一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年06月

第1966日 「我欲」 と 「真理」 についての一考察

営業2課の善久君が神坂課長に商談の相談をしているようです。

「院長先生は、新しい内視鏡が欲しいと言っているのですが、正直に言ってオーバースペックな気がします」

「ワンランク下の機種は紹介したのか?」

「いえ、上位機種が欲しいと言うので紹介はしていません」

「年間の検査数はどれくらいなんだ?」

「たぶん、150件くらいだと思います」

「それだと、5年でもペイできないな」

「はい」

「上位機種だと1千万円、下位機種だと4百万円。金額が倍以上違うわけだな」

「私にとっては大きな商談です」

「で、お前はどっちが売りたいんだ?」

「そう聞かれると、やっぱり上位機種が売りたいです。けど・・・」

「ご施設のことを思うと、正しい商売ではないと思うんだな?」

「そうなんです。課長はどうすべきだと思いますか?」

「お前に任せるよ」

「えっ?」

善久君はじっと考え込んでいます。

「わかりました。下位機種も紹介した上で、正直に私の気持ちを伝えます」

「善久、ありがとう。お前が自分でそう判断してくれたのがうれしいよ。自分の売上という我欲に負けずに、お客様にとってベストの提案をする。それが真の営業人だからな」

「はい。課長がいつもその話はしてくれていますので、それが正しい選択肢だと理解できます」

「まあ、それでももし院長先生が上位機種が欲しいというのなら、それはそれでありがたいことだからな」

「はい。正直に話をしたうえで、そちらを選んでいただけるなら、喜んで買っていただきます」

「ちょっと期待してるだろう?」

「はい、そうだったらいいなぁとは思います。でも、下位機種を買っていただくことになっても、全力でサポートします!」

「善久、お前も成長したな」

「はじめて課長に褒められました」

「それは大袈裟だろう。今までだって褒めたはずだぞ」

「でも、褒められてこんなにうれしいのは初めてです」

「明日の結果がどうなろうと、お前のステージがひとつ上がったことは確かだ。自信をもって営業の道を突き進め!!」


ひとりごと

営業という仕事をしていて、時々直面するのが今回のストーリーのようなケースです。

このとき自分の我欲に負けて、損得を判断基準としてしまうと、お客様のことを考えない自分勝手な提案となってしまいます。

常に判断基準はお客様にとってベストもしくはベターな提案となっているかどうかです。

その判断軸を持っていれば、末永いお付き合いが可能となるのです。


【原文】
真の己を以て仮の己に克つは天理なり。身の我れを以て心の我れを害するは人欲なり。〔『言志耋録』第40条〕

【意訳】
真の自己が仮の自己に打ち克つのは天の道理である。また肉体の私が心の私を害するのは我欲があるからである

【一日一斎物語的解釈】
我欲に犯されて真の自分を見失ってはいけない。


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第1965日 「落ち着き」 と 「慌てふためき」 についての一考察

「マジかよ! なんだよ、ちゃんと点検してから発送してるんじゃないのかよ!」
電話切った営業2課の石崎君が大声を上げています。

「朝からうるせぇ小僧だな。何があったんだよ!」

「昨日、О社から届いた内視鏡の修理代替品を持ち込んだのですが、それが今朝使ってみたら、画像が出ないそうです」

「お前、施設で動作確認をしなかったのか?」

「はい。O社は備品センターでちゃんと点検してから出荷してくれるから大丈夫だと思って・・・」

「そりゃあ、お前にも責任の一端はあるぞ。ということは、当社の責任でもあるわけだ」

「課長、O社の担当を怒鳴りつけてくださいよ。まったく、どうすれば良いんだよぉー」

「お前、慌て過ぎだぞ。施設はどこだ?」

「土佐山内科です」

「マジか!? それはヤバいな。あそこの院長は超がつくクレージー親爺だからな」

「すでにブチ切れてます。もう終わりだ。出禁確定です」

「落ち着け少年! こうなったら、近隣の施設に頭を下げて借りるしかないな。機種は何だ?」

「QP270です」

「マジで? そんなマニアックなスコープを使ってるのかよ。そいつは絶望的だな。だが、何か手はあるはずだ、あきらめるなよ」

「なんで、そんなに余裕があるんですか?」

「少年、ジタバタしたら解決策が浮かぶのか? むしろ、落ち着いて、ゆったりと頭を動かした方が良い策が浮かぶはずだろう」

「あーあ、あの爺さんのところに謝りに行くの嫌だなぁ。下手すると物を投げつけてくるかもしれませんからね」

「だから、まだ諦めるのは早いっつうの! 必ず解決策は見つかるからな」

「神坂課長の根拠のない自信は凄いですね。全然、慌ててないもんなぁ」

「昔の課長は、いまの石崎君より酷かったよ。(笑)」
心配した山田さんがいつの間にか石崎君そばに立っていました。

「そうなんですか?」

「後輩が借りている代替品を無理やり回収して来いと言ったり、O社さんに電話して、耳を塞ぎたくなるような暴言を吐きまくっていたからね。(笑)」

「課長も成長しましたね。(笑)」

「石崎! てめぇのためにこっちがいろいろ考えているのに、何を笑ってやがるんだ!!」

「石崎さん、どうしたんですか?」
石崎君の隣に座っていた梅田君が耳からヘッドホンを外して、石崎君に聞いたようです。

「あ、梅ちゃん。実はさ」
石崎君がことの顛末を梅田君に話したようです。

「あー、俺、QP270の貸出品を持ってますよ」

「マジで!?」

「ちょうど、今朝返却しようと思っていたんです」

「梅ちゃん、もっと早く言ってよぉ~」

「いや始業前なんで、大音量で音楽聞いてたもんで。で、横をみたら石崎さんがなんだか慌てているみたいだったから・・・」

「ほらみろ、少年。ちゃんと解決策があっただろう」

「これ、解決策って言えますか? ただの偶然じゃないのかなぁ?」

「ばかやろう! 俺が落ち着いて行動したからこそ、代替品が見つかったんだよ。ねぇ、山田さん?」

「えっ、あ、そうですね・・・」


ひとりごと

緊急事態が発生したときに、いかに冷静な対応が取れるかが、リーダーに求められる資質のひとつかも知れません。

メンバーが慌てているときこそ、落ち着いて、冷静に、正しい判断を下すことが求められます。

そのために、日ごろからの修養が必要なのです。

決して、慌てふためき騒いだところで、解決策は浮かんできませんからね。


【原文】
気象を理会するは、便ち是れ克己の工夫なり。語黙動止(ごもくどうし)、都(すべ)て篤厚なるを要し、和平なるを要し、舒緩(じょかん)なるを要す。粗暴なること勿れ。激烈なること勿れ。急速なること勿れ。〔『言志耋録』第39条〕

【意訳】
自分の気質を把握することは、そのまま克己の工夫へとつながる。語ること黙ること、動くこと止まること、すべてにおいて人情に厚く誠実で、落ち着いて穏やかで、ゆるやかでゆったりとしていることが重要である。荒々しく、激しく、せかせかしているようではいけない

【一日一斎物語的解釈】
日々の行動において、常に誠実に、落ち着いて、ゆったりと行動することを心がけよ。荒々しく、激しく、慌ただしく動くことを厳に慎むべきである。


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第1964日 「立場」 と 「工夫」 についての一考察

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんのご自宅にお邪魔しているようです。

「やっぱりサイさんの蔵書は凄いですね。本屋が開けるんじゃないですか?」

「『論語』とか中国古典に関する本は、だいぶ買い揃えたからね。この前、とある博物館に行ったときに、そこの図書室をのぞいたんだけど、中国古典に関する本なら私の所持している本の方が量も質も勝っているなと思ったよ。(笑)」

「すごいなぁ。だから、読書会であれだけ深い話ができるんですね」

「もちろん、J医療器械での経験も踏まえているからこそ、皆さんの心に届く言葉になっているんだと思うよ。御社には感謝しているよ」

「そういえば、この前『言志四録』を読んでいて、孔子が『私は言葉で教えることをやめたい』と言ったとあったのですが、さすがの孔子もキレちゃったんですか?」

「ははは。半分はそうかもね。弟子たちがあまりにも就職することばかり意識して、本当の学問を志さないのに嫌気がさしたのもあるだろうね」

「孔子ってそういうところが人間くさいですよね」

「でも、それは気持の半分以下の部分だよ。その言葉の真意は、言葉という手段を使わずに、伝えるということを究めていきたいということもあったと思うんだ」

「以心伝心ですか?」

「『不立文字』という言葉を知ってるかな?」

「ああ、以前に長谷川先生に聞いたことがあります」(第1941日参照)

「文字にならない言葉。つまりは宇宙の摂理とか大自然の法則のようなものを感じ取ることが、重要だととらえていたんだろうね」

「私には大きすぎてよくわからない話です」

「私も実際のところは理解できていないよ。やはり、孔子くらい学問を究めた人にして初めて言えることだろうね」

「常に足らざるを知る、という精神ですね?」

「そのとおり! それぞれのレベルに応じた目標というものがある。ひとつの山を制覇したら、次なる頂(いただき)を目指すという姿勢だけは真似したいところだね」

「あー、そうですね。目指す頂の高さは違いますが、その姿勢だけは真似できますね」

「さて、神坂君。今日は私の手料理を振舞うつもりなんだけど、良いよね?」

「はい。サイさんの料理の腕前は一級品ですからね。頂を究めた料理の味を堪能させていただきます」


ひとりごと

仕事にしても学業にしても、それを完遂するためには、「諦めない心」・「折れない心」が必要なことは言うまでもありません。

しかし、それだけではダメでしょう。

同じやり方を繰り返すだけでは、進歩は望めません。

なぜうまくいかなかったのかを真摯に反省し、試行錯誤しながら新しいやり方を模索していく。

つまり、「工夫」をするからこそ前進があるのです。

自分の実力に応じた工夫を凝らすことを忘れないようにしましょう!


【原文】
「予言う無からんと欲す」。欲の字の内、多少の工夫有り。「士は賢を睎(ねが)い、賢は聖を睎い、聖は天を睎う」とは、即ち此の一の字なり。〔『言志耋録』第38条〕

【意訳】
孔子は「私は言葉で教えることをやめたい」と言ったが、この欲の字のうちには、かなりの工夫がなされている。周濂渓が『通書』の中で「士は賢人になろうと願い、賢人は聖人に至ろうと願い、聖人は天と一つになろうと願う」とあるのは、みな欲と言う意味ではひとつであるが、その工夫はそれぞれ異なっている

【一日一斎物語的解釈】
人は皆、立場に応じた工夫を施し、人間力を高めていくべきだ。


試行錯誤

第1963日 「感興」 と 「持循」 についての一考察

今日の神坂課長は、奥様の菜穂さんと会話をしています。

「ねぇ、勇。最近、礼が全然勉強しないのよ。勇からも言ってよ」

「何を?」

「何をって、決まってるじゃない。勉強しろってことよ」

「お前さ、勉強なんて強制したって真剣にやるもんじゃないぜ。勉強が必要だと思えば、自分からやるようになる」

「そんなこと言ってたら、どこの大学にも合格できないじゃない!」

「今は少子高齢化で子供の数は少ないんだから、どこかには入れるだろう」

「浪人したらどうするのよ?」

「働かせるよ。うちには予備校に行かせる余裕はないからな」

「それじゃ、高卒になっちゃうじゃない」

「ははは。ホウレンソウだかレンコンだか忘れたけど、そんな名前の政治家が同じようなことを言って、バッシングされてたな」

「N大を目指すなんて言ってたのに、最近はYouTubeばっかり見てるのよ」

「わかったよ。一度、礼と話してみるよ。あいつの志に火がつけられれば勉強するようになるだろうし、火がつかなければお手上げだ」

「ちゃんと火をつけてよね!」

「仮に火がついても、それがずっと灯され続けなければダメなんだよな。それに、その志を成し遂げるために、楽しく勉強するようになってもらわないとN大は難しいだろうなぁ」

「評論家みたいなことを言ってないで、しっかり背中を押してよね」

「そもそも大して勉強してこなかった三流大学出身の俺が言っても説得力はないと思うけどなぁ」

「勉強しなかったからこうなったという話をすればいいじゃない」

「失敬なやつだな! 『こうなったってどうなったんだよ?」

「三流大学を出て、小さな会社に入って苦労しているしがない課長さんかな?」

「お前だって、三流大学出身じゃないか。同じ穴の狢だよ」

「それは否定しないけど、勇の大学よりはちょっとレベルは上だったと思うな」

「後で後悔しないように、精一杯やれという話だけはしてくるよ」

「お願いします」


ひとりごと

仕事も勉強も、なぜそれを行うのかが明確になっていないと長続きしません。

まして、他人から強要された仕事や勉強の成果など、大した成果を生むことはないのです。

自ら志を立て、篤くそれを守り、楽しく実践する。

これが成功の秘訣なのだと一斎先生は教えてくれます。


【原文】
学を為すには、人の之を強うるを俟たず。必ずや心に感興(かんきょう)する所有って之を為し、躬に持循(じじゅん)する所有って之を執り、心に和楽する所有って之を成す。「詩に興り、礼に立ち、楽に成る」とは此(これ)を謂うなり。〔『言志耋録』第37条〕

【意訳】
学問を為すにあたっては、人から強要されるようではいけない。必ず最初に心に感じ奮起することがあって学問を始め、それを我が身に遵守し実践することで学問を続け、心をなごやかにして楽しみながら学問を成就するのである。『論語』に「詩に興り、礼に立ち、楽に成る(詩によって善を好む心を起し、礼によって道義心を確立し、音楽によって徳を成就する)」とあるのは、このことを言うのである

【一日一斎物語的解釈】
学問も仕事も、他人から強要されているようではいけない。自ら篤く志し、常にその志を忘れることなく、心は冷静かつ穏やかに実践するならば、必ず志を成し遂げることができるものだ。


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第1962日 「順数」 と 「逆数」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業2課のミーティングを開催しているようです。

(神)「やはり6月に入ってもCOVID-19の影響は残っているな。どの病院も外来患者数は昨年対比で減少しているようだからな」

(本田)「消耗品の減少も深刻ですが、9月の予算執行も見直しがかかっている施設が多いようです」

(山田)「単月で赤字になっている施設は、機器購入を来年にズラして黒字を維持することも考えるでしょうね」

(石崎)「9月の半期決算は厳しい見通しとなってしまいますね?」

(神)「COVID-19に関しては、期初に誰も予想していなかったことだし、天災みたいなものだから、この状況を歎いても仕方がない。一旦受け入れて、そのうえで年間での計画達成を目指すという方向転換が必要だろうな」

(山)「そうですね。受け入れるところは受け入れて、逆らうところは逆らうという舵取りが必要になりますね」

(本)「特に、COVID-19は医療に直結する災いですから、我々には何か医療機関のお役に立てる道があるはずですよね」

(神)「そのとおりだよ。外来患者の減少による症例ダウンは受け入れる。しかし、別の形で医療機関を支援して、我々もその中で利益を頂戴することは可能なはずだ」

(善久)「具体的にはどんなことがあるのでしょうか?」

(神)「それがわかれば苦労はないさ。すぐに思いつくのは、不足している医療物資をなんとかかき集めることだ。マスク、ガウン、ゴーグルやフェイスシールドといった消耗品だよな。あれを数日使いまわしているなんて、そんな悲惨な現状を見過ごすわけにはいかないだろう」

(山)「最近は、色々な素材メーカーがフェイスシールドやマスクの製造に取り掛かっているようですね」

(神)「できればメイド・イン・ジャパンの製品を扱いたいな。安かろう悪かろうの製品を扱えば、長い目でみたら信用を失いかねないからな」

(石)「足元を見るような商売もしたくないですね」

(本)「そうだね。利益ゼロというわけにはいかないけど、ここは薄利で医療機関を助けるという姿勢で臨まないとね」

(神)「本田君と石崎の言うとおりだ。ここは、当社の最低粗利率を下回ってでも売れるものは売っていこう。ただし、どこのディーラーも同じことを考えているだろうからな。先を読んだビジネスもしたいよな」

(山)「第二波に備えてということですか?」

(神)「というより、まだ誰も気づいていないような何かに先に手をつけたい」

(本)「何があるんでしょうか? 日付を変えて、一度じっくり検討しませんか?」

(神)「そうしよう!!」


ひとりごと

時には状況(環境)を受け容れ、その中で何ができるかを模索する。

時には状況に逆らい、何をすべきかを模索する。

いずれにしても、何もしないという選択肢を取ることだけは避けねばなりません。

行動しない限り、新しい道は開けないのですから。


【原文】
学を為すには、自然有り工夫有り。自然は是れ順数にして、源よりして流る。工夫は是れ逆数にして、麓よりして巓(てん)す。巓(いただき)は則ち源の在る所、麓は則ち流の帰する所、難易有りと雖も、其の究は一なり。〔『言志耋録』第36条〕

【意訳】
学問の手法には、自然に任せる方法と工夫を施す方法と二種類ある。自然な方法とは自然なさだめに従うので、水源から下流へと水が流れるようなものである。工夫する方法とは、さだめに逆らうもので、麓から頂上に向けて山を登るようなものである。頂上は水源のある所であり、麓に水は流れ着くのであるから、難易度の差はあるものの、その二つの方法も究めればひとつに帰するのである

【一日一斎物語的解釈】
物事を学ぶには、現状をありのままに受け容れ、足るを知る姿勢と、現状を打開するために常に不足を思う姿勢の両方が必要である。その際、利己を捨て、利他の精神で世の中に貢献できるかどうかを基準とすべきである。


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第1961日 「楽しみ」 と 「日常」 についての一考察

今日の神坂課長は、県外移動が可能となったので、総務部の西村部長、営業部の佐藤部長と3人で奈良を訪れたようです。

(西)「生憎の雨ではあるけど、こうやって静かなお寺を訪れるのは、やっぱりいいね」

(佐「本当ですね。いつ以来ですかねぇ、こうしてこの3人で旅をするのは・・・」

(神「去年の秋以来じゃないですか? それにしても、まだ人は少ないですね」

(西)「インバウンドの人たちがいないからな。彼らは金を落としてくれるのは有難いけれど、マナーが酷い。個人的には、彼らが戻ってこなくても済むような観光ビジネスを作り上げて欲しいけどね」

(佐「日本の素晴らしい文化を世界に知らせるという意味では、諸外国の観光客に来てもらうのは良いことなんですけどね。なかなか難しい問題です」

(神「そうですよね。神社仏閣を巡り、仏像を鑑賞するなんていう高尚な趣味は、凡人には理解できないでしょうから」

(西)「神坂君、だいぶ上からの発言だね。(笑) そういう君は、私が初めてお寺巡りに誘ったときは、相当抵抗していた記憶があるけどな?」

(神「そ、そうでしたっけ? 私は、歴史のある建物や仏像を鑑賞することには、以前から興味がありましたよ」

(佐「そういえば、一斎先生はこう言っていたな。『高価な筆や硯を使うことや、自然の景色を鑑賞することを自分の楽しみにしている。それは高尚な楽しみにも思えるが、孔子や顔回の楽しみには及ばない』ってね」

(神「孔子や顔回の楽しみってどんなものですか?」

(佐「質素な食事をとり、肘を枕にして寝る。そんな生活の中にも楽しみを見つけることはできる、と孔子は言っている。極貧の生活をしていても、そこから逃げ出したいなどと考えず、ただ学ぶことを楽しんでいる顔回を孔子が心から褒めている言葉もある」

(西)「なるほどな。要するに、日常生活の中に真の楽しみを見つけることが、最高の生き方だということだな」

(佐「さすがは西村さんです」

(西)「高級時計を身につけたり、豪邸に暮らすことに対して、世間の人は憧れを持つけれど、そこには真の楽しみは無いのかもしれないね。それを持てば持ったで、失うことを畏れて、自由な思考や行動ができなくなることもあるだろうし」

(神「日常の暮らしの中の楽しみって、たとえばどんなことなのでしょう?」

(佐「一家団欒で食事をすることや、食事の後に静かに読書の時間を持てること、そんなありふれたことかも知れないよ?」

(神「ああ、たしかにそうですね! 最近は残業で遅くなった時ほど、本を読みたいと思うことがあります」

(西)「へぇー、あの活字嫌いの神坂君がねぇ? さとちゃんマジックは恐るべしだな」

(佐私は何もしてませんよ。神坂君が成長したんです」

(神「いえ、違います。こうして神社仏閣を巡る楽しさを教えてくれたのは西村さんですし、読書の楽しさを教えてくれたのは佐藤部長です。このご縁のお陰です」

(西)「では、さっそくご本尊をお参りして、我々が出会えたご縁に感謝を伝えようじゃないか!」


ひとりごと

ずっと長い間欲しいと思っていた物を手に入れた瞬間に、その物に対する熱意が冷めてしまうという経験はありませんか?

物を手に入れても、喜びは一瞬だということでしょう。

そんなことよりも健在である親との時間や、日々成長する子供たちと過ごす時間にこそ、真の楽しみがあるのではないでしょうか?

燈台下暗しであって、幸せはすぐ近くに転がっているのかも知れません。


【原文】
吾が輩、筆硯(ひっけん)の精良を以て、娯(たのしみ)と為し、山水の遊適を以て娯と為す。之を常人の楽しむ所に比すれば、高きこと一著なりと謂う可し。然れども之を孔・顔の楽しむ処に方(くら)ぶれば、翅(ただ)に数等を下るのみならず。吾人盍(なん)ぞ反省せざらんや。〔『言志耋録』第35条〕

【意訳】
私は良質の筆と硯を持つことを楽しみとし、山水の良い景色に遊んではそれを喜びとしている。これは一般の人達の楽しみと比べれば、なかなか高度な楽しみだと言えるかもしれない。しかし、孔子や顔回の楽しみに比べれば、数段劣ると言わざるを得ない。反省しないわけにはいかない


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第1960日 「苦楽」 と 「真偽」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「一斎先生の言葉に、『楽にも苦にも本物と偽物がある、という章句があったのですが、どういう意味なのでしょう?」

「なかなか難しい言葉だよね」

「はい、偽物の楽というのはなんとなくわかる気もするのですが、偽物の苦というのはどういうことなのか・・・」

「王陽明という学者の説では、要するに外物に影響された苦楽は偽物だと言っているんだよね」

「外物に影響された苦楽?」

「たとえば、他人と比べて、自分が優っていると思うのが楽、劣っていると思うのが苦、といった感じかなぁ」

「なるほど、自分の外にあるものの代表が他人ということですね」

「ある高価な物を持っているからと優越感を感じるのは偽物の楽で、持っていないと嘆くのを偽物の苦と考えてもいいね」

「そう考えると、ほとんどの人が偽物の苦楽に一喜一憂していることになる気がしますね」

「そう。王陽明は、『楽は心の本体なり』と言っているんだ。本当の楽は、常に人間の心のうちにあって、外物に影響されるようなものではなく、そうしたものを超越した存在なのだそうだよ」

「難しいですね。本物の楽を手に入れるには、人間学を学ぶしかないということですかね?」

「そうだね。そして、それを実際の仕事や生活で実践していくしかないのかな」

「たまに、本当は苦しいくせに無理をして、『これは良いことだ』なんて言っている奴がいますが、あれは見てて哀れに感じてしまいますね。(笑)」

「我慢をしているうちは、本物ではないんだよね。そういう人は、結局は周りの人の目線を気にし過ぎているんだろうな」

「外物に影響されているわけですね」

「本当に苦しかったら、思い切り泣けばいいんだよ。泣くという行為は、心を楽にするためには必要なものだからね」

「たしかに、泣いてスッキリするってことはありますね。ただし、いつまでもメソメソしているのはダメでしょうね」

「うん、一度泣いたら、後は心を入れ替えて、現状を一旦受け入れる。そして、そこから抜け出すには何をすべきかをポジティブに考える。そういう思考回路を持ちたいね」

「ありがとうございます。だいぶ苦楽の真偽というものが分かってきた気がします。特に他人と比べないということは、私にとっても重要な課題です」

「私もだよ。(笑)」


ひとりごと

この一斎先生の言葉を読むと、我々の大半が偽物の苦楽に惑わされているのだと感じます。

外物に影響されずに生きるというのは、なかなか難しい課題です。

しかし、それが自然にできるようにならない限り、真の楽を手に入れることはできないということでしょう。


【原文】
楽の字にも真仮(しんか)有り、苦の字にも亦真仮有り。〔『言志耋録』第34条〕

【意訳】
楽ということにも本物と偽物があり、苦ということにも本物と偽物がある

【一日一斎物語的解釈】
苦楽には本物と偽物がある。真の楽は心の中にあるのだ。


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第1959日 「失敗」 と 「学び」 についての一考察

今日の神坂課長は、テニス部の練習試合で同級生に負けて落ち込んでいる次男の楽(がく)君を励ましているようです。

「負けるのは悔しいよな。どんな相手だったんだ?」

「この前までは、一度も負けたことがなかった奴だよ。たぶん1セットも取られたことがなかったと思う」

「実力的には、楽が圧倒的に上だったわけだな?」

「そう思っていたけど、今日のあいつは格下って感じじゃなかった。もう一回やっても勝てる気がしないよ」

「ということは、その子は相当練習したんじゃないのか?」

「うん。あいつは俺に負けるといつも泣いてた。いつか神坂に勝ちたいっていつも言ってた」

「今日のお前のような気持ちを何度も味わったってことだよな?」

「ああ、そうか。毎回、こういう気持ちだったんだなぁ」

「だから、めちゃくちゃ練習したんじゃないか? なぜ負けたのか、どこが自分の弱点かということも、しっかり分析したんだと思うぞ」

「うん。球をほとんどバック側に集めてきた。俺のバックが弱点だと思ったんだろうなぁ」

「ところで、楽は今まで何度もその子には勝ってきた。買ったときに、なぜ勝てたかという分析をしたか?」

「全然してない」

「勝って当然だと思っていただろう?」

「うん」

「だから、負けることは大切なんだよ。人間っていうのは、うまく行ったときは、それを振り返ったりしない。だから、何も学べないんだ。でもな、負けた時は、悔しいからなぜ負けたかをしっかり分析する。いろいろ勉強するきっかけになるんだよ」

「俺、徹底的にバックの練習をしたい。父さん、付き合ってくれる?」

「いいけど、父さんはテニス経験がないからなぁ」

「俺が付き合ってやるよ!」

いつの間にか、長男の礼君がそばに来ていたようです。

「兄ちゃん、頼むよ!」

「おお、礼。付き合ってやってくれ、練習場のコート代は父さんが出すからよ」

「よし、そうと決まったら今から行くぞ!」

「今から?」

「ナイター練習場がある。ちょっと高いけどね!」

「そ、それはいい! すぐに車を出すぞ」

「父さん、お金あるの?」

「ば、ばかやろう。そんなことは心配するな!」

なぜか神坂課長の声に元気がないのはなぜでしょう?


ひとりごと

この章句には大切なことが書かれています。

自分を高めるためには、失敗という経験が必要であることを教えてくれています。

中には、失敗などしなくても、常に自分を高めていくという人いるのかも知れません。

しかし、小生のような凡人は、失敗して、悔しさを感じて、這い上がるという生き方しかできません。

失敗は良しとして、失敗から学ぶ人生を歩みましょう!


【原文】
得意の事多く、失意の事少なければ、其の人知慮を減ず。不幸と謂う可し。得意の事少なく、失意の事多ければ、其の人知慮を長ず。幸と謂う可し。〔『言志耋録』第33条〕

【意訳】
首尾よくいくことが多く、失敗が少なければ、人は思慮分別を失いがちとなる。非常に不孝なことである。逆に首尾よくいかず、失敗することの方が多ければ、人は思慮分別を深めることができる。幸いなことではないか

【一日一斎物語的解釈】
物事がうまく行くときは、思考を深めることができない。失敗するからこそ思考は深まる。失敗することの意味はそこにあるのだ。


テニス

第1958日 「得意」 と 「失意」 についての一考察

営業2課の石崎君が落ち込んでいるようです、

「少年、どうした? 女にフラれたのか?」

「そのとおりです」
石崎君が神坂課長を睨んでいます。

「あら、冗談で言ったつもりが図星だったのね? これは失礼」

「課長は、いつもノー天気でいいですよね。それに巨人も3連勝しましたしね」

「お前、上司に向って『ノー天気』はないだろ!!」

「課長、女にフラれたことって、俺にとって良いことなんですかね?」

「そんなわけないだろ! 女のいない人生なんて、巨人のいないセ・リーグみたいなものだ」

「たとえが全然わかりにくいんですけど・・・。でも、そうですよね!! 俺が女にフラれたことを、ある交流会で話したら、『おめでとう』とか言って、『それは良いことだなんて言ってくる人がいたんです」

「いるよなぁ、そういうポジティブの意味を勘違いしている奴な。お前らくらい若い世代ならまだしも、いい歳をしたおっさんでも居るからなぁ」

「やっぱり凹んで良いんですよね?」

「それはそうだ。人間、笑ったり、泣いたりするから人生が充実するんだよ。泣きたいときは泣けばいいんだ」

「そう言われた方が、よっぽど気分が楽になります」

「ただし、いつまでも凹んでいるのはどうかと思う。何がいけなかったのかをしっかり反省して、次に何をするかを明確にしたら、スパッと忘れることも大切だぞ」

「はい、この土日で俺のダメだったところはわかったつもりです。でも、もう一度付き合ってくれというつもりはないです。新しい恋を探します!!」

「いいねぇ、若いってのは。合コンに行くなら、俺も誘ってくれ!」

「嫌ですよ! どこの世界に上司と一緒に合コンに行く奴がいるんですか!! それに課長は結婚しているじゃないですか!!」

「ははは、そりゃそうだな。しかし、だいぶ元気が出てきたみたいだな。少年、次に彼女ができたときは、調子に乗らずに、相手を思いやれよ。女に対しては、やり過ぎかなと思うくらいでちょうど良いんだ」

「ありがとうございます。課長のノー天気さを見ていると、落ち込んでいるのが馬鹿らしくなります!」

「だから、上司をノー天気呼ばわりするなっつうの!!」


ひとりごと

人間は、首尾よく行ったときほど、勘違いをして、なぜうまく行ったかを振り返りません。

その結果、せっかくの成功を手放してしまうことにもなりかねません。

うまく行ったときこそ、慎みを持てという一斎先生の言葉を肝に銘じておかねばなりません。

一方、首尾よく行かなかったときは、凹み過ぎないことです。

しっかり反省し、改善すべき項目を見つけたら、あとはそれを実践すれば良いのです。

禍福終始は常にあるものと認識をして、過度に喜び、過度に悲しむようなことのない平静な心を手に入れるために、学び続けましょう!


【原文】
得意の物件は懼る可くして喜ぶ可からず。失意の物件は慎む可くして驚く可からず。〔『言志耋録』第32条〕

【意訳】
思い通りに事が運んだ事項については、恐れを抱かねばならない。逆にうまくいかなかった事項については、慎んで反省こそすれ、心を騒がせてはいけない

【一日一斎物語的解釈】
物事がうまく行った時ほど、喜び過ぎず、気を引き締めなければならない。物事がうまく行かなかった時は、反省すべきであるが、落ち込む必要はない。


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第1957日 「逆境」 と 「前進」 についての一考察

今日の神坂課長は、久しぶりにリアル開催した読書会に参加したようです。

読書会で同じグループになった越水さんと、読書会後の懇親会でも隣に座って話をしています。

「越水さんの話は強烈でした。私ははじめてパワハラで処分を受けた人の話を聴きました」

「ははは。そうでしょう。被害者の話は聞けても、加害者の話はなかなか聞けないよね。こういう自分の恥になるような話を語りたがる人は少ないだろうからね。それに、そういう話を笑い話のように話していると、『反省していない!』なんて言われるしね」

「なるほど。でも、とても勉強になりましたよ。私もどちらかといえば、越水さんみたいに体育会系の男なものですから」

「昭和の体育会系だね!」

「あ、そうですね。ザ・昭和の体育会系です。(笑)」

「あれからもう10年以上経ったからね。もし皆さんの参考になるなら、話をしても良いかなと思ってね」

「とくに印象に残ったのは、人の上に立ったら、それまでと同じスタンスで同僚と接していてはいけない。自分は今までどおりに接しているつもりでも、相手は偉くなって調子に乗っているという目でみてくる、という話でした」

「実るほど頭を垂れる稲穂かな、でね。上に立ったら、今まで以上に同僚に対しては気を使い、低姿勢で臨む必要があるんだよね」

「そんなこと考えたこともなかったです」

「ははは。僕も考えていなかったの。だから、パワハラで訴えられてしまったわけ。(笑)」

「でも、その話は新しく上司になるような人間には話してあげたい話ですよね」

「うん、是非意識してもらいたい。私と同じ失敗を経験して欲しくないからね」

「それって、失敗しないと気づけない智慧ですね?」

「その通りだね。人間というのは残念ながら、成功からは学べない生き物のようだ。成功すると調子に乗って失敗する。そうしてようやく、その失敗から貴重な智慧を獲得することができるんだね」

「わかる気がします。私も数々の失敗を経験して、少しずつ成長できているように感じていますので。とはいっても、私の場合は自業自得ですけどね」

「自業自得だろうが、偶然であろうが、失敗は失敗だよ。そこに違いを感じる必要はない。とにかく、そこから学んで、成長できればいいんだ。常に前進する人生なんて歩けるはずがない。三歩進んで二歩下がる。それでも一歩前進じゃないか。時には後退することを許してあげないとね!」

「深いですね」

「50を超えてようやくわかったことだよ。パワハラで訴えられた直後は、もう少し早く気づいていたら、なんて後悔したけどね。今では、これが僕の人生なんだろうなって思っているよ」

「でも、そんな経験を活かして、いまでは人生講師として起業して、成功されているんですもんね」

「成功かどうかはわからない。ただ、飯は食えているから、それで良いのかなと思っているよ」

「次は、越水さんの勉強会に参加させてください。もっと、いろいろ話を聴きたいです」

「どうぞ。いつでもお待ちしていますよ」


ひとりごと

人間とは不器用な生き物です。

急速に成功すると、必ず調子にのって転落します。

そして、転落してはじめて、人生を生き抜く上での大事な智慧を手に入れるのです。

だから、もし今、あなたが逆境のどん底にいるなら、今は後退の時だととらえて真摯に反省し、学ぶことを怠らず、また立ち上がって前を向いて歩くための準備をしてください。

人生に後退はつきものなのですから!


【原文】
困心衡慮(こんしんこうりょ)は智慧を発揮し、暖飽安逸は思慮を埋没す。猶お之れ苦種は薬を成し、甘品は毒を成すがごとし。〔『言志耋録』第31条〕

【意訳】
心が困苦し、思慮に行き詰まることで、人は智慧を発揮するようになる。しかし、暖かくて満ち足りて安楽な生活をすると、人は思慮を埋没させてしまう。それは例えば苦いものが薬となり、甘いものが体に害をなすことと同じである

【一日一斎物語的解釈】
人は苦難の中から智慧を見つける。艱難辛苦を経験しなければ、思慮を失うといっても過言ではない。


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