一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年04月

第1905日 「誠」 と 「信」 についての一考察

今日の神坂課長は、自宅で昼食を食べているようです。

「久しぶりにペヤングソース焼きそばを食べたけど、シンプルな味付けでいいな」

「俺はUFOの方が好きだな」
次男の楽君です。

「マジで? お前、濃い味に慣れすぎなんじゃないの。この素朴な味の良さがわからないかねぇ」

テレビからはCOVID-19に関するニュースが流れています。

「いろいろな人が出てきて、好き勝手なことを言ってるから何がホントのことかがわからないよね?」

「ドクターといっても、感染症が専門ではない人もかなり発言しているからなぁ。惑わされない方がいいぞ」

「違うものなの?」

「そりゃ、それぞれのスペシャリストだからね。今は感染症を専門に扱う人たちの意見を尊重すべきだとは思うよ」

「これだけ情報があると、病院に行っても担当の先生の意見を信用できなくなっちゃうなぁ」

「一旦病気になって、主治医の先生が決まったら、すべてをその先生に任せるべきだよ」

「ネットと違うことを言っていても?」

「仮に新型コロナウィルス感染症に罹ったとしても、症状は人それぞれなんだ。誰にでも効くような特効薬はまだ出てきていないし、一番症状を把握している目の前の先生に任せるのが一番安心なんだよ」

「俺の友達のお母さんは、ちょっと症状が良くならないとすぐに医者を変えたがるらしいよ」

「そういうのは一番良くない。診察の途中で変わられるのはドクターも困るだろうし、逆に途中で来られた新しいドクターだって、その患者に不信感を持つよな」

「なんで?」

「また、自分のところも途中で逃げ出すんじゃないかってさ」

「ああ、そうか。それだと、ちゃんと診てもらえないかもしれないね」

「ドクターも人間だからな。患者さんが信頼してくれていれば、より誠意をもって診断し、治療にあたってくれるんだよ」

「じゃあ、俺は一回病院に行ったら、そのお医者さんを信用するよ!」

「その方が治りも早いぞ。病は気からとも言うだろ。この先生に任せれば安心だと思っていれば、病気も早く良くなるぞ」

「本当?」

「間違いない! それが『誠』ってやつなんだ」

「まこと?」

「そう。患者が医者を信頼し、医者が患者を信頼する。そういう心を『誠』って言うのさ」

「あ、そういえば俺の友達に、『まことって名前の奴がいるよ」

「ほう、どういう字を書くんだ」

「『磨己人』っていう難しい字」

「すげぇ名前だな。でも、意味を考えるとなかなか博のある親かも知れない。己を磨く人になれってことだろ?」

「そうなの? そいつに名前の意味を聞いたら、よくわからないと言ってた」

「そりゃ完全に名前負けだな」


ひとりごと

病気に罹ったら、ネットの情報に惑わされることなく、主治医の先生を信頼しましょう。

間違いなく、病状をしっかりと把握して、その人にとって最適の医療を提供してくれるはずです。

まずこちらが相手を信頼する。

それが相手から信頼を得るための最も確実な道なのです。

そして、それを誠と呼ぶのです。


【原文】
事を做すには、誠意に非ざれば、則ち凡百成らず。疾(やまい)に当たりて医を請うが如きも亦然り。既に托するに死生を以てす、必ず当に一に其の言を信じて、疑惑を生ぜざるべし。是の如くば則ち我れの誠意、医人と感孚(かんぷ)して一と為り、而して薬も亦自ら霊有らん。是(これ)は則ち誠の感応なり。若し或いは日を弥(わた)り久しきを総て未だ効験を得ずして、他の医を請わんと欲するにも、亦当に能く前医と謀り、之をして其の知る所を挙げて、与(とも)に共に虚心に商議せしむべくして可なり。是の如くにして効無くんば則ち命なり。疑惑すべきに非ず。然らずして、衆医群議し、紛錯(ふんさく)決せず、室を道に築くが如きは、則ち竟に是れ益無きのみ。〔『言志晩録』第271条〕

【意訳】
人がなにか事を為す際に、誠がなければどんなことでも首尾よくいかない。病気になって医者に診断をしてもらうときも同じである。自分の死生を委ねるのであるから、とにかくその医者の言葉を信じて、疑いを持たないことである。そうすれば自分の誠が医者の誠と呼応して一つとなり、薬も効能を発揮するであろう。これは誠同士の感応なのだ。もし数日経過しても病状に変化がないようであれば、別の医者に診てもらいたいと思っても、まずは最初の医者とよく相談をして、把握していることを話してもらい、共に腹を割って協議するようにさせるべきである。こうしても効果がないようであれば、それは運命というものだ。医師に疑念を抱くものではない。そうではなくて、医者同士が集まって協議をし、結論が出ぬまま紛糾し、路傍の人に家を建てる相談をするような状態では、結局何の意味もなさないであろう。

【一日一斎物語的解釈】
病気になったら、担当する医師を信頼し、すべてを任せることだ。氾濫するネット上の情報に惑わされて、医師を疑うなどもってのほかである。


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第1904日 「恒心」 と 「技術」 についての一考察

今日の神坂課長は、A県立がんセンターの多田先生とビデオ通話をしているようです。

「神坂、お前は暇だな」

「えー、勘弁してくださいよ。多田先生が用があるから連絡をくれってショートメールをくれたんじゃないですか!」

「そうだが、5分もしないうちに折り返しが来たじゃないか」

「私の中で、多田先生は超VIPなんです! たとえば食事中に連絡があれば、食べているものを吐き出してでもすぐに応対しますよ」

「ははは。握髪吐哺(※1)か。お前はいつから周公旦になったんだ」

「おお、さすがです。ご存じでしたか?」

「お前とこんな会話をするようになるとはな。COVID-19も蔓延するわけだ!」

「病気の流行が私のせいみたいな言い方をしないでください。それで、ご用件はなんですか?」

神坂課長は、多田先生の要望である医療機器のカタログのPDFと見積りを添付ファイルで送信したようです。

「ありがとうな。検討してまた連絡するわ」

「はい。先生、今医療従事者の皆さんは大変でしょうけど、お身体には気をつけてくださいね」

「ああ、わかってる。こういう時に本物の医者とエセ医者とがハッキリするんだよな」

「どういうことですか?」

「なぜ医師になったのか。それがしっかりしている奴は、日ごろから心と技術を磨いているから、こういう時こそ患者のために全力を注げるんだ。しかし、金儲けが目的だったり、ただ親が医者だという理由だけで医者になったような輩は、必ず逃げ腰になる。そいつらには所詮、大した技術もないしな」

「なるほど」

「まあ、お前が付き合っている医者にはそういう奴はいないだろう。お前は営業マンとしての天性の嗅覚を持っているからな。そういう医者には近づかないもんな」

「そ、そんなこともないですけど、思い出してもそういう先生は思い当たらないですね」

「この前、ある営業の達人という人が雑誌のインタビューに答えているのを読んだが、そこにはこう書いてあった。『心が技術を超えない限り、技術はいかされない』ってな」

「心かぁ」

「多くの医療人は、世の中の為に自分を犠牲にする覚悟でこの難局に立ち向かっている。そいつらはみんな心を持っているんだよ。神坂、お前も心のある営業マンになれよ!」

「はい! 今回も大切なことを学ぶことができました。いつもありがとうございます!」

「こちらこそ、身体を気遣ってくれてありがとう。お互いに変わらぬ心をもって、この危機を乗り越えようぜ!!」


ひとりごと

心が技術を超えない限り、技術は生かされない。

今までにも何度も紹介してきましたが、これは小生が師事する伝説の営業人、中村信仁氏のことばです。

恒心のある人だからこそ、磨いた技術が正しく活かされるのす。

心ある仕事人でありましょう!!

※1 握髪吐哺(あくはつとほ) 
熱心にすぐれた人材を探し求めることのたとえ。
「握髪」は髪を握る、「吐哺」は食べ物を吐き出すという意味。
春秋時代、周公旦は食事中でも食べ物を吐き出し、入浴中でも濡れた髪を握って、面接を求める人にはすぐに面会して、すぐれた人材の登用に努めた故事から。


【原文】
「人にして恒無きは、以て巫医(ふい)と為る可からず」と。余嘗て疑う、「医にして恒有って術無くば、何ぞ医に取らん」と。既にして又意(おも)う、「恒有る者にして、而る後に業必ず勤め、術必ず精し。医人は恒無かる可からず」と。〔『言志晩録』第270条〕

【意訳】
『論語』に人にして恒(つね)なくんば、以て巫医(ふい)を作(な)すべからず(人として変わらない心がなければ、祈祷師が占いをすることもできず、医師が病気を治すこともできない)」とある。かつての私はこれを疑問に思った。「医者として定まった心があっても、技術を磨かなければ、どうして医者になれようか」と。今になってみるとこう思う。「定まった心があれば、必ず仕事に精を出すので、技術は熟達するものである。医者には定まった心がなければならない」と。

【一日一斎物語的解釈】
どんな仕事であっても、最も大切にすべきは心である。心が技術を超えない限り、けして技術は生かされないのだ。


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第1903日 「知識」 と 「病状」 についての一考察

今日の神坂課長は自宅にいるようです。

「あれ今日は会社に行かないの?」

「あ、ごめん。言うの忘れてた。今日は自宅でテレワーク、会議資料をつくる」

「そう。じゃあ、ちょっと洗濯物干すのを手伝ってもらえる」

「いいよ。どうした、菜穂。調子悪いのか?」

「なんか身体がだるいのよねぇ」

「お前、もしかして!」

「やめてよ! 熱もちょっと高いくらいだし、咳も出ないし、ただの疲れだよ」

「熱があるの、それヤバいでしょう。味覚とか嗅覚は大丈夫か?」

「イサム、私をコロナにしたいの?」

「したいわけじゃなくて、可能性を探ってるんだよ!」

「熱は36.9度で、平熱より5~6分高いだけ。ちゃんと臭いもするし、味もわかるわ」

「そうか、じゃあ大丈夫かな?」

「だから、大丈夫だって言ってるじゃん」

「しかし、世界中には自分でも気づかないうちにCOVID-19に感染しているサイレントキャリアがたくさんいるらしいぜ」

「私は元看護士よ。自分の身体のことは、イサムのような一般人よりはよっぽど詳しいわよ!」

「俺を素人みたいに言うなよ。俺だって医療人の端くれだぜ」

「端くれでしょ。私は医療の最前線にいたのよ!」

「でも医師ではないし、そういう知識がかえって病状の適切な把握を遅らせる可能性もあるんじゃないか?」

「イサム、心配してくれてありがとう。そうね、もしこの状態が3~4日も続いたり、味覚に異変を感じたりしたらすぐに病院に行くわ。どうせ今の状態では、診てもらえないからね」

「そうしてくれよな。俺が3年前にインフルエンザになったときは、絶対に違うと思っていたら一気に悪化したからな」

「あのね、あれは誰が見てもインフルエンザでした!! イサムがただ認めなかっただけでしょ。それで熱が40度を超えて死にそうになったのよね。治ったから言うけど、あれは医療人とは思えない行動だったわ!」

「相変わらず厳しいな。まあ、それだけ元気なら大丈夫そうだな。昼はカップラーメンとかでもいいよ」

「そのつもりです!」

「・・・」


ひとりごと

現在、ネット上にはCOVID-19に関する様々な情報が溢れています。

なかには、お湯を飲むと良いといった明らかに虚偽とわかるものもありますが、素人が読んだだけでは判断がつかないようなそれらしい情報もあります。

そうした知識に惑わされることなく、自分の体調の異変を感じたら、COVID-19である可能性を疑い、慎重に行動しましょう!

うつされるより、うつす方が精神的にも辛くなるでしょうからね。


【原文】
親に事(つか)うる者は、宜しく医人の良否を知りて以て之を托すべし。親歿するの後に至りては、己の軀も亦軽きに匪(あら)ず。宜しく亦医人を知りて以て自ら托すべし。若し己劣(わず)かに医事に渉り医方を知るは、卻って怕(おそ)れる、或いは自ら誤らんことを。慎む可し。〔『言志晩録』第269条〕

【意訳】
親が健在のときは、良い医者をもとめて親の健康を託すべきであろう。親が没した後は、自分の身を軽く扱ってはならない。同じく良い医者をもとめて自分の健康を託すべきである。もし医療について多少の理解があり、医術の心得があるような場合は、かえって誤った判断を下すことを恐れるべきで、慎重に対処すべきである

【一日一斎物語的解釈】
中途半端な医療知識はかえって正しい病状判断を鈍らせる可能性もある。体調に異変を感じたら、なるべく早く信頼できる医師に任せるべきだ。


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第1902日 「孝」 と 「悌」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

もちろんですが、佐藤部長はデスクのチェアに、神坂課長は応接のソファに腰かけて、ソーシャルディスタンシングを心がけています。

「この前、ある人からいくつになっても孝行心を失ってはいけないと言われました。私はまだ両親が健在ですが、そうでない人はどうすればいいのでしょうかね?」

「たぶんその人は、広く解釈をしているんだろうね」

「広く?」

「そう。前に話したことがあったよね。『わが身は両親の遺体』だということを」

「ああ、そうでしたね。そうか、だから年をとったら自分の身体を労わることが、そのまま孝行になるのですね?」

「そういうことを言いたかったんだと思うよ」

「そうです、きっと。それから目下の人にはつねに「悌」の心を発揮しろとも言われました。りっしんべんに弟と書く字です」

「それは、兄が弟を労わる心だね」

「それを兄弟でない後輩にも施せということですか?」

「そう。石崎君や善久君に対してもね」

「あのクソガキ達ですか。部長にはどう見えているかわかりませんが、私は意外とあいつらを可愛がっていると思いますけどね」

「ちゃんと感じているよ。特に石崎君とは年の離れた兄弟のようだね」

「兄弟というには、ちょっと年が離れすぎていませんか? まあ、でも親子でもないなぁ」

「神坂君が石崎君のところまで降りてあげているという印象をもつよ」

「さすがは部長です。しかし、肝心のあいつはそれを理解していないんでしょうね?」

「たぶんね。だって、かつて私が神坂君のところまで降りていたことを、神坂君も感じてくれていなかったじゃない?」

「おお、たしかにそうでした!! ウザイ先輩だなぁと思ってました。(笑)」

「全部顔に出てたね」

「お恥ずかしい・・・」

「親の有難みは、自分が親になって初めてわかるように、上司の有難みというのも、自分が部下を持って初めてわかるのかも知れませんね」

「いつか、石崎君も神坂君に感謝する日が来るよ。『神坂課長に育てて頂いたお陰です』なんて言ってくれるんじゃないかな」

「想像しただけで泣きそうです」

「私も泣いたよ。神坂君に同じことを言われたときに」

「苦労をかけましたもんねぇ」

「本当に。自分の子供たちより手がかかったから!(笑)」


ひとりごと

仮にご両親がご健在でなくても、親を思う気持ちがあれば、それは既に「孝」の発揮です。

両親のことを思えば、わが身の大切さに改めて気づくことができます。

わが子でなくても、目下の人に慈しみの心を抱けば、それは既に「悌」の発揮です。

部下や後輩を愛おしく思い、そして自分の下に居てくれることに感謝しなければなりません。

この孝悌を常に発揮する人には、自然と人が集まってくることでしょう。


【原文】
孝弟は是れ終身の工夫なり。老いて自ら養うは、即ち是れ孝なり。老いて人に譲るは、亦是れ弟なり。〔『言志晩録』第268条〕

【意訳】
孝悌は生涯を通して実践すべき徳目である。年老いて我が身を養生することは孝そのものである。また年老いて後他人を立てて譲ることは悌そのものである

【一日一斎物語的解釈】
つねに目上の人には「孝」、目下の人に対しては「悌」という徳目を発揮せよ。この徳目を発揮することが、世の中を無事に渡りきる最善の策である。


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第1901日 「仏様」 と 「聖人」 についての一考察

今日の神坂課長は、自宅でYouTubeを観ているようです。

「ああ、これだ。『孔田丘一の儒学講座』、これがサイさんおススメの動画だったな。よし、さっそく観てみよう」

動画のスタートボタンを押したようです。

「皆さん、こんにちは。孔田丘一です。齢88を迎えましたが、まだまだお迎えが来ないようなので、しばし私の戯言にお付き合い願います」

「ははは。これは面白い爺さんだな」

「さて、みなさんは死んだら仏になれるとお思いでしょうか? それはわかりませんぞ! 日々を大切に生きておらん諸氏は、もしかすると仏にもなれずに天界の放浪者となるやもしれませんな。ははは」

「毒が凄いな」

「大事なのは今この時ですぞ。明日のことなど考えたところで、自分でどうにもできはしません。昨日のことを悔やんだからとて、もう取り返しはつかんのです」

「それはそうだ」

「自分で自由にできるのは、今この瞬間だけです! 今、あなたがやるべきことは何ですか?」

「いきなり核心を突いてきたぞ」

「今ここ、それがすべてです。我々儒者にとっては、死んで仏になるのは当然のことなのです。いやしくも儒学に志した以上は、生きて聖人となることを願い、今この一瞬に命を懸けて精進しておるのです」

「生きて聖人となる。なるほど、それは凄いな」

コロナウィルスが世界中に蔓延しておりますが、これも必ずいつかは収束する。我々がなすべきことは、ワクチンの開発ではない。それは専門家にお任せすればよい。今すべきは、家にいることですな」

「だからこうして動画を観ているんだよ」

「しかし! ただ家にいるだけで聖人となれますか?」

「急に声がデカくなったな。そりゃ、家にいるだけじゃ無理だよ」

「そう、なれるはずがない。せっかく家にいるのなら、学問をせねばなりません。学問とは、学び、問うことですぞ。本を読むだけではダメだ!」

「なるほど」

「本を読み、深く思索し、どう行動を変えるのかを考えねばならん! そして、コロナが収束した後に、すぐに行動に移すのです」

「外にでる瞬間から行動を変えるわけか!」

「くだらんニュースやSNSで、不安を煽られておるようでは、聖者の道は遠いですぞ! 自分にできることは何か? 自分が影響力を及ぼせる範囲はどこまでなのか? それをよく考えるんですな」

「影響を及ぼせる範囲か、そうだな」

「そろそろ時間のようです。これ以上続けると息が切れますからな。息が切れるといっても、コロナに感染してるわけじゃありませんぞ。この歳になると、そんなもんです。ははは」

「猛毒を吐くな、このジジイ」

「しかし、今回が最終回となるかも知れません」

「え?」

「そりゃそうでしょう。なにせ、明日生きていられる保証はないんだから。ははは」

「大丈夫だよ、あんたは当分死なねぇよ!!」

「では、また。聖者の道は今ここにあり!」


ひとりごと

生きているうちに聖人となることを目指すのが儒者だ、と一斎先生は言います。

たしかに、そうした覚悟をもって日々を生きるからこそ、死んで仏となれるのかも知れません。

今ここ、私たちは自分の影響を及ぼせる範囲内において、何をすべきなのでしょうか?

不安を煽ったり、煽られたりしている場合ではなさそうです!


【原文】
尋常の老人は、多く死して仏と成るを要(もと)む。学人は則ち当に生きて聖と作(な)るを要むべし。〔『言志晩録』第267条〕

【意訳】
一般的な老人は、死んでから仏と成ることを願うものだが、学び続ける人は、生きているうちに聖人とならんことを願うものだ

【一日一斎物語的解釈】
生きているうちに少しでも聖人の域へと近づこうとして、わが身を鍛錬するのが修身である。


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第1900日 「経験」 と 「情報」 についての一考察

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生に届け物を持ってきたようです。

「神坂君、こんな時期なのにごめんね」

「お気になさらないでください。私も今日はこのまま自宅に帰って、テレワークをします。その途中で寄っただけですから」

「ありがとうね。どうしてもこの製品のカタログが欲しかったので、お手数をお掛けしました」

「恐縮です」

「ウチは幸い細々と外来診療も続けているけど、外来を止めている病院もあるみたいだね」

「ええ、COVID-19による院内感染が疑われたご施設では、GW明けまでストップしているところもあります」

「そうだろうね」

「長谷川先生は、緊急事態宣言の解除のタイミングはいつだと思われますか?」

「いや、それなんだけどね。マスコミの何社かが、私のところにもそれを聞きに来るんだよ。でも、私は専門家じゃないからお答えできかねる、と言って断っているんだ」

「どこのマスコミも、世界的に有名な長谷川先生のコメントが欲しいのでしょうね」

「私の専門は大腸癌だからね。門外漢が下手なことを言って、専門家の皆さんにご迷惑をかけるわけにはいかないんだ」

「そうですか。たしかに、長谷川先生のコメントなら間違いないと思ってしまいそうです」

「そこだよ。ありがたいことに私の仕事が評価されて、それなりにこの世界では名が知られるようになったでしょう。それにここまで年齢も重ね、数多くの経験もしてきた。だから、私の不用意なコメントでも、マスコミ各社は信頼に足るものだと過信してしまう恐れがある。私はそれが一番怖いんだよ」

「なるほど」

「だから、発言を慎もうと思うんだ。マスコミにも答えていないので、神坂君の質問にもあえてお答えしなくても良いかな?」

「もちろんです!」

「せっかくカタログを持ってきてくれたのに、申し訳ないね」

「そんなこと気にしないでください。それより、私は今、反省しています」

「え、何を?」

「私は、会社で後輩たちから同じような質問をされて、堂々と答えてしまっています。私の方がはるかに門外漢なのにです!」

「ははは。でも、神坂君のように自由に発言している人は多いよね」

「はい、そのせいで情報が錯そうしていますね。日本人はBCGを打っているから重症化しづらいとか、嘘か本当かわからないような情報が日々飛び交っています」

「うん。だから、私はその仲間入りだけはしないでおくよ」

「はい。私も気を付けます!」


ひとりごと

やむを得ないことではありますが、今はSNSでもテレビでも、COVID-19の情報一色に染まっています。

その中には怪しい情報も多数まぎれこんでいます。

それでも、面白いなと思うとついつい拡散してしまいます。

小生も医療業界の一番端っこに存在する者として、不確かな情報を拡散しないように気をつけねばなりません!!


【原文】
老人の話は多く信を取れば、尤も宜しく言を慎むべし。〔『言志晩録』第266条〕

【意訳】
老人の話というものは、多くの人の信頼を得るものであるから、特に言葉を慎み深くしなければならない

【一日一斎物語的解釈】
年配者の言葉というのは経験に裏打ちされており信頼に足ると考えられるものであるから、特に慎重に言葉を選ばねばならない。


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第1899日 「拙速優先」 と 「完璧遅滞」 についての一考察

営業2課の石崎君と善久君が居室で書類を作成しているようです。

「さて、そろそろ帰るかな」

「ザキ、もう会議資料作ったの?」

「うん、ほぼ完成」

「早過ぎない? また、カミサマに突っ込まれるよ」

「ゼンちゃん、仕事はサクッと処理していかないと、どんどん溜まっていくじゃないか。後に残したら、精神的にも良くないよ」

「それはそうだけど、来週の水曜日の会議資料だよ。まだ3日もあるじゃない」

「俺は、あと3日しかないと思って仕事をしている。たしか、カミサマが言ってたよね、拙速優先が大事だって」

「ああ、よく言ってるな。あの人も仕事は早いよね」

「雑だけどね」

「ザキも他人のこと言えないんじゃないの。(笑)」

「大丈夫。俺は8割までは一気に仕上げて、前日に最終的に完成させるつもりだからね。雑にはならないよ」

「なんか、ほんのちょっと前に会議をやった気がするけど、もう一ヶ月経ったんだな」

「今月はあきらかにいつもと違って違和感を感じたけど、気がつけばもう月末だもんね」

「仕事ってキリがないよね。次から次にやらなきゃいけないことが回ってくる」

「でも、その点ではカミサマで良かったのかもよ。新美課長は細かい資料をたくさん要求してくるらしいから」

「ただ、カミサマは急に振ってくることが多いよね」

「あの人は思いつきで振ってくるからね。慌てて処理したら本人が忘れていたってこともよくあるからムカつくよね」

「ゴホン」

「あ、カミサマじゃなかった、神坂課長!!」

「あん? あんだって? とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ!」

「なんですか、それ?」

「少年、知らないのか? 志村けんの神様じゃないか?」

「ああ、この前死んだ人ですか?」

「お前ら、よく平気でいられるな。俺は、志村けんが死んでから、喪失感がハンパないんだよ」

「志村動物園は観ていましたけど、そこまでは・・・」

「で、さっきから聞いてたら、言いたいこと言ってたなぁ、ガキども!」

「俺たちの会話を聞いてたんですか?」

「全部聞いてたよ。そうだ石崎、お前この文献を読んで、今日中に要点をまとめてくれ!」

「今からですか? COVID-19に感染しないように、いつまでも居室にいない方が良くないですか?」

「誰もここでやれとは言ってない。家に帰ってからやれば良いじゃないか」

「もう20時ですよ」

「まだ、4時間もあるじゃないか! 拙速優先を心掛けているお前なら十分にできるさ」

神坂課長がウインクをしています。

「課長は、神様なんかじゃない、鬼だ!!」

「あん? とんでもねぇ、あたしゃ神様だよ!」


ひとりごと

仕事は80点主義、拙速優先を心掛けよ。

これは、森信三先生の教えです。

いくら完璧でも、完璧遅滞では意味を成しません。

まずは、手をつけて、ある程度は一気に仕上げてしまう癖をつけておきましょう!


【原文】
人事の叢集(そうしゅう)するは落葉の如く、之を掃(はら)えば復た来る。畢竟窮まり已むこと無し。緊要の大事に非ざるよりは、即ち迅速に一掃して、遅疑す可からず。乃ち胸中綽(しゃく)として余暇有りと為す。〔『言志晩録』第265条〕

【意訳】
人の為すべき仕事は秋の落葉のように次々と叢らがってくる。たとえ掃除をしてもすぐに次がやってくる。結局、終わりがないようなものだ。よって、極めて重要な仕事でない限りは、パッと片付けてグズグズしないことだ。そうすれば心は余裕綽々で、ゆったりとした時間を持つこともできる

【一日一斎物語的解釈】
仕事は拙速優先を心掛けるべきだ。あとに残せば積もり積もって心まで余裕を失くしてしまう。


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第1898日 「心の眼」 と 「心の耳」 についての一考察

今日の神坂課長は、オンラインで元同僚の西郷さんが主催する『論語』の読書会に参加しているようです。

「いま説明したように、窮地に立った時こそ人の真価がわかる、ということを孔子は言っているのです」

「サイさん、今回のコロナの件にしても、対応は人それぞれですよね。たしかに浮足立っている人とそうでない人がいるもんなぁ」

「神坂君、そうだよね。ちょっと厳しい言い方だけど、有事に備えてしっかり準備をしていた人とそうでない人の差が出ている気がするね」

「今回の報道を見て思いましたが、飲食店はどこも自転車操業なんですね」

「一気にお客さんが9割減というお店もあるみたいだから、大変だね」

「いやー、勉強になりました。本物か偽物かは、窮地に立つとたちどころに分かってしまうということか。それを2500年前の本に書いてあるというのが凄いよなぁ」

「逆に言えば、人間の精神はほとんど成長していないということだね」

「たしかに! ところで、サイさん。やってみると、オンラインでの読書会も十分可能でしたね」

「うん。心配したけど、意外とうまくやれたという印象があるね。皆さん、いかがでしたか?」

参加者の皆さんからは一様に良かったという声があったようです。

「定年退職したサイさんが、こうやってオンラインの読書会を開くなんて、まだまだ健在ですね!」

「おいおい、神坂君。人を老人扱いしないでよ。会社にいたときから、君よりは私の方がITの知識はあったよね」

「あっ、そういえばそうでした。(笑)」

参加者の皆さんが爆笑の渦に包まれました。

「たしかにこの歳になると老眼は進んで目はかすむし、耳もちょっと聞こえづらくなってきたかも知れません。でも、私の心の眼と耳は健在です。ですから、まだまだ学び続けようと思っています」

「さすがはサイさんだなぁ。定年退職したサイさんがまだ学ぶと言ってるんだ。私も負けてはいられません!」

「だから、老人扱いはしないでよ!」

「あ、そうでした。これなら、遠方からも参加できるし、もしかしたらアフターコロナの時代には、一気にオンライン読書会とかオンラインセミナーが一般化するのかもしれませんね」

「間違いなく、そうなると思うよ。今は、Webカメラもみんな売り切れで、3ケ月待ちらしいからね」

「そうなると、やはり営業もオンライン化が急速に進みますね」

「それも間違いないね。オンライン営業は非対面営業よりは顔が見える点ではるかに優れている。しかも、移動時間が不要だ。浸透しないはずはないよ」

「対面営業とオンライン営業のバランスをどうとるかが今後の課題になりそうですね。会社でもしっかり考えてみます!」

「では、今日はこの辺で終了します。緊急事態宣言の解除の時期は不確定ですので、次回もオンライン開催の予定です。ぜひ、ご参加ください」

「オンライン読書会で支払いはPayPayか。IT化はさらに加速していくんだなぁ」
神坂課長が感慨深げにつぶやきました。


ひとりごと

人間には実際の眼と耳の他に、心の眼と耳があります。

心でみることを「観る」といい、心できくことを「聴く」というのでしょう。

心の眼と耳をしっかり活用すれば、いつまでも学び続けることは可能なようです。

さて、小生が主査する潤身読書会も4月・5月はオンライン開催としました。

これによって普段は参加できない遠方の方からも参加していただけそうです。

まちがいなくオンライン読書会が普及していくでしょう。


【原文】
老来目昏(くら)きも、猶お能く睹(み)る。耳聾なるも、猶お能く聞く。苟くも能く聞睹(もんと)すれば、則ち此の学悪(いずく)んぞ能く之を廃せんや。〔『言志晩録』第264条〕

【意訳】
年をとると視力が弱くなり目が見えなくなるが、それでもまだ観ることができる。また耳も遠くなるが、それでもよく聴くことができる。かりにもよく見聞きすることができるなら、この学問(儒学)を止めることなど、どうしてできるだろうか

【一日一斎物語的解釈】
年齢とともに視力や聴力は落ちてくるが、心の眼と耳が健在なうちは学び続けることができる。


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第1897日 「仕事」 と 「学問」 についての一考察

今日の神坂課長は佐藤部長の部屋に居るようです。

「この社会的距離ってやつが一般化すると、アフターコロナの世界でも狭い会議室とか居酒屋は嫌われるかも知れませんね」

「うん、いろいろとCOVID-19感染前には戻れないことが増えるだろうね」

「世間はかなりテレワークが浸透しているようですけど、ウチのような零細企業はなかなかそうもいかないので、いろいろとやることが多くて、かえって読書をする時間がなくなりましたよ」

「『一日読まざれば、一日衰える』と森信三先生は言っているね」

「ヤバいなぁ。どんどん衰えているのかも知れません」

「でもね、一斎先生はこうも言っているよ。『どんな出来事からも学ぶことはできる』って」

「なるほど。本を読むだけが学問ではないと?」

「そのとおり。そもそも緊急事態宣言が出されることなんて、わが国ではこれまでなかったわけだから、この状況下でしか学べないことが多いんじゃないかな?」

「たしかにそうですね。かえって本を読んでいる場合ではないかも知れません。(笑)」

「時務学ではなく人間学こそ、真の学問だと安岡正篤先生も言っている。こういう状況でこそ、自分を鍛える良い機会だと思うよ」

「まさに修身のチャンスか?」

「こういう時に利己心だけで行動すると、平時に戻った時には誰からも相手にされなくなるかも知れない」

「そうですね、転売しないまでも、マスクやトイレットペーパーを必要以上に買い占めるのも利己心の表れですよね」

「今こそ利他の心で他人に接するべきなんだと思う。『お陰様』とか『お互い様』という精神だろうな

「とくにお客様に対しては、そういう心持ちで接するときですね。今、お客様は何に困っているのか? それを本気でお客様の立場になって考える必要がありそうです」

「さすがは神坂君だね」

「いや、実は今すごく反省しています」

「え、どうして?」

「さっき、総務課からアルコールジェルが手に入るから、必要な数を出してくれというメールが流れましたよね。あまり考えずに2個、オーダーしてしまったんです」

「ははは。なるほど」

「タケさんのところに行って、1個に変更してきます」

「まずはそういう小さなことから、利他の心を発揮していくのが良いだろうね!」

「はい。では失礼します!!」


ひとりごと

自分自身の心ひとつで、どんなことも学びとなります。

本を読むことだけが、学問ではないのです。

読書はインプットでしかありません。

それをいかにアウトプットするかをしっかりと思索し、目の前の仕事に適用して活学してこそ、真の学問となるのです。

緊急事態の今だからこそ、真の学問に取り組むべきなのかも知れません。


【原文】
多少の人事は皆是れ学なり。人謂う、「近来多事にして学を廃す」と。何ぞ其の言を繆(あやま)れるや。〔『言志晩録』第263条〕

【意訳】
人が行う大小の出来事はすべて学問に通じている。人は「最近はやる事が多すぎて、学ぶことができない」と言う。これはなんと間違った言葉であろうか

【所感】
どんな出来事からも学ぶことはできる。本を読むだけが学問ではないのだ。


kaisya_man

第1896日 「経験」 と 「発想」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君、善久君と会議中のようです。

「石崎、わざわざ大会議室を取らなくてもよかっただろう?」

「ダメです! ソーシャルディスタンシングが必要な時期ですから」

「お前、2mあればいいんだぞ。俺たち3人、みんな5m以上離れているじゃないか。(笑)」

「距離は遠いに越したことはありません。それに窓も全開にしていますから、換気も十分です」

「慎重だな」

「はい、家に80歳を過ぎた婆ちゃんがいるので、ぜったいに罹りたくないんです」

「なるほど。たしかに昨日亡くなった人も80代の老人だったな。それで、お前らが聞いて欲しいアイデアとは何だ?」

「Zoomで研究会をやりたいと考えています」

「それはさすがに無理だろう?」

「やってみなければ分からないじゃないですか! なぁ、ゼンちゃん」

「はい。学会や研究会が軒並み中止や延期になっていて、先生方も悶々としているはずですし」

「しかし、いま病院は大変な時期だ。そんな企画をしたら何を言われるかわからんぞ」

「でも、消化器内科の先生方は直接コロナとは関係ありませんし、どこの施設も不要不急の検査はしないということで、検査数が減っています」

「善久の言うことはわかるけどさぁ・・・。俺の経験から言うと、こういうときはあまり積極的に動くべきじゃないと思うんだよなぁ」

「Zoomは資料も共有できますし、少人数の研究会ならサポートできるはずです」

「石崎、お前熱いな!」

「この熱さは、課長から学んだものですよ。課長のご経験の話をされましたが、以前にはこういうWebのツールはなかったはずです。これからはこういうデジタルツールがどんどん使われるようになりますよ

「たしかにそうだな。アフターコロナの話が出ているが、このデジタル化の流れは、さらに加速するだろう。学会もWeb参加が当たり前の時代が来るかも知れないな」

「私の担当病院の先生が、A県大腸拡大内視鏡研究会を主催していて、Zoomでやれないかと相談がありました。進めてみても良いですか?」

「まずは県内からスタートするのが良いだろうな。よし善久、話を進めてみろ。ITのサポートとなると、雑賀の出番だな」

「はい。雑賀さんにはもう話をしてあります」

「石崎、お前は根回し名人だな。行く末が怖いわ」

「それで、課長にもお願いがありまして・・・」

「なんだよ?」

「N大の中村教授にこういう形の研究会を実施することの承諾をとって頂きたいのです」

「中村教授に?」

「はい。担当の塩谷先生から頼まれました。『お前の上司は、教授とのパイプが強いから頼む』って」

「塩谷先生か、最近ご無沙汰していたな。わかった、それは俺が引き受けよう!」

「ありがとうございます」

「若い奴らのアイデアを頭ごなしに潰してはダメだよな。俺も若いころは、どんどん新しいことを提案したけど、佐藤部長がほとんどゴーサインを出してくれたもんな」


ひとりごと

ベテラン社員さんの経験というものは貴重なものです。

しかし、時にその経験が邪魔をすることもあるでしょう。

特に、時代の潮目が変わるときには、これまでの経験は当てになりません。

若い人の斬新な発想が新たな仕事を生むことになるのではないでしょうか?


【原文】
吾れ壮齢の時は、事事矩(のり)を踰え、七十以後は、事事矩に及ばず。凡そ事有る時は、須らく少壮者と商議し以て吾が逮(およ)ばざるを輔(たす)くべし。老大を挾(さしはさ)みて以て壮者を蔑視すること勿くんば可なり。〔『言志晩録』第262条〕

【意訳】
私が壮年のときには、事毎に規範から外れていたが、七十歳を過ぎて以降は、事毎に規範に及ばなくなった。総じて有事のときには、何事も若い人とよく相談をして、自分の足りない点を補うべきである。年齢を重ねたことを誇って、若い人を蔑むようなことがなければ良い

【一日一斎物語的解釈】
歳をとり経験を重ねたことを誇って、若年者をバカにしたような態度をとることは、厳に慎むべきだ。


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