一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年07月

第1997日 「心の目」 と 「心の耳」 についての一考察

今日の神坂課長は、善久君と同行しているようです。

「神坂課長、すみませんでした。絶対注文をもらえると思っていたのですが・・・」

「ご挨拶した瞬間に、この先生は買わないなと感じたよ」

「え、本当ですか?」

「うん。表情や声のトーンが、イエスを出す人のものではなかったからな」

「どうしてそんなことがわかるのですか?」

「ひとつは経験値だろうな。俺もお前と同じように、絶対受注できると思っていたのに、失注したケースを山ほど経験してきたからなぁ」

「ああ、そうなんですか?」

「俺の若いころは、お前よりよっぽどイケイケだったからな。ドクターが『いいね』と言ったら買うものだと思っていた。(笑)」

「それは・・・」

「そういう経験を積むうちに、何て言うのかな、ただ目と耳だけでお客様と接していてはダメなことに気づいた」

「どういうことですか?」

「カッコ良く言うと、心の目と耳を活用すべきだということだろうなぁ」

「心の目と耳ですか?」

「さっき、表情と声のトーンから買わないと感じたと言っただろう。あれは心の目で顔を見て、心の耳で声のトーンを読み取ったんだよ」

「むずかしいですね」

「たしかにな。説明するのも難しいよ。かなり感覚的なものだからな。そうだ、観音様っているだろう? あれは音を観ると書くんだよな」

「はい、たしかにそうですね」

「音を観るって分かりにくくないか?」

「はい、音は聴くものですよね」

「そう、耳は音を聴くためにあるんだけど、心は音を観ることができるんだよ。逆に言えば、表情を聴くこともできる」

「難しいです!!」

「まあ、良いさ。こういう経験を積んでいくうちに、心の目と耳の使い方がわかってくるんだから。どんどん商談を経験して、成長してくれ」


ひとりごと 

目と耳だけでは、感じ取れないものを感じることができるのが心です。

営業という仕事を長くやっていると、目の前のお客様が出す雰囲気からイエスを出すか出さないかがわかるときがあります。

おそらくは、目と耳から入った情報を、心の目と耳で分析しているのでしょう。

ただし、心の目と耳は一朝一夕には、活用できるようになりません。

やはり、経験と鍛錬が必要なのです。


【原文】
視るに目を以てすれば則ち暗く、視るに心を以てすれば則ち明なり。聴くに耳を以てすれば則ち惑い、聴くに心を以てすれば則ち聡なり。言動も亦同一の理なり。〔『言志耋録』第71条〕

【意訳】
ものを見るときに目だけでみようとすれば、ものの真相はつかめないが、心をもって観れば、真相をつかむことができる。耳だけで聞こうとすれば、かえって迷うが、心をもって聴けば、聡ることができる。言動もこれと同じ道理である

【一日一斎物語的解釈】
物事を把握する際は、目と耳だけでなく、心の目と耳も活用すれば、より深く悟ることができる。


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第1996日 「時間」 と 「修養」 についての一考察

今日の神坂課長はA県立がんセンターの多田先生の部屋に居るようです。

「多田先生、読みたい本がどんどん増えているのに、時間がなくてなかなか読めないんですよね。先生もお忙しいと思うのですが、どうやって読書の時間を作っているのですか?」

「神坂、お前は甘いな」

「え? いきなり強烈なパンチを浴びせてきますね」

「甘い奴に甘いといって何が悪い。だいたい時間がないなんていうのは、本を読めない言い訳に過ぎないんだよ」

「そ、そんなことないと思いますけど・・・」

「じゃあ、お前に与えれらた一日と俺の一日では時間の長さが違うとでも言うのか?」

「いや、それはお互いに24時間ですけど・・・」

「本気で読書をしようと思えば、時間はいくらでもあるはずだ。医者を待つ時間もそうだし、通勤電車の中、トイレの中、行儀が悪いと言われるだろうが、食事中だってそうだ。どうせお前はスマホを見てるんだろう」

「あ、食事中とトイレ時間はスマホタイムです」

「ほらみろ! 人間、その気にさえなれば、どんな場所だって自分のやりたいことをやれるものだ。時と場所で揺らいでいるなんていうのは、そもそも志が低い証拠だ」

「先生、睡眠時間はどれくらいですか?」

「だいたい4時間ってとこだな」

「たったの4時間ですか? 早死にしますよ」

「だらだら生きているくらいなら、早死にした方がましだ。この年齢の2時間と老後の2時間で、いったいどちらが良い仕事ができると思う?」

「それは、今でしょうね」

「そうだろう。だったら、今は睡眠時間を削ってでも本を読めばいい。それでも老後が与えられたら、のんびり過ごせばいいじゃないか」

「やっぱり、結果を出している人は考え方が違いますね」

「たしかにそうだな。結果を出していない奴は、考え方が違うな」

「うっ、そうストレートに結果を出してない奴と言われると、ちょっと悔しいです!」

「それなら、時間を無駄にするな。今を思い切り生きるというのは、そういうことだろう?」

「はい。人が見ていないときでも、自分でやると決めたことはやり続けないといけませんね?」

「そういうことだ。ところで、俺はこれからうなぎを食いに行くんだが、お前は読書タイムだよな?」

「いや、今言ったことは、明日から実行すると決めたんです。うなぎにお供します!」

「調子の良い奴だ!」


ひとりごと 

時と場所を言い訳にしていては、修養はできないのだ、と一斎先生は言います。

我々に与えられている時間は平等です。

しかし、その時間をどう活かすかは、各々に決定権があるのです。

そうだとしたら、時間を無駄にせず、有効に活用すべきですよね?


【原文】
時として本体ならざるは無く、処として工夫ならざるは無し。工夫と本体は一項に帰す。〔『言志耋録』第70条〕

【意訳】
どんなときでも本体(本然の性:生来の道徳的徳性)の発揮でないものはなく、どんな場所でも工夫(修養)できないことはない。このように工夫と本体とはひとつのものに帰するのだ

【一日一斎物語的解釈】
時と場所によって心が惑わされるようではまだまだ修行が足りない、つねに修養を心がけて、道徳的本性を保つことを鍛錬せよ


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第1995日 「変化」 と 「不変」 についての一考察

今日の神坂課長は、新美課長と喫茶コーナーで会話をしているようです。

「またCOVID-19が再燃して、メーカーさんの動きも制限され始めましたね」

「こっちの病院も、東京や大阪からの訪問を断るところが出て来たもんな」

「我々はまだ納品があるので、なんとかドクターにも会うことができますが、メーカーさんは厳しいでしょうね」

「このままじゃ、新規はほとんど取れないな」

「なので、各メーカーさんともオンライン営業を取り入れるべく検討しているらしいです」

「そうなるよな。zoomにしても、決して使い勝手は悪くないもんなぁ」

「我々にとっては脅威ですよね?」

「そうだな。いわゆる中抜きをされかねないからな。我々ディーラーを飛ばして、直接ドクターとメーカー担当者がやり取りするとなると、置いてきぼりになる」

「そうですよね。今、我々は何をすべきなのでしょうかね?」

「ポストコロナの世界は、コロナ前の世界とは別の世界になる。つまり、多くの変化が生まれるだろう。オンライン営業というのもそれに当る」

「はい」

「でも、変えちゃいけないものもある。それがお客様の課題を解決するというミッションだ」

「たしかにそうですね。営業のスタイルというのは、文明の利器が変われば大きく変わりますが、営業のミッションは決して変わりませんね」

「我々ディーラーは、メーカーさんのように潤沢な資金があるわけじゃないから、すぐにオンライン営業に手を出すのは難しい」

「はい」

「しかし逆にいえば、こういう状況になっても直接医師や看護師と会えるというのが、ディーラーの強みだ。お客様に直接会えるわずかな時間を無駄にせずに、しっかりと課題を見極めて、先手で解決策を提案していくべきだ」

「オンラインで、相手の真意をくみ取るというのは、なかなか難しいでしょうね。その点だけは、直接会う方が確実です」

「こういう大きな変化のときは、何を変えて、何を変えずに残すかを決めることが重要だと思う」

「そうですね。もう一度、我々ディーラーとメーカーとの彼我分析を行って、強みを再認識し、それをメンバーに展開する必要がありますね!」

「そういうことだ!」

「一旦、営業部全体の会議をやりませんか?」

「うん、すぐに部長に申し入れる。ただ」

「はい?」

「タケさんには、オンライン営業のツールについて、いろいろと調査することは始めてもらおう。大きな波に乗り遅れないためにもね!」


ひとりごと 

新型コロナウィルス感染症の流行という出来事が、生活スタイルや経済活動を大きく変えるきっかけとなることは間違いないでしょう。

日本では導入が進んでいなかったオンライン営業も、一気に加速するでしょう。

こうした状況下で、何を変え、何を残すかを考えることは非常に重要です。

変えるべきものを変えなければ、時代の波に飲み込まれてしまいます。

しかし、熟慮することなく、変えてはいけないものを変えてしまえば、企業存続の意味すら失いかねません。

各企業に難しい洗濯が迫られているのです。


【原文】
能く変ず、故に変無し。常に定まる、故に定無し。天地間、都(すべ)て是れ活道理なり。〔『言志耋録』第69条〕

【意訳】
常に変化しているものは、それ故に定まっているようである。常に不変のものは、それ故に変化しているようである。天地の間のことは、すべてこのように活きた道理なのだ

【一日一斎物語的解釈】
常に変わり続けるもの、常に変わらないもの、どちらにも宇宙の摂理が働いている。


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第1994日 「道理」 と 「変化」 についての一考察

外出中の神坂課長の携帯電話が鳴りました。

「もしもし、ああ山田さん、どうしたの?」

「梅田君の担当先でクレームが発生しました。院長先生がかなりご立腹のようです」

「マジで? 何をやったの?」

「元々は納品時に器械が作動しなかったということらしいんですけど、院長に『すぐ対応しろと言われて、梅田君は『今日中に何とかするのは無理です、と即答してしまったらしいんです」

「そりゃ、怒るわな」

神坂課長はすぐに現場に向い、無事にクレームを収めることができたようです。

「神坂課長、ありがとうございました。あんなに怒らせてしまったので、もう収拾不能だと思っていましたが、さすがですね」

「何も難しいことはしていないさ。お客様の気持ちをよく考えてみれば、自然と何をすべきかが見えてくるものだよ」

「そうなんですか?」

「梅田はバイクが趣味だったよな? もし、新車のバイクが届いて、さあ試運転だと思ったら、そのバイクがうんともすんとも言わなかったとしたらどう思う?」

「それは、めっちゃがっかりするでしょうね」

「そんなときに、『営業から今日はもう遅いんでちょっと対応は無理です』なんて言われたら、どうする?」

「たぶん、その営業マンの胸倉をつかんでしまうと思います」

「だろ? でも、お前はそれをやってしまったんじゃないか?」

「ああ!」

「昔、俺がまだ若手の営業マンだったころ、俺のミスで大きなクレームになってしまったことがあった。そのときに、平社長が謝罪してくれたんだ」

「社長自らですか?」

「うん。あの頃は社員数も今よりずっと少なかったからな。そのときにこう言われた。『物事の道理に窮められないものはないし、どんな変化にも対応できないということはない』ってな

「どういう意味ですか?」

「俺もそう聞いたら、『自分で考えろ』って言われた。それで、俺が導き出したのが、さっき言ったことさ。お客様の気持ちをよく考えれば、どんなことにも対応できるし、問題も解決できるってことだ」

「社長が言ったことの意味は、そういうことなのですか?」

「さあな。でも、そう腹に落とした。それからはクレームはほぼ解決できるようになったから、それでいいと思っている」

「わかりました。今後はもっとお客様の気持ちをよく考えて、常にお客様の立場で物事を考えてみます!」

「頼むぞ、梅田。今後はそう考えて行動してくれるなら、今回のクレームはお前にとっては必要不可欠だったことになる。ポジティブに捉えよう!!」

「はい!!」


ひとりごと 

物事の本質を見誤らなければ、どんな道理も窮めることができ、どんな変化にも対応できるのだ、と一斎先生は言っているのでしょう。

営業の仕事をしていると、多くのクレーム対応の場面にぶつかります。

しかし、お客様の気持ちになって考え、言葉を選べば、十中八九は解決できます。

小生もそれを理解してからは、クレーム対応はお客様と良い関係を築くチャンスだと思えるようになりました。


【原文】
窮む可からざるの理無く、応ず可からざるの変無し。〔『言志耋録』第68条〕

【意訳】
究め尽くせないような道理はなく、対応できないような変化もない

【一日一斎物語的解釈】
顧客本位で考え行動すれば、解決できない問題はなく、対応できない課題もない。


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第1993日 「徳」 と 「配慮」 についての一考察

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生のところに居るようです。

「長谷川先生、部下をマネジメントするのって難しいですねぇ」

「ははは、神坂君、どうしたの?」

「実は、ある若いメンバーに言われてしまったんですよ。求めてないのにアドバイスをしないで欲しいって」

「おお、ストレートにそんなことを言える若い人がいるなんてすばらしいじゃない!」

「先生・・・。まあ、たしかに自分の若かりし頃を思い出してみると、相談もしていないのに上司からアドバイスをされた時には、ウザイなと思いましたからね。(笑)」

「そこはすごく大事だよ。マネージャーは、アドバイスを求められる存在にならないとね」

「長谷川先生は、教授時代に下の先生からアドバイスを求められましたか?」

「最初の頃はまったく。神坂君と同じで、勝手にアドバイスをして煙たがられていたかな」

「えっ、長谷川先生がですか?」

「うん。そんな時に私の先輩の先生から『論語』の言葉を教えてもらったんだ。『その身正しければ、令せずして行われ、その身正しからざれば令すと雖も従わず』という言葉をね」

「どういう意味ですか?」

「自分の身が正しければ、命令などしなくても人は動くし、自分の身に不正があれば、命令をしたところで人は動かない、という意味だよ」

「ああ、そういうことですか!」

「私は、部下が相談したいと思える上司ではなかったんだ。それを知ってからは、こちらからアドバイスをすることはやめた。そして、東洋の古典を読み込んで、己の徳を積むことに勉めたんだ」

「すごいですね。そうしたら、アドバイスを求められるようになったんですか?」

「うん。私の専門は大腸領域の疾患でしょ。でも、次第に食道や胆膵、肝臓の専門のドクターからも相談を受けるようになった。そういう専門外の領域でも大きく的を外さないアドバイスができるようになったんだよ」

「徳がそうさせたのですか?」

「そう信じたいけど、どうだろうね?」

「きっとそうですよ。『徳は身を潤す』という言葉を聞いたことがあります。やっぱり学び続けるしかないんですねぇ。ところで、そうなるまでにはどのくらいの期間がかかったのですか?」

「3~4年くらいかな」

「そんなにかかるんですか!!」

「今からなら間に合うよ。神坂君のサラリーマン人生は、まだ20年近くあるんだからね!」


ひとりごと 

小生もマネージャーになりたての頃は、メンバーが求めてもいないのにアドバイスをして、上司面をしていました。

今となっては恥ずかしい限りです。

徳のある人の周りには自然に人が集まります。

徳を積めば、自然にアドバイスを求められるようになるでしょう。

あなたが相談されない上司なら、徳を積むしかありません!!


【原文】
霊光体に充つる時、細大の事物、遺落無く遅疑無し。〔『言志耋録』第67条〕

【意訳】
修養によって霊光が体に満ちると、天地間の小さい事も大なる事も漏らすことなく、また遅れたり疑う事もなくなっていく

【一日一斎物語的解釈】
己を修めることで徳が身を潤すようになると、すべての物事に配慮が行き届くようになり、迷いもなくなるものだ。


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第1992日 「太陽」 と 「アホ」 についての一考察

今日の神坂課長は、営業部の佐藤部長、総務部の西村部長、大竹課長とゴルフのラウンド中のようです。

大竹「ナイスショット! 神坂君、今日は調子良さそうだね」

神坂「いやいや、ラフですよ。それほど良いショットじゃないけどなぁ」

「贅沢言わないの。真直ぐ飛んでOBじゃなければ最高!!」

西村「大竹君は相変わらずノー天気でいいねぇ」

「ボス、何言ってるんですか! 我々はプロゴルファーじゃないんだから、楽しくゴルフができれば幸せじゃないですか」

佐藤「大竹君とラウンドすると、みんなのスコアが良くなるよね」

「ホント、タケさんは、いつも笑っていますよね。心はいつも快晴って感じじゃないですか!」

「そりゃそうだよ、神坂君。僕の心の太陽はいつだって燦燦と照っているからね」

「たしかに、太陽のような笑顔をしてるもんなぁ」

「神坂君も僕の様にいつでも笑っていたいなら、利己心とか傲慢さとか怒りや欲望から心を開放してやることだね。そうすれば、いつだって心は快晴でいられるんだから」

「タケさんは、まったくストレスを溜めていないのが凄いですよね。あんな面倒な上司が上にいるのに、よくノーストレスでいられますね」

西「神坂、聞こえてるぞ!!」

「ゲッ、あのおっさん、地獄耳だな。ここからティーグランドまでは、5m以上あるのに!」

「神坂君、ボスはそれほど面倒な人じゃないよ。単純明快な人だからね。仮にストレスを感じた日でも、家に帰って酒を飲んで早めに寝てしまえば、翌朝はもう気分爽快だよ」

「その点だけは、尊敬しますよ」

「なんだよ、その点だけはって! 他にも先輩として見習うことはたくさんあるだろう? お、ナイスショット!! ボスも絶好調ですね。さあ、4人ともまずまずの滑り出しだ! 今日は楽しくいきましょう!!」

「何言ってるんですか、タケさんのティーショットはチョロじゃないですか!」

「そっちこそなに言ってるの? 神坂君、僕もしっかりフェアウェイキープだよ、セカンドはピンまで300ヤード近く残ったけどね」

「タケさんの場合、ノー天気というより、ただのアホなんじゃないのかな?」

西「神坂君、それは言わないでおこう。みんな気づいているんだから、ねぇ、サトちゃん」

「ははは。アホになれる人というのは、組織には必要不可欠ですから、大切にしてあげてください」

「なるほど、心の太陽を曇らせないためには、アホになれってことか!!」


ひとりごと 

心の曇りを取り除けば、いつも明るい陽射しのような笑顔で過ごすことができるのでしょう。

では、心の曇りを払うにはどうすればよいのか?

それは、バカになること、バカを演じることかも知れません。

孔子も『論語』のなかで、寧武子という人を褒めて「智をまねることは難しくないが、愚を真似るのは容易ではない」と言っています。

ちょっとアホを演じて、明るい笑顔を振りまきましょう!!


【原文】
人心の霊なること太陽の如し。然るに但だ克伐怨欲(こくばつえんよく)、雲霧四塞(うんむしそく)すれば、此の霊烏(いずく)にか在る。故に誠意の工夫は、雲霧を掃(はら)いて白日を仰ぐより先なるは莫し。凡そ学を為すの要は、此よりして基を起す。故に曰く、「誠は物の終始なり」と。〔『言志耋録』第66条〕

【意訳】
人の心の霊妙なることは太陽のようである。ただ(勝つことを好むこと)・伐(自らを誇ること)・怨(怒り恨むこと)・欲(貪り欲すること)などが、雲や霧のようにあたり一面を塞いでしまうと、太陽が隠れるように、心の霊妙さはどこにあるかわからなくなる。それ故、誠意の工夫は、この雲霧克伐怨欲)を掃い除いて、輝く太陽(霊妙な心)を仰ぎみることが最も肝要である。総じて学問をなすことの要点は、このようにして土台を築きあげるのである。それ故に、『中庸』にも「誠は物の終始なり」とあるのだ。

【一日一斎物語的解釈】
人の心は太陽のようなものであるから、気分は本来快晴となるはずである。しかし、実際には気分がすぐれないときもある。それは、私欲が自我という雲によって心が曇り、日差しが妨げられるからである。


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第1991日 「灑落」 と 「汚穢」 についての一考察

今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理 ちさと」に来たようです。

「ママ、またCOVID-19の感染者が増えて来たね。心配でしょう?」

「そうね。このままの状態が続けば年内にはお店を閉めるしかないかな?」

「えーっ、マジで?! なんとか頑張ってよ、応援することしかできないけどさ」

「神坂君、ありがとう。もちろん、頑張るわよ。ここまできたら、もう開き直るしかないもんね」

「ママ、なんだか清々しい表情だね」

「そうよ。聖人君子の心の中というのはさっぱりしていて、まるで洗い立ての真っ白なシャツのようだ、という言葉を以前に佐藤さんから教えてもらったんだけど、今はそれに近づいたかも?」

「諦めじゃないよね?」

「諦めてはいないわ。私にとって、このお店に立つことは、仕事というより人生そのものなんだもの」

「うん、がんばろう!! それにしても、洗い立てのシャツのような真っ白な心って、すごいね。俺は一生かかってもその領域には行けない気がする。部長はどうですか?」

「もちろん私もそうだよ。そんな心境になってみたいものだよ」

「ね、ママ。部長がなれないのに、俺がなれるわけないよね?」

「それはそうね。(笑) あ、そうだ。ちょっと待っててね」

ちさとママは一旦厨房に入って、なにやら料理を運んできました。

「今日は私の心のような真っ白なお料理を作ってみました」

「うわっ、本当だ。真っ白だ。なにこれ?」

「ホワイトたまごでつくったオムレツよ。中身は海鮮ピラフです。まだ、ホワイトたまごが残ってるから後で作ろうか?」

「それは誰の?」

「これは余り。お客さまが急遽会社に戻ることになってキャンセルになったの」

「それでいいよ。食べたい!」

「あら、ありがとう。じゃあ、どうぞ」

「これを食べたら、俺の心も少しは白くなるかね?」

「・・・」

「いや、二人とも無視かい!!」

「ははは」


ひとりごと 

西郷南洲翁は、豪傑の気分とはどんなものか?と聞かれた際に、

風呂上りの身体に涼風を浴びるような気分だ、

と答えたそうです。

どんな状況になっても、さっぱりとした清々しい心持を保つには、日ごろから心を鍛錬するしかありません。

それにしても、真っ白なシャツのような心持ちというのには憧れますね。


【原文】
聖賢は胸中灑落(しゃらく)にして、一点の汚穢(おわい)を著(つ)けず。何の語か尤も能く之を形容する。曰く、「江漢以て之を濯(あら)い、秋陽以て之を曝す。皜皜乎(こうこうこ)として尚(くわ)う可からざるのみ」。此の語之に近し。〔『言志耋録』第65条〕

【意訳】
聖人や賢人は胸中はいつもさっぱりとしていて、一点の穢れもないものである。それを表現するのにどんな言葉が最も適しているであろうか。『孟子』にある、「江漢以て之を濯い、秋陽以て之を曝す。皜皜乎として尚う可からざるのみ(曽子が孔子を評した言葉:先師の御人格は、たとえば布をさらすのに、揚子江・漢水の豊富な水で洗いあげ、強い秋の日ざしでさらしたように、これ以上真っ白にならぬというほどの比類なきおかたです)」という言葉がこれに近いのではないだろうか

【一日一斎物語的解釈】
何かを達観した人の心の中は、まるで洗い立てのシャツのように真っ白である。


白シャツ











ユニクロHPより

第1990日 「濁」 と 「清」 についての一考察

神坂課長のところに、営業1課の清水さんがやってきたようです。

「おっさん、ちょっといいか?」

「お前さ、人に相談するときに、そういう言い方はないだろう?」

「おっさんと俺の関係だし、今更、『神坂課長、ちょっとお話を聴いてもらえませんか?』なんて、言えねぇよ」

「たしかに、お前がそんな言い方をしてきたら、逆に怖いわ」

「だろ?」

二人は会議室に移動したようです。

「おっさん、俺も最近いろいろと本を読んで勉強するようになったんだけどさ、本によって書いてあることが違うだろ。何を信じれば良いのかわからなくてさ」

「マネジメントの本か?」

「うん。結構、たくさん読んだぜ」

「たぶん、全部正しいんだと思う」

「でも、真逆のことも書いてあるぜ」

「その人にとっては、という条件がつくけどな。要するにお前の性格に合ったマネジメントスタイルを見つけるしかないということだよ」

「俺の性格?」

「例えばお前は、後輩がミスをするとかなり厳しくやり込めるだろ? 上司にそれをやられたら、部下はたまったものじゃない」

「おっさんもどっちかというと同じタイプじゃねぇか?」

「そうだよ。俺もそこにやっと気づいたんだ。部下の少々のミスや短所には目をつぶる。それよりも、長所を見つけて、伸ばしてあげることを意識しているんだ」

「なるほどな。ミスがあっても見て見ぬふりをするってことか?」

「そうだな。ただし、自分に対しては厳しくする。こっちにミスがあったと気づいたら、相手が後輩だろうとすぐに謝ることが大切だと思う」

「後輩に頭を下げるってことか? 会社に入ってから一回もやったことないぜ」

「だいたい、お前の場合は先輩にも頭下げることなんかないもんな」

「ああ、たしかにな。(笑)」

「笑ってる場合か! 清水、本当にマネジメントがやりたいなら、そういうことも改善していく必要がある。それでもやりたいか?」

「おっさん。俺は今までずっと一匹狼できたけどよ。最近、寂しさを感じるんだよ。だれも俺のところには相談に来てくれない。おっさんもあんなに喧嘩っ早くて短気だったのに、今では雑賀も石崎もおっさんには相談しているじゃないか」

「清水・・・」

「それって、おっさんがマネジメントをやるようになってからだよな?」

「たしかにそうかもな。俺もちょっと前までは、後輩から相談されることなんて稀だった。大累ですら、相談なんかしてくれたことはなかったな」

「おっさんが羨ましいなと思うようになってよ。それで、俺もマネジメントをやってみたくなったんだ。いろいろ教えてくれよ」

「だったら」

「ああ、わかった、わかった。神坂さん、いろいろと私にご指導をお願いします!!」


ひとりごと 

本日の章句を読んで思い出すのは、同じく『言志四録の名言、

春風を以て人に接し、秋霜を以て自ら粛む。

です。

他人の少々の欠点には目をつぶり、清濁併せ呑むつもりで接する。

しかし、自分の過ちに気づいた際には、即座に訂正し謝罪する。

これができれば、自然と人が集まってくるのではないでしょうか?


【原文】
「悪を隠し善を揚ぐ」。人に於いては此(かく)の如くし、諸(これ)を己に用いること勿れ。「善に遷り過を改む」。己に於いては此の如くし、必ずしも諸を人に責めざれ。〔『言志耋録』第64条〕

【意訳】
『中庸』に「悪を隠し善を揚ぐ」とある。他人に対してはこのように対応するのがよいが、自分に対してはよくない態度である。『易経』に「善に遷り過を改む」とある。自分に対してはこのようにすべきであるが、必ずしもこれを他人に当てはめて責めることはしない方がよい

【一日一斎物語的解釈】
他人に対しては清濁併せ呑むことを意識せよ。ただし、自分に対しては、過ちを認めたら即座に訂正すべきである。他人を責めるのは、まず自分を正して後である。


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第1989日 「忍」 と 「敏」 についての一考察

今日の神坂課長は、高校時代の同級生とオンライン飲み会をしているようです。

「田島、ごめんな。本当は顔を出すつもりだったんだけど、さすがにA県も感染者数が増えて来たから、今回はやめたよ。お祝いは後程送るからさ」

「神坂、ありがとう。まだ生後1ヶ月だからな、その方がありがたいよ」

「そうだよな。ところで、名前は決まったのか? 双子の男の子だったよな?」

「うん、決めたよ。『忍(しのぶ)』と『敏(さとし)』だ」

「へぇー、なんとなく東洋古典っぽいネーミングだな」

「おお、お前から東洋古典なんて言葉が聞けるとは思わなかったよ。大正解だ」

「え、やっぱりそうなの?」

「ウチのカミさんの知り合いに易の先生がいてな。その人にお願いしたところ、この名前になったんだ」

「どういう意味があるんだ?」

「『易経』という古典の中に、怒りや欲望に打ち克つためには「忍」の一字、過ちを認めて改めるためには、「敏」の一字が重要だ、という言葉があるらしい。そこから採用したとのことだった」

「なるほど、深いね。名前に込めた言葉って、言霊の様にその人に影響を当たるんじゃないかと最近は思うんだよ」

「勇(いさむ)って名前はどうなんだ?」

「お陰様で、何事にも果敢に挑戦するチャレンジ精神をもらった気がする。しかし、一方で匹夫の勇というか、要するに無謀な勇気で周りに迷惑をかけることが多々ったな。(笑)」

「そうか、じゃあ、ウチの忍は気をつけないと、何事も我慢し過ぎてストレスを溜めてしまうかもな」

「そうかもしれないぞ。小さいうちにその辺りのバランスを取るような教育をしておいた方がいいかもよ?」

「敏の場合は、素直さが仇にならないようにする必要もあるんだな」

「あくまで、俺の印象でしかないけどさ。しかし、双子ちゃんの名前は俺の人生の課題そのものだなぁ」

「ははは。でも、お前は過ちを認めないようなところはなかったじゃないか。すぐに潔く頭を下げていた印象があるけどな」

「そうかな。それが、部下の前だと意外とそうでもないんだよな。忍と敏か。田島、COVID-19が収束したら、定期的にお前のガキに合わせてくれ。名前を聞いて反省しようと思う」

「いいけど、それがわかってるなら日頃から意識すればいいじゃないか。(笑)」

「いや、その言葉とともに、純粋無垢な赤ん坊の顔を一緒に見ることで、自分を省みることが出来る気がするんだ」

「お前とは何時間いても飽きないし、きっと子供たちもお前のことは気に入るだろうから、喜んで歓迎するよ!!」


ひとりごと 

怒りや欲望については、再三取り上げている家康公遺訓にも「堪忍は無事長久の基。怒りは敵と思え」とあるように、忍ぶことが重要だと一斎先生は言います。

一方、自分に非があることが明白な場合は、即座に過ちを認める俊敏さも重要だとしています。

たしかに、この2つを心がければ、人生を穏やかに過ごせるように思います。

まさにまた、COVID-19との忍の戦いも始まったようです。

忍ぶべきは忍びつつ、COVID-19に打ち克ちましょう!!


【原文】
忿を懲し欲を塞ぐ」には、一の忍字を重んじ、「善に遷り過を改む」には、一の敏字を重んず。〔『言志耋録』第63条〕

【意訳】
『易経』にいう忿を懲し欲を塞ぐ」ためには、「忍」の字が最も重要であり、「善に遷り過を改む」ためには、「敏」の字が最も重要である

【所感】
怒りや欲望に打ち克つためには「忍」の一字、過ちを認めて改めるためには、「敏」の一字が重要である。


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第1988日 「怒り」 と 「欲望」 についての一考察

今日の神坂課長は、朝から機嫌が良さそうです。

「課長、ご機嫌ですね。もしかして、それは?」
山田さんが声をかけたようです。

「そのとおり、我がジャイアンツがエースと四番の活躍で7連勝を飾りました」

「やっぱりそうですか。それにしても強いですね?」

「まあ、セ・リーグは新米監督ばかりだからね。一方、原さんは、通算勝利数で1,000勝を超えた名伯楽だからね。経験が違うよ」

「野球っていうスポーツは、監督の差で勝負が決まるスポーツなんですか?」

「名選手必ずしも名監督ならず、と言うからね。でも、野球に限らずそうじゃないのかな。我々ビジネスの世界であっても、マネージャーの差が実績の差となって現れるものじゃない?」

「そうかも知れませんね」

「一流の監督やマネージャーというのは、感情をコントロールするのが上手なんだろうな。これは、一斎先生も言っているんだけど、感情の中でも怒りと欲望は要注意だと言っている」

「なるほど、そういえば神坂課長は最近、めっきりキレることがなくなりましたね」

「山田さん、キレるという表現はどうかと思うな。私は叱っているつもりだったんだけど・・・」

「いえ、部下や後輩は完全にキレられたと認識していたと思います」

「断言しないでよ・・・。徳川家康は『怒りは敵と思え』と言ってるよね。そして『欲望が湧いてきたら、苦しかった過去を思い出せってね

「ああ、ちょうど昨日、岡崎城に行ってきました。これですよね!」

山田さんがクリアファイルを取り出しました。そこに、徳川家康公遺訓が書かれています。

「お、それそれ。怒りと欲望に対するトップの心構えが書かれていて勉強になるよね」

「そうですね。私も意識します」

「山田さんは大丈夫でしょう。仏の山さんと言われてるんだから」

「そんなことはないですよ。私にも腹の立つことはあります」

「そうなんだ、ちょっと安心したよ。そういえば、一斎先生は、怒りは炎のように、最後は自分を焼き尽くしてしまうし、欲望は流れる水のようなもので、一気に流れて洪水となれば、自らを溺れさせてしまうと言っている」

「最後は自分に返ってくるということですね?」

「そう。だからしっかりとコントロールすべきだと言うんだろうね。火も水も人間が生きていくうえでは必要不可欠なものだから、上手に扱うことが大事だよね。怒りや欲望もそうだと思う。怒りは時に自分を変えるパワーにもなるし、欲があるから成長できるということも否定できない」

「そうですよね」

「ということで、日々ニコニコしているのが一番良いと思っているわけです」

「巨人が連敗しても、ニコニコしていられますか?」

「も、もちろん!! 3連敗くらいまでなら・・・」


ひとりごと 

怒りと欲望を火と水に譬えたところは絶妙ですね。

火も水も人間の生活には不可欠ですが、扱いを間違えば、大きな事故や災害を招きます。

怒りや欲望もこれと同じだというわけです。

自らの怒りの炎で焼死したり、欲望の洪水で溺死しないためにも、しっかりと怒りと欲望を抑制していかねばなりません。


【原文】
情の発するや緩急有り、忿慾尤も急と為す。忿は猶お火のごとし。懲(こら)さざれば将に自ら焚(や)けんとす。慾は猶お水のごとし。窒(ふさ)がざれば将に自ら溺れんとす。損の卦(か)の工夫、緊要なること此に在り。〔『言志耋録』第62条〕

【訳文】
感情の発露には、緩やかなものと急激なものとがある。中でも怒りの感情と欲情とが最も急激なものである。怒りの感情はあたかも火のようで、消し止めないと自ら焼けてしまう。また欲情はあたかも水のようで、せき止めないと自ら溺れてしまう。『易経』損の卦にある工夫が極めて大切なのは、そこに理由がある

【所感】
感情のうちで最も制御すべきは、怒りと欲望である。


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