一日一斎物語 (ストーリーで味わう『言志四録』)

毎日一信 佐藤一斎先生の『言志四録』を一章ずつ取り上げて、一話完結の物語に仕立てています(第1066日目より)。 物語をお読みいただき、少しだけ立ち止まって考える時間をもっていただけたなら、それに勝る喜びはありません。

佐藤一斎

第2056日 「足るを知る」 と 「恥るべきを恥ず」 についての一考察

今日のことば

【原文】
足るを知るを知って之れ足れば常に足る。仁に庶(ちか)し。恥無きを之れ恥ずれば恥無し。義に庶し。〔『言志耋録』第130条〕

【意訳】
『老子』第四十六章には「足るを知るの足るは、常に足る足ることを知って満足するならば、いつも不足や不満を感ずることは無い)」とあるが、これは仁に近いといえる。また『孟子』尽心章句上に「恥づること無きを之れ恥づれば、恥無し自分の恥とすべきことを恥じずにいることを、恥としてにくむのであるならば、恥は無くなる)」とあるが、これは義に近いといえよう。

【一日一斎物語的解釈】
今あるものに満足することは、仁の考え方に近い。また、恥ずべきことを恥ずかしく思うことは、義の考え方に近い。


今日のストーリー

神坂課長がネットニュースを見ているようです。

「おいおい、今度は竹村由子が自殺かよ? どうなっているんだ、芸能界は?」

「芸能界だけじゃないのかも知れませんよ」

「本田君、どういうこと?」

「いわゆるコロナ鬱ってやつは、今、日本中にはびこっているのかも知れません」

「あー、そういうことか。たしかに、そうかもな」

「それにしても、あれだけの美貌があって、人気・実力を兼ね備えた人に、いったいどんな不満や不安があったのかな?」

「トップにいる人には、トップにいる人にしかわからない悩みがあるんでしょうか?」

「そうなんだろうけどね。なんていうのかなぁ。今、手に入れているものを冷静に見つめ直して欲しいな。誰もが憧れるようなものをいくつも手にしているはずなんだよ。足るを知ることが、仁者への近道だと一斎先生も言っているんだ」

「そういうことが冷静に考えられないのが鬱という病気なんですよ」

「まあ、そうだねぇ」

「残された旦那さんやお子さんのことを思うといたたまれないですね」

「そこなんだよな。そういうことも考えられないほど、発作的に行動してしまうんだね。鬱は怖いなぁ」

「最近、立て続けに自殺のニュースが飛び込んでくるので、ちょっと麻痺していますけど、大女優さんですから、やっぱり衝撃は大きいですね」

「一般人が後追いするようなことにならないように、報道する側もしっかり考えて欲しいね」

「まったくです。面白おかしく報道するのは避けて欲しいです。自分の良心に問いかけて、恥ずかしくない報道をお願いしたいです」

「うん、それが義だよ。報道としての正しい道だよね。我々も仕事に自負をもって、正しい道を進まなければいけないね」

「なんか、気持ちが重くなりますね」

「とにかくご冥福をお祈りしよう。そして、俺たちは俺たちなりに、手にしているものに感謝し、満足して、自分の良心に恥じない行動を心がけよう!」

「はい。では、気を取り直して行ってきます!!」


ひとりごと

手にしていないものを欲しがるよりも、今手にしているものに満足する生き方が仁の道に通じるのだ、と一斎先生は言います。

100%満足できる人生なんてありません。

家康公のように、不自由を常と思うか、もしくは足るを知るか、いずれにしても現状を肯定的にとらえて生きて欲しいものです。


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第2055日 「準備」 と 「謙虚」 についての一考察

今日のことば

【原文】
(よ)は是れ終を始に要(もと)め、謙は是れ始を終に全うす。世を渉るの道、謙と豫とに若(し)くは無し。〔『言志耋録』第129条〕

【意訳】
前もって準備するとは、始めの段階で終わりをしっかりと予測することであり、謙虚さを忘れなければ、予測したとおりに有終の美を飾ることができる。世を渡る道とは結局、この謙と予の二つにまさるものはないのだ。

【一日一斎物語的解釈】
準備と謙虚さ、この2つこそが人生を渡る大切な切符となる。

今日のストーリー

今日の神坂課長は、勉強会で知り合った元経営者の松本さんと食事をしているようです。

「フミさんは、リーマンショックを乗り越えて会社を立て直したんですよね?」

「もう、ロング・タイム・アゴーだけどね」

「会社を経営する上で、フミさんが大切にしてきたことって何ですか?」

「僕はそんなことを偉そうに話せるような人間じゃないよ」

「でも実際に会社を立て直して大きくしたんですよね。私は経営者ではないですけど、成功した人の話を聴いて、少しでも参考にできたら嬉しいんですけど」

「成功者だなんて、とんでもない! ただ目の前の事に一所懸命に取り組んできただけだよ」

「フミさんが大切にしてきたことを是非教えてください!」

「参ったなぁ。ゴッドが期待しているようなことは何も話せないよ」

「いえ、フミさんは凄い人です」

「あえて言うならば、準備を怠らないことと謙虚さを忘れないことかなぁ」

「準備と謙虚さですか?」

「うん。何事も準備は必要だよね。特に会社の経営というのは、何が起こるかわからない。今回のコロナのことだって、今年の初めにそれを予想したアナリストなんて一人もいなかったんじゃないかな?」

「それはそうでしょうね」

「だからこそ、準備が必要だと思うんだ。特にワースト・シナリオを準備しておくことはベリー・インポータントだよ」

「最悪の事態を予測しておくんですか?」

「イエス。出来る限りね。そのうえで、その危機をどう切り抜けていくかをある程度想定しておく必要があると思う」

「なるほど。私はベスト・シナリオしか描いていないかも?」

「ゴッドらしいけど、それじゃ最悪の事態になったときに慌ててしまうでしょ?」

「はい。そうですね」

「あとは、すべての関係者に感謝をすることかな。お客様は当然として、パーツ製造の下請けさんや、販売店の営業マン、それに忘れてはいけないのが、自分の会社の社員さんだよね」

「感謝の気持ちがあるから、謙虚になれるのですね?」
「そのとおり!」

「たしかにフミさんは、すごく謙虚ですもんね」

「昔は違ったんだよ。ゴッド以上に部下を怒鳴り散らすようなパワハラ上司だった」

「リーマンショックを機に変わったんですよね?」

「オー・イエス! 今となっては、有難い経験だったと思えるよ

「いろいろな経験をされて、謙虚さが完全に身についたんですね。背中を追いかけます!」

「大丈夫! ゴッドなら、きっと僕をはるか後方に抜き去っていくよ」

「いや、そこは謙虚さと敬老の気持ちをもって、抜かずに少し後ろを追いかけますよ。(笑)」


ひとりごと

準備をして計画どおりに謙虚さをもって実行する。

これが仕事を成功させる秘訣だと、一斎先生は言います。

考え得る限りの展開を想像し、それに対処する方法をあらかじめ決めておけば、最悪の事態は免れるはずです。

そして、仕事が軌道に乗った後も謙虚さを忘れないことです。

調子に乗って傲れば、人の心が離れ、結果も芳しいものにはならないでしょう。

準備と謙虚さを大切に日々を過ごしていきましょう!


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第2054日 「行動の結果」 と 「自然の摂理」 についての一考察

今日のことば

【原文】
「薪を積むこと一の若くなるも、火は則ち其の燥に就く。地を平らかにすること一の若くなるも、水は則ち其の湿に就く」。栄辱の至るは理勢の自然なり。故に君子は其の招く所を慎む。〔『言志耋録』第128条〕

【意訳】
『荀子』勧学篇に「薪を施(し)くこと一の若くなるも、火は燥に就き、地を平らかにすること一の若くなるも、水は湿に就く。(薪を一様に積んで火をつけると、火は乾燥している方に燃え移って行き、地面を平らかに均して水を注ぐと、水は湿った方に流れて行く)」とある。栄誉と恥辱は自らの行ないによって自然に招くものである。だからこそ君子はその行動を慎むのだ

【一日一斎物語的解釈】
自分の行動が招く結果は、すべて自然の摂理に適ったものとなる。だからこそ、自らの行動を慎まねばならないのだ。

今日のストーリー

神坂課長が営業2課の売上進捗会議を開催しているようです。

「残念ながら、上期は売上計画、粗利計画共に未達成の見込みとなってしまった。まだ、一週間あるので、少しでも売り増しをお願いしたいが、必要以上に値引きをするようなことはしないでくれな」

本田「悔しいですね。まだまだ力が足りない証拠です。もっと精進しないといけませんね」

「そうだね。こういう結果が出るということは、我々に何か足りない点があったということだ」

石崎「でも、今年はコロナが出たので、仕方ないんじゃないですか?」

「もちろんCOVID19の影響は大きいよ。それでも、そういう状況下でも売り上げを落としていない企業もある。やはり、矢印は常に自分に向けるべきなんだよ」

「こんな特殊なケースが発生してもですか?」

「そうだ。我々の身の回りで発生する出来事というのは、結果だ。そして、その結果が生じるには、かならず原因がある。正しい行動をすれば、良い結果を得られるのが大自然の摂理なんだよ」

「そういうものなのですかね?」

「実際にはどうだかわからない」

「え?」

「でもな。俺はそう信じて自分の行動を改善する道を選びたい。COVID19のせいにしたところで、何も新しい行動は生まれないからな」

「なるほど」

山田「課長の言うとおりですよ。私たちの行動や考え方にまったく問題がなかったはずはないです。それなら、その問題点を見つけ出して、改善しましょう!」

「人生すべてが思い通りになるはずはない。だからこそ、どんな結果が出ようとも納得がいくように全力を尽くしたいじゃないか!」

「わかりました! 下期で一気に挽回して、年間計画をクリアしましょうよ。ゼンちゃん、梅ちゃん、俺たち若手トリオも、来期はしっかり結果を出そうぜ!」

善久「そうだね、ザキ。会社に貢献できるよう精進します!」

梅田「私も全力を尽くすことだけは忘れないようにします!」

「いいねぇ。来期が楽しみになってきたな。あ、でも、まだ今期も終わってないからね。(笑)」


ひとりごと

自分の行動の結果がいつも期待どおりになるとは限りません。

しかし、正しい考え方に基づいて行動すれば、大きく道を外れることはないでしょう。

結果に対して、常に責任を持つ覚悟で仕事をしましょう!!


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第2053日 「謙譲」 と 「驕争」 についての一考察

今日のことば

【原文】
利を人に譲り、害を己に受くる者は、是れ譲なり。美を人に推し、醜を己に取るは、是れ謙なり。謙の反を驕と為し、譲の反を争と為す。驕・争は是れ身を亡ぼすの始めなり。戒めざる可けんや。〔『言志耋録』第127条〕

【意訳】
利益を他人に譲り、自分は損失を引き受けるというのが「譲」である。良いことはまず他人を推薦し、悪いことは自分が真っ先に対応するというのは「謙」である。「謙」の反対が「驕」であり、「譲」の反対が「争」である。この驕と争は自分の身を亡ぼす始めである。十分に戒めるべきである

【所感】
謙譲は身を保つ最大の術であり、驕争は身を滅ぼす最悪の術である

今日のストーリー

神坂課長の妻の菜穂さんが、かなり落ち込んだ表情で帰宅しました。

「どうしたの? えらくがっかりしてない?」

「だって、楽しみにしていた限定販売のケーキがあたしの目の前で売り切れたのよ! あと1分早く着いていたらゲットできたのに!!」

「なんだ、そんなことか」

「なに言ってるの、重大なことよ。ずっと楽しみにしていたのに!!」

「だったら、もっと早く家を出ればよかったじゃないか」

「あんたらの朝ごはんを作ってから、お化粧をして出掛けるとなると、あのくらいの時間になるでしょ!!」

「おいおい、俺にキレるのはやめてくれない」

「あー、今日から何を楽しみに生きていこう」

「大袈裟だなぁ。でも、お前が譲ったことで、そのケーキを手に入れて幸せを味わっている人がいる。善いことをしたと思えばいいさ」

「なにを仙人みたいなこと言ってるのよ。奪い合ってでもゲットしたかったのに!」

「奪い合いや人に驕る行為は、人間破滅の第一歩だと佐藤一斎先生も言っているぞ。人に譲り、嫌なことを自分が進んで引き受ける人生こそが素晴らしいんだよ」

「勇にそんなこと言われるとはね!」

「俺も少しは変わってきたかもよ。この前も、何台もの車に先を譲ったからな」

「うそでしょ? 意地でも自分の前には車を入れなかった人が?」

「そう。意地悪をして道を譲らずに自分が前に出たからって、大して得することもない。逆に前を譲るとすごく気持ちがいいことに気づいた」

「へぇー」

「やっぱり争い合って生きるより、譲り合う方がお互いに幸せだよな」

「なんか、そんなこと言われたら出掛けにくくなったな」

「なんで?」

「明日もデパートのバーゲンに行くつもりだったの。勇が言う醜い奪い合いのステージにね!」

「あー、おばちゃん同士が、まるでウンコにたかる蠅のように、ワゴンに群がるシーンは、この世で最も醜い争いの場だな」

「汚い喩えねぇ。それに悪かったわね、おばちゃんで! そんなこと言われたら行きにくくなるじゃない!」

「でも、行くんだろ?」

「当然です!!」

「明日は醜い争いに勝利して、最高の笑顔で帰ってくることを祈ってるよ!」


ひとりごと

謙譲の心というのは、人間生活の潤滑剤のようなものです。

逆に人に驕ることや、人と奪い合う心というのは、人間生活を不毛なものにする軋轢となります。

謙譲を実行する際の最大のポイントは、見返りを求めないことです。

譲り、謙ることで自分が幸福感を味わえたならそれで良しとする。

ここがポイントでしょう!


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第2052日 「人生」 と 「適温」 についての一考察

今日のことば

【原文】
世に処する法は、宜しく体に可なる温湯の如く然るべし。濁水・熱湯は不可なり。過清・冷水も亦不可なり。〔『言志耋録』第126条〕

【意訳】
世の中を渡るのに最適な生き方は、身体に適温の湯のようであるべきだ。濁った水や熱湯は宜しくないし、きれい過ぎる水や冷水のようでも良くない

【一日一斎物語的解釈】
なにごとも行き過ぎは宜しくない。過ぎたるは猶ほ及ばざるが如しである。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、総務課の大竹課長と夕食を共にしているようです。

「神坂君とこうして飲むのも久しぶりだねぇ」

「まだ、COVID19が過ぎ去った訳ではないですが、そろそろ我慢の限界ってやつですかね?」

「この4連休も、上高地なんかは凄い人だったらしいね」

「ニュースで見ました。これはダメだろう、っていうくらい密でしたね。(笑)」

「やっぱり、人間は適度に外にでて日光を浴びないとダメなんだろうな。それと外で飲む酒もまた大事なわけさ!」

「本当はバカ騒ぎしたいですけど、それはちょっと控えつつも、やっぱりくだらない話を肴に酒を飲むのが最高のストレス発散ですよね?」

「100%同意だな!」

「とはいえ、飲み過ぎには注意です!」

「そう、何事も適度が一番。外出も適度に、酒の量も適量に」

「結局、適度を弁えて生きるのが、一番楽な生き方なのかも知れませんねぇ」

「そうだよ。最近は君も『論語』だとか難しい本を読んでいるようだけど、無理はダメだよ。所詮、大した頭があるわけじゃないんだから」

「失礼なジジイだな。後輩がせっかく変わろうとしているのに応援するどころか、否定するとは?」

「否定はしていないけどさ。ストイックに行き過ぎると反動がでるよ」

「水泳のS選手みたいに?」

「あー、また出たね。最近、不倫の報道が多いね。これも皆、無理したことの反動なのかな?」

「有名人はそういうことをすると目立ちますからね。これもまた目立たない程度に適度にやるのが一番なんですよ」

「あれ? 神坂君ももしかして・・・」

「まさか! 例えばの話ですよ!!」

「ちさとママとか?」

「あー、相手がちさとママなら喜んで!」

「こらっ!!」


ひとりごと

人生を渡るにはぬるま湯のように適温が一番だと一斎先生は言います。

しかし、行ているとついつい背伸びをしたり、無理にあがいたりしてしまいがちです。

自分の分を弁え、適温で生きる生き方を意識しましょう!


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第2051日 「徳」 と 「感化」 についての一考察

今日のことば

【原文】
口舌を以て諭す者は、人従うことを肯ぜず。躬行を以て率いる者は、人効(なら)いて之に従う。道徳を以て化する者は、則ち人、自然に服従して痕迹を見ず。〔『言志耋録』第125条〕

【意訳】
口先だけで人を諭そうとする人には、誰も従おうとはしない。実践をもって人を率いる人には、人はそれを見習い従うものである。ましてや、道徳をもって人を感化する人には、人は心から自然に従うものだ

【一日一斎物語的解釈】
他人を徳で動かす人を目指せ。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、大累課長とランチ中のようです。

「最近は雑賀とうまくやってるか?」

「あいつとうまくやるというのは、どのレベルを指すんですかね? 心と心で分かり合えるレベルだというなら一生かかっても無理です。いや、もう一回生まれ変わっても無理かな?」

「ははは。相変わらず苦労しているんだな」

「修行だと思ってますから」

「いや、実際に修行なんじゃないか? 言葉でいくら諭しても変わらないのは、言葉の中身がどうこうではなく、お互いの信頼関係ができていない証拠だろうからな」

「それはそうでしょうね」

「もっと言えば、背中を見せればついて来るなんて思うのも驕りだよな。そこにも信頼関係が必要だ」

「おっしゃるとおり!」

「結局は、リーダーが徳を積むしかないんだよ。徳があれば、命令しなくても人は従う、と孔子も言っているからな」

「憧れますけど、理想に過ぎないってところかなぁ」

「今の俺たちにはな。でも、理想というのは目指せば良いんだ。なれなくたって、目指せば少しは近づけるはずだからさ」

「目指さなければ何も変わりませんからね。実際、こいつに育てられていると思うと、雑賀が可愛くみえてくることもあります」

「いいねぇ! 俺も石崎、善久、梅田なんて可愛さしか感じないよ」

「結構、石崎にはイジられてますよね?」

「それも可愛いもんだよ。俺の若い頃の方が、もっと性質(たち)が悪かったよな?」

「まったくです!」

「そこは否定しろよ! でも、そのとおりだよな。それに俺は、面倒くさい後輩のお陰で、少しはまともなリーダーになりつつあるからな」

「それはもしかして・・・」

「そう、俺の横でラーメン食ってる奴」

「まったくもっておっしゃるとおりです。その節はご迷惑をおかけしました!」

「なんだよ、気持ち悪いな。今日のお前は、やけに素直だな。なにか裏があるだろ?」

「さすがは偉大なる先輩、神坂さんだ。実は今日、家に財布を忘れてきまして・・・」

「ちっ、最初から俺に奢らせるつもりだったんだな」

「おっしゃるとおりです。それで、ご迷惑になってはいけないなとラーメンを希望した次第で・・・」

「あー、これも修行だ。修行、修行、修行・・・」

「なんだか、神坂さんが徳のある高僧に見えてきました」

「てめぇ、ラーメン一杯奢らせるために、よくそこまで卑屈になれるな!!」


ひとりごと

人を感化するには、言葉よりも実践で示すべきです。

しかし、実践で示すことよりも上があるのだと、一斎先生は言います。

それが徳です。

個性の強い孔子の弟子たちも、徳の高い顔回がそばにいるときは、皆素直に彼の言葉に耳を傾けています。

徳を積むことを続けるしかありませんね。


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第2050日 「得てはいけないもの」 と 「失ってはいけないもの」 についての一考察

今日のことば

【原文】
世を渉るの道は得失の二字に在り。得可からざるを得ること勿れ。失う可からざるを失うこと勿れ。此の如きのみ。〔『言志耋録』第124条〕

【意訳】
世間を渡る道は得失の二字にある。得てはいけないものを得てはいけない。失ってはいけないものを失ってはいけない。これだけなのだ

【一日一斎物語的解釈】
人生で大切なことは、損得勘定から脱却し、得てはいけないものと失ってはいけないものを明確に弁別することである。


今日のストーリー

営業2課の石崎君が彼女と別れたようです。

「おい、少年。今日は久しぶりに飯でも食いに行くか?」

「課長の奢りですか?」

「当然だ!」

「ごちになりま~す」

二人は会社近くの居酒屋に入ったようです。

「思ったより元気で安心したよ」

「え?」

「彼女と別れたんだろ?」

「ゼンちゃんですね? (アイツ、マジで口が軽すぎるよ、よりによってカミサマに言うなんて!)」

「なに?」

「あ、いや、そうなんです。やっぱり3年は待てないというので、それならキッパリと別れようと」

「お前から告げたのか?」

「はい」

「カッコいいねぇ、やるじゃないか!」

「私だって落ち込んでいるんですよ。でも、まだ独身の内に経験したいこともたくさんあるし」

「風俗か?」

「課長と一緒にしないでください!! それに、別に風俗は結婚したって行けるじゃないですか?」

「まあな、これが意外と危険なんだけどよ」

「なんの話ですか? 私を慰めてくれるんじゃないんですか?」

「あ、そうだった。まあ、人生にはいろいろとあるもんだ。でもな、大事なのは、何を得てはいけないか、何を失ってはいけないかをハッキリさせることだ」

「どういうことですか?」

「つまり、今お前はカミさんをもらうべきかどうかってことだよ。決心がつかないのに結婚したってロクなことはないからな」

「そうですよね。私は20代は独身で過ごしたいんです。その間に自分の仕事の方向性をハッキリみつけたい。それが定まってから結婚したいんです」

「なんだお前、意外とちゃんと考えているんだな?」

「はい。まだ、この会社に長くいるかどうかも決め兼ねていますし」

「おいおい、そういうことを上司の前で言うか?」

「あ、そうでした。(笑) でも、課長」

「なんだ?」

「私が失ってはいけないものって何でしょうね?」

「お前、そんな大事なことに気がついていないのか?」

「え?」

「お前が失ってはいけない大切な人がいるだろう?」

「え、親ですか?」

「まあ、親もそうだけどさ。もう一人!」

「いや~、そんな人は居ないですよ」

「皆まで言わすなよ! 居るだろう、お前の目の前に! お前が失ってはいけない、最高の上司がさ!」

「・・・」


ひとりごと

得てはいけないものと失ってはいけないものをしっかりと弁別せよ、と一斎先生は言います。

得てはいけないものの代表は、あぶく銭でしょうか?

突然、大金が入れば、かえって身を持ち崩すのが凡人です。

また、失ってはいけないものの代表は、信頼でしょう。

お客様との信頼、仲間との信頼、こうした信頼を失えば、人として寂しい人生を歩まざるを得なくなります。


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第2049日 「テーブルの薔薇」 と 「野に咲くレンゲソウ」 についての一考察

今日のことば

【原文】
君子の世俗に於ける、宜しく沿いて溺れず、履みて陥らざるべし。夫の特立独行して、高く自ら標置するが若きは、則ち之を中行と謂う可からず。〔『言志耋録』第123条〕

【意訳】
立派な人が世俗にあるときは、世俗に従いつつそれに溺れることはなく、世俗の道を履み行いながら埋没するようなことがないようにすべきである。自分は君子だと言って、世俗に随わず自ら信じる道を行き、気位が高過ぎるというようなことでは、中庸の道を実践しているとは言えないであろう

【一日一斎物語的解釈】
自らを他人とは違う、自分は立派な人間だなどと思っているうちは、真の君子とはなり得ない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、YouTube動画で「孔田丘一の儒学講座』を観ているようです。

「最近、クソ暑くて動画を撮る気にもなれずに過ごしておりましたが、まだ死んでおりませんぞ!! ははは」

「死なないよアンタは!」

「しかし、どこの会社に呼ばれても、なぜ企業のトップの人間というのは偉そうな連中が多いんじゃろうなぁ」

「言葉では『先生』と呼んでいながら、態度にはお前を呼んでやったというのが見え見えの幹部が多い。ああいう人間が幹部に居るようでは、そう長くは続かんぞと思うんだが、なぜか意外とシャーシャーと生き延びているからなぁ。世の中、理不尽なもんですわ」

「だいたい、本当に立派な人間というのもは驕る心をとっくの昔に捨て去っておる。むしろ、常に相手を立てて、自身は遜るんじゃよ」

「まあ、厳しい経済競争の中で生き残っていくには、自己アピールもできんと出世も覚束ないんじゃろうが、真に立派な人間もしっかり登用する目を持って欲しいものですな」

「政治家連中なんていうのは、もっともけしからん!!」

「また声がデカくなってきたぞ!」

「国民目線だとかなんとか言っておるが、奴らが会食しているのはいつも高級料亭じゃ。今、コロナで苦しんでいる大衆食堂になぞ、行ったことすらない連中が言っておるんだから、笑い話じゃよ」

「運転手付きの車に乗って、料亭まで来て、食事が終わればまた高級車でお帰りじゃ。庶民派だとかいう政治家が居るが聞いて呆れるわな」

「本当に立派な人というのは、世俗の中にこそ居るもんじゃ。彼らは世俗にありながら、そこに溺れることもなく、世間の人たちと生活を共にしながら、ちゃんと正しい道を外れておらん。そういう人をこそ、政治家にせねばいかん! 世襲議員には、特別に難しい試験でもやらせて、合否を判定すべきじゃな。科挙の復活なんか良いんじゃないかな。はっはっは」

「なにが面白いんだよ、この爺さん」

「会社もそうですぞ。部下の前で偉そうなことを言っているアンタ、そこのお前じゃよ。耳の穴をかっぽじってよく聞きなされ」

「なんか、俺に言われている気がする」

「偉そうな態度をすればするほど、自身の薄っぺらさが透けて見えるんじゃ。部下と一緒に泥に塗れて仕事をしなさい。どろんこの笑顔の方が、どれほど美しいものか。アンタらにはわからんのかのう?」

「ようやく涼しくなってきたから、またボチボチ動画を配信するので、暇な人は視てください。では、そろそろガソリンが切れそうだから、補充するとしますわ。では、また。生きていたら会いましょう!」

「ちっ、どうせガソリンって酒だろう。絶対酔っぱらってしゃべっているもんな、このジジイ。さて、俺もガソリンを補充しようかな」

ひとりごと

『書経』という古典には、「野に遺賢なし」といって、立派な政治が行われているときには優秀な人材はすべて登用されているから、在野には賢者はいない、と言っていますが、今はどうでしょうか?

下手をすると、在野にしか立派な人はいないのかも知れません。

高級料亭のテーブルに飾られた薔薇よりも、野に咲くレンゲソウの方が真の美しさをたたえているのでしょうか?

いずれにしても、偉そうに威張り散らすようなリーダーにはならないでください。(過去の反省を踏まえた当事者の弁)


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第2048日 「ペット」 と 「夫婦」 についての一考察

今日のことば

【原文】
感応の妙は異類にも通ず。況や人においてをや。〔『言志耋録』第122条〕

【意訳】
感応の不思議さは禽獣でさえ通じている。まして人間同士において感応が無いはずはない

【一日一斎物語的解釈】
動物との間でさえ感応は生じるのだから、人間同士で通じ合えないはずはない。


今日のストーリー

今日の神坂課長は、佐藤部長と「季節の料理 ちさと」に居るようです。

「明日から4連休ですね。気が重いです」

「なんで? 働いていた方がいいということ?」

「子供たちは部活だとかなんとかで家に居ないので、妻と二人きりになる時間が長いんですよねぇ」

「ははは。二人きりが辛いの?」

「何を話せばよいのか? 未だに分かり合えないわが家です。(笑)」

「私は羨ましいよ」

「あ、すみません」

「気にしないでいいよ。家に帰っても一人の方がもっと辛いと思うけどなぁ」

「部長には申し訳ないですが、ちょっとうらやましくもあります」

「こらっ!」

「すみません」

「ねぇ、神坂君。前に奥さんが文鳥を買ったって言ってなかった?」

ちさとママが料理を運んできたようです。

「そうそう、よく覚えているね。今は、文鳥をわが子以上に可愛がってる」

「男の子は言うことを聞かないから、寂しいのよ、きっと。おまけにそこのアホ亭主も飲み歩いてばかりだしね」

「金を落としている客に向かって、酷いこというなぁ、このババアは!」

「ババアって言ったな!」

「まあまあ、二人とも、落ち着いて。でも、文鳥が居るなら、それほど会話をしなくても済むんじゃないの、ねぇママ?」

「そうよ、文鳥が一番可愛いんだと思うしね」

「そのとおり! ただねぇ、言わなくてもいい愚痴を言う訳よ。『文鳥とはこんなに分かり合えるのに、どうして旦那とは分かり合えないのかな』とか、『ガキどもはちっとも感謝してくれないけど、君たちはちゃんと感謝してくれているね』とかさ。これみよがしに言われるんだ」

「ははは。奥さんはやり手ね」

「しかし、ペットですら感応があるというのに、夫婦というのはどうして分かり合えないのかね?」

「永遠のテーマかもね」

「ということで、今日は閉店まで居させて!」


ひとりごと

小生はペットというものがあまり好きではなく、動物との感応というものは理解ができません。

しかし過日、志村けんさんが亡くなって、志村動物園の特番を視ましたが、たしかに志村さんと動物たちは何かを会話しているようでした。

むしろ、動物と感応できる人の方が、人間間の感応も上手にできるものなのかも知れません。

だとすると小生は・・・?


torikago

第2047日 「言葉」 と 「制御」 についての一考察

今日のことば

【原文】
筆無くして画(えが)く者は形影なり。脚無くして走る者は感応なり。〔『言志耋録』第121条〕

【意訳】
筆がなくても描き出せるものは影である。足がなくても走るものは感応である

【一日一斎物語的解釈】
筆などなくても形あるものには必ず影が描かれるように、人と人の間に感が起れば、感には足などないけれども、即座に相手に反応を起させるものだ


今日のストーリー

営業2課の山田さんが珍しく落ち込んでいるようです。

「あれ、山田さん。どうしたの? なんか元気がない気がするよ」

「あー、隠しているつもりでもダメですね。実は、カミさんと喧嘩をしてしまいまして・・・」

「あらあら、珍しいね。山田さんのところは夫婦仲が良いと評判なのに」

「ちょっと疲れが溜まっていたのですかね? つい、余計なことを言ってしまいました」

「聞いてもいい?」

「はい。誰かに話して気分転換をしたいと思っていたので、聞いてもらえますか?」

「俺みたいな下衆な奴でよろしいならば。(笑)」

「休みの日に朝早くから、妻に買い物に連れて行ってくれと頼まれましてね。アウトレットに行きたいから、早く出たいと」

「あるある」

「そこでまず、『それなら前の日のうちに言ってくれよ』って言ってしまいまして」

「そりゃ、言うでしょ」

「そうしたら、前の日に言ったと言うんです。晩御飯のときに。私は全然聞いていなかったようで・・・」

「わが家の日常茶飯事だ。(笑)」

「そこでちょっと険悪な雰囲気になりまして、それでも早く連れていけと言われて」

「さらに追い打ちを?」

「はい。『お前は働いていないから良いよな。俺は疲れているんだ』と」

「あー、一番ダメなやつだよ、それ!」

「はい。そうしたら、料理・選択・掃除・子育て、これは仕事じゃないと言うのか、とキレられまして」

「100%そうなるだろうなぁ」

「シマッタと思ったときにはもう遅かったです。(笑)」

「言葉というのは、口を出てしまったら、足なんかないくせに一瞬にして相手の心に届いてしまう。そうなると釘と同じで、仮に釘を抜いたところで、釘穴は残ってしまう。つまり、しこりが消えないわけだ」

「まさにその通りでした」

「で、買い物は行ったの?」

「いえ、妻は怒ってそのまま出かけていきました」

「まさか、そのまま家出?」

「いえいえ、夜には帰ってきましたよ。ちゃんと家族の分の晩御飯を買って」

「偉いなぁ、奥さん」

「でも、私とはまだ口をきいてくれません・・・」

「そうかぁ、仲が良い夫婦というのは、そういうことが辛いんだろうね?」

「え、課長はそういう時は辛くないんですか?」

「うん、これ幸いと飲みに出かけられるし、つまらない愚痴とか弱音を聞かなくて済むから、かえって心は晴れやかだったりするよ」

「それで良いんですか?」


ひとりごと

今日の『言志』の章句は難解なので、正しく理解できているか不安ですが、感情は足もなく瞬時に相手に伝わるという理解をして、ストーリーを組み立てました

言葉は口から出る前にしか、コントロールできません。

口から外に出てしまったが最後、もう自分でも制御不能になるわけです。

感情や言葉には足がないのにも関わらず・・・。

特に夫婦というのは、一番身近な他人ですから、慎重なうえに慎重に行かねばなりませんが、これがなかなか・・・。


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