今日のことば
【原文】
操(と)れば則ち存するは人なり。舎(す)つれば則ち亡ぶは禽獣なり。操舎は一刻にして、人禽判る。戒めざる可けんや。〔『言志後録』第35章〕
【意訳】
仁義の心をしっかりと守っているのが人間であり、仁義の心を捨てて亡くしてしまったのが禽獣である。取るか捨てるかは一瞬のことであって、それで人間と禽獣の区別がついてしまう。戒めないわけにはいかない。
【一日一斎物語的解釈】
人間と禽獣との違いは、道徳心を守るか守らないかの違いである。そう考えると、人間の姿形をした禽獣が数多く存在しているのことに気づく。
今日のストーリー
今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生を訪ねたようです。
「長谷川先生、しばらくご無沙汰しておりまして、申し訳ありません」
「仕方ないよ。私のような老人がCOVID-19に罹患したらひとたまりもないからね」
「ところで、長谷川先生。明日が先生のお誕生日ですよね?」
「よく知ってるね!」
「佐藤が教えてくれました。それで、今日は佐藤と私から先生に誕生日プレゼントをお持ちしたんです」
「その大きなダンボールの中身は、私へのプレゼントだったの?」
「はい。重くて、台車で運ばないと無理でした」
「はて、何でしょう?」
「どうぞ、箱の中をお確かめください」
「おぉ、『吉田松陰全集』じゃないか! これは嬉しいねぇ」
「我々からの日頃の感謝の証です。ぜひ、お受け取りください」
「ありがとう。佐藤さんにもよろしくお伝えくださいね」
「はい。先生、一つ質問してもいいですか?」
「どうぞ」
「たしか吉田松陰の『士規七則』に人と禽獣との違いに触れた文章がありましたよね?」
「よく勉強しているね。人には五倫があるが、なかでも主君に対する忠と親に対する孝とが大事だという内容だったね」
「はい。動物には忠誠心や親孝行したい思う心はないのでしょうか?」
「猿のような高等な生物には、ある程度の忠誠心や愛情というものはあるだろうね。ただ、禽獣というと、一般的には鳥や獣の類を指すんだ。そういう生き物には、いわゆる道徳心のようなものはないだろうね」
「なるほど、道徳心ですか? そっちの方がわかりやすいです」
「他人を思いやることや、道を踏み外すことのないようにしようと考えるのは、人間だけだと思うよ」
「でも、先生。そういう意味なら、ここ最近は、姿かたちは人間なのに、心は禽獣という人が増えていませんか?」
「本当だね。先日、私の同業の青年が散弾銃で射殺された事件があったね。あの犯人なんぞは、禽獣以下だね!」
「せっかく人間に生まれながら、禽獣のように振る舞うなんて、情けないし、もったいないですね」
「うん。だからこそ学び続けて、人間としての在り方を学ばなければならないんだよ。私もこの『吉田松陰全集』を熟読して、人間の在り方について更に知見を深めさせてもらいますよ」
「はい。また、お話を聞かせてください」
ひとりごと
人と禽獣と異なる点について、一斎先生は「道徳心」の有無にあるとしています。
吉田松陰は「忠孝の心」の有無だとし、森信三先生は「理性」の有無だと言います。
人間だけが道徳心を持っているはずなのに、その道徳心をどこかに置き忘れて禽獣と堕した人が増えている気がします。
これほど、恐ろしいことはありませんね。