一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2021年08月

第2373日 「五感」 と 「悪事」 についての一考察

今日のことば

原文】
性の善を知らんと欲せば、須らく先ず悪を為すの由る所を究むべし。人の悪を為すは、果たして何の為ぞ。耳目鼻口(じもくびこう)四肢の為に非ずや。耳目有りて而る後に声色に溺れ、鼻口有りて而る後に臭味に耽り、四肢有りて而る後に安逸を縦(ほしいまま)にす。皆悪の由りて起る所なり。設(も)し軀殻をして耳目鼻口を去り、打して一塊の血肉と倣(な)さしめば、則ち此の人果して何の悪を為す所あらんや。又性をして軀殻より脱せしめば、則ち此の性果たして悪を為すの想有りや否や。蓋ぞ試みに一たび之を思わざる。〔『言志録』第107条〕

【意訳】
人は本来善であることを知ろうとするなら、まず悪をなす理由を究めるべきだ。人が悪をなすのは何故か。耳目鼻口や手足の為ではないか。耳目は音楽や色気に、鼻口は芳香や美味にとらわれ、手足は安楽を求める。皆悪の原因となるものである。もし耳目鼻口を去り、血肉のかたまりとなせば、この人はいかなる悪をなすだろうか。又本性を体から抜き取れば、この本性はいかなる悪をなすことを考えるであろうか。物は試しでこれを考えてみよう。

【一日一斎物語的解釈】
人が悪をなすのは、耳鼻口や手足でいわゆる五感を感じる為ではなかろうか。五感で快楽を感じることが悪の原因となるものである。もし五感から快楽を得ることができなければ、人は悪をなすこともないであろう。又天性の心を体から抜き取れば、この心は果たして悪をなすことを考えるであろうか。それを考えることも無意味ではないであろう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「Tメディカルで、横領事件が起きたみたいですね」

「今朝の新聞に出ていたね。総額五千万円とは、また随分派手にやったね」

「村木さんは、私も何度か話をしたことがあります。やりかねない目つきはしていた気もしますけどね」

「こういう出来事は心が痛むね」

「高級デリバリーヘルスに金をつぎ込んでいたみたいです。あの人は奥さんを5年前に亡くしていて、娘さんはまだ中学生くらいのはずです」

「情けないねぇ」

「人間というのは、生まれながらに善だと言いますけど、こういう出来事を聞くと本当にそうなのかな?と思ってしまいます」

「一斎先生の考え方は、やはり心は生まれながらに善だと捉えている。ただし、目耳鼻口手といったものが感じるもの、つまり五感が快楽を求めることで悪事が生まれると見ているんだ」

「たしかに、汚いものを見るよりは奇麗なものを見たいし、嫌な臭いを嗅ぐよりは、いい匂いを嗅ぎたいですね」

「そうした五感の快楽をいかに節制するかが、重要だということだろうね」

「心そのものと五感とは別のものだと考えているのか」

「うん。だから人間に手や足や目や鼻がない肉の塊ならば、悪事を犯すことはないだろうとも言っている」

「それはそうでしょうけど・・・」

「実際には手も足も目も鼻もあるからね。五感の快楽に打ち克つ心を磨くしかないということだね」

「五感に打ち克つ心か。たしかに、心は善かも知れないけど、優柔不断なのかも知れません。すぐに五感の誘惑を許してしまうような」

「お酒の誘惑とかね!」

「私の場合はさらにギャンブルも!」

「私はお酒を飲んでも飲まれない飲み方をすることで、心を鍛えているつもりなんだ。孔子もお酒は大好きだったけど、乱れることはなかったと『論語』にあるしね。もちろん、屁理屈なのはわかっているけど。(笑)」

「なるほど、じゃあ私もギャンブルをしつつも身を滅ぼさないことで、心を鍛えてると思えばいいのか!」

「あくまで屁理屈だよ」

「その屁理屈、とても気に入りました!!」


ひとりごと

この一斎先生の節には、賛否両論がありそうです。

しかし、心そのものは善であるが、五感がそれを邪魔立てするというのは、とても面白い考え方だなと思います。

五感を楽しませつつも、行き過ぎないように見張る心を鍛える。

これが修養の目的なのかもしれませんね。


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第2372日 「閑」 と 「忙」 についての一考察

今日のことば

原文】
凡そ年間の人事万端、算え来れば十中の七は無用なり。但だ人平世に処(お)り、心寄する所無ければ、則ち間居して不善を為すことも亦少なからず、今貴賤男女を連ね、率(おおむ)ね無用に纏綿(てんめん)駆役せられて、以て日を渉れば、則ち念(おも)い不善に及ぶ者、或いは少なし。此も亦其の用ある処。蓋し治安の世界には然らざるを得ざるも、亦理勢なり。〔『言志録』第106条〕

【意訳】
およそ一年間に行うことを数えてみれば、その七割は無駄なことをしている。しかし人は争いの無い平和な世の中にいて、心を奪われることがなく、暇を持て余すと悪いことをしてしまうものだ。身分の高下、男女に関係なく、みな無用なことに関わり、働かされて日々を過ごすと、悪いことを考えることも少なかろう。これも無用の用であって、平和な世界ではこれもまた自然の法則なのであろう。

一日一斎物語的解釈
人間の活動のうち七割程度は無駄なことをしているものだ。仕事もその例外ではない。ただし、凡人は心と体に余裕があり過ぎるとかえって良くないことを考えるので、ただひたすら目の前の仕事に忙殺されて日々を過ごす方が、悪いことをする暇もなくてよい。これも無用の用であって、ビジネスにおいても自然の法則として適用できるであろう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、O社の東さんと病院近くの喫茶店にいるようです。

「東さん、お盆は帰省するんですか?」

「実家が熊本なので、規制もないし、親に孫の顔を見せに帰ろうかと思っています」

「それがいいですよ。ご両親はワクチン接種終えているんでしょ?」

「ええ、2回目を打ち終えています」

「それなら行った方がいいですよ。ウチは、関東なので今年もやめましたけどね」

「そうですか。関東はまた増えていますもんね」

「そうなんですよ。しかし、帰省してもどこかに出掛けるというわけにはいかないでしょうね」

「暇なお盆になりそうです。ちょうどオリンピックも終わってしまいましたしね」

「たしかに」

「私が新卒の年は、バブル絶頂期だったので、夏季休暇が16日あったんですよ」

「え、16日ですか!!」

「それ以外に土日は普通に休みでしたから、8月は出社日より休日の方が多かったですからね。(笑)」

「凄いなぁ、想像の範囲を超えていますよ!」

「でもね、神坂さん。新人なんてお金もないし、それだけ暇があってもやることがないんですよ」

「私なら会社に行きたくなくなりますね」

「私もそうでした。入社して4カ月半程度で2週間以上も休むと気分は学生に逆戻りですよ」

「でしょうね。きっとそれだけ休みがあったら、私なんかロクなことをしないですよ。たぶん、ギャンブル三昧!」

「いや、私も似たようなものでした。その期間にパチンコを覚えてしまいました。(笑)」

「ははは。なんか、親近感が湧くなぁ。人間、暇だとロクなことを考えないものですよね。仕事に忙殺されている時の方が実は充実していたりするものです」

「おっしゃるとおりですね。そういう意味では今の若い人は、残業も減っているし、アフター5をどう活用するかが重要になりますね」

「そう思うんです。そこで遊びまくってしまったら、後々後悔することになりそうでね。私の場合は、もし暇だったら絶対遊び呆けていたはずなので、忙しくて良かったですよ、(笑)

「そうしたら今も課長さんじゃなかったかも?」

「間違いないですね。たぶん係長にすらなれていたかどうか・・・」 


ひとりごと

皆さんは暇の辛さを経験したことはありますか?

小生は、新卒から3年ほど、そんな状況が続きました。

おまけに入社一年目はバブル絶頂期でしたので、夏季休暇も16日もあり何をしていいやら。

そんなときに競馬を覚えてしまいました・・・。

一斎先生のおっしゃるとおりですね。


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第2371日 「無用」 と 「用」 についての一考察

今日のことば

原文】
天下の事物、理勢の然らざるを得ざる者有り。学人或いは輒(すなわ)ち人事を斥けて、目するに無用を以てす。殊に知らず、天下無用の物無ければ、則ち亦無用の事無きことを。其の斥けて以て無用と為す者は、安(いずくん)ぞ其の大いに有用の者たらざるを知らんや。若し輒ち一概に無用を以て之を目すれば、則ち天の万物を生ずる、一に何ぞ無用の多き。材に中(あた)らざるの草木有り。食う可からざるの禽獣虫魚有り。天果たして何の用有りて之を生ずる。殆ど情量の及ぶ所に非ず。易に曰く、「其の須(ひげ)をかざる」と。須(ひげ)も亦将(は)た何の用ぞ。〔『言志録』第105条〕

【意訳】
万物は皆、自然の法則に逆らうことはできない。学問をする人は、人の行いを無用なものと見るが、無用の用を知らないだけだ。無用のものが実は大いに役に立っていることを知らないのだ。もし一見して無用だと決めつけるなら、世の中にいかに無用のものが多いことか。建築に適さない草木、食に適さない生き物もある。天がいったい何のためにこれらを作ったのかは、吾々の考えの及ぶところではない。『易経』には、「あごひげをかざる」とある。そのひげも何の役に立つというのだ、と一斎先生は言います。

一日一斎物語的解釈
世の中のすべての物事は天地自然が生み出したものである。したがって、無用な物事などはひとつもないのだ。建築に適さない樹木や食用にならない生き物は人間の目から見て無用なだけであって、地球を保つためには必要なものであるはずだ。まして、無用な人材などはありえない。これも自分の好き嫌いで要不要を判断しているのに過ぎないのではないか。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、ご立腹の様です。

「M社の松原さんと話をしているとイライラするよな。昔の自慢話か部下の悪口しか言わないもんなぁ」

「私もあの人と話すのは苦手ですね。内容もそうですけど、話が長い!」

山田さんも同意しています。

「ははは。山田さんがそこまで言うなんて珍しいねぇ」

「あの人は気の長い私でもイラっとします」

「今日も偶然に病院のロビーで会ってしまってさ。先に見つけたら隠れるんだけど、向こうが先に俺を見つけてしまったんだよ」

「ご愁傷様です」

「案の定、部下の悪口ばかりだった。『ウチの社員は使えない奴ばかりだ。無能で不要な人材しかいないとか、そんな話のオンパレードだよ」

「想像しただけでも吐きそうです」

「うん、昼食前でよかったよ」

「だいたい、会社に不要な人材なんて居ませんよ。自分にとって損か得かでしか人を見れないから、そういう発言が出るんです」

「おー、今日の山田さんは熱いね」

「課長は、『無用の用』という言葉をご存知ですか?」

「以前にサイさんに聞いた気がするけど、全然覚えていない」

「一見すると無用に見えるものが、実は大いに役立っていることをいう言葉です。とくに人間は、自分たちにとって役に立つか否かという視点で物事を見る傾向がありますが、人間にとって役に立たなものでも、地球にとってはなくてはならないものが沢山あります」

「そういうことか。それと同じように、人材も会社に有用でない人材はないんだね?」

「はい、そう思います。結局、松原さんは人物をしっかり鑑定できる目を持っていないってことです」

「たしかにね。そういえば、M社の小寺君が言ってたな。松原さんが採用面接の面接官になってから、まともな人材が入ってこなくなった、とね」

「人だろうと物だろうと、それを見定めるための判断軸を持っておくべきですね。その軸は、損得ではなく善悪であることが重要ですが」

「そうだね。でもさぁ、あれを見てよ。あそこであくびしながら半分居眠りしている奴。あれは無用な人間に見えちゃうけどなぁ」

「いえ、石崎君も立派に戦力になってくれていますよ!!」


ひとりごと

世の中に無用のものなど本来は存在しないはずです。

しかし、狭い視野で、自分にとっての損得を基準にしてしまうと多くの物事が不要となるでしょう。

なるべく視野を広くし、無用の用を意識する生き方をしたいものです。

とくに、人材においては!!


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第2370日 「禅譲」 と 「世襲」 についての一考察

今日のことば

【原文】
夏后氏而来(じらい)人君皆子に伝う。是れ其の禄を世にするなり。人君既に自ら其の禄を世にして、而も人臣をして独り其の禄を世にするを得ざらしむる者は、斯れ亦自ら私するならざらんや。故に世禄の法は、天下の公なり。〔『言志録』第104条〕

【意訳】
禹がその業績を讃えられて舜から帝位を譲り受けて夏后氏(夏王朝の始祖)となって以来、君主はその帝位を世襲とした。これが禄を世に伝えた始めである。君主が世襲制度を敷いて、臣下には位を継承しないのは、帝位を私物化することになる。よって世襲の制度を敷くことは、天下の公事である。

一日一斎物語的解釈
トップが社長の座を世襲とし、血縁関係のない部下に譲ることがないのは危険である。社業を世襲制度によって維持していくためには、後継者である子息に帝王学を学ばせ、社長を任せることができるだけの人間力を身につけさせねばならない。無理をすれば、会社は傾くことになるであろう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、N大学医学部附属病院の倉庫脇にある休憩室でY社の菊池さんと雑談中のようです。

「神坂さん、やはりS医療器は売りに出ているようです」

「買い手も決まっているんだろう?」

「おそらくK医科だと思います。

「そうなの? 俺はてっきり御社かと思っていたよ」

「有能な社員さんはほぼ残りませんからね。ウチにはメリットがないですよ。K医科さんは、病院の口座が欲しいんだと思いますよ」

「なるほどね。やはりS医療器は、先代が急死したのが大きいね。ただ、人格者と言われた先代にしては、息子の教育は誤ったよなぁ」

「20歳以上若い後妻との間の子ですからね。甘やかしすぎてしまったんでしょう」

「後継者にはしっかりと帝王学を学ばせ、人間力を身につけさせてから社長の座を譲らないと会社は傾くんだ。そんな事例は枚挙に暇がないよ」

「そうですね。一旦、梶山専務に社長の座を渡すべきだったと思いますが、奥様が頑なに反対して息子を社長に据えたんでしたね」

「バカな女だよ、まったく!」

「そうはいっても、世襲制を敷く中小企業は多いですよね」

「せっかく自分で創った会社を身内に継がせたいという気持ちはわかるけどね。それならしっかりと教育をしないとな」

「そうですよねぇ」

「かつて中国の王朝も禅譲といって、有能な部下に帝位を継がせていたらしい。それがある時期から世襲制に変わったらしいんだ。その結果、中国では定期的に王朝の交代が起きているんだよ」

「へぇー、そうなんですか。でも、日本の皇室も世襲ですよね?」

「うん。ただ、やはり皇室は特別なんだろうな。鎌倉・室町・江戸幕府といった武家政治は15代まで続くのがやっとだというのに、皇室だけはいまの陛下で126代目だからな」

「どういう風に特別なんですか?」

「どんなことがあっても天皇は天皇という考え方が日本人のDNAの中にあるのかもな。なにせ、政権を握った平清盛や織田信長でさえ、天皇になろうとは思わなかったようだから」

「神坂さん、勉強していますね」

「まあな。菊池君も課長になるんだから、勉強しないとダメだぞ」

「別に社長になるわけではないので・・・」

「いや課長になれば課を任されるんだから、やはり帝王学や人間学は学ぶべきだよ!!」


ひとりごと

堯から舜へ、舜から禹へと中国の皇帝の位は禅譲されました。

禹も息子ではなく、別の部下に帝位を継がせたかったようですが、禹の死後、取り巻きによって息子が王位に就かされます。

そこから世襲が始まったのです。

世襲がいけないというわけではないですが、優秀な部下が居ながらその人に継がせないというのは、大きなリスクです。

それでも世襲を貫きたいなら、しっかりと教育をしなければなりません。


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第2369日 「規則」 と 「情」 についての一考察

今日のことば

原文】
征、十の一に止まれば、則ち井田なり。経界、慢ならざれば、則ち井田なり。深く耕し易(おさ)め耨(くさぎ)れば、則ち井田なり。百姓親睦(ひゃくせいしんぼく)すれば、則ち井田なり。何ぞ必ずしも方里九区に拘拘(くく)として、然る後に井田と為さんや。〔『言志録』第103条〕

【意訳】
税金が収穫の十分の一であれば井田法の原理にかなう。田地の境界がはっきりとしていれば、井田法にかなう。田地をよく耕し、除草されていれば井田法にかなう。人民が仲睦まじくしておれば、これも井田法の原理にかなっている。必ずしも井田法の区画(殷・周時代の田制。田を九等分して井の形とし、周囲を八軒に分ける)に厳密に拘る必要などない、と一斎先生は言います。

一日一斎物語的解釈
社員さんが力を尽くして仕事に取り組み、お互いの役割分担が明確であり、5S(整理・整頓・清潔・清掃・躾)が職場に浸透しており、さらに社員さん同士の関係が良好であるならば、必ずしも社則を厳密に適用することがマネジメントだとは言い切れない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチに出かけたようです。

「神坂さん、メンバーの残業のことなんですけど、申請内容をちゃんと確認してから承認していますか?」

「もちろん確認はするよ。でも、基本的には却下することはないな」

「そんなに緩くて大丈夫ですか?」

「だってどこまでが残業かなんてわからないじゃないか」

「たしかに残業の定義って難しいですよね。効率の悪いメンバーでも定時を超えたら残業としてカウントせざるを得ないというのはおかしいですよ」

「とにかく働き方改革関連法が中小企業にも適用されるようになって、いろいろ面倒になったな」

「中小企業の良さを発揮しづらくなりました」

「本来は時間で仕事を評価するべきじゃないよな。時間よりアウトプット、成果重視でいかないとなぁ」

「本当ですよ」

「だから、メンバーの申請は基本は承認することにしている。もちろん総残業時間は把握した上でだけどな」

「総務は厳密にやれと言ってきませんか?」

「言ってくるよ。でも、メンバーが一所懸命に仕事をして、みんなで役割を担って、仲よく協力してやってくれているなら、細かいことを言いたくないんだよ」

「ルールも大事ですが、あまり厳密に適用し過ぎると人間関係が維持できなくなるかも知れませんしね」

「理も大事だが、情も大事。情を失くしたマネージャーには、メンバーはついてきてくれないよな」

「そう思います。ただなぁ・・・」

「何だよ?」

「雑賀の場合は、相当怪しい申請がありましてね」

「架空残業か?」

「架空とまではいかないですけど、途中で飯を食いに行っている時間なんかもシレっと残業時間につけてきますから」

「ははは。あいつのそういうセコイところは直らないなぁ」

「上司としてお恥ずかしい限りです・・・」


ひとりごと

さすがに今回の章句は、ストーリーにしづらいので、超訳を適用させてもらいました。

組織のように複数の人間が集まる場においては、ルールは絶対に必要でしょう。

しかし、あまり厳密にルールに拘ると、情の部分が薄れて人間関係に亀裂が入る恐れもあります。

今後益々多様性を受け容れることが求めらえれるとすれば、このあたりのバランスはとても重要になってきそうですね。

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第2368日 「下」 と 「上」 についての一考察

今日のことば

原文】
諺に云わく、禍は下より起ると。余謂えらく、「是れ亡国の言なり。人主をして誤りて之を信ぜしむ可からず」と。凡そ禍は皆上よりして起る。其の下より出づる者と雖も、而も亦必ず致す所有り。成湯の誥に曰く、「爾、万方の罪有るは、予(われ)一人(じん)に在り」と。人主たる者は、正に此の言を監(かんが)みるべし。〔『言志録』第102条〕

【意訳】
昔からの言い伝えには、「禍は下から起きる」とある。私は思う、「これはすでに亡びた国の言葉であろう。君主に信じさせてはいけない」と。禍は皆上から起るものであり、下から起きたものがあれば、そこには必ずそうする理由があるものだ。殷の湯王のお告げに「あなたがたが罪を犯すのは、私ひとりの責任である」と。君主たる者は、是非ともこの言葉を拳拳服膺すべきである、と一斎先生は言います。

一日一斎物語的解釈
企業内で発生する問題の多くは、形としては下にいるメンバーが引き起こすものであるが、その原因はリーダーにある。リーダーは常に矢印を自分に向け、「メンバーが引き起こす問題の責任はすべて自分にある」と捉えるべきである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「ウチの梅田がまたやらかしましてね。口調が軽いので以前から注意はしていたんですけど、ドクターを怒らせてしまったようなんです」

「若気の至りだね」

「まぁ、そうなんですけどね。どうしてこうウチのメンバーは次々と問題を起こすのかなぁ。課長である私に気の休まる時がないですよ!」

「今の神坂君の発言は、矢印が相手に向いているね」

「あ!」

「国家や組織の崩壊をよく調査してみれば、ほとんどの場合、トップや上層部に問題があると言われているんだよ」

「・・・」

「かつて中国・殷王朝の湯王は、『部下や民衆が罪を犯したことは、すべて自分の責任である』と言い切っている。覚悟をもった本物のリーダーの言葉だと思わないかい?」

「おっしゃるとおりです」

「本当に神坂君には何も問題はなかったかな?」

「いや、たくさんあると思います。たとえば、私自身の言葉遣いにしてもそうです。決してメンバーのお手本になるような言葉遣いではないですから。そんな私が梅田を注意したところで、腹落ちさせるのは難しいでしょうね」

「そうだね」

「あー、いつも偉そうに『矢印を自分に向けろ』なんて言っていながら、いざとなると完全に矢印が他人に向いてしまう。私はまだまだダメですねぇ」

「そこに気づいてくれれば、あとは君のことだ。なんとかそのトラブルを解決して、梅田君にも腹落ちさせられるはずだ」

「ありがとうございます。それにしても、その殷の王様の言葉は、グッときますね」

「漢文の読む下し文でいうと、『爾、万方の罪有るは、予一人に在り』となる。私も常に心に留めてある言葉だよ」

「かつての部長を悩まして、その言葉を反芻させたのはきっと・・・」

「もちろん今私の目の前にいる人だね」

「自分で言うのもなんですが、かつての私に比べれば、梅田なんて可愛いものですね」

「おっしゃるとおりです!」


ひとりごと

組織の崩壊というものは、直接的には下からの謀反や裏切りが原因であったとしても、元を質せば上に立つ者に問題があったことが真の原因であった。

歴史を振り返ってみると、そうした事例は数多くあります。

上に立つ者は常に自分を律し、矢印を自分に向けていなければなりません。

そういう意味では、陰の湯王の言葉は、記憶しておいて損はない言葉だと思います。


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第2367日 「指導」 と 「ハラスメント」 についての一考察

今日のことば

【原文】
(ある)ひと疑う、成王・周公の三監を征せしは、社稷を重んじ人倫を軽んずるに非ずやと。余謂(おも)えらく、然らずと。三叔、武庚を助けて以て叛く。是は則ち文武に叛きしなり。成王・周公たる者、文武の為に其の罪を討せずして、故(ことさら)に之を緩して以て其の悪に党(くみ)せんや。即ち仍(な)お是れ人倫を重んぜしなり。〔『言志録』第101条〕

【意訳】
ある人は、成王と教育担当兼宰相の周公とが、三監を征伐したことは国家を人道よりも重視したのではないかと疑った。私はそうは思わない。成王の三人の叔父である三監が武庚を輔て謀反を起こしたことは、彼らの祖先である文王、武王の御霊に叛いたことになるのであるから、成王と周公がその悪を許さずに討伐したことは当然であって、これこそ人道を守ったことになるのだ。

一日一斎物語的解釈
会社(組織)を維持することよりも、人の道を大切にせよと前章では言ったが、それは社員を放任するということではない。もしルールに叛くような行為があった場合には厳重に処分することも必要であり、それが人の道を守ることになるのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新聞を読みながらブツブツ言っているようです。

「どうしたんですか?」

すかさず石崎君が声を掛けています。

「いや、この記事だよ。上場企業のA社で上司がパワハラで提訴され、それを苦に自殺したらしいんだ」

「自業自得じゃないですか?」

「まぁー、お前は部下目線で見るから、そういう意見になるんだろうな」

「課長は違うんですか?」

「うん、もちろんパワハラ認定されるくらいだから、やり過ぎはあったんだろう。だけど、そのきっかけをつくった部下の側にまったく非がないと言えるのかなぁ?」

「自殺するくらいだから、非を認めたということじゃないですか?」

「それが、遺書には抗議の内容が書き連ねてあったというんだよ」

「そうなんですか」

「この会社は大手だから、それなりに優秀な社員さんが入社するから仕方ないけど、ウチみたいな中小企業はお前みたいなロクなもんじゃないガキが入ってくるんだから、ある程度は厳しさを叩きこまなきゃ組織としてまとまらないんだよな」

「課長、お言葉ですが、課長のご出身大学より私の出身校の方がはるかに偏差値も高いんですけど」

「そういうのを目糞鼻糞を笑うって言うんだよ」

「でも偏差値で10違ったら、相当な差ですよ!」

「細かいことを言うな! とにかく、パワハラを恐れて厳しく指導できなくなったらこの国の繁栄も終焉が近いということだ」

「たしかに、やりたい放題にさせるのは駄目でしょうけどね」

「そうだよ。会社の規則に違反する行為があったり、モラルに欠けることがあったら、厳しい指導が必要だろう」

「上司も大変ですね」

「そこをわかってくれるか、少年よ」

「でも、パワハラって部下の側の度量の広さに依存している部分もありますよね」

「どういうことだよ?」

「神坂課長は幸せですよ。私みたいな心の広い部下がいるから良いようなものの、もっと心の狭い部下ならとっくに訴えられていますからね」

「やかましいわ!!」


ひとりごと

指導とハラスメントの境界線はあって無いようなものです。

受け取る側がどう受け取るかによって、どちらにもなり得るのが現実です。

しかし、明らかに以前よりも叱ることが難しい環境となってきました。

果たしてこれで我が国は、この先も繁栄を維持できるのでしょうか?

「パワハラ加害者のお前が言うな!」という声が聞こえてきそうです。(汗)


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第2366日 「情」 と 「義」 についての一考察

今日のことば

原文】
人君は社稷を以て重しと為す。而れども人倫は殊に社稷より重し。社稷は棄つ可く、人倫は棄つ可からず。〔『言志録』第100条〕

【意訳】
人君は国家を尊重しているが、人の守るべき道は、国家よりもとりわけ重要である。国家は棄てることがあっても、人道は棄てることはできない。

【一日一斎物語的解釈】
リーダーは組織を重視するが、人の履み行うべき正しい道は組織よりも重要である。組織は棄てることもできるが、正しい道はいつも守らなければならない。

*社稷(しゃしょく):元々は社(土地神を祭る祭壇)と稷(穀物の神を祭る祭壇)の総称。どちらも国家にとっても重きを置いたものであったため、いつしか国家そのものを指すようになった。人の本性は万人同一で、気質が人々異なっている。気質が人々異なるから、教育が必要となるわけである。本性が同じであるから、教育の成果をあげ得るわけである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「部長、『言志四録』を読んでいて、気になった章句があったんですよ」

「ほぉ、どんな言葉かな?」

トップは国家を尊重しているが、人の守るべき道は、国家よりも重要である。国家は棄てることがあっても、人道は棄てることはできない』って言葉です」

『言志録』の中の言葉だね。どこが気になったの?」

「これを組織に置き換えると、『リーダーは組織を棄ててでも人の道を守れと読めませんか?」

「たしかにそう読めるね」

「組織を棄ててしまって良いのでしょうか?」

「これは究極の選択だよね。組織のリーダーが簡単に組織を棄ててしまったら大変なことになる。しかし、組織を守るために、もし嘘や偽りをしなければならないとするなら、組織に固執せず、正しい道を貫くべきだと解釈すれば良いのではないかな」

「なるほど、たしかにそうですね。人が守るべき正しい道というのは、時には会社や組織よりも重いのだ、ということが言いたい訳か」

「うん、私はそう理解しているよ」

「組織を取るか、正しい道を取るか。そんな究極の選択を迫られるケースがないことを祈りたいですね」

「本当にそうだね。ところで神坂君、もし組織を守れば、正しい道に背くようなことになるとしたら、潔く組織を棄てられるかい?」

「いきなりその究極の選択をさせるんですね。(笑)」

「さて、答えは如何に?」

「メンバーの顔が浮かんでしまったら、組織を守る手段を選んでしまいそうな気がします」

「神坂君は情に篤い男だからね」

「部長はどうですか?」

「私は・・・。私も組織を取ってしまうだろうなぁ」

「ということは、もしそんな究極の選択を迫られる場面が来たら、私たちは二人とも失格ですね。(笑)」

「そうかも知れないな。(笑) もちろん、内容にもよるよね。明らかにお客様にご迷惑をかけるようなことなら、組織より正しい道を選ぶだろうけど」

「はい、情をとるか、義をとるか? やっぱりそんな選択をしないで済むようにしたいです!!」


ひとりごと

智に働けば角が立つ、情に棹させば流される。

これは有名な夏目漱石の小説『草枕』の冒頭部分です。

情のない人は、薄情だと言われますが、情が厚すぎると、かえって足元をすくわれることになりかせません。

情と義の選択は、つねに究極の選択なのかも知れません。

皆さんは、情にほだされずに義を貫けますか?



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第2365日 「性」 と 「教」 についての一考察

今日のことば

原文】
性は同じくして質は異なる。質の異なるは、教の由って設くる所なり。性の同じきは、教の由って立つ所なり。〔『言志録』第99条〕

【意訳】
人の本性は万人同一で、気質が人々異なっている。気質が人々異なるから、教育が必要となるわけである。本性が同じであるから、教育の成果をあげ得るわけである。

【一日一斎物語的解釈】
人間が本来有している能力にはそれほど相違はないが、考え方はそれぞれ異なっている。考え方が異なっているからこそ教育を行う意味があり、本来は同じ能力を有しているからこそ教育は効果を発揮するのである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業1課の清水さんとランチに出かけたようです。

「神坂さん、素質のない若い奴を育てる必要ってあるのかな?」

「ウチのような中小企業は、個人の資質に頼っていたら先がないだろう。教育を徹底するしかないんだよ」

「教育か、やっぱり育てなきゃいけないのか?」

「当然だよ。人にはそれぞれ個性があり、それぞれの価値観がある。各自の個性を大切にしながら、価値観を合わせていく必要があるんだよ」

「価値観か」

「そもそも人間の資質にはそれほど大きな違いはないはずだ。俺は、生まれつきの営業の天才なんていないと思っている」

「たしかにそうだな」

「だからこそ、教育によって能力を開花させてあげる必要があるんだよ」

「俺は今まで後輩を育てるようなことはしてこなかったからなぁ。何をどうすればいいのか、わからないんだよな」

「まずは価値観合わせだ。損得ではなく、善悪を優先する考え方に慣らすことが重要だと思うぞ」

「社長のお得意のフレーズだな」

「しかし、それこそが営業マンとして最も大事な考え方だと俺も思っている」

「まあ、そうだな。俺たちの仕事は医療機器を売ることではない、ということは俺も叩き込まれて来たからな」

「俺たちの仕事は、お客様の問題解決のお手伝いだ。具体的に言えば、地域に住む人たちの健康な生活を守るお手伝いだ」

「そういう話をすればいいのか?」

「それにプラスして、お前の経験や失敗談を話してあげればいいと思うよ」

「失敗談?」

「そう、失敗談。成功したは話は自慢話にしか聞こえない。それより、失敗を話した方が、後輩たちは耳を傾ける」

「そういうものか? 俺は、おっさん、じゃなかった、神坂さんほど失敗談はないからな」

「やかましいわ! お前も結構、やらかしてきたじゃないか!」

「そうだったかな。(笑)」

「それにしても、お前の『神坂さん』に、俺もようやく慣れて来たよ」

「実は俺も。まだ、時々『おっさん』って言いそうになるけどな」

「とにかく積極的に後輩と話をしてみろよ」

「そうだな。やってみるよ!」


ひとりごと

なぜ教育が必要なのか?

一斎先生のこの言葉は、それを教えてくれています。

価値観を合わせ、能力を開花させることが、教育の目的です。

価値観合わせとは、具体的にいえば、共通言語を持つことです。

共通言語で動ける組織は強い組織なのです。


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第2364日 「価値観」 と 「来し方」 についての一考察

今日のことば

原文】
気には自然の形有り。結びて体質を成す。体質は乃ち気の聚まれるなり。気は人人異なり、故に体質も亦人人同じからず。諸(もろもろ)其の思惟・運動・言談・作為する所、各其の気の稟(う)くる所に従いて之を発す。余静にして之を察するに、小は則ち字画・工芸より、大は則ち事業・功名、其の迹(あと)は皆其の気の結ぶ所の如くにして、之が形を為す。人の少長童稚の面貌よりして、而して漸く以て長ず。既に其の長ずるや、凡そ迹を外に発する者は、一気を推して之を条達すること、体軀の長大已まざるが如きなり。故に字画・工芸、若しくは其の結構する所の堂室・園池を観るも、亦以て其の人の気象如何を想見す可し。〔『言志録』第98条〕

【意訳】
天が施す気には自然の形があって、それが集まって人間の体質を成す。気は人によって異なる故、その体質も皆異なる。人の思考・運動・言葉・行為などは気が発するものである。私が静かに思うところでは、小は書き物や手工芸から大は仕事・功名に至るまで、気が結び固まって形を作り出すのである。人間も幼い面持から次第に成長し、成人ともなれば、体躯が成長し続けるように、様々な事績も上達していくのである。それゆえにその人の書き物・手工芸、もしくは家建物や庭園の池などを見ても、その人がどのような気を放っているかを想像することができる。

【ビジネス的解釈】
人は生きて行く間に、思考・行動・言葉すべてにおいて人それぞれの個性が醸成されていく。したがって、その人の文字、作品、言葉、仕事ぶり、名声といったものを観察すれば、そこにはその人にしかない個性が反映されるものだ。そこで、営業マンとしては、お客様をよく観察し、表現された文字や言語、表情などから、お客様の価値観を把握することが可能となるのだ


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の梅田君と作戦会議をしているようです。

「山田先生は、本当に口数が少なくて、何を考えているのかがまったくわからないんですよ」

「本田君も同じことを言ってたな。大学病院に勤務していた時に担当していたらしいんだけど、一番苦手な先生だったと言ってたよ」

「本田さんでもそうなんですか。それは、私では歯が立たないですねぇ」

「とはいえ、今はお前が担当なんだから、なんとかしないとな!」

「なんとかなりますか?」

「お客様の価値観を探るネタは、目の前にたくさん転がっているものだ。それをしっかり調査すれば、見えて来るよ」

「たとえばどんなネタがあるんですか?」

「今回はメールではなく、クレームのお手紙が来たんだよな。それは貴重な情報だぞ。文字を見れば、その人の性格や価値観を読み取れるかもしれない」

「神坂課長は、そんな魔法みたいなことができるんですか?」

「文字の太さや勢い、丸いか角ばってるか。そういうことからそれなりには判断できる自信はある」

「凄いですね」

「それ以外にもたくさんあるぞ。たとえば、クリニックの外観や内装、色調なども貴重な情報だな」

「ホームページを見れば、写真が出ていますね」

「内装はオレンジっぽい暖色を使っているので、恐らく人情味のある先生ではあるはずだぞ」

「え、普段の雰囲気からは想像できませんけどねぇ」

「人は見かけによらないからな。あとは、直接お会いして、表情とか言葉から読み取れる情報も多いな」

「そんなにネタは転がっているんですね。今まで全然気づいていませんでした」

「手紙の文字やクリニックの外観で、おおよその予測は立てたつもりだ。あとは明日直接お邪魔して、お怒りの原因を探ろう」

「勉強させて頂きます!」


ひとりごと

営業の世界では、価値観の近いお客様でなければ売れないという考え方があります。

価値観があまりにもかけ離れているお客様であれば、無理に商売をしないのが鉄則です。

そのためにも価値観を把握する作業が必要となります。

しかしそのネタは、意外と身近に転がっているものなのです。


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