一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年02月

第1844日 「真実」 と 「虚偽」 についての一考察

神坂課長がぼやいています。

「なんだよ、ラグビーや野球だけじゃなくて、競馬や競艇も無観客で開催するのかよ」

「ちょっと情報に踊らされてはいませんかね?」

「本田君もそう思う? たしかにコロナが猛威を振るっているのは間違いないし、感染をなるべく抑える必要はあるとは思うけどさ。こうやって騒いでいる人は、去年も今年も日本ではインフルエンザで3,000人以上の人が亡くなっていることを知ってるのかね」

「え、インフルってそんなに死者が出てるんですか?」
石崎君が驚いています。

「そうだよ。でも、インフルで亡くなった方はほとんど報道されないよな。それなのにコロナだけがどこで1人亡くなったみたいな報道をされている」

「情報を見極める目を持つことが大事ですね」

「本田君の言うとおりだよ。まだコロナに関してはわかっていないことが多いというのが事実だと思う。それなのに、事実と憶測をごちゃまぜにして報道するもんだから、必要以上にパニックになっている感じだよな」

「中国が仕掛けたテロだなんてことも、まことしやかに話されています。私の妹がそれを信じてるんですよ」

「ははは。しかし、もしそうなら、自国の人間をあそこまで巻き込まないだろう。困ったことに、そういう作り話の方が人を信じ込ませる魅力があるんだよな」

「本当ですね!」

「俺たちも医療人の端くれだ。冷静な対応をしようじゃないか」

「えー、マジかよ!」
石崎君が突然大声をあげたようです。

「どうした、少年」

「明日、彼女とUSJに行く予定をしていたんですよ。いまネットニュースを見ていたら、USJも3月15日まで休園するという記事が・・・」

「それは残念だな」

「明日は彼女の誕生日なんですよ。参ったなぁ、今から替わりに行けるところを探さないと!」

「石崎、不要不急の外出は慎めって言われているじゃないか」

「本田さん、彼女の誕生日にデートするのは、不要不急の出来事じゃないですよ!!」

「まあ、それはそうかもな。ディズニーもダメだし、その手の場所は全滅だろう」

「仕方ない。高級フランス料理屋でも予約するかな」

「いいね。俺も今日は会長とナイター競艇に行く予定だったんだよ」

「課長、それは確実に不要不急のことじゃないですか!」

「うっ、それはそうだな。ははは、じゃあ俺も会長と高級料亭にでもしけ込むかな」

「それなら『季節の料理 ちさと』に行きましょうよ。きっとママさんもお客さんが少なくて困っているかも知れませんよ」

「おお少年、それは良い提案だ。みんなで行くとするか!」


ひとりごと

COVID-19(新型コロナウィルス)が猛威を振るっており、パニック状態になっています。

家の近所では、マスクだけでなく、トイレットペーパーまで品切れになっています。

報道陣は事実と憶測を正しく報道して欲しいものです。

また、我々も誤報やデマに踊らされず、冷静な対応を心がけましょう!


【原文】
真偽は誣(し)う可からず。虚実は欺く可からず。邪正は瞞(だま)す可からず。〔『言志晩録』第210条〕

【意訳】
本物か偽物かをないがしろにしてはいけない。事実と作り事を混同してはいけない。正しいことと邪なことを誤魔化してはいけない

【一日一斎物語的解釈】
常に真偽を見極める目を養い、誤った情報に踊らされるようなことは避けねばならない。


mask_man

第1843日 「欺くこと」 と 「欺かれること」 についての一考察

今日の神坂課長は、N大学医学部附属病院の倉庫脇にある休憩室で雑談をしているようです。

「神坂さん、知ってます? K社の谷口さんが、ここを出入り禁止になったようですよ」

Y社の若手・菊池君が雑談の相手のようです。

「ああ、聞いたよ。いつかはそうなると思ってたけどね」

「なんでも、いつものように大声でN大学の極秘の人事ネタを同業者に話していたらしいんです。それを聞いたM社の涌井さんが、用度課にチクったようです」

「涌井さんか、あの人もクセの強いおっさんだもんな」

「前に谷口さんに嵌められたって怒ってましたからね」

「谷口さんは自業自得だね」

「それだけじゃないんです。K社自体が取引停止になるかも知れないらしいですよ」

「マジか! 谷口さん、クビになるかもな」

「既に自宅謹慎になっているようです」

「へぇー。ところで菊池君、君もあんまりその手の話をペラペラ喋らない方がいいぞ」

「そ、そうですね。僕も一緒のことしてるのかも?」

「人を陥れるような人は、結局は人から同じ目に遭わされるんだな。因果応報ってやつだ」

「たしかにそうですね」

「そういうことをしなければ、他人から恨みを買うこともないから、嵌められることもないんだろうな」

「おー、怖い。気をつけようっと」

「嘘をつかない生き方が一番だね。特に自分に嘘をつかないことが大事だよ」

「他人は騙せても、自分は騙せませんものね」

「そのとおり! でも、それが一番難しいんだけどね!!」


ひとりごと

儒学の徳目のひとつである「信」とは、他人を偽ることをしない、他人との約束を守ることを意味します。

しかし、その前に「忠」、つまり自分に嘘をつかず、自分との約束を守ることが求められます。

なにごとも、主体を自分に置かねばなりません。

相手のことは、他人の課題です。

まずは、自分の課題にしっかりと取り組みましょう。


【原文】
人を欺かざる者は、人も亦敢て欺かず。人を欺く者は、卻って人の欺く所と為る。〔『言志晩録』第209条〕

【意訳】
他人を欺くことがない人は、他人から欺かれることもない。人を欺く人は、かえって他人から欺かれることになるのだ

【一日一斎物語的解釈】
人を欺く人は、信頼を得られないだけでなく、かえって人から欺かれるものだ。


yubikiri_business

第1842日 「決断」 と 「悟り」 についての一考察

今日の神坂課長は、新美課長から相談を持ちかけられたようです。

「なるほどな。その商談は受けるべきか否か、たしかに迷うな」

「神坂さんならどうします?」

「引き受ける!」

「即決ですね。その心は?」

「お客様が本当に困っていると感じたからだ」

「なるほど」

「新美、リーダーの仕事は決めることだ。言ってみれば決断の連続だよな」

「はい」

「そのためには、自分の中で決断の軸を持つべきだと思う。その軸を頼りに虚心坦懐に物事を決めれば良いんじゃないか?」

「結果が想定外になったらどうします?」

「極力、いろいろなシナリオを持つようには心掛けるが、最終的に決めたことに対しては責任を取らざる得ないわけだから、どんな結果になろうとも受け入れるよ」

「悟りの境地ですね」

「メンバーに迷った姿を見せるのは嫌だしな」

「彼らも上司がドッシリしていれば安心ですね」

「俺がそうだったから。どんな想定外のアクシデントが起きても、佐藤部長は慌てなかった。その姿を見て、俺は勇気をもらえたからな」

「わかりました。私も心が決まりました!」

「受けるか?」

「はい。あとは赤字を極力出さないように、メーカーさんにも協力を求めます」

「応援するよ! メーカーさんがごねたら言ってくれ、一発かましてやるから」

「ありがとうございます。神坂さん」

「なんだ?」

「私は今、神坂さんから勇気をもらいましたよ。以前の神坂さんが佐藤部長から勇気をもらったように!


ひとりごと

小生がリーダーになって感じたことは、リーダーは常に決断をしなければいけないということでした。

そのためには、決断力を磨くしかありません。

しかし、いつも思い通りの結果になることもありませんでした。

そんなときは、決めたのは自分なのだと腹をくくって、結果を素直に受けれ、そこから何ができるかを模索するしかありません。

やはり、リーダーは孤独ですね。


【原文】
武人は多く是れ胸次明快にして、文儒卻(かえ)って闇弱なり。禅僧或いは自得有りて、儒者自得無し。並びに愧(は)ず可し。〔『言志晩録』第208条〕

【意訳】
武士というものは概ね胸のうちは明快であるが、文人である儒者はかえってものに囚われて決断できないことがある。禅僧には悟ったところがあるが、儒者には悟ったところがない。どちらも恥ずかしいことだ

【一日一斎物語的解釈】
リーダーは、虚心坦懐にして常に決断力を磨き、どのような結果になろうとも悟りをもって受け入れる人であるべきだ。


buddha_satori_gedatsu_bodaiju

第1841日 「老人」 と 「真理」 についての一考察

今日の神坂課長は、相原会長と夕食を共にしているようです。

「最近、時々思うんです。私は今、人生の何章目にいるのかなって」

「神坂君はようやく起承転結の『の章に入ったくらいじゃないの?」

「なるほど、そうするとこれから何か一波乱あるのでしょうかね?」

「あるよ。辛くて苦しい時がね」

「なんとか避けて通る道はないですかね?」

「避けても、また同じ難題にぶつかるよ」

「そうでした。逃げずに真正面から取り組むべきですね」

「そのとおり!」

「読書会仲間の大先輩からもそう言われました」

「うん。老人の言葉には真実があるからね。特に人生も残り少ない結の章に入った老人の言葉は、一切の利益とか名誉といったものを意識していないから、若い人の参考になるはずだよ」
 
「はい」

「記憶違いや多少の勘違いには目をつぶって、素直に耳を傾けてもらいたい」

「そうですね。会長のお話からも沢山学ばせてもらっているので、感謝しています」

「僕も神坂君のお陰で老後の楽しみが増えたから、君には感謝しているよ」

「ギャンブルですよね? それは良かったのか悪かったのか?」

「頭を使うし、ワクワクできるし、時にはお金も増えるし、ボケ防止にはもってこいだよ」

「でも将来は、ギャンブルではなく、もっとまともなことで、他人の役に立つ人物になれるように精進します」

「君なら必ずそうなるよ!」


ひとりごと

小生の周囲にも尊敬できる大先輩が何にもいらっしゃいます。

その方たちと話をしていると、すごく勇気をもらえます。

これからも、そうした方々の人生を生き抜いてきた真実の教えに耳を傾けて、参考にさせていただきます!


【原文】
脩禅の老弥(ろうみ)、樸実(ぼくじつ) の老農は、語往往にして人を起す。但だ渠(かれ)をして言わしめて、我れ之を聴けば可なり。必ずしも詰問せず。〔『言志晩録』第207条〕

【意訳】
禅を修めた老僧や飾り気のない老農夫の話は、時に人を啓発するものがある。その場合、ただその人に話をしてもらい、それを聴くだけでよい。その話の内容を問いただすようなことはしない方が良い

【一日一斎物語的解釈】
人生経験豊富な老人の話は、心に響くものである。細かい詮索は避けて、素直に耳を傾けたい。


roujin_syokuji

第1840日 「難事」 と 「易事」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部特販課の雑賀さんをランチに誘ったようです。

「どうだ、雑賀。最近は真面目に仕事をしているのか?」

「勘弁してくださいよ。俺はいつだって真面目にやってますよ」

「へぇー、そうなのか?」

「信じてないでしょ?」

「うん、信じてない」

「部下を信頼できない上司はダメですよ。信頼しないと人は育ちませんからね」

「お前は上司を信頼しているのか?」

「えっ、まぁ、それなりには・・・」

「お互いに信頼し合う必要がありそうだな。(笑)」

「大累課長は、私の仕事をすぐに手抜きだと決めつけるんです。でも、簡単な仕事なら手を抜いても良いと思うんです」

「手を抜くという意味が、何を指すのかよくわらかんが、仕事ができる人というのは、どんな仕事も同じモチベーションで処理するものだぞ」

「神坂さんもですか?」

「うん。俺は手抜き仕事はしない。たとえば、売上金額の大小で力の入れ具合を変えることはない!」

「マジですか? 俺は儲からない仕事はやりたくないので、適当に処理してしまいます」

「もちろん営業だから、売上が大きいに越したことはない。でもな、小さな仕事をしっかりやらないと、本当の意味での大きな仕事はできないぞ」

「そうなのかなぁ?」

「俺は、過去に1万円の医療器具を緊急で200kmも離れたクリニックに届けたことがある。高速代や人件費を考えたら赤だよな。でもな、その施設のドクターは本当に困っていたんだ。電話でそれが伝わったので、俺は走った」

「俺なら絶対走りません」

「その後、その先生からお礼の手紙が届いた。俺はそれを読んだとき、これでいいと思った。心から感謝してもらえたことがうれしかったからな」

「後で大きな器械を買ってもらったとかいうオチはないんですか?」

「ない!」

「そんなことばかりしてたら、ビジネスは成り立たないじゃないですか!」

「それはそうだ。時と場合による。しかし、一律に金額で仕事の質を決めるべきではないと信じている」

そこに総務の丸川さんがやってきました。

「あ、いたいた。雑賀さん、お手紙が届いていますよ」

「手紙? なんだろうなぁ」

雑賀さんは手紙を読み進めるうちに、目頭が熱くなってきたようです。

「雑賀、なんて書いてあるんだ?」

「この前、ある病院で患者さんが落とし物をしたといって困っていたので、一緒に探してあげたんです。結局、トイレにあったんですけどね。そのお礼の手紙です」

「雑賀、お前もちゃんと金にならない仕事をしているじゃないか!」


ひとりごと

金にならない仕事を極端に忌避する人がいます。

しかし、もしお客様が困っているなら、できる範囲で力を尽くすべきなのではないでしょうか?

見返りを求める気持ちは捨てて、ただお困りごとを解決するお手伝いをする。

そうした意識の積み重ねによって、将来的には大きな仕事を処理する能力や意識が身につくのかも知れません。


【原文】
人に接すること衆多なる者は、生知・熟知を一視し、事を処する練熟なる者は、難事・易事を混看す。〔『言志晩録』第206条〕

【意訳】
多くの人と接している人は、ものごとをよく知っている人もそうでない人も同じようにひとりの人として視ている。また事物を処理することに熟練している人は、難しいことも容易なことも同様に捉えて決して手を抜かないものだ

【一日一斎物語的解釈】
他人を能力によって差別することや、仕事の軽重を見て手を抜くようなことをしてはいけない。


nimotsu_picking_barcode_man

第1839日 「艱難」 と 「絆」 についての一考察

今日の神坂課長は、大竹課長、大累課長と喫茶コーナーで雑談中のようです。

「川井さんが、副社長に復帰するらしいな」

「え、本当ですか? 知りませんでした」

「神坂君、まだ正式に発表されていないんだから、ダメだよ」

「あれ、そうでしたっけ?」

「ていうか、なんで神坂さんは知ってるんですか?」

「俺以上に口の軽い人がいるんだよ」

「ああ、神坂君に話したのは失敗だった!」

「そんなの、話す前からわかってるじゃないですか! この人ほど秘密の守れない人はいないですよ」

「そんなに褒められたら、照れるじゃないか!」

「ダメだこりゃ」

「でもな、川井さんは固辞したらしいんだよ。若い人を上げた方が良いと言ってな」

「カッコいいですね。神坂さんなら絶対断りませんよね」

「俺か? 俺は・・・、断らない」

「ほらね」

「しかし、最後に社長がこう言ったらしい。『お前と俺は、あらゆる苦労を乗り越えてきた同士じゃないか。もう一度、一緒に会社の再興に力を尽くしてくれ』ってね」

「タケさん、なんでそんな密室の会談の内容まで知ってるんですか?」

「俺が張り巡らせた情報網は完璧だからな」

「あ、わかった。秘書の長谷さんだな。あの人は秘書の癖に口が軽いからなぁ」

「お酒を飲ませるといろいろ教えてくれるんだよ」

「大丈夫かな、この会社。口の軽い人ばかりじゃないですか!」

「まあまあ、それは置いておいて。『糟糠の妻』という言葉はあるけど、あの二人は『糟糠の友』って感じなんだろうな」

「実質、あの二人で作った会社ですからね。いろいろ意見が食い違うこともあったみたいだけど、元の鞘に収まってくれたのは当社にとっては良かったんでしょうね?」

「そうだと思うよ」

「ただ、ちょっと残念なのは、佐藤部長がそのポストに就くかなと期待していたんですけど、それが叶わなかったことですね」

「で、その後釜を自分が盗み取ろうっていう魂胆ですね?」

「ゴン」

「痛てぇな、暴力反対だ!」

「俺を泥棒みたいに言うな。それより、そのポストはお前の方が狙ってるんじゃないのか? 雑賀に課長を譲るみたいなこと言ってたしな」

「うーん、佐藤さんの後釜を君たちに任せるのは危険だなぁ。相変わらず喧嘩っ早いしねぇ」

「たしかに! もうしばらく営業のトップは佐藤さんにお任せします!!」


ひとりごと

楽しい時を経験した仲間の絆というのは、苦しい時を共に過ごした仲間のそれに比べると脆弱なのかも知れません。

それはおそらく、苦しい時ほど、その人の本性が露見するからではないでしょうか?

好調時というのは自分を偽れるものです。

ビジネスにおいても、大きな仕事を実行する際のパートナーには、ともに艱難辛苦を味わった人を選びたいものです。


【原文】
艱難は能く人の心を堅(かと)うす。故に共に艱難を経し者は、交りを結ぶことも亦密にして、竟(つい)に相忘るること能わず。「糟糠(そうこう)の妻は堂を下さず」とは、亦此の類なり。〔『言志晩録』第205条〕

【意訳】
艱難辛苦は人の心を堅固なものにする。よって共に艱難を経験した者は、お互いの交流を深めることも緊密であって、決して忘れることはない。『後漢書』にある「糟糠の妻は堂より下さず。(糟(かす)や糠(ぬか)のような粗末なものを食べて共に苦労をしてきた妻は、富貴な身分になってからは、堂から下へおろして働かせず大切にする)」という言葉は、これを意味した言葉のひとつである

【一日一斎物語的解釈】
共に大きな艱難辛苦を乗り越えた仲間とは、真の友として永く付き合っていけるものだ。


mark_kiduna

第1838日 「艱難」 と 「果実」 についての一考察

「えっ、フミさん、地元に帰っちゃうんですか?」

「オー、イエス! セカンドライフは地元でね!」

今日の神坂課長は、読書会仲間の松本さんと食事中のようです。

「セカンドライフって、何を?」

「臨床仏教師という資格をとって、がんを患った患者さんの幸せな終末を迎えるお手伝いをするつもりだよ」

「フミさん、僧侶の資格を持ってるんですか?」

「ザッツ・ライト! 学校に通って僧籍を取得したの。あとは実践あるのみ」

「へぇー、すごいなぁ」

「地元にカフェをつくってね、そこで手作りパンを振舞いながら、仏道の話なんかもしようと思ってる」

「素晴らしいじゃないですか!」

「ゴッド、僕はね。もしかしたら他人様より多めに苦労を味わってきたかもしれない。でも、今となってはそれで良かったんだと思うよ」

「どういうことですか?」

「辛い目に遭うとき、人の冷たさを知る。でもね、逆に人の暖かさも味わえるんだ。まるで、苦い薬の中に一瞬甘みを感じるようにね」

「へぇー、私はできるだけ苦労したくないと思って生きてきたんで、そういう心境にはなれていないですね」

「これからだよ、ゴッド。厄年という言葉があるけど、大体人間は40~50歳の間に最大のピンチを迎えるものだよ。ちょうどゴッドはそういう年齢だよね?」

「はい」

「そういう時がきたら、逃げずに、真正面からぶつかってごらん。そうすると、後になって、たくさんのことを学んだことがわかってくるから」

「そういう話を聞いておくと、いざという時に肚がすわります。ちょっと、艱難辛苦がやってくることにワクワクしてきました!」

「オー、スーパーポジティブ! さすがはゴッドだね!」

「昔から、『苦労は買ってでもしろ』なんて言葉がありますけど、そういうものなんですね」

「買う必要はないよ。絶対に向こうから近づいてくるから」

「マジですか、私のすぐそばにいるんでしょうね?」

「いるよ、もう肩を叩こうとしているかも?」

「大丈夫です! 真正面からぶつかって、突破してやりますよ!」

「うん、ゴッドならできる!」

「ところで、フミさん。地元に帰る前にお願いがあるんですけど

「何?」

「そろそろ、そのゴッドっていうのやめてもらえません?」

「じゃあ、スロープにしようかな?」

「スロープ? ああ、坂のこと? それもやだな」

「どっちかにしてよ」

「なんで、そんな究極の選択みたいになるんですか! じゃあ、いいですよ、ゴッドで」

「サンキュー、ゴッド!」


ひとりごと

苦労の後にしか人生の花は咲きません。

寒い冬に耐えてこそ、美しい花が咲くのです。

自ら艱難辛苦に飛び込む必要はありませんが、もし向こうからやってきたら、逃げ出さずに真正面からぶつかってみましょう。

その後に美しい花を見ることができると信じて。


【原文】
薬物は甘(かん)の苦中より生ずる者多く効有り。人も亦艱苦を閲歴すれば、則ち思慮自ら濃(こま)やかにして、恰(あたか)も好く事を済(な)す。此と相似たり。〔『言志晩録』第204条〕

【意訳】
薬は甘味が苦味の中から出てくるものに効果の高いものが多い。人間も艱難辛苦を経験すると、思慮深くなり、何事も上手に処理できるようになる。これとよく似ている

【一日一斎物語的解釈】
艱難辛苦に出会ったら、そこから学ぶことはたくさんある。辛苦の経験を活かし、人生をより実りあるものにすべきだ。


fruit_rosehip

第1837日 「人道」 と 「窮尽」 についての一考察

今日の神坂課長は、大学時代の友人と酒を酌み交わしているようです。

「前川、お前がこんな大金持ちになるなんてな。あの頃は考えてもいなかったよ」

「俺も。(笑)」

「ただお前は俺と違って、馬鹿がつく程まっすぐだったもんな」

「そう。野球でも変化球が投げられずに苦労した」

「ははは、そうだったな。150キロの剛速球があるのに、変化球がショボすぎてよく打たれたよな」

「ほとんど曲がらないスライダーを狙い打ちされてた!」

「お前は野球も生き方も一緒か。でも、野球では大成しなかったけど、ビジネスマンとしてはその真っ直ぐさが生きたんだな」

「自分にはよくわからんけどな」

「こんな立派な家に住んで、高級車を乗り回して、もう欲しいものはないだろう?」

「神坂、それは違うぜ」

「えっ?」

「人間死ぬまで勉強だよ。最近、『論語』を学び始めたんだ。君子と呼ばれる人になろうと思えば、まだまだ学ぶべきことがたくさんあることを知って愕然としているよ」

「ああ、『論語』か。俺も会社の元同僚が『論語』を読む会を立ち上げているので、たまに参加している」

「へぇ、神坂が古典を読むなんて信じられないな。お前も変わったな」

「お前には遠く及ばないけど、一応人の上に立つ身になったからな。少しは勉強しないと」

「俺は残りの人生をかけて、人の道を究めようと思っている。稼いだ金も子供たちに渡すのは必要最小限にして、残りは世の中のために使うつもりだ」

「マジか?! すげぇな」

「それが稼いだ人間の義務だよ。私腹を肥やしてしまっては、天の道に背くことになるんじゃないかと思う」

「お前は『足るを知る』を正しく理解しているんだな」

「『知足』か。そんな言葉を知っているなんて、本当にお前も勉強しているんだな。そうだよ、現状には満足している。というか、これは俺の力じゃない気がしている。先祖や親の善行の賜物なんだろうな。だから、学ぶことには常に不足を覚えて、立ち止まらないようにしているんだ」

「お前がなぜここまで成功したかがわかったよ。お前のような奴が友人にいることは、俺の誇りだ」

「ははは。お前に褒められたのは人生初だな!」

「そうか?」

「野球に関しては、いつもお前に馬鹿にされていたからな」

「大変申し訳なかった。謹んでお詫び申し上げます!」


ひとりごと

正しい人の道を歩むのに、ゴールはないということでしょうか。

ゴールが見えないからと、歩くのをやめてしまえば、その人の人生はそこで停滞します。

究め尽くせないとわかっていても、少しでも自分を成長させるために、人の道を歩き続ける必要があるようです。


【原文】
天道は窮尽(きゅうじん)すること無し。故に義理も窮尽すること無し。義理は窮尽すること無し。故に此の学も窮尽すること無し。「堯舜の上、善尽くる無し」とは、此(これ)を謂うなり。〔『言志晩録』第203条〕

【意訳】
天の道は極まることなく永遠に続いている。それ故に、人が実践すべき正しい道理もまた尽きることはあり得ない。そして、義理が尽きないということはすなわち、学問(儒学)も極め尽くすことなどできないものである。だからこそ学び続ける必要があるのだ。王陽明の言葉「堯舜の上、善尽くる無し」(伝説の皇帝堯と舜は善政を敷いたが、それでも善が極まり尽きることはなかった)もまた、こうしたことを言っているのだ

【一日一斎物語的解釈】
正しい人の道を踏み行うことは、死ぬまで続く。つまり、人の道を学ぶ道も究め尽くすことなど不可能なのだ。


money_okanemochi

第1836日 「知足」 と 「不足」 についての一考察

神坂課長のところに大累課長がやってきました。

「神坂さん、ヘルプお願いします」

「なんだよ?」

「また雑賀の奴が屁理屈をこねているので、一発ギャフンと言わせてください」

「なんで俺なんだよ。お前がやれよ」

「あいつは俺のことを舐めてますからね。でも、神坂さんのことは相当恐れていますから」

「俺は恐怖政治を脱却したいんだけど・・・」

「とにかく、つべこべ言わずに!」

二人は雑賀さんを会議室に呼び出しました。

ドアを開けて雑賀さんが入ってくるなり、

「げっ、ズルいですよ、課長。神坂課長を味方に引きいれるなんて!」

「まあ、座れ。俺は別に大累の味方じゃないよ。お前の方が正しいと思えば、ちゃんとそう言うよ」

雑賀さんはしぶしぶ席につきました。

話の顛末は、最近は残業も減り早く帰宅できるようになった雑賀さんに、大累課長がアフター5に勉強するように言ったところ、それは自分で決めることで、課長に指示される筋合いはない、という話で揉めていたということのようです。

「なるほどな」

「だって、会社にいる間は業務時間ですけど、一旦会社を出てしまえば、後は俺の自由時間じゃないですか?」

「まあ、たしかにな」

「それにいくら勉強したって、給料が増えるわけじゃない。本を買うお金がもったいないですよ。俺は現状に満足しているんです。こういうのを『足るを知る』って言うんじゃないですか?」

「雑賀、それは違うな!」

「えっ」

「現在の生活に不足を覚えないようにすることを足るを知るという。しかし、仕事や学びについては死ぬまで足るを知ることはないはずだ」

「・・・」

「俺はお前が読書家なのを知っている。お前は決して勉強が嫌いなわけじゃない。しかし、まだまだ学びが中途半端な気がする。『足るを知る』を今のように理解していることがそれを物語っているよ」

「雑賀、俺だってお前が勉強熱心なのは知っている。でも、お前にはもっと成長してもらって、将来は特販課を担って欲しいんだ」

「え?」

「神坂さんも俺ももっと大きな仕事をさせてもらうつもりでいる。いつまでも課長をやっているつもりはない。この課を任せられるのはお前しかいないだろう?」

その後、雑賀さんは言葉を失ってしまったようです。

小さくお礼を言うと、会議室を出ていきました。

「これで良かったのか?」

「はい。さっきの話を二人だけで話すのは、ちょっと恥ずかしかったので、神坂さんが居てくれて助かりました」

「じゃあ・・・」

「わかってますよ。飲みに行きましょう! 俺の奢りで!」


ひとりごと

「足るを知る」という言葉は、現状にあまんじろという意味ではありません。

今、手にしているものを大切にして、ないものねだりをするな、という意味です。

ただし、学問や仕事については、自分の力が不足していることを常に認識しているべきです。

つまり、学問や仕事については、常に不足を補う意識が重要なのです!


【原文】
人各々分有り、当に足るを知るべし。但だ講学は則ち当に足らざるを知るべし。〔『言志晩録』第202条〕

【意訳】
人には各自、持って生れた分際があるので、常に現状を不足に思わないようにすべきである。ただし、学問においては常に不足を思い、向学の志を失ってはならない

【所感】
日常生活においては、足るを知ることを善しとせよ。ただし、仕事や学問においては、安易に満足せず、不足を常とせよ。


toilet_study_man

第1835日 「欲望」 と 「長寿」 についての一考察

今日の神坂課長は家族で買い物に出かけているようです。

「礼、何をジッと見てるんだ?」

「ラケットだよ。このモデル、めっちゃカッコいいよなぁ」

「高っ! 45,000円って書いてあるぞ。これはプロが使うやつじゃないのか?」

「そんなことはないよ。俺の友達で持ってる奴もいるし・・・」

「お前、物欲しそうな顔をするなよ。みっともないぜ」

「だって、欲しいもん!」

「今、お前が使っているラケットだって、そこそこ良いものだろう?」

「まあね」

「まずは、それをしっかり使いこなせよ。何でも欲しいものが手に入ったら、ろくな人間にならないぞ。我慢が大切だよ、我慢」

「わかってるよ! あー、見なきゃ良かったなぁ」

「さあ、そろそろ次の店に行くぞ!」

「ちぇっ」

それから数分後・・・

「父さん、何をジッと見てるんだよ?」

「鞄だよ。良いよなぁ、このハートマンのアタッシュケース。カッコいいよなぁ」

「ゲッ、28万円って書いてあるよ!!」

「そうなんだよ、半端なく高いんだ。でも、欲しいよなぁ」

「父さん、チョー情けない表情になってるぜ。物欲し気なんてレベルを超えたみじめな顔になってる。(笑)」

「やかましいわ。欲しいものは欲しいんだ!」

「なんだよ、さっき俺には我慢しろとか言ってたクセに!」

「我慢するさ、俺だって」

「今使っている鞄はいくらくらいするの?」

「あれは3万くらいじゃなかったかな。もう5年は使ってるから、けっこう型崩れしてきたんだよなぁ・・・」

「まだ使えるんだろう? しっかり手入れをして、もう少し使えばいいんじゃない?」

「そうだな、そうなんだけど、欲しいんだよなぁ。あー、我慢、我慢、我慢」

「馬鹿じゃないの? そろそろ昼飯の時間だよ。母さんと楽が待ってるから、フードコートに行こうよ!」

「はい・・・」


ひとりごと

一斎先生の言葉に出てくる「霊亀」とは、霊妙な徳をもった亀を指すそうです。

亀は万年と言われるように、亀という生き物は決して食を貪らないので、長く生きられるのだそうです。

本来、人間にも亀と同じように霊妙な徳を持っているのだから、それをしっかりと発揮して、欲望に克ちなさい、というのが一斎先生の教えのようです。

それはわかっているものの、やっぱり欲望に克つのは難しいですね!


【原文】
爾(なんじ)の霊亀(れいき)を舎(す)て、我れを観て頤(おとがい)を朶(た)る。 霊亀は舎つ可からず。凡そ諸(これ)を外に顗(うかが)う者は、皆朶頤(だい)の観なり。〔『言志晩録』第201条〕

【意訳】
『易経』の山雷頤(さんらいい)の卦の初九爻に「爾(なんじ)の霊亀(れいき)を舎(す)て、我れを観て頤(おとがい)を朶(た)る。凶なり。(自分の持っている徳を捨てて、物欲しそうな様をするのは凶である)」とある。霊亀は捨ててはいけない。自分の外部に物を求める者は、下顎をだらしなく垂らしているようなものだ

【一日一斎物語的解釈】
自分の内にある欲望に打ち克ち、物欲しそうな表情などは微塵も見せないようにすべきだ。


character_turtle_oya
プロフィール

れみれみ