

「結局、人倫の道というのは宇宙の摂理に通じているんでしょうね。だから、それを実践することで、大自然の摂理に適い、大自然に応援してもらえるようになる」

「それが人間力となり、人を惹きつけるんでしょうね」

「これからも神坂君や大累君をよろしくお願いします」

「少しでも古巣のお力になれるなら、これほど光栄なことはないです」


ひとりごと

儒学は人倫の道を教える学問であり、それは大自然の法則や摂理と通じています。

したがって、儒学の教えを実践することで、大自然に守られる生き方ができるのです。

しかし、その反面、べき論的な要素もあります。

教えの通りに行動できないことを嘆くのではなく、理想として掲げて、その理想に少しでも自分を近づけていくという考え方で活用すれば、とても効果の高い学問だといえます。


【原文】
倫理・物理は同一理なり。我が学は倫理の学なり。宜しく近く諸を身に取るべし。即ち是れ物理なり。〔『言志晩録』第15章〕

【意訳】
人の踏み行うべき倫理と物の道理との間には共通の理が存在する。私の学問つまり儒学は人倫の学問である。これを我が身に引き入れて実践すべきである。そしてそれが物の道理でもあるのだ

【一日一斎物語的解釈】
人倫の道は大自然の摂理と通じている。したがって人倫の道を踏み行えば、自然と物事の道理にも適い、豊かな人生を送ることができる。


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第1648日 「誠」 と 「楽」 についての一考察

中野みどりは小説家のたまごである。

恩師からもらった『鏡草』と旅先で知り合った佐藤という真摯からもらった『翁問答』を読み込みながら、新しい小説のテーマを模索していた。

「藤樹先生は漢文の白文で『大学』を100回読んで理解したんだよね。私もこの2冊を100回づつ読んでみよう」

みどりはそう決意して、約2ヶ月を要して2冊を100回ずつ読み込んだ。

「立花先生は、福善禍淫(ふくぜんかいん)と言っていたわね。善いことをすれば、心には楽という福が、悪いことをすれば、心には苦という禍がもたらされる、という意味だと。これをそのままテーマにしてみようかな」

「善いことをするには、心を常に誠にしなければいけない、と藤樹先生は言っていたな。誠というのは、自分に嘘をつかないこと、他人を欺かないことだと立花先生も言っていた」

「自分に嘘をつかないって意外と難しいな。私が藤樹先生の本を100回読んだというのも、証明できるものは何もない。本当は50回でも100回読んだと言えてしまうもんな」

「でも、そういう嘘をつけば、必ずあとで禍が降りかかるのよね。それは、もしかしたら私自身ではなくて、私の子孫に及ぶかもしれない。とても怖いわ」

「そうか! 次々に不運に見舞われる女性を主人公に物語を書いてみようかな。人生に失望して死を決意したとき、偶然藤樹先生の本に巡り会い、そこで自分の先祖について調査をしてみようと思う」

「すると意外な事実がわかってくる。そして、その事実と向き合ううちに、いつの間にか主人公の運勢も好転していく」

「主人公の名前はみどりにしよう。そしてみどりのそばでいつもみどりを助けてくれる彼氏は佐藤君。みどりの恩師は中江先生ね」

みどりはこの夏休みにもう一度、滋賀県高島市安曇川町上小川を訪れてみることにした。

「あ、空いてますか? それでは18日から2泊でお願いします」

みどりは、上小川にある民宿を予約して、旅の準備を始めた。

荷物は着替えと中江藤樹の2冊の本、原稿用紙と筆記具のみ。

小さなキャリーバッグにすべて収めて、少し早く眠ることにした。

「なんだか面白いストーリーが書けそうな気がする。ワクワクするわ」

すぐに眠りに落ちたみどりは、不思議な夢をみた。

(中野みどりの物語については、第1582日、1588日、1589日をご参照ください)


ひとりごと

誠という概念は、『論語』には登場せず、孔子の孫の子思が書いたとされる『中庸』以降に多く登場する概念です。

いろいろな捉え方がありますが、小生は、自分にも他人にも嘘をつかないこと、と理解しています。

大切なのは自分との約束を守ることでしょう。

自分との約束を守れない人は、他人との約束を守れません。

つまり、誠とは自分を偽らないこと、と考えておけばよいのかもしれません。

そして、それを貫くことができれば、人生の楽しみを享受できるのだと一斎先生は教えてくれています。


【原文】
「天下の物、理有らざる莫し」。この理即ち人心の霊なり。学者は当に先ず我れに在るの万物を窮むべし。孟子曰く、「万物皆我れに備わる。身に反りみて誠なれば、楽焉(これ)より大なるは莫し」と。即ち是(これ)なり。〔『言志晩録』第14章〕

【意訳】
『大学章句』五章の朱子補伝に「天下の物、理有らざる莫し」とある。ここでいう理とは人の心の霊性である。学問をする者はまず自分の中に備わっている万物の理を窮めるべきである。孟子は、「万物の道理は総て自分の本性に備わっている。それだから、自分自身に反省してみて、自分の本性に具わっている道理が、皆誠実であるならば、これほど大きい楽しみはない」と言っている。まさにこのことを言っているのだ

【一日一斎物語的解釈】
自分の本性に備わっている心の霊性は万物に備わる宇宙の摂理と一体である。心を磨き、心の誠に忠実であれば、万物と一体となる楽しみを享受できる。


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第1647日 「一燈」 と 「照国」 についての一考察

プロ・ミュージシャンの笠谷俊彦は、今日も曲作りに没頭していた。

一度はつかんだ栄光、そこから滑り落ちた今、そしてこの先どうなるのかという明日への不安と戦いながら、すでに2週間以上もギター一本を手に旅を続けている。

今日は内房の港町にいるようだ。

台風が去ったというのに、風は依然として強く、空一面を雲が覆っている。

太平洋のうねりを眼下に見渡せる場所で、笠谷はギターケースからギターを取り出した。

「目の前の暗闇を恐れるな。俺の手には小さな灯りがある。その灯りだけを頼りに進めばいい。目の前の一歩を
踏み出すんだ」

作詞家ふちすえあきの作った詩を読み直し、笠谷は静かに目を瞑った。

「ふちさん、俺の明日はどうなるのか不安で仕方がないですよ。でも、俺にとっての一燈はこのギターだ。こいつさえあれば、俺は道を切り開いていける。そうだよね?」

そのとき突然、雲の切れ間から細い一本の陽光が差し込んだ。

それが笠谷には、まるで天へと続く長く険しい一本道のように見えた。

「そうか、俺はまたここから長い上り坂を登り続けなければいけないんだな。でも、俺一人ではないんだ。俺と同じようにもがき苦しんでいる奴らと一緒に、この長い上り坂を登りきってみせるさ」

笠谷はギターのチューニングを始めた。

「いまは俺ひとりかも知れない。でも、俺がこのアルバムを完成させれば、同じ思いに共感した仲間が一緒に歩き出してくれるはずだ。そしていつか、この坂を上りきった先で、皆で涙を流して喜び合う日がくる」

C,G,Am,F とコードを奏でてみる。

「みんな待っててくれよ。もうすぐお前たちに新しい歌を届けるからな。てっぺんで合唱する応援歌をな!」


ひとりごと

一燈照隅、万燈照国。

これは最澄の言葉だと言われています。

ひとりが小さな灯りで自分の周囲を照らす。

ひとりでは小さい灯りかもしれないけれど、そうして一隅を照らす仲間が増えていけば、いつしか国中を照らす灯りとなる。

誰かの一燈を待つのではなく、自らが最初の一燈になりませんか?

徳は弧ならず、必ず隣有り。

きっと仲間が応援してくれるはずです。


【原文】
一燈を提げて暗夜を行く。暗夜を憂うること勿れ。只だ一燈を頼め。〔『言志晩録』第13章〕

【意訳】
暗い夜道をたっとひとつの提灯を下げて歩く。暗い夜を心配することはない。ただ手にする一燈を頼りに進めばよいのだ

【一日一斎物語的解釈】
遠い将来を心配する必要はない。ただ今やるべき事に全力を尽くせばよい。


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第1646日 「小欲」 と 「自制」 についての一考察

今日の神坂課長は、会社を定時であがり、佐藤部長と帰りの電車の中にいるようです。

「最近、メルカリで本を買うことが増えましてね」

「メルカリ? 神坂君は若いね」

「少しでもお小遣いを節約するために、中古本を買うことが多いのですが、これまではヤフオクを使っていたんですよ」

「ああ、ヤフーのオークションなら私も使ったことはあるよ」

「ただ、あれは送料がマチマチでしてね。Bオフのサイトの古本は、送料が750円とかべらぼうに高いのがあったりするんです。ところが、メルカリは送料込みでおまけに即決できるので、便利でわかりやすいんですよね」

「なるほどね。それでメルカリは人気があるんだね」

「そうだと思います。ただ、欲しい本をあらかじめ登録しているのですが、サイトを見るタイミングで安い商品が買われてしまっていたりするので、そこそこリーズナブルな価格だと『今買わないと損をする』と思ってしまって、ついつい買いすぎてしまうのが欠点ですね」

「ははは。本当に読みたい本なのか、今読むべき本なのか、そういう軸を持っておけばそういうことにはならないんじゃないの?」

「なるほど、たしかにそうですね。買ったはいいけど結局読まずに積読というパターンは結構多いですから」

「以前、寺田一清先生から聞いた話だけど、森信三先生は本は1冊だけ買って、できれば帰りの電車の中ででも
いいからすぐに読み始めるべきだ、と言っていたらしいよ」

「それが正しい読書かも知れませんね」

「ただね、寺田先生はそれができないと笑っていらしたけどね」

「ははは。なんか安心しました。やっぱりそういう小さな欲望を抑えていくことから心の鍛錬は始めるべきなんですよね?」

「そうだね。一斎先生は、そもそも人間の知性というのは、そうした欲望を制御できるものだと言っているからね」

「読みたい本を1冊だけ買って、それを読み終えたら次の本を買う。自分の欲望を抑えるのには良い鍛錬になるかも知れませんね」

「実は、私も以前にやってみたんだけどね。3ヶ月も続かなかったよ」

「部長でもダメですか? そりゃ、私には無理だなぁ」


ひとりごと

大きな欲望を抑えるより、小さな欲を抑えることの方が難しいのではないでしょうか?

小生は積読の大家です。

家にどれだけ買っただけで読んでいない本があるのか想像もつきません。

まずは、そうした小欲を抑えることが大欲を抑えるための準備になるのかも知れませんが、小人にはなかなか難しいものですよね。


【原文】
人心の霊、知有らざる莫し。只だ此の一知、即ち是れ霊光なり。嵐霧(らんむ)の指南と謂う可し。〔『言志晩録』第12章〕

【意訳】
人の心の霊妙なはたらきは、何事も知らないものはない。この知性こそが、霊妙な光であって、人間の欲心を正しく導くものといえる

【一日一斎物語的解釈】
本来、人の心は善良であって、自らの欲を抑制できるはずである。


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第1645日 「心」 と 「意識」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「さすがにお盆になると、クリニックさんは軒並み休みなので、ゆったり時間が流れますね」

「市内も道路は空いているよね。ただ、大型の台風が接近しているのが気になるけどね」

「すでに明日の新幹線や空の便は欠航になったようですね。帰省ラッシュが大混乱に陥るのは必至です。実家に帰っているメンバーも無事に戻ってこれるかどうか?」

「本当だね。心配だなぁ」

「適宜、連絡をとって、無理はしないように伝えています」

「そうして欲しいね」

「はい。ところで、部長。最近すごく考えてしまうことがありまして」

「何?」

「心配したり、喜んだりする意識というものは、形がないですよね。声に出せば録音できるし、文字に書けば記録として残すことはできます。しかし、意識というものは残しようがないですよね」

「それはそうだね」

「たとえば、あの京アニに放火した犯人がもしこのまま死んでしまったら、彼が何を考えていたのかは闇の中です。将来、脳を分析することで、このときはこう考えたといった意識を後から解明することは可能になるのでしょうか?」

「それはきわめて難しいだろうね。肉体や脳の死とともに、それらは跡形もなく消えてしまうだろうな」

「どれだけ脳科学が進歩しても、遡って解析することはできないのか? そう考えると、人間の意識というのは不思議なものですね。形はないけれど、たしかに私の中にも部長の中にもあるものです」

「うん。一斎先生は、心の本体は性だと言っているよね。そして朱子は、性とは宇宙の摂理そのものだと言っている。人は宇宙の摂理を身体に宿して生まれ、死ぬとすべてを宇宙にお返しして何も残さない。そこにどんな意味があるんだろうね?」

「宇宙の摂理に則れば、本来は善であるはずなのに、犯罪を犯す人が後を絶たないのは何故なのでしょう?」

「学問をしなければ、心は汚れていくからねぇ」

「考えれば考えるほど、人間の意識や心って不思議だなと思えてしまいます」

「お盆にゆっくりと思索を深めるというのは悪いことではないよ。ただし、その問いに答えがあるのかどうかはわからないけどね」

「この辺にしておきます。これ以上考えると眠れなくなりそうですから!」


ひとりごと

形のない「意識」はたしかに人を司っています。

現代の科学ではそれは脳の分野に属していますが、朱子や一斎先生の時代までは、心の問題だと把握されてきたようです。

しかし、いずれにしても意識を遡って解明することはできないでしょう。

人体の不思議を感じずにはいられません。


【原文】
認めて以て我れと為す者は気なり。認めて以て物と為す者も気なり。其の我れと物と皆気たるを知る者は、気の霊なり。霊は即ち心なり。其の本体は性なり。〔『言志晩録』第11章〕

【意訳】
自分で我と認めるものは気である。また物と認めるものも気である。我(主観)と物(客観)とが気であることを知るものは気の霊である。霊とは即ち心である。そしてその心の本体とは性である

【一日一斎物語的解釈】
主体と客体とを認識し、見分けるのは心の力である。人間の心は宇宙の摂理を体得したものであるから、本来は善なのだ。


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第1644日 「道心」 と 「人心」 についての一考察

神坂課長が務めるJ医療器械は、会社として定めた夏休みはなく、各自が7~9月の間に3日間の休みを取得する制度のようです。

神坂課長は、メンバーの休みを優先させて、本人は出社しているようです。

「なんだ、お盆の時期だというのに、大累も新美も出社かよ」

「そういう神坂さんだって、出てきてるじゃないですか」

「大累、俺はお前らみたいな暇人と違うが、メンバーに優先的に休みを取らせてやるために出社したんだよ」

「それは俺たちも一緒ですよ。な、新美」

「はい」

「そ、そうか。わが社の営業課長はみんな立派だな。自分の損得を後回しにして、まずはメンバー優先で考えるところが凄いよな」

「ま、まあ、そうですけど。自分で言わない方がいいような・・・」

「うっ、新美。なんか俺が小さい人間に聞こえるような言い方はやめてくれる・・・」

「そうだよ、新美。神坂さんが小さい人間であることは、みんな知ってるんだからな。おっと、暴力はだめですよ!」

「ちっ、先輩をバカにしておいて、自分勝手な野郎だ。だけどさ、自分の利を後回しにして、他人の利を優先するというのは、まずはこういうところから鍛錬していくしかないよな」

「たしかにそうですね。お客様や会社の仲間に対して、利己より利他を意識することなら、比較的簡単にできますからね」

「そうだな。理不尽な先輩であっても、先輩や上司だということでそれなりの敬意をもつ鍛錬を積むのにも最適な先輩がいるしな」

「クソ生意気な後輩や部下が一丁前な口をきいてきても、だまって笑顔で受け流す鍛錬をするのにも最適な輩が揃っているよな」

「ははは。二人はそうやって争い合っている素振りをしながら、本当は仲良しですもんね。うらやましい関係ですよ」

「どこがや!!」

「仲良くないわ!」

「それはさておき、人間というものは、自分のことより他人のことを優先できる心を持っているはずなんだよ。それが生きていくうちに、いつの間にか自分の利を優先する欲が育ってしまう。そのことをよく理解して、常に日常生活の場において自分の心を磨くしかないんだよな」

「そうですね。学ぼうと思えば、どんな出来事からも学ぶことはできますね」

「さて、おいしい食事からも何かを学びに行こうじゃないか。お盆に働いているんだから、ちょっとリッチにうなぎでも食べようぜ!」


ひとりごと

私欲にまさる公欲をもつことを意識することについては、これまでにも何度も書いてきました。

その前提は、人間はそもそも公欲を前提にして生きることができる、という真理でしょう。

自分を後回しにして他人を優先するという鍛錬は、まずは家族、次に同僚、そしてお客様、最後に社会というステップで進めていくとうまく行くはずですね。

何事も、スタートスモールで始めることが永く続ける秘訣のようです。


【原文】
学者は当に先ず自ら己の心有るを認むべし。而る後に存養に力を得。又当に自ら己の心無きを認むべし。而る後に存養に効を見る。〔『言志晩録』第10章〕

【意訳】
学問をする者はまず自分自身に心(道心)を有していることを認めるべきである。それでこそ心を存養する上で得るものが大きくなる。また、同じく自分自身に欲心(人心)の無いことを認めるべきである。欲心があっては、心を存養するにも効果は薄くなってしまう

【一日一斎物語的解釈】
人は世のために尽くしたいという心を生まれながらに有していることを理解して、自己修養に励む必要がある。自分の利を優先するような心のまま自己修養を行っても大した効果は期待できない


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第1643日 「立志」 と 「晩年」 についての一考察

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんの主査する論語の読書会に参加しているようです。

「ある時、葉公(しょうこう)という人が孔子の弟子の子路に、あなたの先生はどんな人なのかと尋ねたのですが、子路は何も答えなかったのだそうです」

「なぜ、何も答えなかったのですか」
神坂課長が問いを発したようです。

「これは学者先生によって解釈が異なるんだけどね。恐らくは一言で言い尽くせなかったのだと思う。あまりにも偉大で素晴らしい人に対しては、適切な言葉が見つからないものじゃないかな」

「たしかにそうですね。何を言っても安っぽくなってしまいますね」

「そうだよね。ところで、それを後で聞いた孔子が、子路に対して、『私は道を求めて得られないときには、悶々として食事をすることさえ忘れ、道を得ることができれば嬉しくて辛いことなどすべて忘れてしまい、もう老いがそこ迄迫ってきているのにそれに気づくことがない、そんな人間だと言ってくれれば良かったのだよと答えている」

「なんだか、カッコいいですね」

「これは見事な孔子の自己紹介になっているよね。こんな自己紹介を身につけたいと思ってしまう」

「本当だな。私の自己紹介はこの孔子の言葉を借りて作り上げてみようかな」

「いいねぇ、ぜひ、やってみてよ」

「あすのレースの予想に夢中になると食事も忘れ、たまに馬券が当たるとそれまでに外れた馬券のこともすべて忘れ、結構いい歳になったのに、それに気づかず若者と一緒に声を張り上げている、そういう人ですよね、神坂さんは」

「ゴン!」

「痛ぇ、事実じゃないですか!」

「大累、事実なら何を言ってもいいと思うなよ。しかし、残念ながら事実ではないな。たまに馬券が当たるというところが間違っている。馬券はそこそこ当っているからな」

「そこですか?」

読書会に参加した一同は大爆笑です。

「ギャンブルにそこまでのめり込まれると困るけど、なにかひとつ大きな志を掲げて、そのために食事や憂い事を忘れてしまい、年老いたことすら気づかないでいられるような人生は素晴らしいよね」

「サイさん、そういう志を見つけないといけませんね。世のため人のためになる大きな志をね」

「はい、皆さん。神坂君が上手にこの章をまとめてくれたので、3回音読して次の章に行きましょう」


ひとりごと

この物語で取り上げている『論語』の章句は、述而第七篇にある大変有名な章句です。

孔子が自ら描いた晩年の自画像です。

また、絶妙は自己紹介になっていると感じます。

自分自身をこんな風に自己紹介できるような晩年を過ごしたいものです。


【原文】
「憤を発して食を忘る」とは、志気是の如し。「楽しんで以て憂を忘る」とは、心体是の如し。「老の将に至らんとするを知らず」とは、命を知り天を楽しむこと是の如し。聖人は人と同じからず。又人と異ならず。〔『言志晩録』第9章〕

【意訳】
孔子が「憤を発して食を忘る」と言ったのは、その志がそのように高かったことを指している。「楽しんで以て憂を忘る」と言ったのは、その心がそのようであったことを指している。「老の将に至らんとするを知らず」と言ったのは、孔子が天命を楽しんでいたことを示している。このように聖人と呼ばれる人は一般人にはないものを持っているようであるが、しかし一方では大きく異なるわけではない

【一日一斎物語的解釈】
食事を忘れ、憂いを忘れ、身体に老いがきていることも忘れるくらいに、天命と信じる仕事に没頭できることほど幸せなことはない。


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