一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

学び

第2699日 「人望」 と 「仲間」 についての一考察

今日のことば

【原文】
事を処するに平心易気なれば、人自ら服し、纔(わず)かに気に動けば、便ち服せず。〔『言志後録』第187章〕

【意訳】
物事を処理する際に、心が平静でゆったりとしていれば、人は自ら従うものである。ところが感情に負けて動いてしまうと、人は従わなくなる

【一日一斎物語的解釈】
いつも穏やかな人の周りには自然と人が集まってくるが、すぐに感情的になる人からは人は遠ざかるものだ。


今日のストーリー


今日の神坂課長は、勉強会仲間と一緒にI県にやってきたようです。

目的は、フミさんこと松本元社長のセミナーハウスであるドリームハウス23で勉強会を開催し、夜は皆で宴会をやることにあるようです。

「ようやく来れました。ずっと楽しみにしていたんですよ」

「私も楽しみにしていたよ。十分なおもてなしをするから楽しみにしていてね」

「ありがとうございます!」

神坂課長を含めた10名が参加し、午後に集合して勉強会を開催し、いよいよ宴会の時間となったようです。

「さあ、どうぞこちらへ」

「うわぁー、何ですか、この豪勢なお料理は!!」

なんと松本さんと奥様、そして娘さん夫婦も手伝って、コース料理でおもてなしをしてくれるようです。

「お品書きまであるじゃないですか!!」

次から次へと地元の幸をふんだんに使ったお料理が運ばれてきて、参加者一同、満足を通り越して、恐縮しているようです。

「ゴッドを中心にこんな企画を立ててくれて、遠路はるばるここまで来てくれたことは、本当に嬉しいし、ありがたいんだよね」

「あれ、フミさん泣いてますか?」

「いや、昨日は今日のことを思うだけで涙が出て来たけど、今は酒のせいか涙が出ない(笑)」

一同大爆笑です。

「今日は、フミさんのドリームハウスを見せてもらいたくて、いろいろな場所から仲間が集まってきました。これはフミさんの人間力以外の何物でもないですね」

参加した皆さん、うなずいています。

「やっぱり、いつもおだやかな心をもった器のでっかい人のところには人が集まるんだなぁ。私ももっと自分を磨かないといけませんね」

「ノー・プロブレム! 瞬間湯沸かし器と言われた私がこうなれたんだ。ゴッドだってなれるよ!」

「なれますかねぇ? 私はすぐに感情的になってしまうからなぁ。こういう人間には人は寄り付かないんですよね」

大宴会の後は、松本さんの趣味のひとつ仏画を鑑賞させてもらい、参加者の皆さんは最寄りのホテルに戻りました。

「フミさんは、なんて凄い人なんだろう。また背中が遠くなった気がするけど、あの人を目標に俺も頑張ろう!!」

夜空に広がる満点の星を見ながら、神坂課長はひとりそう思ったようです。

ひとりごと

この物語はほぼ実話です。

実は昨日この大宴会が開催され、小生は今、ドリームハウスから最寄りのホテルの部屋で、日本海を眺めながらこのブログを書いています。

とても楽しくて、感動的な一日を味合わせて頂きました。

フミさん、ご家族の皆様、本当にありがとうございました!!

ご迷惑でなければ、またお邪魔させてください。


food_hors_doeuvre_oodoburu

第2698日 「宝物」 と 「自己」 についての一考察

今日のことば

【原文】
物一有りて二無き者を至宝と為す。顧命の赤刀・大訓・天球・河図(かと)の如き、皆一有りて二無し。故に之を宝と謂う。試みに思え、己一身も亦是れ物なり。果たして二有りや否や。人自重して之を宝愛することを知らざるは、亦思わざるの甚だしきなり。〔『言志後録』第186章〕

【意訳】
物がただ一つで同じものがふたつとない物を宝物という。『書経』の顧命における赤鞘(あかざや)の刀、三皇五帝の書、鳴る球・竜馬図などは、全てただ一つであって同じものはない。だからこそ宝物と呼ばれるのだ。試みとして考えて欲しい。自分の体もまた唯一であって、ふたつとないはずであろう。人は自分の体を大切にすべきことに気づかないのは、あまりにも無思慮なことではないか

【一日一斎物語的解釈】
自分の身体こそが、自分にとって最も大切な宝物であることを認識していない人は多い。我が身あっての人生であることに思いを致すべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチ中のようです。

「どうだ、坊主はスクスク育ってるか?」

「おかげさまで。もう、可愛くて仕方がないです」

「お前に似ないことを祈るよ」

「大きなお世話ですよ!」

「たしかに3歳くらいまでは口答えもしないし、自分から近づいてくるし、可愛いよな」

「家や車も高価なものですけど、やっぱり一番の宝は息子ですねぇ」

「気持ちはわかるが、我が子を一番の宝だと思うのはどうかな?」

「え、なぜです?」

「誰にとっても一番大事なのは自分自身であり、自分の身体じゃないか? 今、お前に何かあったら、その坊主は路頭に迷ってしまうんだぜ」

「言われてみればそうですね。息子が大病でもしたら変わってあげたいと思うのが親心ですけど、そのためには自分が生きていて、五体満足でないといけませんものね」

「そうだろ? みんなそれを忘れている気がするんだよな」

「たしかに、車やバイクも健康な体があってこそ、乗ることができるわけですしね」

「どれだけ立派な家を建てても、病気で入院しちゃったら住めないしな」

「でも、自分を過保護にするのもダメですよね?」

「うん。国宝の仏像は絶対秘仏にしてはいけないそうなんだ。宝物は、観てナンボ、使ってナンボだってことだよな。過保護に可愛がって、自分さえ良ければ他人はどうでもいいなんて思う奴は、実は自分自身をも大切にしていない奴なんだよ」

「そうですよね。可愛い息子のためにも、まずは私が元気で仕事を頑張らないと!」

「ただ、息子が宝だなんて思うのは今だけだぜ(笑)」

「そうですか?」

「そうだよ。中学生になれば、こっちは息子を宝だと思っても、むこうは父親を粗大ごみだと思ってるからな」

「それ、奥様の入れ知恵じゃないですか?」

「それは大いにある!!」


ひとりごと

わが身こそ最大の宝です。

それを忘れてはいけません。

生きているからこそ、やりたいことができるのです。

どうせいつかは死ぬのですから、せめて寿命は全うしましょう。


baby_music_piano_boy

第2697日 「本音」 と 「発言」 についての一考察

今日のことば

【原文】
戯言(ぎげん)(も)と実事に非ず。然も意の伏する所、必ず戲謔(ぎぎゃく)中に露見して、揜(おお)う可からざる者有り。〔『言志後録』第185章〕

【意訳】
ざれごとは本来事実ではない。しかもそこに潜んでいる本音は必ず洒落や冗談を言う中に露見するもので、隠しきれるものではないのだ

【一日一斎物語的解釈】
本音というものは、言葉を発すれば必ず露呈する。自分では遠回しに言ったり、冗談ぽく言ったつもりでも、隠しきれるものではない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の石崎君をランチに誘ったようです。

「石崎、お前、さっき俺が説明した内容を全然納得していないだろう?」

「そんなことないですよ! 会社で決めたことなんですから、従うしかないです」

「ほら、本当は不満ですが、仕方なく従いますって言い方じゃないか」

「だって、毎回車に乗る前にアルコールチェッカーで数値を測るなんて面倒じゃないですか」

「面倒か面倒じゃないかというなら面倒に決まっている。でも、10月から法制化されるんだ。やらなければ、法律違反で会社が罰せられるんだぞ」

「お酒を飲んだら、車には乗りませんよ」

「俺だってそうだ。だけど、世の中には酒を飲んで車に乗って、人を殺める奴がいるんだ。性悪説に立てば、こういうやり方しかないんだろうな」

「性善説でできないんですかね?」

「それには徹底的な教育が必要になる。しかも時間もかかる。その間に人の命が失われることは見過ごせないだろ?」

「そうですね…」

「しかし、お前はわかりやすいな。言葉の端々に本音が出まくるからな」

「え、それは営業マンとしてもダメですね?」

「アウトだな。しかも、お前は顔にも出る。いや、顔や態度により鮮明に出る(笑)」

「完全にアウトじゃないですか!」

「まぁ、そういうものだよ。本音は隠そうと思っても隠せるものじゃない。茶化したり、オブラートに包んで言ったとしても、やっぱり伝わるものだよ」

「そうですね。課長も納得していないというのが、よくわかりましたから(笑)」

「そうだよな。俺もお前と話していて、この件には納得できていないのはバレバレだなと思っていた(笑)」

「ちゃんとやりますから、心配しないでください」

「最初から心配なんかしてないよ。お前はなんだかんだ言ったって、ちゃんとやる奴だからな」

「あ、そこもバレちゃってますか?」

「バレバレだよ(笑)」


ひとりごと

小生は酒が飲めません。

それなのに、10月からは一律にアルコールチェックが義務付けられます。

法律とは本来性悪性で作るものなのでしょう。

これを法治主義と言います。

しかし、酒を飲んだら乗らないということを徹底させることも考えていくべきではないでしょうか?

時間はかかりますが、教育によって、それを実現することもあきらめてはいけません。

それこそが、孔子が目指した徳治主義なのです。


22417941

第2696日 「豊か」 と 「倹約」 についての一考察

今日のことば

【原文】
鶏鳴きて起き、人定まりて宴息(えんそく)す。門内は粛然として書声室に満つ。道は妻子に行なわれ、恩は蔵獲(ぞうかく)に及ぶ。家に酒気無く、廩(くら)に余粟(よぞく)有り。豊なれども奢に至らず、倹なれども嗇(しょく)に至らず。俯仰愧ずる無く、唯だ清白を守るのみ。各おの其の分有り。是の如きも亦足る。〔『言志後録』第184章〕

【意訳】
朝は鶏が鳴いて起床し、人の寝静まる時刻には就寝する。門内は静かに整然として読書の声が部屋に満ちている。妻子も正しい道を踏み行い、その恩恵は家来にも及んでいる。家に酒はなく、蔵には穀物の貯えがある。豊かであるが贅沢ではなく、倹約ではあるがけちではない。天地神明に恥じることなく、ただ清廉潔白を守っている。人にはそれぞれ分限がある。このような生活をしていれば「足る」というべきであろう

【一日一斎物語的解釈】
豊かであるが贅沢ではなく、倹約ではあるがけちではない。自分の分に応じた知足(足るを知る)を心掛けることが、わが身の修養となる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、相原会長と久しぶりにナイター競艇に来たようです。

「久しぶり過ぎて舟券の買い方、忘れちゃったよ」

「私も競馬中心で、ボートはしばらくご無沙汰でした」

結局、今日は二人とも1レースも当たらず、相原会長の自宅近くの蕎麦屋さんに入ったようです。

「そういえば、この前会長をお送りしたときに、車庫が見えたんですけど、車は日本車なんですね。てっきりBMかベンツに乗っていると思っていました」

「僕は車にはあんまり興味がないからねぇ。でも、軽に乗っているわけじゃないから良いでしょ?」

「もちろん、ケチだなんて言うつもりはないですよ。単純に意外だなと思っただけで…」

「豊かであっても贅沢でなく、倹約してもケチではない。そういう生活を心がけているんだよ」

「それで、今日は二人とも負けたから、寿司屋ではなく蕎麦屋なんですね?」

「でも、ざるそばではなく、天ざるだからね!」

「なるほど、倹約ではあるがケチではないですね(笑)」

「やっぱりそれなりに稼いだ人間には、そのお金を使う義務があると思うんだよ」

「使う義務か! 言ってみたいなぁ」

「あ、ごめんね。自慢している訳じゃないんだよ」

「もちろん、分かっています。でも、仰るとおりだと思います。今は特にCOVID-19の影響で、飲食店は厳しい経営状況ですから、お金を使うべきだと思っています」

「これまでだいぶお世話になってきたもんね!」

「はい。なじみの店が潰れるのは凄く残念だし、悲しいですからね」

「うん。ただし、自分の分を弁えてね。収入より支出が多いような生活はダメだよ。神坂君が破産してしまうからね」

「その辺は心得ているつもりです。最近は本代もバカにならないので、ギャンブルをセーブしているんです」

「酒代は減らさず?」

「それが、私の倹約だがケチではない流儀です」

「さっそく使ったね(笑)」


ひとりごと

豊かであるが贅沢でなく、倹約であるがケチではない。

この絶妙な感覚が良いですよね。

そのためにはまず自分の分をしっかりと弁えよ、と一斎先生は言います。

その上で、経済を回すために、必要なお金は使っていきましょう!!


22278734

第2695日 「智仁勇」 と 「育成」 についての一考察

今日のことば

【原文】
一罪科を処するにも、亦智・仁・勇有り。公以て愛情を忘れ、識以て情偽を尽くし、断以て軽重を決す。識は智なり。公は仁なり。断は勇なり。〔『言志後録』第183章〕

【意訳】
ひとつの罪を処理するにも、智・仁・勇が必要である。公正な立場で愛憎を除き、見識をもって真偽を正し、強い意志をもって敬重を判断する。この場合、識が智・公が仁・断が勇に該当するといえよう

【一日一斎物語的解釈】
部下や後輩に対しては、儒学の三徳である知・仁・勇をバランスよく発揮すべきである。いずれかに偏っては、正しい人材育成は不可能となる。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、読書会に参加した後、フミさんこと松本元社長と食事をしているようです。

「フミさんは昔、瞬間湯沸かし器と呼ばれていたんですよね?」

「ザッツ・ライト! ティファールなんか相手にならないくらい一瞬で沸騰していたよ」

「いまはこんなににこやかなのに」

「もう現役じゃないからねぇ」

「フミさんは、社員さんを育成するとき、どんなポリシーをもってやられていたのですか?」

「なるべく公平に、見識を正し、勇気をもって断じる、これかな」

「へぇー、カッコいいなぁ」

「これをセゴドン(西郷さん)に言ったら、それはまさに知仁勇の儒教の三徳ですね、と言われてびっくりしちゃったよ」

「すごいじゃないですか。現役時代からそんなことを意識していたなんて!」

「ちがう、ちがう。偶然だよ。そのころは、知仁勇なんて言葉すら知らなかったんだから」

「がくっ。そういうことですか(笑)」

「結果的に、知仁勇の三つのバランスが取れていたから、離職率も少なく、人がよく育ってくれたのかなぁと思っているんだ」

「絶対にそうですよ」

「真理って結局そういうものなのかもね」

「はい。理論としては知らなくても、正しい行為というのは、正しい理論に合致しているものなんでしょうね」

「うん。でも、理論を知ることで、感覚的なことを言葉として伝えることができるようになる。だから、学ぶことは大事なんだね」

「はい。学びを実践する楽しさに目覚めた、今日この頃です」

「ゴッドが羨ましいよ。私はもう引退してしまったからねぇ」

「私はむしろ、引退しても学び続ける姿勢に刺激を受けますよ。それに、臨床宗教師としての道はこれからじゃないですか!!」

「オー、イエス! そうだった!! なるべく公平に、見識を正し、勇気をもって伝えることを、もう一度意識しないとね!


ひとりごと

部下や後輩の育成は、一筋縄ではいきません。

好悪の感情を捨てて公平な視点に立ち、正しい見識を活用して指導し、勇気を持ってやらせてみる。

この知仁勇のバランスをとることが、育成の秘訣なのだ、と一斎先生は言います。

つまりは、部下の成長はリーダーの姿勢と覚悟如何に懸かっているといっても過言ではないのでしょう。


job_moujuu_tsukai_woman

第2694日 「継承」 と 「存続」 についての一考察

今日のことば

【原文】
三十年を一世とし、百五十年を五世と為す。君子の沢(たく)は五世にして斬(た)ゆ。是れ盛衰の期限なり。五百年にして王者興る有りとは、亦気運を以て言う。凡そ世道に意有る者、察を致さざる可からず。〔『言志後録』第182章〕

【意訳】
中国では、三十年を一世とし、百五十年を五世と捉える。『孟子』にも、「君子の余沢は五世で途絶えてしまう」とある。これは盛衰の期限といえるだろう。同じく『孟子』に、「五百年経てば王者が興る」とある。これが天の気運の巡り合わせであろう。概して政治に我が意を賭けようという者は、よく察しておかねばならないことだ

【一日一斎物語的解釈】
三十年を一世とする見方がある。仮に立派な創業者が創った企業であっても、その余沢はせいぜい五世、百五十年が限界である。それ以上繁栄が続くためには、中興の祖が出てくる必要がある。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、新美課長とランチ中のようです。

「そういえば、老舗の糸山器械が廃業しましたね。たしか、数年前に創業150年を迎えたはずなんですけど」

「『孟子』の言葉に、君子の余沢もせいぜい百五十年、とあるからなぁ。創業者の想いもついに継承されなかったということか」

「直接的にはCOVID-19が原因ではあるみたいですけどね」

「もちろんそうだろう。でも、百五十年経てば、創業を知る者は誰もいなくなる。ということは、会社がなぜ生まれたかを知る者もいなくなるわけだ」

「いわゆる企業のパーパスを見失う時期がそのくらいなんでしょうかね?」

「そういうことじゃないかな。まぁ、ほとんどの企業は10年以内に消えるわけだから、150年続くというのは、凄いことなんだけどな」

「ウチはどうなんでしょうねぇ?」

「まずは、秋に帰ってくるジュニア次第じゃないか」

「そうですね」

「しかし、本当の堪え時は、三代目の時代だろうな。歴史をみると、国や企業は三代目が潰すことが多いからな」

「三代目となると、我々ももう定年した後ですね」

「うん。その三代目にどう帝王学を教え込むかは、ジュニアに懸かっている。そして、そのジュニアの教育には、我々は関与できるんだ」

「ということは、三代目で潰さないために、我々も力を尽くせるわけですね」

「というか、尽くさなきゃダメだろう。平社長の創業の想いをしっかりと受け継ぐように、全力でサポートしないとな」

「はい」

「時には厳しいことも言わなければならないだろうな」

「それは神坂さんにお任せします」

「お前みたいな腰抜けが取り巻きになったら、この会社は終わりだな」

「冗談ですよ。マジでキレないでくださいよ!」

「だったら、今のうちに修行しておけよ。年上の面倒くさい部下がいるだろ。あいつをしっかり指導するんだな」

「清水さんですか…。たしかに、修行どころですね(笑)」


ひとりごと

一世とは三十年を指します。

つまりはジェネレーションギャップとは、30歳の年齢差で生じるということです。

その三十年間には、当然ながら受け継いできたものにも変化が必要になります。

しかし、だからといってすべてを変えようとしてはいけません。

残すべき変えてはいけないものと、変えてよいものをしっかりと弁別する力が必要です。

国や企業が衰退するのも、この弁別を誤ったときなのでしょう。


22854075

第2693日 「周期」 と 「準備」 についての一考察

今日のことば

【原文】
五穀の豊歉(ほうけん)にも亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒(きこう)有り。六十年前後に必ず大凶歉有り。較(やや)遅速有りと雖も、竟に免るる能わず。之れが予備を為さざる可けんや。〔『言志後録』第181章〕

【意訳】
五穀の豊作・不作にもやはり運命というものがある。三十年経過した頃に小さな飢饉が起こり、六十年経過した頃には大飢饉もやってくる。多少の時期の相違はあるが、最終的に逃れることはできないものである。だからこそ予め準備をしておくことが必要なのだ

【一日一斎物語的解釈】
景気にも必ず好況と不況のときがある。多少の時期のズレはあっても周期的に繰り返すものである。日頃からそのための備えを怠ってはならない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチ中のようです。

「このところ円安がかなり進んで、物の値段が何もかも上昇していますね」

「そうでなくても、プーチンの暴走で原料の値段が軒並み上がっているところに円安だからな。ダブルパンチだよな」

「深刻なのは、日本では物価上昇に賃金の上昇が追いついていないことですよね」

「たしかに俺たちの給料も大して増えてないもんな」

「賃金が上昇していないのは、先進国では日本だけらしいですよ」

「そうなのか? 世界は賃金も上がっているのか?」

「ニュースでそう言ってました」

「たしかに景気を底上げするには、消費マインドを喚起しないとな。それには賃上げが一番だよな」

「景気の波っていうのは、ある程度周期的に来るんですよね?」

「そうらしいな。本当はそういう時に備えて準備をしておくべきなんだよな」

「それが本来、政治家に求められることなのかも知れませんね」

「うん。かつて米沢藩主の上杉鷹山は、不景気に備えて、庶民の家の垣根をウコギという植物で作らせたらしい」

「ウコギですか?」

「これはあの直江兼続が持ち込んだ植物らしいんだけど、非常時には食用にもなるため、米沢では古くから食用を兼ねた垣根として利用されてきたらしいんだ」

「それを上杉鷹山が奨励したんですね?」

「そのとおり。その結果、大飢饉が発生したとき、米沢藩だけは餓死者を出さなかったと言われているんだ」

「やはり名経営者は、危機管理に長けているんですね?」

「そういうことだよね。ちょっとしたトラブルでパニックになっているようじゃ、リーダーは務まらないぞ、大累!」

「神坂さんも大して変わらないでしょ!」

「うわぁ、ワイシャツにカレーが飛び散ってる!」

「カレーうどんはそうなるんです。だから、私はこうやってハンカチをエプロン代わりにしていたんですよ。危機管理能力は私の方が上ですね」

「そうでもないんじゃないか?」

「え?」

「ズボンを見てみろよ。カレーの塊が落ちてるぜ(笑)」

「ゲッ、ほんとだ!!」

「お前も俺も、まだまだ名経営者への道は遠いな(笑)」


ひとりごと

景気の波やパンデミックは、人類の歴史を振り返れば、周期的に発生しているようです。

しかし、現状を鑑みると、事が起きてから対応に苦慮しているように思えます。

やはり、来るべきリスクにあらかじめ備えておくことが、最大の戦略だと言えそうです。

特にリーダーは、あらゆるリスクを想定して、しっかりと準備をすることを怠らないようにしましょう!


syokuji_yogore

第2692日 「禍福」 と 「運命」 についての一考察

今日のことば

【原文】
気運に小盛衰有り大盛衰有り。其の間亦迭(たが)いに倚伏(いふく)を相成すは、猶、お海水に小潮有り大潮有るがごとく、天地間大抵、数を逃るる能わず。即ち活易なり。〔『言志後録』第180章〕

【意訳】
気数と運命、すなわち人生のめぐり合わせには、小さな盛衰もあれば、大きな盛衰もあるものである。その間に禍と福とが互いに原因となって生じあう有様は、あたかも海水において小さい潮や大潮があることと同じであり、天地の間の出来事は大抵運命から逃げることはできないものである。それがすなわち活きた易というものである

【一日一斎物語的解釈】
人生は禍と福との連続である。目の前の出来事に抗うことなく、淡々と受け容れる。それが正しい生き方だと言えよう。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長と同行しているようです。

「あ、このラジオから流れている曲、ビリー・ジョエルの『さよならハリウッド』という曲です。この曲の中の『人生は、ハローとグッバイの連続だ』という歌詞がカッコいいなと思うんですよね」

「英語でいうと、『Life is a series of Hellos ando Goodbyes』だね」

「ご存知なんですか?」

「実は、ビリー・ジョエルの大ファンなんだよ」

「それは意外ですね。そういえば、部長と音楽談義はしたことがないですもんね」

「音楽談義ができるほど、音楽に精しいわけじゃないけどね」

「この歌詞を初めてみたとき、カッコいいなぁと思ったんですよね」

「人生は禍福の連続だと言うところを、ハローとグッドバイに置き換えたワードセンスがさすがだよね」

「はい。『ハロー』って新たな出会いがある時は幸せですし、時には永遠の『グッバイ』もありますからね」

「だからそれを受け容れて、前を向いて歩いて行こう。そんな内容の歌だったね?」

「はい。きっと私の人生もようやく折り返し地点ですから、この先もたくさんのハローとグッバイがあるんでしょうね?」

「間違いないよ。いつかは神坂君と私もグッバイするときはくるだろうから」

「あー、そうですね。それは淋しいな」

「それでもその後にはまたハローがあるんだよ」

「はい。たしか、出会いは必然だというような言葉をちさとママに教えてもらいました」

「『人は出会うべき人には必ず出会う。しかも一瞬遅からず、一瞬早からず』だね?」

「はい」

「でもその言葉には続きがあるんだよ。『しかし、内に求める心なくば、眼前にその人ありといえども縁は生じず』とね

「なるほど出会いを求めなければ、出会いは生じないんですね?」

「そう。それでもいつも求めたものが手に入るとは限らない。それも受け容れていくんだね」

「人生はそう易々と自分の思い通りにはならないことを忘れずに、目の前の出来事を淡々と受け容れる生き方を目指します!!」


ひとりごと

先日、慶応義塾長の安西祐一郎さんの講演を聞く機会がありました。

その講演の中で、人はなんのために学ぶかといえば、ビビらないようになるためだ、と仰っていたのが印象的でした。

これは、以前から何度もとりあげている『荀子』の「学問とは禍福終始を知って惑わないためにする」という言葉と同じ趣旨ですね。

人生がつねに自分の思い通りに進むはずはありません。

だからこそ禍も福も淡々と受け容れるべきなのです。


さよならハリウッド

第2691日 「純白」 と 「初心」 についての一考察

今日のことば

【原文】
白は能く衆采(しゅうさい)を受く。五色の原なり。賁(ひ)の極、色無きを白賁と為す。素以て絢(あや)と為すは白なり。其の位に素して行なうは白なり。素履の吉なるは白なり。余嘗て之を攷(かんが)うるに、五色の原は白より起る。白の凝聚(ぎょうしゅう)するを青と為し、青の舒暢(じょちょう)するを黄と為し、黄の爛熟するを赤と為し、赤の積累するを黒と為し、黒の極至(きょくし)は又白に帰す。生出(せいしゅつ)流行すること、蓋し亦此の如し。〔『言志後録』第179章〕

【意訳】
白は様々な色を受けており、五色の原色である。飾りの極みは無色であって、これを白賁という。『論語』に「素以て絢を為す」とあるが、孔子がいうには、絵を描くときには白という色彩を一番最後に加えることによって絵が引き立ち、完成するということである。『中庸』に「君子は其の位に素して行なう」とあるが、これは君子は自分の境遇に応じて最善を尽くすことを言ったものであって、わが身を飾らず心は純白のごとくあることを言う。『易経』に「素履(そり)す、往くときは咎無し」とあるが、これは純朴な心になにも飾ることなく道を進むならば、災いを受けることはないということであり、やはり心を純白にするということである。私はこれについてかつてこう考えた。五色の元は白色であり、白色が凝集して青となり、青が伸び広がったものが黄色となり、黄色が熟し切ると赤となり、赤が積み重なると黒になり、黒の極致はまた白にかえる。色が次から次へと生まれ展開するのはこのようなことであろう

【一日一斎物語的解釈】
ビジネスの成功要因としても素直さというのは大きな要素である。素直な心とは色で示せば純白の心ともいえよう。純白な心で物事を観察することを忘れてはいけない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、営業2課の梅田君と同行中のようです。

「最近、ちょっと仕事に慣れてきてズルくなってきた気がするんですよね」

「ははは。悪いことじゃないだろう」

「でも、新人の頃は無我夢中でやっていたんです。あの頃の心は真っ白だったなぁって思うんですよ」

「今は真っ黒か?」

「さすがに真っ黒だとは思わないですけど、ちょっとくすんだ色じゃないですかね」

「そう思えることが素晴らしいじゃないか」

「そうですか?」

「だって、新人の頃は早く慣れたいと思って仕事をしていたんじゃないか?」

「あー、たしかにそうですね」

「それが達成できた事に満足するんじゃなくて、真直ぐさを失ったことを反省しているなんて、立派だよ」

「ありがとうございます!」

「俺はいつも自分が一番だと思ってやってきたからな。真っ白な心を失っているなんて思ったこともなかったよ(笑)」

「課長らしいですね(笑)」

「梅田の心のキャンバスがくすんだ白なら、俺はもう濃いグレーくらいにはなってるかもな(笑)」

「それはヤバいですね」

「お前に気づかされたよ。いつでも純白な心で仕事をすることを心掛けるべきだよな。それでこそ、お客様の課題解決のお手伝いができるんだろうからな」

「はい。いまなら心を漂白すれば白に戻れるんじゃないですか?」

「そう簡単じゃないぞ。洗濯物と違って、心を真っ白にする漂白剤は売ってないからな」

「どうしたら良いのでしょうか?」

「知識と技術と心の3つを磨き続けることだろうな」

「具体的にはどうすればいいんですか?」

「学び続けるしかないよ。医学知識、製品知識を学び、営業のスキルを学び、そして人間力を学ぶんだ。死ぬまで勉強だな」

「やはり、勉強するしかないんですね。苦手ですけど、頑張って取り組みます!」

「その若さで自分の心のくすみに気づけるんだから、しっかり勉強すれば超一流の営業人になれるよ!」

「絶対になります!!」


ひとりごと

新人の心は、いわば真っ白なキャンバスだとも言えるでしょう。

そのキャンバスにどんな色をつけ、絵を描いていくのか、ワクワクしていたはずです。

ところが時間の経過とともに、そのことを忘れ、ズルさを覚えます。

だからこそ、我々は学び続けて、いつでもキャンバスを白く塗り直し、新たな気持ちで目の前の仕事に取り組む必要があrのです。


canvas_easel

第2690日 「短所」 と 「長所」 についての一考察

今日のことば

【原文】
人は当に自ら己の才性に短長有るを知るべし。〔『言志後録』第178章〕

【意訳】
人間は自分の才能や特性には必ず短所と長所があることを知っていないければならない

【一日一斎物語的解釈】
人には才能と性格の両面に長短があることを理解しておくべきだ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、元気のない善久君に声をかけたようです。

「どうした、また悩んでいるのか?」

「課長、私の長所って何でしょうか?」

「なんだ、自分の長所を見失ったか?」

「はい」

「短所は思いつくのか?」

「短所ならたくさん見つかります」

「挙げてみろ」

「行動が遅いこと、ネガティブなこと、暗いこと、あとは…」

「もういいよ。そのくらいにしとけ! さて、そこでリフレーミングだ!」

「リフレーミングですか?」

「そう。今挙げた短所を違うとらえ方で見つめなおすんだ。たとえば、行動が遅いというのは、慎重だということだ。ネガティブだというのは、リスクを理解している証拠だ」

「なるほど、では暗いというのも、落ち着きがあると考えても良いんですね?」

「そういうことだよ。いいか、善久。人間の長所と短所は裏表なんだよ。自分で言うのもなんだが、俺の長所は陽気なところだ。しかし、それは見方を変えれば調子に乗りやすいという欠点にもなる」

「ということは、短所と長所は同じ数だけあるとも考えられるわけですね」

「そのとおり。そして、お前のように自分の短所を理解している奴の方が、俺みたいに長所しかわかってない奴よりは失敗は少ないだろう」

「なるほど」

「しかし、大成功も難しいかもな」

「そうですね。短所が分かっているなら、それをなるべく長所で捉えなおして、慎重になり過ぎたり、リスクが怖くて何もしないという心境にならないように注意すれば良いんですね?」

「そういうことだよ。今のは性格の話で、才能面でも長短はあるんだが、それはまたいつか話をしよう」

「ありがとうございます!」

それにしても俺の若い頃は、自分の長所にしか気づいていなかったな」

「その長所が実は周囲を困らせていたんですね?」

「誰がそんなこと言ってた?」

「大累課長と新美課長です」

「あいつら、人のいないところで陰口か。今から説教してくる」

「しまった! 言うなと言われていたのに、ついしゃべってしまいました!!」

「口の軽いのもお前の欠点だぞ!」

「すぐにキレて暴力をふるうのは、課長の欠点です! ここは、お互いに欠点に気づいたということで、水に流しましょう!」

「なんだか、うまくまとめやがったな! そういう機転の利くところは、お前の長所だな(笑)」


ひとりごと

どんな人にも長所と短所はあります。

そしてそれは、実は裏表の関係であることが多いのです。

短所を長所に変えるのも、長所を短所にしてしまうのも、自分次第だということでしょう。

実はこれは性格面の話で、才能面となると話は別ですが、それはまた別の機会に。


computer_kurayami_man
プロフィール

れみれみ