一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2021年11月

第2484日 「忍耐」 と 「緊急」 についての一考察

今日のことば

原文】
心上に刃(やいば)有るは忍なり。忍の字は好字面に非ず。但だ借りて喫緊寧耐(きっきんねいたい)と做(な)すは可なり。要するに亦道の至れる者に非ず。〔『言志録』第218条〕

【意訳】
忍という字は心の上に刃が乗っており、文字としては良い文字とは言えない。ただし、この字を借りて緊急時に耐え忍ぶという場合に使うのは良いであろう。つまり忍とは道の極まったものではないのだ

【一日一斎物語的解釈】
心に刃を隠すのが忍である。つまりこれは理想とする心の状態ではない。ただ、緊急時には必要なものとして捉えておくべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の善久君と同行中のようです。

「お前、泣いてるのか?」

「いえ、目にゴミが入っただけです」

「昭和のドラマか!」

「課長、悔しいです!」

「そうだろうな。勝てると思った商談をロストした時の気持ちは痛いほどよくわかるよ」

「今までも敗戦はいくつかありました。でも、今回は完全にウチが優位に立っていました。まさか、先生がF社にも声を掛けていたとは…。ショックでした」

「信頼を得るということは、そう簡単じゃないということだよ。しかし、これはお前にとって良い経験になるさ」

「もうこういう経験はしたくないです!!」

「うん。忍耐の『忍』という字があるだろう。あの漢字を思い出してみろ。心の上に刃がある状態を文字にしているよな」

「あぁ、たしかにそうですね」

「心に刃物を隠すというような意味だから、あまり良い印象の字ではないよな。しかし、忍耐というのはそういうことなんだ。我慢しているうちはまだ半人前という事だ」

「はい」

「でもな。今回のような悔しくて辛い場面に遭遇した時には、この字がぴったりだ。心に刃を忍ばせるような気持ちでグッと耐え、そして次のチャンスを狙うんだよ」

「はい。勝手にドクターに信頼されていると思い込んでいた自分が情けないし、おめでたい奴だったと気づきました。でも、この悔しさを晴らしたくてたまりません!」

「俺も同じような経験をし、同じ様に思って踏ん張ってきた。今こそ『忍』の一字だ!」

「はい。課長は今回の件、直接の当事者ではないから冷静でいられるのですか?」

「ははは。一緒に泣いて欲しいか? 俺はそういう経験を重ねて、次第に悔しさを感じるよりも、自分の足りなさを感じるようになってきた。矢印を自分に向けるということだな」

「『忍』の一字は卒業ですか?」

「そうかも知れない。もう『忍』の一字がなくても、大概のことは受け留められるようになったのかもな」

「カッコいいです! 私もそうなれるように精進します!!」


ひとりごと 

耐え忍ぶという状態は、人間修養上においては、まだ未熟な証拠だ。

しかし、苦しいときや辛いときには忍ぶことも必要だ、と一斎先生は言います。

心に刃を隠して、耐えて、乗り越えたとき、人は次のステージに上がることができるのです。

忍は忍なきに至って忍となすまで、忍の一字で踏ん張りましょう!!


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第2483日 「忍耐」 と 「根本」 についての一考察

今日のことば

原文】
忍の字は、未だ病根を抜き去らず。謂わゆる克伐怨欲(こくばつえんよく)行われざる者なり。張公芸(ちょうこうげい)の百の忍字を書せしは、恐らく俗見ならん。〔『言志録』第217条〕

【意訳】
忍という字は、病根を完全に除去することではない。いわゆる勝ち気や自慢や怨みや欲望は、忍によって抑えられているに過ぎない張公芸が忍の字を百回書いたという故事は、たぶん事実ではないだろう

【一日一斎物語的解釈】
忍耐は大切なことである。しかし、忍耐というのは感情が発露するのを押さえ込むだけである。石田梅岩の言うように『忍は忍なきに至ってよしとす』というレベルを目指したいものだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、雑談コーナーで新美課長と休憩中のようです。

「そういえば新美、また無駄な抵抗を始めたんだってな」

「げっ、誰から聞いたんですか?」

「俺には優秀なスパイがたくさんいるんだ」

「神坂さんだけには知られたくなかったんですけどね」

「嫌われたもんだな」

「今に始まったことじゃないです」

「やかましいわ!!」

「現在、人生最高体重を更新中でして、このままでは今持っているスーツが全部着れなくなりそうなんです」

「それでまたダイエットか。あ、そうだ。これ食べるか?」

神坂課長はポケットからチョコレートを取り出したようです。

「そういうことするから嫌われるんですよ!」

「要らないのね。このチョコは美味しいらしぞ。イタリア製の最高級チョコレートだからな。こんな小さな一粒で500円もするんだ」

「マジですか?」

「絶妙な甘さと苦みのハーモニー。一度食べたら忘れられない味なんだそうだ」

「そ、それは美味しそうですね」

「どれ、どれ。うん、これは旨い!! あと一粒ある。食べちゃっていい?」

「どうぞ。私は我慢します!」

「我慢だなんて言っているようじゃ、今度のダイエットも失敗に終わるのは見えてるな」

「ダイエットは自分との戦いですからね。今回は必ずやり切りますよ!」

「食い物を我慢することがダイエットじゃないだろう。肥満の根本は、そこじゃない。運動不足こそ、デブの真の原因じゃないの?」

「なんと言われようと、今回は痩せます。あーっ!」

「なんだよ、モグモグ」

「最後の一粒が!!」


ひとりごと 

我慢をするのではなく、根本原因を除去せよ、というのが本章の主旨でしょうか?

言われてみると、我々は意外と根本原因に目を向けずに、枝葉末節に拘っている傾向がありそうです。

我慢をしなくても良いように、問題を元から絶つことを考えましょう!


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第2482日 「忠」 と 「孝」 についての一考察

今日のことば

原文】
君に事えて忠ならざるは、孝に非ざるなり。戦陣に勇無きは、孝に非ざるなり。曾子は孝子、其の言此の如し。彼の忠孝は両全ならずと謂う者は、世俗の見なり。〔『言志録』第216条〕

【意訳】
君主に仕えて忠義を尽せないのは、孝とは言えない。戦場で勇気を起さないことも、孝とは言えない。孔子の高弟である曾子はそう言っている。忠と孝を共に尽くすことはできないという人がいるが、世俗の意見に過ぎない

【一日一斎物語的解釈】
上司に仕えて忠義を尽せないのは、孝とは言えない。また、自分が任された仕事に対して勇気を発揮できないことも、孝とは言えない。忠と孝は別のものではない。どちらも自分の全力を尽くすという意味では同じ徳目なのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「『論語』には親に孝を尽くせないようでは、主君に忠を尽くすことは覚束ない、といった言葉がありますよね。あの言葉は衝撃でした」

「神坂君が会社で問題行動をした原因はそこにあったと気づいたんだっけ?」

「部長に問題行動と言われると、それもグサッときますけど、そのとおりです」

「あ、ごめんね」

「たしかに親孝行な子で、会社で上司に楯突いているような人はいないでしょうからね」

「そうだよね。しかし、会社に入ってから上司に楯突くのはいけないけど、仕事で成果を出せないことも孝とは言えないよね」

「え、なぜですか?」

「会社で良い仕事をして立身出世することは、親御さんを誇らしい気持ちにさせるだろうからね」

「なるほど。逆の場合は、親としては歯がゆいし、残念に思うわけですね」

「うん。全ての親御さんがそうだとは言わないけれど、自分の育て方が悪かったのだろうかと自分を責める親御さんもいるかも知れないよね」

「そうかぁ。私は自分の子が社会人になるまでは、親として責任をもって育てるべきだとは思いますけど、その後に仕事で成功するか否かは子供の問題だと思うし、正直元気でいてくれればそれで良いですけどね」

「それが親の本心かも知れないね」

「はい。それでも、やっぱり息子が会社で出世したと聞けば、それを嬉しく思わない親はいないでしょうけど」

「神坂君は、言葉遣いや行動は乱暴だったけど、なぜか上司や先輩に可愛がられるところがあったよね」

「そうでしょうか?」

「きっと、神坂君自身が思っているほど、親不孝な子供ではなかったんじゃないかな」

「そうだといいですけど…。母からはよく親不孝者のドラ息子と言われて育ちましたから(笑)」

「ははは、どうやら神坂家は皆さん口が悪いんだね!」

「あ、それだけは間違いありません!!」


ひとりごと 

儒学では、孝と忠は両立するものと捉えます。

対象が親か上司かというだけで、目上の人を敬い、時に愛することに変わりはないということでしょうか?

愛のない敬はなく、敬のない愛もない、と小生は思っています。

上司を親のように敬愛してもらうためにも、上司は部下を我が子のように育てていく必要があるのでしょう。

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第2481日 「賢相」 と 「良将」 についての一考察

今日のことば

原文】
孝子は即ち忠臣にして、賢相は即ち良将なり。〔『言志録』第215条〕

【意訳】
親孝行な人は上司に仕えても忠を尽くすものであり、国を治めても賢い大臣は軍隊を率いれば優れた将軍となるものだ

【一日一斎物語的解釈】
上司に敬意をもって仕事ができる部下を求めるなら、親孝行の人を選ぶべきである。また組織をまとめることができるリーダーは、営業部門を率いても良い結果を残すことができるものである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチ中のようです。

「神坂さん、驚きましたね、Y社の営業本部長に就任した影山さんは、営業未経験らしいですよ」

「そうらしいね。菊池君も驚いてたよ」

「あんなマンモス企業の営業トップに未経験者を抜擢するなんて、どういう考えなんでしょうかね?」

「菊池君によると、影山さんというのは総務や経理、人事の長を歴任してきた人で、どの部署でもめまぐるしい成果を上げているらしいんだよ」

「だからって、営業は別じゃないですかね?」

「いや、人をまとめることができるなら、不可能ではないと思うな」

「もし、Y社の営業部門に神坂さんみたいな人がいたら、絶対納得しないですよね」

「俺を例に出すな。お前も一緒だろ!!」

「ということは、神坂さんも納得できないんでしょ?」

「そりゃ、営業でバリバリやってきた人からすれば、納得しづらいところはあるだろう。でも、滝沢会長のことだから、何か確信があるんじゃないのかな」

「神坂さんは、滝沢会長を尊敬していますもんね」

「先代の中山会長、そして滝沢会長は、凄い人だよ。ライバル企業のトップではあるけど、この業界をリードしてきた先人だし、尊敬するのは当然だろう」

「ちょっと前は、会長派と社長派に分かれて結構ゴタゴタが続いていたので、ここで滝沢さんがカードを切ったという感じですかね?」

「そうだろうな。影山さんのお手並み拝見というところだな」

「営業のトップが逆に総務や人事部門を統括することも可能なんでしょうかね?」

「営業のマネージャーとして、自分が動かずに、メンバーを動かせる人なら可能なんじゃないか?」

「自分がやらないと我慢できないタイプは駄目だということですか?」

「うん」

「どうします、もし大竹さんが営業部長になったら?」

「タケさんはないだろう。そもそも、総務部門もちゃんとまとめられてないんだから(笑)」


ひとりごと 

マネジメントという仕事は、業務内容を事細かく把握しなくてもできるのかも知れません。

それよりも、いかにメンバーに専門性を持たせ、各自の能力を発揮させるかを考えることが重要なのでしょう。

要するに、メンバーの長所を見い出し、そこを伸ばすような指導をすれば良いわけです。

そういう意味では、営業未経験者であっても、営業部門を統括することは可能ははずです。

むしろ、マンネリ化した組織を活性化するには、未経験者に舵を取らせることも必要なのかも知れませんね。


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第2480日 「瞑想」 と 「中庸」 についての一考察

今日のことば

原文】
深夜闇室に独坐すれば、群動皆息み、形影倶に泯(ほろ)ぶ。是に於いて反観すれば、但だ方寸の内烱然(けいぜん)として自ら照す者有るを覚え、恰(あたか)も一点の燈火闇室を照破するが如し。認め得たり、此れ正に是れ我が神光霊昭の本体なるを。性命は即ち此の物。道徳も即ち此の物。中和位育に至るも、亦只だ是れ此の物の光輝、宇宙に充塞する処なり。〔『言志録』第214条〕

【意訳】
真夜中、真っ暗な部屋に独りで坐ってみると、総ての動きがやみ、影も形もないようである。そこで深く考えてみると、心の内には明らかに自らを照らすものがあることを悟り、あたかも一つの燈火が暗室を照らすようである。これが正にわが心の不思議な輝きを放つ本体であることに気付く。『中庸』にある性命も、道徳もこれであろう。『中庸』にあるように、すべてが程良く過不足なく、天地各々その位に安んじ、万物が化育するといったのも、ただこの不思議な光が全宇宙に充ち塞がっているに過ぎないのだ

【一日一斎物語的解釈】
中庸であることが大切であり、やり過ぎも良くない、不足するのも良くない、と言われると迷いが生じてしまう。しかし、そうした中庸の心というのは学びとるものではなく、本来は生まれたときから与えられているのだ。時には静かに自分の心と対話をすることで、天地との調和を図ることも必要である。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業1課の新美課長とランチ中のようです。

「最近、寝る前に5分間だけ瞑想を始めたんですよ」

「最近じゃなくて、昔からお前は迷走してるじゃないか!」

「それ、メイソウ違いですよ!!」

「え? あー、座禅とかそういうの?」

「わかっててわざと言ってるでしょ。しかし迷走のお陰で、そんな嫌味な先輩でも可愛く思えるようになってきました」

「やかましいわ! そんなにすぐに効果が出るかよ!」

「これでももう3ヶ月続けてますからね。不思議なんですけど、最近は瞑想を始めると、心の真ん中に何か光のようなものを感じるんです」

「気のせいじゃないの?」

「それが次第に大きくなってきたんですよ。これって心の本体じゃないかなと思っているんです」

「さあな。で、その光を感じるようになってから何が変わったんだ?」

「小さなことで感情を揺さぶられることがなくなりました。さっきみたいな嫌味を言われても。これって中庸ってやつじゃないですかね?」

「過不足なく、ど真ん中にいるっていう中庸か?」

「はい」

「そうなのかな? お前みたいなデブでも、瞑想できるんだな」

「デブは関係ないでしょ! と怒ると思ったでしょ?」

「おっ、怒らないのか?」

「はい。神坂さんはそうやって人の欠点をしてきする可哀そうな人だと思えるようになりましたから」

「ムカつくな! しかし、これで頭に来たらダメなんだな。よし、俺も瞑想してみるかな」

「神坂さんは昔からずっと迷走してるじゃないですか!」

「お前、嫌味な性格と人の真似しかできないオリジナリティの無さは全然変わってないぞ」

「ダメだ、いまのはムカつく!!」


ひとりごと 

ここに書かれている一斎先生の言葉については、実体験がないので語れません。

そこで、きっとこんな感じなのかな?というところをストーリーにしてみました。

一日の最後に姿勢を正して瞑想する。

必要なことなのかも知れませんし、この章句を読むたびにやってみよかと思いながら実行できていない自分が恥ずかしいです…。


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第2479日 「罪」 と 「罰」 についての一考察

今日のことば

原文】
体膚(たいふ)の垢汚(こうお)、化して蟣蝨(きしつ)と為れば、刷除(さつじょ)せざるを得ず。又此の物も亦吾が皮毛の末に生ずる所たるを思念すれば、猶お殺すに忍びず。大人の心、天地万物を以て一体と為す。其の刑を恤(あわれ)み罰を慎むは、即ち是れ此の念頭と一般なり。〔『言志録』第213条〕

【意訳】
自分の身体から出た垢や汚れが虱(しらみ)となれば、これを取り除かざるを得ない。しかし、この虱も自分の皮膚や毛髪から生じたものだと考えると、殺すには忍びない。立派な徳のある人の心は、天地万物と一体化している。そのような人が刑罰を気の毒に思い、慎重に対処するのは、こうした考え方と同じなのだ

【一日一斎物語的解釈】
虫であっても、人間と同じように天地から生まれた物だと考えると、虫を殺すことも躊躇せざるを得ない。まして相手が同じ人間であれば、少しくらい問題があったところで、それを責めたり、非難したり、処罰を与えるようなことはできないはずだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんが主査する読書会に参加しているようです。

「孔子がこんなに人を叱ることがあるのですね?」

「この宰我という弟子は、『論語』の中ではいつも叱られているんだよ」

「昼寝したくらいで、可哀そう」

「ははは。湊さん、きっと昼寝だけが理由ではないんじゃない?」

「え、じゃあ、やっぱり昼間から女と?」

「それは、ちょっと学者先生の勘繰りが過ぎるよね。残念ながら、真の理由はわからないので、学者先生も想像たくましく色々な説を出しているけどね」

「各先生の意見がここまで分かれる章句も珍しいですね」

「それだけ孔子の叱り方が尋常じゃないということだろうね」

「でも、人の行為には必ず理由がありますよね。結果が悪い行為であっても、決して悪いことをしようとしたわけじゃないというケースもあります」

「以前の神坂君はよく頭ごなしに叱ってたよね」

「はい。それでサイさんに、今の言葉を言われたんです(笑)」

「そもそも会社で、初めから悪いことをしてやろうと思っている社員さんはいないだろうからね」

「ところが宰我には何かそうした悪いことを感じさせるものがあったんでしょうね。だから、孔子はあれほど激高したんだろうなぁ」

「あ?」

「どうしたの、湊さん?」

「この前、娘が神棚の水を飲んだので、理由も聞かずに叱ってしまったんです。何か理由があったのかも知れない…」

「うん、喉が乾いたからという理由ではないかもね?」

「ちょっと、聞いてきます」

「ははは。ここがオンラインの良いところだね」

湊さんは、画面をオフにして娘さんのところに行ったようです。

「皆さん、理由がわかりました! 娘はバスケットボールをやっているんですけど、足を捻挫してしまって、どうしても3日後の試合までに治したかったから神棚の水を飲んだんだそうです」

「なんで、神棚の水を飲むと治ると思ったのかな?」

「私がお水を変えるときに、そのお水を植物にあげるんです。『神様の水だから、元気になるよ』って言いながら」

「それを見てたんだね、娘さん」

「うー、愛おしい!」

湊さんは涙ぐんでいます。

「やっぱり叱る前にちゃんと理由を聞くべきでした」

「それって、子育ても部下指導も一緒だね。簡単に叱ったり、罰を与えたりする前に、その人を信じてあげることが大切なんだな」


ひとりごと 

ここで取り上げている『論語』の章句はこれです。

宰予(さいよ)、晝(ひる)寢ぬ。子曰わく、朽木(きゅうぼく)は雕(ほ)るべからず、糞土(ふんど)の牆(しょう)は杇(ぬ)るべからず。予に於てか何ぞ誅(せ)めん。子曰わく、始め吾人に於けるや、其の言(ことば)を聴きて其の行を信ず。今吾人に於けるや、其の言を聴きて其の行いを觀る。予に於てか是(これ)を改む。

意味は、
宰予がだらしなく昼寝をしていた。
先師が言われた。「腐った木には彫刻することはできない。ぼろぼろの土の垣根には上塗りをしても駄目だ。そんな怠惰なお前をどうして責めようか.責めても仕方のないことだ」。
先師は又言われた。「私は今までは、人の言葉を聞いてその人の行いを信じた。だが今は、その人の言葉を聞いても、その行いを見てから信じるようにしよう。お前によって人の見方を変えたからだよ」。
なぜ、ここまで孔子が激しい言葉で叱責したのか、多くの学者先生の意見が分かれる章句です。
しかし、人の行為には必ず理由があります。
まず叱る前に、その理由を聞くことをお勧めします。
もしかしたら、行為は悪でも動機は善であるかも知れないのですから。


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第2478日 「先人」 と 「現在」 についての一考察

今日のことば

原文】
吾れ静夜独り思うに、吾が軀(み)の一毛・一髪・一喘・一息、皆父母なり。一視・一聴・一寝・一食、皆父母なり。既に吾が軀の父母たるを知り、又我が子の吾が軀たるを知れば、則ち推して之を上(のぼ)せば、祖・曾・高も我れに非ざること無きなり。逓して之を下せば、孫・曾・玄も我に非ざること無きなり。聖人は九族を親しむ。其の念頭に起る処、蓋し此に在り。〔『言志録』第212条〕

【意訳】
私は独り静かな夜に考えてみるのだが、自分の毛髪も呼吸も皆父母のものであり、視たり聴いたり寝たり食べたりすることもやはり父母のものなのだ。我が身が父母のものであり、また我が子の身体も我が身であるとわかれば、さらに想像するに、祖父も曾祖父も高祖父も私自身であり、孫も曾孫も玄孫も皆私自身なのだ。聖人は九族に親しむという。聖人が想起しているのは、こういうことであろう。

【一日一斎物語的解釈】
自分のこの身体について独り静かに考えてみると、わが身というのは先祖から脈々と受け継がれてきたものであり、またわが子から子孫へと脈々と受け継がれていくものであることがわかる。同様に、自分が勤める(あるいは経営している)会社も先人の努力によって今があり、我々の努力によって後輩へと引き継がれていく。ご先祖を敬う気持ちをもって先人達への敬意を表すことも忘れてはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君と居室で会話をしているようです。

「今日、M社の森さんと話をしたんですけど、とんでもないクレーマーに引っかかって大変だったらしんです」

「へぇー、面白そうな話だな」

「明らかに使用中のミスで故障した器械なのに、初めから壊れていたから修理代は払わないの一点張りなんだそうです。おまけに代替品も返してくれないらしいんですよ」

「面倒なのに捕まったな(笑)」

「今月だけで、森さんの担当施設で理不尽なクレームを訴えてきた案件が3つもあったんだそうです」

「森君、お祓いに行った方が良いんじゃないの?」

「私もそう言いました。でも、ふと考えて見ると、ウチのお客様って、そういうお客様が少ないですよね」

「良いところに気付いたな」

「え?」

「我が社の先人たちが、常にお客様の課題解決を優先し、自社の利益を後回しにするという考え方をしっかりと実践してきてくれたお陰なんだよ」

「あぁ、そうかも知れませんね」

「それに比べると、M社はこれまでけっこう強引な商売をしてきたからな」

「そういうツケが後輩の森さんに回ってきているんですね」

「諸先輩が気づいてきたお客様との信頼関係を、今度はお前がしっかりと後輩につなげていく義務があるんだぞ」

「はい、身が引き締まります!」

「だいたい、もう少し俺に対しても敬意を抱いて欲しいもんだよ」

「なんで課長を尊敬しなきゃいけないんですか?」

「なんでって、上司なんだから尊敬して当然だろう。父母即恩という言葉がある。自分の父や母は、ただ父や母であるというだけでありがたいものだ、という意味の言葉だ」

「・・・」

「それと同じように、上司即敬だろ! 上司は上司だというだけで尊敬に値するんだよ! 第一、俺だってお前の先人の一人なんだからな」

「それを言うなら、課長ももっと後輩や部下に敬意をもって頂かないと!」

「なんで俺がお前を敬わないといけないんだよ?」

「上司即敬なら、部下即恩じゃないですかね。私達だって好きで神坂課長の下にいる訳じゃないんですから!」

「なるほど。以後気をつけます…」


ひとりごと 

今、皆さんの勤務先があるのは、先人たちの血と汗と努力の賜物なのではないでしょうか?

今の会社は先人が作ったものであり、我々はその恩恵を受けているに過ぎません。

そのことに感謝をし、次の世代へとしっかりご恩送りをしていく必要があります。

そうしなければ、後輩たちは負の遺産を背負わされることになってしまうのです。


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第2477日 「孝行」 と 「採用」 についての一考察

今日のことば

原文】
須らく知るべし。親在(いま)す時は、親の身は即ち吾が身なり。親没して後は、吾が身即ち親の身なりと。則ち自愛の心を以て親を愛し、敬親の心を以て自ら敬せざるを得ず。〔『言志録』第211条〕

【意訳】
以下のことはしっかりと理解しておかなければならない。親が存命中は、親の身はそのままわが身であり、親が他界した後は、わが身はそのまま親の体でもあるのだ。つまり自らを愛するように親を愛し、親を敬する心でわが身を敬するようでなければならない。

【一日一斎物語的解釈】
自分の身体は親から受け継いだものである。親が生きている間は親の身体をわが身のようにいたわり、親が亡くなった後は、わが身を親の身体だと思って日々親を愛敬すべきである。こういう意識を持っている社員は上司も愛敬し、社業に貢献するはずである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、読書会で知り合った人事コンサルタントの丸川さんと食事をしているようです。

「神坂さん、御社はどういう軸をもって新卒社員さんを採用しているのですか?」

「軸ですか? どうなんだろうな。同期の鈴木に聞かないと明確には答えられないですねぇ」

「あれ? 神坂さんは面接官もされるとおっしゃっていましたよね?

「はい、一応ですけど…」

「そういうことでは、良い人材は採用できませんよ!」

「そ、そうでしょうねぇ…」

「先ほど私はよい人材と言いましたが、この『良い』という言葉が曲者です。どういう人材が欲しいのか、欲しい人材こそが良い人材なわけです」

「なるほど。そうなるとどの会社でも当てはまるような万能の軸はないということですね?」

「基本的にはそうです。営業職が欲しいのか、事務職が欲しいのかによっても違いますし、そもそもメーカーとディーラーでも違ってくるでしょう」

「うちはディーラー、つまり商社ですから、営業職を採用するケースが大半です。まずは会社全体でどういう人材を取りに行くかを決めないといけないのですね」

「そのとおりです。しかし、ただひとつ万能の軸があります」

「え、それはぜひ知りたいです!!」

「親御さんを大切にしているかどうかという軸です」

「あ、そういえば同期の鈴木がそんなことを言っていました」

「ほぉ、それは素晴らしい。私達は親がいなければ生まれていない存在です。我が身を生んでくれた親の身体を我が身と同じように大切にしているか子なら、無条件で採用すべきでしょう」

「なぜ、親孝行の子なら無条件で採用して良いのですか?」

「親を思う気持ちが強い子は、入社してからも上司や先輩を大切にします。少なくとも上司や先輩に楯突くようなことはないでしょう」

「なるほど」

「そして自分の身体は親の身体でもあると考えますから、無理や無茶をしません!」

「私の場合、親には散々迷惑をかけてきました。聞いていて恥ずかしくなります…」

「あくまでもひとつの軸ではありますが、間違いないものです。ご両親の年齢はもちろん、趣味や好きな食べ物などをスラスラと話せるような子がいたら、即採用すべきです」

「鈴木からそこまで具体的な指示をもらったことはなかったので、一度話し合ってみます」

「神坂さん、いつの時代も人材は少ないものです。だからこそ、闇雲に採用するのではなく、欲しい人材の要件を明確にして採用活動をしなければいけないのです」

「はい。なんだか急に親に電話したくなってきました!」

「ははは。神坂さんも親孝行な息子さんのようですね(笑)」


ひとりごと 

『論語』を開くと2つ目の章句として目に飛び込んでくるのが、有若(有子)のことばです。

其の人と為りや、孝悌にして上を犯すを好む者は鮮なし。上を犯すを好まずして亂を作すを好む者は未だ之れ有らざるなり。

訳は、「その人柄が、家に在っては、親に孝行を尽くし、兄や姉に従順であるような者で、長上に逆らう者は少ない。長上に好んで逆らわない者で、世の中を乱すことを好むような者はない」となります。

我が身は父母の遺体だと捉えるような若者がもしいるなら、即採用しましょう!!


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第2476日 「音楽」 と 「学び」 についての一考察

今日のことば

原文】
雅楽の秘訣は、声音節奏の外に在り。尋常の伶工(れいこう)、固より知るに及ばず。唯だ大師或いは与に語る可し。故に孔子之に語る。聖人は天地万物を以て一体と為す。故に其の作る所の楽も、亦自ら天地と流れを同じくす。春気始めて至り、万物栄に向う。諸を翕如(きゅうじょ)に見る。暢茂条達(ちょうもじょうたつ)して、大和畢(ことごと)く呈(あら)わる。諸を純如に見る。結実形を成し、条理明整なり。諸を皦如(きょうじょ)に見る。外に剥落して、内に胎孕(たいよう)す。諸を繹如(えきじょ)に見る。蓋し其の妙の四時と其の序を合する者有ること是の如し。唯だ夫子能く之を知る。故に語りて以て其の秘を洩せり。然らずんば、大師は既に是れ大師なり。声音節奏は、彼れの熟講する所なれば、夫子と雖も烏(いずく)んぞ能く倒(さかさま)に之に誨(おし)えんや。〔『言志録』第210条〕

【意訳】
雅楽の妙は声音や韻律にあるのではなく内面的なものにある。楽員には分らず楽長は理解しているであろう。孔子が楽長と語ったことがある。聖人は天地万物を一体とみているので、作る音楽も自然の階律と一致している。だから、春の気を感じ万物が繁茂を始め、それを音楽では五つの音が合唱していると表現する。夏になると、草も木も葉も伸びて大和合の状態となる、音楽ではこれを八音の完全調和と表現する。秋の結実は子孫の為に責任を果たす条理が整うので楽では明らかと表現する。冬、落葉するが内には春の気も孕む、これを音楽では絶えない状況と云う。楽の秘訣は四季とその順序が同じことにある。孔子だけがこの事を知悉していたので楽長に洩らしたのである。若し、孔子以外がこの事を知っていたならば、専門家の楽長に孔子が音楽の秘訣を教えるという逆ごとは無い筈だ。

【一日一斎物語的解釈】
オーケストラの演奏には、マネジメントにも参考になる点が多い。
孔子の説明をビジネス的観点で捉えると、
翕如:スタートダッシュ          必要なもの ex.キックオフ会議など      
純如:ベクトル合せ              必要なもの ex.ミッション、行動指針など      
皦如:ベストを尽くす            必要なもの ex.勇気づけ、個人面談など      
繹如:継続的な達成              必要なもの ex.適切な評価、報酬など
と理解することができる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんと飲んでいるようです。

「この前、初めてオペラを生で聴いたんですけど、想像以上に感動しました」

「へぇー、神坂君はたしかロックが好きだったよね?」

「ロックとブルースですね。たぶん家にあるCDの数は、2000枚を超えていると思います」

「凄いねぇ。私はクラッシックが好きでね。たぶんLPとCDを合わせたら5000枚はあるんじゃないかな」

「すごいなぁ。でも、クラッシックは聴かないんですよね。そういえば、孔子が楽団の団長さんと深い音楽談義をしている章句がありましたね」

「よく知ってるね」

「以前に読んだときに、自分なりにこんな風に理解したんですけど、聞いてもらえますか?」

「ぜひ聞かせて欲しいね」

「孔子は、翕如(きゅうじょ)・純如・皦如(きょうじょ)繹如(えきじょ)という言葉で音楽を表現していますよね?」

「その通り!」

翕如というのは、各楽器が一斉に起こること。要するに、各メンバーが『よし、やるぞ』という気持ちになって、しっかりと営業活動を始めることではないか? 純如というのは、相互の楽器の調和のこと。いわゆるハーモニーですね。これは、メンバーが皆連動して動くチームセリングを意識すれば良い。皦如いうのは、各楽器が調和されている中で、しっかりとそれぞれの音が明確に聞こえてくる状態。これはメンバーみんながベストを尽くしている状態と見立てていい。最後に繹如というのは、それらの楽器のハーモニーが綿々と続いていく状態のこと。つまり、我々営業部門で言えば、結果を出し続けている状態を指すと理解してよい。どうですか?」

「素晴らしいね。その解釈は斬新で面白い。今度、その章句を解釈するときは、神坂君の解釈も披露しよう!」

「いやいや、これはいわゆる超訳ってやつです。正しい解釈ができているとは思えません」

「古典の解釈に正解はない、それが私の考え方なんだ。古典を読み、そこから新しい知見を取り出すことができたなら、それに勝る古典の読み方はないんだ」

「そうですか、ありがとうございます。しかし、実際に音楽で体感してみたいなと思うようになりました」

「じゃあ、今度ウチに来て、まずはレコードを聴いてごらん。ある程度、予習ができたらコンサートで生オーケストラを聴きに行こうじゃないか」

「いいですね。オペラも新鮮だったので、きっとクラッシックのコンサートからも得るものが多いんじゃないかと期待しちゃいますね」

「どんなことからでも、学びに変えようとする神坂君の姿勢は素晴らしい。私も見習わないとね!」

「サイさんのご指導の賜物です!!」


ひとりごと 

この章句の理解は超難解です。

前回に引き続き、超訳で逃げますことご容赦ください。


孔子が音楽や詩から政治の在り方を説いたように、どんなことからも学ぶことができるはずです。

いやむしろスポーツや音楽から教えられることの方が多いかも知れません。

だからこそ、スポーツ観戦はやめられませんし、音楽鑑賞も楽しいのでしょうね。


musician_conductor

第2475日 「名演」 と 「感動」 についての一考察

今日のことば

原文】
雅楽感召(かんしょう)の妙は、百獣率いて舞い、庶尹(しょいん)(まこと)に諧(やわら)ぐに至る。蓋し聴く者をして手の舞い足の踏むを覚えざらしむ。何ぞ嘗て睡を思わんや。鄭衛(ていえい)の淫哇(いんあい)の如きも、亦人をして手を舞い足を踏ましむ。故に以て雅楽を乱すに足るのみ。乃ち知る、魏の文侯古楽を聴き、唯だ臥するを恐れる者は、恐らく已に先王の雅操に非ざりしことを。〔『言志録』第209条〕

【意訳】
高尚な音楽は人心を感動させ佳境に入ると、動物たちが舞い踊り多くの官僚達も和むようになる。思うに、このような音楽は聴くものを思わず躍らせてしまうようなもので、決して眠くなるようなものではない。鄭国や衛国の淫らな音楽でさえも聴く人をしてそうさせるので、正しい音楽が撹乱される。『礼記』楽記篇に、魏の文侯が古楽を聴いて眠くなったと言っているが、これはその音楽が先王の作った高雅な情操のある音楽ではなかつたのであろう。

【一日一斎物語的解釈】
素晴らしい音楽は人を感動させ、心を躍らせる。昔の音楽を聞くと古臭く感じて眠くなるというのは、そうした音楽の聴き方を学んでいないためであろう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、相原会長に誘われてオペラ鑑賞にやってきたようです。

「神坂君、どうだった、初オペラは?」

「正直に言いますが、会長のお誘いだったので、渋々ついてきたんです。私はロックとかブルースしか知りません。クラッシックとかオペラなんて一生縁がないと思っていたんです」

「それで、実際に聞いてみた感想は?」

「それが、めちゃくちゃ感動しました。人間の声って、楽器の一部なんだなってことを今更ながら知りました」

「さすがは本物がわかる男だね」

「もちろん、ロックも最高ですし、アコースティックのブルースも枯れていて渋いんですけど、オペラは荘厳さを感じました。これは、ロックやブルースでは味わえない感覚なんでしょうね」

「うん。魂が震える感じがしたでしょ?」

「はい。なぜか涙が出てきました」

「あれは何故なんだろうね。言葉はわからないのに、自然と涙が出てくるよね」

「今日の主演の女性は、有名な人なんですよね?」

「赤石夕子さんと言ってね。いま売り出し中のオペラ歌手だよ。今回のチケット、いくらだったと思う?」

「5,000円くらいですか?」

「1万5,000円」

「高っ! でも、それくらいの価値はあったかも知れません」

「来てよかったでしょ? 神坂君なら、オペラの良さが分かるはずだと思っていたよ」

「もし眠くなったらどうしようかと思っていたんです。会長にバレないように眠れるだろうか、とか馬鹿なことを考えていたんですけどね(笑)」

「本物が分かる人が一流のオペラを聞けば、眠くなることはないよ。良いものはいつ聴いたって良いんだよね!」

「はい。勉強になりました。あ、あそこでCDを販売しているみたいですね。一枚買ってきます!!」


ひとりごと 

こんなストーリーを書いていますが、実は小生、クラッシックもオペラも未経験なのです。

興味はあるのですが、コレクター癖があるので、ハマると危険だと思って手を出していないのが本音です。

しかし、食わず嫌いはよくありませんね。

元々、2,000枚以上のCDを所有しているほどの音楽好きなので、来年はオペラ解禁とするつもりです!!


opera_singer
プロフィール

れみれみ