一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2021年10月

第2444日 「生活」 と 「成果」 についての一考察

今日のことば

原文】
(くに)を為(おさ)むるの道は、教養の二途に出でず。教は乾(けん)道なり父道なり。養は坤道であり母道である。〔『言志録』第178条〕

【意訳】
国を治める道は、教化と民生(民の生活を安定させること)の二つ以外にはない。民を教化することは天の道であり父の道である。民の生活を安定させることは地の道であり母の道である。
【一日一斎物語的解釈】
組織マネジメントの要諦は、教育と生活の保証にある。家族経営に例えるなら、メンバーを教え導くのは父親的な手法であり、メンバーの生活を安定させることは、母親的な手法だといえる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の若手を誘って、「季節野料理 ちさと」に来たようです。

石崎「課長、今日は何故誘ってくれたんですか?」

神坂「お前は野暮な奴だな。飯を食わせるのに、一々理由なんかないよ!」

梅田「さすがです!」

「いいね、梅田。お前みたいに素直に喜んでくれた方が俺も嬉しいよ」

「私も喜んでいない訳じゃないですよ。でも、何か裏があるのかなぁと」

「それが下衆だって言うんだよ! ところで、お前たち、ウチの給料はお前の同級生たちと比べてどうだ?」

「ちょうど真ん中くらいじゃないですかね。良くもなく、悪くもない感じです」

「そうか。じゃあ、少なくて生活ができないって訳でもないんだな?」

「今後、結婚をして子供が出来たらどうかはわからないですけど・・・」

「仮にも俺が結婚して、二人のガキを育てているんだから、心配ないだろう」

「あ、そうですね。こうやって、私達に奢ってくれる余裕もありそうだし」

「誰が奢るって言った?」

「えー、割り勘ですか?!」

「そんなわけないだろ。冗談だよ!」

「ビックリさせないでくださいよ!」

「お前、驚きすぎだろ。(笑) 実はな、組織マネジメントで重要なことは、社員の教育と生活の安定を図ることだ、と学んだんだよ」

「たしかに、私達がまともに生活できないようでは、仕事に身が入らないですもんね」
ちさと「神坂君は、ちゃんと私の生活の安定も考えてくれているんだね!」

ちさとママが料理を運んできたようです。

「そりゃそうだよ。この店は俺の大事なサードプレイスだからね。俺の生活のバランスも崩れちゃうからさ」

「ありがとうございます!」

「そういうことだから、お前たちもこの店を使ってくれよな。ちさとママはきっとお前たちの良い相談相手にもなってくれるだろうしな」

「はい! 微力ながらご協力させて頂きます!!」


ひとりごと

組織の長は、自分の組織のメンバーの教育を担うのは当然のことですが、もうひとつ生活の安定にも努めるべきだ、と一斎先生は言います。

プライベートの問題ですから、立ち入るのは難しいことではありますが、仕事にも影響することですので、状況把握に努めるべきなのかも知れません。

いずれにしても、家庭の安定と仕事の成果は直結するものです。

よいパフォーマンスを求めるなら、できる範囲で生活の安定にも心を配るべきなのでしょう。

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第2443日 「君」 と 「師」 についての一考察

今日のことば

原文】
聡明睿智にして、能く其の性を尽くす者は君師なり。君の誥命(こうめい)は即ち師の教訓にして、二無きなり。世の下るに迨(およ)びて、君師判る。師道の立つは、君道の衰なり。故に五倫の目、君臣有りて師弟無し。師弟無きに非ず。君臣即ち師弟にして、必ずしも別に目を立てず。或ひと朋友に師弟を兼ぬと謂うは悞(あやま)れり。〔『言志録』第177条〕

【意訳】
聡明叡智であって本性をいかんなく発揮できるのは君主と師匠としての性格を兼ね備えた人物である。君主の言による命令は、そのまま師の教えでもあって、別のものではない。後世になると君主と師とが分れてしまった。師の道が立つということは、君主の道が衰微したことになる。それ故に五倫の徳目には君臣の義はあっても、師弟については触れられていない。師弟という関係がないのではなく、君臣の関係が即ちそのまま師弟の関係を意味しており、あえて別に立てる必要がなかったからである。ある人が朋友の関係が師弟関係を兼ねると言っているが、大きな間違いである。

【一日一斎物語的解釈】
儒学の教えの中に五倫(君臣の義、父子の親、長幼の序、夫婦の別、朋友の信)がある。この中に師弟関係の記載がないのは、かつては君主が師匠の役割を兼ねていたからである。つまり、人の上に立つ者は、人を指導するだけでなく、人間力を磨いて人の鑑とならなければならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「以前、サイさんから孟子の言う五倫の中に師弟関係がないのは、元々君臣の関係が師弟関係を兼ねていたからだ、と一斎先生は理解していたんですね」

「うん。ところが時代が経つにつれ、君臣の関係が師弟関係と呼ぶには大きくズレてきたんだろうね」

「はい。ただ、多くの学者さんは、朋友の関係の中に師弟関係が含まれると解釈しているらしいですね」

「うん、もちろんどちらが正しいということは決められないんだろうけどね」

「部長は、やはり一斎先生の意見を尊重しますか?」

「そうだね。一斎先生に私淑している私としては、そういう読み方をしてしまうね」

「私も、師弟関係が友人の関係に置き換わるというのは、肚に落ちにくいですね」

「やはり、上司は師であれ、という方が良いよね」

「はい。それにその方が自分としては、身が引き締まりますしね」

「私もこの言葉に初めて触れたときには、同じように感じたよ」

「だいたい、上司と部下が友達のような関係になったら駄目ですよ。それじゃ、肝心な時に厳しい指導ができないじゃないですか!」

「ははは、そうだね。上司や師は、どこかに威厳のようなものがないとね」

「たしか『論語』に、『其の身ただしければ、令せずして行なわれ、其の身正しからざれば令すと雖も従わず』とありました。わが身を正して、尊敬される上司でなければ、指示をしたところで聞いてもらえないと思うんですよね」

「だから、我々は学び続けなければいけないんだね」

「私がこうして学ぶことを覚えたのは、部長のお陰です。私にとっての部長がそうであるように、メンバーにとって私が尊敬に値する上司になれるよう精進します!」

「私も神坂君が後ろからすごい勢いで追いかけてきてくれるから、学ぶことを止めることができないよ」

「では、そのまま逃げ続けてください。ずっと追いかけ続けますから!」

「『壮にして学べば、則ち老いて衰えず』だね」

「そうでした。なんとか衰えない老年期を迎えます!!」


ひとりごと

現代は縦型の組織ではなく、フラットな組織が理想だとされます。

たしかに、上司が怖くて逆らえないというのでは、いけません。

しかし、やはり下の者が上位者を尊敬できる環境が理想的なのではないでしょうか?

あくまで強制ではなく、自発的にメンバーがリーダーを見習う。

そんなリーダーを目指しましょう!


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第2442日 「党」 と 「衰」 についての一考察

今日のことば

原文】
方は類を以て聚(あつま)り、物は群を以て分(わか)る。人君は国を以て党を為す者なり。苟くも然る能わざれば、下各おのの自ら相い党せん。是れ必然の理なり。故に下に朋党有るは、君道の衰なり。乱の兆なり。〔『言志録』第176条〕

【意訳】
善い方向に向かう者は善い者同士集まり、悪い方向に向かう者は悪い者で集まる。すべて善い者は善い者ばかり、悪い者は悪い者ばかり、群をなして分かれる。君主は国民をひとつにまとめている。かりにもそのように出来なければ、民は勝手気ままに徒党を組むようになることは、当然の理であろう。つまりは民が党派を組んでいるようでは、君主の道が衰え、国が乱れる前兆であるといえよう。

【一日一斎物語的解釈】
人間は同じ傾向をもった者同士で徒党を組みやすい。経営トップは組織をひとつにまとめるべきであるが、下にいくつもの派閥が出来ているようでは、経営は首尾よくいかず、企業は衰退の道を辿ることになる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチに出掛けたようです。

「しかし、政治の世界というのは、結局派閥の争いなんだな」

「そうみたいですね。でも、政治だけでなく、大手企業も同じみたいですよ」

「あぁ、Y社か?」

「はい。今、Y社は会長派と社長派に分かれて血みどろの抗争を繰り広げているらしいですから」

「ヤクザ組織みたいな言い方をするな。一応、あそこは医療機器屋だぜ」

「そうですけど、何人もの管理職が首を切られていますからね。企業でクビを言い渡されるのは、死に等しいじゃないですか」

「そんなことはないと思うけどな。人間、生きていくだけなら、なんとでもなるんじゃないか?」

「相変わらず神坂さんは呑気ですね」

「悪かったな!」

「この状態が続くと、さすがのY社も存続の危機に陥るんじゃないかという噂がまことしやかに流れていますね」

「Y社が倒れたら、この地域の業界地図は一気に変わるなぁ」

「粛々と準備だけは怠らないようにしておきましょう!」

「しかし、対岸の火事だと思わずに、自分に矢印を向ける必要もあるんじゃないか?」

「ウチは派閥なんて皆無じゃないですか」

「そうか? 営業部は佐藤部長、総務部は西村部長が仕切っている。佐藤派と西村派の対立なんてのが起こるかもよ」

「あの二人、めちゃ仲が良いじゃないですか。絶対ないですよ!」

「確かにそうだな。俺はその二人とよく旅にも行っているしな」

「それより、神坂さんの営業2課は大丈夫ですか? 山田派と本田派に分かれているとか?」

「ない、ない。ウチはみんな仲が良いよ。何て言ったって、課長が人格者だからな」

「・・・」

「なんだよ、何か言えよ!」

「たしかに、自分の下で派閥争いをしているような組織は長続きしないでしょうけど、まったく自分を理解していないトップの率いる組織もかなりヤバイんじゃないですかね」

「そのとりだ大累。お前はそういう傾向があるから気をつけろよ!」

「ダメだこりゃ・・・」


ひとりごと

孔子の弟子は三千人居たと言われます。

その弟子たちは孔子の下に平等で、派閥争いをするようなことはまったくありませんでした。

三人の高弟、顔回、子路、子貢はともに仲が良かったことが、『論語』を読むと理解できます。

ところが、孔子の死後、子夏、子張、子游、曽子といった弟子たちは、互いに自分こそが孔子の教えを継ぐものだと言い合い、派閥が生まれます。

儒学者然りですから、一般の組織においては、派閥が生まれやすいのも当然です。

上に立つ人は、そのことをよく理解して、人格の陶冶に勤しむべきでしょう。


habatsu

第2441日 「分」 と 「安」 についての一考察

今日のことば

原文】
世に小人有るも亦理なり。小人は小知すべく、不賢者は其の小なる者を識るす。是れ亦天地間是の人無かる可からず。或いは謂う。堯舜の民、比屋(ひおく)封ず可しとは、則ち過甚だし。但だ唐虞の世、小人有りと雖も、(こうこう)として自得し、各おの其の分に安んずるのみ。〔『言志録』第175条〕

【意訳】
世の中に小人物がいるのにも理由がある。小人物は知識が乏しく、愚者は小人物を知って助け合うものだ。世の中にはこうした小人物も必要である。ある人は「堯舜の時代の人民は皆大名に封ずることができるほど立派であった」と言うが、これは大きな誤りである。堯舜の時代には、小人物があっても、みな広大自得しており、各人が自分の分を知り、そこに安んじていたのである。

【一日一斎物語的解釈】
会社の中にはやや能力が劣る者もいるが、彼らの存在もまた重要なのだ。「ウチの会社には優秀な人材が少ない」と嘆く者があるが、これは大きな間違いである。皆が優秀にみえる組織というのは、上に立つものが立派で、下にいる者は上長を尊敬し、自分の役割をしっかりと果たしている組織なのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚西郷さんが主査する読書会に参加した後、西郷さんと二人で一杯やっているようです。

「今日初めて参加した夏井さんという人は、すべて矢印が相手に向いている印象でしたね」

「あの人はまだマネージャーに成りたてで、意欲が空回りしているんじゃないのかな」

「今日のサイさんは、かなりあの人の事を意識して話をしていましたよね?」

「うん。ただ、あまり響いてはいなかった気がするね」

「私もそう感じました。自分の部下はみんな能力が低くて、自分はツイていないなんて、どうしてあんなことが言えるんですかね?」

「その人たちがいなければ、その組織は成り立たないのにね」

「だいたい、メンバーが各自の役割をしっかりと果たすような組織には、かならず優れたリーダーがいるはずです。彼は暗に自分が暗愚なリーダーだと認めてしまっているんですよ」

「しかし、それには気づいていなかったね」

「普通なら、自分みたいな未熟なリーダーについてきてくれるメンバーには、感謝こそすれ、あんな馬鹿にしたような言葉は吐けませんよ」

「人にはそれぞれに分がある。高い能力を持つ人もいれば、それほどでもない人もいる。でも、そういう人たちがお互いに助け合いながら、一つの目標に向かって進んで行くのが組織だよね」

「はい、そしてリーダーはそれぞれのメンバーが働きやすい環境づくりを常に意識すべきなんです!」

「神坂君、立派になったね」

「あ、たしかに昔の私は、どちらかといえば、夏井さんタイプだったかなぁ・・・」

「残念ながら、否定はできないな」

「サイさん!(笑)」

「夏井さんはこれからも参加してくれると良いんだけどね。マネジメントなんて、自分の思い通りにいかないことの方が多いことを知って、この読書会での学びを活かしてもらえたら嬉しいんだけどね」

「自分の事になると感情的な話し方をする人でしたけど、他の人が話しているときは、けっこううなずきながらメモも取っていましたよ」

「うん、そこに望みがあると思ったんだよ」

「大企業に勤めている人だし、優秀な方だと思うんですよね。だからこそ、サイさんの言葉から真摯に学んで、成長して欲しいですね!」


ひとりごと

人には生まれつきの能力の違いがあります。

これを分と言います。

組織とは、そうした様々な分を持った人が集まって出来上がっています。

その人たちは偶然にそこに集まったのではなく、必然としてそこにいるのです。

だからこそ、リーダーは各自の長所にスポットを当て、互いに助け合い、成長する組織をつくるべきなのです。


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第2440日 「コロナ克服」 と 「次の一手」 についての一考察

今日のことば

原文】
国家の食貨(しょっか)に於けるは遺策(いさく)無し。園田・山林・市廛(してん)を連ね、尺地の租入を欠く無く、金・銀・銅並に署を寘(お)きて鋳出(ちゅうしゅつ)す。日に幾万計なるを知らず。而るに当今上下困幣して、財帑(ざいど)足らず。或いは謂う、奢侈の致す所なりと。余は則ち謂う、特に此れのみならずと。蓋し治安日久しきを以て、貴賤の人口繁衍(はんえん)し、諸)を二百年前に比ぶるに、恐らくは翅(ただ)に十数倍なるのみならず。之を衣食する者、年を逐(お)うて増多し、之を生ずる者給せず。勢(いきおい)必ず此に至る。然らば則ち困幣(こんへい)(か)くの如きも、亦治安の久しきに由(よ)る。是れ賀す可くして歎ず可きに非ず。但(た)だ世道(せどう)の責有る者、徒らに諸を時運に諉(ゆだ)ねて、之を救う所以の方(ほう)を慮(おもんばか)らざる可からず。其の方も亦別法の説く可き無し。唯だ之を食う者寡く、之を用うる者舒(じょ)に、之を生ずる者衆(おお)く、之を為(つく)る者疾(しつ)にと曰うに過ぎず。而して制度一たび立ち、上下之を守り、措置宜しきを得、士民之を信ずるに至るは、則ち蓋し其の人に存す。〔『言志録』第174条〕

【意訳】
国家の食糧と貨幣に関しては手落ちがあってはいけない。田畑・山林から市場に至るまで、少しの土地でも租税の滞納はなく、金貨・銀貨といった貨幣については造幣局を設けて鋳造しており、その額は毎日幾万円になるか計り知れない。その割には人民は上も下も困窮しており、財貨は不足している。ある人はこれは贅沢のし過ぎであると言う。私はそれだけではないと思う。私が思うには、泰平が久しくなり、人口も増加し、二百年前に比べれば十数倍となっている。衣食を必要とする人民は年々増加するが、供給する者の数は増えていないのであるから、こうなるのは当然のことである。そう考えれば人民が困窮しているのは、泰平の世が長く続いたからであり、喜ぶべきであって、嘆くことではない。ただし、国を導く者は、それを時に任せているだけでは駄目で、救済する方法を考えねばならない。その方策も特別な事ではなく、『大学』にあるように、「働かずに食らう者を減らし、物品使用を節約させ、生産者を多くし、生産のスピードを早めること」である。こうした制度を成立させ、人民がよくこれを守り、その措置が義に沿ってなされ、人民がその制度を信頼するようになるのは、ひとえに人君の双肩に懸かっているのだ。

【一日一斎物語的解釈】
日本は世界一の高齢社会となっている。高齢者は益々増え、それを支える労働力は年々減少していく。国家はもちろん、企業経営者もこれに対して手をこまねいているだけでなく、対策を講じるべきである。ただしその対策は、特別な対策である必要はなく、収支をよく見極め、仕事の効率化を図ることを考えればよい。働く仕組みを作り、社員は幹部から一般職にいたるまでみなそれを適切に遵守し、その仕組みを信頼している状態を築きあげるのは、リーダーである経営者の仕事である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、川井副社長に呼ばれたようです。

「おぉ、神坂。忙しいところ済まないな」

「川井さん、どんなご用件ですか?」

「第5波もほぼ収束して、そろそろ人類も新型コロナウィルス感染症を克服しつつあると見ていいだろう」

「第6波は来ませんか?」

「それはコロナ次第だ。新たな変異株が蔓延するようなことがあれば第6波はやってくるだろう。しかし、ワクチン効果もあり、水際でしっかりと防ぎ切れれば、第6波は来ないかも知れないぞ」

「ということは、いよいよ本格的に経済を回すときが来たんですね」

「今回のパンデミックを受け、国は第8次医療計画で、5疾病5事業に感染症医療を加えて5疾病・6事業を重点的項目とするそうだ」

「新聞で読みました」

「しかし、これは国に任せておけばよいという問題ではない。企業側でも次のパンデミックに備えて、手を打つ必要がある。我々も今回のCOVID-19から多くのことを学んだはずだ」

「はい、オンラインでの会議やセミナーが増えましたし、オンラインでの営業もかなり浸透しました」

「大企業では、出張費が抑制できたことで、かえってコロナ前より利益が出ているところもあるらしい。この流れは、収束後も変わらないだろう」

「そうでしょうね」

「そこで、我々も今一度、社内のすべての仕組みを見直す必要を感じている。まずは入るを量りて出ずるを制すだ。営業側でのコストの中身をよく見直して、無駄なものは省いて欲しい。佐藤にはもう話はしてある。コストの見直しについては、お前を主担当とする」

「私が無駄遣いが多いからですか?」

「ははは。そうなのか? しかし、そういうことではない。佐藤には、Web商談の仕組み導入という別のミッションを与えているんだ

「なるほど」

「我々中小企業は、今後ますます若い労働力の確保が難しくなる。そういう中でより効率的な仕事をすることが生き残るためにも必要なんだ」

「無駄を省き、新しい技術を導入して、今まで以上に効率的に成果を上げる必要があるんですね?」

「そのとおりだ。ぜひ、お前らしい視点で、コストの見直しに着手してくれ!」

「承知しました!!」


ひとりごと

新型コロナウィルス感染症の第5波は収束に向かっています。

この先も予断は許しませんが、しかし、人類は確実にこの新しい感染症を克服しつつあります。

そろそろ本格的に目の前の仕事に着手すべき時です。

しかし、その前に今一度、今回のパンデミックが教えてくれたことを冷静に振り返り、今後に活かすための仕組みづくりを行う必要もあるでしょう。


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第2439日 「創業」 と 「守成」 についての一考察

今日のことば

原文】
吾れ古今の人主を観るに、志の文治に存する者は必ず業を創(はじ)め、武備を忘れざる者は能く成を守る。〔『言志録』第173条〕

【意訳】
古今の人君を観察してみると、学問をもって治めようと志す者は国を創生し、戦の備えを怠らない者は国を守り抜いている。

【一日一斎物語的解釈】
学問を積んだ実務派が企業を創業し、常に準備を怠らない行動派が企業を守り育てるものだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長、新美課長と雑談をしているようです。

「神坂さん、大累さん、お二人は会社を創業するのと、維持し守っていくのとではどっちが大変だと思いますか?」

「やっぱり創業じゃないか? 会社を起こすというのは覚悟もいるし、勇気もいるし、勝算もなければいけないわけだから、できた会社を守るより、よっぽど大変だと思うけどなぁ」

「神坂さんは?」

「俺は、守る方じゃないかと思うな。日本では起業して10年以内に約30%近くの会社が倒産しているらしいんだ。それだけ会社を続けるということは難しいってことだろ」

「なるほど。大累さんが感覚的なのに対して、神坂さんはエビデンスで答えるあたりは流石ですね」

「悪かったな、どうせ俺は勢いだけの男だよ」

「そうは言ってないじゃないですか!」

「じゃあ、やはり守る方が難しいというのが答えなのか?」

「実はこれ、『貞観政要』という古典に載っている有名な問答なんです。『創業と守成、いずれか難き』という唐の皇帝・太宗の質問で始まるんですけどね

「あぁ、『貞観政要』か。よく名前は聞くんだけど、未だに読んだことがないんだよな。それで、その答えは?

「その質問に、房玄齢という建国に力を尽くした重臣は、命を懸け、敵を倒して勝ち取るのが建国ですから、当然創業だと答えるんです。ところがもう一人の重臣の魏徴は、国ができるとトップは慢心して、それまで我慢してきたことが我慢できなくなる。だから、守成の方が難しいと答えて真っ向から対立するんです」

「まるで俺と大累みたいだな」

「はい。そこでその殿様、太宗李世民という人なんですが、こう言うんです。たしかに二人の意見はどちらも正しい。しかし、今は既に国は創られた。これからはいかにこの治世を継続するかが重要だ。だから二人力を合わせて私をサポートして欲しい、と」

「よ、大岡裁き!」

「結論を出さずに、論点をすり替えているとも言えそうですが、見事な落とし方ですよね」

「しかし、長く続けばほころびも出てくる。そういう時に国や企業には中興の祖と呼ばれる人が現れるよな。立て直しというのは、創業を得意とする人材でなければできないだろうな」

「そうですね。結局は、攻めが得意な人と守りが得意な人がいて、どちらも重要だということですね」

「要するにいろいろな能力をもった人材がお互いに自分の強みを発揮して貢献することが大事なんだな」

「そういう意味じゃ、俺たち3人も絶妙なバランスで助け合っているのかもな」

「集まるべくして集まった仲間だということですね。じゃあ、そろそろ3人で夜の街に繰り出しますか?」

「緊急事態宣言も明けたからな!」


ひとりごと

攻めを得意とする人もいれば、守りを固めるのが得意な人もいる。

どちらかの人材だけしかいなければ、国や会社は長続きしないでしょう。

だからこそ多様性のある人材の確保こそが企業存続の道なのです。

みんな違って、みんな良いのです。


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太宗(唐)(故宮博物院蔵) ©Public Domain

第2438日 「変化」 と 「準備」 についての一考察

今日のことば

原文】
天下の体は、交易を以てして立ち、天下の務(つとめ)は、変易を以てして行なわる。〔『言志録』第172条〕

【意訳】
天地自然の本質は、陰と陽の交代によって成り立っており、政治を執り行うときは、万物はすべて移り変わるということを理解しておく必要がある。

【一日一斎物語的解釈】
物事の本質は、陰と陽の交代によって成り立っており、ビジネスを行うときは、何事も移り変わるということを理解して準備することが肝要である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君と商談の打ち合わせをしているようです。

「なるほどな。よく考えた戦術だ。石崎の成長を感じられて嬉しいよ」

「ありがとうございます」

「ただ、一点気になることがあるんだよ」

「え、何でしょうか?」

「この考え方は石崎の方は前回の反省を踏まえてはいるが、相手も変化する可能性があることを忘れていないか?」

「あぁ、そうですね。前回もかなり価格的には近づけたので、今回は更に下の金額で来ることを想定して、もっと価格を下げてくるかも知れませんね」

「うん。それに環境も大きく違っているよな?」

「はい、COVID-19感染症が蔓延して、病院の収益も落ちていますから、より厳しい価格を要求される可能性はあります」

「そういうことだよ。ビジネスというのは水物だ。その時々によって変化する。その事を忘れて、自分だけが成長したつもりでいると痛い目に遭うこともあるだろう」

「課長にもそんな経験がありますか?」

「右手では足りないほどある!」

「あの、自慢することじゃないと思うんですけど・・・」

「あ、そうだな。(笑)」

「もう一度、あの時と今とで何が変わったかをしっかりと考えてみます。その上で、戦術を練り直します!」

「頼むぞ、石崎。お前がそうやって若手の先頭を走ってくれると、他の連中も大いに刺激を受けるからな」

「このまま先頭を走り切りたいです!」

「うん。しかし、あまりそれに拘り過ぎるなよ。誰にもスランプはあるし、ライバルが急成長することもある。抜きつ抜かれつの方がお互いに成長するからな」

「はい、ありがとうございます!!」

「あいつは、俺の若い頃に似ているな。いや、俺よりもはるかに優秀かも知れない」

元気よく部屋を出ていく石崎君の背中を見つめながら、神坂課長はそんなことを考えていたようです。


ひとりごと

満つれば欠け、欠ければ満つるのが世の常です。

ビジネス戦略を立てる際に、そのことを忘れて、競合は何も変わらないという前提のもとに戦略を立てるケースを散見します。

こんな戦略では、いざ実行となったところで、何度も修正を余儀なくされるでしょう。

何ごとも変化するということを常に忘れずに戦略を立て、実行すべきなのです。


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第2437日 「大自然」 と 「人間」 についての一考察

原文】
吾れ俯仰して之を観察すれば、 日月は昭然として明を掲げ、 星辰は燦然として文を列し、 春風は和燠(わいく)にして化を宣べ、 雨露は膏沢して物に洽(あまね)く、 霜雪は気凛然として粛に、 雷霆は威嚇然として震い、 山岳は安静にして遷らず、 河海は弘量にして能く納れ、 谿壑(けいがく)は深くして測る可からず。 原野は広くして隠す所無く、 而も元気は生生して息まず。 其の間に斡旋す。 凡そ此れ皆天地の一大政事にして、 謂わゆる天道の至教なり。 風雨霜露も教に非ざる無き者、 人君最も宜しく此れを体すべし。〔『言志録』第171条〕

【意訳】
俯仰して観察してみると、日月は明るく照らし、星は燦然として輝き、春の風は万物を化育し、雨露は万物を潤し、霜や雪は凛として厳しく、雷は威嚇するかのように奮い、山岳はどっしりとして動かず、河川や海は広大にして物を受け容れ、渓谷は深くして測り尽せず、原野は広く隠す所がなく、天地の気は活き活きとしてそれらを結び付けている。これはすべて天地の大きな政事であって、天の道の至大なる教えである、風雨や霜や露もすべて教えでないものはなく、人君たる者は、このことを正しく体得しなければならない

【一日一斎物語的解釈】
太陽・月・星、風・雨・露、雷、山岳・河川・渓谷・原野、これらはそれぞれが個性と自身の役割を果たしながら、天地がそれを束ね、すべてが一体となってこの地球をつくりあげている。リーダーは天地を観察し、これをマネジメントに応用しなければならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチ中のようです。

「大自然ってすごいと思わないか?」

「いきなり何ですか?」

「だってさ、どれだけ人間が万物の霊長だと言っても、結局は自然の力には勝てないわけだろ?」

「それはそうですけど」

「太陽の恵みがなければ生物、特に植物は生きられないし、雨もそうだよな。でも、雨だけでは万物を養えないから、海や川や湖がある」

「そうですね。そして、そこにもその水がないと生きられない生き物がいます」

「うん。もし人間が自分勝手に自然をコントロールしようとすれば、怒って災害を起こすわけだ」

「まるで、上司に叱られているみたいですね」

「それだよ!」

「え?」

「大自然というのは、太陽や月、風や雨といった個性的なキャラクターをようにさりげなく、そして見事にマネジメントしているんだよ。俺たちリーダーもそれを見習う必要があるんじゃないかと思ってな」

「なるほど。しかし、デカい話ですね」

「ひとり一人が強い個性を発揮しつつ、見事に連動する。それはすべて大自然、あるいはそれを司る何物かがマネジメントしているんだよな」

「つまり、各自の個性をしっかりと伸ばしつつ、誰かが突出して全体の輪を乱すことのないようにマネジメントするのが、我々の役割だということですね?」

「そう、そう思わないか?」

「はい、その点には異論はございません。ただ」

「何だよ?」

「なぜ、急にそんな話をしたのかが意味不明です。かつ丼を前にして」

「実はさ、さっき古い書類を整理していたら、佐藤部長からの手紙が出て来たんだ」

「どんな内容ですか?」

「ちょうど前の課長から佐藤さんが課を引き継いだ後で、その前の課長が俺のことを雷か台風みたいなとんでもない奴だと言っていたと。しかし、私は雷や台風にもそれを発生させた大自然の意図があると思っている。だから、神坂君と真摯に向き合って、いつかはおだやかな風に変えてみたいと思っている。そんな内容だった」

「なるほど。しかし、まだおだやかな風とはいかないような・・・」

「うるせぇな、わかってるよ! でも、雷や台風ほどには人から嫌われない存在になれたんじゃないか?」

「それは間違いありませんよ」

「それもこれも大自然のような佐藤部長のマネジメントのお陰なんだよ。トップセールスを獲ることもできたし、こうしてマネージャーにもなれたんだからな」

「それを次世代に引き継いで行こう、という訳ですね?」

「うん。恩返しは二人の間で完結してしまう。それよりも恩送りをした方が、ずっとつながっていくだろ?」

「そうですね。私も意識しますよ!」


ひとりごと

大自然の恵みがなければ、人間は生きていけません。

しかし、時には大自然の猛威に晒され、命を落とすこともあります。

それは、人間という大自然の一部でしかないパーツが、あまりにも身勝手に行動したときに発生します。

人間は、人間としてどう大自然と関わっていくかを真剣に考えつつ、人間にとって住みやすい環境を作っていかなければならないのでしょう。

そして、マネジメントにおいても、リーダーは各々のメンバーの個性を最大限に伸ばしながら、全体の調和を保つことを意識すべきですし、メンバーはメンバーで、チームの輪を常に意識すべきなのだ、と拡大解釈しておきます。


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第2436日 「義」 と 「道」 についての一考察

今日のことば

【原文】
窮理の二字、易伝に原本す。道徳に和順して義を理(おさ)め、理を窮め性を尽くし、以て命に至る。故に吾が儒の窮理は、唯だ義を理めるのみ。義は我れに在り。窮理も亦我れに在り。若し外に徇(したが)い物を逐(お)うを以て窮理と為さば、恐らくは終に欧羅巴人をして吾が儒に賢ならしめん。可ならんや。〔『言志録』第170条〕

【意訳】
「窮理」の二文字は、『易経』の説卦伝にもとづく。そこには「道徳に従って正しい道をおさめ、物の道理と人間の本性を究め尽くして、以て天命を知るに至る」とある。わが儒教の窮理は、ただ義を治めるのみである。義は私自身の中に在り、窮理もまた私自身に在る。もし私以外の物を追い求めることを窮理とするなら、西洋人の諸説がわが儒教に勝ることになってしまう。それでよいはずはない。

【一日一斎物語的解釈】
自分の中に燃えたぎる義があるなら、他人の意見に迷わされることはない。信じた道を進めばよい。自分が信じた道を進めば、結果は自ずと開けてくるものだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、読書会で知り合った亀梨さんの相談に乗っているようです。

「なるほどね。人材が足りないのはウチも一緒だけど、たしかに酷い環境だね」

「はい。社長はもう80手前ですし、専務も高齢、甥っ子もとても社長は任せられない。八方塞がりです
ひとりくらい一緒に頑張りましょうって人がいてもいいのにねぇ」

「誰もやらないなら私がやるしかないと思うのですが、ひとりでは・・・」

「でも、可愛い後輩たちがいるんでしょ?」

「はい、あの子たちのためにもなんとかしなければと思っています」

「素晴らしいな。俺は会社を立て直そうなんて考えたこともなかった」

「それは、上の方たちがしっかりされているからではないですか?」

「それは、その通りなんだけどね」

「羨ましいです」

「でも、そこまで覚悟を決めたならやってみればいいよ」

「え?」

「亀梨さんが何もしなければ、どうせ先は見えないんだよね? それなら、やるだけやってみれば良いよ」

「そうですよね」

「それしか道はないと思っているなら、それは亀梨さんの義なんだよ。誰かが変われるものではない。亀梨さんだけの義だと思うよ」

「義ですか?」

「そう、ただ一つの進む道。その道を行けば、きっと何か違う展開が開けてくる」

「そうですよね。何もしなければ何も変わらないんです、絶対に!」

「うん。仮にその道が途中で行き止まりだったとしても、思ってもみない方向に道が続いているかも知れないよ」

「なるほど」

「なんてね。俺ごときが、無責任なことばかり言ってごめんね」

「いえ、勇気が湧いてきました。神坂さんに相談したら、何か気づきをくださるのではないかという予感がしていたんです」

「で、その予感はどうだった?」

「当たっていました。本当にありがとうございます!」

「ははは、お恥ずかしい。俺ももっと会社のことを真剣に考えないといけないな。俺の方こそ、沢山の気づきをもらったよ。ありがとう!」


ひとりごと

人生に一度くらいは、周囲の反対を押し切ってでも押し通さねばならないことがあるはずです。

そこに私はなく、義があるならば、それを貫くべきではないでしょうか?

やらずに後悔するより、やったことを悔やむ方がマシだ、と小生は考えます。

しかし、実際には前に進めば、進んだ人にしか見れない景色があります。

それは決して自分にとってマイナスばかりではないでしょう。

「徳は孤ならず、必ず鄰有り」と孔子も言うように、賛同してくれる人が必ず出てくるものです。


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第2435日 「西洋芸」 と 「東洋道徳」 についての一考察

今日のことば

原文】
泰西の説、已に漸く盛んなるの機有り。其の謂わゆる窮理は以て人を驚すに足る。昔者(むかしは)程子、仏氏の理に近きを以て害と為す。而るに今洋説の理に近き、仏氏より甚だし。且つ其の出す所奇抜淫巧にして、人の奢侈を導き、人をして駸駸然(しんしんぜん)として其の中に入るを覚えざらしむ。学者正に亦淫声美色を以て之を待つべし。〔『言志録』第169条〕

【意訳】
西洋の学説は次第に流入し盛んになってきている。その論説は人を驚かせるには充分なものである。かつて宋の儒者である程子(程明道と程伊川の兄弟)は、仏教の説は理に近いために有害であるとした。ところが昨今の西洋の学説は、仏教以上に理に近い。またそれは常識外れかつ淫らなもので、人を贅沢にさせ、いつの間にかその中にどんどんと入り込ませてしまう。学問をする者は、西洋の学説に対しては、美しい声をした美女だと捉えて対応すべきだ。

【一日一斎物語的解釈】
ビジネスのトレンドは西洋発信であることがほとんどであり、特に米国発で日本に輸入される思想は数知れない。すでにグローバル化しているビジネスの潮流の中では、これはやむを得ないことではあるが、日本人としてのアイデンティティを見失うことなく、我が国に導入する際の障壁などをしっかりと考慮に入れて導入すべきである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大竹課長と久しぶりに一杯やっているようです。

「インサイド・セールス、マーケティング・オートメーション(MA)、SFAなどなど、営業の世界も横文字に制覇されつつあるねぇ」

「そうなんですよ。それに輪をかけたのが、COVID-19です。一気に非対面の営業ということが本格化してきましたからね」

「我々ディーラーとしては、由々しき事態だよね」

「なぜですか?」

「だって、メーカーさんが直接顧客と繋がることができる訳だろ? そうすれば、ディーラーはお払い箱じゃないか」

「たしかに、そうですね」

「実はウチも川井さんの指示でMAの導入を検討したんだけど、時期尚早ということで一旦保留になったんだよね」

「そうだったんですか」

「やはりディーラーがMAを導入するメリットが打ち出しにくいんだよ」

「日本の商習慣というのは独特ですからね。それに日本人らしさを失うような商売はしたくありませんしね」

「そういえば、佐藤一斎の弟子だった佐久間象山は、『東洋道徳・西洋芸』という言葉を残しているよね」

「どういう意味ですか?」

「西洋は理には長けている。当時の大砲の技術や造船の技術は、日本には想像もつかないほど優れていた。しかし、思想や道徳という面では、西洋よりも東洋の方が優れているのだから、そんなものまで西洋のものを輸入する必要はない、という意味だよ」

「さすがは一斎先生のお弟子さんですね。そのことばはそのまま営業にも当てはまります。営業の技術については西洋の方が常に一歩先を進んでいますが、日本に脈々と流れている商売の気質まで失ってしまってはいけない、と理解することができます」

「そのとおり。明治維新直後の日本は、なんでもかんでも西洋のモノを導入して、日本古来の古き良きものをたくさん失ってしまった」

「同じことを繰り返したくないですね」

「近江商人の商売十訓や大丸の家訓なんかは時代を超えて、今も日本の商人のDNAに受け継がれているはずだからね」

「はい、『買い手よし、売り手よし、世間よしの『三方よしの考え方は、私の商売のベースになっています」

「うん。上手に西洋と東洋をブレンドしたいね」

「タケさん、せっかくなら、『ブレンド』みたいなカタカナではなく、日本の言葉で締めてくださいよ」

「じゃあ、西洋と東洋のミックス。あれ、これも横文字だ。ぴったりの日本語が見つからないなぁ」

「タケさんもいつの間にか、西洋の思想にどっぷり浸かってしまったようですね。西洋と東洋の融合でどうですか?」

「ちょっとカタい感じはするけど、その言葉くらいしかないか。我々が使う言葉も、もう少し日本語を大事にした方が良さそうだね!」


ひとりごと

佐久間象山が言った、「西洋は技術に勝れ、東洋は道徳に勝れる」という考え方は、現在も生きているのかも知れません。

どちらが優れているかは置いておくとしても、やはり日本人には日本古来の思想や道徳があり、闇雲に捨て去るべきではないでしょう。

そして、東洋道徳を学ぶ上では、『論語』や『言志四録』などの古典が最適なことは言うまでもありません。


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