一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年08月

第2028日 「悩み」 と 「眠り」 についての一考察

今日のことば

【原文】
夜寝ぬるの工夫は、只だ静虚なるを要して、思惟するを要せず。夢中の象迹(しょうせき)は昨夢に続く者有り。数日前の夢を襲(つ)ぐ者有り。蓋し念慮留滞の致す所なり。胸中静虚なれば此等(これら)の事無し。

【意訳
夜、熟睡をするための工夫は、ただ心の中を空っぽにして、何も考えずに眠りにつくことである。夢に出てくるものは、昨日の夢の続きであることもあり、数日前に見た夢の続きである場合もある。思うにこれは思慮が胸中に留まっているからであろう。心を空っぽにすれば、こうしたことはなく、ぐっすり眠ることができよう

一日一斎物語的解釈
熟睡するコツは、何も考えずに心を空にして眠りにつくことである。


今日のストーリー

営業2課の石崎君が朝から大あくびをしています。

「週の頭から大あくびかよ」
神坂課長がからかっています。

「昨日は早く寝たんですけどねぇ」

「何か悩みごとでもあるのか?」

「え? なんでわかるんですか?」

「顔に書いてある。『私は悩んでますってな」

「マジですか?!」

「嘘だよ。おそらく熟睡できなかったから、目覚めが悪いわけだろ。熟睡できない原因のひとつに悩みがあるんだよ」

「なるほど」

「悩むと眠れなくなる、眠れなくなると余計に心身が滅入る。そして鬱になってしまうんだよ」

「私は鬱にはならないと思いますけど」

「そう言っている奴の方が鬱になり易いらしいぞ。自分が鬱になるわけないと思うから、手当も遅れがちになる」

「嫌ですよ、うつ病なんて」

「それなら寝る前は、楽しいことを考えて、心の中をプラマイゼロにしてから寝ろ」

「課長はそうしていますか?」

「普段はな。どうせ未来のことなんか自分の思い通りになるわけないし、まだ来てもいない未来を憂いても一銭にもならないじゃないか」

「さすがは、課長です。ザ・ノー天気って感じです」

「お前、それは褒めてないだろ!!」

「あ?」

「あ、じゃねぇよ! それで、悩みと言うのは俺のことじゃないだろうな?」

「全く違います。彼女とのことです」

「早く結婚して、って言われたんだろう?」

「げっ、なんでわかるんですか?」

「顔に書いてある。『僕は結婚すべきか悩んでいます』って」

「絶対、嘘ですよ!」

「ははは。バレた? でも、お前の彼女はたしか年上だっただろ?」

「何で知っているんですか?」

「俺の情報網をなめるなよ」

「ゼンちゃんだな、あいつ口が軽いんだよなぁ。課長、私はどうしたらよいでしょう?」

「恋愛感情というのは、3年くらいで無くなるらしい。だから、3年付き合って、それでも一緒にいたいと思ったら結婚すればいいんじゃないか?」

「いま、付き合って半年です。あと2年半も待ってくれるかな?」

「そこはお前の交渉力とあっちの能力次第だろ!」

「朝から下ネタですか!(笑)」


ひとりごと

精神のバランスを保つためにも、睡眠は大切ですね。

小生も過去に何人か、うつ病になった人を見てきましたが、総じて初期症状は眠れなくなることのようです。

実は、小生も最近眠りが浅くなって、常に眠気と戦っているような感じです。

しかし、これは悩みごとのせいではなく、加齢によるものなので、仕方がありません・・・。


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第2027日 「瞑想」 と 「深夜」 についての一考察

今日のことば

【原文】
凡そ道理を思惟して其の恰好を得る者、往往宵分(しょうぶん)に在り。神気澄静せるを以てなり。静坐の時、最も宜しく精神を収斂し、鎮めて肚腔(とこう)に在るべし。即ち事を処するの本と為る。認めて参禅の様子と做すこと勿れ。〔『言志耋録』第101条〕

物の道理を思索していて、正しいありようを得るのは概ね夜半頃である。その時分は、精神が静まり澄みきっているからであろう。静坐をするのも、この時分に最もよく精神を引き締めて、自分の胸や胆(はら)に鎮めるのがよい。これが物事を処理する上での根本である。しかし、これを参禅の様子だと見做してはならない

一日一斎物語的解釈
ひとり瞑想するのであれば、深夜の時間帯が最も適している。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理 ちさと」にやってきたようです。

「ママ、ごめんね。なかなか来れなくて。お店はどう?」

「O村知事が緊急事態宣言を出した時は、もうダメかなと思ったけど、諦めが悪い性質だからね。もうすこし頑張ってみるわ」

「本当に頑張ってよ。こうやってたまに店に来ることしかできないけど。でも、だいぶお客さんが戻ってきたんじゃない?」

「そうね。ソーシャルディスタンスを意識した座席配置にしているから、満席になっても良い時の7割くらいだけどね」

「部長とも話をしていてね。あんまり怖がり過ぎずに、平常の生活に戻していくことにしたんだ。ね、部長」

「うん、先が見えない中で、ネガティブにばかり考えていたら心が病んでしまうからね」

二人は生ビールと枝豆を注文したようです。

「そういえば、部長。私は最近、いろいろと深く考えることが重なりましてね。一昨日は深夜に部屋でひとりで瞑想しましたし、昨日は昼間に会議室で熟考してみたんです」

「どちらが良かった?」

「深夜です。やっぱり物音が聞こえないし、静かだからですかね?」

「一斎先生も深夜の瞑想を薦めているよね。ただ静かというだけが理由ではないんじゃないかな? なんというのか、眼に見えない気みたいなものが集まってくるのが深夜0時から2時くらいまでのような気がするんだよね」

「わかる気がします。昼間は目を瞑らないと深く考えられなかったのですが、深夜は目を開けていても、一瞬で深く考えることができました」

「不思議だよね。何か見えない力が作用しているんだろうな」

「そうなんでしょうね」

「面白いもので、その時は解決策が見つからなくても、そのまま寝て、翌朝目を覚ますと、突然良いアイデアが降りてくることもあるものだよ」

「ああ、それも経験があります。やっぱり脳は考え続けていてくれるんですね」

「脳は眠らないからね。ずっと寝ている間も考え続けてくれるんだろう」

そこにちさとママが生ビールとおつまみを運んできました。

「私もね、深夜に瞑想して、ふとアイデアが浮かんだの。私のレシピをブログに載せてみようって」

「へぇー、どうだった?」

「それがビックリ! 詳しく作り方を聞きたいという人がたくさんコメントをくれたの。それで、先週の土曜日のお昼にオンラインでお料理教室をやってみたの」

「おー、面白そう」

「うん、材料は各自が準備する形だから、ひとり3,000円に価格設定してみたら、30人近くも集まってくれたわ」

「安くない? 5,000円とか10,000円くらい取れないの?」

「いいの。隔週開催にするつもりだから、月に二回で20万円近くは入るのよ。お店の家賃の足しにはなるから」

「そっか、でも良かったね。やっぱり、深夜の瞑想は効果が大きいな。今日も深酒せずに、帰ったらあれこれ考えてみるかな」


ひとりごと

かつて、詩人の坂村真民さんは、深夜0時に起床して近くに流れる重信川のほとりに行き、そこにある石に耳を当てて、大自然の力を吸収し、師を書いていたそうです。

深夜には不思議なパワーが溢れているように感じます。

深く考えたい事象があるときは、真夜中にろうそくの灯りひとつで、じっくりと考えてみるのも良いかもしれません。


rousoku

第2026日 「沈思黙考」 と 「対人折衝」 についての一考察

今日のことば

【原文】
静坐すること数刻の後、人に接するに、自ら言語の叙有るを覚ゆ。〔『言志耋録』第100条〕

静坐してから数時間の後、人に接すると、自分の言葉が筋道の立ったものになっていることに気がつく

一日一斎物語的解釈
ひとり静かに熟慮した後というのは、人に対して正しい対応ができるものだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、会議室にひとりで籠って2時間以上出てきていないようです。

石崎「おい、カミサマ大丈夫か? 中で死んでないだろうな?」

善久「ザキ、縁起の悪いこと言うなよ」

どうやら、非常に重大なクレームが発生しているようです。

「もしかしたら神坂課長、このまま立て籠もって、逃げるつもりじゃないだろうな?」

「ゼンちゃん、それはないよ! あの人はクレームから逃げるようなことはしないでしょう」

そのとき、会議室から神坂課長が出てきたようです。

「課長、大丈夫ですか? あんまり長い間出てこないから心配しましたよ」

神坂「少年よ、心配してくれてありがとう! さあ善久、行くぞ!」

「中で何をしていたんですか?」

「瞑想だよ。今回のクレームに関して、考えられることをすべて洗い出してみた」

「解決できそうですか?」

「それは行ってみないと分からないな。ただ、しっかりとあらゆる可能性を想定したので、かなり頭の中が整理されて、心も落ち着いてきた」

「患者さんの命に関わるクレームですもんね。これを無事に解決できたら、課長はヒーローですよ」

「なんだよ、俺はもうすでにお前のヒーローだと思ってたんだけどな」

「まだまだです!」

「ガキのくせに偉そうだな。さあ善久、誠心誠意謝罪しようじゃないか!」

「はい」

「神坂課長、がんばってください!!」

「大丈夫だ。俺には一斎先生がついている。一斎先生が言っているんだ。『静坐をして、ひとりでじっくり考えた後というのは、その人の言動に筋道が通るものだ』ってな。きっと、院長先生も理解してくれるさ!」

「解決したら、ヒーローに認定します!」

「ははは。ありがとう。別にお前のヒーローになるために仕事をしているわけじゃないけどな。(笑)」


ひとりごと

大事な仕事に臨む前には、ひとり静かに沈思黙考するのも良いのかもしれません。

怒りや不安を抱えたまま、他人と接すれば、思わぬ事態を招く恐れもあります。

何ごとも冷静な対応が我が身を助けるものです。


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第2025日 「誠」 と 「敬」 についての一考察

今日のことば

【原文】
立誠は柱礎(ちゅうそ)に似たり。是れ竪の工夫なり。居敬は棟梁に似たり。是れ横の工夫也。〔『言志耋録』第99条〕

【意訳】
誠を立てることは、建築でいえば、柱や土台をつくることに似ている。これは縦の工夫である。また身心をつつしむことは、建物でいえば棟や梁をつくることに似ている。これは横の工夫である

【一日一斎物語的解釈】
誠は人間を創る上での支柱となり、敬は人間を創る上で梁となる。この2つがしっかりしなければ、人間は完成しない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、人材育成について、新美課長、大累課長と打ち合わせをしているようです。

神坂「俺は自分の過去を反省して思うんだけど、やっぱり会社で有益な人間になる前に、まず人間として一人前にならないとダメだと思うんだよ」

大累「なるほど、たしかに神坂さんの若い頃を考えると、説得力がありますねぇ」

「お前にだけは言われたくないわ!!」

新美「いや、本当にお二人の若い頃は怖かったです。私はヤクザの事務所に就職してしまったのかと思いました」

「それは言い過ぎじゃないの?」

「でも、新美に言われると、言い返せないけどな」

「たしか、松下幸之助さんの言葉だったと思うんですけど、『企業人である前に社会人でなければならない』というのがありましたよ」

「あ、それそれ、それを言いたかったんだよ!」

「しかし、社会人のあるべき姿って、わかるようでわからないですよね?」

「それについては、一斎先生がこう言ってる。『人間を家に例えるなら、誠が支柱で、敬が梁だ』って」

「どういうことですか?」

「誠っていうのは、誠意のある態度を言うんだと思う。しかし、もっと端的に言ってしまえば、自分にも他人にも嘘をつかないことだな」

「なるほど、それが人間の柱になるわけですね?」

「でも、柱がいくら太くて立派でも、梁がなければ家は建たない。人間も同じで、誠だけでは一人前にはなれない。それにプラスして、敬、つまり他人を敬い、自らを慎む心が無ければだめで、それがいわば梁のようなものだ、と」

「神坂さんの若い頃に、他人を敬う気持ちは微塵もなかったですもんね」

「だから、お前にだけは言われたくないんだよ!」

「今の話は、すごく腹に落ちますね。結局、敬の心だけだと、他人に迎合してしまう恐れもあります。そこに、一本芯を通さないといけない。それが誠というものなんでしょうね」

「さすがは新美だね。誰かさんと違って理解が早いよ」

「しかし、誠も敬う心も、社会人になってから教えるものなんですかね?」

「そうなんだよ、本来は職場でも学校でもなく家庭で教えるもの、いや家庭で自然に身につくものだった」

「核家族化していることで、それができなくなってきたんですね?」

「え?」

「例えば、自分の親が祖父母に対して敬意をもって接する姿を見せれば、子供も自然と親に敬意をもつようになる、ってことだよ」

「そうか、それが今は、じいちゃん、ばあちゃんと別々に暮らしているから、親が絶対的になり過ぎているんですね」

「そのとおり。しかし、そんなことを言っても始まらないから、今は職場でそれを教えていくしかないんだろうな。だから、お前みたいに先輩を馬鹿にしている奴が上司だと、部下もだんだんそうなるわけよ」

「たしかに! だって、私がこうなったのは、神坂さんを見てきたからですもんね!!」


ひとりごと

人づくりにおいて、誠が柱で、敬が梁だという一斎先生の言葉は興味深いですね。

誠という柱をしっかり立てて、その上で敬という梁を張り巡らしていく。

人はひとりでは生きていけません。

誠と敬をもって他人と接するならば、自然と人の和の中心にいる存在となっていくのでしょう。


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第2024日 「静中動」 と 「動中静」 についての一考察

今日のことば

【原文】
静坐中は、接物の工夫を忘るる勿れ。則ち是れ敬なり。接物の時は、静坐の意思を失う勿れ。亦是れ敬なり。唯だ敬は動静を一患す。〔『言志耋録』第98条〕

【意訳】
静坐をしているときは、物事に対処する工夫を忘れてはいけない。それは即ち「敬」である。また、物事に対処するときは、静坐のときに抱いた思いを失ってはいけない。これもまた「敬」といえる。「敬」とは動静を一貫するものである

【一日一斎物語的解釈】
静の中に動を、動の中に静を意識することが肝要である。それを可能にするのは、慎みの心(=敬)である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の善久君と前日の商談の反省会をしているようです。

「そこで、あのキーワードを使わなかったのか?」

「それが、あまりにも緊張してしまって、忘れてしまいました!」

「それは痛いな。あれがいわゆる殺し文句だったのに!」

「あとでしまったと思いました」

「緊張しすぎるというのは、準備が不足している証拠だからな。準備不足というのは、不安を呼ぶんだよ。『うまくいくかなぁ?』なんて思いながら説明して、うまくいくわけがない」

「はい」

「『よし、これなら喜んでもらえそうだぞ!』ってワクワクするくらいまで準備しないとな」

「そのレベルにはなっていませんでした・・・」

「まあ、時間も短かったから仕方がないけど、今後の反省点にしてくれよな」

「はい、来週もう一回説明するチャンスをもらったので、そこではワクワクしながらプレゼンできるように準備します」

「準備は静、プレゼンは動なんだ。準備中には常にプレゼン本番を想定していなければいけないし、逆に実際にプレゼンしているときは、準備中に考えていたことを冷静に思い出しながらプレゼンをする」

「はい」

「これが静の中に動を意識し、動の中に静を意識することなんだそうだ」

「熱意と冷静さを両方とも失わないってことですか?」

「おお、善久、すごいなぁ。たしかに、そういうことだ。やっぱりお前は地頭がいいよな」

「神坂課長に褒められると、めっちゃ嬉しいです! なんだか次の準備をすることにワクワクしてきました!」

「そうなれば、しめたものだ。ワクワクしながら準備すれば、ワクワクしながらプレゼンできるようになるさ。次回が楽しみだな」

「はい!!」


ひとりごと

中国古典の『菜根譚』の中に、「静中動在り、道中静在り」という言葉があります。

一斎先生はこの言葉を踏まえて、本日の章句を書かれたのでしょう。

活動するときは情熱をもって活動したいものですが、しかしその一方でどこかに冷静さを保っておく必要があります。

一方、熟慮するときは静かにひとりで行うべきですが、その際も情熱を失わないことが肝要です。

情熱と冷静さ、どちらもいつでも保ち続けていなければいけませんね。


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第2023日 「義」 と 「宜」 についての一考察

今日のことば

【原文】
義は宜なり。道義を以て本と為す。物に接するの義有り。時に臨むの義有り。常を守るの義有り。変に応ずるの義有り。之を統ぶる者は道義なり。〔『言志耋録』第97条〕

【意訳】
義とは時宜にかなったものであり、道理の義をその根本としている。物事を処理するにも義があり、時に臨むにも義があり、常に守るべき法としての義もあり、不測の事態に対応するにも義がある。これらをすべて統制しているのは道理の義である

【一日一斎物語的解釈】
何をするにも、常に義に適った行動をとるべきである。義とは、その時と場に応じた正しい(最善の)道をいう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課のミーティングを開催しているようです。

「ということで、上期も残り一ヶ月と少しだ。COVID-19の影響で売上計画達成は難しい現状だけど、少しでも売り上げにプラスできるものがあれば、頼むぞ」

「はい!」

「でも、課長」

「なんだ、石崎」

「どこの病院もクリニックさんも患者さんが減っているというのに、我々が売り上げアップを図って良いものでしょうか?」

「大事な視点だな。山田さん、どう思う?」

「石崎君の言うとおり、どこのご施設も設備投資は抑えたいのが現状だと思います。しかし、今だからこそ必要な医療機器というものもあるはずです」

「たとえば?」

「これから冬になると、インフルエンザが流行するでしょう。今年はCOVID-19との鑑別を早くしたいので、インフルエンザの迅速検査キットや診断装置を早めに導入することは、ご施設にとってもメリットがあるのではないでしょうか?」

「たしかに、そうだね。どうだ、石崎?」

「はい、勉強になります。確かに今までは、迅速診断の装置はコストが高いといって敬遠されてきました。でも、今年はコロナなのか、インフルエンザなのかを早く知りたいと思う患者さんも多いでしょうから、導入する意味はありますね!」

「そのとおりだよ。我々が絶対にやってはいけないのは、今不必要な装置を売りつけることだ。キャンペーンをして安く買ってもらおうと考えるメーカーさんもあるが、あれはナンセンスだよな」

「はい。この先の第二波、第三波のリスクを考えたら、なるべく投資は抑えたいはずですから、値段を安くして足元を見るような営業はしたくないです!」

「それで良いよ。我々の仕事はお客様のお役に立つこと。もっと言えば、課題解決のお手伝いだ。それがうまく行ったとき、そのお礼として売り上げというお金をいただくんだよな」

「はい。先義後利ですね!」

「お、よくそんな言葉を知っているな」

「この前、読んだ本に書いてありました」

「石崎の言うとおりで、商売というものは、利より義を優先しなければいけない。義というのは、その時の最善策だ。つまり、お客様にとって今まさに必要な商品を提案し、ご購入いただくことだよ」

「はい!」

「山田さんが言ってくれたように、今だからこそ必要なものもある。お互いによく考えて提案活動を行って欲しい。良い結果が出たら、すぐに水平展開を図ろう!」


ひとりごと

どんなときにも、その時と場所において最適な選択肢を選ぶことが求められます。

この最適な選択肢を「義」と呼び変えても良いでしょう。

「義」を無視した「利」というものは、長続きしません。

商売において重要なことは、リピーターを獲得することです。

リピーターを獲得するには、利より義を優先する必要があるのです。


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第2022日 「義」 と 「利」 についての一考察

今日のことば

【原文】
凡そ事を為すには、将に先ず其の義の如何を謀るべし。便宜を護ること勿れ。便宜も亦義の中に在り。〔『言志耋録』第96条〕

【意訳】
なにか事を為す場合に、まずそれが正しい道に則っているかを見極めるべきである。都合の良い解釈をしてはいけない。都合の良いことも正しい道に則ってこそ正しく行われるのだ

【一日一斎物語的解釈】
何かを成し遂げたいと思うなら、先義後利を忘れてはいけない。義にかなった利であれば、遠慮せずに受け取るべきである


今日のストーリー

今日の神坂課長は、善久君と価格の相談をしているようです。

「善久、なんでこんなに値引きしたんだ?」

「いや、ちょっと利益を取り過ぎかなと思いまして・・・」

「でも院長先生は、この価格にしてくれれば良いと言ってるんだろ?」

「はい。でも、粗利が20%もあるんですよ、ちょっと多すぎませんか?」

「じゃあ、お前は自分のボーナスが想定していた額より20万円多かったとしたら、鄭重にお断りするんだろうな?」

「それとこれとは話が違いませんか?」

「違わないよ。お客様が支払ってくれる金額というのは、感謝の度合いによって変わるんだ。俺たちがしっかりと課題解決のお手伝いをした結果に対する報奨として頂くものだ」

「はい」

「だから、お客様が満足しているのに、それ以上価格を下げたら、かえってその製品の価値を下げてしまうことになる」

「ああ」

「正しい商売をしてたくさん利益を戴くことは、何も悪いことではないよ」

「はい!」

「もし、利益をたくさん戴いたなと思うなら、これからもしっかりとアフターサービスをして、より満足度を高めてリピートにつなげるのがお前の大事なミッションなんだよ」

「わかりました。では、最初の金額で提示することにします」

「善久、お前がお客様のことを考えた上で、価格を下げたことは悪いことではない。むしろ、その気持ちは大切だ。だけど、俺たちは商売人だ。やっぱり儲けなければいけない。そのかわり儲けたら、それを違う形でお客様に還元すればいいんだ」

「はい。すごくよくわかりました。これからもお客様に満足して頂いて、たくさんの利益を取れるように考えて行動します!」


ひとりごと

孔子は、お金を儲けること自体を否定はしていません。

だからこそ、渋沢栄一翁は、論語を経済に活用できると唱えたのです。

しかし、義のなり利は、かえって弊害となるでしょう。

つねに正しい道(義)を追求しつつ、利益を得る商売をしていく必要があります。


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第2021日 「身体」 と 「精神」 についての一考察

今日のことば

【原文】
身労すれば則ち心逸し、身逸すれば則ち心労す。労逸は竟に相離異せず。〔『言志耋録』第95条〕

【意訳】
身体を働かすと心は安逸となり。身体を安逸にすると心は却って疲れ苦しむ。労と逸とは相関関係にあり、切り離すことができないものだ

【一日一斎物語的解釈】
適度な運動は身体だけでなく、心も健康にする。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチ中のようです。

「おい、大累。お前、ちょっと太ったんじゃないか?」

「え、バレました。5kg 行っちゃいました!」

「マジで?! それはダメだろう!」

「そういう神坂さんも太った気がしますよ」

「俺は測っていない」

「見立てでは、7~8kgは行ってますよ」

「そんなに太ってるわけないだろ! でもさ、身体が太ると頭もボ~っとしてくるよな?」

「それは8kg以上太った人の症状ですな」

「そんなわけないだろ! そういえば、一斎先生が、『適度に身体を動かした方が心は休まり、身体を休ませると心はかえって疲れる』と言っている。わかる気がするな」

「健全な精神は、健全な肉体に宿る、って言いますからね」

「そういうことだな。本当はジョギングでもすれば良いんだろうけど、この暑さじゃなぁ」

「死にますね」

「夜、歩くにしても暑いぜ」

「しばらくは熱帯夜が続きそうですしねぇ」

「お互い、やらなくて済む言い訳を考えているようじゃ、こりゃダメだな。(笑)」

そこにお店のおかみさんが料理を運んできたようです。

「はい、お待たせ。特盛ランチ2つね」

「と、会話していながら、お互いに特盛ランチだもんな」

「わかっちゃいるけど、やめられないんです」

「とりあえず食べてから考えるか?」

「そうしましょう!!」


ひとりごと

調えるべきは、心が先か身体が先か?

一斎先生の答えは明快です。

身体を適度に動かし疲れさせた方が、心は健全になるのだ、と。

ステイホームの悪影響として、運動不足に陥っている人は多いはずです。

お互いに気をつけましょう!!


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第2020日 「敬」 と 「弛」 についての一考察

今日のことば

【原文】
敬稍弛めば則ち経営心起る。経営心起れば則ち名利心之に従う。敬は弛む可からざるなり。〔『言志耋録』第94条〕

【意訳】
敬い慎む心が緩んでくると、企みの心が起きてくる。企みの心が起こってくると、名利に走ろうとする心がこれに従う。敬の心を緩めてはいけない

【一日一斎物語的解釈】
私欲や我欲に走るのは、敬する心を失った時だ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長とランチに出かけたようです。

「結局、私欲とか我欲が出てくるというのは、他人に対して敬う気持ちが薄れている証拠なんでしょうね?」

「人だけじゃないよ」

「あー、自然やそこに生きる動植物に対しても同じですね」

「うん、そのとおりじゃないかな。人間は人間だけでこの地球を動かしていると思ってしまいがちだけど、それは大きな間違いだよね。たとえば、植物が光合成によって、二酸化炭素を吸い込んで酸素に変えてくれているおかげで、動物は生きていけるわけだからね」

「たしかにそうですね。それに動物の命をいただいて生きているわけですしね」

「食事の前に『いただきます』というのは、そうした他の生物や大自然に対しての敬意を示していることになるんだよ」

「なるほど。そうなると、言葉だけでなく、手を合わせることも必要ですね。そういえば、部長はいつもそうしていますね」

「うん、もう習慣になっているから」

「私も真似させて頂きます」

「ぜひ、ご家族や課のメンバーにもそういう話をしてあげて欲しいな」

「はい、そうします。やっぱり、人間は謙虚でなければいけませんねぇ。そう思うと、昔の私は酷かったですね?」

「たしかに酷かった!」

「ははは。普段なら『そんなことないよ』と言ってくれる部長がそう言うんだから、相当酷かったんでしょうね?」

「それは酷いもんだった。でもね、当時の神坂君は謙虚さは足りなかったけど、私欲とか我欲を感じることはなかった気がするよ」

「あー、そう言われてみればそうです。ただ、無駄に正義感が強かったのと、上司や先輩を尊敬する気持ちが微塵もなかっただけです」

「『だけ』って、それが私の悩みの種だったんだよ」

「あ、失礼しました。あー、あの時代に戻ってやり直したい」

「まだまだ、これから先の人生でやり直せるよ!」


ひとりごと

人は謙虚さを失うと利己的になります。

大自然の中で生かされていることを忘れず、日々の食事の前に、そのことに感謝をする意味でも「いただきます」という挨拶はとても重要です。

無くしてはいけない慣習ですね。


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第2019日 「敬意」 と 「侮蔑」 についての一考察

今日のことば

【原文】
牧竪(ぼくじゅ)も腰を折れば頷かざるを得ず。乳童も手を拱(こまね)けば亦戯る可からず。君子、恭敬を以て甲冑を為し、遜譲を以て干櫓(かんろ)と為さば、誰か敢て非礼を以て之に加えんや。故に曰く、「人自ら侮って而る後に人之を侮る」と。〔『言志耋録』第93条〕

【意訳】
牧場で働く子供でも、腰を屈めて敬礼したなら、うなずいて挨拶しない訳にはいかない。乳飲み子でも手を拱いて敬意を表したなら、ふざけた対応をとる訳にはいかない。まして、立派な人が、恭しく敬することで自分を守る鎧兜とし、謙譲の気持ちを示すことで楯とするならば、誰が敢えて非礼な行為を仕掛けるだろうか。古人も「人は自ら侮ることで後々人から侮られる」と云っているではないか

【一日一斎物語的解釈】
人から敬われたいと願うなら、まず自らが遜り、相手に敬意を示すべきである。逆に相手を馬鹿にすれば、自分も必ず馬鹿にされることになるものだ。


今日のストーリー

石崎君がなにやら腹を立てながら帰社したようです。

「どうした少年、スピード違反で捕まったのか?」

「違いますよ! K医科の安斎って奴が凄く生意気な口の利き方をするから腹が立っているんです」

「知らない奴だな」

「まだ2年目の若造ですよ」

「お前も若造だけどな。(笑)」

「私はもう4年目ですからね。ため口を聞かれる筋合いはないですよ!!」

「それで、お前はどういう対応をしたんだよ?」

「『石崎さん、売れてる?』って聞いてきたから、『まあな』って答えておきました」

「そこで、大人の対応をしてみろよ。『こういう時期ですけど、しっかりお客様の心をつかんでいるから、それほど売り上げは落ちていませんね。安斎さんはどうですか?』なんて聞いてみたら?」

「それ、面白いですね!」

「他人から尊敬されたいと思うなら、まず自分がその人を尊敬しないとな」

「あ、そうでしたね。この前、そんな話をしましたね」

「そうだよ。逆に、相手を馬鹿にする態度を取ったら、めぐりめぐって自分も同じような態度をされるものだ」

「と、一斎先生が言ってたんですか?」

「あ、バレた? これじゃ、俺もいつまで経っても尊敬はされないな。(笑)」

「尊敬してますよ、課長のことは」

「え?」

「課長は、口は悪いけど、私たちメンバーにいつも本気でぶつかってきてくれますから。それって、我々に対して敬意をもって接してくれている証拠だと思うんです」

「石崎・・・」

「あれ? 俺、どうしちゃったんだろう? 今のは、忘れてください。じゃあ、帰ります!」

「おい、待てよ。でも、今のは本心なんだよな?」

石崎君がこちらを振り返ってニコリと笑いかけました。


ひとりごと 

こちら側の気持ちというものは、隠しているつもりでも相手に伝わるものです。

それも長く一緒に仕事をしている同僚やお客様であれば、なおさらでしょう。

相手の態度は、自分の態度の鏡なのだと考えるべきなのです。


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