一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年01月

第1815日 「過越」 と 「過愆」 についての一考察

今日の神坂課長は、行きつけの喫茶店で個室を借りたようです。

「今日は、これを持ってきたんだよな」

カバンの中から「徳川家康公遺訓」を取り出したようです」

『人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず

「出だしが良いよなぁ。苦労に苦労を重ねて天下を取った人の言葉だけに思いな

『不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし』

「足るを知るというやつか。何か欲が出てきたら、苦しかった過去を思い出せというアドバイスも染みるな」

『堪忍は無事長久の基、いかりは敵と思え』

「俺にとっては、ここが一番重要かもなぁ。怒りという感情は自分の敵なのか。これから先もプチンと来そうなときには、この言葉を思い出そう。そうだ、手帳の一ページ目に書いておこう」

コーヒーをひとくち啜り、手帳に言葉を記入しています。

『勝つことばかり知りて、負くることを知らざれば、害その身にいたる』

「勝ち続けたいとは思うけど、やはり負けることもある。負けたときに初めて敗者の気持ちが理解できるんだよな」

『おのれを責めて人を責むるな』

「矢印を自分に向けろということだな。すぐに他人のせいにしたがる奴が多いけど、100%相手が悪いということはないからな。それに他人を変えるのは、その人の課題であって、俺の課題ではない。自分を変えることで、他人も変わるんだったな」

『及ばざるは過ぎたるよりまされり』

「おお、ここは孔子とは違う意見なんだな。孔子は、過ぎることも及ばないことも同じで、どちらもダメだという考え方だったけど、家康さんは、及ばない方がマシだと言っているのか」

神坂課長は、コーヒーのお替わりを注文した後、しばし考え込んでいます。

「たしかに、俺の場合はやり過ぎて大失敗ということが多かったな。やり過ぎは失敗につながりやすいんだろうな」

運ばれてきたコーヒーに角砂糖を2つ入れてかき混ぜながら、

「でも、善久みたいに引っ込み思案の奴は、やはり背中を押す必要もあるよな。ただ、あまり背中を押し過ぎてプレッシャーにならないように注意しておこう」

神坂課長は、手帳の一ページ目に、「及ばざるは過ぎたるよりまされり」と書き込み、その後コーヒーを一気に飲み干して立ち上がりました。

「今日で1月も終わりだ。本決算まであと2ヶ月。明日からは、さらに気合を入れつつ、やり過ぎないように自分をセーブすることも忘れないようにしよう!」


ひとりごと

儒学の教えをベースにしながら、自分の実体験を加えて完成した『徳川家康公遺訓』。

実際には後世の作という見方が強いようですが、学ぶ身としては、それはどうでもよいことです。

それよりもこの遺訓の一字一句から多くの教えを学び取ることに喜びを感じます。

いま、小生は愛知県に住んでおり、2ヶ月に一度、歴史好きが偉人を語る会を開催しています。

この会は午前中に偉人を学び、午後は岡崎に住む主催者のひとり中田さんが岡崎の史跡巡りを企画してくれています。

岡崎の史跡を訪れるたびに、家康公の築き上げた気風を感じて感動します。

及ばざるは過ぎたるよりまされり、これが日本人のベースにある生き方なのかも知れませんね。


【原文】
過越と過愆(かけん)とは、字は同じくして訓は異なる。余見る、世人の過越なるものは必ず過愆なるを。是れ其の同字たる所以なり。故に人事は寧ろ及ばざるとも過ぐること勿れ。〔『言志晩録』第181条〕

【意訳】
過越と過愆とは、同じ「過」という字を用いているが、その訓は「すぎる」と「あやまつ」で異なっている。私が見たところ、世の中の人でやり過ぎの人は、必ず過ちを犯すもののようである。これが同じ字を用いた理由であろう。したがって、人の行う事は何事も足りなくてもよいが、過ぎることがないようにすべきであろう

【一日一斎物語的解釈】
「過ぎたるは猶及ばざるが如し」ともいうが、人のやることについては、「及ばざるは過ぎたるよりまされり」である。
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第1814日 「大欲」 と 「小欲」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と同行中のようです。

神坂課長がハンドルを握りながら、話しかけています。

「この前、あやうく『ちさと』を出禁になりそうでした」

「何をやったの?」

「何もやってませんよ。ただ、ちょっと男の浮気心について大累と話していたら、ママが本気でキレました」

「ははは。ママはそういう話が嫌いだからね。それは話す場所を間違えたね」

「めちゃくちゃ怖かったですよ。あまりにも怖かったから、もう一軒行くのもやめて、そのまま帰りましたから」

「一斎先生は、色気と食欲のような大きな欲望はまだ制御できるけど、小さな欲望は自分でも気づきにくいから、意外と抑えるのが難しい、と言っているよ」

「私にはその大欲も抑えるのは相当困難ですけどね。ところで、小欲ってどんな欲なのですか?」

「たとえば、道端で100円を拾ったら、神坂君は交番に届ける?」

「まさか! ラッキーって感じでいただいちゃいます」

「そういうのが小欲だよ。その100円だって本来は誰かの落とし物であって、自分のものではないよね。でも、100円くらいならいいかと考えてしまう。あまり罪悪感を感じないんだね」

「たしかにそうですね」

「もし100万円を拾ったら、神坂君は同じようにラッキーと思って自分のものにする?」

「いやいや、さすがに100万円は警察に届けます」

「そういうものだよね。だからこそ、小欲を抑えるのは難しいと一斎先生は言うんだ」

「実は今朝、喫茶コーナーの自販機でコーヒーを買ったんですけど、お釣り受けのところになぜか400円くらい余分に硬貨があったので、そのままいただいちゃったんですよ。帰ったら総務に届けます。もしかして部長、そのことを知ってました?」

「ははは。まさか! 偶然の一致だよ」

「ドキッとしましたよ。たしかに小欲を抑えるのは難しいわ!」


ひとりごと

なにごとも、大きなものより小さなものを実行することの方が難しいのかもしれません。

道の真ん中に大きな段ボールが落ちていれば、それを隅によける人は多いでしょう。

ところが、道にごみが落ちていても拾う人は稀です。

だからこそ、小さなことを積み重ねることが必要だということのようです。

難しい!!


【原文】
欲に大小有り。大欲の発するは我れ自ら知る。己に克つこと或いは安し。小欲は則ち自ら其の欲たるを覚えず。己に克つこと卻(かえ)って難し。〔『言志晩録』第180条〕

【意訳】
欲望には大欲と小欲がある。大欲が発現したときは自分でもそれを把握できるので、それを克服することは比較的易しい。しかし小欲の場合は、その発現を自覚できないので、それを克服することはかえって難しい

【一日一斎物語的解釈】
自分でも欲だと気づかない小さな欲望こそ制御しづらいものだ。


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第1813日 「学問」 と 「潤身」 についての一考察

神坂課長が始業前にデスクで新聞を読んでいるところに、佐藤部長がやってきたようです。

「へぇ、『呻吟語』を読んでいるの?」

「あー、これですか。実家に帰ったときに父親の本棚にあったから借りてきたんです」

「お父さんは読書家だったんだよね?」

「はい、小説が中心だったと聞きましたが、意外にも中国古典があったので拝借してきました」

「まさに、『凡そ学は、宜しく認めて挽回転化の法と做(な)すべし』だね」

「はい?」

「一斎先生が言っているんだ。『学問というものは、人の心を引き戻したり転化させたりするためのものであることを理解すべき』だとね」

「どういうことですか?」

「神坂君がお父さんの書棚から『呻吟語』を借りて読むなんて、5年前なら考えられなかったよね。いや、おそらくその本の存在にすら気づかなかっただろう」

「それは間違いありません。(笑)」

学問をすることで心が磨かれる。かつては女性のことばかり考えていた人も学問によって賢者になれるし、かつては拝金主義に侵されていた人も、学問によって徳のある人になれる。一斎先生はそう言っている」

「どんな人でも、学べば成長できるということですね」

「うん。まさに神坂君がそれを証明してくれた」

「私がこんなに変わったんだから、変えられない人はいないってことですね?」

「いやいや、人を変えることはできないよ。神坂君自身が変わろうと思ったからこそ変われたんだよ」

「そうでしたね。人を変えるのではなく、変わるきっかけを与えることしかできないのですよね?」

「そのとおり」

「でも、私も確信が持てましたよ。こんな自分が変われたんだから、変われない奴はこの世にはいないなって!」

「君は勉強は嫌いだったかも知れないけれど、頭は良い人だからね」

「40年以上生きてきて、人に頭が良いと言われたのは初めてです。なんか涙が出てきました」

「あれ、課長。なんで泣いてるんですか? 飼い犬でも死にました?」
ちょうど石崎君が出社してきたようです。

「クソガキ! 俺は犬なんて飼ってないよ。お前があまりにも成長しないから、部長に泣きながら愚痴を言っていただけだ!」


ひとりごと

小生が主催する論語の読書会には、潤身読書会という名をつけました。

この「潤身」という言葉は、『大学』という古典の中にある「富は屋を潤し、徳は身を潤す」から採りました。

徳を磨けば、家は立派にならないかも知れないが、自分自身の身は潤うのだ、という意味の言葉です。

学問をする目的は、自分の身を潤すことにあるのではないでしょうか?

世の女性諸氏、お肌のうるおいも大切ですが、心のうるおいも忘れないでくださいね!


【原文】
凡そ学は、宜しく認めて挽回転化の法と做(な)すべし。今日好賢の心は、即ち是れ他日の好色にして、今日好徳の心は、即ち是れ他日の好貨なり。〔『言志晩録』第179条〕

【訳文】
学問というものは、人の心を引き戻したり転化させたりするためのものであることを理解すべきである。今日は賢を好む心が以前は色を好む心であったり、また今日は徳を好む心が以前は財貨を好む心であったりするのだ

【所感】
正しい学問をすれば、人の心は本来の輝きを取り戻すことができる。


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第1812日 「大欲」 と 「君子」 についての一考察

今日の神坂課長は、大累課長と晩酌中のようです。

「俳優の東出昌大は、やっちまったな。奥さんが杏というのもヤバいだろう。親父は渡辺謙だからなぁ」

「奥さんが誰とか、その父親が誰とか、そういう問題じゃないでしょ。そもそも行動がアウトですよ」

「まあな。でも相手は22歳なんだろ? それも19歳のときから付き合ってたらしいじゃないか、うらやましい」

「神坂さん、ロリコンだったんですか?」

「19歳はもうロリータではないだろう。立派な女性だよ」

「神坂さん、ヤバいですね」

「お前の方がヤバいだろう。お前は10歳上の女でもいけるとか言ってたよな?」

「全然いけます」

「あれ? なんか厳しい目線を感じないか?」

「うわっ、ちさとママが睨んでますよ」

「そこの下品なおじさん達、清純派のママがいるこのお店でそういう話題はやめていただけませんか? 帰ってもらうわよ!」

「ごめん、ごめん。これが男の性ですから。ママ、生お替わり!」

「危ないところでしたね。ママが怒ると怖いからなぁ」

「だけど、自分の好みの女の子に優しくされたりすると、すぐにぐらっとくるのが男だよな。お互い、色欲には気を付けようぜ」

「私欲に打ち克つことが、君子の第一歩でしたね」

「でも、孔子でさえ、若い時は南子という絶世の美女に誘われて寝室に入ったという話があるからなぁ」

「マジですか! そういえば、渋沢栄一さんも松下幸之助さんも、奥さん以外に女性がいたらしいですね」

「一斎先生は、色と飲食という欲望に克つことが重要だと言っている。ということは、一斎先生でさえも、そういう気持ちはあったということだ」

「こらっ、お前たち! そういう勝手な解釈で、不倫を正当化するな!」

「ママ、いつの間に戻ってきたの?」

「私は神出鬼没なのよ」

「たしかに、鬼みたいな顔してる」

「はい、ウーロン茶」

「ちょっと待ってよ、俺は生を頼んだんだけど・・・」

「女性もそうだけど、お酒も控えめにしないとね。それを飲んだら帰ってね」

「おい、大累。ママは結構マジでキレてるぞ。これは早めに帰った方がいいな」

「続きは、いつものショットバーでやりますか?」

「ダメだ、ママがずっと睨んでる。今日はおとなしく帰ろう」


ひとりごと

かつては、芸のためなら女房も泣かす、と歌っても許される時代でした。

しかし、今は酒やドラッグ、あるいは女性問題で番組を降板したり、CM放映が中止されるといったタレントが後を絶ちません。

世知辛い世の中になったとも言えそうですが、ここはやはり一斎先生の言うとおり、大欲を抑えていかねばならないのでしょう。


【原文】
人欲を去れとは、学人皆之を口にするも、而るに工夫太だ難し。余嘗て謂う、「当(まさ)に先ず大欲を去るべし」と。人の大欲は飲食男女に如くは莫し。故に専ら此の二者を戒む。余中年以後、此の欲漸く薄く、今は則ち澹然として、精神、壮者と太だ異なること無し、幸なりと謂う可し。〔『言志晩録』第178条〕

【意訳】
「欲を取り去れ」とは学者先生が異口同音に言うことであるが、実際に実行することは極めて難しい。私はかつて、「まず大きな欲望を去るべきだ」と言ったことがある。人間にとっての大きな欲望とは、食欲と色欲に優るものはない。したがって主にこの二つの欲を慎むのだ。私は中年になって、この二つの欲がようやく薄くなり、今はこだわりもなくさっぱりしたもので、心持は壮年の人とそれほど差異はない。幸いなことである

【一日一斎物語的解釈】
私欲に克つことができれば、ゆったりと余裕をもった生き方ができる。


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第1811日 「天からの心」 と 「親からの身体」 についての一考察

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と談笑中のようです。

「そういえばタケさん、お母さんの具合はその後どう?」

「落ち着いているよ。ただ、以前より電話の回数が増えたかもな。俺の身体のことばかり気にするんだよ」

「親からしたら、いつまで経っても子供は子供ですから」

「でも、身体のことなら、俺のことより自分のことを心配して欲しいよな」

「身体髪膚、親から受け継いでいないものはない。だから、それを傷つけないようにして過ごすのが最大の親孝行なのだそうですよ」

『孝経』だね。敬愛する藤樹先生の愛読書だよ

「ああ、そうでしたね。私はサイさんから教えてもらったんですけどね」

「吾が身はそのまま親の身でもある、という教えだね。身に染みるよ」

「もうひとつ言うと、心は天からの借り物なのだそうです」

「なんだ、心も自分のものじゃやないの?」

「そういう考え方があるということですよ。自分の心はそのまま天につながっているということらしいです」

「そうなると、俺たちの身体には自分のものは何一つないということか。だからこそ、自分の身体や心を大切にしないといけないんだね」

「そうです。タケさんは身体の食物はしっかり取っていると思いますけど、心の食物はちゃんと取っていますか?」

「なんだよ、心の食物って?」

「読書ですよ!」

「うわぁ、痛いところを突かれた。しかし、そういう神坂君だって、ちょっと前までは本なんか読んでなかったくせに」

「そうです、あやうく心が餓死するところでしたよ。タケさんの心はもう枯れてしまっているかもしれませんね?」

「やめてよ! ところでさ、心の食物もいいけど、心の飲物はないのかな?」

「それってもしかして?」

「そう、アルコール!」

「タケさん、あなたの心はもう死んでいます!」


ひとりごと 

親から受け継いだ自分の身体は、自分の身体であって自分の身体ではないのかも知れません。

同じように、自分の心も天からの借り物なのだそうです。

天から借りた心も、親から譲り受けた身体も、できることなら大きな傷をつけることなくお返ししたいですね!


【原文】
人は当に自ら吾が心を礼拝し、自ら安否を問うべし。吾が心は即ち天の心、吾が身は即ち親の身なるを以てなり。是を天に事うと謂い、是を終身の孝と謂う。〔『言志晩録』第177条〕

【意訳】
人は自分自身の心を敬い拝み、その安否を尋ねるべきである。私の心はそのまま天の心であり、私の体は両親の体でもある。このように考えてわが身わが心を大切にすることを、天に仕えるといい、終身の孝行という

【一日一斎物語的解釈】
真の修養とは自分自身の心を敬うことであり、真の孝行とは自分自身の身体をいたわることである。


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第1810日 「心の入り口」 と 「心の出口」 についての一考察

今日の神坂課長は、石崎君と同行しているようです。

「ウチのガキ共はYouTubeばっかり観てるんだよ。たまには本でも読んで欲しいよ」

「あ、今時の若者はみんなYouTubeですよ。私もほとんどテレビは観ません。もちろん本も読みません」

「堂々と自慢することか! しかし、大丈夫なのかそういうネット動画ってやつは?」

「結構、グロい動画とかエロ動画も簡単に観れますよ」

「そうだろう。ああいう動画は規制も弱いよなぁ」

「仮に規制しても、次々に上がってきますからね」

「いたちごっこかぁ。あいつらもそういう動画を見ているんだろうな」

「高校生と中学生ですよね? 多分、メインはヒモギンとか、マジメ社長みたいなユーチューバーの動画だとは思いますけどね」

「なんだよ、そいつらは?」

「知らないんですか? ヒモギンは月収1億円以上稼いでいるらしいですよ」

「月収1億?! マジかよ」

「子供たちのヒーローですね」

「そんな奴がヒーローなのかよ? 時代が変わったなぁ。それに簡単に人を殺すようなゲームもあるしな。もう、今の時代は子供の目や耳から入る情報を規制するのは不可能なんだろうな。本当は、なるべく心の入り口を閉ざして、子供が見るべきではない情報が入ってこないようにしたいんだけどなぁ」

「それは無理でしょうね

「それと同じく、心の出口もしっかり閉じて、不用意な言動を慎むことも必要なんだよ」

「それは、課長にとってはとても重要なことだと思いますよ!」

「やかましいわ! でも、そのとおりだな。言葉は釘だというものな」

「一度打ち込んだら、仮に引き抜いても釘穴が残る。言葉も同じで、一度不用意な言葉を言ってしまえば、後で訂正しても相手の心には大きな傷が残るんですよね?」

「そう、そのとおり。だいぶ前に話したことをよく覚えているな」

「そりゃ、そうですよ。なぜなら私の心も釘穴だらけなんですから!」

「なんだよ、その穴を開けたのは俺だって言いたいのか?」


ひとりごと 

心の入り口と出口にしっかりとした門番を置いておくべきなのだ、と一斎先生は言います。

もちろん、無暗に人を傷つけるような言葉を慎むのは当然です。

しかしそれ以上に、情報の洪水に晒されている現代においては、心の入り口の規制がとても重要になってきます。

フェイクニュースなども氾濫する時代に、正しい情報だけを入手するのはとても困難になりました。


【原文】
視聴を慎みて以て心の門戸を固くし、言動を謹みて以て心の出入を厳にす。〔『言志晩録』第176条〕

【意訳】
目で視ることや耳で聴くことを慎重にすることで心の門戸を固くして無暗に開放しないようにし、言動を慎重にすることで心の出入りを厳重にする

【一日一斎物語的解釈】
心の入り口をしっかりと規制して、入ってくる情報には細心の注意を払い、心の出口も厳重に管理して、言動を慎むべこきだ。


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第1809日 「過去」 と 「未来」 についての一考察

今日の神坂課長は、長男の礼君の買い物に付き合っているようです。

「なんだよ、いつの間にオシャレに目覚めたんだ?」

「だって、ダサい格好してたらモテないじゃん」

「馬鹿たれ、男は見た目じゃない。ハートだ!」

「どっちが馬鹿だよ。そんな時代遅れなこと言ってたら笑われるよ」

「お前、Mattみたいになるなよ」

「あれはないな」

「ところで、進路は決まったのか? 母さんが心配してたぞ」

「本当はN大に行きたいんだけど、俺の学力だと無理な気がするんだよね。高校受験の時も第一志望校には落ちたしさ」

「過去のことをいつまでも悔やんでも仕方ないぞ。それになんの努力もせずに未来を心配するのもナンセンスだ」

「まあ、そうだけど。また落ちて悲しい思いをしたくないしな」

「いいか、礼。人間は失敗をして悔しい思いをするから成長できるんだ」

「えっ?」

「俺なんか失敗ばかりの人生だ。でも、やる前に諦めたことはない。やるだけやって、ダメなら仕方ないと思ってチャレンジしてきたんだ」

「それって辛くない?」

「辛いよ。辛いから次は頑張ろうって思うんじゃないか」

「父さん、ポジティブだな」

「俺はスーパーポジティブだよ。なあ、礼。大事なのは過去でも未来でもないぜ。今だよ、今」

「今か」

「N大に行きたいなら、行けるようにしっかり勉強してみろ」

「わかったよ。やるだけやってみる。ダメだった時はフォローしてくれよ」

「ダメだった時のことは考えるな!」

「そうだったな。よし、頑張ってみる。だからさ」

「なんだよ?」

「さっきのパーカーが欲しいんだけど、お金が足りないから貸してくれない?」

「俺は物で釣るのは嫌いだ」

「出世したら倍にして返すよ」

「おー、いいねぇ。そういうポジティブな考え方は好きだな。よし、じゃあ買ってやるよ」

「マジで?」

「お前なら大丈夫だ。やる時はやる男だからな」

「うん、そうだね。その辺は母さんに似てるから!」


ひとりごと

過去を悔やんだところで過去は変えられません。

未来を憂いたところで、未来は自分の思うようにはなりません。

しかし、過去の意味づけを変えることはできます。

そして、ある程度は未来をコントロールすることもできます。

それを可能にするのは、今できることに全力を尽くすことなのです。


【原文】
心は現在なるを要す。事未だ来らざるに、邀(むか)う可からず。事已に往けるに、追う可からず。纔(わずか)に追い纔に邀うとも、便ち是れ放心なり。〔『言志晩録』第175条〕

【意訳】
心は今この時に置く必要がある。まだ起きてもいない未来のことに打算を走らせではいけない。同様にすでに起きてしまった過去のことをいつまでも追いかけてもいけない。少しでも過去を追い求めたり、未来に打算を走らせてしまえば、これは心を失っていることになるのだ

【一日一斎物語的解釈】
過ぎてしまった過去を悔やんだり、懐かしんでも意味がない。まだ来ぬ未来を心配したり、期待し過ぎてもいけない。大事なのは今ここなのだ。


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第1808日 「敬意」 と 「好意」 についての一考察

今日の神坂課長は、自宅で次男の楽(がく)君と会話をしているようです。

「楽は将来、どんな大人になりたいんだ?」

「そんなの考えたことないよ。まだ俺は中二だよ」

「中二ならそのくらいのこと考えろ!」

「じゃあ、父さんは中二のときはどう考えていたの?」

「えっ、俺か? 俺はあれだよ・・・」

「なんだよ、父さんも考えてなかったんじゃん」

「バレたか。だが、今となってはそれを後悔しているんだよ。だから、お前たちには、しっかりとビジョンを持ってもらいたくてな」

「そうだね。父さんみたいになりたくないもんな」

「この野郎、本人にそれを言うか? こうみえても、父さんは意外と凹みやすいんだぞ」

「よくわからないけど、尊敬される人になりたいな」

「なるほど、いいじゃないか。ところで、楽は尊敬している人はいるのか?」

「うーん、すぐに思いつかないなぁ」

「もし、人から尊敬される人になりたかったら、まず自分が人を尊敬するのが先なんだよ」

「へぇ、そういうものなの?」

「そうだ。逆に言えば、人を馬鹿にするような人は、他人からも馬鹿にされるんだ」

「そういえば、昔は父さん、よく人の悪口を言っていたよね」

「そ、そうだっけ? 昔は、だろう? 今は違うよな?」

「そういえば最近は言わなくなったね」

「お前、よく人を観察しているな」

「でも、わかる気がする。テニス部に中田っていう奴がいるんだ。そいつはテニスは下手なんだけど、いつも周りの仲間を褒めているんだよ」

「周りの人を素直に尊敬できているんだな」

「そのせいなのかな? 中田の周りにはいつも友達がたくさんいるんだよね」

「褒められて嫌な気がする奴はいないだろう。きっと、みんなは中田君と一緒にいると気持ちよくなれるんだろうな」

「そういうことだったのか!」

「どんな人にも長所と短所がある。中田君は人の長所だけを見ているんだろうな」

「よし、俺も今日から人の長所を褒めることにする!」

「いいね。そうすれば、お前自身がきっと尊敬される人になれるさ!!」


ひとりごと

敬とは己を空しくすること。

森信三先生の至言です。

自分の心を空っぽにしてこそ、他人の良さに素直に気づくことができる。

そして、素直にそれを表現できる。

そうなれば、自然と他人も自分を好意的に見てくれるようになるのでしょう。


【原文】
敬を持する者は火の如し。人をして畏れて之を親しむ可からしむ。敬せざる者は水の如し。人をして狎れて之に溺る可からしむ。〔『言志晩録』第174条〕

【意訳】
常に敬い慎む気持ちをもっている人はまるで火のようである。人からは畏怖の念を抱かれるが親しく接することができる。つまり相手からも敬されるのだ。敬い慎む気持ちのない人はまるで水のようである。付き合い易く見えるが狎れあいの関係に溺れてしまう。つまり相手からは馬鹿にされてしまうのだ

【所感】
常に人を敬う気持ちがある人は、他人からも敬われる。逆に、人を敬う気持ちのない人は、他人からも馬鹿にされるものだ。


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第1807日 「克己」と「慎独」についての一考察

神坂課長は、社長室に呼ばれたようです。

「神坂、お前もだいぶマネージャーらしい顔つきになってきたな」

「ありがとうございます。いつの間にか営業部の3課長の中では一番古株になりました」

「年が経つのは早いな。お前はいくつになった?」

「42歳です」

「そうか、じゃあ去年が本厄だったんだな。大きな問題もなく過ぎて良かったじゃないか?」

「別に厄払いをした訳でもないんですけどね。そもそも本厄だということをほとんど忘れて過ごしました」

「ははは。お前らしいな。しかし、後厄も気を抜くなよ」

「はい」

「ところで、そろそろお前も次のステップを考えないといけないな」

「次のステップですか?」

「営業部全体をまとめていくことを考えろ、ということだ」

「佐藤部長がいるので、私はナンバー2で良いですよ」

「佐藤にもステップアップしてもらいたいんだよ。西村さんもあと1年と少しで定年だからな」

「ああ、そうですね」

「課長としてのミッションは、自分の力で問題を解決できる人材を育てることだと伝えてきたよな。これからは、お前自身が徳を磨き、己に克つことを意識してくれ」

「どういうことでしょうか?」

「誰も見ていないときであっても、正しく生きることを意識しろということだ」

「慎独ですね?」

「ほぉ、難しい言葉を知っているじゃないか」

「平社長は、慎独を常に心がけてきたのですか?」

「そうだな。俺が社長になって以来、自分自身に課してきた最大の課題が克己、言い換えれば慎独だ」

「私はまだまだですよ。ギャンブルもやりますし、すぐにキレますし、とても佐藤部長には及びません」

「だから、強く意識をしろと言っているんだ。俺だっていつも己に克ってきたわけではないさ。時には誘惑に負けたこともある」

「社長もですか?」

「いいか、神坂。人間は完璧ではない。誰だって過ちはある。しかし、その過ちを極力少なくすることを心掛ければ良いんだ」

「はい」

「お前には期待しているんだ。今日から今まで以上に慎独を意識してくれないか?」

「承知しました。ご指導、ありがとうございます」


ひとりごと

独りを慎み、己に克つことは、本当に難しいことです。

長く生きれば生きるほど、その思いを強くします。

一方で人間は完璧でないこともよく承知しています。

だからこそ、完璧に少しでも近づけるように精進するのです。


【原文】
仁者は己を以て己に克ち、君子は人を以て人を治む。〔『言志晩録』第173条〕

【意訳】
仁徳を有している人は自発的な力で自分に打ち勝ち、立派な人は人の自発性を育てて人を治めるものだ

【一日一斎物語的解釈】
経営トップは、常に克己を心掛け、リーダー層は、人の自発性を育てて組織をマネジメントすることを意識せよ。


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第1806日 「慎独」 と 「応酬」 についての一考察

喫茶コーナーで営業1課の新美課長と廣田さんが話をしているようです。

「課長、他人に流されないようにするのは難しいですね」

「廣田君は優しいから人の意見を聞きすぎてしまうんだろうね」

「自分の軸がしっかりしていないからだと思います。課長はどうやって自分の軸を作り上げたのですか?」

「どうやって、って聞かれると即答できないものだなぁ。私も若いときは廣田君と同じように悩んだよ。なんて言ったって、周りには神坂さん、大累さん、清水さんと図太い軸をもった先輩がいたからねぇ」

「ははは。あの3人の方々は強烈ですもんね」

「そうだよ。海千山千の先輩と肩を並べて仕事をするのは本当に大変だった。あの人たちはとにかく決断が早いんだ」

「やっぱり軸がしっかりしていると、決断力が上がるんですね?」

「ただ、神坂さんの決断は極端なのが多くて、本当にそうかなぁと思うことも度々あったけどね。(笑)」

「そうですか。では、課長も私と同じように悩んだのですね?」

「うん。そんなときに、佐藤部長にこう言われたんだ」

「一斎先生ですか?」

「ご名答! 一斎先生は、『独りでいるときは大衆の中にいるように行動し、大衆の中にいるときは一人でいるかのように行動せよと言っていると教えてもらった」

「現状と真逆の環境を想定するのか?」

「うん。私もどちらかというと他人の意見に流されやすいところがあったから、大衆の中にいるときに一人でいるかのように行動しろというアドバイスは参考になったな」

「特に周囲と違う意見を持っているときは、なかなか主張し切れません。自分を信じるということですか?」

「そうかもね。たとえ自分以外の全員が自分と違う意見だとしても、自分が善と信じるなら貫き通す覚悟が必要だね。別に無理をして他人を説き伏せる必要はないんじゃない?」

「ああ、そうか。自分の意見を主張するときは、ついつい相手を説き伏せようとしてしまいます。でも、相手が自分の意見に同調してくれるかどうかは、他人の課題ですもんね? まず、強い覚悟で主張することが大事なんですね」

「そういうことだよ。だって、神坂さんを説き伏せようなんてしようものなら・・・」

「ヘックション!」

「噂をすれば、噂の人がやってきましたよ」

「おー、お前ら朝から悩み事相談会か? しみったれてるねぇ。それにしても、またどこかの女が俺のことを噂しているのかな? さっきからくしゃみが止まらないんだなぁ」

「神坂課長はモテますもんね!」

「お、廣田君。君は人を見る目が確かだな。コーヒーを奢ってあげよう!」

「さすが! 決断が早いですね?」

「えっ、なんのこと?」


ひとりごと

他人の意見に流されず、自分の意見を主張することは、容易なことではありません。

特に、相手が自分より目上の人であったり、上位職者であればなおさらです。

そのときは、独り静かな環境にいるつもりで、まず自分の意見を主張してみましょう。

その意見を採用するか否かは、他人の課題なのですから。


【原文】
慎独の工夫は、当に身の稠人広坐(ちゅうじんこうざ)の中に在るが如きと一般なるべく、応酬の工夫は、当に間居独処の時の如きと一般なるべし。〔『言志晩録』第172条〕

【意訳】
独りのときを慎む慎独の工夫は、いつも自分の身が大衆の中にあるかのように振舞うことである。人との応対の工夫は、独り静かに暮らしているときと同じように振舞うことである。

【一日一斎物語的解釈】
独りでいるときこそ、大勢の人と一緒にいることを想定し、大勢の人といるときは、独り静かに暮らしていることを想定して行動するとよい。


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