一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

2022年10月

第2819日 「文章」 と 「人格」 についての一考察

今日のことば

【原文】
文詞は以て其の人と為りを見る可し。況や復た留貽(りゅうい)するをや。宜しく修辞立誠を以て眼目と為すべし。〔『言志晩録』第52条〕

【意訳】
文章を通して、それを書いた人の人間性をみることができる。ましてやそれが後世まで残るものであるから、言葉を修めて誠を立てることを最大の目的としておかねばならい

【一日一斎物語的解釈】
文章には書いた人の人間性が如実に顕れる。だからこそ、言葉を飾らず自分の誠を書き記すことを意識すべきなのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんと食事をしているようです。

「サイさん、本を出すことになったって本当ですか?」

「ありがたいことにね」

「すごいなぁ。私の知り合いに本を出す人がいるなんて、すごくうれしいですよ」

「ありがとう。今は身が引き締まる思いでいるよ」

「そうなんですか? ワクワクしてるんじゃないんですか?」

「もちろん楽しみでもあるよ。でもね、書籍を出せば、もしかしたら私の死んだ後までも残るかもしれないよね」

「ベストセラーになれば確実ですよ!」

「そう考えると、怖くもあるんだ」

「へぇー、何故ですか?」

「文章にはその人の人間性が如実に現れてしまうものだと思わないかい?」

「まぁ、たしかに、文章を読むとなんとなく作者の性格も見えて来る気がしますね」

「うん。だから下手なことは書けないなと思っているんだよ」

「サイさんなら大丈夫ですよ。サイさんが書きたいものを書けば、自然と素晴らしい本になりますよ!」

「そうかな?」

「だって、サイさんほどの人格者は私の周囲にはいませんからね」

「神坂君、ありがとう。そうだね。あまり言葉を飾ることをせず、自分の誠をそのまま文字にすればいいんだろうね?」

「そうです、そうです! いやー、楽しみだなぁ」

「神坂君もいつか本を書く日がくるかもね」

「もしそんな日がきたら、もうこの世に思い残すことはないですよ!」

「大袈裟だね(笑)」

「でも、いまのままでは文章の中に、私の不誠実な心が透けて見えてしまう気がします。精進するしかないですね!」

「私も60歳を超えてから、こんな機会にめぐり会えたんだ。神坂君もしっかり精進すれば、必ずチャンスは来るよ!」

「はい!」


ひとりごと

不思議と文章には作者の性格がにじみ出てしまうものです。

恐らくは人間の完成度の差が、文字に言霊として載ってしまうからなのかも知れません。

現代はSNS全盛の時代です。

誰でも簡単に言葉を外に向けて発信できます。

だからこそ、扱う言葉を慎重に選ばなければいけないのでしょう。


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第2818日 「言葉」 と 「修飾」 についての一考察

今日のことば

【原文】
文は能く意を達し、詩は能く志を言う。此の如きのみ。綺語麗辞、之を佞口(ねいこう)に比す。吾が曹の屑(いさぎよ)しとせざる所なり。〔『言志晩録』第51条〕

【意訳】
文章は自分の思いが伝わればよく、詩は自分の心の在り様が伝わればよい。ただそれだけである。みだりに美しく飾った言葉や文章は、こびへつらいのようなもので、我が門においては必要のないものである

【一日一斎物語的解釈】
コミュニケーションは、自分の想いが相手に正しく伝わることが重要である。飾った言葉を使うことに必要以上に時間をかける必要はない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、息子の楽(がく)君の作文を読んでいるようです。

「とうさん、もう少しカッコいい文章にならないかな?」

「カッコいいってどんな感じだよ?」

「とうさんは最近、よく本を読んでいるでしょ。本に出て来るカッコいい言葉を教えて欲しいんだ」

「楽、作文で一番大事なことはなんだと思う?」

「え? 大事なこと? なんだろうなぁ?」

「カッコいい文章を書くことか?」

「いや、それは違うと思う。たぶん、自分が書いたことがちゃんと読んだ人に伝わることだと思う」

「そのとおり! だからカッコいい文章なんて書く必要はないんだよ」

「でもカッコいい文章を書いた方が、点数が高くなるんじゃないかな」

「それは違うだろう。カッコ悪くてもいいから、楽らしい文章を書いた方がいい」

「そうかなぁ?」

「男が女とデートするときは、中身より服装が大事だと思うか?」

「そんなわけないじゃん。それは中身だよ!」

「そうだろう。カッコいい文章というのは、おしゃれな服みたいなものだ。大事なのは文章の中身なんだよ」

「なるほどね。ねぇ、かあさん。とうさんからラブレターをもらったことある?」

「あったかな? たぶんあったと思う」

「文章はどうだった? カッコつけてなかった?」

「メッチャ、カッコつけてたよ。いや、カッコつけたつもりだったんだろうね。でもねぇ、誤字脱字がひどくて読めたものじゃなかったな」

「じゃあ、中身は覚えてない?」

「全く覚えてない(笑)」

「ははは。ほら、とうさんだってカッコつけてたクセに。あれ? とうさんがいない」

「さっき、そそくさと出て行ったわよ(笑)」

「…」


ひとりごと

孔子のことばに、「辞は達するのみ」とあります。

言葉や文章は性格に伝えることが大切である、という意味です。

背伸びをした文章を書くことは危険ですらあります。

自分の身の丈に応じた文章や言葉を選びましょう。


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第2817日 「リスク」 と 「リターン」 についての一考察

今日のことば

【原文】
文詞筆翰(ひつかん)は芸なり。善く之を用うれば、則ち心学においても亦益有り。或いは志を溺らすを以て之を病むは、是れ噎(えつ)に因りて食を廃す。〔『言志晩録』第50条〕

【意訳】
詩歌や文章や書をつくることは一つの芸である。これを善い方向に用いれば、心を養う上において有益である。しかし志を惑溺させることを恐れてこれを用いないのは、むせぶのがいやだといって、食事をしないようなもの(小さい障害のために肝心なことをしないようなもの)である

【一日一斎物語的解釈】
ごく稀にしか起こらないことを心配して行動しないのでは、何ごとも成就しない。どんな物事にも善悪の両面があるのだから、善い面をとらえて自分の身に益すればよい。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の善久君と面談をしているようです。

「課長、商談で失敗しないためにはどうすればいいのでしょうか?」

「わからないな」

「そんな、上司なんですからちゃんと答えてくださいよ」

「いや、俺はそういう考え方をしたことがないからさ。どうやったら成功するかは考えるけど、失敗しないためにどうしたらいいかなんて考えないんだよ」

「あぁ、私の考え方はネガティブなんですね?」

「そう、そして俺のはポジティブ・シンキングだろ?」

「はい」

「うまくいくか、失敗するかなんて、最終的にはやってみなければわからないんだよ。だから、ある程度準備をしたら、起きるかどうかもわからないことを心配していないで、即行動した方がいい」

「そういう考え方になりたいです」

「『なりたい』なんて言っているうちはなれないんだよ!」

「なります! でも、どうすればいいのでしょうか……」

「ははは。思考も癖みたいなものだ。習慣化すれば、徐々に変わっていくよ」

「最初は意識しまくれ。そうすれば必ずポジティブな思考習慣が身につくよ」

「どのくらいかかりますか?」

「それはお前の想いの強さ次第だな」

「仕事のときだけポジティブ・シンキングをしようだなんて思うなよ」

「プライベートのときもですか?」

「当たり前だよ。人間の脳はそんなに都合よくはできていない。脳にビジネスモードもプライベートもないんだよ」

「最後に質問してもいいですか?」

「いいよ」

「課長の思考は、ポジティブではなく、ノー天気ではないのですか?」

「…」


ひとりごと

リスクを過小評価せず、しっかりとリスクヘッジすることは大切です。

しかし、リスクを過大評価して、行動を躊躇するのもよろしくありません。

適切にリスクを捉え、ある程度の結果を想定できたら、あとは迷わずGO!

リスクを取らない人生とは、何もしない人生です。


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第2816日 「怡悦」 と 「誇示」 についての一考察

今日のことば

【原文】
著書は只だ自ら怡悦(いえつ)するを要し、初めより人に示すの念有るを要せず。〔『言志晩録』第49条〕

【意訳】
書物を著述するのは、ただ自ら悦び楽しめば良いのであって、人に誇示するという思いを抱いてはいけない

【一日一斎物語的解釈】
書物を著述するときは、書きたいことを楽しみながら書けばよい。良い評価を得ようなどと思ってはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、A県立がんセンター消化器内科の多田先生を訪れているようです。

「多田先生が本を買うときは、事前に買うべき本をじっくり調べてから買いますか? それとも本屋さんで面白そうだと思ったら衝動的に買う方ですか?」

「俺は衝動買いが多いな」

「内容をパラパラと読んでから決めるのですか?」

「まずタイトルや帯をみて、売れることしか考えていないと思う本を除外する」

「なるほど」

「それから、『はじめに』とか『あとがき』を読む。それで決めることが多いな」

「内容は読まないんですか?」

「本文を読まなくても『はじめに』とか『あとがき』を読めば、著者がどういう想いでその本を書いたかがわかる。その想いに賛同できれば、読む価値ありと判断するんだ」

「そんな本の選び方は初めて聞きました」

「著者が書きたいことを、自分自身が楽しんで書いている本が一番面白いんだよ。『売りたいとか人に評価されたいとか、そんな下心で書いた本はクソ面白くないからな」

「そんなものですか?」

「お前がオペをするとなったら、患者や家族に誉められたいと思っている医者と、とにかく自分の技術と知識を精一杯活用して楽しみながらオペをする医者と、どっちに腹を切ってもらいたい?」

「うーん、腹を切るのを楽しんでいるドクターも怖いですけど、褒められたいと思っているドクターはもっと嫌ですね」

「ははは。ちょっと例えが悪かったか。しかし、その二人の医者では間違いなくパフォーマンスに差が出る。それはすなわちオペの結果にも表れる訳だよ」

「人を感動させるのは、誰かに評価されたいと思ってやったことではなく、自分のできることを精一杯やり切ったときなんですね」

「そういうことだ。褒められたいとか評価されたいなんて思いで仕事をしたらロクな結果にはならないからな」

「私もそんな風に考えたことはないですね」

「だからお前とこうして付き合っているんだよ」

「あ、そういうことだったんですか? ということは、私は多田先生の試験にパスしたんですね!」

「俺はそんなに甘くはないぞ。俺に会うときは毎回が試験だ。昨日は合格しても、今日は落第するかも知れないぞ」

「落第したらどうなるんですか?」

「出入り禁止だ!」

「き、厳し過ぎませんか?!」


ひとりごと

著者が本当に書きたいと思って魂を込めて描いた著作に、人は心を動かされるのかも知れません。

良書とは、そういう本の事を指すのでしょう。

しかし、これは著作に限りませんね。

人を感動させるのは、全力を尽くす姿です。

しかも自分自身もそれを楽しめるなら、それこそ天命といえる仕事にめぐり会えている証しではないでしょうか?


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第2815日 「良書」 と 「選書」 についての一考察

今日のことば

【原文】
朱子は『春秋』伝を作らずして、『通鑑綱目』を作り、『載記(たいき)』を註せずして、『儀礼経伝通解』を編みしは、一大識見と謂う可し。『啓蒙』は欠く可からず。『小学』も亦好撰なり。但だ『楚辞註』と『韓文考異』は有る可く無かる可きの間に在り。『陰符』と『参同』に至りては、則ち窃(ひそ)かに驚訝(きょうが)す、何を以て此の泛濫(はんらん)の筆を弄するかと。〔『言志晩録』第48条〕

【意訳】
朱熹が『春秋』の註解を作らずに、『資治通鑑項目』を作り、『礼記』を註釈せずに、『儀礼経伝通解』を編集したのは、一大見識というべきである。『易学啓蒙』は欠くことができない。朱子が劉子澄に編纂を指示した『小学』も好著である。ただ『楚辞集註』と『韓文考異』は有っても無くてもよい。道家の『陰符』と『周易参同契 』の註釈書である『陰符経考異』と『周易参同契注』を編纂したことについては、どうしてこのようなとりとめのない著述をしたのであろうかといぶかるところである

【一日一斎物語的解釈】
多くの偉大な作家や学者でも、時には駄作を生み出すこともある。安易に書評をすることは避けるべきだが、書を読み活学する際には良書を選ぶべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「一斎先生によるとあの大儒学者の朱熹でも駄作を書いているようですね?」

「駄作というか、何故あのような書を書いたのかといぶかっている感じだろうけどね」

「どんな本なのですか?」

「儒家ではなく、道家の書を注釈しているものなんだ。だから、何故という思いがあったんだろうね」

「へぇー、朱子が道家の書に注釈をつけているとは意外です」

「一斎先生も意外だったんだろうね(笑)」

「でも考えてみれば、出す本すべてが名作だなんて作家や学者はいませんよね?」

「たくさん書けば書くほど、評価はばらつくだろうからね」

「私のような人間が偉そうに他人の本を評価するのはやめておきます。私にはどれが良書かなんて、わかりませんから、尊敬する諸先輩に教えてもらった本を素直に読みたいと思っています」

「最初はその方がいいかもね。そのうちに、自分でも良書か否かの判断がつくようになるよ」

「その域を目指します!」

「まずは『論語』と『言志四録』というところかな?」

「はい。その2冊に関しては、わからないところを解説してくれる素晴らしい先輩がいますから!」

「西郷さんと私かな?」

「もちろんです!」

「恐縮です! いつか神坂君から良書を薦めてもらいたいね」

「私が部長に本を薦める日が来るなんて想像でもできません(笑)」

「楽しみに待っているよ」

「うわぁ、これは仕事よりプレッシャーになるなぁ」


ひとりごと

良書を選ぶことができるようになるためには、それなりに良書を多く読まねばなりません。

自分にとって難解な本を詰まらない本だなどと思うのは大間違いです。

それはただ難解な書を理解できるレベルに達していないだけなのではないでしょうか?

人間が本を選ぶのではなく、本が読む者を選んでいるのかも知れませんね。


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第2814日 「学ぶ」 と 「話す」 についての一考察

今日のことば

【原文】
経書は講明せざる可からず。中ん就く易・書・魯論を以て最も緊要と為す。〔『言志晩録』第47条〕

【意訳】
経書すなわち四書五経は講義をしてその真理を明らかにしなければならない。中でも『易経』・『書経』・『論語』については真っ先に取り組むべきである

【一日一斎物語的解釈】
読書によってインプットしたことは、実践でアウトプットすべきである。読んだだけで理解した気になってはならない。


今日のストーリー

神坂課長と元同僚・西郷さんの食事はまだ続いているようです。

「サイさんはなぜ『論語』の読書会を始めようと思ったのですか?」

「マネジメントの勉強には、『論語』がいいと教えてもらったので、最初はひとりで勉強していたんだ」

「それで?」

「今の読書会の進め方と同じで、ひとつの章句に対する複数の学者先生の解説を読み比べるという勉強をしていたんだけど、これはひとりで勉強するのは勿体ないなと思うようになってね」

「勿体ないって、どういうことですか?」

「こういう『論語』の読み方をすれば、仕事にも人生にも大いに役に立つと思ったんだ。それなら独り占めするのではなく、知り合いに一緒に勉強しないかと声をかけてみようと思ってね」

「それで知り合いの方々に声をかけたんですね?」

「うん。そしていざ読書会を始めてみて、気づいたことがある」

「どんなことですか?」

「学んだことというのは、他人に話してみると、自分の理解度がよくわかってとても勉強になるということをね!」

「あぁ、そういうことですか」

「参加者に理解してもらうには、自分自身がしっかりと理解できていなければダメなんだよね。中途半端な理解のまま話しても、うまく伝わらないんだよね」

「教うるは学ぶの半ばなり、ですね」

「『書経』の言葉だね。よく知っているね」

「部長に教えてもらった言葉です」

「まさにそのとおりで、人に教えることはとても勉強になる。つまり、あの読書会で一番深く学べているのは、実は私なんだと思うよ」

「そうかも知れませんが、私もとても勉強になっていますよ」

「そう言ってくれると嬉しいね」

「私も学んだことは、もっと人に話してみる必要があるのかも知れませんね」

「そうだね。ただ、中途半端に知ったかぶりをして話すと全然伝わらないから気をつけて!」

「実は、そういう経験が何度もあります(笑) しっかり学ぶのが先ですね!」


ひとりごと

本を読み、理解したつもりでいても、いざその内容を他人に話してみるとうまく伝わらない。

誰しもそんな経験があるのではないでしょうか?

だからこそ、一斎先生は、他人に伝えよと言っているのです。

他人に伝えてはじめて真の学びとなるということでしょう。


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第2813日 「経書」 と 「漢詩」 についての一考察

今日のことば

【原文】
講書と作文とは同じからず。作文は只だ習語を飜して漢語と做すを要す。講書は則ち漢語を飜して以て習語と做すをば、教授において第一緊要の事と為す。視て容易と為す可からず。〔『言志晩録』第46条〕

【意訳】
書物を講義することと漢文で文書を作ることとは同じではない。作文は日常会話を言い換えて漢語にすることを必要とする。書物の講義は漢語を言い換えて日常の会話となすことが、講義における最も重要なことである。一見して容易なことだと考えてはならない

【一日一斎物語的解釈】
漢文で文書を書くときは、日本語の日常会話を漢文にする必要がある。また経書を講義する際は、漢文を日常の日本語に変換する必要がある。どちらも決して容易なことではない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元同僚・西郷さんの『論語』の読書会に参加した後、二人で食事をしているようです。

「それにしてもサイさん、『論語』を我々にわかりやすく伝えるのには随分準備が必要なんでしょうね」

「まぁ、そうだね。せっかく有料で参加してくれる皆さんに中途半端な資料を渡すわけにはいかないからね」

「漢文を現代の日本語に読み替えるわけですから、大変ですよね?」

「私は中国語を話せるわけじゃないからね。高名な先生の解説を深く読み込んで、それを現代の人の腹に落ちるように落とし込んでいるだけだよ」

「なるほど。それでも、やっぱり凄いことですよ。一人でテキストを読んでもさっぱり理解できないのに、サイさんが解説してくれた後だと、すごく場面が浮かんできて理解できるようになりますからねぇ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「サイさんが読書会を開催していなかったら、一生ご縁のなかった本だと思います」

「そんなことはないんじゃない? 佐藤さんがきっと神坂君を導いてくれたでしょう」

「あぁ、そうかも知れません。そういえば、部長が言っていたのですが、維新の志士たちは、みな漢文の詩が書けたそうですね?」

「あの頃の日本人が一番知的レベルが高かったのかも知れないね」

「みな中国語が話せたのでしょうか?」

「いや、そうではないと思うよ。でも、たくさん漢詩を読み、学んでいるから、ある程度型を把握していたんだろうね」

「その型に文字をはめ込んでいったというイメージですか?」

「うん、そうだろうね。私もそれを意識して、最近は漢詩をたくさん読むようにしているんだよ」

「日本語を中国語にするわけですよね? それはまた大変な作業ですね」

「でも、漢詩をつくることができたら素敵なことだと思わない?」

「思います。でも私の場合は、漢詩はハードルが高すぎるので、まずは和歌からかなと思っています」

「いいね!」

「佐藤部長も最近、『万葉集』を読んでいるそうです。なので、一緒に勉強して見ようと思っているんですよ」

「では、いつかお互いに和歌と漢詩を教え合えるレベルになれるように頑張ろうね!」

「いいですね!!」


ひとりごと

著作は一冊も残していない西郷隆盛公も、たくさんの漢詩を残しています。

以前に紹介した「天意を識る」という漢詩は、元広島カープの黒田投手が座右の銘としていた、

雪に耐えて梅花麗し

という名言を生んだ漢詩です。(2720日参照)

小生もいつか漢詩を書いてみようと思っています。


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関西
吟詩文化協会HPより

第2812日 「詩」 と 「情」 についての一考察

今日のことば

【原文】
易は是れ性の字の註脚。詩は是れ情の字の註脚。書は是れ心の字の註脚。〔『言志晩録』第45条〕

【意訳】
『易経』は「性」について注釈したものである。『詩経』は「情」について注解したものである。『書経』は「心」について解説したものである

一日一斎物語的解釈】
経書にはそれぞれの特質がある。自分自身の何を磨くかを考慮して選択すると良い。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長の部屋に居るようです。

「この前、Y社の菊池君にマネジメントのことについて聞かれましてね。私なんかが答えるのもどうかと思ったんですけど、自分の思いを話しちゃいました」

「マネージャーの先輩として、実体験を話すのは悪いことではないと思うよ」

「そう言っていただけると気が楽になります。マネジメントをするに当たって、マネージャーはいろいろなスキルを身につけなければいけないと思うんです」

「そのとおりだと思うよ」

「はい。でも、最も大切なのは知識や技術ではなく、メンバーの情を理解して汲んであげることじゃないかと思い始めているんです」

「すばらしい気づきじゃないか!」

「そうですか? 間違っていないですか?」

「もちろんだよ。孔子が弟子たちに『詩経』を読めと言った理由もそこにあるんだよ」

「あぁ、そういうことですか。詩の中に流れている情を読み取れということなですね?」

「うん。孔子塾は政治家要請塾でもあった。人の上に立つ人間は豊かな情をもち、また他人の情を理解してあげる必要がある。それを『詩経』から学びなさいということだね」

「そうなんですね。あ、そういえば、今やっている大河ドラマ『鎌倉殿の13人』では、鎌倉幕府第三代将軍の源実朝が才能豊かな歌人として描かれていました」

「実朝が若くして亡くなってしまったのは惜しいよね。彼が長く生きていたら、より安泰な政権が築かれたかもしれない」

「暗殺されてしまうんでしたね。それも、甥っ子によって」

「鎌倉幕府最大の悲劇といってもいいかも知れないね」

「北条義時のダークさにも歯止めをかけてくれたんでしょうかね?」

「そうかもしれないね。しかし、その実朝暗殺自体も義時黒幕説もあるらしいよ」

「え、そうなんですか? それはショックだなぁ。まぁ、それはさておき、政治もマネジメントも人の情を理解しなければうまくいかないということなんですね?」

「幕末の志士たちは、皆歌をつくった。書籍は一冊も残していない西郷南洲翁も漢詩はたくさん残しているからね」

「だからこそ、明治日本は短期間で国力を増強できたんですね。いまの政治家で歌を詠める人はいるのでしょうか?」

「あまり聞かないねぇ」

「それ自体が政治家が堕落した理由なのかもしれませんね。しかし、政治家だけの問題じゃない。私たちもすこしは歌の心を学ぶ必要がありそうな気がします」

「ぜひ、学んでほしいね。実は私も遅きに失した感はあるけど、『万葉集』を読んでいるんだよ」

「そうなんですか? ぜひ、一緒に勉強しましょう!」


ひとりごと

今回は、一斎先生が取り上げた『易経』・『詩経』・『書経』の中から『詩経』に絞ってストーリーを書いてみました。

孔子は常に弟子たちに詩・つまり『詩経』を学べと教えています。

それは情操教育として必須だったからなのでしょう。

我々日本人は、『詩経』ではなく、『万葉集』や『古今和歌集』などの和歌を学んでも良いのかも知れません。


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第2811日 「経書」 と 「印象」 についての一考察

今日のことば

【原文】
論語を講ずるは、是れ慈父の子を教うるの意思。孟子を講ずるは、是れ伯兄の季を誨(おし)うるの意思。大学を講ずるは、網の綱に在るが如し。中庸を講ずるは、雲の岫(しゅう)を出ずるが如し。〔『言志晩録』第44条〕

【意訳】
『論語』を講義するときは、父親が慈しみをもって子を教えるような気持ちになる。『孟子』を講義するときは、長男が末弟を教え諭すような感じがする。『大学』を講義するときは、網を一条の綱で引くように条理整然とした気持ちになる。『中庸』を講義するときは、雲が山の峰から流露するような感じがする

【一日一斎物語的解釈】
四書五経といった経書には、それぞれに独特の趣がある。経書を読む際には、それを味わいながら読むとよい。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、相原会長の部屋に呼ばれたようです。

「神坂君は、たしか西郷君から『論語』を教わっているんだよね?」

「はい。自分ひとりでは読めない本ですから、とてもありがたいです」

「四書と呼ばれる経書にはそれぞれの趣があるらしいね。でも圧倒的に読まれているのは『論語』なんだよね」

「そうみたいですね。2500年も前に書かれた本だとはとても思えませんよ」

「神坂君はどんな印象を持っているの?」

「孔子はまるで父親のように感じます。普段はとても優しいのですが、時に厳しく叱ってもくれます」

「なるほどね。孔子にはお弟子さんがたくさんいたらしいけど、それが理由なのかもね」

「そう思いますね。あんな師匠だったら、私みたいな人間でも成長できそうな気がします」

「佐藤君は孔子みたいな感じじゃないの?」

「そうなんです。最近、部長と孔子がかぶるんですよね(笑)」

「だから神坂君は成長できたんだね?」

「はい。佐藤部長にめぐり会っていなかったら、マネージャーになんてなっていなかったと思います」

「佐藤君も厳しいときは厳しいもんね(笑)」

「部長が怒ったときは、空気が変わります。普段ならキレ返す私でも、何も言えなくなります……」

「すばらしい。彼自身も『論語』を学んでいるのかな?」

「部長の座右の書は『言志四録』ですが、『論語』のことも詳しいので、間違いなく学んでいると思います」

「僕はそういう勉強をしてこなかったから、今になって後悔しているんだよね」

「勉強をしていなくても人間力が高いなんて、そっちの方が凄いことですよ!」

「恐縮です(笑) 僕も西郷君に教えてもらおうかな?」

「サイさんもちょっと恐縮するでしょうけど、喜んでくれると思いますよ」


ひとりごと

四書を読む順番があるそうです。

まずは『大学』、次いで『論語』、あとは『孟子』に『中庸』。

小生は、『論語』を学んでいます。

まさに孔子は父のように小生を叱咤激励してくれるのです。


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第2810日 「君子」 と 「講説」 についての一考察

今日のことば

【原文】
講説は其の人に在りて、口弁に在らず。「君子は義に喩り、小人は利に喩る」が如きは、常人此れを説けば、嚼蠟(しゃくろう)味無きも、象山此を説けば、則ち聴者をして愧汗(きかん)せしむ。視て易事(いじ)と為す勿れ。〔『言志晩録』第43条〕

【意訳】
講義というものは講義する人がどのような人物かということが重要であって、弁舌の上手下手にあるのではない。『論語』に「君子は義に喩り、小人は利に喩る」とあるが、これを一般の人が説けば、蝋燭を噛むようなもので味気ないものになる。ところが陸象山が説けば、聴く者は脂汗を流すことになる。講義を行うことは容易なことでないことを知らねばならない

【一日一斎物語的解釈】
人に何かを説く時は、何を言うかより誰が言うかが重要であることが多い。本当に理解させたいと思うなら、人物を磨くしかないのだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、N大学医学部附属病院の倉庫脇にある休憩室でY社の菊池さんと雑談中のようです。

「神坂さん、最近悩んでるんですよ」

「君が悩むなんて珍しいね(笑)」

「人をノー天気な奴みたいに言わないでください!」

「あれ、ちがったの?」

「いいから、話を聞いてくださいね!!」

「はいはい。どうぞ」

「私も課長になって、なんとかメンバーに威厳を見せなきゃいけないと思って、いろいろ勉強しているんです。神坂さんから教えてもらった本とかも読みました」

「感即動、すばらしいじゃないか」

「それはいいんですけど、それで本に書いてあった良い言葉を使ってみるんですけど、全然響かないんですよねぇ」

「ははは、そりゃそうだよ」

「え? なぜですか?」

「人は言葉の中身より、誰が言うかの方を重視するんだ。カッコいい言葉ほど、人物を磨いた人間か、結果を出している人間でないと、かえってシラケさせてしまうんだよ」

「そういうものですか?」

「そういうものだよ。俺がそれを証明したからな(笑)」

「あ、神坂さんもですか?」

「同じように、本で読んだことをそのままカッコつけて話したらさ、みんなポカンとしているんだよな」

「そうそう、まさにポカンとしていました(笑)」

「しっかりと人物を磨くのが先だということだよ。俺はようやくそれを悟って、最近は無暗に知識をひけらかすのを止めたんだ」

「なるほど」

「菊池君もまずはメンバーとの信頼関係を築くのが先だよ。そして信頼してもらうには、もっと自分を磨かないとな」

「ありがとうございます!!」

「じゃあ、今日の指導料はいつもの店の飲み代ということで!」

「くーっ、給料日前でキツイけど、仕方ないですね。明日の夜でどうですか?」


ひとりごと

本を読んで感動し、それをそのままメンバーに伝えてみたら全然響かない。

こんな経験を皆さんもされているのではないのでしょうか?

人の心に化学変化を起こしたいのなら、まずは自分自身の心に化学変化を起こすことです。

そしてまず自ら実践し、周囲に認めてもらった後、はじめて言葉を発するべきなのでしょう。


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