一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2022年07月

第2727日 「賢」 と 「不肖」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人の賢不肖を論ずる、必ずしも細行を問わず。必ず須らく倫理大節の上に就きて、其の得失如何を観るべし。然らざれば則ち世に全人無けん。〔『言志後録』第215章〕

【意訳】
人が賢いか否かを論ずるときは、必ずしも細部の行動を問題にすべきではない。必ず総合的に倫理道徳の根本に照らして、その行動の得失を観察すべきである。世の中に完全な人はいないのであるから、そうするしかないのだ

【一日一斎物語的解釈】
人を評価する際は、あまり小さな点には目をつむり、倫理的・道徳的な観点から判断することを基本とすべきだ。完璧な人間を求めていては、組織を強くすることはできない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、YouTube動画で『孔田丘一の儒学講座』を視聴しているようです。

「諸君、人を評価する際にどこを観ておられるかな?」

「評価と言うと粗探しをしたがる輩が多くてのう」

「あまり細かな行動にまで目を向けではいけませんぞ!」

「目的は、部下のやる気をそぐことではない。いかに伸ばすかが重要なわけですからな」

「そもそもあなたはパーフェクト・ヒューマンですか?」

「非の打ちどころがない人間など、この世にはおりませんぞ!」

「自分自身が完璧でもないのに、部下に完璧を求めるのはおかしなことですなぁ」

「では、どこを観たらよいか?」

「長い目で見た時、一番重要なのは倫理面や道徳面です」

「もちろん成果を評価するのは当然じゃが、デジタルな評価だけで人は測れませんぞ」

「時にはアナログこそが大事になる」

「嘘をつかないか?」

「他人のために自分を犠牲にできるか?」

「損得より善悪で物事をみることができるか?」

「他人の成果を共に喜べるか?」

「そういうところを見てあげて欲しいですな」

「いま挙げたような人材は、なかなかおりません」

「特にマネジメントをさせたいなら、こういう人を探して育てねばなりません!」

「自分より結果を出している人間を素直に褒めることができないような人を上に立てたら大変なことになりますぞ」

「組織はリーダーの器以上には大きくなりませんからな」

「重々承知の上で、評価されることを望みます」

「では、そろそろ時間ですな」

「これだけ暑いとワシもこの夏を越せるかどうかわかりませんな」

「これが最後の動画になるかも知れません」

「生きていたら、また会いましょう!!」

動画が終わりました。

「あの爺さん、ああいいながら何年生きてるんだよ(笑)」

「なんだか途中から、俺のことを言われているんじゃないかと思って胃が痛くなってきたよ」

「たしかに数字だけで評価をしないことが重要だけど、公平感を持たせるのは難しいよなぁ」

「人事の鈴木にも聞いてみよう」


ひとりごと

メンバーの何を評価するのか?

これは永遠の課題とも言えます。

西郷南洲翁は、こんな言葉を残しています。

「如何に国家に勲労あるも、其の職に任へざる人を、官職に以て賞するは甚だ誤れり。官は其人を選びて之を授け、功有れば之を賞し、之を愛すべし。是れ徳と官と相配し、功と賞と相対するの義なり」。

この言葉を意訳しますと、

「いかに国家に功績があったとしても、その役職に適当でない人を官職に登用することは大きな誤りである。官職については適任者を選んで与え、功績があった者にはこれを表彰して俸禄を与え、愛すべきである。これが官職には徳を配し、功績には禄で報いるということの意味である」となります。(小生訳)

官職つまりマネジメント職には徳のある者を配し、功績のある者には俸禄つまり給与やボーナスで報いよ、ということです。

評価をする上で忘れてはいけない箴言です。


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第2726日 「団欒」 と 「天籟」 についての一考察

今日のことば

【原文】
平心に之を聴けば、婦人孺子の語も亦天籟なり。〔『言志後録』第214章〕

【意訳】
心を落ち着けて聴いてみれば、婦人や子供の話もまた天地自然の道のはたらきを示す絶妙なメロディのようである。

【一日一斎物語的解釈】
仕事に追われて心が殺伐としているときこそ、時には心を落ちつけて家族と接してみるとよい。家族の存在に救われることに気づくはずだ。


今日のストーリー

神坂家の次男、楽(がく)君が、新型コロナウィルス感染症に罹患したようです。

「息子が感染してしまい、濃厚接触者になりました。来週の水曜日まで自宅待機です」

「息子さんの症状はどうなの?」

電話の相手は佐藤部長のようです。

「ワクチンを3回接種しているせいか、ほとんど無症状です」

「テレワークやWebでミーティングもできるし、せっかくだからゆっくりしたらいいね」

「ありがとうございます」

電話が終わりました。

「父さん、ごめんね」

「楽、気にするな。これだけ増えたら、いつ誰がなってもおかしくないよ」

「俺は今週から鬼みたいに厳しい先輩が部活に来る予定だったから、正直助かったかも(笑)」

これは長男の礼君です。

「可愛そうだけど、楽だけは部屋に監禁状態だな」

「私は金曜日に友達とディナーの予定があったのに!!」

「どうやら、母さんだけは怒ってるみたい(笑)」

「笑い事じゃない!!」

それから数日間は、楽君はZoomで参加して、一家団欒で食事をしたようです。

「ということで、意外と貴重な時間を過ごすことができました」

出社した神坂課長は、佐藤部長の部屋にいるようです。

「大事な時間を過ごせてよかったね。それに、誰にも感染しなかったのも凄いね!」

「そこは妻が厳しかったですから。全員N-95をつけさせられて、トイレに行く時はディスポのガウンを着せられました(笑)」

「それは完璧だね(笑)」

「妻や子供とじっくり語り合ったのは久しぶりでした。子供たちもいつの間にか成長していて、結構話し相手になるので驚きましたよ」

「子どもの声は天籟自然の調子にかなった巧妙な詩文)とも言われるからね!」

「さぁ、今日からまたしっかり働きます!!」


ひとりごと

小生には2人男児がおりますが、今年の春に二人とも家を出ました。

長男は大学卒業を前に、関東で働きながらオンライン授業を受講して卒業すると言い、次男は関西の大学に入学して一人暮らしを始めたのです。

家族4人で食事をした頃が懐かしく思い出されます。

今度、帰ってきたときには声をかけてみようかな?

まぁ、ツンデレの対応をされるのは間違いなさそうですが。


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第2725日 「部署」 と 「連携」 についての一考察

今日のことば

【原文】
文儒は一概に武人俗吏を蔑視す。太(はなは)だ錯(あやま)りなり。老練の人の話頭は、往往予を起す。〔『言志後録』第213章〕

【意訳】
一般に学者と呼ばれる人は、武士や官吏を軽視するところがある。これは大いに誤りである。何事にも熟達した人の話は、往々にして自分を啓発するものである

【一日一斎物語的解釈】
本部スタッフは、現場の人間を低くみる傾向があるが、それはよろしくない。現場でたたき上げた人の話には、大いに啓発されるところがあるはずだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と一杯やっているようです。

「神坂君、聞いた? Y社で大バトルがあったらしいよ」

「それは初耳です。誰が揉めたんですか?」

「それが総務と営業らしいんだ。個人間でなく部門同士の壮絶な罵り合いに発展したらしいよ」

「珍しいですね」

「Y社総務部の根上さんから聞いた話なんだけどね。提出物の件で営業側が締め切りを守らなかったので、総務がクレームを入れたら、『お前らは俺たちの稼ぎで食わせてやっているんだ。少しくらい納期が遅れたくらいで文句を言うな』と言われて、大揉めになったんだって!」

「ありがちな話ですね(笑) でもさ、タケさん。スタッフ部門って営業を小ばかにしているところがあるよね?」

「ウチはないでしょ! 商社は営業部門の人間が圧倒的に多いから、そうは思わないよ」

「ホントかなぁ? たしかにO社さんはメーカーさんだから、現場はいつも本部から顎で使われているって愚痴ってますけどね」

「それより、神坂君たちこそ、どうなのよ?」

「え? あー、俺たち営業が総務を食わせてやってるって?」

「うん」

「昔は思ってた(笑)」

「やっぱり!」

「でも今は違うよ。俺も課長になって、いろいろとマネジメントの資料を扱うようになったでしょ。それで、タケさんや鈴木(人事課で神坂課長の同期社員)の大変さもわかるようになったよ」

「我々はボス(西村部長)から、『営業の苦労を理解しろ』って常々言われてきたしね」

「西村さんのスタンスはありがたいです」

「お客様と直に接するのは営業さんだからね。そこは尊重しようと思っているよ」

「お互いに、相手の立場もしっかり考えて行動出来ているという意味では、当社は優良企業ですね(笑)」

「いや、実際そうだと思うよ。それに、社内で争うなんて、こんなバカなことはないよね」

「そうですよ。敵は外にいるんです。社内に敵を作っているようじゃ、本物の敵からみたら、これ幸いってことになりますよね」

「あー、よかった。ちょっと心配しちゃった」

「それで、俺をメシに誘ったの?」

「そういうわけじゃないよ。我々はそういう関係じゃないでしょ!!」

「ホントかなぁ??」


ひとりごと

どこの会社でも部門間の揉め事はあるものです。

営業と開発、開発と工場、総務と営業などなど。

特に営業部門というのは全体的に低くみられる傾向があるようです。

しかし、業種に貴賤はないように、職種にも貴賤はありません。

お互いが自部門の利益を考えつつも、他部門を尊重する姿勢が重要です。

敵は外にいるのですから!


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第2724日 「大先輩」 と 「箴言」 についての一考察

今日のことば

【原文】
老人の話は、苟(かりそめ)に聞く可からず。必ず之を記して可なり。薬方を聞くも亦必ず箚記(さっき)す。人を益すること少なからず。〔『言志後録』第212章〕

【意訳】
老人の話は、いい加減な気持ちで聞いてはならない。必ず記録しておくべきである。薬の処方を聞く場合もまた必ずその都度書き残しておくべきである。ともに後で何かの役に立つことがあるはずである

【一日一斎物語的解釈】
ベテラン社員の話には真摯に耳を傾け、時代を超えた仕事の本質を捉えて記録しておくとよい。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、勉強会仲間のフミさんこと松本さんと食事をしているようです。

「ゴッド、いつも声をかけてくれて、ありがとうね」

「不思議なんですけど、フミさんには定期的に会いたくなるんです。麻薬のような存在ですね(笑)」

「オー、アイ・アム・ドラッグ?」

「ただし、フミさんは合法ドラッグですけどね!」

「ははは。うまいな! 先に一本取られちゃったよ(笑)」

「それにしてもコロナ患者がすごい勢いで増えてますね。こんな時に声をかけて良いものか迷ったんですけど」

「まぁ、罹ったら罹ったで、最強のワクチンを接種するようなものだと思って諦めるよ」

「さすがです。実は、ウチの会社でもコロナの感染者が増えてきましてね。ちょっとヤバイ状況になってきたんです」

「これだけ増えたらねぇ。そろそろ濃厚接触者という定義も変えていかないとねぇ」

「フミさんが社長さんだったときは、こういう緊急事態に対する備えはどうしていたんですか?」

「今でこそ、BCPなんて言葉もあるけど、当時はそんなものはなかったからねぇ。ただ、工場が止まると大変なことになるから、一人が2つの仕事に精通するように、指導していたね」

「誰かが休んでもカバーできる体制づくりですか?」

「ザッツ・ライト! あとは、毎年インフルエンザのワクチン接種は、お医者さんに会社に来てもらって打たせたよ。費用は会社持ちでね」

「なるほど。やっぱり、フミさんの話は勉強になります。会社の総務にも話してみます」

「お恥ずかしい」

やはり人生の大先輩の話は疎かにしてはいけませんね!」

「オー・イエス! そのかわりダジャレにも付き合ってもらうけどね(笑)」

「大丈夫です。フミさんのダジャレ対策のワクチンはすでに接種済ですから」

「ははは。またまた一本取られちゃった!」


ひとりごと

人生の先輩のお話はいつも楽しく、勉強になります。

この物語のフミさんのモデルとなったリアル・フミさんは、いつも小生のオンライン読書会に参加してくださっています。

夜開催の潤身ナイトでは、一番最後にお話を聞くのが恒例となっています。

いつも楽しく、それでいて本当に示唆に富んだコメントが頂けるので、会が締まります。

リアル・フミさん、これからもよろしくお願いします!!


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第2723日 「虚実」 と 「等身大」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人才に虚実有り。宜しく弁識すべし。〔『言志後録』第211章〕

【意訳】
人の才能には、虚(才能がないのにあるように見せかけるもの)と実(実際に才能が充実しているもの)がある。しっかりと判別すべきである

【一日一斎物語的解釈】
人の上に立つ者は、登用しようとする人物が本物なのか偽者なのかを見極める目を持たねばならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、相原会長の部屋で談笑しているようです。

「この前も大累や新美と話をしていて、人を見抜くのは難しいなという話になったんです。会長は、人を見る基準をどこにおいているんですか?」

「まず大前提として、他人を知ることは不可能だと思っているよ」

「そこはもう割り切ってしまうわけですか?」

「うん。お付き合いしなければいけない人なら、短所には目を瞑って、長所を見るように心掛けてきたね」

「なるほど、美点凝視ですね!」

「美点凝視、良い言葉を知ってるんだね」

「いろいろ勉強しまして、私はどちらかというと相手の短所に先に目が向く人間なので、最近の私のテーマです」

「いいね!」

「他にも他人を見抜く基準はありますか?」

「僕はね、本当に立派な人というのは、等身大で生きていると思っているんだ」

「等身大?」

「うん。決して背伸びをせず、あるがままの自分をさらけ出している人。そういう人が本物の人物だと思うんだよね」

「わかる気がします。私はいつも自分を実力以上に見せようと背伸びをしている気がします」

「背伸びしている人を後ろから押すと、簡単によろけてしまうよね? でも、地に足のついている人は、簡単にはグラつかないでしょ?」

「はい」

「それに見せかけは脆い。ちょっと、異常事態が起こると、すぐにメッキがはがれてしまうよね」

「いやー、なんだか自分のことを言われているようで、恥ずかしくなってきました」

「神坂君だけじゃなく、私も含めて、そういう人が多いんだよ。だからこそ、等身大で、できることはできる、できないことはできない、とキッパリと言える人は凄いなと思うんだ」

「でも、そこをどうやって見抜けば良いんでしょうか?」

「たとえば、自分の短所を正直に言えるかどうかは基準になるんじゃないかな?」

「あぁ、そうですね。あとは失敗談を堂々と語れる人もそうでしょうね?」

「ふつうは自慢話をしたくなるもんね」

「はい。会長、ありがとうございます。すごく勉強になりました。大累や新美にもこの話をシェアします!」

「お恥ずかしい。結局、自慢話みたいになってないかな?」

「いえ、すばらしいお話でした!!」


ひとりごと

最近、小生の身近にいる素敵な人生の先輩とお会いするたびに思うことがあります。

それは、皆さんが等身大で生きていることです。

無理に自分を誇大広告することなく、むしろ過少に評価しているかのように謙虚です。

一方の自分はと振り返ってみると、いつも背伸びをして生きてきた気がします。

等身大の生き方、これが今の小生の生きるテーマとなっています。


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第2722日 「知識」 と 「識見」 についての一考察

今日のことば

【原文】
識量は知識と自ら別なり。知識は外に在り、識量は内に在り。〔『言志後録』第210章〕

【意訳】
識見及び度量と知識とはそもそも別のものである。知識は経験によって獲得するものだが、識量は本来内に備わっているものである

【一日一斎物語的解釈】
智慧と知識は別ものである。外から取り入れた知識を活かすには、智慧に変換しなければならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、N鉄道病院名誉院長の長谷川先生を訪ねているようです。

「COVID-19がまた増えてきたね」

「はい。第7波です。いったいいつまで続くんですかね?」

「明けない夜はないし、止まない雨もないよ、神坂君」

「そうですね。まだ、しばらく旅行も行けないですね」

「テレビで旅番組を観るたびに行きたい場所は増える一方なんだけどね(笑)」

「私は読書量が増えました。面白いもので、読書をして知識がつけばつくほど、また知りたいものが増えてきますね」

「そういうものだよ。好奇心を失った時、人は老いるのではないかな?」

「なるほど。名言ですね」

「しかし、知識というのは外から入手するもので、そのままではまだ使えるものにはならないんだね」

「え、そうなんですか?」

「知識は外から入れるもので、識見や度量は自分の内にあるもの。外から吸収した知識を自分の中で塾生させて、識見や度量、あるいは智慧に浄化してこそ、学びが本物になるんだ」

「自分で考えるということですか?」

「うん、単純に言えばそうだね」

「すみません。単純にしか考えられないので(笑)」

「そこも重要! 複雑に考えるのではなく、難しいことをいかに単純に考えられるかで、行動の質は変わってくる」

「単純さもたまには役に立つんですね(笑)」

「医者連中は頭が良すぎる。時にそれが知識を智慧に変える邪魔をすることがあるんだよ」

「頭が良すぎるのも考えものなんですね」

「ははは。そうかも知れないな。私は意外と神坂君のコメントからヒントをもらうことが多いんだよ」

「本当ですか? こんなバカが長谷川先生のお役に立てるなら、この世に生まれた甲斐があります!」

「大袈裟だなぁ(笑)」


ひとりごと

外から新しい知識を取り入れることは重要です。

インプットなくしてアウトプットなしです。

しかし、インプットしても、それを熟成させる作業が必要です。

自分の内にある識見や度量に照らして、知識を智慧に変える。

この作業をせずにアウトプットをしても、期待した結果を得ることはできないはずです。


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第2721日 「美文」 と 「実力」 についての一考察

今日のことば

【原文】
応酬の文詩、畢竟人の翫弄(がんろう)に供するは、羞ず可きの甚だしきなり。顧亭林曰く、「文を能くするも文人と為らず、詩を能くするも詩人と為らず」と。此の語太だ好し。〔『言志後録』第209章〕

【意訳】
人と手紙や詩をやりとりすることは、結局は趣味上のあそびとなってしまうことがあるが、これは甚だ恥ずかしいことである。顧炎武が「美文を書いたとしても文人とは言えないし、名詩を作っても詩人とは言えない 」と言ったのは、非常に良い言葉である

【一日一斎物語的解釈】
知識をひけらかしたり、技術をもてあそぶような文章を書くことは恥ずべきことである。コミュニケーションで大切なことは、自分の心を伝えることにある。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業部特販課の大累課長のデスクにいるようです。

「このはがき、読んでくださいよ」

「どれどれ? ん、なんだこれ? 何が言いたいんだ?」

「でしょ? まったく意味不明なんですよねぇ」

「誰からのはがきなんだ? あぁ、M器械の松原さんか。あの人、話も訳が分からないなと思っていたけど、文章も酷いな」

「カッコいい言葉がたくさんあるんですけど、果たして使い方が合ってるのかどうか(笑)」

「いや、滅茶苦茶だよ。本人は、俺の文章は凄いだろうというつもりで書いてるんだろうけど、結果的にバカさをアピールしてるよなもんだな(笑)」

「面倒なおっさんですよ」

「昔から美文を書いたからといって文人とは言えないって言葉もあるんだ。文人気取りはやめて欲しいな」

「ほんとうですよ」

「で、結局、何が書いてあったんだ?」

「G市に新しい支店を作ったらしいんですけど、そこの支店長を兼務することになったらしいです」

「おいおい、その程度の内容でここまで意味不明の文章が書けるのは、ある意味で別の才能だな」

「これしか文字数がないのに、何回読み返したことか」

「文章ってのは伝わってナンボなんだよな。カッコいい文章を書く必要はないんだよ」

「学のない人に限って、カッコつけたがるんですよね」

「何て言ったって、この業界では危険人物として、誰もが恐れている人だからな」

「それ、話が長いからでしょ? まさか文章まで、ここまでヤバいとは知らなかったですよ」

「しかし、暇なお前じゃなきゃ解読は無理だったな」

「だけどこれ、なんで俺のところに来たんですかね?」

「あぁ、それは簡単だよ。この前、松原さんに会った時にはがきを出すって言ってたから、宛先をお前にしてくれと言っておいたんだ」

「か・み・さ・か・ぁーーっ!!!」


ひとりごと

文書は言いたいことを正しく伝えることが目的のはずです。

でも、ちょっとカッコつけて文章を書きたくなる気持ちってわかりますよね?

ところが、無理をすると、届いた相手に深いな思いをさせることになります。

背伸びせず、シンプルな文章を心がけましょうね。


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第2720日 「漢詩」 と 「立志」 についての一考察

今日のことば

【原文】
詩は志を言うに在り。離騒・陶詩の如きは、尤も能く其の志を言えり。今の詩人は、詩と志と背馳す。之を如何せん。〔『言志後録』第208章〕

【意訳】
詩というものは作者の志を表現するものである。屈原の『楚辞』にある「離騒」という詩や陶淵明の詩などはもっとも作者の志を伝えている。ところが今時の詩人は、詩とその心とが背反してしまっている。どうしたものだろうか

【一日一斎物語的解釈】
素晴らしい詩には、作者の志が込められている。生きる勇気を与えてくれるような詩を読むべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚の西郷さんと食事をしているようです。

「佐藤部長から漢詩のことを教えてもらって、いくつか読んでみたんですけど難しいですね」

「現代の我々には漢詩の素養がないからね」

「明治維新の頃は、偉人は漢詩を作っているようですね」

「うん。あの西郷隆盛公は、著作は残していないけど、漢詩はたくさん残しているからね」

「元広島カープの黒田投手が座右の銘にしていたのが、西郷さんの漢詩の中の一節でした。たしか、『雪に耐えて梅花麗し』だったと思います」

「『厳しい雪の寒さに耐えてこそ、梅の花は麗しく咲く、という意味だね。その続きを知ってる?」

「いえ知りません」

「『霜を経て楓葉(ふうよう)(あか)し』と続くんだ。意味は、『深い霜を凌いでこそ、楓の葉が真っ赤に染まる』となる」

「同じことを別の言い方に言い換えたんですね?」

「そう。その意味するところはわかるよね?」

「はい。人間は艱難辛苦に耐え忍んでこそ、立派に成長できるのだ、ということですね?」

「さすがは、神坂君。勉強しているね。この詩には西郷隆盛公の志が見事に反映されていて感動させるものがあるよね

「はい、黒田投手のインタビュー記事で初めて知って、感動したことを覚えています」

「なるほど。黒田投手もこの言葉を座右の銘にするとは素晴らしいね」

まさに、男気のある選手でしたからね。ところで、サイさんは、西郷さんと血のつながりはないんですか?」

「この体格だからね、昔からよく聞かれたよ」

「ですよね。で、その答えは?」

「まったく無関係だよ。遡ればどこかでつながるかも知れないけどね」

「なんだ、そうですか。期待しちゃいましたよ」

「でも、そういう風評が私を鍛えてくれたのかもな?」

「どういうことですか?」

「子供の頃に、西郷さんと比べられてバカにされないように、しっかり勉強しようと思ったからさ」

「なるほど、まさに『雪に耐えて梅花麗し』ですね!」


ひとりごと

今日は、西郷隆盛公の漢詩をご紹介しておきましょう。

天意を識る
一貫唯唯諾  一貫す、唯唯の諾
従来鉄石肝  従来、鉄石の肝
貧居生傑士  貧居、傑士を生じ
勲業顕多難  勲業多難に顕わる
耐雪梅花麗  雪に耐えて梅花麗しく
経霜紅葉丹  霜を経て楓葉丹し
如能識天意  如し、能く、天意を識らば、
豈敢自謀安  豈敢て、自から安きを謀らんや

「はい」と言って一度承諾したことは、どのような事態になろうとも最後まで貫き通さなければならない。
それには、昔から鉄石のような堅固な精神が必要である。
貧しい生活が偉大な人物を生み出し、
立派な業績も、多くの困難を乗り越えてこそ生まれるのである。
(古書にもあるように)梅花は厳冬の雪の中に耐えてこそ麗しく咲き、
楓の葉は幾たびも冷たい霜の厳しさを凌いで赤く色づくではないか。
君がもし(このように辛苦の末に成果が表れるという)天の道理を知っているなら、
どうして安逸に耽(ふけ)っていることができようか。いやできないはずだ。

たしかに西郷さんの志を感じる良い詩ですね。


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第2719日 「分業制」 と 「専門性」 についての一考察

今日のことば

【原文】
先ず草創し、次に討論し、次に修飾し、最後に潤色す。鄭国辞命の精密なること、但だ数賢の長を取るのみならず、文章鍛錬の法に於いても、亦宜しく然るべし。〔『言志後録』第207章〕

【意訳】
まず草案を作り、次にそれをたたき台として討議し、次に添削し、最後に文章に潤いを与える。鄭の国の外交文書作成の精密さは、ただ四人(卑諶・世叔・子羽・子産)の賢人の長所を取り入れているだけでなく、文章を鍛錬する手法としても、非常に優れているといえよう

【一日一斎物語的解釈】
かつて鄭の国では、文書を作成するにあたっても、四人の専門家がそれぞれの役割を担当した。文章に限らず、仕事の精度を上げるには、仕事を細分化し、それぞれの専門家に任せるのがよい。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長と同行中のようです。

「かつて中国に鄭という国があって、そこでは文書を作成するにも、草案作成・討議・添削・修飾をそれぞれの専門家が担ったそうだよ」

「そこまで分担制にする必要があったんですかね?」

「鄭は小さな国だったからね。外交で他国と渡り合うには、そこまでしなければいけなかったのかも知れないね」

「なるほど。そういえば、野球でも、昔はピッチャーは先発完投が当たり前だったのに、今では、先発・中継ぎ・抑えと役割が分かれています」

「まさに分業制だね」

「ということはですよ。ウチのような中小企業が大手と戦うには、営業も分業制にすべきなのでしょうかね?」

「どうだろうね?」

「市場やライバル企業の分析担当、それを受けての戦術立案担当、そしてアポ取り担当、デモ立ち会い担当、クロージング担当。ざっとこれくらいの分業が必要になりそうです」

「どちらかというと大企業がそれを始めているのが実情かもね」

「どういうことですか?」

「アメリカではインサイド・セールスが営業人口全体の四割を超えているらしいよ」

「あぁ、それは聞いたことがあります。欧米では、フィールド・セールスより、需要喚起が目的のインサイド・セールスの数を増やしているんですね」

「うん。日本でも大手はインサイド・セールスを置き始めているようだし、マーケティングもオートメーション化しているようだからね」

「あぁ、MAってやつですよね? どうします? ウチは超アナログ企業ですけど、生き残っていけるのでしょうか?」

「ウチもトップは業界の状況を踏まえながら、検討はしているようだけど、まだまだ先だろうね」

「それまでは先発完投で頑張るしかないのかなぁ?」

「そうかもね。でも、マネージャーは、営業マンのコーチとして、戦術を考えたり、クロージングに同行したりすることはできるんじゃないかな?」

「そうですね。当面はそれでフォローしていくしかないんでしょうね。でも、たしかに立ち会い時に能力を発揮する奴もいれば、クロージングが得意なメンバーもいます。すこし分業ということを意識しても面白いかもしれませんね?」

「試してみて損はないと思うよ!」


ひとりごと

COVID-19の世界的なパンデミックによって、欧米ではインサイド・セールスの数は激増し、MA(マーケティング・オートメーション)化も促進されているようです。

日本でも大手企業は、その導入を急いでいます。

どのような仕事も、先発完投の時代から、専門家による分業制へとシフト・チェンジしていく過渡期なのかも知れません。

しかし、これはあくまでも欧米流のような気もします。

日本流のビジネスの良さを失わぬように、意識をしておくことも忘れないでおきたいですね。


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第2718日 「辞」 と 「達」 についての一考察

今日のことば

【原文】
言語・文章は一なり。文は宜しく経を師とすべし。「辞、体要を尚ぶ」は周公なり。「辞、達するのみ」は孔子なり。〔『言志後録』第206章〕

【意訳】
言語と文章はひとつのものである。文章は経書をお手本とすべきである。『書経』の中の周公旦の言葉に「辞は体要を尚ぶ」(言葉は簡単で要領を得ることが大切である)とある。。また『論語』にも孔子が「辞は達するのみ」(言葉は意志が通ずればそれでよい)と述べている

【一日一斎物語的解釈】
言葉も文章もコミュニケーションの手段である。したがって、こちらの意図や想いが簡潔に伝わるように、言葉や文章を磨いてかねばならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生を訪れたようです。

「先日、ウチの佐藤と話をしていて、多田先生の文章は簡潔で素晴らしいという話になったんです」

「どうせまた、長谷川のおっさんに言われたことも蒸し返したんだろ?」

「そ、それは…」

「バカ、顔に書いてある。そういう話を切り出すなら、俺にこう言われることくらい想定しておけ!」

「たしかに、そうでした(笑)」

「いいか、神坂。結局、文章も言葉も同じなんだ。相手のことを思い、相手の対応も考慮に入れて、なるべく簡潔明瞭に伝えることを優先するんだよ」

「いまの私はすでに冒頭で間違っていたんですね?」

「そういうことだ。頭の悪い奴に限って、言葉を飾ろうとする。その結果、何が言いたいか分からない文章になるんだよな」

「まるで私のことを言われているようです」

「お前のことを言ってるんだよ!」

「げっ、そうでしたか」

「シンプル・イズ・ベストだ。格好をつけるのは、自慰行為でしかないんだよ!」

「はい」

「孔子は、『辞は達するのみ』と言っている。言葉は伝わればそれで良いんだ」

「私は他人に笑われないような文章を書こうと思ってしまいます」

「だからこそ、普段の勉強が大事なんだよ。その場に及んで、能力以上のことをやろうと思ってもできるわけはない。これはスポーツでも、医療の世界でも同じだ」

「日々の鍛錬ですね」

「もし自分の文章に自信がないなら、毎日ブログでも書いてみろ。誰も読んでくれなくても良いじゃないか」

「ブログですか? なるほど、定期的に文章を書く機会を作るわけですね?」

「それがいざというときの文章に生きるんじゃないのかな」

「はい。おっしゃっるとおりだと思います。またまた、勉強になりました」


ひとりごと

『書経』の言葉、「辞、体要を尚ぶ」と『論語』の言葉、「辞は達するのみ」は、この言葉自体が簡潔に言葉や文章をの目的を教えてくれます。

コミュニケーションの手段である以上、こちらの想いがどれだけ確実に伝わるかが重要です。

難しい言葉や綺麗な言葉を使うことは、悪いことではありませんが、そのために意味が不明瞭となってしまっては、本末転倒です。

気をつけたいですね。


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れみれみ