一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2020年11月

第2119日 「多言」 と 「寡黙」 についての一考察

今日のことば

【原文】
多言の人は浮躁(ふそう)にして或いは人を枉(ま)ぐ。寡黙の人は測り難く、或いは人を探る。故に「其の言を察して其の色を観る」とは、交際の要なり。〔『言志耋録』第193条〕

【意訳】
口数の多い人はうわついた調子の人が多く、時には他人を傷つることがある。無口な人は心中を察し難く、時には他人の心中を伺い見ている。『論語』に「言を察して色を観る(達人は人の言葉をよく聞き分けて、その顔色を見抜く聡明さがある)」とあるが、まさに交際の要諦である

一日一斎物語的解釈
人物を鑑定する際は、言葉に惑わされることなく、表情を観察することも忘れてはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の本田さんと同行しているようです。

「いつになっても、はじめてドクターに会う時は、緊張するものですね」

「そうだよね。相手のキャラクターがわからないうちは、会話も手探り状態だよな」

「課長は相手のどういうところを見て、キャラクターを判断していくのですか?」

「俺自身が口達者なところがあるから、逆に言葉だけに惑わされないことは意識しているかなぁ」

「特に相手はドクターだと、言葉を信じてしまう傾向はありますよね」

「そう。それで何度も痛い目に遭った」

「私もです」

「それで今は表情を読むことを意識しているよ。後は声色かな」

「声色ですか?」

「言葉には色があると思うんだよ。同じ『ありがとう』でも、心から満足している『ありがとう』と、内心不満な『ありがとう』では、明らかに声の色が違う」

「深いですね」

「そんなことないよ。観音様って居るだろう。あの文字を考えてごらん。音を観るって書くんだよ」

「あぁ、本当ですね!」

「つまりは、仏様であっても声を出してくれないと本当の心は読み取れないのかも知れないね」

「たしかに、無口な人は一番応対が難しいです」

「俺が最も苦手とするタイプだよ。そんな人に会うと、昔は一所懸命に話しかけてしまっていたな。(笑)」

「今は違うんですか?」

「今は、こっちもあまりしゃべらない。無言で心と心の会話を心掛けるんだ」

「それで何かわかりますか?」

「いや、わからん」

「ははは、ですよね!」

「でもね。こっちも口数を少なくすると、相手も必然的に少しは話してくれる。その結果、声の色を観ることができるわけ!」

「さすがは、神坂課長ですね!」

「だてに、営業人生を20年近くも歩いてはいないだろ?(笑)」

「今日は、私も音を観てみます!」


ひとりごと

本来、観音様の観音とは、見えないものを心の眼で観るということのようです。

しかし、神坂課長のように解釈しても間違いではないでしょう。

我々凡人には、無音から察するよりも、実際に発せられた音から察する方が容易なはずですから。


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第2118日 「多寡」 と 「時中」 についての一考察

今日のことば

【原文】
言語の道必ずしも多寡を問わず。只だ時中を要す。然る後、人其の言を厭わず。〔『言志耋録』第192条〕

【意訳】
コミュニケーションにおいては、言葉数が多いか少ないかはあまり関係ない。ただタイミングの問題である。ベストタイミングで伝えることができれば、人は素直に言葉を受け容れるものだ

一日一斎物語的解釈
コミュニケーションはタイミングこそが重要である。相手の情況をよく把握して、効果的に伝えることを心がけよ。


今日のストーリー

営業1課の新美課長が、神坂課長に声を掛け、二人は喫茶コーナーに向かったようです。

「なんだよ、急に呼び出して」

「いや、先ほどまで梅田君にお説教をしていたじゃないですか」

「あぁ、あいつまた遅刻しやがったからな」

「神坂さん、どれくらい説教していたかわかりますか?」

「え、15分くらいだろ?」

「45分です!」

「マジ?! そんなにやってたか」

「途中から梅田君は完全に耳を塞いでいましたよ」

「ダメだなぁ。また、やっちまったか!」

「コミュニケーションはタイミングが重要! 手短に用件だけをタイムリーに伝えろ! そう、神坂さんが私に教えてくれましたよね?」

「お恥ずかしい限りです・・・」

「わかりますけどね。私も短く叱ることの難しさは実感していますから」

「鍛錬しかないよなぁ。それにしても、45分もやってたのか?」

「梅田君は、なぜ遅刻してはいけないのかを理解しているんですかね?」

「さすがにそれくらいわかるだろう。時間厳守は社会人の基本だからな」

「でも、遅刻するとどんな災難が待ち受けているかを認識していたら、そう何度も遅刻はしませんよね」

「たしかに」

「人間って、痛い目に遭わないとわからないところがありますからね」

「失敗させてみるか? その後だったら、俺の言葉も沁みるだろう、きっと」

「それもアリでしょうね」

「よし、しばらく朝のミーティングの司会を梅田にやらせよう。あいつが寝坊しても連絡は入れずに、あいつが来るまで皆で待ってみるか。(笑)」

「それは効きそうですね!」


ひとりごと

相手が望まない時にアドバイスをしても、その効果は驚くほど小さいものです。

なんとか理解してもらおうと時間をかければかける程、かえって相手は耳を塞いでしまうでしょう。

いつアドバイスすべきか、これはなかなか難しい問題です!


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第2117日 「聞く」 と 「話す」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人の言を聴くは、則ち多きを厭はざれ。賢・不肖となく、皆資益あり。自ら言うは、則ち多かるなかれ。多ければ、則ち口過あり、また或いは人を誤る。〔『言志耋録』第191条〕

意訳
人の言葉を聴く上では、なるべく多く聴くべきである。賢者と愚者といったことは関係なく、すべて自分にとって得るものがある。自分が話すときは、多く話すことを避けるべきである。多く話せば失言を生んだり、相手を困惑させることになる

一日一斎物語的解釈
耳は2つ、口は1つ。つまり、なるべく他人の話には耳を傾け、自分の話は手短にすることが、処世上きわめて重要なのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「最近、神坂君も1on1を始めたんだって?」

「はい、メンバーとの心の触れ合いをもっと増やそうと思いまして」

「それは良いことだね。テーマはメンバーに決めさせているの?」

「はい。彼らはちゃんと決めて来てくれます。予想外のことですが、面談自体は苦に思っていないみたいです」

「面談自体は?」

「はい、問題は私にありまして。時間は30分厳守、メンバーにたくさん話してもらう、という1on1のルールを守ろうという思いはあるのですが、いつの間にか私がしゃべり過ぎているということが多くて・・・」

「ははは。修行どころだね!」

「思った以上に良い修行になります。(笑)」

「たくさん話してもらえれば、今まで知らなかった彼らのプライベートや仕事への想いも見えてくるから、できるだけ聞き役に回るべきだよね」

「重々承知しているつもりなんですけどねぇ。でも、山田さんや善久とは、意外とじっくり話したことがなかったので、すごく貴重な時間になっています」

「それは山田君や善久君にとっても同じだよ」

「そうだと嬉しいですけどね」

「ぜひ、話を引き出して、聞き役に徹するという鍛錬を積んで欲しいね」

「はい。だいたい、こっちが話し出すといつしか説教になるか、昔の自慢話になります。そうなると、彼らも自然と耳をふさぎ、口を閉ざしてしまいます」

「よくわかっているじゃない」

「わかっちゃいるけどやめられない、ってところです」

「自分の課題に気づいたということは、もうその課題は解決されたようなものだ、という考え方がある。一方で、分かっていてもやめられないということは、本当はわかっていないのだ、という考え方もある」

「この件に関しては、後者を採ります」

「さすがだ!!」

「今日も18:30から本田君と面談なので、そろそろ失礼します」

「鍛錬だよ!!」


ひとりごと

小生も真似事ながら、1on1に取り組んでいます。

メンバー4人に対し、毎週一回、30分以内、テーマはメンバーが決めるというルールで開催しています。

最近は、社長からの要望で、直接の部下ではない4名の若手社員さんとも月一回の1on1を行うようになりました。

やはり、課題は神坂課長と同じです。

いかに聞き役に徹することができるか!

まさに、修行どころです。


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第2116日 「平凡」 と 「貴重」 についての一考察

今日のことば

【原文】
物遽(にわか)に視て以て奇と為す者、其の実皆未だ必ずしも奇ならず。視て尋常と為す者、卻って大いに奇なる者有り。察せざる可けんや。〔『言志耋録』第190条〕

【意訳】
物事には一見すると珍奇にみえることがあるが、実はそれらがすべて必ずしも珍奇だとは限らない。また見たところ平凡に見えるものが、かえって大変に珍奇である場合もある。よく観察することが重要である

【一日一斎物語的解釈】
物の価値はぱっと見では判断を誤ることもある。平凡に見えるものの中にこそ価値がある場合も多い。


今日のストーリー

営業2課の山田さんが善久君の相談に乗っているようです。

「神坂さん、2課の相談役は山田さんですね」

大累課長が神坂課長課長に話しかけています。

「そうなんだよ、課長はお呼びでないようだ」

「寂しいですか?」

「正直に言えばな。でも、山田さんは俺と違って話が聞ける。本田君に聞いたけど、あまりアドバイスはしないそうだ。ただ、うなずきながら話を聞いてくれるんだそうだ」

「それが一番ありがたいのかも知れないですね」

「うん。俺はどうしてもアドバイスしたくなるからな」

「そのうちに、それが説教へと発展し・・・」

「そうなんだよな。っていうか、お前もそうだろ!!」

「ご指摘のとおりです。(笑)」

「しかし、ウチの課にとっては山田さんの存在は貴重だよ。あの人は営業成績はイマイチではあるけど、経験は豊富だし、ああやってみんなの話を聞いてくれる」

「そうですね。ぱっと見はちょっと冴えない感じもありますが、とても貴重な戦力なんですね」

「そうなんだよ。山田さんは、メンバーから受けた相談はすべて俺に報告してくれるんだよ。情報を独り占めするようなことは絶対にしないから、安心して相談役を任せられるんだよな」

「羨ましい。ウチの課にはそういう人はいませんねぇ」

「わからないぞ。俺も最初は山田さんのそういう長所を見抜けなかった。実は、佐藤部長からそれを指摘されて、はじめて気がついたんだよ」

「なるほど。じゃあ、俺も真剣にメンバーを観察してみれば、意外な長所を見つけられるかも知れませんね」

「間違いなく見つかるよ。俺はそういう視点でメンバーを見直してみて、すべてのメンバーに今まで俺自身が気づいていなかった長所があることを発見したんだ」

「へぇー、そうなんですねぇ」

「何事も平凡に見えるものの中に意外と価値があるのかも知れないな」

「逆に、一見するとものすごい価値があるように見えて、実はそれほどでもないというものも多いですよね」

「まったくだな。そういう意味でも本物を見抜く眼を養わないといけないよな」

「営業マンというのは、他の職種に比べれば、たくさんの人に会い、人を判断する場面も多いわけですから、いくらでも鍛錬はできそうですね」

「お互いに、まだまだ成長の余地はありそうだな!」


ひとりごと

ホンモノというのは、見かけは平凡に見えるものなのかも知れません。

ニセモノは自分がニセモノであることをわかっているがゆえに、外見を飾り、言葉を飾るのでしょう。

これはホンモノ、ニセモノということではないですが、小生の趣味である仏像観察においても、思い当たることがあります。

まだ修行の途上にある菩薩の仏像は、外見を装飾品で着飾っていますが、悟りをひらいた如来の仏像は、とてもシンプルな衣服を身に纏うだけなのです。

人を見抜くという点だけでなく、自分の行動面の反省にも、この章句は重要な示唆を与えてくれます。


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第2115日 「読書」 と 「経験」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人事を経歴するは、即ち是れ活書を読むなり。故に没字の老農も亦或いは自得の処有り。「先民言う有り、蒭蕘(すうじょう)に詢(はか)れ、と」、と。読書人之を軽蔑することを休(や)めよ。〔『言志耋録』第189条〕

【意訳】
人生において様々な経験を積むことは、活きた書物を読むようなものである。したがって文字が読めない老いた農夫も、もしかするとそれなりに道を体得しているかも知れない。『詩経』大雅に「先民言う有り、蒭蕘に詢れ(昔の賢人は、草刈りやきこりのような者にも意見を聞けといっている)」、とある。読書をする知識人は体験を軽視してはならない

【一日一斎物語的解釈】
書物から学ぶことも大事であるが、経験から学ぶことも忘れてはならない。


今日のストーリー

営業部特販課の大累課長が、雑賀さんと同行しているようです。

「雑賀は相変わらず本を読んでいるんだな。車の中にも本が散乱しているもんな」

「散乱って、人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。いつでも本が手に取れるように、いろいろな場所に置いてあるんですよ!」

「物は言いようだな。しかし、助手席の下に本を置いておく必要があるか?」

「げっ。それは・・・」

「最近は神坂さんも新美もかなり本を読んでいるし、置いてかれそうだな」

「本を読まない営業マンは淘汰されますよ。先人の智慧というのは、やっぱり真理が多く含まれていますからねぇ」

「じゃあ、俺は淘汰される営業マンってことか?」

「間違いないです!」

「うるせぇよ!!」

「その辺に落ちている本で良ければ貸してあげますよ」

「なんで、そんなに上から目線なんだよ。それに今、『落ちている』って言ったよな?」

「え、言いましたっけ?」

「なぁ、雑賀。もちろん読書は大事だと思う。しかし、実践から得た知識というのも馬鹿にしてはいけないぞ」

「そうですか?」

「俺がもう20年近く学んでいる合気道の師匠は、今年82歳で、すでに50年以上合気道と向き合ってきた人なんだ。その人が言うには、ひとつの道を究めれば、天地の声が聞こえるようになるらしいぞ」

「本当かなぁ?」

「そうやって、道を究めた人を疑うようでは、読書量が足りてないんじゃないか?」

「本を読まない課長に言われたくないですよ!」

「そういえば、佐藤部長も言ってたぞ。昔の賢者というのは、木こりや漁師のような低い身分の人からも話を聞いて学んでいたってな」

「・・・」

「お前は俺を本を読まないからってバカにするけど、営業の経験から得た人を見る眼や相手のモチベーションを上げる話術なんかは、それなりに真理に即していると思うんだけどなぁ」

「たしかにそうですね。昔のことばに、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』っていうのがあるんですけど、本当に立派な人は経験からも歴史からも学ばないとダメかも知れませんね」

「そうだな。よし、俺はしっかり読書をしよう! お前は、経験を積んだ人のことばからも学ぶといい。そうすれば、俺たち二人とも賢者の末席に仲間入りできるかもな」

「いいですね!!」

「ところで、雑賀」

「なんですか?」

「このダッシュボードの奥にあるのは・・・」

「あ、それは!!」

「今どき懐かしいベタなエロ本じゃないのか?」

「・・・」


ひとりごと

本を読む人は、時に本を読まない人を軽蔑します。

しかし、二宮尊徳翁が「書かざる経を読む」と言っているように、文字にならない教えも大切です。

人はそれを経験と呼ぶのかも知れません。

読書と実践による経験、この2つがなければ、真の成長はないということでしょう。


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第2114日 「争い」 と 「思いやり」 についての一考察

今日のことば

【原文】
妄念起る時、宜しく忠の字を以て之に克つべし。争心起る時、宜しく恕の字を以て之に克つべし。〔『言志耋録』第188条〕

意訳
煩悩によって迷いが生じたときには、忠の字を思い出して、自分自身に打ち克つべきである。人と争う気持ちが生じたときは、恕の字を思い出して、その気もちに打ち克たねばならない

一日一斎物語的解釈
迷いが生じたときこそ、目の前のやるべき事に全力を傾けるべき(忠)である。また、他人と争う気持ちが生じたときは、自分の心と同じように相手の心に接すること(恕)を意識すべきだ。


今日のストーリー

営業2課の石崎君と梅田君が居室で取っ組み合いの喧嘩をしているようです。

「お前ら! ここは、子供の遊び場じゃねぇんだぞ!!」
神坂課長が仲裁に入ったようです。

「だって、こいつ後輩の癖に生意気なんですよ!」

「石崎さんこそ、俺が真面目に質問しているのに、全然真剣に聞いてくれなかったじゃないですか!」

「俺だって忙しいときには、少しくらい機嫌が悪くなることだってあるんだよ!!」

「でも、『うるせぇな』っていう言葉は酷すぎませんか!」

「なるほどな。ということは、お前たちは互いに相手が100%悪いと思ってるんだな?」

「100%と言われると・・・」

「なんだよ、梅田。一気にトーンダウンか? 石崎はどうなんだよ?」

「私も梅ちゃんが100%悪いとまでは思っていません」

「じゃあ、何%だよ?」

「何%とか言われても、数字で言うのは難しいですよ!」

「よしわかった。とりあえず、喫茶コーナーに行こう」

神坂課長は二人に缶コーヒーを手渡して、話し始めたようです。

「まず、お互いに相手の立場だったら、同じ行動をとったかどうか考えてみろよ。石崎は、もし自分が先輩に質問をしたときに冷たくされたらどう思う?」

「それはムカつきます」

「梅田は、もし自分が忙しい時に、後輩からしつこく質問されたらどう思う?」

「それは・・・、後にして欲しいなって思います」

「石崎がどれくらい忙しかったからは知らないが、普段ならそういう態度は取らないんじゃないか?」

「は、はい。いつもは優しく教えてくれます」

「石崎、梅田はいつもしつこく質問してくるか?」

「いえ、そんなことはないです。神坂課長みたいに、しつこくはないです」

「なんだとこのガキ!」

「ははは」

2人はようやく笑顔になったようです。

「イラっとしたときは、まず相手の状況をよく観察して、相手の立場になって考えてみるんだな。自分ならどうして欲しいかをよく考えろってことだ」

「・・・」

「それが思いやりってもんだ。難しい言葉を使うなら、『恕』というやつだ」

「石崎さん、すみませんでした。忙しいとわかっていながらしつこく聞いてしまって」

「いや、梅ちゃん。こっちこそゴメンね。どうしても今日中に調べておきたかったんだよな。それなのに冷たくしてしまって・・・」

「ここは、青春ドラマみたいでクサいけど、お互いに握手でもして和解しろ」

二人は素直に握手を交わしたようです。

「課長?」

「なんだよ?」

「課長は昔、よく大累課長と殴り合いの喧嘩をしたと聞きました。そのときも、相手の気持ちを思いやったのですか?」

「梅ちゃん、そんなわけないじゃん。神坂課長と大累課長が喧嘩したら、誰も止められなかったらしいよ。だから、みんな敢て無視したんだって」

「石崎、それ、誰から聞いたんだよ?」

「清水さんです」

「あの野郎、余計なこと話しやがって!!」


ひとりごと

喧嘩をしている時というのは、「相手が悪い。だから、相手が変わるべきだ。自分は悪くないんだから、変わる必要はない」と考えがちです。

ところが、矢印を自分に向けて、自分にも良くない点があったことに気づき、自分からその点を詫びると、相手も必ず自分の非を認めてくれるものです。

他人を変えたかったら、まず自分が変われということでしょうか?

そのとき、恕という考え方が非常に重要になってくるのでしょうね。


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第2113日 「忠」 と 「恕」 についての一考察

今日のことば

【原文】
忠の字は宜しく己に責むべし。諸を人に責むること勿れ。恕の字は宜しく人に施すべし。諸を己に施すこと勿れ。〔『言志耋録』第187条〕

【意訳】
「忠」という文字は、己の誠を尽くすという意味で、これは自分を振り返るための言葉であり、他人に強要する言葉ではない。「恕」という文字は、己の心のごとく他人に接するという意味で、これは人に施すべきで、自分に対することをいう言葉ではない

【一日一斎物語的解釈】
忠とは、自分が今為すべきことをやり遂げることであり、恕とは、自分に対するかのように他人に接することを言う。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「昨日、本を読んでいて驚いたのですが、『忠』という言葉の意味は、自分のやるべきことをやり遂げることなんですね」

「元々の意味はそういうことなんだよ。我々は忠犬ハチ公のイメージがあるのか、『忠』というと主人のいうことに素直に従うことだと思っている人が多いよね」

「まさに私がそうでした!」

「たとえば、武士は主君のために命を懸ける。それは武士の使命が、天皇を護衛することにあるからなんだ。だから、命を懸けて守ることが、彼らのやるべきことだったんだ」

「それを忠誠心と言ったのですね?」

「うん」

「ということは、我々営業マンは、お客様のお役に立つことが忠だと言えますね?」

「そういう解釈で正しいと思うよ」

「『恕』というのは、思いやりというような意味だと弱いんですか?」

「一般的にはそういう解釈でいいと思うけど、本来の意味は、自分と他人を分けて考えないということなんだ。自分の心のように他人の心に接する、というような意味だね」

「相手が他人だと思うのと、自分自身だと思うのでは、対応も変わってくるでしょうねぇ。でも、それはなかなか難しいですよね」

「そうだね」

「まず、カミさんですよ。子どもを愛するようには、愛せないですからね」

「だからこそ、まずは夫婦の関係を通して、恕を学べるんじゃないの?」

「あ、そうかもしれません。(笑)」

「森信三先生は、とても厳しいことを言っているよ。『他人の気持ちがわからないというのは、その人のおめでたさを語る何よりの証拠だ』とね」

「どういうことですか?」

「本当に偉い人というのは、現在自分が感じている苦しみは自分ひとりのものではなくて、世の中の多くの人も同じように経験しているということを深く知っているものだと言っている。つまり、人の心の痛みを自分の心の痛みに置き換えることができるんだろうね」

「それが『恕』ということですね」

「うん」

「深いですねぇ。『忠』も『恕』も簡単に使える言葉ではなさそうですね」

「だからこそ曽子は、『孔子の一生を貫く道は忠恕のみだ』と言ったんだろうね」

「孔子が一生をかけて貫こうとしたものですから、当然深い訳ですね。私は、お客様に対する忠も、メンバーに対する恕もまだまだ中途半端なことがよくわかりました!」

「奥様に対する恕もね!!」


ひとりごと

皆さんは、忠と恕の本当の(本来の)意味をご存知でしたでしょうか?

小生は、『論語』を学ぶ過程でこれを知り、大変驚きました。

それぞれに本当に深い意味を有した言葉だったのです。

だからこそ、孔子は「一もってこれを貫く」といい、曽子はその「一」とは「忠恕」だと看破したのでしょう。


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第2112日 「価値観」 と 「化学変化」 についての一考察

今日のことば

【原文】
凡そ人は同を喜んで異を喜ばず。余は異を好んで同を好まず。何ぞや。同異は相背くが如しと雖も、而も其の相資する者は、必ず相背く者に在り。仮(たと)えば水火の如し。水は物を生じ火は物を滅す。水、物を生ぜざれば、則ち火も亦之を滅する能わず。火、物を滅せざれば、則ち水も亦之を生ずる能わず。故に水火相逮(およ)んで、而る後に万物の生生窮り無きなり。此の理知らざる可からず。〔『言志耋録』第186条〕

【意訳】
だいたい人は価値観が同じ人との交際を喜んで、異なる人を喜ばない。しかし、私は価値観が異なる人との交際を好み、同じタイプの人を好まない。どうしてだろうか? 異なるということは一見相反することのようで、実は互いに得るところが大きい人というのは、必ずといっていいほど価値観の異なる人なのだ。たとえば水と火である。水は万物を生み、火は万物を滅却する。水が物を生じなければ、火は物を滅却できない。また、火が物を滅却しなければ、水はあらたに物を生じることができない。そのように、お互いに影響を与え合うからこそ、万物の生成に窮まりがないのである。この道理をよく理解しておかねばならない

【一日一斎物語的解釈】
価値観の同じ人とばかり付き合っていては、得るものも少ない。価値観の違う者同士が交わるところに化学変化が生まれ、新たなものが生まれるのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業1課の清水さんに呼び出されたようです。

「どうした、お前が外に呼び出すなんて珍しいな」

「まあ、とりあえず」

清水さんは、神坂課長のグラスにビールを注いでいます。

「おー、悪いな」

「おっさん、俺はどうやったら新美に理解してもらえるんだ?」

「どういうことだ?」

「俺なりにあいつを課長として立てて、1課をサポートしたいとは思っているんだ。だが、あいつは俺にあまりそういうことを望んでいない気がする」

「そうかな? 新美なりの配慮なんだと思うぞ。部下とはいえ、先輩であるお前に、ナンバー2のようなことをさせるのは申し訳ないと思っているだけだろう」

「そうなのかな?」

「新美と腹を割って話したのか?」

「いや」

「まず、そこからだろう」

「だけど、あいつと俺はあまりにもいろいろな価値観が違いすぎる。話をしても分かり合えるとは思えないんだよ」

「清水、価値観の同じ人間とばかりつるんで何が面白い?」

「え?」

「価値観の違う人間と意見をぶつけ合うからこそ、そこに化学変化が起きて、新しい思考ややり方が生まれるんじゃないのか?」

「・・・」

「清水、俺ではなく、新美を飲みに誘えよ」

「そうだな。おっさんとは価値観が近いから何でもわかってもらえるという安心感があって、つい声をかけてしまうんだよ。悪かったな」

「気にするな。後輩から声をかけてもらうのは嬉しいことだ。こう見えて俺も孤独でよ。後輩で声をかけてくれるのはお前くらいだったりするんだぜ」

「ははは。リーダーは孤独なんだな。あっ」

「そう。つまり、新美も孤独なんだよ」

「おっさん、いつも悪いな。今日は俺の奢りでいいよな?」

「最初からそのつもりですけど」

「OK。新美と話したら、また誘っていいか?」

「愚痴じゃないならな!」


ひとりごと

価値観の違う人と分かり合うのは難しいことです。

しかし、腹を割って話してみると、自分にはない考え方があることを知ることができます。

そして、お互いが無いものを補完し合う形で化学変化が生じ、新たな思考や戦略が生み出されることもあります。

積極的に化学変化を起こせる人間になりませんか?


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第2111日 「度量」 と 「工夫」 についての一考察

今日のことば

【原文】
生徒、詩文を作り、朋友に示して正を索(もと)むる、只だ改竄の多からざるを怕(おそ)る。人事に至りては、則ち人の規正を喜ばず。何ぞ其れ大小の不倫爾(しか)るや。「子路は告ぐるに、過ち有るを以てすれば則ち喜ぶ」とは、信(まこと)に是れ百世の師なり。〔『言志耋録』第185条〕

【意訳】
生徒が詩や文章を作り、学友に添削を求める場合には、ただ字句を多く修正されることを不安に思うものだ。ところが人間に関わる事柄となると、それを戒め正すことを喜ばないのは、なんとも辻褄が合わない話ではないか。『孟子』には「「子路は告ぐるに、過ち有るを以てすれば則ち喜ぶ」とあるが、これはまさに三千年にわたって人の手本とすべきことではないか

【一日一斎物語的解釈】
自分の作品を添削してもらうことには、一定の理解を示すのに、自分の人格について改善を求められると理解できないのが凡人の性である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんが主査する『論語』の読書会に参加しているようです。

「あぁ、そういうことなんですね。じゃあ、私の考え方が違っていたんだなぁ」

「ははは」

「サイさん、何がおかしいんですか?!」

「神坂君が自分の意見をそんなにアッサリ撤回するなんて、仕事の場面じゃそうそう見れないよね」

「勘弁してくださいよ。私だって少しは成長しているんですよ。あの頃の私とはもう別人です」

参加者一同、爆笑しています。

「若い頃の神坂君は、自分の性格や考え方を訂正されると素直に聴き入れられない感じだったよね?」

「はい、それは認めます」

「でも、一般の人は多かれ少なかれそういう面はあるよね」

「サイさんにそう言ってもらえると、救われます」

「その点、子路という弟子は凄いんだよ」

「あのイケイケキャラの子路ですか?」

「そう。彼は、人から自分のあやまちを指摘されると素直に喜んだというんだ」

「マジですか? あいつにそんな懐の広さがあったとは・・・」

またも一同爆笑です。

「いやー、結構私に似てるキャラだなと思って親近感を抱いていたのですが、一気に遠くに行ってしまいました」

「ははは。でも、神坂君も少しずつそういうキャラに近づいているんじゃないかな?」

「そうだと嬉しいですけどね」

「結局、受け取る側の度量も大きいんだけど、やはり伝える側の工夫も必要だよね」

「そうなんですよ。特に今の若い奴には、ストレートに、『それはダメだ』なんて言うと、一瞬にしてうなだれてしまいますからね」

参加者の皆さんがうなずいています。

「まず、最初に成長していることを認めてあげた上で、指摘すべき点を指摘する、というステップが大事だよね」

「まさにそうです! あ、ということはですよ! 私が若かりし頃の上司たちは、配慮が足りなかったのかも知れませんよ!!」


ひとりごと

他人の性格について、改善を促すのはとても難しいことですね。

伝え方を間違えると、相手は傷つくか、あるいは反抗的な態度を示すものです。

自分が指摘を受けるときは素直に受け容れ、相手に指摘するときには十分に配慮する。

そうした意識が重要なのでしょう!


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第2110日 「我に同じき者」 と 「我に同じからざる者」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人我に同じき者あらば、与(とも)に交る可し。而も其の益を受くること太だ多からず。我れに同じからざる者あらば、又与に交る可し。而も其の益は則ち尠(すくな)きに匪(あら)ず。「他山の石、似て玉を磨く可し」とは、即ち是なり。〔『言志耋録』第184条〕

意訳
自分と同じ趣味嗜好の人がいれば、交際するとよい。しかしその交際から得るものはそれほど多くはない。自分と趣味嗜好が異なる人がいれば、やはりお付き合いをすべきである。その交際から得るものは決して少なくない。『詩経』にある有名なことば「他山の石、似て玉を磨く可し(他山の石のようなものでも、自分の玉(人格・知徳)を磨く助けともなる)」とは、それを言うのである

一日一斎物語的解釈
自分と性格や趣味の違う人と付き合う方が、人間として得るべきものは多い。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の梅田君と同行中のようです。

「午後に面会するME(臨床工学技士)の風張さんは、私とキャラが正反対なので、いつもうまくかみ合わないんです」

「ははは。それは楽しそうだ。そのボタンの掛け違いをとくと拝見させてもらうよ」

「えー、フォローしてくださいよ!」

「もちろん、ヤバくなったらな。それまでは高みの見物を決め込むかな」

「気が重くて、食事も喉を通らないですよ」

「嘘つけ! 食事が喉を通らない奴が牛丼特盛をつゆだくで頼むわけないだろ!!」

「普段はメガ盛ですよ!」

「知るか!!」

「はぁー」

「でもな、梅田。自分と性格や趣味が合わない奴とは友達にならないだろ?」

「もちろんです! 風張さんとは絶対友達になれません」

「うん。ただ、実は趣味や性格が真逆の人と付き合うと意外と多くの気づきがあるんだよ。友達にはなれないんだから、せめて仕事ではそういう人と積極的に付き合って、自分を磨くのも悪くないぞ」

「課長もそういう苦手な人っていましたか?」

「俺もお前と同じく、チャラいキャラだったからな。真面目で寡黙な人は大の苦手さ」

「風張さんは、まさにそのタイプです」

「そういう人は、自分とは違う視点とか切り口で物事を見ていたりするんだよ。だから、『ああ、そういう考え方もあるのか』と気づかされることもある」

「課長は大人ですねぇ」

「そういうの上から目線って言うんだぞ。そういうことを言うと、風張さんは怒るだろうな」

「あ、そうなんです。私が何か言うと、冷たく、『そういうことじゃないです』とか言われます」

「ははは。益々楽しみになってきた。しかし、やっぱり40を超えたおっさんにメガ盛は無理だった・・・」

「だから言ったじゃないですか。凄い量ですよって」

「お前と俺は、キャラは似てるかも知れないが、胃袋の大きさはだいぶ違うみたいだな。勉強になったよ・・・」


ひとりごと

性格が正反対だったり、趣味や思考回路の違う人と友達になるのは難しいことです。

しかし、仕事であれば、お付き合いせざるを得ないときもあります。

そして、そういうお付き合いからは意外と多くの学びを得ることができるのも事実です。

要するに、学ぶ側の心次第ということでしょうが。


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