今日の神坂課長は、寝不足気味のようです。
「あれ、神坂君。どうしたの、ボ~っとして?」
佐藤部長がそばを通る際に声をかけたようです。
「実は、昨日変な夢を見ましてね。途中で目が覚めて、また寝ると同じ夢をみる、ということのくり返しで熟睡できなかったんです」
「どんな夢をみたの?」
「それが、ちょっとお恥ずかしいのですが、なぜか夢の中では私はプロ野球選手でしてね」
「ぷっ」
そばにいた石崎君が噴き出したようです。
「クソガキ、笑うな! それで、いつもチャンスの場面で打順が私に回ってくるんです。いつもはカモにしている投手なのに、その日はなぜかまったく打てない。バットにすら当たらない。そんな夢でした」
「子供の頃はプロ野球選手を夢見ていたんだよね?」
「はい。小学校六年生のときの作文にそう書きました。イチローは見事に夢を叶えましたが、私は・・・」
「ははは。イチロー選手と比べたら、誰だって適わないよ。でも、その夢にも何か意味がありそうだね」
「え? そうですかねぇ?」
「一斎先生は、夢の中の自分も自己だ、と言っているからね」
「たとえば、こういうことじゃないですか?」
石崎君が横から口を挟んだようです。
「なんだよ、俺の話を盗み聞きするなよ!」
「普通に聞こえてくるんだから仕方ないじゃないですか。その夢のポイントは、いつもは打っているピッチャーなのに、その日は全然打てない、というところじゃないですか?」
「どういうことだよ?」
「たとえば、いつもウチから医療機器を買ってくれているからと安心しているお客様が、実は他社の魅力的な提案を受けて、浮気することを考えているとか!」
「おいおい、やめてくれよ。なんだか、それっぽいじゃないか。(笑)」
「石崎君、鋭いね。神坂君の魂がその波動をキャッチして、夢でアラートを出してくれているのかもね」
「部長まで勘弁してくださいよ。そんなガキの言うことなんか、当たるわけないじゃないですか!」
「そうかなぁ? なかなか鋭いと思うけどな」
「馬鹿らしい。あ、そうだ、ちょっと思い出したことがあるので、出掛けてきます」
「いってらっしゃい」
「部長、どうみても、神坂課長には今の話に心当たりがありそうですね。(笑)」
「間違いないよ。ほら、上着を忘れて出かけているからね。なにかピンと来るものがあって、慌てて飛び出した感じだね。(笑)」
ひとりごと
ユングは夢分析をして、無意識の働きを意識的に解明しようと試みました。
自分にまったく無関係な夢を見ることはないと考えれば、一斎先生の言うように、夢の中の自分もまた真の自己なのかも知れません。
孔子は、若いころ夢に見続けた憧れの人・周公旦のことを、晩年は夢見ることがなくなったと歎いています。
夢が語るメッセージに耳を傾けてみませんか?
それにしても、最近の小生は、夢すらみた記憶がありません・・・。
【原文】
夢中の我れも我れなり。醒後の我れも我れなり。其の夢我たり醒我たるを知る者は、心の霊なり。霊は即ち真我なり。真我は自ら知りて、醒睡(せいすい)に間(へだて)無し。常霊常覚は、万古に亘りて死せざる者なり。〔『言志晩録』第292条〕
【意訳】
夢の中の自分も自己である。目覚めた後の自分も自己である。夢の中の自分と目覚めた後の自分とを理解することは、心の霊妙なはたらきである。霊とはすなわち真の自己である。真の自己はどちらも自己であることを知っているので、醒めているか夢の中かにとらわれないのだ。真の自己は常に霊であり常に知覚しているので、永久不変に絶えることのないものである。
【一日一斎物語的解釈】
夢の中の自分もまた真の自分なのかも知れない。夢が伝えるメッセージに真摯に耳を傾けるべきだ。

