一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2019年09月

第1692日 「座右銘」 と 「実践法」 についての一考察

今日の神坂課長は、元同僚西郷さんの『論語』の読書会に参加しているようです。

「孔子の弟子たちは、孔子の言葉を各自が各々の方法で大切にしているのです」

「どんな方法ですか?」
神坂課長が質問したようです。

「たとえば顔回は、常にそれを実践しますと言っているし、子張は自分の常に身につける着物の帯に言葉を書き付けたというし、子路は日々暗誦したそうだよ」

「私は最近はすっかり子路のファンになったので、子路と同じく好きな言葉を毎日暗誦しようかな」

「いいね。方法はどうあれ、片時も忘れないようにするという意味では三者とも同じだよね」

「たしかにそうですね。私なんかは、座右の銘はこれです、なんてカッコいいことを言いながら、普段はその言葉を忘れていますからね」

「神坂さん、それは私も一緒ですよ」

「杉田さんもですか? 杉田さんなら常に意識して行動しているのかと思っていましたよ」

「実は手帳の最初のページに書いてあるんですけど、それでも毎日見返すことができていません。まだまだです」

「中江藤樹先生は、お弟子さんたちと毎朝『孝経』を読み上げたそうだよ」

「朝をそういう方法でスタートするというのは凛として良いですね。ところで、サイさんは、どういう方法で大切な言葉と取り組んでいるのですか?」

「私も子路と同じく、暗誦する派だな。実は最近、『教育勅語』の素晴らしさにあらためて気づかされてね。今は毎朝読み上げているんだよ」

「暗記したんですか?」

「できれば最後は暗誦したいと思っているけど、この年になると記憶力が低下してね」

「『教育勅語』に『孝経』か。どれも魅力的だなぁ。私も毎朝暗誦できるものを見つけます!」


ひとりごと

小生は最近、『教育勅語』の素晴らしさに改めて気づき、時々暗誦しています。

ロクに内容も知らない人に限って、『教育勅語』は戦争を美化する危険思想だと言います。

本当にしっかりと読み込んだ上でそう言っているのでしょうか?

もし「一旦緩急あれば、義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼す」という部分が問題だというなら、百歩譲って、そこだけを改訂すればよいのではないでしょうか?

それとも、「父母に孝に、兄弟に友に、夫婦相和し、朋友相信じ」という部分もおかしいというのでしょうか?

極論で物事を論ずるべきではないと断じます!!


【原文】
顔淵、仲弓は、「請う斯の語を事とせん」と。子張は「諸を紳に書す」。子路は「終身之を誦す」。孔門に在りては、往往にして一二の要語を服膺すること是の如き有り。親切と謂う可し。後人の標目の類と同じからず。〔『言志晩録』第58条〕

【意訳】
孔子の高弟で徳行で優れているとされる顔回と仲弓は、「孔子から教えられた言葉を一生大切にして実践します」と言っている。子張は「孔子の言葉を帯に書き付けた」とされる。子路は「孔子から教えられたことを一生暗誦します」と言った。孔子の門下にあっては、弟子たちはこのように一つ二つの重要な言葉を拳拳服膺した。その身に切実であったと言えよう。後世の人々が目標としたのとはまったく異なる行為であったる。

【一日一斎物語的解釈】
自分自身が座右の銘とする言葉については、自分なりの方法で大切にし、真摯に取り組むべきである。


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第1691日 「正義」 と 「多様性」 についての一考察

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と食事をしているようです。

「世界では相変わらず宗教的な対立が後を絶ちませんね」

「そうだなぁ。まあ、日本でも仏教の宗派が対立しているなんていうのもあるからね」

「なんだか本末転倒な気がしますよね。信者に心の安らぎを与えるのが宗教なんじゃないのかなぁ」

「まったくだね。なにか一つの宗旨だけを正しいものだと決めつけるから、そういう間違った考え方や行動が生まれるんだろうな」

「自分だけが正しいという考え方は危険ですね。人それぞれに意見や考え方の違いがあることを認めて、ゆるやかにつながる社会を目指したいですね」

「多様性を認めるってことかな。すくなくとも職場や家庭はそうありたいな」

「とはいえ、自分の心に軸がないと、相手の意見に簡単に左右されるやすくなりますよね。まずは自分の確立が最優先というところでしょうか?」

「心に軸を持ちつつも、相手の意見には敏感に、時には自分の考えを改める準備をしておくということか」

「そういう心構えができたら素晴らしいですね」

「神坂君は、まだそこまでは達してないの?」

「見てお分かりのとおりですよ。特に部下から何か意見を言われると、つい論破してやろうと思ってしまいますから」

「そして、論破できそうもないとわかると・・・」

「地位と権力を利用して、圧力をかける」

「最低だね!」

「なんか今のは誘導尋問だよなぁ。いまはその最低レベルからは脱出しつつあるとは思うのですが」

「たしかに神坂君は変わった。カミサマだけに、そろそろ新しい宗教を立ち上げるんじゃないかと心配しているよ」

「それじゃ、余計にダメじゃないですか!」


ひとりごと

最近、常々思うのですが、自分の考えを正しいと思い込むことはとても危険なことですね。

自分とは違う意見を正の反対、つまり悪だと捉えがちになります。

日本は八百万の神を信奉する国です。

日本人は多様性を受け入れやすい国民のはずです。

多様性を受け容れてゆるやかにつながる社会を目指すべきですね。


【原文】
古人は各々得力の処有り。挙げて以て指示するは可なり。但だ其の入路各々異なり、後人(こうじん)透会(とうかい)して之を得る能わず。乃ち受くる所に偏して、一を執りて以て宗旨と為し、終に流弊(りゅうへい)を生ずるに至る。余は則ち透会して一と為し、名目を立てざらんと欲す。蓋し其の名目を立てざるは、即便(すなわち)我が宗旨なり。人或いは議して曰く、「是(かく)の如くんば、則ち柁(かじ)無きの舟の如し、泊処(はくしょ)を知らず」と。余謂う、「心即ち柁なり。其の力を著(つ)くる処は、各人の自得に在り。必ずしも同じからざるなり」と。蓋し一を執りて百を廃するは、卻(かえ)って泊処を得ず。 〔『言志晩録』第57条〕

【意訳】
昔の人が各々自得した所をもって世間に顕示することはよい事である。ただ、その自得の方法は各々異なっているので、後世の人が同じように自得することは難しい。つまり、教えられたことに片寄って、特定のものをとって宗旨とするために、遂には弊害を生ずることになる。私は自得することを第一として特定の名目に振り回されないようにしている。思うに、名目を立てない所が、私の宗旨だといえよう。人がそれを批評して「それでは、柁の無い舟のようなもので、舟の定着場所がわからない」というであろう。私はこう考える、「そもそも自分の心こそが柁なのである。その力の着け所は、各人が自ら悟るところにあるのだから、必ずしも同じ型にはめようとする必要はない」と。一つの宗旨に偏って他の百の事を廃してしまったたならば、かえって舟の定着場所が得られなくなるであろう

【一日一斎物語的解釈】
ある特定の考え方だけを信奉して、他を排するような考え方は行為は慎むべきである。思考は常に臨機応変であってよいのだ。


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第1690日 「矢印」 と 「自省」 についての一考察

今日の神坂課長は、久しぶりに相原会長と夕食をしているようです。

「会長、最近あまり私の席に来てくれなかったですね」

「忙しい人を邪魔しちゃいけないからね!」

「それ本心ですか? なんか嘘くさいなぁ」

「バレたか。実はね、姉の具合が悪くて、この2週間くらい実家に戻っていたんだよ」

「あ、そうだったのですか、すみません」

「いいの、いいの。一時はかなり危なかったんだけど、なんとか峠は越したみたいだからね」

「それは良かったですね」

「姉はもともとかなりオテンバな人でね。結構周りには迷惑をかけてきた人なんだよね。3度も離婚しているしね」

「バツ3ですか? 芸能人みたいですね」

「そんな姉が弱気になって、こんなことを言ったんだよ。自分はなにか良くないことがあると、すべて他人のせいにしてきた。自分は間違っていないって。でも、そうやって他人のせいにばかりしてきたから、結局、幸せな人生を送れなかったってね」

「矢印を自分に向けろってことですね」

「うん。姉にとっては僕はいつまでも弟なんだよね。お前は気をつけろって言うんだ。僕は、もう現役でもないし、もうすぐ75歳だよ。(笑)」

「でも、うらやましいですよ。俺の兄貴は先に死んじまったんで」

「ああ、そうだったね。ゴメンね。でもね、僕は姉からその話を聞いたときに、これは神坂君に話したいなと思ったの」

「えっ?」

「最近の神坂君は成長したから大丈夫だとは思うけど、ぜひ姉のメッセージを噛みしめてもらいたいな」

「会長・・・」

「やっぱり何ごとも自分次第だからね。自分の人生を動かせるのは自分だけだよ。いろいろと本を読んでいるようだけど、昔の偉い人がいかに自分に矢印を向けて成長したかを読み取ると良いんじゃないかな?」

「会長、ありがとうございます。なんか会長が兄貴に見えてきました・・・」

「神坂君、泣いてるの?」

「泣いてません。会長が目を瞑っている間に目薬をさしただけです」

「嘘くさいな」


ひとりごと

小生は、10月から新しい会社に務めます。

今の会社では、研修をとおして多くの言葉を伝えました。

その中で、ある後輩社員さんが、「矢印を自分に向ける」という言葉が自分の仕事の仕方を大きく変えた、と言ってくれました。

しかし、そんな偉そうなことを言った自分自身はどうなのか?

矢印をしっかりと自分に向けられているのか?

まさに自分を見つめ直す時のようです。


【原文】
自得は畢竟己に在り。故に能く古人自得の処を取りて之を鎔化(ようか)す。今人自得無し。故に鎔化も亦能わず。〔『言志晩録』第56条〕

【意訳】
悟りを得るということは、結局自分自身にかかっている。それゆえ、自得した人は、昔の人が自ら悟り得たことを更に溶かし込んで自分のものとする。ところが今の人は自ら悟ることがない。それゆえに昔の人が自得したことを溶かし込んで自分のものにすることができないのだ

【一日一斎物語的解釈】
己をよく見つめ直すことで、人間は成長する。古今の偉人がいかに自分を見つめ直して徳を磨いたかを学ぶべきである。


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第1689日 「新規創造」 と 「固定観念」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業2課の本田さんと同行しているようです。

「最近、石崎のやつが突飛なことばかり言うんですよ」

「へぇ、たとえば?」

「昨日は、いつまでも出待ちの営業をするのではなく、もっとITを活用すべきだとか言ってました」

「あながち間違ってないんじゃないの?」

「しかし、我々の業界でWEB面談ツールを使ってドクターと商談をするなんていうのは考えられませんよ。足繁く通った営業が評価される業界ですから」

「まあな。でもさ、他の業界ではそういう営業が一般化しているんだろう? たしか、インサイド・セールスとかいうらしい。欧米ではすでにセールスの40%がインサイド・セールスだって、相原会長が言ってたぞ」

「それはソフトウェアとかの業界の話じゃないですか?」

「本田君もやや頭が固くなってきたんじゃないの?」

「えっ?」

「一般的な意見じゃなくて、突飛な意見だからダメだという発想は危険じゃない? 世の中はすごいスピードで変わっている。たぶん10年後にはIT化されていない医療機器なんて無くなるんじゃないかな?」

「まあ、それはそうでしょうけど。それと営業とは違うような気が・・・」

「俺もちょっとインサイド・セールスについては調べてみるよ。どうせなら業界で最初にチャレンジする企業になりたいじゃないか!」

「神坂課長は、相変わらずチャレンジャーですね」

「それが俺の取柄だ。もちろん危険な側面でもあるけどね!」


ひとりごと

何か新しいことを実施しようとすれば、かならず抵抗勢力とぶつかります。

彼らは、前例がないことを盾にチャレンジを阻止しようとします。

しかし、前例がないことをやるからこそ、ブレイクスルーが生まれます。

いつまでも柔らかい発想を持ち続け、若い人の意見を素直に聞けるビジネスマンであり続けましょう!


【原文】
独得の見は私に似たり。人其の驟(にわ)かに至るを驚く。平凡の議は公に似たり。世其の狃(な)れ聞くに安んず。凡そ人の言を聴くには、宜しく虚懐にして之を邀(むか)うべし。苟(いやし)くも狃れ聞くに安んずる勿(な)くば可なり。〔『言志晩録』第55条〕

【意訳】
その人独自の見解というのは私見のようにみえる。人はそれを突然聞いて驚いてしまう。一方、世間一般の議論は公的な見解のようにみえる。世間は聞き慣れていることで安心するものである。概して人の意見を聞く際には、虚心坦懐な心で相対するべきである。仮にも慣れ親しんだ意見に安心するようなことではいけない

【一日一斎物語的解釈】
他人の独自の意見を一般論でないからとはねつけてはいけない。人の意見を聞くときは、私見を捨て、虚心坦懐に胸襟を開くべきだ。


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第1688日 「宇宙の摂理」 と 「人の一生」 についての一考察

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生のご自宅を訪ねたようです。

「神坂君、この世の中って面白いよね」

「は、はい? 何がですか?」

「昨年、僕の友人が亡くなったんだけどね。その半年後にお孫さんにお子さんが生まれたんだ。つまりひ孫だよね」

「そうですね・・・」

「そのひ孫の名前が嶺太(れいた)君と名付けられた。ところで、その友人の名前は峰太郎という名前でね。彼の戒名にはその『嶺』の字が入っていたんだよ」

「まるでひ孫さんは、ひいおじいちゃんの生まれ変わりみたいですね?」

「まさに生まれ変わりのようだよね」

「凄い話ですね。当然、その名付け親は戒名のことは知らなかったんですよね?」

「知らなかったらしいよ。驚いたと言っていたからね」

「やっぱりすべては宇宙の摂理で貫かれているんでしょうかね?」

「うん。僕たちは自分の意志で何かを決めているようで、実は大きな何かに動かされているのかも知れないね」

「不思議ですねぇ」

「『淮南子』という古典にはね、『 天地の道は極まれば則ち反(かえ)り、盈(みつ)れば則ち損(そん)ず』とある。これはまさに宇宙の摂理のことを言っているんだろうね」

「私は最初に佐藤の部下になったとき、なんて面倒な人の下についたんだろうと自分を呪いました。(笑)」

「でも、今となっては、その出会いが神坂君の運命を変えたんだね」

「はい。その時は自分が古典を読むことになるなんて思ってもみなかったですから」

「そう考えると、人の一生というのは見事な物語になっているのかもね」

「そうですね。果たして私の人生の物語はどんなラストを迎えるのかなぁ」

「神坂君のラストシーンは、なかなか壮大なスケールになるかもね。私は淡々とした終わり方がいいなぁ」

「長谷川先生、私も穏やかに逝かせてください!」


ひとりごと

実はこの物語の戒名の話は実話です。

小生の祖父の戒名と息子の名に同じ「嶺」の字があるのです。

息子の名付け親は小生ですが、名前をつけた時点では祖父の戒名を知りませんでした。

そのとき、息子は祖父の生まれ変わりなんだなと気づきました。

こうした不思議な出来事は皆さんの周りにいくらでもあるでしょう。

やはり、我々は宇宙の摂理の中で生かされているのでしょうね。


【原文】
宇宙間に一気斡旋す。先を開く者は必ず後を結ぶ有り。久しきを持する者は必ず転化有り。抑える者は必ず揚り、滞る者は必ず通ず。一隆一替(いちりゅういったい)、必ず相倚伏(いふく)す。恰(あたか)も是れ一篇の好文辞なり。〔『言志晩録』第54条〕

【意訳】
宇宙の間には気があって調和を保っている。先に開いたものは後でそれが結合する。長く持続したものは必ず変転する。抑えつければ必ず揚り、滞ればいつかは通じる。このように盛んになることと衰えることは、常に交互に繰り返されている。これはまるで一篇の優れた文章のようである

【一日一斎物語的解釈】
万物は宇宙の摂理に貫かれている。盈れば必ず損ずるのが世の常である。まるで人の一生は、一編の優れた小説のようでもある。


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第1687日 「有識者」 と 「名文」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「一斎先生って、朱子学の大家ですよね。それなのに、当時は異端の学だとされた陽明学も教えていたらしいですね?」

「そこが一斎先生の凄いところでね。正規の場、つまり昌平坂学問所では朱子学を教えていたんだけど、私塾では陽明学も随所に取り入れていたようだね」

「ある意味で日本人的ですね。日本は神様も八百万の神を認めているし、なにかひとつのことに限定するという発想がないのが良いよなぁ」

「ひとつのことを正だと思ってしまうと、それとは違う意見を受け容れられなくなるからね」

「私もワンパターンの指導にならないように気をつけます。ところで、部長は陽明学の本も読まれているんですよね?」

「うん、陽明の『伝習録』は読んでいるよ。あとは日本の陽明学の祖と言われている中江藤樹先生の本も何冊かね」

「私も何か読んでみようかと思っています。何が良いですか?」

「陽明学というくらいだから、やはりまず王陽明の『伝習録』を読んだら良いんじゃないかな。あの本には『抜本塞源論』と呼ばれる名文があるからね」

「どんな内容なのですか?」

「簡単に言えば、本を抜き源を塞(ふさ)ぐということで、問題を解決するには抜本的な対策をすべきだということが書かれているんだよ」

「それは我々の仕事にも活かせそうですね」

「その中にとても有名な言葉があってね。神坂君は『事上磨』という言葉を聞いたことがあるかい?」

「いえ、ないです」

修養というものは、読書をしたり、あるいは何か特別なことをすることではなく、事上つまり日常の行動・実践を通じて磨いていくべきものだ、という教えを言うんだ。まさに実践を重視する陽明学のエッセンスのような言葉だよね」

「おー、益々興味が湧いてきました。伝習録』をさっそく読んでみます。その後は、中江藤樹かな?」

「素晴らしい。藤樹先生の本を一冊読み終えたら、藤樹書院に一緒に行ってみようよ」

「いいですね、ぜひお願いします!」


ひとりごと

何か新しいジャンルの本に挑戦するときは、まずはその道の代表者および代表的著作から入るのが王道でしょう。

ただし、中国古典の場合は、中国語を理解できない限り白文を読むことはできませんので、学者先生の訳に頼ることになります。

つまり、どの訳者・解説者を選ぶかも重要になってきます。

小生は守屋洋先生の本で中国古典の面白さに目覚めましたので、今でも守屋先生の本が出ると必ず購入します。

守屋先生から入って、別の学者先生の解説本を入手するというのが、小生のパターンです。


【原文】
王文成の抜本塞源論・尊経閣記は、古今独歩と謂う可し。陳龍川の酌古論、方正学の深慮論は、世を隔てて相頡頏(けっこう)す。並びに有識の文と為す。〔『言志晩録』第53条〕

【意訳】
王陽明の『抜本塞源論(ばっぽんそくげんろん)稽山書院尊経閣記(そんけいかくき)とは、古今を通じて他に類を見ないほど優れた文章である。陳亮の酌古論や方考孺の深慮論は、王陽明とは時代を異にしていながら、甲乙つけ難いものである。これらはみな有識者の文章といえよう

【一日一斎物語的解釈】
書を選ぶ際は、その道の有識者の名文を選んで熟読すべきである。


「事情磨錬」の文字は、下記ブログから転用しました。
https://kateidetaiken.jp/blog/180312


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第1686日 「文章」 と 「人間性」 についての一考察

中野みどりは作家になることを夢見て、文章を書き続けている。

恩師の薦めで読んだ中江藤樹の本に感化され、滋賀県高島市の藤樹記念館を訪ね、そこで偶然知り合った佐藤という紳士からも藤樹の本をプレゼントされた。

そして、次の小説の構想を固めた後、ふたたび藤樹のふるさと上小川を訪ね、そこに2泊して、物語のあらすじを書き終えていた。

恩師の立花から原稿を読み終えたと連絡を受けたみどりは、立花のもとを訪ねた。

「先生、今回の原稿はどうですか?」

「今までのものに比べれば格段に面白くなった。いわゆるビジネス小説としての学びもあるしな」

「ありがとうございます!」

「ただなぁ」

「はい・・・」

文章には見事に人間性や想いが出てしまうものだ。この文章からは、上手い文章を書こうという意識が端々に垣間見える」

「そんなつもりは全然ないんですけど・・・」

「みどり、前にも言ったが、誠を立てろ。この主人公と同じような境遇の若いビジネスマンが、深い共感を抱くような言葉を選べ」

「まだまだ誠が足りないと?」

「私はそう思う。お前は読者に上手い文章を書く作家と呼ばれるのと、多くの共感を感じる作家と呼ばれるのではどちらが良いんだ?

「それはもちろん、共感を感じてもらえる作家になりたいです」

「ターゲットとする読者層はお前と同世代の若者なんだろう?」

「はい、そうです」

「それならその世代の若者の使う言葉や感覚を大事にするんだ。この本を読んだ若者は、作者はずっと年上の人だと思うだろう。それでは駄目なんじゃないか?」

「立花先生、ありがとうございます。私は藤樹先生のふるさとを訪ねて、誠というものを理解したつもりになっていました。でも、まだまだ全然わかっていなかったんですね。もう一度、『鑑草』と『翁問答』を読み返してみます!」

「みどり、あと少しというところまで来ているんだ。ここからは焦らずに、しっかりと自分の想いと向き合い、じっくりと言葉を選んで原稿を完成させるんだ」

「はい!」

(中野みどりの物語については、第1582日、1588日、1589日、1648日をご参照ください)


ひとりごと

一斎先生は、文章にはその人の性格が見事に顕れるといいます。

一度書いて公にしてしまった文章は、あとで取り消すことができません。

まず文章を書く際は、平静な心の状態のときに、しっかりと言葉を選んで自分の想いを乗せることを心がけねばなりませんね。


【原文】
文詞は以て其の人と為りを見る可し。況や復た留貽(りゅうい)するをや。宜しく修辞立誠を以て眼目と為すべし。〔『言志晩録』第52条〕

【意訳】
文章を通して、それを書いた人の人間性をみることができる。ましてやそれが後世まで残るものであるから、言葉を修めて誠を立てることを最大の目的としておかねばならい

【一日一斎物語的解釈】
文章には書いた人の人間性が如実に顕れる。だからこそ、言葉を飾らず自分の誠を書き記すことを意識すべきなのだ。


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第1685日 「想い」 と 「飾り」 についての一考察

シンガーソングライターの笠谷俊彦は、最新アルバムの曲作りの仕上げに入っていた。

「ふちさん(作詞家・ふちすえあき)の詩は本当にシンプルで飾りがないですよね」

「それがあの人の詩の特徴であり、他の作詞家が真似をできないところさ」
マネージャーの和田である。

「俺の想いはすべてふちさんに伝えました。ふちさんは、その想いに加えて、ふちさん自身の描くサクセスストーリーを重ねたと言っていました」

「俺も詩を読ませてもらったが、魂を揺さぶられたよ」

「俺以上に、俺の想いを言葉に置き換えてくれました!」

「このアルバムの物語のとおりにお前が夢をつかむことを想像したら涙が止まらなかった」

「和田さん・・・」

「ふちさんの作詞術をお前もしっかり勉強しろよ。ふちさんの詩に比べると、これまでのお前の詩はやはり余計な飾りが多かったように思うな」

「うん、それはまったく同感だよ。つい恰好をつけてしまうのが俺のダメなところだった。難しい言葉や昔の言葉を混ぜれば詩が高尚になると考えていた」

「それはかえってマイナスだったんだな」

「そうだね。でも、ふちさんみたいにシンプルにするのは、すごく大変だよ。恐らくふちさんは、膨大な量の詩を書いて、そこからどんどん言葉を削ぎ落してここまでたどり着くのだと思う」

「あの人は、一曲の物語を書くときに、その前後のことまで明確にイメージするらしい。曲にはまったく書かれていないことをな」

「すごい! そんな発想は俺にはなかった。今度会う時に、歌詞になっていない物語を聞かせてもらいたい」

「企業秘密かも知れないぞ」

「それなら仕方ないけど、あの人はそんなケチな人じゃないよね?」

「俺もそう思う」

「これだけシンプルで力強い詩に曲をつけるというのは、かえってすごく難しかった。俺も全12曲すべてに複数のメロディーを作ってみた。曲によっては5パターンのメロディをつくった曲もある。後は、和田さんと一緒にどの曲にするかを決めたいんだ」

「よし、じっくり聞かせてもらうよ」

(笠谷俊彦の物語をはじめから読みたい方は、第1586日、1587日、1599日、1613日、1631日、1641日、1647日をご覧ください)


ひとりごと

コミュニケーションとは、相手がどう受け取ったかで決まります。

コチラの想いが誤って伝わったとすれば、それは伝え方の問題なのです。

伝えたいことがあるなら、文章や言葉を飾る必要はありません。

ただその想いを真直ぐに伝えれば良いのです。


【原文】
文は能く意を達し、詩は能く志を言う。此の如きのみ。綺語麗辞、之を佞口(ねいこう)に比す。吾が曹の屑(いさぎよ)しとせざる所なり。〔『言志晩録』第51条〕

【意訳】
文章は自分の思いが伝わればよく、詩は自分の心の在り様が伝わればよい。ただそれだけである。みだりに美しく飾った言葉や文章は、こびへつらいのようなもので、我が門においては必要のないものである

【一日一斎物語的解釈】
コミュニケーションは、自分の想いが相手に正しく伝わることが重要である。飾った言葉を使うことに必要以上に時間をかける必要はない。


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第1684日 「憂い」 と 「現実」 についての一考察

今日の神坂課長は、休日を自宅でゆったりと過ごしているようです。

「休み中にどこにも出掛けないなんて珍しいね」

「たまには夫婦水入らずというのも良いだろう?」

「残念、私はこれから友達とランチに行ってきます」

「マジかよ、じゃあお昼は?」

「そこにカップラーメンがあるから、それを食べて」

「ちぇっ、寂しい休日になりそうだ」

「ねぇ、今日のランチはパスタなんだけど、白はやめたほうがいいかな?」

「なんで?」

「なんでって、もしソースが飛び散ったら目立つじゃない」

「飛び散らないように食えばいいじゃん」

「よく言うわよ。カレーうどんを食べて帰った日は、必ずスーツをクリーニングに出してって言ってくるくせに」

「必ずではないだろう。3回に2回くらいだよ」

「十分多いわ!! そういえば、今日はラグビーの試合がTスタであるんだった。道が混むよね。バスより電車の方がいいかな。本当ならバスの方が早いんだけど、遅刻したら申し訳ないしなぁ・・・」

「そう思うなら早く出てバスに乗って行けばいいじゃん」

「女は準備に時間がかかるの! 男みたいに髭も剃らずに外に出るなんてことはできないんだから」

「昼飯も作る時間もないくらいな!」

「そうよ。だいたい、今日もどこかに出掛けていくもんだと思ってたもん。天気も微妙よね。降水確率20%なんだけど、傘を持っていくべきか。傘があると邪魔なんだけどなぁ」

「置いてくだろ、20%なら!」

「もし降ったらどうするのよ!」

「菜穂、お前さ。起こるかどうかもわからないことによくそれだけ心配できるな。そんなレアケースを心配するより、せっかくのランチを楽しむことを考えればいいじゃん」

「その不安があるとランチが楽しめないじゃない!」

「こりゃダメだ。男と女の思考の違いか。女は悲劇のヒロインを演じるのが好きだもんな」

「もういい、何も相談しない! こんな無駄な会話している間に時間がなくなったから、タクシーで行くからね!!」

「タクシーなんて選択肢がいつの間に出て来たんだよ。しかも、一番コストが高いやつじゃないか。さてはお前、最初からタクシーで行きたくて、俺をはめたな!!」

「あ、ゴメン。もう本当に時間がないから、行ってきまーす。タクシーでね!」


ひとりごと

皆様のご家庭でも、上記のようなやりとりがあるのではないでしょうか?

我が家は日常茶飯事です。

そして徐々に険悪なムードが流れ始めます。

起こりもしない憂い事を想定するより、目の前のことに力を尽し、少しでも良い方向にもっていくべきですよね。

あ、これは仕事の話ですが・・・。


【原文】
文詞筆翰(ひつかん)は芸なり。善く之を用うれば、則ち心学においても亦益有り。或いは志を溺らすを以て之を病むは、是れ噎(えつ)に因りて食を廃す。〔『言志晩録』第50条〕

【意訳】
詩歌や文章や書をつくることは一つの芸である。これを善い方向に用いれば、心を養う上において有益である。しかし志を惑溺させることを恐れてこれを用いないのは、むせぶのがいやだといって、食事をしないようなもの(小さい障害のために肝心なことをしないようなもの)である

【一日一斎物語的解釈】
ごく稀にしか起こらないことを心配して行動しないのでは、何ごとも成就しない。どんな物事にも善悪の両面があるのだから、善い面をとらえて自分の身に益すればよい。


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第1683日 「著者の想い」 と 「読書の喜び」 についての一考察

今日の神坂課長は、ブックランド・バディーズにいるようです。(昨日のつづき)

「私は説教臭い本は苦手です。ああしなさい、こうしなさいと書かれているとなんだか窮屈に感じるんですよ」

「じゃあ、するめさんは経書とかは苦手ですか?」

「神坂さん、正直に言うとそうなんです。『論語』は面白いと思いますが、『孟子』は苦手です」

「ああ、わかる気がします。孔子という人には説教臭いところがないですよね。孟子はやや強引に言いくるめようとするところがあります」

「さすがは、佐藤さん。私もそう感じてしまうんです。『論語』の中の孔子と弟子達とのやり取りは、すごく人間臭いし、読んでいて心に映像が浮かんできます」

「わかるなぁ。私は子路が大好きです。ちょっと無鉄砲なんだけど、すごく人間臭い。孔子のことが大好きで、時には孔子に説教をしてしまう。そんな子路を孔子も心から愛していますよね」

「そういえば、神坂君は子路に似ているかもね」

「そうですか? 私はあんなに無鉄砲ではないと思いますけど・・・」

「・・・」

「ははは。子路や子貢と孔子のやり取りは本当に楽しい。神坂さん、僕はね、著者が人に知識を誇示するために書かれた本はお店に置かないようにしています

「へぇ、ではどういう本を薦めているのですか?」

「著者が書きたくて仕方がないことを自らが楽しんで書いている、ということを感じられる本が好きです。そういう本に出会うと大量に仕入れてお店に置くんです」

「それ、わかる気がします。営業の世界でも、営業マンが本当にその商品が好きだということが伝わると、お客様はイエスをくれます。どんなに上手に商品を説明しても、そういう気持ちがないと、かえって説得しようとする意図が伝わって、お客様はNOを出すのです」

「面白い! まったくそれと同じですね」

「神坂君は昔からそうでした。その商品が本当にお客様のお役に立つと思ったときしか商品を薦めない。それじゃ売上計画を達成できないから、もう少し売る努力をしてくれと何度も言うのですが、『私は売上計画を達成するために営業をしているわけではありません』と言って売ってくれなかったもんね」

「そ、それは若い頃の話じゃないですか・・・。今は会社の計画達成とお客様へのお役立ちを両立させるために、馬鹿な頭をフル回転しているんですから!」

「若い頃? 少なくとも3年くらい前まではそうだった気がするけどなぁ・・・」

「ははは。私には佐藤さんと神坂さんの会話が、孔子と子路の会話に見えてきましたよ」


ひとりごと

著者が溢れる想いを書かずにはいられないという感じで書いた本には、人の心を揺さぶるものがありますね。

そんな本に出会うと、読む側も嬉しくなります。

これからも本との偶然の出会いを楽しみに、足繁く書店に通うつもりです。


【原文】
著書は只だ自ら怡悦(いえつ)するを要し、初めより人に示すの念有るを要せず。〔『言志晩録』第49条〕

【意訳】
書物を著述するのは、ただ自ら悦び楽しめば良いのであって、人に誇示するという思いを抱いてはいけない

【一日一斎物語的解釈】
書籍を選ぶ際は、著者が書きたいことを楽しみながら書いているような本を選べばよい。


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